「まりさー、はやくー」
「あーもーわかったから急かすなって……」
いつものピンク色のパジャマに着替えたルーミアに、魔理沙は苦笑しながら返事を返す。
ふとしたことから自宅にルーミアを泊めてから、ルーミアは時おり魔理沙の家に泊まりに来るようになった。
人付き合いこそ広い魔理沙だが、自宅に人をあげることは滅多にない。それが、彼女なりの人との距離の取り方だった。
そんな中で、この小さな宵闇の妖怪は例外的な存在だった。
(ヘンなやつだよなー……)
シーツに潜り込みながら、魔理沙はぼんやり考える。
先にベッドにいたルーミアは、枕の上にぽてんと頭を乗せてのほほーん顔。
ルーミアはいつもこういうほわほわした、掴みどころのない感じだ。というかなんかもうほとんどただの子供にしか見えない。
「えへへー、まりさー」
ルーミアはもぞもぞ動いてベッドに入ってきた魔理沙に抱きついてきた。ルーミアはこうして事あるごとに魔理沙にくっついてくる。それが良いことなのか悪いことなのか、魔理沙は毎回律儀に自分の頬に遠慮なしにすり寄せられたぷにぷにほっぺになすすべもなく顔を赤らめるしかないのだった。
「あーもう、近いって……」
そう言いつつも、魔理沙はルーミアの小さな背中に手を回して抱き寄せている自分を自覚する。枕元の明かりを消して目を閉じると、服越しに伝わってくる体温をよりはっきりと感じることができた。
その体温に、魔理沙の胸の奥から、かすかな痛みを伴った不思議な懐かしさが湧き上がってくる。泊まりに来たルーミアの小さな体を抱き寄せていると、決まってこうした懐かしさが込み上げてくるのだった。
目を閉じたままでいると、自分の顔のすぐ近くで、ふにゃふにゃ笑う気配。小さな腕が首に回され、温かい体がさらにぎゅっと密着した。
「んー、ちゅ」
かと思うと、頬に柔らかい感触。ルーミアはそういうこと・・・・・・があんまりわかっていない風なのは十分知っているつもりだったが、やはりいきなり来るのには慣れない。
「お、おまえさあ……いきなりそういうことするなよな……」
いつもなら帽子のつばを引き下げて赤くなった顔を隠せるが、ベッドの中ではどうしようもない。目を開けると、当のルーミアは顔のすぐそばでほわわーんとした笑顔を浮かべている。
「えへへー。くっついてたらねー、ちゅーしたくなっちゃったのー。もっかいしてもいーい?」
返事を返すのも恥ずかしく、魔理沙は「勝手にしろよ」と言う代わりに目を閉じた。
頬に、もう1回同じ感触。もう1回。もう1回と繰り返される幼い口づけの感触を感じながら、魔理沙は次第にまどろんできた。
と、不意に首元に吐息。
「うわあお前何してんだ!?」
「んー?」
思わず大声を上げてしまった魔理沙に対すrルーミアの寝ぼけた声は、今まででいちばん近くで聞こえた。もうすっかり馴染みのものとなった、宵闇の妖怪の甘い匂いがふんわりと香る。
「まりさの匂いをねー、くんくんしてるのー」
「なななな……」
抱きつかれるくらいはまあまあ慣れてきたが、さすがに密着されて匂いを嗅がれるのは予想外だった。顔どころか耳まで一気に赤くなったのがはっきりわかる。
そんな魔理沙にはお構いなしに、ルーミアはくんくんと鼻を鳴らして魔理沙の首元に顔を埋めている。
「んー、このへんかなー。お耳の後ろとかまりさの匂いがするよー。なんかねー、おくすりみたいな匂いー」
「おま、耳の後ろとか嗅ぐのやめひゃあああんっ!?」
「はみはみ」
「いきなりなにするのぉ!?」
いつもの口調も忘れて涙目になってしまう魔理沙に、ルーミアは不思議そうな顔をしている。
「お耳はみはみしたのー」
「なんではみはみしたのぉ!?」
「えー?」
ルーミアはしばらくふにゃふにゃと考えている、ような顔をしている。
「おいしそーだったからー」
「私は食べ物じゃないよぉ!?」
「へーそーなのかー」
「そーなのかーじゃないでしょ!?」
「えーだってー」
小さな顔を遠慮なしに魔理沙の首元に押し付けながら、ルーミアはうれしそうに笑う。
「まりさはー、こーんなにいい匂いがするんだもーん……」
半分寝ぼけているような声でふにゃふにゃ言いながら、ルーミアは赤ん坊が甘えるようにまた魔理沙の耳たぶをはみはみ。
「ひゃうぅ……!」
首筋を這い登る妙な感覚に、熱のこもった吐息を漏らしそうになるのを必死に堪える魔理沙。ここで声を上げてしまうとなんだか……なんだかとてもよろしくない雰囲気になってしまう気がする。
耐えろ、耐えるんだ霧雨魔理沙! 相手は子供だ! べべべ別にそういう意図でこういうことしてるわけないじゃないか! ヘンな反応をしてしまったらそれこそとてもよろしくないことにひゃわああああ!?
「んー、はぁむ……ぺろん、ちゅ、ん、ぁむ……」
いつの間にかはむはむからぺろぺろに段階が進行している。ルーミアの小さな舌先が耳を這う感触に、魔理沙は両肩が跳ね上がるのを抑えられない。
「にゃはー、まりさ、びくってしたー」
ルーミアはと言うと、半分寝ているような顔でふにゃふにゃしている。のんきな顔をしているが、魔理沙はそれどころではない。
「お、おま、ちょ、やめ、やぁぁんっ」
そろそろ声を抑えられなくなってきたが、ルーミアの方はひたすらマイペースに寝ぼけている。
「みふふっ。るーみゃのぺろぺろ、すきー?」
とか言いながら、ルーミアは魔理沙の腰に手を回し、奥で心臓の鼓動がばくばくしている胸に顔を押し付けてきた。いつも抱きついてきたりすり寄ってきたりが当たり前なルーミアだが、なんだかだんだん危険なラインを越えようとしている。
これ以上はまずい。魔理沙の、否、人間としての本能が訴えかける。
魔法が使えると言っても魔理沙本人はあくまでただの人間だ。対して相手はいくらふだんほわわーんとしたのんきなちみっ娘だといっても、その本質は人間ではない、妖怪なのだ。人間の理の外に立つ存在なのだ。
「お、おいルーミア、もうそのへんで……」
「んー?」
胸元を見下ろすと、ルーミアも魔理沙を見上げた。
対話だ。まだなんとか対話でなんとか――。
「ねーまりさー」
そういうルーミアの顔はぽやーっとしていて、完全に自分が何してるのかぜんぜんわかってない感じだ。
「な、なに……?」
「んーとねー」
怯えている無力な少女に――宵闇の妖怪は無慈悲な一言を告げた。
「おなかさわってもいーい?」
「へ?」
ぺらり。
その言葉の意味を魔理沙が理解するよりも、ルーミアの手が魔理沙の寝間着を遠慮なしにめくるほうが早かった。
魔理沙の喉から悲鳴が出るのよりも、ルーミアが顔面を魔理沙のお腹に突っ込む方が早かった。
「ふにゃー、すべすべー、ぷにぷにー」
魔理沙のお腹に顔を埋めてまさにご満悦といった感じのルーミア。
「おまっ……すべすべはともかくぷにぷにはしてないだろ! ……し、してないよな?」
「えー? ぷにぷにだよー? るーみゃ、まりさのおなかすきー」
「ひゃわっ!? お、おまえどこ触って……」
「ぺろり」
「きゃああう!?」
「すりすり」
「やぁぁんっ!?」
「はむはむ」
「らめぇぇっ!?」
一方的な蹂躙である。ルーミアのぺろぺろすりすりはむはむ攻撃の前に、あわれ魔理沙の無防備なお腹はされるがままだ。このままでは貞操すら散らされてしまう可能性すらある。
だがいまやただの無防備な少女となってしまった魔理沙には、抵抗することなど許されない。
ただの少女にできるのは、ぎゅうっと目をつぶってシーツを掴むことだけだった。
「……」
諦めてすべてを受け入れようとしたとき、不意に攻撃がやんだ。おそるおそる目を開けて視線を下に向けると――。
「すかぴー」
寝ていた。
「こ……こんだけ好き勝手しといて自分が満足したら早々に寝るとかサイテーだぞお前……!」
ぐぎぎぎ、と拳を怒りに震わせる魔理沙だが、ルーミアの罪のない寝顔の前にはその怒りをぶつけることもできない。
ぽてんと力なくシーツの上に拳を投げ出した魔理沙は、ルーミアのぷにぷにほっぺにせめてもの報復を行った。
「んー、ふにゃー」
「ねぼすけめ、やっと起きたのか」
朝。
ベッドから目をこすりながらむくりと起き上がったルーミアに、フライパンに卵を落としていた魔理沙は背中越しに声をかける。
ルーミアはふにゃふにゃ言いながら、のろのろとテーブルまで歩いてきた。まだ半分夢の中にいる感じだが、テーブルの上に並べられたトーストと目玉焼きはしっかり食べている。
そんなルーミアののんきな様子を、魔理沙は昨夜の出来事を努めて思い出さないように眺めていた。
「あむあむ……ねーまりさー」
「うん?」
「るーみゃ、きのうの夜ねー、夢みたんだー」
「……へ、へぇ。妖怪でも夢見るんだな。どんな夢見たんだ?」
「んー、あんまりおぼえてないんだけどねー……」
ふにゃふにゃ船を漕ぎながら、ルーミアは答える。
「なんかおいしいものいっぱい食べた夢だった気がするー」
「そ、そうか、よかったな」
「んーでもー、やっぱり夢じゃなくてー、ほんとに食べたほうがいいよねー」
「ま、まあそうだな、夢じゃお腹はふくれないもんな」
致命的な失敗だった。言葉には魔力が宿っている。それは魔法という人外の理に関わる者にとっては常識だったはずだ。まして、今目の前にいるのは妖怪なのだ。
「おなかー……?」
ルーミアは相変わらずぽわぽわしていたが、その言葉に明らかに反応していた。眠そうに左右にさまよわせていた視線が、不意に魔理沙をはっきりと捉えた。
「ねーまりさー」
「なんですか!?」
なぜか敬語で返してしまった魔理沙の方を、ルーミアは不思議そうに見ている。皿の上に残った目玉焼きをお腹に収めると、ルーミアは椅子から降りて、ちょこちょこ歩いてきた。
「くんくん」
まるで野生の獣が近づいてきたかのようにのけぞる魔理沙とは対象的に、ルーミアはいつもののほほーんとした顔で魔理沙の鼻先に顔を近づけて匂いを嗅いでいる。かと思ったらぱっと離れて、なんだか妙に嬉しそうに笑った。
「そーなのかー」
「今ので何を納得したんだお前!?」
「ねーまりさー」
「今度はなに!?」
なぜか耳まで真っ赤にしている魔理沙に、ルーミアは無邪気な笑顔で笑いかけた。
「今夜のばんごはん、たのしみだねー」
「あーもーわかったから急かすなって……」
いつものピンク色のパジャマに着替えたルーミアに、魔理沙は苦笑しながら返事を返す。
ふとしたことから自宅にルーミアを泊めてから、ルーミアは時おり魔理沙の家に泊まりに来るようになった。
人付き合いこそ広い魔理沙だが、自宅に人をあげることは滅多にない。それが、彼女なりの人との距離の取り方だった。
そんな中で、この小さな宵闇の妖怪は例外的な存在だった。
(ヘンなやつだよなー……)
シーツに潜り込みながら、魔理沙はぼんやり考える。
先にベッドにいたルーミアは、枕の上にぽてんと頭を乗せてのほほーん顔。
ルーミアはいつもこういうほわほわした、掴みどころのない感じだ。というかなんかもうほとんどただの子供にしか見えない。
「えへへー、まりさー」
ルーミアはもぞもぞ動いてベッドに入ってきた魔理沙に抱きついてきた。ルーミアはこうして事あるごとに魔理沙にくっついてくる。それが良いことなのか悪いことなのか、魔理沙は毎回律儀に自分の頬に遠慮なしにすり寄せられたぷにぷにほっぺになすすべもなく顔を赤らめるしかないのだった。
「あーもう、近いって……」
そう言いつつも、魔理沙はルーミアの小さな背中に手を回して抱き寄せている自分を自覚する。枕元の明かりを消して目を閉じると、服越しに伝わってくる体温をよりはっきりと感じることができた。
その体温に、魔理沙の胸の奥から、かすかな痛みを伴った不思議な懐かしさが湧き上がってくる。泊まりに来たルーミアの小さな体を抱き寄せていると、決まってこうした懐かしさが込み上げてくるのだった。
目を閉じたままでいると、自分の顔のすぐ近くで、ふにゃふにゃ笑う気配。小さな腕が首に回され、温かい体がさらにぎゅっと密着した。
「んー、ちゅ」
かと思うと、頬に柔らかい感触。ルーミアはそういうこと・・・・・・があんまりわかっていない風なのは十分知っているつもりだったが、やはりいきなり来るのには慣れない。
「お、おまえさあ……いきなりそういうことするなよな……」
いつもなら帽子のつばを引き下げて赤くなった顔を隠せるが、ベッドの中ではどうしようもない。目を開けると、当のルーミアは顔のすぐそばでほわわーんとした笑顔を浮かべている。
「えへへー。くっついてたらねー、ちゅーしたくなっちゃったのー。もっかいしてもいーい?」
返事を返すのも恥ずかしく、魔理沙は「勝手にしろよ」と言う代わりに目を閉じた。
頬に、もう1回同じ感触。もう1回。もう1回と繰り返される幼い口づけの感触を感じながら、魔理沙は次第にまどろんできた。
と、不意に首元に吐息。
「うわあお前何してんだ!?」
「んー?」
思わず大声を上げてしまった魔理沙に対すrルーミアの寝ぼけた声は、今まででいちばん近くで聞こえた。もうすっかり馴染みのものとなった、宵闇の妖怪の甘い匂いがふんわりと香る。
「まりさの匂いをねー、くんくんしてるのー」
「なななな……」
抱きつかれるくらいはまあまあ慣れてきたが、さすがに密着されて匂いを嗅がれるのは予想外だった。顔どころか耳まで一気に赤くなったのがはっきりわかる。
そんな魔理沙にはお構いなしに、ルーミアはくんくんと鼻を鳴らして魔理沙の首元に顔を埋めている。
「んー、このへんかなー。お耳の後ろとかまりさの匂いがするよー。なんかねー、おくすりみたいな匂いー」
「おま、耳の後ろとか嗅ぐのやめひゃあああんっ!?」
「はみはみ」
「いきなりなにするのぉ!?」
いつもの口調も忘れて涙目になってしまう魔理沙に、ルーミアは不思議そうな顔をしている。
「お耳はみはみしたのー」
「なんではみはみしたのぉ!?」
「えー?」
ルーミアはしばらくふにゃふにゃと考えている、ような顔をしている。
「おいしそーだったからー」
「私は食べ物じゃないよぉ!?」
「へーそーなのかー」
「そーなのかーじゃないでしょ!?」
「えーだってー」
小さな顔を遠慮なしに魔理沙の首元に押し付けながら、ルーミアはうれしそうに笑う。
「まりさはー、こーんなにいい匂いがするんだもーん……」
半分寝ぼけているような声でふにゃふにゃ言いながら、ルーミアは赤ん坊が甘えるようにまた魔理沙の耳たぶをはみはみ。
「ひゃうぅ……!」
首筋を這い登る妙な感覚に、熱のこもった吐息を漏らしそうになるのを必死に堪える魔理沙。ここで声を上げてしまうとなんだか……なんだかとてもよろしくない雰囲気になってしまう気がする。
耐えろ、耐えるんだ霧雨魔理沙! 相手は子供だ! べべべ別にそういう意図でこういうことしてるわけないじゃないか! ヘンな反応をしてしまったらそれこそとてもよろしくないことにひゃわああああ!?
「んー、はぁむ……ぺろん、ちゅ、ん、ぁむ……」
いつの間にかはむはむからぺろぺろに段階が進行している。ルーミアの小さな舌先が耳を這う感触に、魔理沙は両肩が跳ね上がるのを抑えられない。
「にゃはー、まりさ、びくってしたー」
ルーミアはと言うと、半分寝ているような顔でふにゃふにゃしている。のんきな顔をしているが、魔理沙はそれどころではない。
「お、おま、ちょ、やめ、やぁぁんっ」
そろそろ声を抑えられなくなってきたが、ルーミアの方はひたすらマイペースに寝ぼけている。
「みふふっ。るーみゃのぺろぺろ、すきー?」
とか言いながら、ルーミアは魔理沙の腰に手を回し、奥で心臓の鼓動がばくばくしている胸に顔を押し付けてきた。いつも抱きついてきたりすり寄ってきたりが当たり前なルーミアだが、なんだかだんだん危険なラインを越えようとしている。
これ以上はまずい。魔理沙の、否、人間としての本能が訴えかける。
魔法が使えると言っても魔理沙本人はあくまでただの人間だ。対して相手はいくらふだんほわわーんとしたのんきなちみっ娘だといっても、その本質は人間ではない、妖怪なのだ。人間の理の外に立つ存在なのだ。
「お、おいルーミア、もうそのへんで……」
「んー?」
胸元を見下ろすと、ルーミアも魔理沙を見上げた。
対話だ。まだなんとか対話でなんとか――。
「ねーまりさー」
そういうルーミアの顔はぽやーっとしていて、完全に自分が何してるのかぜんぜんわかってない感じだ。
「な、なに……?」
「んーとねー」
怯えている無力な少女に――宵闇の妖怪は無慈悲な一言を告げた。
「おなかさわってもいーい?」
「へ?」
ぺらり。
その言葉の意味を魔理沙が理解するよりも、ルーミアの手が魔理沙の寝間着を遠慮なしにめくるほうが早かった。
魔理沙の喉から悲鳴が出るのよりも、ルーミアが顔面を魔理沙のお腹に突っ込む方が早かった。
「ふにゃー、すべすべー、ぷにぷにー」
魔理沙のお腹に顔を埋めてまさにご満悦といった感じのルーミア。
「おまっ……すべすべはともかくぷにぷにはしてないだろ! ……し、してないよな?」
「えー? ぷにぷにだよー? るーみゃ、まりさのおなかすきー」
「ひゃわっ!? お、おまえどこ触って……」
「ぺろり」
「きゃああう!?」
「すりすり」
「やぁぁんっ!?」
「はむはむ」
「らめぇぇっ!?」
一方的な蹂躙である。ルーミアのぺろぺろすりすりはむはむ攻撃の前に、あわれ魔理沙の無防備なお腹はされるがままだ。このままでは貞操すら散らされてしまう可能性すらある。
だがいまやただの無防備な少女となってしまった魔理沙には、抵抗することなど許されない。
ただの少女にできるのは、ぎゅうっと目をつぶってシーツを掴むことだけだった。
「……」
諦めてすべてを受け入れようとしたとき、不意に攻撃がやんだ。おそるおそる目を開けて視線を下に向けると――。
「すかぴー」
寝ていた。
「こ……こんだけ好き勝手しといて自分が満足したら早々に寝るとかサイテーだぞお前……!」
ぐぎぎぎ、と拳を怒りに震わせる魔理沙だが、ルーミアの罪のない寝顔の前にはその怒りをぶつけることもできない。
ぽてんと力なくシーツの上に拳を投げ出した魔理沙は、ルーミアのぷにぷにほっぺにせめてもの報復を行った。
「んー、ふにゃー」
「ねぼすけめ、やっと起きたのか」
朝。
ベッドから目をこすりながらむくりと起き上がったルーミアに、フライパンに卵を落としていた魔理沙は背中越しに声をかける。
ルーミアはふにゃふにゃ言いながら、のろのろとテーブルまで歩いてきた。まだ半分夢の中にいる感じだが、テーブルの上に並べられたトーストと目玉焼きはしっかり食べている。
そんなルーミアののんきな様子を、魔理沙は昨夜の出来事を努めて思い出さないように眺めていた。
「あむあむ……ねーまりさー」
「うん?」
「るーみゃ、きのうの夜ねー、夢みたんだー」
「……へ、へぇ。妖怪でも夢見るんだな。どんな夢見たんだ?」
「んー、あんまりおぼえてないんだけどねー……」
ふにゃふにゃ船を漕ぎながら、ルーミアは答える。
「なんかおいしいものいっぱい食べた夢だった気がするー」
「そ、そうか、よかったな」
「んーでもー、やっぱり夢じゃなくてー、ほんとに食べたほうがいいよねー」
「ま、まあそうだな、夢じゃお腹はふくれないもんな」
致命的な失敗だった。言葉には魔力が宿っている。それは魔法という人外の理に関わる者にとっては常識だったはずだ。まして、今目の前にいるのは妖怪なのだ。
「おなかー……?」
ルーミアは相変わらずぽわぽわしていたが、その言葉に明らかに反応していた。眠そうに左右にさまよわせていた視線が、不意に魔理沙をはっきりと捉えた。
「ねーまりさー」
「なんですか!?」
なぜか敬語で返してしまった魔理沙の方を、ルーミアは不思議そうに見ている。皿の上に残った目玉焼きをお腹に収めると、ルーミアは椅子から降りて、ちょこちょこ歩いてきた。
「くんくん」
まるで野生の獣が近づいてきたかのようにのけぞる魔理沙とは対象的に、ルーミアはいつもののほほーんとした顔で魔理沙の鼻先に顔を近づけて匂いを嗅いでいる。かと思ったらぱっと離れて、なんだか妙に嬉しそうに笑った。
「そーなのかー」
「今ので何を納得したんだお前!?」
「ねーまりさー」
「今度はなに!?」
なぜか耳まで真っ赤にしている魔理沙に、ルーミアは無邪気な笑顔で笑いかけた。
「今夜のばんごはん、たのしみだねー」
ルーミアのかわいらしさが詰まっていました