みーんみんみん。
みーんみんみん。
蝉がやかましく鳴いている。
私は木陰に寝っ転がった姿勢で空を見ている。黒い空には青く輝く月ひとつ。
「……探すか」
ぽつりひとつ呟いて、木陰から立ち上がる。
夏の森の小道の砂利を踏みしめながら目的地に歩いていく。
魔法も使わずいつもの箒は手に握りしめて。
虚ろな目で霧雨魔理沙は歩いている。
10分ほど歩いた所に階段が出てきた。
ここの上は夏の匂いが漂う博麗神社。
私は待ち合わせをしていたんだ。鳥居をくぐるとほら。そこにいる。
後ろを向いた博麗霊夢が立っている。
「霊夢、来たぞ!遊ぼうぜ」
「あら魔理沙。今掃除してるところなんだけど」
「いいじゃん。外出て遊ばないか?」
「私外出れないっていってるじゃない」
「じゃあここでいいからさ」
もう、とぷくっと膨らました頬はむくれていて。
何する?何する?にこにこ、霊夢に聞く。
「じゃあ花札でもやりましょう」
「いいぞ!」
にこにこ、にこにこ、笑顔の私。
月明かりの薄暗い森の中。私は霊夢と遊ぶ。
お互い対面して遊んでいる。
あたりはもうあかるくなりはじめている。
「あら、もう朝よ。魔理沙は帰らなきゃ」
「いやだよ、もう少し遊ばせてくれよ」
「だめよ。あなたは帰らなきゃ」
霊夢は残念そうに顔を伏せた。
みーんみんみん。
みーんみんみん。
次第に蝉の鳴き声が大きくなってくる。
霊夢の話している声が聞こえない。
霊夢の顔にノイズが走る。まってくれ。私は霊夢に縋り付きたくて、あと一歩のところで踏み出した足から落ちていく。
☆
はっ、と目が覚めた。
ここはどこだ。布団の中?さっきの霊夢はどこに。
飛び起きて服を着替えて玄関に立てかけていた箒を握りしめて空を駆ける。
びゅうびゅう、大きな音を立てて風が耳をぬけていく。5分もしないうちに博麗神社に着いた。
「霊夢……霊夢?」
なぁ、返事してくれよ。
いつも立ってるだろ?私に顔をみせてくれよ。
「霊夢」
いるのはわかってるんだ。
私が見えないだけで。
「魔理沙さん」
後ろから誰かに声をかけられた。
振り返ると博麗神社の狛犬が。
「霊夢さんはいませんよ」
「そんなこと言うなよ、いるだろ?ここに」
「いませんよ」
ぐっ、と何かをこらえた顔をする狛犬。
「霊夢さんは1週間前に」「うるさい」
ぎらり、睨んでやる。うるさい狛犬だ。「うるさい」「うるさい」「うるさい」「うるさい」「うるさい」
頭を抱える。もうコイツには何も話さない。
無言で踵を返した。もうここには用はない。
後ろから眺めている狛犬はぐっと何かをこらえる顔をしていることに気づかない。
その奥にいる人影にも気づかない。
あのあと、自室に帰りボーッとしていると。夜が訪れる。月光が部屋の窓を照らしている。
「いかなきゃ」
霊夢の呼ぶ声が聞こえる。
自室の窓を開けて空に飛び立つ。
ひゅう、と昼より涼やかな風が体を駆け抜ける。
東に向かって軽やかに空に浮く。ほら、見えてきた。
私たちが過ごしている博麗神社に。
「霊夢!来たぞ!」
「あら、魔理沙。また夜に来たの?」
「いいじゃないか。いっしょにあそぼう」
「んん……なにするのよ?何も無いわよ」
そんなことないぜ!と声を出した。
「ほら!あたしとおどろうぜ!」
ふふ、と霊夢が笑っている。ぱっ、と手を差し出した。
私はしっかりと握った。ゆら、ゆら、ゆら。ふら、ふら、ふら。踊るというよりはよたよたと歩いている。
「ふふ……。たのしいな」
「そうかしら?魔理沙、楽しい?」
「たのしい!たのしいぞ!霊夢!」
踊りにもならない拙いステップ。けれども私は笑顔になる。
ああ、霊夢がいてくれたらそれでいいのだ。
私の世界の中心には霊夢が居る。声が聞けて。一緒に踊れて。
「ほら、魔理沙」
霊夢が私の名前を呼んでくれる。それだけで笑顔になれる。
しかし急に顔を不安そうにする霊夢。
「ごめんね。そろそろ、目覚めてね」
「なに、言ってるんだ?霊夢……?」
私は霊夢の後ろに開いた虚空に吸い込まれる。
「まって、まって……霊夢!!」
「もうこないでね。……貴女は生きて」
顔は、見えなかった。でも声は明るかった。……明るくしていた?
虚空にぐちゃぐちゃにされながら私は目を醒ます。
「……きて、起きて!」
だれかの声で目を醒ます。
「ん……」
ゆらり、と体を起き上がらせる。
博麗神社の石畳の上のようだ。体がズキズキして、痛い。咄嗟に箒を探すと近くに転がっていた。
声をかけられた方を向くと。
鮮やかな赤。短く切られた黒髪。黒髪によく映える赤いリボン。
「れい、む?」
「ん?わたし?霊夢よ。貴女は誰?なんでこんなところで寝てるの?」
……は?霊夢?
「昨日一緒に遊んだじゃないか!」
「ん?昨日声はしてたけど貴女とは初対面よ?わたしは博麗霊夢」
「うそだ」
嘘だ!霊夢はこんなのじゃない!!
「んー……嘘じゃない……とは言い難いわね。わたしは霊夢だけど元々は霊夢じゃないもの」
つらつら何も聞いてないのにしゃべり続ける霊夢。
「わたし、博麗神社に選ばれたから博麗霊夢になったのよ。先代は死んじゃったから」
「え ?」
頭がフリーズする。ザザザッ、頭からノイズが走る。
「霊夢!遊びに来たぞ!」
しーん。声はかえってこない。
「霊夢ー?」
みーんみんみん。蝉の鳴き声だけが響き渡る。
霊夢が住む生活圏の場所に足を踏み入れる。
「霊夢ー?どうしたんだー?」
いつも過ごしているはずの部屋の襖に手をかける。
なにか不穏な感じがした。しかしもう遅い。襖は開かれた。
「え ?」
物言わぬナニカがあった。
ぶんぶん、ハエが湧いて。美しかった顔は瞳を落としていた。
がちゃん。持っていた箒が手から滑り落ちた。
「あ 」
私は。この現実を目の当たりにして正気で居られない。
「あ、ああああ」
さようなら。私の正気。こんにちは。私の狂気。
「わたしは作られたから……って聞いてるの?」
「あは。あははははは……」
「んー……これ聞いてないやつだわ。貴女の名前ぐらい聞きたかったけど仕方ないか。先代の死んでるところ見ちゃった発見者だしねぇ。先代の見て壊れちゃったか」
目の前のレイムが声に出す。
私は何を言ってるのか何も分からない。
「霊夢、霊夢!踊ろう!遊ぼう!」
「うわ、うるさいな。わたしの名前だけど違う人のこと呼んでるの気持ち悪いなぁ」
「あは。あはは」
もう声は届かない。
転がっていた箒を持って空を飛んだ。
びゅう、と大きな風を生んだ。
「彼女、博麗霊夢に関わらなかったらこんなことならなかったのにね。わたしは何度だって生まれ変わる。そんなことも知らなかったかわいそうなひと。……さて、掃除しようかな」
名前も聞けなかったひとに憐憫を向けた。
博麗神社に居る博麗霊夢はずっと居る。名前は同じままで生まれ変わる。そんなシステムにすら気づけなかったかわいそうなひと。さようなら。名前も知らない貴女。
びゅう、びゅう。
やかましいほどの風音。ぐらぐらの箒の運転。
「あははははっ!」
笑い声しか出来ない。
ずるり、力が出なくなる。箒から滑り落ちていく。
何も聞こえなくなる。
笑顔の霊夢が脳裏をよぎる。
私、霊夢のこと愛してたの。ほんとよ。もう言えないけれど。大好きだったの。
ぐちゃ、音がして。消えた。
魔理沙が苦しそうで素敵でした