Coolier - 新生・東方創想話

瞳の閉じ方

2022/11/28 11:45:26
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 ある日、私は新たな超能力に目覚めた。
 特に修行とか訓練とかしてもいないのに突然である。
 これはあれか、幻想郷という神秘の塊みたいな所に入り浸っていたから、私の中に眠っていた潜在的な才能とやらが開花してしまったのかな? 夢の世界の私も怪しい神の力を借りていたとは言え、死んでも生き返る超能力やカメラで弾幕を消す超能力を使えてたし。
 原因についてしばらくあれこれ考えてみたけど、詳しい事はさっぱり分からない。
 ただ一つ確かなのは、その新しい超能力が私にとっては望ましくないもので、生まれて初めて超能力者である事を後悔しているという事だった。

 §

 新しく目覚めた超能力は読心能力。
 目を媒介として視界に入った者の心の内を暴く事が出来る、神秘を暴くにはもってこいの強力な力だ。
 しかしそれは、然るべき時に力を制御出来ればの話。
 詰まる所私は、この読心能力をまったく制御出来なかった。
 当たり前と言えば当たり前だ。使い方の分からない未知の道具をいきなり持たされて、それを十全に使いこなせる人間が果たしてどれだけいる事やら。
 今でこそ様々な超能力を使いこなしているが、それは色々な努力や練習を重ねてきたからこそである。覚えたての読心能力を使いこなすにもそれなりの習熟が必要なのは当然の話だった。 
 しかし、読心能力の使い方を練習しようにも、私にはそれが出来そうになかった。
 何せこの超脳力、自分の意志でオンオフを切り替える事が出来ない。
 目を開いていればその間中ずっと目に映る全ての人間の心の内を勝手に暴いてしまう。これでは練習も何もあったものじゃない。
 それにこの力に目覚めて初めて分かったのだが、人の心の内に潜む感情というのは極めて暴力的な情報の嵐だ。
 陰口、不満、愚痴、嫉妬、害意、劣情、悲哀、後悔、恐怖、不信、自責、憤慨、焦燥、孤独、苦悩、嫌悪、軽蔑、絶望、憎悪……その他多数、挙げていけば切りがない。
 もちろん負の感情ばかりという訳じゃない。ちゃんと正の感情もこの目は映し出す。希望や信念と言った感情に溢れた、光に満ちた人の心というのもあるにはあった。
 だとしても、それすら霞ませる程のありとあらゆる負の感情が、闇に汚された人の心が、無自覚に垂れ流される人間の悪意が、読心能力を持つ私の視界一杯に絶え間なく迫って来るのだ。
 しかもその中には最悪な事に、私に向けた性的欲望も少なからず混じっていた。それらのどす黒い感情を受け止めて尚、新しい力を使いこなす為に耐えようとする程私の心は強くなかった。

 §

 読心能力に目覚めて二日後、心がぽっきり折れた私は目の病気と偽って自分の両目を布で覆い隠して生活する事にした。
 当然周りには目の病気を心配された。そんな状態で学校に来るなんて大丈夫なのかと、普段あまり気にしない癖にやたら気遣われたりもした。
 もっとも私はそんな奴らの心の中を昨日まで全て見透かしてしまっていたので、複雑な感情を押さえ込むので必死だった。つい昨日、頭の中で私の事を口にするのも憚られる程酷く陵辱する妄想をしていたクラスメイトが心配する素振りを見せた時など、あまりにも傑作過ぎて思わず笑いそうになってしまったくらいだ。
 幸い物理的に目を塞いだ事により、視界は全くのゼロだが心の内が見える事はなくなった。
 それに私は超能力者である。目という器官に頼らずとも、千里眼の超能力を使えば周囲の様子を把握する事など容易い。目を閉じた所で、日常生活を送る上でさほど問題にはならなかった。
 とは言え、目がまともに使えないというのは不便過ぎる。ふと油断した瞬間にまたあの悪意の奔流に曝されるのかと思うと気が気じゃない。
 それに正直な話、現実のごみごみとした景色など見えなくなった所でどうでもいいが、幻想郷のあの美しい日本の原風景を二度と目にする事が出来ないとなると困る。非常に困る。あの景色は超能力に頼らず、ちゃんとこの目で見て楽しみたい。
 目の病気として周りを誤魔化し続けるのにも限度がある。これは早急に解決しなければ。
 本当にこの読心能力の暴走は厄介なものだ。精神的な負担が凄まじいし、後一日目を布で隠すのが遅かったら心を壊して病んでいたと思う。今でももし有効な対策が見つからない最悪の場合は、両目を潰す覚悟すらしている。
 それでもせっかく新しく目覚めた超能力。しかも、使いこなせさえすればとても強力な読心能力をただ捨てるにはあまりに惜しい。どうにかして制御してものにしたい。
 そこで私は閃いたのだ。
 幻想郷には読心能力、或いはそれに近しい力を持っている者が複数いるじゃないか。その人達であればもしやすると、この力を制御する方法を知っているかも知れない。
 そうと決まれば善は急げ。私は学校を目の病気を理由にさっさと早退すると睡眠薬を使って無理矢理眠りにつき、幻想郷の住人達に話を聞いて回る事にした。

 §

 まず私が最初に訪れたのは神霊廟。
 ここでありがたい教えを説いている豊聡耳神子、私の時代で言う所の聖徳太子様は、人間の欲を声として聞く事が出来るのだという。
 それはもう読心能力とほぼ同義なのでは?
 ならば頼る器官こそ違えど、多少は力の制御の参考になるかもしれない。そう考えた私は道場破りさながらに神霊廟の門戸を叩いたのだった。

 §

「ふむ。突然の来客が誰かと思えば、宇佐見女史とはね。こうして顔を合わせるのは完全憑依異変の時以来かな?」

 久し振りに会う神子様は、アポ無しで突撃してきた私に対しても優しく丁寧に対応してくれた。私の心の中の欲を聞いてくれたのだろう。流石は世紀の為政者、凄く頼りになる。
 さて、道場での修業中にいきなり乱入したのであまり時間を取らせる訳にはいかない。私は今の状況を要点だけ掻い摘んで説明し、超能力が制御出来なくて困っているから力を貸して欲しい旨を伝える。

「成程な。目に映った者の心の内で考えている事全てを覗き見てしまう力か……なんと羨ましい目だ。その力、私が欲しいくらいだな」

 え? 羨ましいの? こんな力が?

「あぁ、実に羨ましいとも。見るだけで相手の腹芸を全て看破出来るのだろう。為政者にもってこいの力じゃないか。私の欲の声を聞く力の上位互換と言っても過言ではない」

 そうなの? ふふん、私の超能力は凄いでしょ。
 ……いやいや、違う。私が求めているのはそういう反応じゃない。
 別に羨んで欲しくはない。この力のせいで私は現在進行形で困っているのである。どうにかしてこの目を自分の意志で扱いたい。
 その点、人の欲を暴いてしまう力を持つ先人として何かアドバイスとかそういうのはないだろうか。

「とは言ってもな。確かに私はイヤーカフを声が聞こえ過ぎるのを抑制する為に着けているが、目ではどうしようもないだろう。見え過ぎるのをどうにかするには今みたいに目を完全に塞ぐか、或いは度の悪い眼鏡の様なマジックアイテムを作って掛けるぐらいしか思いつかんぞ。そもそもそんなマジックアイテムを本当に作れるのかどうかすら怪しいが」

 ならば、制御する為のコツとかがあれば教えて欲しい。

「うーん。私のは耳だが、君のは目だろう。悪いが全然参考にならないと思うよ。そもそも私は自分のこの力を制御しようなんて考えた事もないし」

 なんとまぁ。神子様は随分と心が強くあらせられるらしい。
 だからこそ聞きたい。あんなに醜い他人の赤裸々で下劣な欲望の数々を前にして、どうしてそうも平気でいられるのか。それさえ真似出来ればいつもの日常が帰ってきそうだ。

「民衆が無知蒙昧で愚劣なのは昔からずっとだし、仕方のない事だからね。その程度の事は笑って流せるくらいの度量が無ければ為政者はとても務まらない。それに、そんな愚かな民衆を正しい方向へ導いてあげるのが私の生まれながらの使命であり、責務だからというのもあるな」

 大層立派な心構えである。立派過ぎて一介の女子高生にはとても真似出来そうにない。聖徳太子ともなれば羨望や嫉妬など、自分に対する他人の悪感情なども凄まじいはずだろうに。そんな感情の声を聞いて苦にならないとは恐れ入る。

「私が優れているのは至極当然の事だ。そこに疑問が介在する余地は無い。ならばそれを羨む者や疎ましく思ったりする者がいるのもまた道理。それをいちいち気にしていては切りがないよ。むしろ、それらの悪意は私が優れたる者である事の証左に他ならないのだから心地良くすらあるな」

 な、なんたるメンタル強者。精神力が強過ぎてまるで参考にならない。残念だが問題の解決には至らなさそうだ。
 しかし、神子様との会話で解決の糸口は掴んだ。マジックアイテムだ。
 完全に失念していたが、私の世界の大人気漫画にも魔眼の力を眼鏡で制御している描写があるじゃないか! あれと似たような物を誰かに作ってもらう事さえ出来れば万事解決、めでたしめでたしである。
 結構どうにかなりそうな気がしてきて私の心は浮き足立ってきた。早く元の生活に戻りたいし、早速マジックアイテムを作ってくれそうな所へお邪魔するとしよう。

「おや、もう帰ってしまうのかい? 何か少しでも君の救いになれたのなら良いが」

 おかげさまで。もう少し時間は掛かりそうだけど、なんとかなりそうだ。

「それは良かった。時に宇佐見女史、一つ提案がある」

 はて、何だろう。

「もし君さえ良ければその心が読めるという瞳、私に譲ってくれはしないだろうか?」

 はい? 急に何を言い出すんだこの人。失礼を承知で言うが気でも触れたのか?

「いやいや、何も君の瞳だけタダで貰うつもりは無いよ。もちろん私のこの目と交換だ。施術は青娥娘々が宜しく取り計らってくれるし、目をくりぬくとは言え痛みなどほとんど無いはずだから安心してくれたまえ。ああ、でも目を交換した後でもちゃんと読心能力って使えるのかな。これは施術前に要確認しておく必要があるね。早速青娥娘々を呼んで段取りを決めなければ……」

 不味い。神子様が何だか危ない顔をしている。これはよろしくない。このままここにいたら絶対ろくでもない事になる。私は神子様がぶつぶつと考え込んでいる内に、口早にお礼を述べてそそくさと退散する事にした。
 いやはや、怖い怖い。こんなおぞましい力でも欲しがる人がいるとは思わなかった。確かに為政者からしたら垂涎ものの力なんだろうけど、私にはちょっと理解出来そうにない。
 それにしても、まさかあの聖徳太子と目の交換を提案されようとは。何だか凄くもったいないイベントを逃した気もする。手っ取り早く読心能力の悩みが解決するのであれば、或いはあの誘いに乗るのも一つの手だったかもしれない。
 しかし私も人の子、親から貰ったこの体は出来るだけ大事にしたい。常識に囚われぬ幻想郷に入り浸ってはいる癖に、未だ一般的な感性は捨てきれない私だった。

 §

 神霊廟を訪ねた同日午後。
 次に私が目指したのは紅魔館である。
 正確には紅魔館の内部にある大魔法図書館、そこを管理する稀代の大魔法使いたるパチュリーさんに会うのが目的だ。魔法に精通した彼女であれば、もしかしたら制御不能な超能力でも抑制出来るマジックアイテムを作る事が出来るやもしれない。
 しかしこうして門前までやって来たはいいものの、どうやって中に入れてもらおうか。
 解決の目処が立っている今は冷静になれているので、先程神霊廟にお邪魔した時のように道場破り紛いの事は自重する。そんな事をしたら咲夜さん辺りに問答無用で排除されそうだし。
 かと言ってマリサッチみたいにこそこそ忍び込むのも後々問題になりそうで嫌だ。さて、どうしたものか。

「おや、菫子さんじゃないですか。レミリア様からお話は伺ってますよー、どうぞ中へお入り下さい」

 腕を組んでうんうん唸っていると、私の事に気付いた美鈴さんがそう言って門を開いてくれた。今からアポを取ろうとしていた所なのに、話を伺っているとはどういう事なのか。

「今朝レミリア様が『菫子が面白い話をパチェに持ってくるみたいだから、来たら客人として図書館に案内なさい』とご命令になりまして。いやはや、流石はレミリア様です。こうして本当に菫子さんが来られたんですから」

 なんと、私が来る事が予め分かっていたとは。運命を操る程度の能力とは凄いものだ。所謂一種の未来予知能力みたいなものなのだろうか。
 という事はつまり、レミリアさんは私のこの目が最終的にどうなるのかの運命を知っているのでは? 交渉次第では私にとって都合の良いように運命を弄ってもらえたりするのではないか?
 ふとそんな考えが浮かんだが、レミリアさんはあんな可愛らしい見た目でも本質は悪魔。古来より悪魔と契約して足元を掬われなかった人は少ない。運命を弄られたらどうなるのかは気になるものの、余計な事をするのは止めておいた方が賢明だろう。変な事聞いて最悪の方向に運命が確定なんてしたら目も当てられない。
 私は悪魔の誘惑を振り払いつつ、咲夜さんの案内の元真っ直ぐ図書館へと向かった。

 §

 無数の魔道書が所狭しと並ぶ大魔法図書館。その中央に設けられた読書スペースにお目当てのパチュリーさんはいた。しかもなんと、今日はタイミングが良かったのかアリスさんまでいる。
 理論派のパチュリーさんに物作りが得意なアリスさん。幻想郷の著名な魔女が二人もいるとは何たる僥倖か。これはもう既に私の目の問題は解決したと言っても過言ではないだろう。

「あら、菫子じゃない。久し振りね。その目を布で覆い隠しているのはどうしたの? 大丈夫?」
「ふむ、そう言えばレミィが今朝、菫子が面白い話を持ってくるとか言ってたわね。呪い、或いは病気でも貰ったのかしら」

 二人とも聡明である。まだ何も言っていないのに、あっさりと私の用件を見抜いてしまった。
 そこまで分かっているなら話は早い。挨拶もそこそこに本題の頼み事をお願いする。
 見る者全ての心を暴いてしまうこの目をどうにかしたい。出来れば私自身への負担がなるべく少ない方法で。眼鏡のようなマジックアイテムか何かを作って、それで抑制する事は出来ないか。
 そう伝えたら何故か二人は微妙な顔をして黙り込んでしまった。え、何? 私変な事言った?

「……ねぇ貴女、その心を読める魔眼の力を制御したいっていうのは本心から言ってるの?」

 ふむ? 魔法使い的にはこの力は超能力じゃなくて魔眼という扱いらしい。まぁ何にせよ、制御したいのはもちろんである。あんなどす黒い人の悪意を常に見ていては、遅かれ早かれ精神に限界が来るのは避けられない。そうなる前に手を打っておきたい。

「貴女は外の世界の人間だから知らないかもしれないけど、魔眼持ちって結構貴重な存在なのよ。しかも難解極まる人の心を読み解ける読心の魔眼ともなれば殊更にね」
「使い続ければきっと貴女は本物の覚妖怪と遜色ない程の力を発揮出来るでしょう。それくらいその魔眼は優秀なはずよ。なのにわざわざその力を抑制したいですって?」
「そんなのとんでもないわ! もったいないにも程がある!」
「少なくとも私達としてはそのまま何もせずに、むしろ積極的にその力と向き合って更なる成長を促すべきだと思うわ」

 しまった。この人達魔法使いだから、どんな事でもあくまで自分の興味優先なんだった。マジックアイテムを作ってもらうつもりだったのに、まさか逆に力を使っていけと説得されるとは予想外だ。
 だからと言って簡単には引き下がれない。二人にとっては他人事だろうが、私にとっては今後の人生を左右する深刻な悩みだ。この程度で諦めてなるものか。

「そうは言っても、ねぇ」
「貴重な魔眼を抑制する手伝いなんてしたくないわね」

 クソが。パチュリーさん達に頼めば万事解決、だなんて能天気に考えていた数分前の自分をグーで殴ってやりたい。何も解決しそうにないじゃないか。
 では万歩譲ってこの力を使い続ける事にしたとする。その場合でも、せめてどうやってこの心労に向き合えばいいのか助言が欲しい。せっかくの検体が精神を病んで壊れてしまっては元も子もないだろう。

「そんなの慣れるしかないんじゃない?」
「そうね。どんな力であっても、結局慣れる以外に方法はないわ」

 参考にならん。それが出来なさそうだから、こうしてそれ以外の方法を相談しに来てるって言うのに。

「魔眼の研究は昔からされているけれど、サンプルが少なくてあまり成果は出ていないのよ。現状慣れろ以外に助言出来ることなんてないわ」
「しかもその権能が読心ともなればね。ただでさえ複雑怪奇な人の心を余す所なく解析出来てしまうなんて途方もない力なのよ。そんな力の制御法なんて分かる訳ないじゃない。分かってたらとっくに自立人形の研究に転用してるわ」
「そもそも餅は餅屋と言うでしょう。私達魔法使いに助言を求める事自体がお門違いよ。読心能力の本家本元たる覚妖怪に話を聞くのが最善ではなくて?」

 それは私も真っ先に考えた。だが、地底は恐ろしい妖怪ばかりの魔境と聞く。罪人を罰していた地獄の跡地とも。そんな所へ人間の私が行ったらどうなる事か。
 可能なら地底へ降りずに何とかしたくて話を聞き回っていたのだが、こうなっては仕方がない。私は覚悟を決めて、次は覚妖怪が住まうという地霊殿へ行く事にした。
 ところで収穫が芳しくなかった時の事を考えて一応聞いておきたいのだが、この読心能力の力を一時的に抑える薬とかマジックアイテムは作ろうと思えば作れたりするのだろうか? パチュリーさん達なら出来ない事はなさそうだが。

「断言はしないけど、多分やれば出来るんじゃないかしら」

 やった。流石はパチュリーさん。じゃあ万が一の時は、無理を通してでもマジックアイテムを作ってもらう事にしよう。

「でも、その場合は魔眼の性質を解析する必要があるから、右目か左目のどちらかをサンプルとして提供してね。その条件を飲んでくれるなら作ってあげてもいいわ」

 えっ、何それ。魔眼の力を抑制する為に魔眼をサンプルで提供しては本末転倒じゃないか。嫌だそんな取引、乗りたくない。

「もちろん代わりの目は用意してあげるわ。私が作る超高性能の義眼よ。脆い人間の目なんかよりずっと多くの物が見えるし、経年劣化の心配も無い優れ物。悪い話ではないんじゃないかしら」
「あら、義眼だったら私だって負けてないわ。これまでの人形作りで培った技術の粋を集めた綺麗な瞳を作ってあげる。色々な物を即座に分析してデータ化出来る、上海や蓬莱にも使っている私自慢の人口魔眼よ」

 どうも私は地雷原に突っ込んでしまったみたいだ。パチュリーさんは珍しく興奮しながら詰め寄って来るし、アリスさんも両手をわきわきさせながら迫ってくる。あれ、ついさっきも神霊廟で見たな、この光景。

「そうだ。いっその事両目とも私達の義眼と交換しちゃいましょうか」
「あら、いいわねそれ。私達は貴重なサンプルが手に入るし、貴女は人の身には過ぎる程の優れた目を手に入れる事が出来る。正しくwin-winの関係だわ」

 そんな訳あるかい。幻想郷ってなんでこう自分本位な人ばっかりなんだろう。肝心な本人の意思を無視して話を勝手に進めるから堪ったもんじゃない。結局問題は解決していないし、完全に相談する相手を間違えた。
 取り敢えず両目をくりぬかれたくはないし、名立たる魔法使いの二人を正面から同時に相手した所で勝てる気もしない。やはりと言うべきか私はまた逃げる事にした。三十六計逃げるに如かず、昔の人は良い事を言ったものである。
 私は超能力を全開にし、ありったけのフルパワーで出来る限り遠くに瞬間移動する。一瞬の暗転の後、移動した先は紅魔館の門の前。今の私の全力ではこの距離までが限界らしい。

「あれ、菫子さん。どうしたんですか、急に宙から現れたりなんてして。さては妹様に見つかって追われたりでもしましたか?」

 そこまで命の危機に陥っていたわけではないが、危険な状況だった事に間違いはない。私は曖昧に笑ってお茶を濁しつつ、二人が後を追ってくる前にさっさと紅魔館から離れる事にした。瞬間移動で無理をしたせいか頭痛が酷い。今追いつかれたら一巻の終わりだ。
 どうにか逃げ切ったら次なる目的地は地底。癖の強い妖怪達の中でも一等癖の強い爪弾き者共が集められた、幻想郷のアンタッチャブルな場所へ向かわねば。正直地底はかなり怖いのであまり行きたくないけど、読心能力をなんとかする為にも行かざるを得ない。
 大丈夫。多分瞬間移動や透明化の超能力をうまく活用すれば、面倒な手合いに絡まれる事なく地霊殿まで辿り着けるはずだ。頼むからそうであって欲しい。

 §

 どうにかこうにか無事に地霊殿の前まで辿り着き、透明化を解除しながらほっと一息吐く。
 地底――旧都にいる妖怪は恐ろしい妖怪ばかりだと聞いてはいたが、全くその通りだった。周りにいるのは鬼に土蜘蛛に得体の知れない化物ばかり。とても生きた心地がしなかった。旧とは言え元々は地獄なのだから当然かもしれない。

「おやー? 随分と珍しいお客人だねぇ。わざわざこんな所にまで来るなんて、アタイのコレクションになりに来たのかい?」

 まさか、そんなイカレた趣味は持ち合わせていない。庭先で掃除していたお燐さんの問いに全力で否定の意を示しつつ、さとりさんに用事があると伝えて部屋まで案内してもらう。
 道中、何の用件なのかを聞かれたので読心能力を手に入れて困っている事を話すと、大層驚いた様子だった。

「ほー、人間が心を読む力を手に入れるだなんて。こりゃさとり様の同族が増えるって事になるのかねぇ。赤飯の用意でもしてた方がいいのかにゃ」

 そんな呑気な事を言っていたお燐さんだが、内心では『心を読まれる相手が増えちゃうのかぁ。ちょっと嫌だなぁ』と思っているのを私は見逃さなかった。覚妖怪の下で働いていても、やはり心の内を見透かされるのには一定の忌避感があるものらしい。
 ……と言うか、物理的な視界は閉ざしているはずなのに心が読めるようになり始めている。今は千里眼の超能力で視界を確保しているのだが、まさかこの力と読心能力が融合し始めたとでも言うのか。
 能力の成長と見れば喜ばしいかもしれないけど、制御も出来ていない現状では全く有難くない。事は急を要する。私は千里眼も閉ざし、完全に視界を失った状態でお燐さんを急かしてさとりさんの元へと急いだ。

 §

 さとりさんの部屋へ案内してくれた後、お燐さんは『それではどうぞごゆっくり〜』とだけ言って速やかに退出していった。さとりさん一人だけが相手ならともかく、私にまで心を覗かれたくはないようだ。
 部屋の入口で置き去りにされた私は手探りでソファを探し、恐る恐る腰掛ける。さとりさんはその間手伝ってくれたりはせず、何をしてるんだろうと千里眼で少し覗いてみたらただ眺めて微笑んでいただけだった。客人相手にこの態度とは、なかなかいい性格をしている。

「ごめんなさいね、他人に意地悪をするのは覚妖怪の癖みたいなものですから」

 嫌な癖だ。当たり前の様に私の心を読んで会話してくるし。だが、今はそんな彼女に頼らねばならない状況なのも事実。ここは我慢我慢。

「……ふむふむ。そう、成程。読心能力を手に入れてしまって困っているの。人でありながらその力を身に宿すなんて面白い人間ですね、貴女」

 一通り私の心の内を読み終えたのか。さとりさんは無感情な表情から一変、私に興味津々と言った眼差しを向けてくる。

「超能力と言ったかしら。由来は私達覚妖怪のそれとは異なるのでしょうけど、それでも人の心を覗き見る力を得る事があるなんて。大変興味深いわ。もしかして私やこいしも、貴女の様に元は人間だった頃があるのでしょうか?」

 独り言のような答え辛い問いに口を閉ざしていると、目隠しを外すように促された。言われるままに目隠しを取るが、もちろん目は閉じたまま。無論、千里眼も使わないようにする。

「………………」

 ………………。

 沈黙。ひたすらに沈黙が続く。私が何に悩んでいるのか、とうに知っているはずなのにさとりさんは口を噤んだままだ。普段の彼女は相手が考えている事を全て先読みして、会話の糸口をことごとく潰しにかかってくるような話し方をすると聞いてたのに。
 訝しんで目を開くと、そこには同じように訝しげな顔でこちらを見詰めるさとりさんがいた。不思議なのはこっちの方だ。どうして何も喋ってくれないのか。

「貴女こそ、どうして心を読んで会話しないのです?」

 心底不思議で仕方がないと言った様子でさとりさんが尋ね返した。何でも彼女曰く、覚同士の会話は基本無言で、互いの心を読み合って行うのが普通なのだとか。
 いやまぁ、確かに読心能力を持つ者同士だとそっちの方が楽なのかもしれない。とは言え一言も声を交わさない会話と言うのは如何なものか。種族が違えば会話の仕方すら違うのか。
 無言で会話すると言う矛盾めいた状況にはすぐに慣れそうにもない。出来ればちゃんと言葉を声にして会話して欲しい。

「仕方ありませんね。では私も言葉を口にして会話する事にしましょう」

 合わせてくれて大変助かる。それはさておき、さとりさんに聞きたい事はただ一つ。生まれながらにして読心能力を持つ覚妖怪は如何にして力を制御しているのか。

「制御してませんよ」

 え。

「私達の持つ読心能力は基本、人で言う所の五感と何ら変わりませんから。例えば貴方は意図して味覚や嗅覚を制御する事が出来ますか? 出来ないでしょう。つまりはそういう事です。特定の心を深く読み取りたい時に感覚を研ぎ澄ませるような事はしますが、抑制する方向で制御しようと考えた事なんて一度もありませんね」

 え、嘘だ。本当に何もないのか。どうしても読みたくない心がある時とか、ほら。

「読みたくない心なんてありませんよ。他人の心ほど土足で踏み荒らして楽しい物はないですし、悪意も善意も私の前では皆等しく愉快な読み物です」

 ははあ。本当、つくづく、いい性格をしていらっしゃる。

「まぁ、強いて助言するならサードアイの視界をぼんやりと遠くを見つめるように。茫洋とした感じで辺りを見回す感じで見たら、少しは周りの心を読みにくくなるんじゃないでしょうか」

 試しにやってみたら、確かにさとりさんの心が少し読みにくくなった。だが、これでは根本的な解決には程遠い気がする。

「そうは言われても、そもそも私は制御の必要性を感じませんからね。大体どうしてその力を邪険にするのです? 素晴らしい力じゃないですか、読心能力。如何な相手にも通用する最高の力ですよ。相手の喜ぶ事をして平和に過ごすのも良し、嫌がる事ばかりをして悦に浸るも良し、全ては己の思うがままです」

 もしそんな事を平然と出来る人間がいたら、そいつは間違いなく何かしらの精神疾患を患っているように思う。私みたいな普通の人間には、相手の心を読んで平然と振舞うこと自体が精神的に辛い。幼い頃に他人が何を考えているのか知りたいと思った事はあるが、いざ実際に分かってしまうとキツいものがあるのだ。

「ふぅん? 私にはよく分からない感覚ですね。やっぱり人間と妖怪では精神の構造が違うからかしら」

 多分そうだ。或いはさとりさんの精神が尋常じゃなく頑強なだけだと思う。

「でもこの力があれば、動物達にはこれ以上無い程に好かれますよ」

 うっ。それは少し心が揺らぐ。
 だとしても、やはりこの目は私には荷が重い。メリットとデメリットの釣り合いが取れていなさ過ぎる。

「そう、それは残念です。でもね、菫子さん。魔法使い達の言っていた事は正しいと思いますよ。結局、こういう力を扱う為には慣れるしかないのですから」

 えぇ……恐怖を抑え込んでわざわざ地底まで来たというのに、最終的にはその結論に落ち着くというのか。とんだ無駄骨である。一体私はどうしろと言うんだ。

「あ、そうだ。もし貴女さえ良ければですが、地霊殿の家族になってみるというのは如何かしら」

 随分と突拍子も無い誘いをさとりさんから受ける。しかも家族になれとは、えらくまた斬新な誘い文句だ。ファミパンおじさんか何か?

「あら、私は結構本気で言っているのですけどね。だってその力、突き詰めていけば覚妖怪になれる素質があるはずだもの。ここで私達と暮らしていけば外の世界のような悪意の塊に晒されたりする事も少ないですし、その過程で自ずと力との向き合い方も覚えていくでしょう。それに私達は何百年振りかに同じ覚の家族が増える。良い事尽くめではありませんか」

 成程。話を聞けばさとりさんの提案は理に適っているし、かなり魅力的だ。
 でもなぁ。まだちょっと人間を辞めたくはない。もう少し人間の世界で生きていきたい。

「もちろん貴女は末妹です。名前も改名して古明地菫子……うーん、ちょっと語呂が悪いですね。古明地すみれの方がいいかしら。或いはもう少し良さげな響きの名前に変えた方がいいかもしれませんね」

 だから、今の所家族になるつもりはないと言っているのに。
 それにさとりさんは慣れるしかないと言っていたが、それなら妹のこいしちゃんはどうなるのか。彼女は覚妖怪でありながら、心が読めるせいで嫌われるのが嫌だからという理由で第三の瞳を閉じたと聞いたけど。

「あぁ、こいし。あの子も勿体無い事をしました。この覚妖怪にだけ許された特権とも言える力を自ら放棄するなんて」

 要するにそれって、さとりさんが心を読んでも平気なのは異常に精神が強いだけであって、本家本元の覚妖怪にも読心能力は結構荷が重いものなのでは。

「そんな事ありませんよ。あの子も心を読める事、それ自体はそこまで嫌っていませんでしたから。ただ、他人に好かれようとしてしまったのがあの子の唯一の欠点でした。覚妖怪は古来より嫌われ者なのだから、好かれようとする事自体が間違いなんですよ。たとえ世界の全てから嫌われようと、他ならぬ自分が自分の事を好きでさえいればそれでいいのに」

 確かにさとりさんの自信に満ち溢れた姿を見ていると、この人は自分が大好きな妖怪なのだと思えてくる。瞳を閉じる前のこいしちゃんはそこまで自分を愛する事が出来なかったという事か。もっとも、自分もそこまでナルシズムに浸れる気はしないのだけど。
 ところで、差し支えなければ瞳の閉じ方とか分かるだろうか? こいしちゃんが瞳を自分から閉じれたならば、私にも出来そうな気がしなくもない。

「さぁ。私は閉じようなんて思った事も無いからさっぱり。と言うか、こいし本人に聞いても分からないんじゃないでしょうか。あの子、瞳を閉じてからはどうでもいい事をぽんぽん忘れるようになってしまいまして」

 どうでもいい事って、自分の生き方を変えてしまった大事な事ではないのか。

「こいしにとってはどうでもよかった事なんでしょう。少なくとも今のあの子にとってはね……あぁ、仮に瞳を閉じるやり方が分かっても気を付けた方がいいですよ。こいしは瞳だけを閉じるはずだったのに、意図せずして心まで閉ざしてしまいました。貴女のそのサイコメトリーとやらも同様の事故が起きないとは限らないのですから」

 怖い事を言うのは止めて欲しい。そんな事を言われたら何も出来なくなってしまう。

「老婆心からですよ。年長者の言う事は聞いておくものです。それと、気が向いたらいつでもここに来て構いませんからね。貴女が望むのでしたら私達は家族として迎え入れてあげますから」

 それはそれは、お気遣いどうも……
 多少のばつの悪さを感じつつ、さとりさんに礼を言って地霊殿を後にする。あの人は性格は悪いかもしれないが、根は多分いい人なのだろう。もしかしたら私が第三の覚になる可能性があるから優しくしてくれているだけかもしれないが。
 ちなみに帰りはわざわざ来た道を戻らなくとも、お空ちゃんが間欠泉センター経由で地上まで送ってくれた。ちょうどやる事がなくて暇だったようだ。

 §

 はてさて、しかしこれで手詰まりになってしまった。
 どうにかしてくれそうな人達には大体声を掛け、結局解決策は見つからずじまい。これ以上はどうしたものだろう。やはり両目を潰すか、それとも地霊殿の養子になるしかないのか。
 行く当てもなく博麗神社の縁側で辛気臭い溜息を吐いていると、境内の掃き掃除をしていたレイムッチが私の存在に気付いた。箒を掃く手を止めて、怪しむような素振りでこちらへ向かってくる。

「あんた、こんな所で何してるのよ。随分とまぁしょぼくれた顔しちゃって。その怪しげな目隠しといい仄かな妖怪臭さといい、また何か危険な事に首を突っ込んでんじゃないでしょうね」

 流石は博麗の巫女。勘が異常に鋭い。一目見ただけで私の異変を朧げながらも察知したようだ。
 他に頼る当てもなく、今は藁にでも縋りたい気分だ。それに、とにかく誰かに話して楽になりたい気分だった。私はこれまでの経緯と今日一日の成果をレイムッチに包み隠さず話してみる。
 長々とした話を語り終えた直後、それまで黙って聞いていたレイムッチは突然懐からお祓い棒を取り出して私の頭を強かに打ち据えた。めちゃくちゃ痛い。

「あんた馬鹿ねぇ。なんで最初に私に相談しなかったのよ」

 読心能力の事は似たような力を持った人に相談すれば良いと考えたからだ。レイムッチは妖怪退治の専門家だし、相談してもあまり役に立たなさそうだと思ったのである。

「失礼ね。だからこそ私を最初から頼るべきだったのよ。あんたのそれ、新しい超能力と言うよりは妖怪化の傾向の方が強いもの。前会った時はなかった妖力が周りに漂ってるし、さっきの退魔チョップが結構効いてるみたいだし。さとりの言ってる通り、あんたは今覚妖怪に変質しつつあるみたいね」

 まさかそんな。妖怪になってしまうような事なんてした覚えがないのに。

「自覚が無くとも、いつの間にかそれに類する行動を取ってたんでしょうね。多分幻想郷生まれでもないのに、一気に妖怪と深く関わりすぎて妖気を身に浴びすぎたのが原因じゃないかしら。たまにあるのよ、そういう不幸な事故が」

 不幸な事故で済まさないで欲しい。私はまだ人間でいたいのだ。気付かない内に妖怪になっていましただなんて笑い話にもなりゃしない。

「少し落ち着きなさい。幸い気付いたのが早かったから、今ならまだ充分対処出来るわ」

 具体的にはどうするのだろう。いつもの妖怪退治みたいに退魔針でグサーッてやられるのは御免被りたい。

「大丈夫よ。あんたの中の人と妖怪の隙間を弄って妖怪の部分を隔離、それを封印するの。今はまだ妖怪への変質がそこまで酷くはないから隔離する事自体はそこまで難しくはないわ」

 何だか話だけ聞くとあまり大丈夫そうじゃない。本当に安全なのか、それ。

「命の保証はするけど、安全の保証は出来ないわね。まだ完全に変質しきってないとは言え、少なからず自分を構成する要素の一部を分離させて封印する訳だし。もしかしたら何事も起こらないかもしれないし、何か大変な事が起こるかもしれない」

 その何事と言うのは、やはり失明してしまったりとか、最悪こいしちゃんのように心を閉ざしてしまうとか?

「有り得るわね。無事でいられる確率は五分五分って所かしら。あんたが肌身離さず持っているような物で、且つ覚妖怪のようなサードアイっぽい見た目の物があれば、それをサードアイに見立てて封印する事で悪影響を限りなく抑える事が出来ると思うけど」

 つまりは私をなんちゃって覚妖怪に仕立てあげるという事か。レイムッチが最も安全性の高い方法だと言うのであれば、多分それが最善の手段なのだろう。少なくとも目を潰したり地霊殿の家族になるよりは余程現実的で実行しやすい。
 それにちょうど今お誂え向きの物を持っている。オカルトボールを作る際に余ってしまった水晶玉、これならばサードアイの代わりとして立派に役目を果たしてくれるだろう。高価な品ではあるけど、身の安全には変えられない。これを使って読心能力を封印してもらうとしよう。

 §

 窓から差し込む陽光で目が覚めた。大量に飲んだ睡眠薬の影響か頭の中に重い痼りが残っているようで、幻想郷で超能力を多用したせいか頭痛も酷い。少し前に毎夜続いていた悪夢の日々並に最悪の目覚めだ。
 だが、今はそんな事よりも早急に確認しなければならない事がある。私は言う事を聞きたがらない体に鞭打ち、カーテンを開け放って道を行き交う人々の姿を眺める。
 ……見えない。昨日まであれまで視界一杯に迫っていた人々の心が読めなくなっている。どれだけ目を凝らそうとも、超能力を意識してみても。私の目は他人の心の内を何一つ映さなくなっていた。以前通りのクリアな視界がそこには広がっている。
 やった。どうやらレイムッチの封印は成功を修めたようだ。私は歓喜の叫びと共に両手を天に突き上げ、ようやく戻ってきた日常の嬉しさに打ち震える。
 念の為、水晶玉に読心能力がちゃんと封じられているのか窓の外に向かって掲げて確認してみる。
 途端、水晶玉は昨日までの私の瞳と同じように、目に映る者全ての心の内をその中に暴き映し出した。レイムッチの目論見通り、この水晶玉は私にとってのサードアイとして機能するようになったらしい。恐らく少し意識してやれば、さとりさんが言っていたように特定の心を深く覗き見る事も出来るに違いない。
 これ以上見ていても気分が良いものではないのですぐに掲げるのを止めて布に包み、簡単には外に出せないよう縛り上げてバッグの中に入れる。
 本当は妖怪化を完全に防ぐ為には読心能力を封じた水晶玉を破壊するのが確実らしい。だけど、その場合はこいしちゃんみたいに心を閉ざしてしまう恐れがある。その危険性が残っている以上、簡単には手を出せない。しかもサードアイに見立てた為か私自身からあまり離して保管するのも良くないらしく、他に何か有効な手段が見つかるまで私はこの水晶玉が割れないように細心の注意を払いながら生活しなければならなくなってしまった。少々、いやかなり不便な生活である。
 まぁ、これでも昨日までよりは遥かに気が楽な生活に戻れたし、私の気が向けばいつでも他人の心を暴ける水晶玉が手に入ったと考えれば悪くはない。
 差し当たっては今まで目隠ししていた理由を急いで考えよう。特に何も考えず目の病気と偽っていたが、目隠しする程の重い病気が一朝一夕で治るはずがない。周りを納得させる上手い理由が思いつかなければ、また目隠し生活に逆戻りである。せっかく元の目に戻ったのにそれは嫌だ。
 私は過去の自分の軽率な行動を呪いつつ、未だ回らない頭で必死に知恵を絞るのだった。
その後、時折野良猫を手懐けたりするのに水晶玉を使っているとかいないとか。
已己巳己
https://twitter.com/ikomiki8
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
2.90東ノ目削除
幻想少女の自己肯定感が怖いくらいに高いのが良いですね。面白かったです。
3.80福哭傀のクロ削除
人の身で第三の眼を手に入れて
それを通して幻想郷の読心キャラに自身の能力に対する考え方を描くという構成は
面白かったですし、割とそれぞれのキャラの考え方もイメージに合っていたり理解できるもので、流石にお上手でした。
(それはそれとして神子とさとりを挙げるなら間に挟まった魔法使いは少々メンツとして浮いた気もしますが)
ただ割と初めの方の時点で、能力に肯定的な人妖ばかりだから解決にはならないだろうなというのは読めたので、どう解決にもっていくかを気にして読んでいて、霊夢の封印はまあそうだろうなという感じでした。
それ自体は問題ないのですが、ちょっとオチが弱かったというか
この読心関係の経験を経て、董子の何が変わったのか(もしくは何も変わらなかったのか)
そのあたりがオチとしてほしかったと個人的には思います。
(なんとなく不思議な体験だったなーで終わるのもそれはそれでありなのですが、
周りの心が読めて目を潰すほどの覚悟をする経験をして、
そんな能力をもつものの考えたかを聞き、
その結果として見えなくなるにしても見えなかった頃と何が変わったのかが見たかったという読者の身勝手な我儘です)
4.100のくた削除
幻想郷組の無茶ぶりっぷりが最高でした
5.70竹者削除
よかったです
6.100夏後冬前削除
概念こねこね系のお話で幻想郷連中の常識はずれなモノの捉え方も一緒に楽しめたので読んでて満足感がありました。一点惜しいところをあげるとすれば、霊夢以外全員が読心肯定派だったので、否定派の意見も聞いてみたかったかななどと。
7.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。それにしても相談できる相手がいない!
なんやかんやで力を便利に使いこなしているのが良かったです。
8.100南条削除
面白かったです
頼る人頼る人軒並み役に立たなくてとてもよかったです
幻想少女たちの価値観もとがってて素晴らしかった