Coolier - 新生・東方創想話

春の陽気に

2022/10/16 12:00:28
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 春、それは命が始まる季節。寒い冬を超えた妖怪の山は生き物が動き出している季節になった。
「ああー、今年の冬は寒かったべ」
 うち、こと坂田ネムノは家の中で伸びをする。春の季節を感じながら春の陽気に包まれて安心する。
 秋の間に作った干し肉はほぼ貯蓄が尽きていることに気がついて、また作らなければ、なんてことを思って立ち上がり、家から出る。
 春告精の春を告げる声を遠くに聞きながら、家の土間に立てかけて置いた包丁を担いで縄張りの森の中に入っていった。

 食べられる野草を摘みながら周りを警戒していると、縄張りの境界線付近で何者かが戦っている気配を察知した。持っていた野草を放り出し、走っていく。うちが着く頃には戦いが終わっていて、誰か一人が立っていた。
 長いお祓い棒を持ち、特徴的な紅白の服装。そしてそれに返り血が飛んでいて服を汚していた。走ってきた音に気が付き、ゆっくりとこちらを振り向く人間。
「おめえ……博麗の巫女か。前に会ったきりだったな」
「あら……確かあなたは……山姥ね。こんなところにどうしたのかしら」
 じいっとうちを見てくる巫女。
「それはうちの台詞だべ。ここはうちの縄張りだ」
「あら、それはごめんなさい」
 前に戦った時より覇気がない。あの時ほど心が踊ったことは無かった。それに巫女を見て思い出した。あの時に誘ったことを。
「……まあいいべ。お前さん、うちで茶でも飲んでいくか?」
「いや、大丈夫よ」
 どこか寂しそうな顔に見えた。うちは放って置けなくなったので強引に誘う。
「いんや、お前さんはうちで茶を飲んでゆっくりしていけ。少しはその見た目も良くなるだろうさ」
「自分で洗うのに。それだけの熱いお誘いなら行こうかしら」
「ははは、来い来い!それと家についたら少し服を貸してやる。洗ってやるから」
「もう、私が洗うのに……」
 巫女は苦笑いをしていた。

 *

「ほら、とりあえずうちの服を貸してやるから脱いでくれるか? 早く洗わないと使えなくなるからな」
 六畳の板の間の部屋の土間との段差に巫女を座らせる。
「もう急かさないで。お言葉に甘えるから、着替えている間だけ外に出てくれるかしら……」
 少し恥ずかしそうに顔を赤らめた巫女。おお、そうだったな、多感な時期だもんな。それもそうか。
「服置いておくからそれに着替えて、血の着いた服はそこの籠の中に入れて置いてくれ。外に出てくるから着替えたらまた呼んでくれ」
 そう言うと外に出て、庭の畑の様子を見る。春が開けたばかりの土には何も植わっていない。今年は何を植えようか、そういえば種はあったか……なんてことを考えていると、家の中から声が掛けられた。
「おーい、ネムノ、服着替え終わったわよ」
「おお、早かったな。水汲んでくるから服渡してもらっていいか?」
 そう言いながら引き戸を開けて巫女を見た。とてもぶかぶかで服を着ると言うよりも着られているように見えた。まあ、うちのは大きいだろうから。恥ずかしそうにしている巫女は着ていた服を畳んだのか渡してくれた。
「中々に……すごい服ね。少し恥ずかしいわ」
「大丈夫だべ。似合ってるぞ」
「えっと……ありがとう?」
 不思議そうな顔をした巫女だった。
「ちょっと待ってろ。お客さん来てくれてるのにお茶のひとつも出てないから、水を汲んでくる」
 そう言ってうちは服と鍋と洗濯用の平べったい桶を持って外に歩き出した。
 家の北側に歩くといつも使っている川が流れている。そこで鍋に水を汲んで、桶にも汲んで服を入れる。つけ置きしようかと思ったが思った以上に血が滲み出ている。軽く洗ってしまおうかと思って鍋を一旦地面に置く。じゃぶじゃぶと巫女服を洗っていく。こびりついた血は案外落ちなくて苦戦する。
「もう、私が洗うって言ったのに……」
 声を掛けられて後ろを振り向くと巫女がいた。ぶかぶかの服は少し胸が見えそうで危なかった。
「おい、危ないぞ……」
 洗うのを止めて巫女の胸の辺りを押えた。巫女はそれに気がついて胸を隠す。そう恥ずかしさを持ってくれ。
「ありがとう、ネムノ」
「おう、いいぞ。ほらもう少しで洗い終わりそうだから待っててくれ。鍋持って行ってもらっていいか?」
 頷いた巫女は水が入った鍋をゆっくりと持っていった。うちはじゃぶじゃぶと服を洗いきって固くしぼる。白にこびりついていた赤は落ちて綺麗になった。赤の上の赤は分からないけれどよく見ると落ちているので満足する。服を持ってうちも家へと戻って行った。

 家に帰って外の物干し竿に巫女服を干す。今日は天気が良いので早く乾いてくれるだろうか。そんなことを思いながら家の中に入る。履物を脱いで、床板の上に巫女は座っていた。
「今からお湯を沸かすから少し待っててくれるか。お茶のひとつも出すのが遅いが許してくれ」
「別にいいわよ……誘われて押しかけたのは私だもの。何か手伝えることあるかしら」
 巫女は立ち上がってうちに何があるのか聞いてくる。
「いいや、もう少しここで待っててくれ。良いお茶出してやるから」
 ぐりぐりと巫女の頭を撫でた。巫女は控えめに私の腕を払った。
「ちょっと……私子供じゃないのよ」
 不服そうな声で巫女は言った。顔を見ると恥ずかしそうにしていて、少し嬉しかったのか、と勝手にそんなことを思う。
「すまん、すまん……」
 うちは笑って答えた。かまどに火をつける準備をし、火打ち石と火打ちがねを出して用意をする。火をつける前に去年の秋に用意した枯れ草を燃やすところに放り込む。あらかじめ細く割っておいた木も燃えやすいように入れておく。
 両手に持った石たちを打ち付けて、石たちが入っていた火口に火花を落としていく。火種が出来たらつけ木に火をつけて、かまどに放り込んだ。よく燃える枯れ草達はあっという間に火の勢いを強くし、細い木に火がついた。程よく見計らって小さめの薪を入れていく。お湯を沸かす量なのであまり強火でなくてもいいが……
「今じゃマッチを使うからそこまでしたことないわ。火をつけるのって大変なのね」
 巫女は一連の流れを見て、ぽつりと感想を漏らしている。
「まっち? なんだそりゃあ……?」
 いきなりカタカナの名前を言われるものだからよく分からなくて聞いてしまう。
「あら、マッチを知らないの? 細い木の棒の先に燃えるものがついてて、箱のざらざらしているところで擦ると燃えるのよ」
 巫女はまっちとやらの大きさを指で表しつつ、何かを持っているかのように動きをする。私は思い出して、台所の食器を置いているところに行って物を取ってくる。
「……まっちとやらはこれか?」
 手のひらに収まる箱を出す。冬を越す前に里人と猪の干し肉と交換した中に入っていたものだ。他には人の手が入った野菜と野菜の種と、これが入っていた。使い方がわからずに何もせず放っておいたものだった。
「マッチあるじゃない? なんでネムノが持ってるの?」
「里人と交換した時に入ってたんだ。生憎と使い方が分からんかったからな……使えなかったんだ」
「ふーんそうなの。ちょっと貸してくれるかしら」
 そう言った巫女に渡すと、箱から細い棒を出し、あっという間その棒に火がついた。
「わっ! なんだ、火がついた……」
「あはは、驚きすぎよネムノ。そんなに後ずさらなくても」
 びっくりしたせいか二歩ほど思わず下がっていた。早すぎて分からなかったので言う。
「もう一度やってくれるか?」
「あ、この燃えたやつはかまどに入れたら燃え尽きるから。ほら行くわよ」
 まっちをかまどに入れたあと、巫女は箱から一本出して、箱の黒くなっている方にまっちの頭を擦らせた。ぼっとついた火は少し揺られるように燃えていた。
「ほお、擦るだけで火がつくなんて便利だな」
「でしょ? こればっかり使ってるから火打ち石はあまり使わないのよね。そういえば、かまどの火元大丈夫?」
 うちの足元で燃える火はぱちぱちと音を立てながら燃えている。火が強すぎないことを確認し鍋を見る。もう少しで沸きそうになっていた。
「もう少しで沸けるぞ。お茶の用意するから待っててくれ」
 そう言ってうちは戸棚からお茶の葉を出した。それを見た巫女は驚く。
「それって里の限定品じゃない。こんなものまで持ってるのね。意外だわ」
「里人がな、うちがいつもより多い肉を出すと、よく袋の中に入ってるんだ。いっぺんうちも飲んでみたが、なんだが上品過ぎてなあ。お客さんがいる時にだけ出してるんだ。と言ってもここは僻地だから誰も来ないけどな。ははは!」
 一人で好きにここにいるんだ、誰も来ない方が良い。巫女みたいな力の強いやつは話は別だけど。そう思って急須に葉を入れて、お湯をおたまで湯のみに必要な分だけ入れて、急須に戻して、また入れる。これで美味しいお茶の出来上がりだ。
「豪快に笑うわね。あら、ありがとう」
 奥の囲炉裏の前に座っている巫女にお茶を出す。うちの分も入れて、履物を脱いで巫女の前に座った。
「さ、ゆっくり飲んでってくれ」
「いただきます」
 巫女はお茶を一口飲んだ。笑っている。うちも湯呑みを持ってごくり、と飲んだ。うん。美味しい。
「やっぱり美味しいわね……ありがとうネムノ」
「いんや、別にいいべ。本当に久しぶりのお客さんだからこの茶も喜んでるだろうよ」
「ふふ、そうだと嬉しいわね」
 話終わると、しん、と静かになる。ぱちぱちととろ火で燃えている火の音が部屋の中に響き渡る。また一口ずずず、と飲んだ。

「……静かねここは」

 巫女がぽつりと呟いた。零れ落ちたかのような言葉だった。窓から外を見上げている。少し寂しそうな顔に見えた。うちは何も言わずにまた一口お茶を飲んだ。

「……そりゃあ、山の奥だからな。ここはどこにも属してないんだ」

 また沈黙。巫女のお茶を飲む音が響く。二人の沈黙はどこか気まずいような気配も感じられたが、うちは関係ない。独りで生きているものに、社会を築く生き物の気持ちは考えられない。そもそも巫女が静かだと言ったが、それもどう言う意味かは捉えられなかった。

「……本当に静かね……私がどこかに行ってしまいそう」

「はは、大袈裟だな。静かなだけだぞ、ここは。それとも騒がしい方が良いのか?」
 思わず巫女に聞いてしまう。天狗から話を聞く限り、この巫女は周りは騒がしいらしいから。色々な人妖が集まると聞いたから。
「いや……どっちでもいいけど、楽しい方がいいかな」
「ははは、お前さんが人間らしくて良かったよ。帰る時はその服貸してやるからまた返しに来ておくれ。さすがに夏じゃないからな、まだ乾ききってないだろう。風邪をひかれたら寝覚めが悪くなるってものよ」
 ははは、とうちは笑った。巫女は少し不思議そうな顔をしていた。

 *

「ネムノ、今日はお誘いありがとう。またこの服返しに来るわね」
 服を指さして巫女はそう言った。そして巫女服の入った袋を担ぎながら空へと浮かんだ。
「おおい、はだけないようにしなさいよ」
 胸をちょいちょいと指さすと巫女は恥ずかしそうに言った。
「わかってるわよ!」
 そう叫ぶと巫女は凄い勢いで空を駆けていった。空の向こうのどこかに帰って行った巫女は、寂しさを解消できるのだろうか。
 それはうちには分からない。けれど巫女は、寂しいながらも楽しそうにしているように見えたので、大丈夫なんだと勝手に思った。
 春、寂しそうな冬を越えた新しい季節。そんな春の陽気にうちは願ってみる。
 あの巫女が寂しくありませんように、と。
2022年10月23日の第九回博麗神社秋季例大祭にて出します、「ネムノさんと!」の小説サンプルになります。
ネムノさんからみた他のキャラとの交流のお話しで、一本約5000文字の短編小説が五本入った短編集になります。

A6、74ページ、500円になります。

当日は、「ね-15a」、独りきりのLabyrinthにてお待ちしております。
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面白かったです
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なぜ寂しそうだったのかとか、返り血は誰のだろうかとか、そのあたりのなにかを察して強引に誘ったのだろうかとか、いろいろ思うところが出てくるお話でした。
5.100名前が無い程度の能力削除
田舎的で温かい雰囲気が良かったです。