暮れ六つの刻も過ぎ、一足早く境内の灯りをともし終えた私は縁側に腰を下ろし、魔理沙からもらった、よく冷やしたスイカを口にする。
この時期のこの時間帯はのんびり夕涼みをするのが、私の楽しみの一つ。
日が落ちて、だんだん暗くなっていく外をただぼうっと眺める。そういや昔の人が『夏は夜』なんて言ってたっけ。夜の境内はロマンティックね。
「ぎゃああああああぁあーーーーーーーっ!!」
そんな風情をぶち壊す無粋な雑音が私の耳に入ってくる。
「はぁ……またか」
私はあらかじめ用意していた水の入ったバケツを持ってその叫び声のところへ行く。
案の定、妖怪が火だるまになって転げ回っていたので、バケツの水をざばんとぶっかける。
「はあ……助かった……」
そう言ってその火だるまになっていた緑の髪の妖怪、リグル・ナイトバグはほっとしたように息をつく。
「あんたね。昨日も一昨日も同じことやってたじゃない。いい加減学習しなさいよ!」
「うう、だってぇ……」
私の少しきつめの物言いのせいか、彼女は思わず涙目になる。
「だってぇ……習性には逆らえないのよー」
彼女は虫の妖怪。虫には二つのタイプがいる。光に集まるタイプと、光から遠ざかるタイプだ。彼女は前者で、それで光につれられて炎の中へとインしてしまうのだ。と、昨日、彼女が教えてくれた。ちなみに後者はというと……ま、今、それをあえて言う必要はないか。
「迷惑なのよ。人がせっかく夕涼みしてたところで毎回そんな断末魔聞かされるのは」
「……うう、ごめんなさい」
と、リグルは私に頭を下げる。素直なのはいいことだ。
「まったく。毎回毎回、こんなことされるとたまったもんじゃないわよ。何か対策しないといけないわね」
とは言ったものの、どうすればいいのか。まさか灯りをつけない訳にもいかないし。
「って言うか、そもそもなんで私のとこばかり来るのよ。灯りなら他の家にもあるでしょうに」
「あなたの神社の境内が明るすぎるのよ」
「え……そうなの?」
「そうよ。だって妖怪の山からもわかるくらいだもの。あ、あそこが神社だ。って」
確かに神社の境内は広いから、松明を気持ち多めに立ててはあるけど、まさかそこまでだったとは。
「……うーん。だって、明るい方が安心できるのよねー。暗いとなんか不安なのよ。ほら、例えば怖い怪物とかやってきて、神社とか壊されたりしたら困るでしょ? 私って、か弱い巫女だから」
「……どこがよ。そんなのあなたの力ならイチコロでしょうに」
「何か言った……?」
「いやいや、ただの独り言です!」
と、リグルは露骨に慌てた表情を見せる。
……まったく、こいつ今度変なこと言ったら退治してやろうかしら。ま、退治したところできっとまたやってくるんでしょうけど。虫だけあってしぶとさばかりは随一だ。
「とにかく私は灯りを減らすつもりはないわ。だからあなたの方でなんとかしなさいよ!」
「そんな! どうすればいいってのよー!?」
「うーん。そうね……。やっぱこういうのは体に教えこむのが一番かしらね」
「なんかさらりと怖い発言出たんだけど!?」
と、いうわけで私は、唖然としているリグルの目の前でたき火をたく。ゆらゆらと燃える炎は周りの松明より明るい。
「この炎を見つめて飛び込むのを我慢しなさい」
「う……!」
「だめよ。こんなのに飛び込んだら服が火事になるくらいじゃすまないわよ」
「う、う、う……!!」
リグルは火を見つめながら耐えている。
私はせっかくだから、たき火の火で魔理沙からもらった肉を焼くことにした。ずっとジャガイモ生活だったから嬉しい。スイカといい、あいつには感謝しないと。あ、そうだ。今度はカボチャでももらおうかしら。そんなことを思いながら焼き上がった肉を食べていたそのときだ。
「お、なんかいい匂いすると思ったら、面白そうなことやってるじゃないか」
噂をすればなんとやら、声の方に振り向くと霧雨魔理沙の姿。肉の焼ける匂いにつられてやってきたらしい。こいつ、行動がリグルと大差ないわ。
「全然面白くなんかないわよ……ねえ、ちょっと聞いてよ」
私は魔理沙に事情を説明した。
「へえ……なるほどな。それでこいつは今、火に飛び込むのを我慢してるって訳か?」
「そういうこと」
リグルは体中を震わせながら火を見つめ続けている。どうやら必死で灯りに飛び込みたい本能と戦っているらしい。しばらくそのまま様子を見ていると、やがて彼女が放心状態でうめく。
「あああ、もう……」
「ん……?」
「ああ……っ! もうダメぇ……っ!!」
「あ、こら!? 我慢しなさいって! あ!!」
私が止めるまもなく彼女は、たき火の中に身を投げ入れてしまう。
「ああぁ! 明るいー……っ! ……んぎゃあああああああああああー!!」
案の定、火だるまで転げ回る彼女。
「こりゃまた、大きなねずみ花火だな!」
「あーもうっ! のんきなこと言ってないで、そこのバケツ取って!」
「ほいきた!」
燃えさかるリグルにバケツで水をぶっかけると、辺りは一瞬で真っ暗に。
「って、ちょっと、なんで暗いのよ!? 何も見えないんだけど! 灯りは!?」
すると魔理沙が思い出したように手をポンッとたたく。
「あ、忘れてた! すっかり忘れていたが、熱かったから、松明消しちまったんだったぜ!」
「えぇ!?」
なんてことをしてくれたんだ。こいつ。
「いやー。たき火の火で十分明るかったしな。後でつけ直そうと思ってたんだが。すっかり忘れてたぜ。スマン」
「スマンですんだら閻魔はいらないのよ!?」
「そんじゃ夜も遅いし、そろそろお暇するとするか! 邪魔したな!」
「あ、待って! せめて松明つけてってよ!?」
都合が悪いとみるや、魔理沙はとっとと帰ってしまった。もう、あいつ出禁にしてやろうか。
「……うう……あ、あれ? 明るくない……」
リグルが目覚めたらしい。
「わあ! 真っ暗! やったーこれなら自由に動ける! ありがとう! それじゃ、さようなら!」
言うだけ言って、彼女もどこかに飛んでいってしまった。
「あ、ちょっ!? もう、私一人になっちゃったじゃないのよ!? もう!」
仕方ないから自分で松明をつけに行こうとした、その時。
背後で何やら「シューーー」という音が聞こえたような気がした。
「!?」
振り向くと、暗闇の中に緑色の何かがいるのが見えた。その時、私は次に起きることをなんとなく察知した。
ドォーーーーーーーーーーーーーーーーーン!
案の定、神社とともに私は吹っ飛ぶ。爆風に巻き込まれながら私は「爆発オチだなんて最低だわ」と思った。
この時期のこの時間帯はのんびり夕涼みをするのが、私の楽しみの一つ。
日が落ちて、だんだん暗くなっていく外をただぼうっと眺める。そういや昔の人が『夏は夜』なんて言ってたっけ。夜の境内はロマンティックね。
「ぎゃああああああぁあーーーーーーーっ!!」
そんな風情をぶち壊す無粋な雑音が私の耳に入ってくる。
「はぁ……またか」
私はあらかじめ用意していた水の入ったバケツを持ってその叫び声のところへ行く。
案の定、妖怪が火だるまになって転げ回っていたので、バケツの水をざばんとぶっかける。
「はあ……助かった……」
そう言ってその火だるまになっていた緑の髪の妖怪、リグル・ナイトバグはほっとしたように息をつく。
「あんたね。昨日も一昨日も同じことやってたじゃない。いい加減学習しなさいよ!」
「うう、だってぇ……」
私の少しきつめの物言いのせいか、彼女は思わず涙目になる。
「だってぇ……習性には逆らえないのよー」
彼女は虫の妖怪。虫には二つのタイプがいる。光に集まるタイプと、光から遠ざかるタイプだ。彼女は前者で、それで光につれられて炎の中へとインしてしまうのだ。と、昨日、彼女が教えてくれた。ちなみに後者はというと……ま、今、それをあえて言う必要はないか。
「迷惑なのよ。人がせっかく夕涼みしてたところで毎回そんな断末魔聞かされるのは」
「……うう、ごめんなさい」
と、リグルは私に頭を下げる。素直なのはいいことだ。
「まったく。毎回毎回、こんなことされるとたまったもんじゃないわよ。何か対策しないといけないわね」
とは言ったものの、どうすればいいのか。まさか灯りをつけない訳にもいかないし。
「って言うか、そもそもなんで私のとこばかり来るのよ。灯りなら他の家にもあるでしょうに」
「あなたの神社の境内が明るすぎるのよ」
「え……そうなの?」
「そうよ。だって妖怪の山からもわかるくらいだもの。あ、あそこが神社だ。って」
確かに神社の境内は広いから、松明を気持ち多めに立ててはあるけど、まさかそこまでだったとは。
「……うーん。だって、明るい方が安心できるのよねー。暗いとなんか不安なのよ。ほら、例えば怖い怪物とかやってきて、神社とか壊されたりしたら困るでしょ? 私って、か弱い巫女だから」
「……どこがよ。そんなのあなたの力ならイチコロでしょうに」
「何か言った……?」
「いやいや、ただの独り言です!」
と、リグルは露骨に慌てた表情を見せる。
……まったく、こいつ今度変なこと言ったら退治してやろうかしら。ま、退治したところできっとまたやってくるんでしょうけど。虫だけあってしぶとさばかりは随一だ。
「とにかく私は灯りを減らすつもりはないわ。だからあなたの方でなんとかしなさいよ!」
「そんな! どうすればいいってのよー!?」
「うーん。そうね……。やっぱこういうのは体に教えこむのが一番かしらね」
「なんかさらりと怖い発言出たんだけど!?」
と、いうわけで私は、唖然としているリグルの目の前でたき火をたく。ゆらゆらと燃える炎は周りの松明より明るい。
「この炎を見つめて飛び込むのを我慢しなさい」
「う……!」
「だめよ。こんなのに飛び込んだら服が火事になるくらいじゃすまないわよ」
「う、う、う……!!」
リグルは火を見つめながら耐えている。
私はせっかくだから、たき火の火で魔理沙からもらった肉を焼くことにした。ずっとジャガイモ生活だったから嬉しい。スイカといい、あいつには感謝しないと。あ、そうだ。今度はカボチャでももらおうかしら。そんなことを思いながら焼き上がった肉を食べていたそのときだ。
「お、なんかいい匂いすると思ったら、面白そうなことやってるじゃないか」
噂をすればなんとやら、声の方に振り向くと霧雨魔理沙の姿。肉の焼ける匂いにつられてやってきたらしい。こいつ、行動がリグルと大差ないわ。
「全然面白くなんかないわよ……ねえ、ちょっと聞いてよ」
私は魔理沙に事情を説明した。
「へえ……なるほどな。それでこいつは今、火に飛び込むのを我慢してるって訳か?」
「そういうこと」
リグルは体中を震わせながら火を見つめ続けている。どうやら必死で灯りに飛び込みたい本能と戦っているらしい。しばらくそのまま様子を見ていると、やがて彼女が放心状態でうめく。
「あああ、もう……」
「ん……?」
「ああ……っ! もうダメぇ……っ!!」
「あ、こら!? 我慢しなさいって! あ!!」
私が止めるまもなく彼女は、たき火の中に身を投げ入れてしまう。
「ああぁ! 明るいー……っ! ……んぎゃあああああああああああー!!」
案の定、火だるまで転げ回る彼女。
「こりゃまた、大きなねずみ花火だな!」
「あーもうっ! のんきなこと言ってないで、そこのバケツ取って!」
「ほいきた!」
燃えさかるリグルにバケツで水をぶっかけると、辺りは一瞬で真っ暗に。
「って、ちょっと、なんで暗いのよ!? 何も見えないんだけど! 灯りは!?」
すると魔理沙が思い出したように手をポンッとたたく。
「あ、忘れてた! すっかり忘れていたが、熱かったから、松明消しちまったんだったぜ!」
「えぇ!?」
なんてことをしてくれたんだ。こいつ。
「いやー。たき火の火で十分明るかったしな。後でつけ直そうと思ってたんだが。すっかり忘れてたぜ。スマン」
「スマンですんだら閻魔はいらないのよ!?」
「そんじゃ夜も遅いし、そろそろお暇するとするか! 邪魔したな!」
「あ、待って! せめて松明つけてってよ!?」
都合が悪いとみるや、魔理沙はとっとと帰ってしまった。もう、あいつ出禁にしてやろうか。
「……うう……あ、あれ? 明るくない……」
リグルが目覚めたらしい。
「わあ! 真っ暗! やったーこれなら自由に動ける! ありがとう! それじゃ、さようなら!」
言うだけ言って、彼女もどこかに飛んでいってしまった。
「あ、ちょっ!? もう、私一人になっちゃったじゃないのよ!? もう!」
仕方ないから自分で松明をつけに行こうとした、その時。
背後で何やら「シューーー」という音が聞こえたような気がした。
「!?」
振り向くと、暗闇の中に緑色の何かがいるのが見えた。その時、私は次に起きることをなんとなく察知した。
ドォーーーーーーーーーーーーーーーーーン!
案の定、神社とともに私は吹っ飛ぶ。爆風に巻き込まれながら私は「爆発オチだなんて最低だわ」と思った。