Coolier - 新生・東方創想話

姉妹で地上へ

2022/12/26 03:58:06
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 出掛けようと地霊殿を出たら、庭先でお燐と戯れているこいしの姿があった。
「お姉ちゃん、どこ行くの?」
「ちょっと地上に」
「私も行くー!」
 こいしは勢いよく立ち上がり、パタパタとこちらに駆けて来た。
「お二人共、いってらっしゃいませー」
 猫の姿のお燐が四つ足でちょこんと座り、ニャーンと鳴いた。



 橋姫と二、三言葉を交わし、地上へ通じる縦穴を抜けると、地底には届く事の無い陽射しが降り注いだ。
「まぶしーね」
「そうね」
 こいしは太陽を直視してやられた目を押さえていた。私はこいしの目が回復するのを待って歩き出す。こいしは楽しそうにスキップしていた。
「おっでかけおっでかけ、お姉ちゃんとおっでかけー」
「楽しそうね」
「楽しいよ!」
 こいしはぶんぶんと両腕を振り回して喜びを表現している。尻尾を振る犬みたいで微笑ましい。
「ところでどこ行くの?」
「人里よ」
「何しに行くの?」
「手土産を買いにね」
 目的地は人里を越えた先にある。ちょうど通り道にあるので、何か摘める物でも買って行こうと考えた。
「人里に行ったらこころちゃん達に会えるかなぁ」
「どうかしらね」
 こいしはよく一人で地上へ遊びに来ている。“こころちゃん”というのは人里にいる友人の事だろう。瞳を閉ざし、心を閉ざしてしまった妹の口から友人の名前が出るのは、姉として嬉しかった。
 森の中を歩いて抜けると道に出た。道なりに行くと人里の門が見える。開いた門をくぐり人里へ足を踏み入れると、にわかに騒がしくなった。
 耳に入る声と、心の声の奔流が一気に押し寄せてきた。
 早く用事を済ませて目的地へ向かおう……。
 私はすれ違う人が持つ包みを見て、その人がどちらから来たのかを読み取り、目当ての店を目指した。
「お姉ちゃん、あれ何?」
 振り返ると、こいしが足を止めて何かをじっと見据えていた。そちらに目を遣ると、露天商が茣蓙の上に座り込んで煌びやかな装飾品を並べていた。
「簪、帯留め、根付……和装の飾りよ」
「へー、面白そう!」
 こいしは目を輝かせ、パタパタと露天商に駆け寄った。
 遅れて私も露天商に歩み寄り、しゃがんで装飾品を楽しげに眺めるこいしと、ご機嫌な笑みを浮かべ商品を奨めていた。
「どれが欲しいの?」
 膝に手を突いてこいしの手元を覗き込む。こいしが手にしているのは、薄水色の綺麗な鈴の根付だった。
「これにするー」
 こいしがこちらに根付を突き出す。リンと美しい鈴の音が鳴った。
「その色なら、こっちの色の方が似合うわよ」
 茣蓙の上に並んだ別の根付を指差そうとしたら、こいしが「ううん」と首を振った。
「こころちゃんにあげるから、これがいい」
「ああ」
 友達にあげるのか。
 こいしが手の中で鈴を嬉しそうに転がしている。鈴は光を反射して、冷たい輝きを放っていた。
 友達か……。
 こいしが露天商の主人に値段を聞き、言われるまま金銭を出そうとしたので制止し、主人と値段交渉をして正規の値段よりも安く購入出来た。露天商の震える声を背に、私達は目当ての店へ向かう。こいしは歩きながら指先で揺れる根付を嬉しそうに眺めていた。
「………」
 そんな妹の様子を見て、私の胸中は複雑だった。
 明るく気ままに振る舞うこいしが愛おしくて、瞳を閉じる事で得られる当たり前の幸福が眩しくて、目を閉じてしまいたかった。



 店で手土産を購入し、人里を出て東へ向かう。やがて現れた石段を上り、鳥居をくぐって参道の途中で逸れる。居住部の縁側が見えると同時に、そこに座っていた人物が顔を上げた。
「あら」
「こんにちは」
「やっほー」
 こいしが先行して駆け寄り、私は彼女に歩み寄ると「いらっしゃい」と気怠そうに挨拶をする霊夢さんに手土産を渡した。
「ありがと」
 霊夢さんは立ち上がり、奥へ引っ込んだ。私は縁側に腰を下ろし、隣にこいしが座って退屈そうに足をぶらつかせていた。
「お姉ちゃん、なんでここに来たの?」
 こいしが私の顔を覗き込みながら不思議そうに尋ねる。
「……こいしは、誰かと会うのに理由がないと会いに行かない?」
「んー……会いたいなーって思ったら会うよ」
「そういう事よ」
「そっかぁ!」
 “理由がない”という理由に納得したこいしは、ぴょんと地面に足をつけると「探検してくるー」と行ってどこかへ行ってしまった。
「あら、こいしは?」
 ちょうど入れ違いで霊夢さんがお盆を持って戻ってきた。
「神社の敷地内にはいると思いますよ」
「そう。まあいいわ、はい」
 霊夢さんは少し距離を空けて座ると、私との間にお盆を置いて湯呑みを差し出してきた。
「ありがとうございます」
 両手で湯呑みを持ち、息を吹きかけて口を付ける。苦味とも甘味ともつかない温かさが、喉を通り過ぎ体に染みてホッとする。
「これって限定何個とかのやつ?」
 霊夢さんが自分の湯呑みを取りつつ、お盆に乗った茶菓子を示した。私が持ってきた手土産のカステラが食べやすい大きさに切り分けられ皿に鎮座している。
「そうですよ、庶民にはそうそう手が出せないような値段のやつです」
 にこりと満面の笑みを浮かべると、霊夢さんは「相変わらずねぇ」と顔を顰めた。
「あんた、その嫌味っぽいところどうにかならないの?」
「こんな目がなければ、どうにかなったかもしれませんね」
 そう言って湯呑みを傾ける。横目で霊夢さんの様子を盗み見ると、私の言葉など聞いていなかったようで、カステラを菓子切で一口大に切り分けていた。
「霊夢さん……」
「何?」
 霊夢さんが手を止めてこちらを向く。いくら見据えても、目の前のカステラの事しか考えていなかった。
「……いえ、どうぞ」
「もちろん! 遠慮なく頂くわ」
 霊夢さんがカステラを口に入れて咀嚼すると、表情が蕩けて幸せそうな溜め息をついた。
「やっぱりおいしいわねぇ……」
「食べた事あったんですか?」
 私が目を丸くすると、霊夢さんは「聞いてよ」と愚痴を零した。
「これが出てすぐ、レミリアの奴がわざわざ自慢しに来たのよ。手土産どころか賽銭も無しによ?」
「それは……ふふ、災難でしたね」
 その時の情景が容易に浮かんで、思わず笑ってしまった。
「彼女は目新しい物好きですからね」
「そうなのよ! 自慢するくらいなら持ってこいってのよ、まったく……」
 ブツブツ文句を言いながら、霊夢さんはカステラを口に運ぶ。不機嫌そうなのに実においしそうに食べる様がおかしくて、ついじっと見てしまった。
 私の視線に気付いた霊夢さんが手を止める。
「あんたも食べなさいよ。いらないなら貰うけど」
「そうですね。食べられる前にいただきます」
 私は自分の分のカステラを小さく切り分け、口に運んだ。濃い卵とミルクの風味が上品な甘さとなって口の中に広がる。
「おいしいですね」
「でしょ?」
 確かにこれは人気があるわけだ。
「素材の味っていうんですかね。材料の一つ一つに良質な物を使っているんでしょう」
「畜産を営んでる人が色々努力して同業者と差別化したらしいわよ」
「同業者から顰蹙買わなかったんですか?」
「少し揉めたらしいけど、大事にはならなかったみたい。外から入ってくる物も進んだ時代の物なんだから、人里の色んな事も進んでいくわよ」
「そうですね」
 あっけらかんと言う霊夢さんの感情は凪いでいて、言うなれば無関心だった。
 人里が発展しても参拝客が増えるわけではない。むしろ外から知識が入ってくる事で、妖怪への見聞が広がれば広がるほど、博麗の巫女としての仕事は減る一方だ。
「なかなかやりづらいですね、お互い」
 ぽつりと零して茶を啜る。霊夢さんはもごもごと咀嚼していたカステラを飲み込むと、嫌そうな顔をした。
「あんたみたいなのと一緒にしないでよ」
 驚いて目を瞬かせる。霊夢さんの表情はその心中をこの上なく表しており、心底嫌がっていてつい吹き出してしまった。
「何笑ってるのよ」
「いえ……本当に、霊夢さんは霊夢さんですね」
「? 当たり前じゃない。私以外のなんだっていうのよ」
「そうですね」
 世間話一つするのにも気を揉む私からしたら、こうして気兼ねなく話せる相手というのはとても貴重なのだ。
 特に霊夢さんは何についても直情的で、言葉を取り繕う事がない。話していると毒気が抜ける。だから時折こうして、私は彼女に会いに来る。
「そういえば」
 霊夢さんが私の胸元に目を向ける。
「そんなに嫌なら、あんたも目ぇ潰しちゃえばいいんじゃない?」
「潰すなんて物騒な……こいしは目を閉じただけですよ。それに……」
 私は胸元の目を見下ろした。ギョロリと不気味な目が自分を見上げている。
「立場のある者として、この目があると何かと便利なんですよ」
「ふうん……あんたも苦労してんのね」
 そう言って霊夢さんは湯呑みを傾ける。私は小さく笑って、霊夢さんにこう返した。
「霊夢さんと一緒にしないで下さいよ」



 その後も縁側で歓談していると、こいしが戻ってきた。駆け寄ってくるこいしの腕の中で黒猫が伸びている。
「お姉ちゃーん、お燐が迎えに来たー」
 こいしの背後に見える空は焼けるように真っ赤に染まっていた。
「すみません、話し込んでしまいましたね」
 地面に足を付けて立ち上がり、霊夢さんと向かい合う。
「いつもなら夕飯の用意があるからって追い出すのに、珍しいですね」
「手土産分よ。あんまりおなかも空いてなかったしね」
「ありがとうございます」
 霊夢さんも幾分軽くなったお盆を持って立ち上がり、私を見下ろす。
「また来るんなら、なんか持って来なさいよ。あと賽銭も」
「また何か探しておきますよ。それじゃあ」
 霊夢さんに挨拶をし、こいしを連れて神社を後にする。石段を下りると、森の木々が濃い闇を落としていた。
「お姉ちゃん、楽しそう」
 こいしが横から私の顔を覗き込む。腕の中のお燐も私の顔をじっと見つめていた。
「そうかしら?」
「うん。来る時はムッとしてたよ」
「ムッと?」
 こいしは「んー……」と唸って考え込んだ後、両腕をバッと広げた。
「こうやってピーンって張ってる感じ」
 急に落とされて慌てて着地したお燐の鈴がチリンと鳴る。
「最近忙しかったからね」
「そーなんだ」
 私はお燐を抱き上げて頭を撫でた。お燐はゴロゴロと喉を鳴らしてご満悦だった。
「お姉ちゃんも今度こころちゃんの舞台観に行こ! 楽しいよ!」
「そうね、タイミングが合えば」
「あのねあのね──」
 地霊殿までの帰り道、こいしはずっと友達の話をしていた。
 目を閉じてからのこいしは掴みどころがないように感じていたけれど、最近は妹の気持ちが少し分かる気がする。あてのない放浪ではなく、目的のある外出をするようになってからだ。
 地底にも話せる者はいるけれど、追いやられた者達の中ですら疎外される私にとっても、役職や妖怪としての自分の存在を気にせず話せる者は、こいしの言う『こころちゃん』と近い存在なのだろう。しかし霊夢さんとは“友達”という間柄ではないと思う。
「私と霊夢さんは友達ですか?」と聞けば、霊夢さんはいつも通り嘘偽りなく答えるだろうし、質問をした時点で手に取るように答えが分かる。だからこそ、聞けずにいるのだ。
 違う、と否定された瞬間に想起される過去のトラウマ──正体を知り畏れる、かつて私を友と言って笑いかけてくれた誰かの顔が嫌でも蘇ってしまうから。
 無邪気に友達の話をするこいしに相槌を打ちながら、私もいつか友達の話が出来る日が来る事を願い、胸元の目を手で押さえて無理矢理瞼を閉ざしたのだった。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
都月
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コメント



0.230簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
4.100名前が無い程度の能力削除
良かったです。関係性を少し見つめなおすかのような流れが素敵でした。
5.90夏後冬前削除
ほのぼのだけで終わるかと思いきや、最後にしんみりとするようなシリアスを一気に突っ込んできた感じが背筋に氷を当てられた感じがあって良きでした。
7.80名前が無い程度の能力削除
よいさとれいむでした。