Coolier - 新生・東方創想話

祝福

2022/10/15 00:10:26
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「ねえ、小鈴。私と駆け落ちしない?」
 カウンターの上に座って、阿求は私に笑顔でそう言い放った。
「……はぁ?」
 私は持っていた筆を滑り落とした。

 *

 阿求に手を繋がれて私は引かれるまま歩いている。前に見える紫の髪は揺れている。阿求の手の温度を感じながら私たちは昼の喧騒の中の里を歩いていた。
 水筒と少しの干し肉が入った麻袋を繋いでいない方で担ぎながら私は阿求に聞く。
「ねえ、阿求? いきなり何よ。そんなことしたいなんてさ」
 さすがに里の中で駆け落ちなんて言葉は言えないので濁して伝える。というか阿求は御阿礼の子なのでそんなこと言えば色々な意味で私が無事じゃないと思うの。阿求は分かっていそうだけれど。手を繋いだまま、後ろを向いた阿求は花咲くような笑顔で話してくる。
「そんなの、したいって思ったからよ。あんたとならいいかなって!」
 そんないい笑顔で言われたら手を振り払うことなんて出来ないじゃない。
「もう、仕方ないね阿求は。行こう!」
 私たちはぱたぱたと手を繋いだまま里の外に向かって走っていく。里の外の門番さんに止められそうになったけれど私たちは勢いよく走って逃げていく。
 阿求は大声で笑っている。私もつられて笑いながら手を引かれて走っていった。

 *

 阿求に手を引かれて着いたのは太陽の畑。大輪の向日葵達が咲き誇り、太陽に向かって生き生きとしている。
 ……えっ、なんでここ?
「えっと阿求? なんでここに来たの?」
「ほら行くわよ!」
「うわっ、そんなにひっぱらないでよ!」
 阿求は質問に答えずに手を繋いだまま強引に引っ張って行く。大輪の向日葵達をかき分けて歩いて行く。不安になる。だってここにはあの妖怪がいるんだから……
「ねぇ、阿求! ここ通っても大丈夫なの? 怖いんだけど!」
「大丈夫よ、通ってもいい場所は覚えているんだもの。いくよ!」
 どうしてそんなに活動的なのだろうか。わたしは色々な意味でヘトヘトになる。それでも阿求はどこか楽しそうで。手を引かれ、向日葵の道を歩きながら私は思う。嬉しそうな阿求を見る度、私の心が嬉しくなることがとても笑顔になれた。阿求の紫の髪と髪飾りが揺れる。私は嬉しくてまた笑う。ふふふ、と笑った声に気がついた阿求は目線を私にやりながらまた笑っていた。
「何よ阿求! なんで笑ってるの!」
「小鈴も笑ってるじゃない!」
 二人で馬鹿みたいに笑いあって、向日葵の道を抜ける。小さな山があって、目の前に洞窟の入口が見える。中が見えなくて少し怖さを感じた。手を繋いだまま、阿求に引かれて洞窟の中に入っていく。
 コツ、コツ、と洞窟の中に音が響いていく。目が慣れてきて、前の阿求の輪郭が見えてくる。どうしてこんなところに来たんだろうか。駆け落ちと言っても私たちはどこへ行くんだろうか。駆け落ちの意味は分かっているけれど、阿求はどこまで行こうと思っているのだろうか。でも、こうやって二人で逃げていくのは楽しい。世界から、社会から、家族から、私たちは逃げていく。この愛おしい人と逃げていく。ああ、なんて楽しい時間なんだろう。
 靴音がどこまでも鳴り響いていく。この時間が続けばいいのに、なんて思う。
 そうして洞窟の奥まで来たのか阿求は止まる。
「着いたの?」
「うん」
 洞窟の中に六畳くらいの四角の板間の床だけあった。どことなく祭壇のように感じる。どうしてこんなところにあるんだろうか。阿求は私から手を離して、階段を登り、その板間の上に行き、懐から小さな箱を出した。シュッと音がして火がついた。眩しくて顔を顰めてしまう。見えなかった箱はマッチだったみたい。そのまま四隅の燭台のろうそくに火をつけていた。
 ろうそくが私たちを照らす。阿求は板間の上から手招きをしていた。おずおずと私は手招きされるがままに上に登っていく。登りきった所で阿求が私の手を引いて抱き寄せてきた。
「阿求、ここは何?」
「ここは……まあ祭壇ね。ここで神様を祀っていたんだって先代の記録に残っているわ。何の神様かは書いてはいなかったけれどね」
「そうなんだ。ねえ、座らない?」
 阿求は頷いて床に座る。私もそれに習って隣に座った。麻袋を下ろした後、少し埃が気になって手ではらう。
 私はここで聞きたいことを聞いてしまおうと思った。
「ねえ阿求、どうして駆け落ちなんてしようと思ったの?」
 いきなり言った理由と動機が知りたかった。何がなければ阿求はそんなこと言わないはずだと思うから。阿求は少し考える素振りする。
「そうね……小鈴と一緒に逃げたかったのかしら。あんたのことが好きだし、逃げてしまえるのなら二人でどこかへ行きたかったんだと思う」
 私は驚いて阿求の顔を見る。「好き」って言われたことがはじめてだったので驚く。今まで友達として一緒にいたけれど、気持ちを言ったことなんてなかったから。
「阿求……今……」
「ふふ、そんなに驚かないでよ。ずっと前から小鈴のこと好きよ。あんたと駆け落ちしたいくらいには好き」
 阿求は私の手を取った。ぬくもりを感じて泣きそうになる。阿求から目を逸らして、私は目を瞑る。
 この気持ちは隠して生きていこうと思っていたのだから。ずっと好きだった。だけど、いつか別れてしまうなら言わずに死んでしまおうか、と思っていたのに。阿求の方が先に死んでしまうってわかっているのだから、ずっと一人で生きていこうって思っていたのに。どうして……
「どうしてよ、なんで言っちゃうのよぉ……」
 嬉しいのか、寂しいのか、感情が混ざってしまって、私の視界は暗闇の水の中へ沈む。俯いた私の肩が引き寄せられて、阿求の胸の中に抱きしめられていた。あたたかい。どうしようもなく生きていて嬉しいと思う。
「小鈴、私ね……あんたのことが好き。付き合って、までは言わないから一緒にいてくれると嬉しい。でも、あんたが……」
「それ以上言わないで」
 私は言葉を遮る。たとえ阿求でもその先は言わせてやらない。絶対にマイナスなことなんて言わせない。溢れ出る涙を拭きながら私は顔を上げる。阿求を見据える。言いたいことを言ってやる、だから嫌いにならないで。
「阿求、私も好き。好きだけど付き合うとかは分からない。でも一生、あんたが死ぬまでずーっと付きまとってあげる。だから、私の隣にいてよ。あんたが嫌がるまでずっと、ずーっといるから」
 言ってから恥ずかしくなって体の体温が上がっていくのを感じる。阿求はきょとんとしていて、少しずつ笑いだした。
「ふふふ……はは! 小鈴に言われちゃった。私が死ぬまでずっと一緒にいるって、言ったね。私はずっと覚えてる。死ぬまで忘れてなんかやらない」
「上等よ。私だってずっと隣にいるよ!」
 私たちはくすくすと笑い合う。一緒の気持ちで嬉しくて。私はそのままの体制で阿求を抱きしめた。キュッと抱きしめ返してくれる。心臓の音が聞こえる。
「ふふ、阿求の音がする」
「何よ、小鈴」
 私たちはまた顔を合わせてくすくすと笑った。

 *

 どれだけ抱きしめ合っていたのだろう、私たちはすっと離れる。少し恥ずかしくてまた笑う。
「ねえ、阿求。今ってどのくらいの時間なんだろう?」
「ええっと……分からないわね。一回外に出る?」
 私はこくんと頷いた。阿求がゆっくりと立ち上がり、私に手を差し伸ばしてくる。その手を取って私も立ち上がった。 四隅のろうそくを消して、祭壇から降りる。手を繋いで、私たちは洞窟を歩いて外に戻っていく。
 コツ、コツ……二人分の靴の足音が響いていく。前を見ると、空は橙色に染まっていた。いつの間にか日の暮れになっていたらしい。
「……綺麗ね。少し夕日を見ていかない?」
「小鈴、その言い方だとあんた帰るつもりでしょ。これは駆け落ちよ、誰かに見つかるまで私は帰らないわよ」
「阿求がそう言うならそれでいいけどね」
 洞窟から二人で出て、阿求がまた私の手を引いていく。どこか行きたいところがあるんだろう、引かれるままに歩いていく。
 川が近くの坂まで歩いてくると阿求は止まって私を見てきた。
「ちょっとここで休憩しよう」
「うん」
 手を繋いだまま、二人で草むらに一緒に座る。
「日が暮れそうだね」
「ここからが本番よ」
 阿求は楽しそうに笑う。楽しそうな横顔を私は見ていた。

 ~*~

 私は九代目御阿礼の子、稗田阿求。
 それは私の揺るぎない根幹。誰にも侵すことの出来ない私だけの名前。幻想郷縁起を完成させる者。

 ……けれど。時々夢を見そうになる。愛した人と一緒に過ごして、その人に看取られて死んでいくこと。誰かと愛し合うことが出来たらいいのに、と思ってしまう。

 この役目に不満なんて持っていない。むしろ誇りだってある。
 幻想郷縁起を完成させるためにたくさんのことを学んだ。里のこと、人間のこと、妖怪のこと、神様のこと……私が知らないことはまだたくさんあるのだろうけれど、それらを必死に学んできた。
 そんな私に声をかけてくれたのは今より子供の頃の小鈴だった。鈴奈庵のご主人とばあやが話し合いをしていた時に私の勉強部屋に迷い込んで来たのだった。

 廊下からぱたぱたと走る音がする。聞いた事のない足音にびっくりして私は固まる。音はこちらの方に向かって歩いてきていた。
「どうしてこんなに本があるの?」
 私の部屋の本の数を見て、とても嬉しそうにしていたのが印象的で今でも直ぐに記憶から取り出せる。
「……あなたはどこから来たの」
 私はぶっきらぼうに告げる。
「あ、ごめんなさい勝手に入ってきちゃって」
慌てたように気をつけをした、その子供。その時は私も子供だったけれど。
「質問に答えて。どこから来たの?」
「えっと、お父さんと一緒に、きた」
「そう。なら出ていって。私は勉強してるの。邪魔しないでよ」
 あの時は本当に焦っていた。早く当主にならなくちゃとばかり思っていたのだから。
 あの時の私は小鈴を無視して勉強を続けている。
「ねえ、綺麗なあなた。ちょっと庭に出ようよ! 天気がいいんだよ、遊ぼう!」
 楽しそうに、そう、本当に楽しそうに。小鈴はそう言ったのだ。あの時の私は心打たれた。そんなに楽しそうに言うことは何なのだろうと、幼かった私は心惹かれた。
「……うん」
 気になって、私は頷いていた。そんなに楽しそうなことなんて一体なんなんだろうって。
「やった! ねえ庭で鬼ごっこしよう!」
 小鈴はそう言って靴も履かずに庭に飛び出していった。縁側を走り抜けて、土の上を走り抜けて、着物が汚れるのも気にせずに楽しそうにはしゃいでいる。私は勢いにびっくりして動けなかった。
「ねえ、どうしたの! 遊ばないの?」
 庭に立ってそう言う小鈴。私は遊ぶことなんて分からなくて固まったままになる。
 小鈴はまた縁側に登ってから私の腕を引いてくる。
「早く遊ぼうよ! ほら外に出て!」
 手を引かれて私たちは庭に出る。ざあと風が吹いた。はじめて手を引かれて、空を見た。青空はとても広くて、見たことのないような空を見てしまった。
 知らなかった、空がこんなに青いなんて。知らなかった、風がこんなにも優しいなんて。知らなかった、人に手を引かれて楽しそうに笑うことがこんなにも楽しいことなんて。
「ほら、私が鬼! あなたは逃げて!」
 小鈴は庭の木に背中を当てて数を数え出した。

 いーち、にーぃ、さーん、しー、ごーぉ……

 鬼ごっこの知識はあってもどうやって逃げればいいのか知らない。分からなくてまた固まってしまった。
「くー、じゅーう……いくよ!」
 小鈴は勢いよく私にぶつかってきて私たちは庭に倒れ込む。
「うわあ!」
「あははは! どうして逃げなかったの!」
 笑って私を見下ろす小鈴。
「だって……逃げ方なんて知らないもの」
「そうなの? 逃げるんだったら走ればいいの! 走ったらどこへだって行けるのよ!」
 そう言いながら大きく手を広げたあと、小鈴は私の手を取ってまた二人で立ち上がる。
「ほら、一緒に走ろうよ!」
 手を引かれるままに、私はびっくりしながら小鈴と二人で走り回る。気がつけば笑っていた。楽しくて、楽しくて。なんてこんなにも楽しいのだろうか!

 庭に響く二人の笑い声がばあやと鈴奈庵のご主人を引き寄せていた。
「これ、阿求様何をしていらっしゃる!」
 ばあやの大声が響いて私たちは驚いて止まった。
「ねえ、あの人誰?」
 こそこそと耳元で小鈴は私に聞いてくる。
「ばあやよ。私の教育係なの」
 また私も耳元で返した。
「これ! 堂々とすること! 阿求様いけませんよ、履物を履かずに外で走り回るのは。小鈴ちゃんももう少し落ち着きを持ちなさい」
「あなたの名前、阿求って言うのね! よろしくね!」
 ばあやに怒られそうになったのに私の名前を聞いてとても嬉しそうな声を出して私の手をつかんでぶんぶんと縦に振っている。地味に痛い。
「……うん。よろしく小鈴」
「えっ、名前言ったっけ?」
 動きが止まって不思議そうな顔をする小鈴。
「さっき、ばあやが呼んでたじゃない」
「あっそうか、よろしくね阿求!」
 にこにこしながらまたぶんぶんと振り始めた。されるがままになっていた。
 怒ろうとしたばあやを鈴奈庵のご主人が止めていた。私には分からなかったけれど、何かあるんだろうか。その時は考えるのを止めて小鈴と遊んでみたかった。
 その後、小鈴とご主人は帰ってしまって、少しだけ泣いたのは秘密の話。

 小鈴と出会ってから、私の世界は変わった。
 縁起のための勉強をしていると、御屋敷にこっそりと忍び込んでは私を外に連れ出して遊んでくれた。小鈴がどう思って私を連れていこうと思ったのかは分からないけれど、それがとても楽しかった。ずっと小鈴と遊びたかった。それもずっと出来ないことは分かっていたけれど。

 小鈴が鈴奈庵の店番を始めた頃に冷やかしてやろうと思って店に行ったことがある。
「こんにちは」
「いらっしゃいま……えっ?」
 暖簾をくぐって、引き戸を開いて入ると、ぽかんと驚いた顔をした小鈴がカウンターの前に座って固まっていた。
「なんて顔してるのよ。そんなに驚くことないじゃない」
 私は苦笑しながらカウンターの前に立つ。
「ど、どうして来たのよ!」
 慌て出す小鈴。カウンターの上にある紙を見る。そこには、鉛筆で描かれた……
「うわあああ!」
 その紙を隠すように小鈴が紙に覆い被さる。
「今のって……」
「見なかったことにして!」
「残念、何時でも思い出せるのよ。とても嬉しかった。帰るね」
 恥ずかしそうな小鈴を置いて、引き戸を開けて私は出ていく。そうしてゆっくりと里の中に歩き出した。嬉しかった、小鈴が私の似顔絵を描いてくれたことが。その中の私はいい笑顔だったので。小鈴から見た私がそんな笑顔に見えているのが分かって。

 そうして最近のこと。
 幻想郷縁起の完成が見えてきて、私はとても嬉しかった。誇りをかけた私の仕事は終わりそうで一息つけるのかもしれなかった。
 けれども、私の代の分が終われば次はいつになるのだろう。進み続ける幻想郷縁起は私が死んでも終わらないのだろう。
 少し、寂しくなった。完成させなければ、私はずっと、ここに居られるのだろうか。一人には広い部屋で私は天井を見ながらそんなことを思ってしまった。
 思ってしまったのだ、私は、稗田阿求は、逃げてみたかった。

 走れば、どこへだって行けるのでしょう?

 そうして私は、小鈴を駆け落ちに誘ったのだ。

 ~*~

 夕日がが落ちきった空は黒くなっていく。阿求と空を見ていると星々が輝き始めた。
「阿求、星が綺麗ね……阿求?」
 返事がなくて阿求の方を見る。空を見ながらぼうっとしているようで私の言葉が伝わっていないようだった。隣に座る阿求の肩を軽く叩く。ハッとこちらに戻ってきたのがわかった。膨大な記憶の中に潜り込んでいたのだろうか。
「阿求、どうしたの?」
「あ、ごめん……ちょっとぼーってしてた」
「疲れた? ほら水飲んで」
 麻袋の中の水筒を渡す。阿求は受け取って飲んでいる。
「はあ、ありがとう小鈴。少し落ち着いた」
「うん、なら良かった。で? 阿求はどこに行ってたの?」
 意識がどこかに飛んでいる時は何かを思い出している時の証拠。ふっと苦笑する阿求。水筒に蓋をして麻袋に入れたあと、空を見ていた。
「そうね……小鈴のこと好きになった時のこと、思い出してた」
 阿求はまた空を見ながらここでは無いどこかを見ている。
「気がついたら小鈴のこと好きだった。いつか言えたら……なんて夢想を見て気がついたら私は走り出してた。小鈴は覚えてないと思うけどあんた、走ったらどこへだって行けるって言ったのよ。私は小鈴とどこへでも行きたいのよ」
「ええー私そんなこと言った? いつ言ったっけ……」
「はじめて出会った時よ。忘れん坊さん」
 トン、と人差し指で私のおでこを軽く突く阿求。
「そんな昔のこと覚えてないよ。流石ね、その記憶力はすごい」
「そうかしら。一回ね、昔の里のお偉いさんに私の能力は神の祝福だって言われたことがあるの。確かに普通の人には無いものだけれど、これは祝福なんかじゃなくて、稗田阿礼の能力の引き継ぎだもの。私の自己よ。なくてはならないものなの。けどね、忘れられることが少し羨ましいって感じる時があるの……」
「なによ、それ。阿求が神様なら私はそもそもここにいないわよ。阿求が忘れたいっていう感覚は私には絶対に分からないけどさ。でも私が覚えておきたいっていう感覚は阿求には恐らくだけど分からないじゃない。そういうことなんじゃないのかな」
 私たちはお互いに無いものを欲しがっている。
 私は思う。それのなにが祝福だ。私の家が稗田家に少し関わってから阿求のことを道具みたいに思っている輩がいることに気がついた。阿求は一人の人間なのにそう思っている人がいることに私は奥底で腹をたてていた。こんなに愛おしい人が道具なわけないだろう。
「ふふ、無いものねだりね。私たちって」
 くすくすと阿求は笑っていた。私はこの際聞いておかないといけないことを伝えようと思う。
「ねえ、阿求。あんたが神様に連れ去られるなんて嫌だからね」
「あら、それを私に言うの? 小鈴だって妖怪なんかに連れていかれないでよ。文字を読めるのはいいけど取り憑かれちゃ駄目よ」
 うぐっ、それは反論も出ない。取り憑かれそうになって心配かけたから何も言えない。
「わ、わかった。気をつける……」
 目を逸らしながら言ってしまった。
「小鈴、私の目を見て」
 阿求はパチンと私の頬を挟んでじっと、目線を合わせてくる。
「な、なに?」
「ううん、なんでもない」
 そう言って、ぱっと私の頬を解放した。少し頬がかゆい。頬をかいて、阿求を見ていると、少し眉間に皺が寄っていて気になった。
「何言い淀んでるの? なにか言いたいことあったんじゃないの?」
 阿求の目が揺れる。そんなに言いにくいことなのかな。少し見ていると迷ったように、困ったように、阿求は告げた。
「小鈴はさ。祝福が欲しいと思う?」
「私はいらないよ。だって神様に祝福されても困るもん。それじゃあ阿求はどうなの?」
 何を思って祝福の話を言ったのかは分からなかったけど。私は私が思うことを言う。
 阿求は深呼吸をしてから告げた。
「神様や妖怪からの祝福なんかいらない。でもさ……あんたからの祝福なら私は欲しい」
「私?」
 こくんと頷く阿求。私からの祝福? 妖怪も神様からもいらなくて私の? 驚いて私は阿求を見つめている。
 祝福なんて私はあげられない。でも阿求は私の祝福が欲しいって言う。そうか、それなら……
「阿求は欲張りね」
 笑って答えた。阿求もつられて笑っている。
「そうね、私は欲張りよ」
 阿求。私は貴女に祝福をあげる。私は阿求を顔をしっかりと見る。
「ならね、阿求が健康でいられるように、長く生きられるように……私と一緒にいられるように。貴女に祝福をあげる」
 そう言って、しっかりと見据えた阿求の顔は驚いていて。そっと両手を頬に添えて、阿求の唇に私の唇をゆっくりと押し当てる。離れる唇、恥ずかしそうな顔。
「ふふっ、これが祝福?」
 二人のおでこが軽くぶつかる、恥ずかしそうに阿求は笑う。私も大胆な行動をしたことを理解して顔が赤くなる。
「ええ、そうよ。阿求が望むならいつだって私は祝福をあげる」
「小鈴だけじゃないわよ。私だって祝福するの。忘れないで、覚えていて」
 感情が分からなくなっていく。嬉しすぎるのか、感覚が麻痺をしていく。込み上げた喜びは確かに私の中にあった。そのまま私はゆっくりと腕を阿求はの背中に回した。
「阿求、ここにいてくれてありがとう。私が死ぬまでずっと、ずっと覚えておく」
「約束よ。私は忘れないから。小鈴が覚えていてくれるなら、ずっと一緒にいられるから」
 私たちは星空の下、祝福を誓った。私でいるための、貴女でいるための二人だけの誓い。それはずっと破られることはない。

 *

ドカーン!
 大きな音で飛び起きる。私たちは抱きしめあったまま、気がついたら眠ってしまっていたらしい。阿求も音に気がついて起きていた。
 大きな音が鳴った方を見ると、夜の空には明るい弾幕が色とりどりに放たれていた。
「あれは霊夢さん?」
 阿求が呟いた。弾幕勝負の方は大きな玉が六発光ってからから静かになった。
 私たちの方に歩いてくる音が聞こえる。阿求は私の後ろに隠れた。
「こんなところで寝ていたなんていいご身分ね?」
 私たちのそばに立った霊夢さんは怒っている、とてつもなく怒っている。
「ねえ……阿求、あんた一体何を言って出てきたのよ……?」
 こんな霊夢さんは見たことない。霊夢さんがこれまで見たことの無い地獄の悪鬼のように見えた。それほどまで怒気が放たれていた。
「……手紙一枚置いて出てきた」
「まさかあんた、駆け落ちするって書いたの……?」
 一歩、霊夢さんは地面に足を踏みしめてお祓い棒を肩に担いで言う。
「そのまさかよ。里のお偉いさんは大騒ぎ。妖怪に襲われる前に見つけて来いって言われたわ。腹立つ言い方でね。まったく、巫女をこんな風に使うんじゃないわよ……早く帰って貰うわよ」
 もう何も言えない顔で霊夢さんは私たちを見ていた。怖くてちょっと泣きそうになる。私の肩を持つ阿求も震えていて、私たちは大人しく霊夢さんの言うことを聞くことにした。妖怪だったらぶん殴ると言われて怖すぎた。その言葉は聞かなかったことにしたかった。
 私たちは前を歩く霊夢さんの後ろについて行く。お祓い棒を持ちながら警戒している霊夢さん。私たちがやったこととは言え、とても申し訳ない。
「……阿求、後でたくさん謝ろうね」
「ええ……わかったわ。これからばあやに怒られるだろうから、覚悟してよ小鈴」
 ああ……あのばあやさんに怒られるのか……私は返事も出来ずに苦笑いをした。
 私たちがこそこそ話しているのを霊夢さんは何も言わないでいてくれる。
 太陽の畑を出てまた里へと戻る道へと入っていく。駆け落ちは失敗したけれど、私はそれで良かったのだろうとふと思う。二人で生きていくのはこの幻想郷じゃ無理だもの。隣を歩く阿求の手を握る。握り返してくれる。それだけでいい。
そうして私たちは、里の前まで帰ってくる。里の中から走ってくる人影が見えた。
「「小鈴!」」
 お父さんとお母さんだった。二人は、私に抱きつこうとして阿求を巻き込みながら私たちは倒れ込んだ。
「こんなに遅くまで帰ってこないなんて何をしていたんだ!」
「心配したんだから……!」
 はじめて親が泣いた所を見た。本当に申し訳ないことをしたな、と改めて思う。親には悪いけども、後悔なんてしていない。それだけは言うことはないんだろうけれど。
「ごめんなさい」
 私には謝ることしか出来なかった。

 そうして私たちは里の中に入って稗田の御屋敷に向かっていく。霊夢さんは里の入口で帰って行った。私たちに向かって気をつけなさい、と言ってくれた。優しいと思う。私たちはお礼を言って別れた。

 二人で暗い里の中を歩いていく。
「ねえ、阿求。駆け落ちは失敗したけどさ、やってみてどうだったの?」
「小鈴と一緒に逃げて楽しかった。通じ合って嬉しかった。小鈴からの祝福を受けられて嬉しかった。駆け落ちをしてくれてありがとう」
 駆け落ちでありがとうって言われるなんて思ってなかったのでクスッと笑ってしまう。
「なんで聞いてくれたのに笑うのよ」
「だあって、駆け落ち失敗してありがとうなんて笑っちゃうじゃない。でも、私も楽しかった。こっちからもありがとう」
 阿求もふふ、と笑っている。気がついたら稗田の御屋敷に着いた。
 私は息を飲む。本当に怖い人にこれから怒られるんだと思うと逃げたくなるけど、私たちがしたことの責任がある。
「ほら、行くわよ」
 阿求が玄関の戸を開けた。

「おかえりなさいませ、阿求様、小鈴様」
「た、ただいま……」
 阿求は声に詰まりながらあいさつをしていた。
 そうして私たちは玄関を上がる。そうして客間に通されて、座らされる。
 ここから先は何も言えない。とてつもなく怒られた。私たちの責任や大人としての立ち振る舞いのことなどたくさん怒られた。私たちはまだ子供だったんだ、と理解させられた。

 こってりと怒られた後、時間が遅いので泊まっていくことになった。ゆらりと揺れるろうそくが一本立つ客間に通されて、布団を敷いて寝ようかと思って、寝転ぶ。
 本当に今日は波乱の一日だった。駆け落ちに誘われて、二人で逃げて、通じ合って、阿求を祝福をして。ずっと忘れてなんかやらない。死ぬまでずーっと覚えててやる。私はそう心に誓った。

 *

 いつか終わりが来ようとも、貴女を愛し続けるための合言葉を告げる。

「ねえ、阿求。祝福をあげる」
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コメント



0.250簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
3.100東ノ目削除
青春しているあきゅすずでノスタルジーが刺激されました
5.100名前が無い程度の能力削除
逃避行からあえなく連れ戻されてしまった二人ですが、この日互いに交わした祝福は、これからの人生で課される大人としての責務やしがらみから独立した自由な場所を二人の関係性の中にしっかりとつくってくれたと思います
とてもまっすぐな思いを素直にぶつけ合う二人がいじらしく、温かな気持ちになるお話でした
6.100名前が無い程度の能力削除
爽やかな読後感で良かったです。
どうしても別れがチラつくふたりですが、そんなこと知らないとばかりに全力で駆け落ちする様が素敵でした。
8.80福哭傀のクロ削除
スタートがいいというか阿求と小鈴の駆け落ちという本筋がすごく青春でいい。
ただこれをやるならもっと短く切れ味というか密度というか、そういうので勝負したほうが個人的に好きだったかもしれないです。
理由や説明とかよりも勢いと心情で勝負して、二人の世界にもっと焦点当てる的な……好みですが。
もしくはもうちょっと色々と駆け落ちを物語にするか、どちらにしても少しだけどっちつかずな印象を受けました。
こういうお話は好きです。
10.100のくた削除
ラスト二行がとてもいい
11.100名前が無い程度の能力削除
愛の逃避行! しがらみから飛び出すかのような勢いがとても良かったです。
12.90名前が無い程度の能力削除
あきゅすず百合よかったです!
13.100Actadust削除
阿求も小鈴も好き好き言いやがって。クッソ大好きでございますからもっと好きって言って。
お互いの剥き出しの感情が前面にがっと押し出されていて、読んでいるこっちが恥ずかしくなるくらいの勢いが大好きです。
14.100南条削除
おもしろかったです
年頃の子たちの青春がまぶしかったです
なんだかんだ言って最後には家に帰れてよかったです
15.100名前が無い程度の能力削除
この尊い二人に祝福あれ!
16.90名前が無い程度の能力削除
あきゅすずはさいこうだ
18.100ローファル削除
とても好きなあきゅすずでした
二人もよかったですが霊夢のこういうところもとても好みでした

>私たちがこそこそ話しているのを霊夢さんは何も言わないでいてくれる。
19.100きぬたあげまき削除
記憶したいという思いは、完全に記憶できる人間には宿らない、という気付きにはっとさせられました。