Coolier - 新生・東方創想話

素晴らしき妖精大戦争

2023/05/26 02:27:45
最終更新
サイズ
8.49KB
ページ数
1
閲覧数
861
評価数
5/5
POINT
480
Rate
16.83

分類タグ



チルノはある意味で夏の妖精だった。

冷たいならば、それは概ね夏の風物詩だからだ。

夏の風物詩は、我が家に押しかけてくるなり、書状を差し出した。


魔理沙はうだっていたから我慢した。

そこには

「あたいたちは、宣戦布告します」

と書いてある。

わからないので、逆から読んでみた。

「すまし告布戦宣,はちたいたあ」

なるほどわからない。

つまり、文字通り読めばいいらしい。

さてどう解釈したものか。

『あたいたち』

これは、つまり自分を含めた集団ということだろう。

『宣戦布告します』

これは難しい。

でもまあ、宣戦を布告ってことだ。

妖精にもこんな字が書けるのだなあ。

『あたいたち』は誰らに対して宣戦したのだろうか。

「なあ、チルノ。お前らは誰と戦争するんだ?」

「大ちゃん」

ほう、大ちゃん、チルノがよく一緒にいる大妖精、通称大ちゃんのことだろう。

チルノは無鉄砲に私に抱きついた。

「あたいたちは魔理沙に見届けてほしいんだ」

「ふーん、お前がそんな殊勝なことを言うとは珍しい。今日はキノコが降るかな」

「あたいだっていつもきかん坊じゃないのさ」

「かっこつけやがって」

むかついたので、握りこぶしでグリグリしてやると、チルノは痛い痛いと喚いた。

チルノは魔の手からぬけ出すと、小走りに距離をとって叫んだ。

「いじわる!」

「ははは」

「もう、大ちゃんに頼まれなかったら来なかったのに!」

チルノはワンピースを握りしめて言った。

「なんだ?大妖精に頼まれて来たのか?」

「うん。こうなった以上個人の問題じゃないし、魔理沙さんに見届けてもらいましょうって言われて。そうだねって言った」

「どう考えても、個人的な問題に違いないんだがな」

私達は湖に向かって出かけた。

チルノ的には、戦地に赴いた。

湖畔の暑さは陰湿で、ベトベトと私を不快にする。

「どうしてこんなことになっちゃったんだろう」

「大妖精となにがあったんだ?」

「ちょっとした行き違いで、あたいを妖精じゃないと思ってるんだ」

「結構ちょっとしてない行き違いだな」

「それで、あたいに妖精じゃないことを思いださせるためにやりあうっていうんだ」

「でも、お前が妖精だっていう証拠はあるのか?信仰で変わったのかもしれないぜ」

「あたいが妖精なんて、誰だって知ってることさ。じゃあ魔理沙だって魔法使いだっていう証拠はあるの?」

「私は人間だぜ。私の記憶から、私の記憶を持つ私は少なくとも人間だってことはわかる」

「でもその記憶が作り物だったら?」

「私の記憶が作り物であったのなら、それは私じゃない私が人間じゃなかったってだけだ」

「……わからない。魔理沙がせこいからだ」

すまんな、せこいんだ。

ふてくされるチルノに連れられて湖のほとりに降り立つと、大妖精は大きな棒を持っていた。

持っているバットの重さのために重心を定めあぐねるようにふらついている。

「大ちゃん、連れてきたよ」

「よくわからんが、きてやったぜ」

本心からよくわからなかった。

これから始まるのは戦争なのか?

「チルノちゃん、これを取りなさい」

大妖精は私達の前に手に持っていた木製の棒を投げ渡した。

「これで殴りあうのか?」

「それはバット。私が投げるボールを打てたらチルノちゃんの勝ち」

「無理だよ。大ちゃんはボールに付着させた血液を発火させることで落差一メートル級のフォークを投げる大リーグ妖精なんだ。勝てっこないよ」

「チルノちゃんは最強だから、成長できるよ。平気だよ」

「そうだぜ、諦めるのはよくない。頑張るんだチルノ」

「……わかった。頑張ってみるよ」

夏なので、野球会である。

それからというもの、チルノは毎日素振りをした。

雨の日も、風の日も、毎日バットを降った。

私は気が向いたら窓からそれを眺めていた。

なにせ、うちの庭先でやってるのである。

チルノがバッドを振るうひゅんひゅんという風切音はじょじょに鋭く短くなっていき、たまにカエルなどをボール代わりにフォークを捉える練習をして、ついにはあたり一帯のカエルや羽虫を弾け飛ばしていた。

おかげで森はチルノのバットスイングによる風切り音以外は何もなくなって静かだったし、私は寝付きが良くなった。

そして数日が経って、チルノは大妖精の前に立っている。

バットを携えたチルノは、構えに一瞬の隙もなく。さながら伝説のサムライ、宮本武蔵のようであった。

チルノの選択した構えは八相の構えだ。これは正面から捉えた時、さながら鬼も切らんという様相となり、コースへのプレッシャーがかかる。

大妖精は一度振り返って虚空に頷くと、チルノに向き直り、躊躇なく投球モーションに入った。

一連の運動はさながら奈須きのこのDDDに出てくる投球の場面のようにだ。えぐるようにボールを投げると、あたかも奈須きのこ作品のような描写が入る。

それに答えるように、一呼吸おいて、チルノがバットを振るう。

つまり――そのスイングは、野球というルール上の描写において存在しえない一振りであった。

「ままよっ!」

私は思わず声を上げた。

ボールは快音を立てて、思い切り弾け飛んだ。

「やった!あたいの勝ち!」

チルノはバットを放り投げて喜んで、勢いづいて大妖精に抱き付いた。

「大ちゃん、あたい勝ったよ!」

「おめでとう。私は負けたんだけどね。でもよかった。計画通り」

「どういうこと?」

「チルノちゃんは私に勝つことで証明したんだよ。停滞、永遠の象徴である妖精では成長はありえない」

チルノは、大妖精に抱きつくのをやめた。

「チルノちゃん、もうよそうよ。妖精のフリなんてもうやめようよ」

「何言ってるの大ちゃん。あたいたちは妖精でしょ?」

「違うよ。魔法使いだよ。この湖に越してきたときのこと忘れちゃったの?私たちは逃げてきて、ここで妖精のふりをして暮らしてきたけど、もう必要ないでしょう!?」

「ちがうちがう違う!あたいは妖精よ!魔法なんて一文字も知らないんだから!」

「じゃあチルノちゃんは人間なんだね。それか幽霊なんだね」

「大ちゃん、きっと、湖でへんなキノコを食べたんでしょ?はやくげーげーするか一回休みになって戻ろう?私が手伝ってあげるから」

チルノが震える腕をふるうと、既に右手にはバットではなく、氷の剣があった。

「やめて、死にたくない」

「妖精は死なないんだって!目を覚ましてよ!」

チルノはヒステリックに叫んで、剣を脇に構えると突進した。

「やめろ!」

私は叫んだが、チルノは大妖精の胸に氷の剣を突き刺した。

大妖精胸に深々と突き刺さった氷の剣は飛沫をあげた。

そして、彼女は崩れ落ちて、しばらくトマトケチャップの泡を吹きながら呻くと動かなくなった。

彼女は妖精だから死ななかった。



私たちは、土色になった大妖精を取り囲んで座った。

チルノはみたこともない程に悲しがっていた。

今この時間だけは、悲しみや類似品以外のことは考えたくないという目をしていた。

「大ちゃん、名前をほしがってたんだ。それで、あたいがそのうち付けてあげるって約束してたんだ」

私は落ち込んでいるチルノを慰めてやりたかった。

「大妖精が名前を要請していたわけだな」

チルノは続けた。

「あたいはもう名前を決めてたんだ。『博麗霊夢』って素敵な名前を考えてて、それを明日にでも、氷の中に名前を入れて、渡してあげようと思ってたんだ」

大妖精はうるさそうに口と耳から出入りする蝿を追い払った。

「楽しみにしてたのに、残念だわ」

腐葉土に横たわったまま言った。話すたびに蝿がぶぶぶと口から追い出された。

「ごめんね、大ちゃん」

「もういいのよ。ねえ、最後にお願い。『博麗霊夢』って呼んで」

「霊夢、悲しいよ、あたい」

「ありがとう、チルノちゃん。じゃあ、行くね。死んだからもう行かなきゃ。そろそろ腐っちゃう。チルノちゃん、魔理沙、頑張ってね」

博麗霊夢は立ち上がると、スタスタと川に向かって歩いて行った。

一度も振り返らなかったので、私たちは引き止めることができなかった。

「あたい、無条件降伏するよ」

「いいのか?」

「民には申し訳ないけど、そうするしかないと思うんだ。ねえ、ラジオない?」

「ああ、確か香霖堂に置いてあったか」

私は、重々しい足取りで追従するチルノと共に、時節振り返りながら香霖堂に向かった。

扉を開くなり、香霖はいつものように悪態をついた。

「いらっしゃい……なんだい魔理沙。妖精なんてひきつれて。どうせなら客になりそうなのを連れて来てくれないか」

「私だって上客だろう。いつもこんな辺鄙なとこに来てやってるんだぜ」

「来るだけなら強盗だって同じだよ」

「ラジオあるか?」

「ら行はそこだよ」

香霖堂では、すべてのものは名前順になっていた。

香霖の趣味だ。ここにある者の名前なんて奴しか把握してないし、まったくもって客からしたらわかりづらい配置である。

チルノは私の横を通り抜けて店内に踏み入ると、ら行を探し始めた。

「どれさ」

「その、猫くらいにでかい四角いやつだよ」

チルノはラジオのアンテナを立てると、多段式に折りたたまれたそれを伸ばし、先端を口元に寄せた。

「あ、ああー。終戦です。頑張りましょう」

チルノは力なく宣言した。それは、己の無力を呪うゆえに思えた。

そういえば、蝉が鳴き始めた。

今年、初めて聞いた蝉の声は、アブラゼミだった。

チルノのバットスイングは地中には及ばなかったのだ。

「なあ、夏がきたぜ」

「そうだね」

「私達も、がんばらないとなあ」

「僕は十分にやっているよ」

「頑張ってる?」

「そうじゃない」「出来るぶんだけのことから、やりたいだけを選んでやっているのさ」「計算ドリルはやらないけどね」

「みんな、そうなのかな」

チルノは、孤独な終戦放送を終えるといつの間にかいなくなっていた。

どこか出て行ったに違いないのだが、なぜか、チルノが永遠に消えてしまったように思えた。

「なあ香霖」

「なんだい」

「私、やっぱり人間じゃなくて魔法使いになるよ」

霖之助は魔理沙に向き直った。

「もうなり終わっているさ」

簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.簡易評価なし
1.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
2.100南条削除
な、なにが起きたんだ……
3.100名前が無い程度の能力削除
子供の遊戯にそこに妙なエッセンスのようなものが加わっていて、それを眺める魔理沙がちょっとシニカルに感じました。
4.90夏後冬前削除
不思議な感覚でした
5.100東ノ目削除
読んでて???となりますね。いい意味で。面白かったです