川辺で魔理沙を見かけたので、襲い掛かったら返り討ちにあった。地面に倒れ伏すあたいの背中に、魔理沙が勢いよく座る。どすんっ!ぐえー。
「念のために言っておくが、私はお前のことは嫌いじゃない。むしろどんなに負けてもへこたれずに挑んでくる心意気は結構好きだ」
「そうだろう」
急に告白された。好かれるのは気分がいいものだし、あたいも魔理沙のことは嫌いじゃない。だからもう少し成長したら考えてやってもいい。
「だが物事にはタイミングってやつがある。わかるか?タイミング。カタカナだけどわかるか?」
「バカにしないでよね。それくらいわかるもん」
「それはよかった。お前はタイミングが悪かった」
「他人のことを尻の下に敷きながら告白する魔理沙よりはましよ」
「何言ってんのお前???」
頭の悪いやつと話すと疲れるわ。
「とにかくだ。チルノ、これをみろ。何かわかるか」
魔理沙は竹で編まれた容器を取り出して見せる。
「籠ね」
「そうだ。籠だ。半分正解だ。じゃあこれがヒントだ」
魔理沙は次に竿を取り出す。そういえばあたいが襲い掛かった時に釣りをしていたような気もする。
「釣竿ね」
「そうだ。釣竿だ。そしてここは川だ。さてチルノ、川で釣竿を持っている魔理沙さんのもつこの籠は何だと思う?」
「そんなの簡単よ。魚籠でしょ」
「よくわかっているじゃないか。ご褒美をやろう」
魔理沙は少し腰を上げたかと思うと、あたいの背中に尻を落とす。どすんっ!ぐえー。
「なにすんのよ!」
「じゃあチルノ。この魚籠、おかしいところはないか?」
魔理沙に言われて魚籠をよく見てみる。氷の塊が突き刺さって穴が空いている。
「あんたバカね!穴が空いていたら魚を入れられないじゃない!」
「大正解だよ大馬鹿野郎」
魔理沙が先ほどよりもさらに勢いよく尻を落とす。どすんっ!ぐえー。
「中の魚は無事のようだが、このままだとこいつらを持って帰れん。そこでだ、チルノ。お前に頼みがある」
そう言ってやっと重い腰をあげた魔理沙は、川辺に石を積んで簡単な囲いを作る。そして、その中に魚籠から取り出した魚を入れる。あたいの頭くらいの大きさの魚が2匹、ゆったりと泳いでいる。怪我をしている様子はないから、うまく氷の塊を避けていたらしい。運のいい奴らだ。
「簡易の生簀だがこれで逃げないだろう」
「あたいは逃げも隠れもしない!」
「お前のそういうところは好きだけど嫌いだよ。とにかくだ、よく聞けチルノ」
「うん」
魔理沙が少し屈んで、あたいと目線の高さを合わせようとする。それに合わせてこちらは少し浮きあがり、魔理沙を見下ろして鼻で笑ってやる。
「ふふん」
「……」
げんこつで殴られた。ぐえー。
「今から私は神社に、代わりの魚籠を取りに行く」
「なんで神社?」
「1つ、私が持っている魚籠は1つしかない。だから家に取りに帰っても予備がない。2つ、この魚は霊夢と一緒に食べるために釣っている。魚籠の1つや2つ、神社にもあるだろ。だがそれはどうでもいい」
「どうでもいいのね」
「そうだ。大事なのは私が戻ってくるまで、ここで魚を見張ること。それがお前の仕事だ」
「なるほど」
たしかに生簀のおかげで魚は逃げない。しかし、神社に魚籠を取りに行く間に、誰かに盗まれてしまう可能性はある。そうならないためにも見張りは必要だ。
「なんであたいがそんなことしなくちゃいけないのよ」
「……」
「何よ。溜息なんかついちゃって。幸せが逃げるわよ」
「誰のせいだと思ってんだよ」
「……あ、あたいにだってわからないことはあるもん!」
「そうだな。うん。まああれだ、今日はきっと運が悪かったんだ」
「かわいそう」
「とにかくだ、チルノ。私が戻ってくるまで、ここの魚を見張っていてくれ」
「だから、なんであたいがそんなことしなくちゃいけないのよ」
「私が戻ってくるまで魚が無事だったら、食べる時に少しわけてやる」
「……」
つまり魔理沙は、魚だけでなくあたいまで釣ろうってことね。
「いいだろう!」
「交渉成立だな。釣竿と餌も置いておくから、あんまり暇だったら釣りでもしていたらいい。できるだけ早く戻ってくるから頼んだぜ」
「任せなさい!」
魔理沙は箒に跨ると、神社の方に飛んでいく。そして、その姿が見えなくなるまで見送った後、生簀の方に振り返る。
「にしししし」
バカめ。あたいが魚なんかで釣れると思ったか。その浅はかさは愚かしい。あたいを釣りたければせめて金平糖くらい持ってくることだ。そんなんだから尻が重いんだ。
生簀の中を覗き込む。笑みが漏れるのを我慢しながら、囲いの石をいくつかどかして出口を作ってやる。
「さあこれで自由よあんた達!どこへでも好きに逃げるといいわ!」
……逃げない。聞こえなかったのだろうか。
「さあこれで自由よあんた達!どこへでも好きに逃げるといいわ!!!」
先程よりも大きな声で元気よく、おまけにビシィッ!と出口の方を指差したが、全然逃げない。なるほど、さてはこいつらもバカね!なんだかよく見るとバカそうな顔をしている気がしてきた。1匹は間抜けそうな顔をして、生簀の中をぐーたら泳いでいる。頭が悪そう。あたいと違うからきっと雄だ。巫女太郎と名付けよう。もう1匹は意地悪そうな顔して、巫女太郎の周りを忙しなく泳いでいる。頭が悪そう。こいつもあたいと違うからきっと雄だ。魔女次郎だな。
「巫女太郎も魔女次郎も本当にバカだな!」
バカ面で泳ぐ2匹だが、名前を付けるとなんだか愛着が湧いてきた。バカなこいつらだけど、そんなバカさがかわいく見えてきた。
「おいで、巫女太郎。魔女次郎」
生簀の中に魔理沙が置いていった餌をいくつか放り込めば、2匹は嬉しそうに群がってそれを食べる。いつまでたっても生簀から逃げようとしない巫女太郎と魔女次郎。きっとあたいのことが大好きに違いない。そのまましばらく餌やりをしていると、視界の端に氷の塊の刺さった魚籠が映る。ふと今日の魔理沙との勝負が思い出される。
「……少しあたいの話を聞いてくれるか」
2匹に先ほどの弾幕ごっこのことを話す。意気揚々と仕掛けたあたいの不意打ちを、魔理沙はあっさりと避けて、そのまま嘲笑うかのように挑発する。売られた喧嘩はいつだって買ってきたあたいは、当然そのまま追撃を仕掛ける。しかし魔理沙には全然当たらない。でも今日はとっておきがあった。新しいスペルカード。まだ誰にも見せていない新必殺技。これで魔理沙のことをけちょんけちょんにしてやるつもりだった。しかし、魔理沙は一瞬驚いたような表情は見せたが、それでもぎりぎりで全てを避けた。あたいの新必殺技は魔理沙に命中することなく、その肩から下げていた魚籠に大穴を開けただけだった。そして魚籠に命中したことに気付いた魔理沙は、一気に反撃してきて、あたいは成す術もなく落とされた。あたいの新必殺技は全く当たらなかったのに。魔理沙の攻撃は全部当たった。
「……そっか、あの魚籠の穴はあたいの仕業か」
自分の口から出た声が震えていて、それがさらに自分の感情をかき乱す。でも大丈夫、あたいには魔法の言葉がある。ごしごしと目元を拭ってゆっくりと深呼吸をする。霊夢の嘘くさいお札や魔理沙のちんけな魔法なんかより、ずっとずーっと無敵の呪文。これさえ唱えれば元通り。拳を高く突き上げ元気よく。
「あたいったらさいきょーね!!!」
あたいの叫びに合わせて、巫女太郎と魔女次郎がぱしゃんっと生簀で跳ねた。
「……お前たちも元気づけてくれるのか?」
巫女太郎が、『次はきっと勝てる』って言ってくれている気がする。魔女次郎が、『今度は絶対に負けない』って言ってくれている気がする。
「霊夢や魔理沙と違ってお前たちはいいやつだな。バカだけど」
再び餌をやれば、嬉しそうに食べる2匹。巫女太郎も魔女次郎もあたいの話を黙って聞いてくれた。その上、元気づけてくれた。あたい達はもう友達だ。
そんなことをしていると、遠くの空からこちらに向かってくる黒いのが見えた。魔理沙だ。飛び上がって近くまで迎えに行く。結果的に、巫女太郎も魔女次郎も逃がさなかった。というか逃げなかった。悪戯は不発となったが、それでもあたいは満足だ。友情に乾杯。
「お?本当に見張ってくれていたのか。半信半疑だったけど助かったぜ。仕方ないからちゃんとお礼もやるよ」
しかも魔理沙はお礼までくれるらしい。そういえばそんなことを言っていた気がする。友情に加えて感謝とお礼まで貰えるなんて。とてもお得だ。何を貰えるんだろうか。たしか食べる時にわけてくれるって……ん?食べる?何を……?
たっぷり3秒考えた後、勢いよく振り返り、生簀の石壁に向かって氷の塊を放つ。石をどかしたよりもさらに大きな穴ができる。
「はぁ!?お前何を」
「巫女太郎!魔女次郎!にげろおおおおお!!!」
大声で叫びながら、生簀と魔理沙との間に、通せんぼするように手を広げる。
「待って。お願いだからちょっと待って。急に大声を出されたらびっくりしちゃう。どうした?えっ?巫女太郎?魔女次郎?」
「くらええええ!!!」
魔理沙が、悪逆非道な魔法使いが、あたいの親友を食べようとする悪魔が、これ以上近づかないように氷の塊をいくつも打ち込んでいく。
「話が見えん!とりあえず落ち着け!話し合えばきっと分かり合えるから!」
「うるさいバカ!白黒!魔女!バカ!」
「分かり合えるか、自信がなくなってきた」
一度は驚いて距離を取った魔理沙だが、冷静に氷の塊を避けつつ、再び距離を詰めてくる。なんで当たらないのよ!そんな思いと裏腹に、隙間を縫うようにして放たれた星型の弾幕があたいの頭に、パコーン!と音を立てて命中する。視界がぐらりと揺れて、天地がひっくり返る。上と下が分からなくなって、そのままふらふらと落下する。
「なんだったんだ……?」
地面に伏せるあたいを見下ろしながら、地上に降り立った魔理沙がぼやく。この戦いの隙に、2匹は逃げることができただろうか。生簀の方を見ると、まだいた。巫女太郎があたいのことを心配そうに見つめている。魔女次郎があたいのことを応援してくれている。あたいに構わず逃げればいいのに。本当にバカな奴らだ。本当にバカで、いいやつらだ。
「な、なんだ?」
「行かせないんだから……!」
生簀に向かおうとする魔理沙の足首にしがみつく。大丈夫だぞ巫女太郎、安心しろ魔女次郎。あんた達のことはあたいが、さいきょーのチルノ様が絶対に守ってやるんだから。
「うおぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
「だからびっくりしちゃうだろ!?」
♢♢
「だいたいわかった」
チルノをこてんぱんに負かした後で話を聞いたところ、その内容は想像していたよりも理解できるものであった。
「あたいに免じて見逃してやってくれ。この通りだ」
私の目を真っ直ぐ見ながら、腕を組み、胸を張って頼み込む。
「どの通りなんだ、とりあえず頭を下げろよ」
軽く拳骨をくれてやった後、頭を下げるチルノの背中に座布団を敷き、その上に座る。さっきはお尻が冷たかったからな。お尻の下でぐえーという悲鳴が聞こえる。
「……わかった」
「ん?」
お尻の下で、チルノがごそごそと取り出したのは小さな巾着袋。受け取って中身を見る。
「金平糖?」
「これあげるから、だから、見逃してやってくれ」
一粒取って一通り眺めた後、そのまま口に入れてみる。甘い。どこにでもある普通の金平糖だった。
「……これもつけてやる」
何も言わない私の態度を否定と受け取ったのか、さらにチルノが取り出したのは、きれいなビー玉。
「……これでもだめなら」
「待て。ちょっと待て。できるか?待て」
「できる」
「よし」
さすがに私でも、チルノ相手に悪徳商人のような真似をするつもりはない。このまま黙っていれば何が出てくるのかは興味があるけれども、それはまた別の話だ。私だって、まだ実家に住んでいたころに、殺されるのを忍びなく思い、飼っていた食用の鶏を逃がして親父にこっぴどく叱られたことがある。今でこそ生きることは奪うことだと理解しているが、チルノにそれを理解させるのは難しいのかもしれない。妖精と人間では価値観が違いすぎる。何より私はいい人間ではないので、チルノに教育なんて面倒なことまでしてやるつもりはない。
「なあチルノ」
「何よ」
「魔女太郎と巫女次郎だっけ?」
「巫女太郎と魔女次郎よ。あんたバカね」
「うるさいなぁ。なんで私の方が2番なんだよ。とにかく、こいつらはお前にとって友人なんだな?」
「親友よ!バカだけどいいやつだもん」
「そっか」
深くため息をついて生簀を覗き込む。釣った時は旨そうにしか見えなかった魚が、なんだかいいやつそうにも見えてきた気がした。気のせいか?気のせいだな。
「まあそうだな、いいやつだったら……食べたら可哀そうだよな」
金平糖とビー玉をチルノに返した後、ゆっくりと立ち上がり、生簀代わりにしていた石をどかしてやる。全てどかすと、魔女次郎(それとも巫女太郎?)が一瞬こちらを向いた後、川上に向かって泳いでいく。そしてその後を巫女太郎(魔女次郎か?区別がわからん)がついていく。
「……ごめんな魔理沙」
「うん」
「魚籠壊しちゃって」
「そっちか」
立ち上がって私の隣にきたチルノが、手をぶんぶんと振って、別れを告げる。
「元気でなー!!!巫女太郎!魔女次郎!」
「まあなんだ、もう捕まるんじゃないぞー」
私も言葉に迷いながら、曖昧な別れを告げる。神社では我らがぐーたら巫女が餌を待っている。果たしてどうしたものか。今から釣りを再開するのもなんだかおかしな話だ。いつも通り森で茸でも採ってくるか。人手も釣れたことだし。
「念のために言っておくが、私はお前のことは嫌いじゃない。むしろどんなに負けてもへこたれずに挑んでくる心意気は結構好きだ」
「そうだろう」
急に告白された。好かれるのは気分がいいものだし、あたいも魔理沙のことは嫌いじゃない。だからもう少し成長したら考えてやってもいい。
「だが物事にはタイミングってやつがある。わかるか?タイミング。カタカナだけどわかるか?」
「バカにしないでよね。それくらいわかるもん」
「それはよかった。お前はタイミングが悪かった」
「他人のことを尻の下に敷きながら告白する魔理沙よりはましよ」
「何言ってんのお前???」
頭の悪いやつと話すと疲れるわ。
「とにかくだ。チルノ、これをみろ。何かわかるか」
魔理沙は竹で編まれた容器を取り出して見せる。
「籠ね」
「そうだ。籠だ。半分正解だ。じゃあこれがヒントだ」
魔理沙は次に竿を取り出す。そういえばあたいが襲い掛かった時に釣りをしていたような気もする。
「釣竿ね」
「そうだ。釣竿だ。そしてここは川だ。さてチルノ、川で釣竿を持っている魔理沙さんのもつこの籠は何だと思う?」
「そんなの簡単よ。魚籠でしょ」
「よくわかっているじゃないか。ご褒美をやろう」
魔理沙は少し腰を上げたかと思うと、あたいの背中に尻を落とす。どすんっ!ぐえー。
「なにすんのよ!」
「じゃあチルノ。この魚籠、おかしいところはないか?」
魔理沙に言われて魚籠をよく見てみる。氷の塊が突き刺さって穴が空いている。
「あんたバカね!穴が空いていたら魚を入れられないじゃない!」
「大正解だよ大馬鹿野郎」
魔理沙が先ほどよりもさらに勢いよく尻を落とす。どすんっ!ぐえー。
「中の魚は無事のようだが、このままだとこいつらを持って帰れん。そこでだ、チルノ。お前に頼みがある」
そう言ってやっと重い腰をあげた魔理沙は、川辺に石を積んで簡単な囲いを作る。そして、その中に魚籠から取り出した魚を入れる。あたいの頭くらいの大きさの魚が2匹、ゆったりと泳いでいる。怪我をしている様子はないから、うまく氷の塊を避けていたらしい。運のいい奴らだ。
「簡易の生簀だがこれで逃げないだろう」
「あたいは逃げも隠れもしない!」
「お前のそういうところは好きだけど嫌いだよ。とにかくだ、よく聞けチルノ」
「うん」
魔理沙が少し屈んで、あたいと目線の高さを合わせようとする。それに合わせてこちらは少し浮きあがり、魔理沙を見下ろして鼻で笑ってやる。
「ふふん」
「……」
げんこつで殴られた。ぐえー。
「今から私は神社に、代わりの魚籠を取りに行く」
「なんで神社?」
「1つ、私が持っている魚籠は1つしかない。だから家に取りに帰っても予備がない。2つ、この魚は霊夢と一緒に食べるために釣っている。魚籠の1つや2つ、神社にもあるだろ。だがそれはどうでもいい」
「どうでもいいのね」
「そうだ。大事なのは私が戻ってくるまで、ここで魚を見張ること。それがお前の仕事だ」
「なるほど」
たしかに生簀のおかげで魚は逃げない。しかし、神社に魚籠を取りに行く間に、誰かに盗まれてしまう可能性はある。そうならないためにも見張りは必要だ。
「なんであたいがそんなことしなくちゃいけないのよ」
「……」
「何よ。溜息なんかついちゃって。幸せが逃げるわよ」
「誰のせいだと思ってんだよ」
「……あ、あたいにだってわからないことはあるもん!」
「そうだな。うん。まああれだ、今日はきっと運が悪かったんだ」
「かわいそう」
「とにかくだ、チルノ。私が戻ってくるまで、ここの魚を見張っていてくれ」
「だから、なんであたいがそんなことしなくちゃいけないのよ」
「私が戻ってくるまで魚が無事だったら、食べる時に少しわけてやる」
「……」
つまり魔理沙は、魚だけでなくあたいまで釣ろうってことね。
「いいだろう!」
「交渉成立だな。釣竿と餌も置いておくから、あんまり暇だったら釣りでもしていたらいい。できるだけ早く戻ってくるから頼んだぜ」
「任せなさい!」
魔理沙は箒に跨ると、神社の方に飛んでいく。そして、その姿が見えなくなるまで見送った後、生簀の方に振り返る。
「にしししし」
バカめ。あたいが魚なんかで釣れると思ったか。その浅はかさは愚かしい。あたいを釣りたければせめて金平糖くらい持ってくることだ。そんなんだから尻が重いんだ。
生簀の中を覗き込む。笑みが漏れるのを我慢しながら、囲いの石をいくつかどかして出口を作ってやる。
「さあこれで自由よあんた達!どこへでも好きに逃げるといいわ!」
……逃げない。聞こえなかったのだろうか。
「さあこれで自由よあんた達!どこへでも好きに逃げるといいわ!!!」
先程よりも大きな声で元気よく、おまけにビシィッ!と出口の方を指差したが、全然逃げない。なるほど、さてはこいつらもバカね!なんだかよく見るとバカそうな顔をしている気がしてきた。1匹は間抜けそうな顔をして、生簀の中をぐーたら泳いでいる。頭が悪そう。あたいと違うからきっと雄だ。巫女太郎と名付けよう。もう1匹は意地悪そうな顔して、巫女太郎の周りを忙しなく泳いでいる。頭が悪そう。こいつもあたいと違うからきっと雄だ。魔女次郎だな。
「巫女太郎も魔女次郎も本当にバカだな!」
バカ面で泳ぐ2匹だが、名前を付けるとなんだか愛着が湧いてきた。バカなこいつらだけど、そんなバカさがかわいく見えてきた。
「おいで、巫女太郎。魔女次郎」
生簀の中に魔理沙が置いていった餌をいくつか放り込めば、2匹は嬉しそうに群がってそれを食べる。いつまでたっても生簀から逃げようとしない巫女太郎と魔女次郎。きっとあたいのことが大好きに違いない。そのまましばらく餌やりをしていると、視界の端に氷の塊の刺さった魚籠が映る。ふと今日の魔理沙との勝負が思い出される。
「……少しあたいの話を聞いてくれるか」
2匹に先ほどの弾幕ごっこのことを話す。意気揚々と仕掛けたあたいの不意打ちを、魔理沙はあっさりと避けて、そのまま嘲笑うかのように挑発する。売られた喧嘩はいつだって買ってきたあたいは、当然そのまま追撃を仕掛ける。しかし魔理沙には全然当たらない。でも今日はとっておきがあった。新しいスペルカード。まだ誰にも見せていない新必殺技。これで魔理沙のことをけちょんけちょんにしてやるつもりだった。しかし、魔理沙は一瞬驚いたような表情は見せたが、それでもぎりぎりで全てを避けた。あたいの新必殺技は魔理沙に命中することなく、その肩から下げていた魚籠に大穴を開けただけだった。そして魚籠に命中したことに気付いた魔理沙は、一気に反撃してきて、あたいは成す術もなく落とされた。あたいの新必殺技は全く当たらなかったのに。魔理沙の攻撃は全部当たった。
「……そっか、あの魚籠の穴はあたいの仕業か」
自分の口から出た声が震えていて、それがさらに自分の感情をかき乱す。でも大丈夫、あたいには魔法の言葉がある。ごしごしと目元を拭ってゆっくりと深呼吸をする。霊夢の嘘くさいお札や魔理沙のちんけな魔法なんかより、ずっとずーっと無敵の呪文。これさえ唱えれば元通り。拳を高く突き上げ元気よく。
「あたいったらさいきょーね!!!」
あたいの叫びに合わせて、巫女太郎と魔女次郎がぱしゃんっと生簀で跳ねた。
「……お前たちも元気づけてくれるのか?」
巫女太郎が、『次はきっと勝てる』って言ってくれている気がする。魔女次郎が、『今度は絶対に負けない』って言ってくれている気がする。
「霊夢や魔理沙と違ってお前たちはいいやつだな。バカだけど」
再び餌をやれば、嬉しそうに食べる2匹。巫女太郎も魔女次郎もあたいの話を黙って聞いてくれた。その上、元気づけてくれた。あたい達はもう友達だ。
そんなことをしていると、遠くの空からこちらに向かってくる黒いのが見えた。魔理沙だ。飛び上がって近くまで迎えに行く。結果的に、巫女太郎も魔女次郎も逃がさなかった。というか逃げなかった。悪戯は不発となったが、それでもあたいは満足だ。友情に乾杯。
「お?本当に見張ってくれていたのか。半信半疑だったけど助かったぜ。仕方ないからちゃんとお礼もやるよ」
しかも魔理沙はお礼までくれるらしい。そういえばそんなことを言っていた気がする。友情に加えて感謝とお礼まで貰えるなんて。とてもお得だ。何を貰えるんだろうか。たしか食べる時にわけてくれるって……ん?食べる?何を……?
たっぷり3秒考えた後、勢いよく振り返り、生簀の石壁に向かって氷の塊を放つ。石をどかしたよりもさらに大きな穴ができる。
「はぁ!?お前何を」
「巫女太郎!魔女次郎!にげろおおおおお!!!」
大声で叫びながら、生簀と魔理沙との間に、通せんぼするように手を広げる。
「待って。お願いだからちょっと待って。急に大声を出されたらびっくりしちゃう。どうした?えっ?巫女太郎?魔女次郎?」
「くらええええ!!!」
魔理沙が、悪逆非道な魔法使いが、あたいの親友を食べようとする悪魔が、これ以上近づかないように氷の塊をいくつも打ち込んでいく。
「話が見えん!とりあえず落ち着け!話し合えばきっと分かり合えるから!」
「うるさいバカ!白黒!魔女!バカ!」
「分かり合えるか、自信がなくなってきた」
一度は驚いて距離を取った魔理沙だが、冷静に氷の塊を避けつつ、再び距離を詰めてくる。なんで当たらないのよ!そんな思いと裏腹に、隙間を縫うようにして放たれた星型の弾幕があたいの頭に、パコーン!と音を立てて命中する。視界がぐらりと揺れて、天地がひっくり返る。上と下が分からなくなって、そのままふらふらと落下する。
「なんだったんだ……?」
地面に伏せるあたいを見下ろしながら、地上に降り立った魔理沙がぼやく。この戦いの隙に、2匹は逃げることができただろうか。生簀の方を見ると、まだいた。巫女太郎があたいのことを心配そうに見つめている。魔女次郎があたいのことを応援してくれている。あたいに構わず逃げればいいのに。本当にバカな奴らだ。本当にバカで、いいやつらだ。
「な、なんだ?」
「行かせないんだから……!」
生簀に向かおうとする魔理沙の足首にしがみつく。大丈夫だぞ巫女太郎、安心しろ魔女次郎。あんた達のことはあたいが、さいきょーのチルノ様が絶対に守ってやるんだから。
「うおぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
「だからびっくりしちゃうだろ!?」
♢♢
「だいたいわかった」
チルノをこてんぱんに負かした後で話を聞いたところ、その内容は想像していたよりも理解できるものであった。
「あたいに免じて見逃してやってくれ。この通りだ」
私の目を真っ直ぐ見ながら、腕を組み、胸を張って頼み込む。
「どの通りなんだ、とりあえず頭を下げろよ」
軽く拳骨をくれてやった後、頭を下げるチルノの背中に座布団を敷き、その上に座る。さっきはお尻が冷たかったからな。お尻の下でぐえーという悲鳴が聞こえる。
「……わかった」
「ん?」
お尻の下で、チルノがごそごそと取り出したのは小さな巾着袋。受け取って中身を見る。
「金平糖?」
「これあげるから、だから、見逃してやってくれ」
一粒取って一通り眺めた後、そのまま口に入れてみる。甘い。どこにでもある普通の金平糖だった。
「……これもつけてやる」
何も言わない私の態度を否定と受け取ったのか、さらにチルノが取り出したのは、きれいなビー玉。
「……これでもだめなら」
「待て。ちょっと待て。できるか?待て」
「できる」
「よし」
さすがに私でも、チルノ相手に悪徳商人のような真似をするつもりはない。このまま黙っていれば何が出てくるのかは興味があるけれども、それはまた別の話だ。私だって、まだ実家に住んでいたころに、殺されるのを忍びなく思い、飼っていた食用の鶏を逃がして親父にこっぴどく叱られたことがある。今でこそ生きることは奪うことだと理解しているが、チルノにそれを理解させるのは難しいのかもしれない。妖精と人間では価値観が違いすぎる。何より私はいい人間ではないので、チルノに教育なんて面倒なことまでしてやるつもりはない。
「なあチルノ」
「何よ」
「魔女太郎と巫女次郎だっけ?」
「巫女太郎と魔女次郎よ。あんたバカね」
「うるさいなぁ。なんで私の方が2番なんだよ。とにかく、こいつらはお前にとって友人なんだな?」
「親友よ!バカだけどいいやつだもん」
「そっか」
深くため息をついて生簀を覗き込む。釣った時は旨そうにしか見えなかった魚が、なんだかいいやつそうにも見えてきた気がした。気のせいか?気のせいだな。
「まあそうだな、いいやつだったら……食べたら可哀そうだよな」
金平糖とビー玉をチルノに返した後、ゆっくりと立ち上がり、生簀代わりにしていた石をどかしてやる。全てどかすと、魔女次郎(それとも巫女太郎?)が一瞬こちらを向いた後、川上に向かって泳いでいく。そしてその後を巫女太郎(魔女次郎か?区別がわからん)がついていく。
「……ごめんな魔理沙」
「うん」
「魚籠壊しちゃって」
「そっちか」
立ち上がって私の隣にきたチルノが、手をぶんぶんと振って、別れを告げる。
「元気でなー!!!巫女太郎!魔女次郎!」
「まあなんだ、もう捕まるんじゃないぞー」
私も言葉に迷いながら、曖昧な別れを告げる。神社では我らがぐーたら巫女が餌を待っている。果たしてどうしたものか。今から釣りを再開するのもなんだかおかしな話だ。いつも通り森で茸でも採ってくるか。人手も釣れたことだし。
チルノはこの後もきっとなんだかんだで魔理沙についていくんだろうなと思うと
とてもほっこりしました。
それでいていい感じに話が収束するのがすごいです
一瞬で魚と友情を育むチルノがあまりにもまぶしすぎました
そこで図に乗るチルノもらしいし後でちゃんと学習するのも良い
とても癒されました。面白かったです。