Coolier - 新生・東方創想話

戎の名の下に

2022/11/06 23:01:52
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永く寒い冬のあと、暖かな春はやってきます。そして世界は動き出すのです。
雪は解け清水をなして川となり母なる海へと歩みます。
木々植物が蕾をなして花が咲きモノトーンを彩るように。
洞の獣が動き出しその声音をその足音を深い森に伝わせると。
街に暮らす人間もまた、新たに別れ出会うのでした。

はたして目覚めの伝播は命溢れる世界だけに止まりません。
これから眠る者たちが集う三途の川にも、そのどよめきは波及するのです。

目をやればほら、積み石に寄りかかる一人の少女。草叢から川辺へと、彼女に向かって三人の子どもが歩いてきます。
子どもの仔細はわかりません。性別も身長も輪郭すら朧な子どもたちは、しかし子どもであること、幼いであろうことだけはわかります。
あるいは姿形こそわかるとしても、それは見る人によって大きな差異があるかもしれません。ただ一つ、子どもがそれぞれ赤青黄の布切れを身に着けていることだけは確かです。
とにかく子どもと呼べる何かが三人やってきたのです。
「新しい子たちだね?ここまで来れて偉い!」
そんな三人に積み石に寄りかかる少女改め瓔花ちゃんが声をかけています。彼女は水子たちのリーダーであるため、毎年やってくる子どもを出迎えるのです。
ところで瓔花ちゃんは、なぜ三人の子どもが自分を目指してやってきたとわかったのでしょうか。
実はここ三途の川には、毎年春になると三人の子どもがやってくるのです。そして、今は春。子どもが歩いてきた茂みには、小さな白い花弁が点々と付いています。
従って、瓔花ちゃんは三人の子どもを水子だと判断したのでしょう。
すこし長話が過ぎたようです。瓔花ちゃんの言葉に耳を傾けていた子どもは、いつの間にか河原に点在する積み石の近くで遊んでいます。
水際から最も遠く、此方に最も近い積み石の前で。わちゃわちゃと駆けまわっています。見ているこちらまで笑顔になってしまいます。微笑ましいですね。
河原に散らばるこの積み石はすべて瓔花ちゃんが積み上げました。大人の背丈ほどあるこの累石はみな、せいぜい小学生にしか見えない彼女が一から生み出したのです。それはなぜでしょう。
子どもの寄る辺でしょうか?いいえ、その役目は瓔花ちゃんが果たしています。
子どもを楽しませるためでしょうか?半分正解です。子どもたちは好奇心旺盛ですから。
子どもが三途の川に辿り着けるよう、ゴールを示しているのです。
三途の川が此方と彼方に横たわる境界であることはご存知かと思います。では、そのことを知ったのはいつでしょうか。幼児か児童か生徒か、人によっては学生かそれ以降かもしれません。
少なくとも、乳児や嬰児の頃合いでは無いことは確かです。当たり前ですが、新生児や胎児も知ることは無いでしょう。
それならば、三途の川を知らない子どもは一体、どうやって彼方へと渡ればいいのでしょうか。
そこで瓔花ちゃんの積み上げた石塔の出番です。
行き場を知らない子どものために瓔花ちゃんは積み石を作り上げたのです。
温かくほの暗い快適な母体のほかに世界を知らない子どものために、瓔花ちゃんは十三個の累石を積み上げたのです。
河原に佇む十三個の積み石。その周りには、それぞれ三人の子どもが遊んでいます。
「こんにちは。精が出ますね」
ぼうと河原を眺めていた瓔花ちゃんに、女性が声をかけています。
「あ、映姫さん。来てたんですか」
ペコリと頭を下げた瓔花ちゃん。動きに合わせてふわふわとした白い毛髪が揺れました。
三人の子どもと同じように、四季映姫もまた毎年春になると川を越えてやってきます。
「この河原には、いま、お友達は何人遊んでいますか?」
「えーっと……いち、に、さん、し」
そして訪れるたびに、瓔花ちゃんに子どもの数を尋ねるのです。
「はち、きゅう、じゅう!あとは……」
そんな瓔花ちゃんの様子を、彼女は優しく見つめています。その双眸に慈愛を湛えて。
「えーと、えーと…………いっぱい!!!」
そのふくよかな腕をめいっぱい広げて、瓔花ちゃんは答えました。その顔いっぱいに笑顔を浮かべて。
「お友達がたくさんいてよかったですね」
「では、私はこれで失礼します」
「あれ、もう帰っちゃうの?みんなと遊んで行けばいいのに」
瓔花ちゃんの指さすその先には、こちらを見つめる子どもがたくさんいます。
「それもそうですね。では、あちらのお友達にお話を聞きながら帰りたいと思います」
彼女の指さすその先には、ぶよぶよとした質感の袋を被った子どもが三人いました。
「うん、わかった。じゃあね!」
手を振る瓔花ちゃんと78個の瞳に見送られ、彼女は河原を後にします。その傍らには、三人の子どもがまとわりつくようにして歩いていました。



そしてまた、春はやってきます。あれから六度目の春です。
河原に目をやれば、一人の少女が積み石の横に立っています。彼女に向かって歩く三人の子どもの姿もまた、見えるでしょう。
「新しい子だね?ようこそ!」
三人の子どもは、やはり仔細はわかりません。ただ、鳥の羽根を身にまとっていることは確かです。
ここに来る子どもたちはみな、なぜか変わったものを身に着けているのです。また不思議なことに、その装飾品が被ることはありません。前回の子どもは底が割れた壺を持っていました。
少し子どもの装いに注視しすぎたかもしれません。いつの間にか、子どもたちは積み石の周りで駆け回っていました。
その様子を瓔花ちゃんは見つめています。十三基の積み石を見つめています。
「こんにちは。精が出ますね」
また、四季映姫がやってきました。人気のない河原へ新たに三人の子どもがやってくると、彼女もまた姿を現すのです。
「あ、映姫さん。来てたんですね」
ですが彼女は三人の子どもとは違います。瓔花ちゃんと言葉を交わすと、すぐに川の向こうへと渡ってしまうのです。
「あれ、もう帰っちゃうの?せっかくだしみんなと遊べばいいのに」
こちらを見つめる子ども。子ども。子ども。瓔花ちゃんは指を向けます。
「それもそうですね。では、あちらのお友達にお話を聞きながら帰りたいと思います」
彼女の指さすその先には、蓮の葉を被った子どもが三人いました。
手を振る瓔花ちゃんと78個の瞳に見送られ、彼女は河原を後にしました。
赤青黄の布を身に着けた三人の子どもは、ちょうど川と草叢の中間に位置する積み石の前から、その視線を投げています。



それから五度、春が訪れ去っていきました。そしてまた、春はやってきます。
積み石の傍らに、瓔花ちゃんが佇んでいます。やがて彼女に向かって歩く三人の子どもの姿が視界に入るでしょう。
「ようこそ!新しい子だよね?これからよろしくね!」
例によって三人の子どもの仔細はわかりません。ただ、へその緒でしょうか、黒ずんだ何かが付いています。
今回もまた、変わったアクセサリーを身に着けています。この黒ずんだ何かは、赤青黄の布切れを身に付けた子どもが二つ目の積み石の前に居た頃、十三個目の積み石の前でじゃれ合っていた子どもが身に着けていました。いま、その子どもは河原にいません。
子どもの装身具は、河原に居る限り被ることはないようです。
見かけばかりに注目していてはいけませんね。知らず知らずのうちに、子どもは積み石の周りに移動して、じっと見上げています。
その様子を瓔花ちゃんは変わらず眺めていました。背後から声を掛けられるまで。
「こんにちは。精が出ますね」
今年も彼女が訪れる季節でした。いったいなぜ三途の河原に足繁く通っているのでしょう。いえ、この表現は間違っていますね。彼女は年に一度しか来ませんから。
「映姫さん。こんにちは!」
四季映姫も挨拶をします。そしてまた、瓔花ちゃんに河原の人数を数えさせました。
「うーんと……」
やっぱり瓔花ちゃんは十まで数えたところで詰まってしまいました。このやり取りを、二人はすでに数千回繰り返しています。
「では、私はこれで失礼します」
引き止める瓔花ちゃんにいくらか声をかけたあと、四季映姫は河原を後にしました。
その背に80個の瞳を受けながら。裏表が逆さまの衣服を着た子どもに声を掛けながら。
赤青黄の布を身に着けた三人の子どもは、二番目に川に近い十二個目の積み石の前で、四季映姫を見つめています。



そしてまた、春がやってきます。
四季映姫ヤマザナドゥは、すでに帰路についているようです。
その証拠に、80個の眼球が河原を後にする彼女をじっと凝視しています。
ですが80個の眼球の中に、赤青黄の布切れを身に付けた子どものそれはありません。
あの子どもはどこにいるのでしょうか。三途の川にいる者たちに、その居場所はわかりません。
いえ、住人たちは気にも留めません。なぜなら彼の者達はそういうモノだからです。

瓔花ちゃんは水子のリーダーです。
アイドルでもあり、彼らを楽しませるイベンターでもあります。
積み石を壊そうとする侵入者には、明確な敵意を抱いて挑みかかります。
瓔花ちゃんは、水子を守護り楽しませ安心させる使命があります。
ですが、それだけです。
たとえ子どもが連れ去られたとしても、害意が無ければ気にしません。
たとえ子どもが連れ去られたとしても、楽しそうであれば何も感じません。
たとえ子どもが連れ去られたとしても、安心していれば見送るだけです。

いま、赤青黄の布切れを身に付けた子どもたちの霊は、四季映姫と共に川を越えていきます。それはもう幸せそうに、川を越えていきます。
澱みに嵌まった水子の魂は、十三年ぶりに水の流れに乗れました。きっと彼らは輪廻の輪に戻ることができるでしょう。
彼らを見送る78個の瞳の持ち主もまた、いつの日か救済され、新たな命となるでしょう。


ただ一人の水子を除いて。


「「「戎瓔花は神である。『戎』の名を持つ戎瓔花は、蛭子神にルーツを持つために」」」
だから引導を渡されない。戎瓔花は蛭子神の神格を持つため。
しかしながら戎瓔花は神ではない。戎瓔花は水子である。
けれども戎嬰花は死後の世界を知らない。積み石しか行き先を知らないため。
なにより戎瓔花は成仏できない。その名がそれを許さない。信仰が逃がさない。

ゆえに戎瓔花は今日も賽の河原で水子を待っている。
次の春もその次の春も、未来永劫待ち続ける。


けれども瓔花ちゃんは、己の境遇に悲観していません。むしろアイデンティティにしてさえいます。
瓔花ちゃんは本来、生まれる前に死んだ自我のないひとりの水子です。骨のないふにゃふにゃなナニカです。ふにゃふにゃなナニカは形を保つことができず、したがって無です。
無は、器がなければ存在すらできません。
瓔花ちゃんの場合、そこに用意された器が、「水子のリーダー」であり「戎」であったというだけです。
瓔花ちゃんは、自分を縛りつける名前と信仰に依っているのです。

でも、瓔花ちゃんにはそんな難しいことはわかりません。
瓔花ちゃんはただ、水子たちが退屈しないよう楽しませるだけです。
なぜなら、瓔花ちゃんは「「「水子の神」」」であり「「「水子たちのアイドル」」」だからです。
ほら、河原のほうを見てください。瓔花ちゃんが笑っています。可愛らしいですね。



そしてまた、春はやってきます。何度でも、何度でも。春はやってきます。
「新しい子だね?ようこそここへ!私たちと一緒にたくさんあそぼうね」
瓔花ちゃんは子どもを出迎えます。何度でも、何度でも。子どもを出迎えます。
ゆるふわな瓔花ちゃんの日常を書くつもりでした。どうしてこんなことに……?
でも、瓔花ちゃんが幸せならそれでオッケーです。
よー
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コメント



0.80簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
2.90東ノ目削除
瓔花が賽の河原から動くことができないことへの解釈がなるほどーとなりました。面白かったです
4.100名前が無い程度の能力削除
絵本のような語り口と重厚な内容、とても良かったです。
5.100南条削除
面白かったです
自分の境遇を知ってか知らずかそれでも揺るがない瓔花が健気でよかったです