Coolier - 新生・東方創想話

紫煙くゆる病葉

2022/11/19 10:52:30
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 人間の里にて貸本屋を営んでいる鈴奈庵は、稗田家のご令嬢に資料や娯楽小説の貸し出しを行ったりもしている。その頻度はかなり多く、鈴奈庵の主人が大量の本を背負って稗田邸に出入りするのはよく見られる光景だ。
 さて、稗田家から返却された本を検品して棚に戻すのは鈴奈庵の一人娘である小鈴の仕事なのだが、いつもの様に汚れや染みが無いか確認している最中の事である。

「…………ん?」

 ふと、ほんの僅かな異臭が小鈴の鼻をついた。
 眉を顰めて手元にある歴史書に顔を近付け、ふんふんと匂いを嗅ぐ。
 間違いない。念入りに消臭されてこそいるが、この仄かな香りは煙草の匂いだ。小鈴は呆れと共に大きな溜息を吐き出す。
 稗田邸で煙草を吸う使用人はいない。皆、体が弱い御阿礼の子の事を気遣っているからだ。愛煙家はいるが屋敷の中で吹かす事は決して無く、どうしても吸いたい場合はわざわざ屋敷の外に出て一服済ませて、また持ち場に戻るくらいである。
 では何故、その稗田邸に貸し出していた資料からするはずのない煙草の香りがするのか。
 小鈴はその答えを知っていた。彼女は渋面のまま余所行きの服に着替え、しばし店を空ける旨を親に伝えて鈴奈庵を飛び出した。親が後ろから仕事が終わってないぞと言っていたが、今はそれより優先する事がある。
 向かうは勿論、あの幼馴染が当主を務める里一番の御屋敷、稗田邸だ。

 §

「阿求! あんたまた隠れて煙草吸ったでしょ!」

 当主の親友という事でほぼ顔パスの屋敷の中をズンズンと進み、幼馴染がよくいるはずの書斎の襖をスパァン! と豪快に開け放って小鈴は怒鳴る。

「うるさいわねぇ。そんなにがなり立てなくてもちゃんと聞こえてるわ。ほら、怒り過ぎると寿命が縮むって言うし、一服やって落ち着いたらどう?」
「結構よ! 誰がそんな煙たいだけの物吸いたいもんか!」

 ぎゃーぎやーと怒る小鈴を尻目に、阿求は脇息にもたれかかりながら気怠げな表情で煙管をすぱすぱふかし続けていた。煙草を吸ってる事を咎めに来たのに尚も見せつけるが如く吸い続けるとは、親友ながらなかなかいい性格をしている。余程火に油を注ぎたいらしい。

「それにしても、禁煙宣言破って私が吹かしてるってよく気付いたわね。最近は上手に隠してるつもりだったのだけど」
「あんたから返された本に煙草の匂いがちょっとだけ残ってたのよ! お父さんやお母さんは気にしないかもだけど、生まれた時から本の匂いに囲まれて育った私の鼻は誤魔化せないわ!」
「あら、結構念入りに消臭したはずなんだけどねぇ。次はもう少し強めのお香でも炊いておこうかしら」
「次って何よ!? バレといてまだやる気なの!?」

 このやり取りの間にも阿求は変わらずぷかぷかと煙を吐いていた。お陰で部屋が煙たい事この上ない。小鈴はずかずかと近寄って、怒りのままに阿求の手から煙管を奪い取った。

「あぁ、何するの小鈴」
「体壊すから駄目って前から言ってるじゃん! これは没収よ、没収!」
「壊すも何も、どうせ後十年もすれば勝手に壊れる体だもの。別に死期が一年早まった所で誤差よ、誤差。老い先短い若人の数少ない楽しみを奪わないで頂戴な」
「そういう問題じゃないの! 健康に気を使えば長生き出来るかもしれないでしょ! 周りの人達が色々と頑張ってくれてるんだから、自分から体壊すような真似しないで!」

 怒り心頭といった小鈴の有難い説教に、阿求は鬱陶しそうに手をヒラヒラと振って答える。

「はいはい、分かりました。その煙管は潔く諦めますわ」
「分かればいいのよ、まったく」
「こんな事もあろうかと予備の煙管を用意してるもの」

 阿求は懐から凝った意匠の煙管を新たに取り出し口に加えた。
 小鈴は即座にそれも奪い取った。刻み煙草を僅かも詰める隙さえない早業である。

「あぁん酷い。なんでそんな意地悪するの」
「やかましい! 何も分かっちゃいないじゃない! 大体何よ、煙草が数少ない楽しみって! 不健全だわ! もうちょっと健康的な趣味を見つけなさいよ!」
「小鈴がそれを言うの? 妖魔本の蒐集も大分不健全な趣味だと思うのだけどねぇ。何かとトラブルを起こしてくれるし」

 それは紛れもない事実であり、何も返す言葉がない。ぐっと声を詰まらせる小鈴に阿求は追い討ちをかける。

「そうね。お互いに不健全な趣味を持っているのだし、いっそこの機会に綺麗さっぱりそういうの断っちゃいましょうか。私は煙草を、アンタは妖魔本の蒐集を」
「そんな、殺生な!」

 無慈悲な提案に小鈴は思わず叫んでしまった。叫んだ後にハッとするももう遅い。

「そういう事。私にとって煙草はもう切っても切れない体の一部みたいな物なの。アンタの妖魔本と同じよ。だから、これは返してもらうわね」
「あ、ちょっ」

 ひょいと小鈴から煙管を取り返すと、阿求は手馴れた動作で煙草を詰めてまたすぱすぱとふかし始める。ぽう、と煙の輪っかを吐き出す様はなかなか堂に入っていた。

「呆れた。もうすっかりヤニカスね」
「あら失礼。煙草は妖怪避けに一定の効果がある事を知らないのかしら? 私が煙草を愛飲するのは妖怪を知る者としてむしろ当然の事よ」
「ああ言えばこう言う。まったく、今代の阿礼乙女様は屁理屈を捏ねるのがお上手だわ」
「よく分かったわね。阿未や阿弥も屁理屈好きで、舌戦で敵う者無しと言われていたそうよ。きっと私にはその性格が色濃く出ているのね」

 皮肉のつもりだったのだが、阿求にはまるで効いていないようだった。むしらからからと笑い飛ばす有様である。
 こっちは本気で心配しているのに、それをまったく意を介さない親友の姿に小鈴は頭を抱えた。もういっそのこと放っておいてやろうかとも思うが、それでは阿求の思う壷であろう。早急にどうにかしなければならない。
 ……しかしである。一説によれば煙草は昔は薬として用いられていたという。今でこそ害ばかりが吹聴されているが、煙草の摂取量にさえ気を付ければ心理的な緊張力が高まり、精神的な作業能率や注意力が向上して喫煙者に有益な創造的活動を与えてくれるのだとか。
 となると、阿求が煙草を吸うのは一概に悪いと言えないのではないだろうか? 呑気に紫煙をくゆらせる親友を見て、小鈴はふとそう思った。
 よく考えてみれば阿求は妖魔本に対してある程度の理解を示してくれているが、逆に小鈴は煙草に対して欠片程の理解もしていない。ただ体に有害だから止めろと叫んでいただけである。これは公平とは言えない。
 そんな事を考えている内に、小鈴は俄然煙草への興味が湧いてきた。有害なのは分かりきっているものの、実はとても有益な効果もあるのではないだろうか。或いは有害だと叫ばれているのは誇張であり、大した害はないのかもしれない。
 小鈴は意を決して顔を上げた。理解もせずに糾弾するのはよくない。阿求に煙草を止めさせるには、まず自分が煙草の何たるかを知る必要がある。

「ねぇ阿求。煙草ってそこまでして吸いたい物なの? ちょっと私にも吸わせてみてよ」

 小鈴はそう言うと阿求から再び煙管を奪い、吸口を咥える。ついさっきまで阿求が口をつけていたからか妙に生温い。

「あら大胆。間接とはいえ唇を奪われちゃったわ」
「やかましいわい。今更その程度の事でいちいち騒ぐような仲でもないでしょうが」

 口元を押えてからかってくる阿求にピシャリと言い放ち、小鈴は改めて煙管を咥える。
 咥えたまではいいが、これまで煙草を毛嫌いしてきたので吸い方なんぞまるで分からない。取り敢えず先程の阿求の見様見真似で、ゆっくりと長く煙を吸い込んでみる。

「…………ごぇふっ!?」

 当然、むせた。喉がイガイガして痛い。胸も何だかムカムカするし、急に煙を吸い過ぎたせいか吐き気や目眩も襲ってくる。正直味どころではない。
 確信した。これは一利あれども百害ある、体に極めて不健康な代物であると。こんな物を頻繁に吸っていたらそりゃ早死にもするだろう。やはり煙草は毒だ、短命かつ体の弱い阿求に吸わせてはならぬ。

「げほっ、ごほっ! ぅえふっ……何これ、まっず! 阿求あんたいつもこんなの吸ってんの!?」

 滲んできた涙を拭い、盛大に咳き込みながら小鈴は問う。何がどうしてこんなものを好き好んで吸っているのだか。

「最初はやっぱり不味く感じるわよねぇ。私も昔はそうだったわ。慣れればもう手放せなくなるのだけど、まだ小鈴には早かったかしら?」

 ところが阿求は問いには答えず、分かったような顔でウンウンと頷くばかりである。口調もいやに優しげで、阿求からまるで子供扱いされているようで小鈴の苛立ちは募る一方だった。

「なに先人ぶってくれちゃってんのよ。実際吸ってみて確信したわ、こんなもんただの毒よ、毒。吸うだけ体を蝕まれるだけの劇物だわ」
「あら、それは早合点に過ぎなくて? 一口吸っただけで煙草の何が分かると言うの。何度もふかして、煙草の害と魅力の両方を存分に堪能してからこそ論ずるべきだわ。事実、私は有害性を理解した上で吸ってる訳だし」
「分かってて吸ってるとか尚更質が悪いわ! 毒だって分かってるならそれこそ吸うのを止めなさいよ! 心配してる周りの人達を悲しませたい訳!?」
「別にそんなつもりはないけれど、他人の顔色窺うくらいなら短い余生を好きに生きる方を取るわね。いい? 小鈴、大人には例え毒だとしても縋る物が必要なのよ。まぁ子供なアンタには分からないかもしれないでしょうけど」

 阿求と舌戦を繰り広げる内に、小鈴の怒りはますます高まってくる。そしてそれは明確に子供扱いされた瞬間、ついに堪忍袋の緒が切れた。
 小鈴は煙管を取り返そうと伸びてきた阿求の手を叩き落とすと、もう一度煙管を咥えてより一層深く煙を吸い込む。

「ごふぉえふっ! けほっ、かはっ……」

 当然、さっきよりも盛大にむせる。相変わらず不味く、冗談抜きで頭痛がしてきた。それでも尚深く長く胸一杯に煙を吸い込んでみせ、またむせる。それを火が消えるまで繰り返す。

「こ、小鈴? 急にどうしたの」
「もー決めた。アンタに煙草止める気が無いってんなら、私が体張って止めてみせるわ」

 呆気に取られる阿求の顔を見て僅かにしてやったりと思いつつ、まだけほけほと咳き込みながらも小鈴はビシッと煙管を眼前に突き付けた。

「私も煙草吸ってやる」
「え?」
「吸って吸って吸いまくって、アンタよりも早死にしてやるの。そしたらいくら屁理屈好きなアンタでもタバコの有害性に気付いて目を覚ますでしょ。そして、その時に親友を失った悲しみに後悔すればいいのよ」
「はぁ……これはまた、えらく斬新な方向で説得に来たわね」
「煙草止めるんなら今の内よ! 私はやると言ったらやるからね。アンタが煙草止めるまで絶対に吸うの辞めてやんないからね。見てなさいよ!」

 そうと決まれば、まずは煙管を手に入れなければならない。里の煙草屋では売ってくれなさそうだし、ここはマミゾウさんにでも頼んでみようかしら。
 小鈴は煙管の入手法に思考を巡らしつつ、捨て台詞を残して阿求の部屋をドタドタと慌ただしく後にする。
 部屋にはぽかんとした表情の阿求一人だけが残された。

「……やれやれ。まったくもう、小鈴ったらとんでもない事を考えつくのね」

 驚きと呆れのあまり暫し茫然とした後、阿求は溜息を吐いて小鈴が放りっぱなしにした煙管を拾い上げた。火は消えており煙管も無事だが、灰が畳の上に散らばってしまっている。後できちんと掃除しなければなるまい。

「まぁ、小鈴があれだけの覚悟を見せてくれたんですもの。私も少しは煙草を控えるべきかしらね?」

 だって。
 そうじゃないと。

「──小鈴が死ぬ前に私が死んじゃいそうだもの」

 くすくすと阿求は誰もいない部屋で一人、口角を上げて笑う。

「アンタよりも早死にしてやる、か。ふふ、嬉しい事を言ってくれるわ。短命故の性か、私はいつもいつも親しい人達に見送られてばかり。たまには親しい者の死出を見送りたいと思うのは、至極当然の事よね?」

 さっき小鈴が見せたあの目は本気だった。
 心の底から私の身を案じて、自分の命を投げ打ってでも私の喫煙癖を矯正しようとしてくれている。
 それがとても好ましくて、大層愛おしくて。

「私が死ぬまで後何年かしら。数年、それとも十数年? それまでに間に合ってくれるといいのだけど……楽しみにしているからね? 小鈴」

 阿求はそう言って、煙管を戸棚の奥深くへと仕舞い込んだ。
多分この後、小鈴ちゃんは両親にめちゃくちゃ怒られます。
已己巳己
https://twitter.com/ikomiki8
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コメント



0.簡易評価なし
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
2.100東ノ目削除
この阿求ちょっと怖いですね。面白かったです。
3.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。タバコは身体に悪いものですが、やっぱりそれはそれで妙に蠱惑的ですよね。
4.80福哭傀のクロ削除
意図的かもしれませんが煙草と煙管が混ざってる気がしてちょっと気になりました。
(煙草に詳しくない小鈴視点では煙草、喫煙者の阿求視点では煙管で使い分けてるのかとも思いましたが、そうだとしても個人的には少し読みづらく感じました)
あと個人的にはこの手の締めの独自は短くスパッと行く方が綺麗だと思いました。
(あくまで好みなのですが1人でセリフをだらだらというのもちょっと不自然になっちゃう気がしますし)
そして無知で申し訳ないのですが、阿求の寿命って老衰みたいな感じなんでしたっけ……?煙管で寿命って変わるんでしょうか……?
ともあれ初めに阿求が吸ってるのが煙管ではなく煙草(巻き煙草?)だと勘違いした時は
あ、この作者さんとセンスは分かり合えないかもしれないと思いましたが、
煙管で安心しました。
オチというか小鈴が禁煙させるために取った行動が、やりそうでかつなるほどと思い、楽しめました。
5.100南条削除
おもしろかったです
喫煙者の阿求も止めようとする小鈴もとてもよかったです
あんたより早死にしてやるという脅迫が最高に小鈴って感じでした
6.80夏後冬前削除
全力で開き直っていくスタイルの阿求好き