「ねえ、魔理沙?」
「どうしたんだ霊夢。ゴミを見るような目で、私を見つめて?」
「ここ、私の家なんだけど」
「もちろん知ってるぜ」
魔理沙はコクリッと頷く。
「この部屋、私の部屋なんだけど」
「それも知ってるぜ」
「だとしたらおかしくない?」
「何がおかしいんだ?」
何もピンと来ていない様子の魔理沙。それを見た霊夢は、少しばかり感情的に話す。
「なんで客のあんたが、私の部屋で寝て、私が外で寝て過ごさないといけないのよ! 客は客らしく、客室で寝なさいよ!」
「別に私は一緒に寝ても、構わないんだぜ? それに、霊夢が勝手に行動しているだけだろ?」
「当たり前でしょ! こんなゴミまみれの部屋で、一緒に寝れるわけないでしょ! 死んでもお断りよ!」
魔理沙の一言が、霊夢の何かに火をつけた。
「てか、よく人の部屋をゴミまみれにできるわね。昨日までは足の踏み場がまだあったはずなのに、ゴミが倍以上増えてるし。あんた、普段からどんな生活を送ってるのよ!」
「ゴミまみれとは失礼だな。宝の山と言ってくれ」
自信満々の笑みで答える魔理沙。
「はは、その性格が原因だわ」
魔理沙の言葉に呆れて、もはや苦笑いをするしかない霊夢。
「あんたって本当にだらしないわね」
「おい霊夢、ゴミのことを悪く言うのはいいが、私の事を悪く言うな!」
「どこでキレてんのよ。てか、ゴミって認めてるじゃない……さっきは宝の山とか言ってたのに……」
頭を抱える霊夢。
「もう、いつまで居候するつもりなの……?」
「おいおい、ここは魔理沙ちゃんのお家だぜっ!」
「あんたシバき倒すわよ」
殺意を隠しきれない様子の霊夢。これにはさすがの魔理沙も、命の危機を感じた。
「仕方ないだろ? 新しい魔法の研究をしてたら、いきなり家が吹っ飛ぶんだからさ」
「その威力の爆発に耐えられたのが、不思議だわ」
「スーパー魔理沙ちゃんで、無敵になってたからな!」
「……それはちょっと分らないけど」
意味が分からない発言に、困る霊夢。その場の雰囲気を変えるように、ピンポンッとチャイムの音が鳴った。
「ん? なんの音だ?」
聞き覚えのない音に、疑問を抱く魔理沙。
「チャイムの音よ」
「チャイム?」
「誰かが訪問して来たときに鳴らす、鐘のことよ。他の所だと、すでに付いているんだけど……うちにはなかったから、霖之助さんが取り付けてくれたのよ」
「へー、そうなのかー」
「あんたって、もの知らずね。森に引きこもってばかりいると、そのうち忘れ去られちゃうんじゃない?」
軽く魔理沙を冷やかす霊夢。
「てか、私が来たときには何もなかったぞ!」
「庭から入って来るからよ。玄関から入りなさいよ、玄関から!」
霊夢が襖を開けようと、手を掛けた瞬間、思いっきり襖が左右に開く。
「やっほー! 霊夢ー!」
その先には、吸血鬼……フランドール・スカーレットの姿があった。
「あら、フランじゃない」
「あれ? 魔理沙も来てたんだ!」
「おう、そうなんだぜ!」
「あんたは居候してるだけでしょ!」
魔理沙のボケに、すかさずツッコミ入れる霊夢。
「というか珍しいわね。真っ昼間から吸血鬼がうちに来るなんて」
「こっちに来てから時差ボケしちゃって……今ではすっかり人間と同じ生活を送ってるよっ! あと、パチュリーに日が当たらない魔法をかけて貰って、自由に幻想郷を散歩してるんだよっ!」
「便利な魔法もあるんだな。私も日焼けは勘弁なんだぜ」
「それよりね、今日は話があって来たんだっ!」
軽く跳ね上がるフラン。余程嬉しいことでもあったのだろうか。
「話? なにかしら?」
「実はねっ! 今度、お姉さまが夏祭りを開くんだっ! だからねだからね、霊夢たちも遊びに来てよっ!」
実に嬉しそうに話すフラン。それだけ、夏祭りが楽しみなのだろう。
「最近暑いもんな」
「分かったわ、お誘いありがとう。詳しい日時などが決まったら、また教えて頂戴」
「うんっ! じゃあまたねっ!」
すると、フランは勢いよく庭に飛び出し、翼を広げ空に飛びだった。
「庭から帰るんだな」
「ちょっと変わってるのよ」
その様子を見送る、霊夢と魔理沙。
「あ、そうだ。魔理沙と話してる暇は無いんだ」
「何か用でもあるのか?」
「掃除よ、掃除」
霊夢は、玄関に立てかけてある、魔理沙のほうきを取り外に出た。
「……しっかし、今日は一段と日差しが強いわね」
だが、外に出るなり、僅か五分ほどで愚痴が出てしまう。
「巫女の仕事も楽じゃないわ……てか、よく考えたら私が掃除をする必要ないわよね? 居候してる魔理沙にでも、やらせればいいんだわ」
我ながらいい提案だと思う霊夢。
霊夢がさっさと家に戻ろうとすると、頭上を通ったカラスが、何かを落として行った。
「ん? 手紙……私宛だけど、送り主の名前が書いてないわね」
「おーい、霊夢霊夢」
後ろから声を掛けられ、誰かと思い振り向く。
「……何よ魔理沙。掃除でも変わってくれるのかしら?」
「腹が減った」
「今すぐにでも、ここから退去させることができるわよ?」
あまりにも自由過ぎる魔理沙に、堪忍袋の緒が切れそうになる霊夢。
「それだけは勘弁してくれ」
「はぁ……お腹が空いたって言われてもね。今は何もないのよ」
「仕方が無いな、貧しくて可愛そうな霊夢のために、この魔理沙ちゃんがキノコでも採ってくるぜ!」
「出来れば山菜も採って来て頂戴。あと一言多いわよ?」
「めんどくさいな」
「住まわせてあげてるんだから、文句を言わないの」
「……分かったよ。じゃあ、ちょっくら行ってくるわ」
渋々、要件を承諾する魔理沙。
魔理沙は、霊夢の持っていたほうきには、何も触れずに、森の中へと姿を消した。
「全く……世話が焼けるんだから」
面倒なことはあるが、以外にも満更ではない様子。
「あ、そうだ! 手紙手紙……」
忘れかけていた洋封筒を開け、中に入っている手紙を確認した。その内容は――、
「何よこれ、真っ白じゃない!」
何も書かれていない、綺麗な紙が一枚だけ、同封されていた。
「誰かは分からないけど、悪質ないたずらよね。どうにかして犯人を突き止めて、殴……いや説教をしてあげないとっ」
「巫女が物騒なこと言ってるんじゃないわよ」
先の見えない階段下から、声が聞こえた。
徐々に石段を上がる音が大きくなり、声の持ち主である、姿も露になる。
「全くもう、そんなんだから参拝客が来ないのよ」
完全に石段を上がり、その姿を霊夢はハッキリと捉える。
「私のせいじゃないわよ。全て守矢のせいよ」
「そう言う所よ」
彼女の名前はアリス・マーガトロイド、霊夢の友人である。
「それで? 要件は何かしら。参拝なら大歓迎よ」
「残念だけど、今は持ち合わせがないのよ。ごめんなさいね」
「冷やかしなら、さっさと帰りなさいよ」
「……私じゃなかったら、怒りを買ってるわよ」
細めで霊夢を見つめるアリス。
「それでね、要件なんだけど……さっきフランがうちに来て――」
「夏祭りのお誘いでしょ? フランなら、うちにも来たわよ」
「あらそうだったの」
「まさかあの子……知り合い全員に声をかけるつもりなのかしら?」
「流石にそれはないと思うわ。しっかりとした姉がいるんだし、招待状を用意してるんじゃない?」
「まあ、レミリアと咲夜のことだし……私には何の関係もないから良いんだけど」
「本当は心配してるくせに」
「べ、別に心配とかしてないわよ!」
アリスから目をそらす霊夢。
「そ、そうだ! せっかくだし上がって行ったらどう? 今日は日差しが強いでしょ?」
「そうね、せっかくだしお言葉に甘えるわ」
機嫌よく霊夢の誘いに乗るアリス。二人は室内へと、足を運んだ。
持っていたほうきは再び玄関に立てかける。
「さあ、上がって頂戴!」
「おじゃましまーす……て、なんでコタツがまだ出てるのよ!?」
「だってほら、しまうのめんどうだし……それにミカンは夏ミカンよ?」
「何処にこだわってるのよ……本当にだらしないわね」
はあ、とため息をつくアリス。
「あは、あはは」
魔理沙にも同じ様な事言ったが、人に言えたもんじゃないと思う霊夢。その笑いは、人生で一番下手な笑いだった。
「えっと、麦茶でもいいかしら?」
「ええ、構わないわよ。ありがとう」
返事をもらうと台所に行き、湯吞を取り出し、冷たい麦茶を注ぐ。
「そう言えば、魔理沙の姿が見えないけど? もう退去でもしたのかしら?」
「魔理沙なら、森へキノコと山菜を採りに行ってるわ」
「……魔理沙って、キノコの知識はあるけど、山菜の種類とか分かるのかしら? 間違えて雑草でも採って来るんじゃない?」
「普段から森に行って、キノコを採って食べるんだし、山菜なら山ほど見てきてるでしょ。大丈夫よ」
霊夢は麦茶の入った湯吞を、アリスの前に置いた。
「そうだといいけどね」
アリスはそれを手に取り、麦茶を啜る。
「あら美味しい」
◇◇◇
一歩で、魔理沙はと言うと――、
「お! いいキノコ発見だぜ! いやー、今日はごちそうだな」
キノコ狩りを楽しんでいた。
「そういえば、霊夢に山菜を採ってこいと頼まれたが……どれが山菜だ?」
案の定、山菜に疎い魔理沙。
「とりあえず、そこらへんに生えてる草でも採って行くか」
魔理沙は雑草を持ち帰ることにした。
◇◇◇
しばらくすると、外出していた魔理沙が戻って来た。
「あら、思ったより早かったわね」
「ちゃんと山菜は採って来たのかしら?」
「お、アリスじゃないか。相変わらず暇を持て余しているんだな」
アリスの顔を見るなり、茶々を入れる魔理沙。
「別に暇じゃないわよ。今日はたまたま用事で来ただけよ」
「そんなことよりキノコと山菜を頂戴」
魔理沙の成果に期待を膨らます霊夢。
「そう焦るなって……ほら、山菜だぞ」
背負籠を下ろし、中から取り出したものを霊夢に渡す。
「ありがとう……て、ただの雑草じゃないこれ」
「何言ってるんだぜ? 山菜だろ」
霊夢は魔理沙が背負っていた籠の中を、おもむろに漁る。
「他はキノコばかりで、山菜が一つもないじゃない!」
「山菜なら、今霊夢が持っているだろ?」
「だからこれ、雑草なんだって!」
「なんだ、てっきり山菜だと思ってたんだぜ」
「ほらね霊夢、魔理沙はキノコの知識しか持ち合わせてないのよ」
「失礼だな、魔法の知識だってあるぞ!」
「だったらなんで家が爆発するのよ。まだ知識が足りていない証拠よ」
「新しい魔法の研究途中だったんだぞ……失敗はつきものだろ?」
互いを睨み合う二人。
「はいはい二人とも、言い争いはそこまで」
そこに霊夢が間に割って入り、2人を止める。
「残念だけど、魔理沙が採って来たキノコでお昼にしましょう」
「おいおい、ごちそうの間違いだろ?」
霊夢の言葉に不満を抱く魔理沙。
「アリスも一緒に食べて行きなさい。私と魔理沙だけじゃ食べきれないから」
「私に拒否権は無いのかしら……まあいいわ。丁度お腹が空いてきた頃合いだし、ありがたく頂くわ」
「それじゃあ、何か作るから、出来るまで待ってて」
霊夢は二人を置いて、台所へ向かう。
台所と茶の間は、襖一枚で仕切られているため、魔理沙とアリスは大人しく待つことにした。
「さて、腕によりをかけて作るわよ」
袖を上げ、気合を入れる。
魔理沙の採って来たキノコ、一つ一つを丁寧に洗い、汚れを落とす。
「……ん? 何かしらこれ?」
籠の中に、一つだけ他とは違った、異様な姿のキノコが混じっていた。
「こんなキノコ、さっきまであったかしら?」
身に覚えのないキノコ。形もそうだが、それよりも独特な青色をしている。流石に食べられないと判断した霊夢は、籠の中にそれを戻した。
数分待つと、香ばしい匂いが漂ってきた。
「さあ、出来たわよ」
作りたての料理を、次々とコタツの上に並べる。
「ちょっと、多すぎない?」
「これでも半分しか使ってないんだから」
「魔理沙、採りすぎよ……」
「残りは妖夢や咲夜にでも、お裾分けするわ」
「(押しつけの間違いじゃ……)」
思ったことを、口に出してはならないと感じたアリス。
「私は毎日キノコでも構わないぜ」
「偏りすぎでしょ……と言うかあんた、変なキノコまで採ってこないでよ」
「何のことだ? 私は一般的に食べられているキノコしか採ってきてないぞ」
「噓よ、真っ青なキノコが一緒に入ってたわ」
「そんなの、採った覚えも見た覚えもないぞ」
話に埒が明かない。
「……まあいいわ。あとで確認して頂戴」
仕方なく、霊夢が折れることにした。
「それじゃあ、いただきましょう」
「私はこのデカいキノコをもらうぜ!」
真っ先に魔理沙が大物に食らいつく。
「ちょっと、それ私が食べようとしてたんだけど!?」
「何言いてるんだアリス、早い者勝ちだろ?」
「麦茶のおかわりなら、いくらでもあるわよ」
三人は仲良く、楽しいひと時を過ごした。
まるで昔に戻ったかのように、無邪気で、小さなことで揉めて、それも忘れるくらい笑顔が絶えなかった。
三十分もすれば、料理全てを完食していた。
「ふう、食べた食べた」
畳の上で横になる魔理沙。
「行儀が悪いわよ……それにしても、キノコだけで色んな料理ができるのね」
「私の腕を舐めないで頂戴」
自身気に胸を張る霊夢。決して胸がさほどあるわけではないが。
「いったいどこで覚えてきたのかしら?」
鋭い勘で、探りを入れるアリス。流石、付き合いが長いだけはある。
「……妖夢に教えて貰たのよ。いつだったかしら?」
妙なことに、教えてもらった記憶はあるが、それがいつの出来事だったのか、全く思い出せない。
「私も今度、妖夢に聞いて教えてもらおうかしら」
「アリスは料理が苦手だもんな」
何か気に障るような事を言わないと、居ても立っても居られない魔理沙。
「苦手じゃないですー。手が傷だらけで、中々料理が出来ないだけだから。というか、魔理沙は料理出来るのかしら?」
「私だってできるぞ? キノコ焼いたり魚焼いたり、野菜焼いたり……」
「焼いてばかりね」
「火を通せば立派な料理だろ」
魔理沙の発言に呆れた顔をする二人。
「あっそろそろ、おいとまするわ」
「もう少しゆっくりしていけば?」
「ごめんさない、このあと予定があるの。それと、さっき言ってたキノコ、見せてもらってもいいかしら?」
「ええ、別に構わないわよ」
霊夢はキノコが置いてある、外へ案内する。
「ほら、これよ」
例のキノコをアリスに確認させる。
「……食べなくて正解よ。これは毒キノコね」
「やっぱり? 見た目からしてそうよね……全く、魔理沙ったらとんでもないものを採ってきたわね」
「そんな簡単な話で済むものではないわ。前に図鑑で見たことがあるの……とても珍しく、強力な毒を持つキノコね
「ちょっと待って、なんでそんな話をするの?」
「薄々気づいているんじゃない? そのキノコがこれよ」
「あのキノコバカが、これを?」
「……おかしいと思わない? あのキノコバカに限って、こんな危ないものを採って来るとは思えないわ」
「そうよ、ね」
「それに――」
◇◇◇
「あんた、変なキノコまで採ってこないでよ」
「何のことだ? 私は一般的に食べられているキノコしか採ってきてないぞ」
「噓よ、真っ青なキノコが一緒に入ってたわ」
「そんなの、採った覚えも見た覚えもないぞ」
◇◇◇
「あの時、魔理沙はそう言っていたわ」
「じゃあ、いったい誰がこのキノコを?」
「それは分からないけど……」
アリスは息を飲んで、重い口を開いた。
「誰かが命を狙っていることは確かね」
「そう言われても……恨みを買った覚えなんて無いんだけど?」
「霊夢は無意識のうちに、恨みを買っているんだから。それに、あなたは博麗の巫女でしょ?」
「宿命ってやつね」
「……もしかすると、対象は霊夢ではなく……彼女、霧雨魔理沙の方なのかもね」
その場に戦慄が走った。正体不明の相手から、命を狙われている現実。
「分かったわ。常に警戒しておくわ」
「くれぐれも気をつけてね。それじゃ」
会話の後、アリスはその場を去って行った。
……あれから数日、特に異変も無く、ただ同じ日々を過ごしていた。三日後には、レミリアからの正式な招待状が届き、その二日後には夏祭り当日。誰もが、あの事件も忘れかけていた祭り当日の事……。
「おい見ろよ霊夢、妖怪がわんさかいるぞ!」
「……」
「あら、浮かない顔してどうしたのかしら?」
目を細め、完全に脱力状態の霊夢。
「どうしたも、こうしたも……なんでうちの前で開催するのよ!」
「別にいいじゃないか? 歩いて二分くらいだぞ?」
「良くないわよ! これじゃあ、妖怪を恐れて参拝客が来ないのよ! むしろ変な噂で減ったらどうすんのよ!」
ものすごい険悪で、話す霊夢。
「私に言われても困るんだぜ」
「一旦落ち着いたらどうなの?」
「あの吸血鬼……何を考えているのかしら? これは宣戦布告と捉えてもいいのかしら?」
今にでも手が出そうな様子の霊夢。
「なあなあ、そんなことより早く屋台を回ろうぜ? 全部、幽々子の胃の中になっちまうぞ!」
「私はいいから、あんたは先に行ったら? 楽しみにしてたんでしょ?」
「霊夢……魔理沙はもう、行っちゃったわよ」
先ほどまで隣にいたはずの魔理沙の姿は、いつの間にか見えなくなっていた。
「私たちも行きましょう」
「見回り程度ならいいわよ」
アリスと霊夢が歩き出すと、対面に人が歩いてきた。
「おや? 霊夢さんとアリスさんではないですか」
腰には二本の刀、髪にはリボンのカチューシャ、そして隣は魂が着いている。
「妖夢……あんた一人なの?」
「実は幽々子様を見失ってしまい……」
「幽々子なら、入口付近で見かけたわよ?」
「本当ですか!? ありがとうございます、アリスさん!」
情報を聞き入れると、颯爽にその場から離れる妖夢。
「ほんっと、騒がしい連中よね」
「私たちも他人事は言えないけど……」
「……」
口を固くする霊夢。その表情は無である。
◇◇◇
「ねえ咲夜?」
「はい、なんでしょう」
「美しいと思わない? 私たちが望んでいた理想郷とは違うけど、これが幻想郷のあるべき姿なのかもね」
「そうですね、お嬢様」
祭りの様子を一望できる所から、静かに見守るレミリアと咲夜。
「そういえば、フランの姿が見えないけど?」
「妹様は、美鈴と一緒に祭りの方へ出向いておられます」
「そう……あの子も随分変わったものね」
「昔よりも、笑顔を見せてくれるようになりました。もちろん、お嬢様も」
「あら? 私は変わらないわよ。今も昔も……」
空一面に広がる星が、まるでこちらを見ている様に感じた。
「……」
「どうしたの霊夢? 星空なんか眺めて」
「なーんか、嫌な予感がするのよねえ」
「やめてよ、縁起でもない……」
一方で魔理沙は屋台を片っ端から回っていた。
「みすちー、八目鰻を三本くれ!」
「しょ、少々お待ちを!」
ミスティアの屋台は大繁盛していた。一人で切り盛りしているのもあり、圧倒的な人手不足に追い込まれていた。
「……なー、まだかー?」
誰もが平和な日々を過ごせると思い込んでいた。しかし、当然として終わりを迎えることになる。
ドカンッ! 魔理沙の付近で、大きな爆発音が、その場全体に響いた。
「な、なんだ?!」
それを目撃したのは、魔理沙だけではなかった。
「! 今の爆発は!?」
「大変よ霊夢! あそこから煙が見えるわ」
「私は先に行くから!」
「分かったわ」
同時に霊夢とアリス、そしてもう一組――、
「大変よ咲夜、私たちも様子を見に行くわ!」
「わかりました、お嬢様」
咲夜はレミリアの手を掴み、能力で近くまで足を運ぶ。しかし、思わぬ足止めを食らうことになった。
「……どうしたの咲夜?」
「これ以上先に、進めないんです。結界の様なものが張ってあり、はじかれてしまいます。それと……どうやら今いるこの場所にも、仕掛けがあるみたいです」
遠くから様子を伺っていたレミリアと咲夜は、現場の半径一キロ圏内の結界により、それ以上先には進めなかった。反対に、その中にいた霊夢とアリス、魔理沙は別だった。真っ先に現場に着いたのは魔理沙、そして霊夢、アリスの順だった。
「魔理沙? なんでここに居るのよ?」
「近くにみすちーの屋台があるんだ。丁度その時、大きな音がしたから来てみたんだ。それより、見てくれよこれ」
魔理沙が指を差した場所が、黒く焦げていた。だが、その場所は屋台があるすぐ後ろ……つまりこれは。
「事故ってわけじゃなさそうね」
「……これって、爆弾の跡よね? 原始的すぎないかしら?」
「なんにせよ、これは黙って見過ごせないわ!」
「……! おい霊夢! 今人影が!」
「なんですって!?」
「こっちに逃げたぞ! ついてきてくれ!」
霊夢とアリスが、魔理沙の後ろを追う。
薄暗い森の、道なき道を進む。しばらくすると、出口らしき明かりが見えた。
「! これは……」
「いったいどういうことなの?」
そこは妙に円形に開けた場所だった。月明かりが霊夢とアリスを照らす。
「ねえ魔理沙、本当にこっちにきたの?」
「……」
「魔理沙、聞いてるの?」
霊夢が魔理沙に話しかけるが、返事をしない。
「魔理沙ってば――」
「待って!」
霊夢が魔理沙の肩に触れようとするが、アリスがそれを止める。
「どうしたのよアリス?」
「様子がおかしいわ……あなた、本当に魔理沙なの?」
「……ハハハ。何いってるんだぜ? 私は私なのぜ」
「そうよアリス、いくらキノコバカだからってそんな――」
「危ない!」
霊夢が一歩踏み出した瞬間だった。その場が光、一瞬にして爆発が起きた。
「……霊夢、大丈夫?」
「ええ、ありがとう」
間一髪のところで、アリスが霊夢に飛びかかり、未然に防げた。
「ちょっと魔理沙! どういうつもりなの!?」
「チッ! 悪運の良い巫女だな」
暴言を吐くと、体を宙に浮かし、こちらを見下ろす魔理沙。
「あなた、誰なの?」
霊夢が魔理沙に問いかける。
「気づくのが遅いよお。ボクの名前は玄鳴封倫(くろなふうりん)、よろしくなんだぜ」
「魔理沙の身体なのに、人格は別人ね……」
「聞いたことの無い名前だけど……あなた、どこから来たの?」
「ボクに故郷など存在しない。記憶なんて昔に捨てたわ」
「ねえ、単刀直入に聞くけど、その本体を返してくれないかしら?」
「残念だけど、無理な話だよ。そもそも、この肉体はオリジナルではないからね」
話の先が全く見えない二人。
「君たちに教えてあげようか? ボクの能力を」
「どうするの霊夢?」
「聞くだけ、聞いてみましょう」
「ボクの能力……そう、それは複製(クローン)を作り、複製を操る程度の能力!」
「複製? アリスの能力に似てるわね」
「一緒にしないでよ!」
霊夢を睨みつけるアリス。
「冗談よ冗談……つまり、その体は偽物ってことでいいのね?」
「偽物? だったら見せてあげるよ、この力が偽物かどうかってことを!!」
「!」
次の瞬間、偽物の背後には無数の魔法陣が現れた。
「来るわよアリス」
「分かってるわ」
「さあ、さあ! これがボクの最高傑作だ!!」
魔法陣からは、おびただしい数の弾幕が、二人に襲い掛かる。なんとか交わすのが精いっぱい。それに続いて不定期に放たれる、光線。それに違和感を覚える。
「ちょっと、あれって!」
「魔理沙のマスタースパークに似てるわね、でも」
「威力、速さ、数が本物を上回っているわ」
疑問が集中力を妨げる。
「見たね? 見たよね! これがボクの能力の力、強さなんだよ! 複製(クローン)とは、オリジナルと全く同じ性質を持つ物体……つまり、オリジナルが持つ能力はそのまま引き継がれ、ボクも使うことができるっ!」
「何よ、そのふざけた能力!」
「空を飛べる誰かさんとは、違うわね」
「うるさいわよ!」
「あー怖い怖い」
一ミリも恐怖を感じない様子のアリス。
「ねえ、人形を盾に出来ないの?」
「やめてよ! 可哀想でしょ!」
「(だったら持ってこないでよ)」
相手の攻撃が止むことはなく、いつまでも攻撃を交わしていられない……体力にも限界がある。
「あぁ、これが魔法ぉ……なんて素晴らしいんだぁ……」
「すごい執着心ね……」
「ねえ霊夢、気になってることがあるんだけど」
互いに攻撃をカバーし合う。
「手短いにしてよ」
「……彼女の本体はどこにあると思う? さっきまでの話だと、彼女は複製を操作してるのよね?」
「そうね。だとすると遠隔操作、もしくは――」
「――分かったわ。その代わり、ちゃんと足止めしてよね?」
「任せなさい! 後は頼んだわよ、アリス」
意思疎通する霊夢とアリス。
「アハハ! この力があれば、幻想郷を……いや次元までも支配できる! 全てを手に入れられるんだ!」
「あんたの野望何て、実現することは無いわ」
「は? ただの巫女風情が、何を言ってるの?」
「ただの巫女じゃないわ……博麗の巫女、博麗霊夢よ!」
圧倒的な威圧に押される玄鳴。
「調子に乗るなよ……力ではボクの方が上なんだぞ!」
無数の弾幕による攻撃が一瞬だけ止まった。それを霊夢は見逃すはずはない。
「今よ、アリス!」
「ここね!」
「! いつの間に背後へ?!」
アリスの手には、あの紙があった。それを玄鳴の背中に張り付ける。すると、何も書かれていないはずの紙に、魔法陣が現れる。
「これって……」
「それは特殊な魔法なの。本体と意識を分離させる、魔理沙が作った魔法よ!」
「なっなんで! こんな、もの、が……」
空中にいた玄鳴は、そのまま地上へと落下した。
「お手柄よ、アリス!」
「……どうして、こんなものがあるの?」
「魔理沙が届けてくれたのよ。恐らくだけど、本体の魔理沙は何処かに監禁されていると思う」
「でも、魔理沙なら魔法で抜け出せるんじゃない?」
「いいや。何か仕掛けがあるのよ……玄鳴に近づくたびに、やたら背後を気にして距離を取っていたわ。それに、ここだけ妙に切り開いてあるのも不自然」
霊夢の勘は鋭く、予想は的中。
「ちょっと待って、最初からその紙が重要って分かっていたのよね?」
「そうだけど?」
「じゃあ、いつから偽物の魔理沙だって気づいていたの?」
「……三日前?」
その答えを聞いて、漠然とするアリス。
「だったらなんで、もっと早く退治しなかったのよ!」
「それは、確信が無かったし、異変も起きていなかったからよ」
玄鳴を置き去りにして、二人で言い争う。
「おい、ボクを無視するな!」
ついに異変の張本人である、玄鳴封倫の姿が露になった。
「あら、想像と違って可愛らしいじゃない」
「本当ね、お人形さんみたいだわ」
玄鳴封倫、白髪のロングヘアーで瞳は青色。肌は白く、背も低い。名前からは全く想像できない容姿であった。
「ボクの事を人形扱いするな!」
「まさか、正体が人間だったとわね。驚いたわあ」
「うるさいうるさい! どれだけ、ボクをコケにすれば気が済むんだ!」
「別にそんなつもりは――」
霊夢の話を遮るように、攻撃を放つ。
「危ないわね。人が話している最中でしょ?」
玄鳴封倫の攻撃を余裕で交わす。それもそのはず、先ほどとは大幅に力が弱いのだ。彼女自身の戦闘力はお世辞でも高いとは言えない。そこらへんの妖怪の方が上だろう。
「不思議ね、これほどまで力がないのに、あの魔理沙相手に勝てるとは思えないわ」
「これは魔理沙本人にも、話を聞く必要があるみたいね」
面倒事が増え、ため息を着く霊夢。
「だからっ! ボクを無視するなって言――」
「分かったから……とりあえず眠ってなさい」
すると霊夢は、玄鳴封倫目掛けて、一点集中。
「ま、待って待って……嘘だよね?」
「霊符、夢想封印!」
「!」
相手の同情など、微塵も感じない霊夢。
「ほんっと、容赦ないわね。完全に伸び来てるわよ?」
「放っておきなさい。あとで回収すればいいんだから……それより、ついてこないと置いていくわよ?」
「えっどこに行く気なの?」
「もちろん、魔理沙の所よ」
◇◇◇
「……流石に退屈だよなあ。外にも出れなければ、必要な薬草だったり生贄も収集できないんだもんな」
ドンッ! 大きな物音が、部屋中に響き渡る。
「な、なんだ?」
「見つけたわよ、魔理沙」
「れ、霊夢!? それに、アリスまで……どうしてここが分かったんだ?」
「単純な仕掛けよ。最初、魔理沙の家が爆発で跡形も無く、消えたように見えたけど。実はただのカモフラージュ。目に見えないだけで、実際家はその場に残っている」
「私たちは、まんまと魔理沙にやられたってことね」
「……全部バレたんだな」
「一から十まで、説明してもらうわよ」
「始まりは、一週間前のことだ――」
◇◇◇
さかのぼる事、一週間前……。
私は、いつものように森で研究に必要な素材を、集めていたんだ。
「おっ! このキノコは中々の大物だぞ……ん? なんだこれ」
道端に地図の様な紙切れが落ちていた。見る限り、このあたりに宝が埋まっていると示されている。
もちろん、いたずらだと思ったぜ?
「宝の地図だ! これがあれば、一攫千金間違いなしだぜ!」
もしかしたら何かの異変かもしれないと思って、その地図を頼りに、穴を掘ったんだ。
「誰かに見られる前に、早く掘り当てないと……特に霊夢なんかに見つかったら、面倒だからな」
三メートルくらい掘ると、硬い何かに当たったんだ。
「お、宝か?」
それを確認すると、見たことの無いカプセルが出てきたんだ。丁度、霊夢くらいの大きさのな。
「なんだこれ? カッパたちが造った物か?」
流石に未知の物には、一切触れていないぜ? 何が起こるか分からないからな。
「すっげえな……所々光ってるし、ボタンみたいなのがあちこちについてるぞ。とりあえず、押してみるか」
だけど、急に何かが作動して、大量の煙が私を襲ったんだ。
「な、なんだこの煙は? やっぱり、押さない方が良かったか……あれ、なんか、意識が……」
私は意識が飛んで、気がつくと自分の家にいたんだ。体は拘束されていて、身動きがとれない状態だった。
「いったい、どうなってるんだ?」
「目が覚めたんだね……」
そして、あいつが私の前に現れた。
「誰だお前!」
「ボクの名前は玄鳴封倫。永い眠りから起こしてくれて、ありがとう」
「……お前可愛いな」
「可愛いって言うな! 自分の立場を考えて発言してよ……」
「なあ、玄鳴封倫って言ったか? 幻想郷じゃ見ない顔だけど、どっから来たんだ?」
「知らないよ。記憶なんて、何もないから」
「……私を拘束して、どうするつもりなんだ?」
「人質。ボクのために、君には人質になってもらう」
「ほおう、この私が誰か知ってるのか?」
「何、急に?」
「天才魔法使いの、霧雨魔理沙さんだぜ!」
次の瞬間、あたり一面に煙が発生する。視界は一瞬にして見えなくなった。
「な、何よこれ……ケホッケホッ」
「運が悪かったな、今回はこの私が異変解決だぜ!」
魔理沙は八卦炉を、玄鳴封倫の目の前に向ける。
「! いつのまに縄を!?」
「こんなの朝飯前だからな。さあ観念するんだな」
「ま、待って! なんでも言う事を聞くから! お願い、助けて!」
玄鳴封倫は両手を上げて、降伏する。あまりにもあっけないので、呆然とする魔理沙。
◇◇◇
「ちょっと待って、異変解決しちゃってるじゃない?」
「アリスは話についてこれてるか?」
「馬鹿にしないでよ、理解してるわ」
「実は、この話には続きがあるんだ」
◇◇◇
「なあ、お前は能力とか使えるのか?」
「……ボクの能力は、複製(クローン)を作り、複製を操る程度だけど……」
「面白そうな能力だな! よしっ! いっちょ霊夢に仕掛けてみるか!」
「霊夢?」
「そう……博麗の巫女、博麗霊夢。あいつは手強いぞ、ラスボス級だからな」
「どうすればいいの?」
「簡単な話さ、お前が私に成りすませばいいんだ」
◇◇◇
「と、いうことだ」
「あんたが全ての黒幕じゃない!」
「そう、怒鳴ることないだろ? あつは情緒があやふやだから、解決策に手紙を送ってやったんだからな?」
「黒幕が言うセリフじゃないわよ」
呆れた顔で魔理沙を見つめるアリス。
「こっちは散々だったんだから……あとで死なない程度にお仕置きね。お灸をすえてあげるわ」
不気味な笑みを浮かべる霊夢。
「それにしても、良く結界なんて作れたわね」
「私も驚いたわー、魔理沙にしては良く出来てるわ」
「結界? そんなもん私は作っちゃいないぜ?」
「え? じゃあ誰が結界を張ったのよ?」
「……」
「霊夢? どうしたの?」
「心当たりがあるわ……一人だけ……」
何は後もあれ、異変解決。このスクープを逃さず、記事に残す者も少なくはなかった。
◇◇◇
霊夢たちが去ったその後、玄鳴は――、
「フラン様ー、待ってくださいよー!」
「ねえ美鈴、この子伸びて倒れてるよ」
落ちていた木の枝で、玄鳴を突くフラン。
「おーい、生きてるー?」
「あっ、ダメですよーフラン様。変なものに触ってわ……もしも何かあったら、私が咲夜さんに殺されてしまいます……」
どこまでも惨めな姿を、自分から引き起こしている玄鳴封倫であった。
「……幽々子様、いつまで食べているんですか……」
「ねえ妖夢? この八目鰻、うちに持って帰ろうかしら?」
「……やめてください」
「どうしたんだ霊夢。ゴミを見るような目で、私を見つめて?」
「ここ、私の家なんだけど」
「もちろん知ってるぜ」
魔理沙はコクリッと頷く。
「この部屋、私の部屋なんだけど」
「それも知ってるぜ」
「だとしたらおかしくない?」
「何がおかしいんだ?」
何もピンと来ていない様子の魔理沙。それを見た霊夢は、少しばかり感情的に話す。
「なんで客のあんたが、私の部屋で寝て、私が外で寝て過ごさないといけないのよ! 客は客らしく、客室で寝なさいよ!」
「別に私は一緒に寝ても、構わないんだぜ? それに、霊夢が勝手に行動しているだけだろ?」
「当たり前でしょ! こんなゴミまみれの部屋で、一緒に寝れるわけないでしょ! 死んでもお断りよ!」
魔理沙の一言が、霊夢の何かに火をつけた。
「てか、よく人の部屋をゴミまみれにできるわね。昨日までは足の踏み場がまだあったはずなのに、ゴミが倍以上増えてるし。あんた、普段からどんな生活を送ってるのよ!」
「ゴミまみれとは失礼だな。宝の山と言ってくれ」
自信満々の笑みで答える魔理沙。
「はは、その性格が原因だわ」
魔理沙の言葉に呆れて、もはや苦笑いをするしかない霊夢。
「あんたって本当にだらしないわね」
「おい霊夢、ゴミのことを悪く言うのはいいが、私の事を悪く言うな!」
「どこでキレてんのよ。てか、ゴミって認めてるじゃない……さっきは宝の山とか言ってたのに……」
頭を抱える霊夢。
「もう、いつまで居候するつもりなの……?」
「おいおい、ここは魔理沙ちゃんのお家だぜっ!」
「あんたシバき倒すわよ」
殺意を隠しきれない様子の霊夢。これにはさすがの魔理沙も、命の危機を感じた。
「仕方ないだろ? 新しい魔法の研究をしてたら、いきなり家が吹っ飛ぶんだからさ」
「その威力の爆発に耐えられたのが、不思議だわ」
「スーパー魔理沙ちゃんで、無敵になってたからな!」
「……それはちょっと分らないけど」
意味が分からない発言に、困る霊夢。その場の雰囲気を変えるように、ピンポンッとチャイムの音が鳴った。
「ん? なんの音だ?」
聞き覚えのない音に、疑問を抱く魔理沙。
「チャイムの音よ」
「チャイム?」
「誰かが訪問して来たときに鳴らす、鐘のことよ。他の所だと、すでに付いているんだけど……うちにはなかったから、霖之助さんが取り付けてくれたのよ」
「へー、そうなのかー」
「あんたって、もの知らずね。森に引きこもってばかりいると、そのうち忘れ去られちゃうんじゃない?」
軽く魔理沙を冷やかす霊夢。
「てか、私が来たときには何もなかったぞ!」
「庭から入って来るからよ。玄関から入りなさいよ、玄関から!」
霊夢が襖を開けようと、手を掛けた瞬間、思いっきり襖が左右に開く。
「やっほー! 霊夢ー!」
その先には、吸血鬼……フランドール・スカーレットの姿があった。
「あら、フランじゃない」
「あれ? 魔理沙も来てたんだ!」
「おう、そうなんだぜ!」
「あんたは居候してるだけでしょ!」
魔理沙のボケに、すかさずツッコミ入れる霊夢。
「というか珍しいわね。真っ昼間から吸血鬼がうちに来るなんて」
「こっちに来てから時差ボケしちゃって……今ではすっかり人間と同じ生活を送ってるよっ! あと、パチュリーに日が当たらない魔法をかけて貰って、自由に幻想郷を散歩してるんだよっ!」
「便利な魔法もあるんだな。私も日焼けは勘弁なんだぜ」
「それよりね、今日は話があって来たんだっ!」
軽く跳ね上がるフラン。余程嬉しいことでもあったのだろうか。
「話? なにかしら?」
「実はねっ! 今度、お姉さまが夏祭りを開くんだっ! だからねだからね、霊夢たちも遊びに来てよっ!」
実に嬉しそうに話すフラン。それだけ、夏祭りが楽しみなのだろう。
「最近暑いもんな」
「分かったわ、お誘いありがとう。詳しい日時などが決まったら、また教えて頂戴」
「うんっ! じゃあまたねっ!」
すると、フランは勢いよく庭に飛び出し、翼を広げ空に飛びだった。
「庭から帰るんだな」
「ちょっと変わってるのよ」
その様子を見送る、霊夢と魔理沙。
「あ、そうだ。魔理沙と話してる暇は無いんだ」
「何か用でもあるのか?」
「掃除よ、掃除」
霊夢は、玄関に立てかけてある、魔理沙のほうきを取り外に出た。
「……しっかし、今日は一段と日差しが強いわね」
だが、外に出るなり、僅か五分ほどで愚痴が出てしまう。
「巫女の仕事も楽じゃないわ……てか、よく考えたら私が掃除をする必要ないわよね? 居候してる魔理沙にでも、やらせればいいんだわ」
我ながらいい提案だと思う霊夢。
霊夢がさっさと家に戻ろうとすると、頭上を通ったカラスが、何かを落として行った。
「ん? 手紙……私宛だけど、送り主の名前が書いてないわね」
「おーい、霊夢霊夢」
後ろから声を掛けられ、誰かと思い振り向く。
「……何よ魔理沙。掃除でも変わってくれるのかしら?」
「腹が減った」
「今すぐにでも、ここから退去させることができるわよ?」
あまりにも自由過ぎる魔理沙に、堪忍袋の緒が切れそうになる霊夢。
「それだけは勘弁してくれ」
「はぁ……お腹が空いたって言われてもね。今は何もないのよ」
「仕方が無いな、貧しくて可愛そうな霊夢のために、この魔理沙ちゃんがキノコでも採ってくるぜ!」
「出来れば山菜も採って来て頂戴。あと一言多いわよ?」
「めんどくさいな」
「住まわせてあげてるんだから、文句を言わないの」
「……分かったよ。じゃあ、ちょっくら行ってくるわ」
渋々、要件を承諾する魔理沙。
魔理沙は、霊夢の持っていたほうきには、何も触れずに、森の中へと姿を消した。
「全く……世話が焼けるんだから」
面倒なことはあるが、以外にも満更ではない様子。
「あ、そうだ! 手紙手紙……」
忘れかけていた洋封筒を開け、中に入っている手紙を確認した。その内容は――、
「何よこれ、真っ白じゃない!」
何も書かれていない、綺麗な紙が一枚だけ、同封されていた。
「誰かは分からないけど、悪質ないたずらよね。どうにかして犯人を突き止めて、殴……いや説教をしてあげないとっ」
「巫女が物騒なこと言ってるんじゃないわよ」
先の見えない階段下から、声が聞こえた。
徐々に石段を上がる音が大きくなり、声の持ち主である、姿も露になる。
「全くもう、そんなんだから参拝客が来ないのよ」
完全に石段を上がり、その姿を霊夢はハッキリと捉える。
「私のせいじゃないわよ。全て守矢のせいよ」
「そう言う所よ」
彼女の名前はアリス・マーガトロイド、霊夢の友人である。
「それで? 要件は何かしら。参拝なら大歓迎よ」
「残念だけど、今は持ち合わせがないのよ。ごめんなさいね」
「冷やかしなら、さっさと帰りなさいよ」
「……私じゃなかったら、怒りを買ってるわよ」
細めで霊夢を見つめるアリス。
「それでね、要件なんだけど……さっきフランがうちに来て――」
「夏祭りのお誘いでしょ? フランなら、うちにも来たわよ」
「あらそうだったの」
「まさかあの子……知り合い全員に声をかけるつもりなのかしら?」
「流石にそれはないと思うわ。しっかりとした姉がいるんだし、招待状を用意してるんじゃない?」
「まあ、レミリアと咲夜のことだし……私には何の関係もないから良いんだけど」
「本当は心配してるくせに」
「べ、別に心配とかしてないわよ!」
アリスから目をそらす霊夢。
「そ、そうだ! せっかくだし上がって行ったらどう? 今日は日差しが強いでしょ?」
「そうね、せっかくだしお言葉に甘えるわ」
機嫌よく霊夢の誘いに乗るアリス。二人は室内へと、足を運んだ。
持っていたほうきは再び玄関に立てかける。
「さあ、上がって頂戴!」
「おじゃましまーす……て、なんでコタツがまだ出てるのよ!?」
「だってほら、しまうのめんどうだし……それにミカンは夏ミカンよ?」
「何処にこだわってるのよ……本当にだらしないわね」
はあ、とため息をつくアリス。
「あは、あはは」
魔理沙にも同じ様な事言ったが、人に言えたもんじゃないと思う霊夢。その笑いは、人生で一番下手な笑いだった。
「えっと、麦茶でもいいかしら?」
「ええ、構わないわよ。ありがとう」
返事をもらうと台所に行き、湯吞を取り出し、冷たい麦茶を注ぐ。
「そう言えば、魔理沙の姿が見えないけど? もう退去でもしたのかしら?」
「魔理沙なら、森へキノコと山菜を採りに行ってるわ」
「……魔理沙って、キノコの知識はあるけど、山菜の種類とか分かるのかしら? 間違えて雑草でも採って来るんじゃない?」
「普段から森に行って、キノコを採って食べるんだし、山菜なら山ほど見てきてるでしょ。大丈夫よ」
霊夢は麦茶の入った湯吞を、アリスの前に置いた。
「そうだといいけどね」
アリスはそれを手に取り、麦茶を啜る。
「あら美味しい」
◇◇◇
一歩で、魔理沙はと言うと――、
「お! いいキノコ発見だぜ! いやー、今日はごちそうだな」
キノコ狩りを楽しんでいた。
「そういえば、霊夢に山菜を採ってこいと頼まれたが……どれが山菜だ?」
案の定、山菜に疎い魔理沙。
「とりあえず、そこらへんに生えてる草でも採って行くか」
魔理沙は雑草を持ち帰ることにした。
◇◇◇
しばらくすると、外出していた魔理沙が戻って来た。
「あら、思ったより早かったわね」
「ちゃんと山菜は採って来たのかしら?」
「お、アリスじゃないか。相変わらず暇を持て余しているんだな」
アリスの顔を見るなり、茶々を入れる魔理沙。
「別に暇じゃないわよ。今日はたまたま用事で来ただけよ」
「そんなことよりキノコと山菜を頂戴」
魔理沙の成果に期待を膨らます霊夢。
「そう焦るなって……ほら、山菜だぞ」
背負籠を下ろし、中から取り出したものを霊夢に渡す。
「ありがとう……て、ただの雑草じゃないこれ」
「何言ってるんだぜ? 山菜だろ」
霊夢は魔理沙が背負っていた籠の中を、おもむろに漁る。
「他はキノコばかりで、山菜が一つもないじゃない!」
「山菜なら、今霊夢が持っているだろ?」
「だからこれ、雑草なんだって!」
「なんだ、てっきり山菜だと思ってたんだぜ」
「ほらね霊夢、魔理沙はキノコの知識しか持ち合わせてないのよ」
「失礼だな、魔法の知識だってあるぞ!」
「だったらなんで家が爆発するのよ。まだ知識が足りていない証拠よ」
「新しい魔法の研究途中だったんだぞ……失敗はつきものだろ?」
互いを睨み合う二人。
「はいはい二人とも、言い争いはそこまで」
そこに霊夢が間に割って入り、2人を止める。
「残念だけど、魔理沙が採って来たキノコでお昼にしましょう」
「おいおい、ごちそうの間違いだろ?」
霊夢の言葉に不満を抱く魔理沙。
「アリスも一緒に食べて行きなさい。私と魔理沙だけじゃ食べきれないから」
「私に拒否権は無いのかしら……まあいいわ。丁度お腹が空いてきた頃合いだし、ありがたく頂くわ」
「それじゃあ、何か作るから、出来るまで待ってて」
霊夢は二人を置いて、台所へ向かう。
台所と茶の間は、襖一枚で仕切られているため、魔理沙とアリスは大人しく待つことにした。
「さて、腕によりをかけて作るわよ」
袖を上げ、気合を入れる。
魔理沙の採って来たキノコ、一つ一つを丁寧に洗い、汚れを落とす。
「……ん? 何かしらこれ?」
籠の中に、一つだけ他とは違った、異様な姿のキノコが混じっていた。
「こんなキノコ、さっきまであったかしら?」
身に覚えのないキノコ。形もそうだが、それよりも独特な青色をしている。流石に食べられないと判断した霊夢は、籠の中にそれを戻した。
数分待つと、香ばしい匂いが漂ってきた。
「さあ、出来たわよ」
作りたての料理を、次々とコタツの上に並べる。
「ちょっと、多すぎない?」
「これでも半分しか使ってないんだから」
「魔理沙、採りすぎよ……」
「残りは妖夢や咲夜にでも、お裾分けするわ」
「(押しつけの間違いじゃ……)」
思ったことを、口に出してはならないと感じたアリス。
「私は毎日キノコでも構わないぜ」
「偏りすぎでしょ……と言うかあんた、変なキノコまで採ってこないでよ」
「何のことだ? 私は一般的に食べられているキノコしか採ってきてないぞ」
「噓よ、真っ青なキノコが一緒に入ってたわ」
「そんなの、採った覚えも見た覚えもないぞ」
話に埒が明かない。
「……まあいいわ。あとで確認して頂戴」
仕方なく、霊夢が折れることにした。
「それじゃあ、いただきましょう」
「私はこのデカいキノコをもらうぜ!」
真っ先に魔理沙が大物に食らいつく。
「ちょっと、それ私が食べようとしてたんだけど!?」
「何言いてるんだアリス、早い者勝ちだろ?」
「麦茶のおかわりなら、いくらでもあるわよ」
三人は仲良く、楽しいひと時を過ごした。
まるで昔に戻ったかのように、無邪気で、小さなことで揉めて、それも忘れるくらい笑顔が絶えなかった。
三十分もすれば、料理全てを完食していた。
「ふう、食べた食べた」
畳の上で横になる魔理沙。
「行儀が悪いわよ……それにしても、キノコだけで色んな料理ができるのね」
「私の腕を舐めないで頂戴」
自身気に胸を張る霊夢。決して胸がさほどあるわけではないが。
「いったいどこで覚えてきたのかしら?」
鋭い勘で、探りを入れるアリス。流石、付き合いが長いだけはある。
「……妖夢に教えて貰たのよ。いつだったかしら?」
妙なことに、教えてもらった記憶はあるが、それがいつの出来事だったのか、全く思い出せない。
「私も今度、妖夢に聞いて教えてもらおうかしら」
「アリスは料理が苦手だもんな」
何か気に障るような事を言わないと、居ても立っても居られない魔理沙。
「苦手じゃないですー。手が傷だらけで、中々料理が出来ないだけだから。というか、魔理沙は料理出来るのかしら?」
「私だってできるぞ? キノコ焼いたり魚焼いたり、野菜焼いたり……」
「焼いてばかりね」
「火を通せば立派な料理だろ」
魔理沙の発言に呆れた顔をする二人。
「あっそろそろ、おいとまするわ」
「もう少しゆっくりしていけば?」
「ごめんさない、このあと予定があるの。それと、さっき言ってたキノコ、見せてもらってもいいかしら?」
「ええ、別に構わないわよ」
霊夢はキノコが置いてある、外へ案内する。
「ほら、これよ」
例のキノコをアリスに確認させる。
「……食べなくて正解よ。これは毒キノコね」
「やっぱり? 見た目からしてそうよね……全く、魔理沙ったらとんでもないものを採ってきたわね」
「そんな簡単な話で済むものではないわ。前に図鑑で見たことがあるの……とても珍しく、強力な毒を持つキノコね
「ちょっと待って、なんでそんな話をするの?」
「薄々気づいているんじゃない? そのキノコがこれよ」
「あのキノコバカが、これを?」
「……おかしいと思わない? あのキノコバカに限って、こんな危ないものを採って来るとは思えないわ」
「そうよ、ね」
「それに――」
◇◇◇
「あんた、変なキノコまで採ってこないでよ」
「何のことだ? 私は一般的に食べられているキノコしか採ってきてないぞ」
「噓よ、真っ青なキノコが一緒に入ってたわ」
「そんなの、採った覚えも見た覚えもないぞ」
◇◇◇
「あの時、魔理沙はそう言っていたわ」
「じゃあ、いったい誰がこのキノコを?」
「それは分からないけど……」
アリスは息を飲んで、重い口を開いた。
「誰かが命を狙っていることは確かね」
「そう言われても……恨みを買った覚えなんて無いんだけど?」
「霊夢は無意識のうちに、恨みを買っているんだから。それに、あなたは博麗の巫女でしょ?」
「宿命ってやつね」
「……もしかすると、対象は霊夢ではなく……彼女、霧雨魔理沙の方なのかもね」
その場に戦慄が走った。正体不明の相手から、命を狙われている現実。
「分かったわ。常に警戒しておくわ」
「くれぐれも気をつけてね。それじゃ」
会話の後、アリスはその場を去って行った。
……あれから数日、特に異変も無く、ただ同じ日々を過ごしていた。三日後には、レミリアからの正式な招待状が届き、その二日後には夏祭り当日。誰もが、あの事件も忘れかけていた祭り当日の事……。
「おい見ろよ霊夢、妖怪がわんさかいるぞ!」
「……」
「あら、浮かない顔してどうしたのかしら?」
目を細め、完全に脱力状態の霊夢。
「どうしたも、こうしたも……なんでうちの前で開催するのよ!」
「別にいいじゃないか? 歩いて二分くらいだぞ?」
「良くないわよ! これじゃあ、妖怪を恐れて参拝客が来ないのよ! むしろ変な噂で減ったらどうすんのよ!」
ものすごい険悪で、話す霊夢。
「私に言われても困るんだぜ」
「一旦落ち着いたらどうなの?」
「あの吸血鬼……何を考えているのかしら? これは宣戦布告と捉えてもいいのかしら?」
今にでも手が出そうな様子の霊夢。
「なあなあ、そんなことより早く屋台を回ろうぜ? 全部、幽々子の胃の中になっちまうぞ!」
「私はいいから、あんたは先に行ったら? 楽しみにしてたんでしょ?」
「霊夢……魔理沙はもう、行っちゃったわよ」
先ほどまで隣にいたはずの魔理沙の姿は、いつの間にか見えなくなっていた。
「私たちも行きましょう」
「見回り程度ならいいわよ」
アリスと霊夢が歩き出すと、対面に人が歩いてきた。
「おや? 霊夢さんとアリスさんではないですか」
腰には二本の刀、髪にはリボンのカチューシャ、そして隣は魂が着いている。
「妖夢……あんた一人なの?」
「実は幽々子様を見失ってしまい……」
「幽々子なら、入口付近で見かけたわよ?」
「本当ですか!? ありがとうございます、アリスさん!」
情報を聞き入れると、颯爽にその場から離れる妖夢。
「ほんっと、騒がしい連中よね」
「私たちも他人事は言えないけど……」
「……」
口を固くする霊夢。その表情は無である。
◇◇◇
「ねえ咲夜?」
「はい、なんでしょう」
「美しいと思わない? 私たちが望んでいた理想郷とは違うけど、これが幻想郷のあるべき姿なのかもね」
「そうですね、お嬢様」
祭りの様子を一望できる所から、静かに見守るレミリアと咲夜。
「そういえば、フランの姿が見えないけど?」
「妹様は、美鈴と一緒に祭りの方へ出向いておられます」
「そう……あの子も随分変わったものね」
「昔よりも、笑顔を見せてくれるようになりました。もちろん、お嬢様も」
「あら? 私は変わらないわよ。今も昔も……」
空一面に広がる星が、まるでこちらを見ている様に感じた。
「……」
「どうしたの霊夢? 星空なんか眺めて」
「なーんか、嫌な予感がするのよねえ」
「やめてよ、縁起でもない……」
一方で魔理沙は屋台を片っ端から回っていた。
「みすちー、八目鰻を三本くれ!」
「しょ、少々お待ちを!」
ミスティアの屋台は大繁盛していた。一人で切り盛りしているのもあり、圧倒的な人手不足に追い込まれていた。
「……なー、まだかー?」
誰もが平和な日々を過ごせると思い込んでいた。しかし、当然として終わりを迎えることになる。
ドカンッ! 魔理沙の付近で、大きな爆発音が、その場全体に響いた。
「な、なんだ?!」
それを目撃したのは、魔理沙だけではなかった。
「! 今の爆発は!?」
「大変よ霊夢! あそこから煙が見えるわ」
「私は先に行くから!」
「分かったわ」
同時に霊夢とアリス、そしてもう一組――、
「大変よ咲夜、私たちも様子を見に行くわ!」
「わかりました、お嬢様」
咲夜はレミリアの手を掴み、能力で近くまで足を運ぶ。しかし、思わぬ足止めを食らうことになった。
「……どうしたの咲夜?」
「これ以上先に、進めないんです。結界の様なものが張ってあり、はじかれてしまいます。それと……どうやら今いるこの場所にも、仕掛けがあるみたいです」
遠くから様子を伺っていたレミリアと咲夜は、現場の半径一キロ圏内の結界により、それ以上先には進めなかった。反対に、その中にいた霊夢とアリス、魔理沙は別だった。真っ先に現場に着いたのは魔理沙、そして霊夢、アリスの順だった。
「魔理沙? なんでここに居るのよ?」
「近くにみすちーの屋台があるんだ。丁度その時、大きな音がしたから来てみたんだ。それより、見てくれよこれ」
魔理沙が指を差した場所が、黒く焦げていた。だが、その場所は屋台があるすぐ後ろ……つまりこれは。
「事故ってわけじゃなさそうね」
「……これって、爆弾の跡よね? 原始的すぎないかしら?」
「なんにせよ、これは黙って見過ごせないわ!」
「……! おい霊夢! 今人影が!」
「なんですって!?」
「こっちに逃げたぞ! ついてきてくれ!」
霊夢とアリスが、魔理沙の後ろを追う。
薄暗い森の、道なき道を進む。しばらくすると、出口らしき明かりが見えた。
「! これは……」
「いったいどういうことなの?」
そこは妙に円形に開けた場所だった。月明かりが霊夢とアリスを照らす。
「ねえ魔理沙、本当にこっちにきたの?」
「……」
「魔理沙、聞いてるの?」
霊夢が魔理沙に話しかけるが、返事をしない。
「魔理沙ってば――」
「待って!」
霊夢が魔理沙の肩に触れようとするが、アリスがそれを止める。
「どうしたのよアリス?」
「様子がおかしいわ……あなた、本当に魔理沙なの?」
「……ハハハ。何いってるんだぜ? 私は私なのぜ」
「そうよアリス、いくらキノコバカだからってそんな――」
「危ない!」
霊夢が一歩踏み出した瞬間だった。その場が光、一瞬にして爆発が起きた。
「……霊夢、大丈夫?」
「ええ、ありがとう」
間一髪のところで、アリスが霊夢に飛びかかり、未然に防げた。
「ちょっと魔理沙! どういうつもりなの!?」
「チッ! 悪運の良い巫女だな」
暴言を吐くと、体を宙に浮かし、こちらを見下ろす魔理沙。
「あなた、誰なの?」
霊夢が魔理沙に問いかける。
「気づくのが遅いよお。ボクの名前は玄鳴封倫(くろなふうりん)、よろしくなんだぜ」
「魔理沙の身体なのに、人格は別人ね……」
「聞いたことの無い名前だけど……あなた、どこから来たの?」
「ボクに故郷など存在しない。記憶なんて昔に捨てたわ」
「ねえ、単刀直入に聞くけど、その本体を返してくれないかしら?」
「残念だけど、無理な話だよ。そもそも、この肉体はオリジナルではないからね」
話の先が全く見えない二人。
「君たちに教えてあげようか? ボクの能力を」
「どうするの霊夢?」
「聞くだけ、聞いてみましょう」
「ボクの能力……そう、それは複製(クローン)を作り、複製を操る程度の能力!」
「複製? アリスの能力に似てるわね」
「一緒にしないでよ!」
霊夢を睨みつけるアリス。
「冗談よ冗談……つまり、その体は偽物ってことでいいのね?」
「偽物? だったら見せてあげるよ、この力が偽物かどうかってことを!!」
「!」
次の瞬間、偽物の背後には無数の魔法陣が現れた。
「来るわよアリス」
「分かってるわ」
「さあ、さあ! これがボクの最高傑作だ!!」
魔法陣からは、おびただしい数の弾幕が、二人に襲い掛かる。なんとか交わすのが精いっぱい。それに続いて不定期に放たれる、光線。それに違和感を覚える。
「ちょっと、あれって!」
「魔理沙のマスタースパークに似てるわね、でも」
「威力、速さ、数が本物を上回っているわ」
疑問が集中力を妨げる。
「見たね? 見たよね! これがボクの能力の力、強さなんだよ! 複製(クローン)とは、オリジナルと全く同じ性質を持つ物体……つまり、オリジナルが持つ能力はそのまま引き継がれ、ボクも使うことができるっ!」
「何よ、そのふざけた能力!」
「空を飛べる誰かさんとは、違うわね」
「うるさいわよ!」
「あー怖い怖い」
一ミリも恐怖を感じない様子のアリス。
「ねえ、人形を盾に出来ないの?」
「やめてよ! 可哀想でしょ!」
「(だったら持ってこないでよ)」
相手の攻撃が止むことはなく、いつまでも攻撃を交わしていられない……体力にも限界がある。
「あぁ、これが魔法ぉ……なんて素晴らしいんだぁ……」
「すごい執着心ね……」
「ねえ霊夢、気になってることがあるんだけど」
互いに攻撃をカバーし合う。
「手短いにしてよ」
「……彼女の本体はどこにあると思う? さっきまでの話だと、彼女は複製を操作してるのよね?」
「そうね。だとすると遠隔操作、もしくは――」
「――分かったわ。その代わり、ちゃんと足止めしてよね?」
「任せなさい! 後は頼んだわよ、アリス」
意思疎通する霊夢とアリス。
「アハハ! この力があれば、幻想郷を……いや次元までも支配できる! 全てを手に入れられるんだ!」
「あんたの野望何て、実現することは無いわ」
「は? ただの巫女風情が、何を言ってるの?」
「ただの巫女じゃないわ……博麗の巫女、博麗霊夢よ!」
圧倒的な威圧に押される玄鳴。
「調子に乗るなよ……力ではボクの方が上なんだぞ!」
無数の弾幕による攻撃が一瞬だけ止まった。それを霊夢は見逃すはずはない。
「今よ、アリス!」
「ここね!」
「! いつの間に背後へ?!」
アリスの手には、あの紙があった。それを玄鳴の背中に張り付ける。すると、何も書かれていないはずの紙に、魔法陣が現れる。
「これって……」
「それは特殊な魔法なの。本体と意識を分離させる、魔理沙が作った魔法よ!」
「なっなんで! こんな、もの、が……」
空中にいた玄鳴は、そのまま地上へと落下した。
「お手柄よ、アリス!」
「……どうして、こんなものがあるの?」
「魔理沙が届けてくれたのよ。恐らくだけど、本体の魔理沙は何処かに監禁されていると思う」
「でも、魔理沙なら魔法で抜け出せるんじゃない?」
「いいや。何か仕掛けがあるのよ……玄鳴に近づくたびに、やたら背後を気にして距離を取っていたわ。それに、ここだけ妙に切り開いてあるのも不自然」
霊夢の勘は鋭く、予想は的中。
「ちょっと待って、最初からその紙が重要って分かっていたのよね?」
「そうだけど?」
「じゃあ、いつから偽物の魔理沙だって気づいていたの?」
「……三日前?」
その答えを聞いて、漠然とするアリス。
「だったらなんで、もっと早く退治しなかったのよ!」
「それは、確信が無かったし、異変も起きていなかったからよ」
玄鳴を置き去りにして、二人で言い争う。
「おい、ボクを無視するな!」
ついに異変の張本人である、玄鳴封倫の姿が露になった。
「あら、想像と違って可愛らしいじゃない」
「本当ね、お人形さんみたいだわ」
玄鳴封倫、白髪のロングヘアーで瞳は青色。肌は白く、背も低い。名前からは全く想像できない容姿であった。
「ボクの事を人形扱いするな!」
「まさか、正体が人間だったとわね。驚いたわあ」
「うるさいうるさい! どれだけ、ボクをコケにすれば気が済むんだ!」
「別にそんなつもりは――」
霊夢の話を遮るように、攻撃を放つ。
「危ないわね。人が話している最中でしょ?」
玄鳴封倫の攻撃を余裕で交わす。それもそのはず、先ほどとは大幅に力が弱いのだ。彼女自身の戦闘力はお世辞でも高いとは言えない。そこらへんの妖怪の方が上だろう。
「不思議ね、これほどまで力がないのに、あの魔理沙相手に勝てるとは思えないわ」
「これは魔理沙本人にも、話を聞く必要があるみたいね」
面倒事が増え、ため息を着く霊夢。
「だからっ! ボクを無視するなって言――」
「分かったから……とりあえず眠ってなさい」
すると霊夢は、玄鳴封倫目掛けて、一点集中。
「ま、待って待って……嘘だよね?」
「霊符、夢想封印!」
「!」
相手の同情など、微塵も感じない霊夢。
「ほんっと、容赦ないわね。完全に伸び来てるわよ?」
「放っておきなさい。あとで回収すればいいんだから……それより、ついてこないと置いていくわよ?」
「えっどこに行く気なの?」
「もちろん、魔理沙の所よ」
◇◇◇
「……流石に退屈だよなあ。外にも出れなければ、必要な薬草だったり生贄も収集できないんだもんな」
ドンッ! 大きな物音が、部屋中に響き渡る。
「な、なんだ?」
「見つけたわよ、魔理沙」
「れ、霊夢!? それに、アリスまで……どうしてここが分かったんだ?」
「単純な仕掛けよ。最初、魔理沙の家が爆発で跡形も無く、消えたように見えたけど。実はただのカモフラージュ。目に見えないだけで、実際家はその場に残っている」
「私たちは、まんまと魔理沙にやられたってことね」
「……全部バレたんだな」
「一から十まで、説明してもらうわよ」
「始まりは、一週間前のことだ――」
◇◇◇
さかのぼる事、一週間前……。
私は、いつものように森で研究に必要な素材を、集めていたんだ。
「おっ! このキノコは中々の大物だぞ……ん? なんだこれ」
道端に地図の様な紙切れが落ちていた。見る限り、このあたりに宝が埋まっていると示されている。
もちろん、いたずらだと思ったぜ?
「宝の地図だ! これがあれば、一攫千金間違いなしだぜ!」
もしかしたら何かの異変かもしれないと思って、その地図を頼りに、穴を掘ったんだ。
「誰かに見られる前に、早く掘り当てないと……特に霊夢なんかに見つかったら、面倒だからな」
三メートルくらい掘ると、硬い何かに当たったんだ。
「お、宝か?」
それを確認すると、見たことの無いカプセルが出てきたんだ。丁度、霊夢くらいの大きさのな。
「なんだこれ? カッパたちが造った物か?」
流石に未知の物には、一切触れていないぜ? 何が起こるか分からないからな。
「すっげえな……所々光ってるし、ボタンみたいなのがあちこちについてるぞ。とりあえず、押してみるか」
だけど、急に何かが作動して、大量の煙が私を襲ったんだ。
「な、なんだこの煙は? やっぱり、押さない方が良かったか……あれ、なんか、意識が……」
私は意識が飛んで、気がつくと自分の家にいたんだ。体は拘束されていて、身動きがとれない状態だった。
「いったい、どうなってるんだ?」
「目が覚めたんだね……」
そして、あいつが私の前に現れた。
「誰だお前!」
「ボクの名前は玄鳴封倫。永い眠りから起こしてくれて、ありがとう」
「……お前可愛いな」
「可愛いって言うな! 自分の立場を考えて発言してよ……」
「なあ、玄鳴封倫って言ったか? 幻想郷じゃ見ない顔だけど、どっから来たんだ?」
「知らないよ。記憶なんて、何もないから」
「……私を拘束して、どうするつもりなんだ?」
「人質。ボクのために、君には人質になってもらう」
「ほおう、この私が誰か知ってるのか?」
「何、急に?」
「天才魔法使いの、霧雨魔理沙さんだぜ!」
次の瞬間、あたり一面に煙が発生する。視界は一瞬にして見えなくなった。
「な、何よこれ……ケホッケホッ」
「運が悪かったな、今回はこの私が異変解決だぜ!」
魔理沙は八卦炉を、玄鳴封倫の目の前に向ける。
「! いつのまに縄を!?」
「こんなの朝飯前だからな。さあ観念するんだな」
「ま、待って! なんでも言う事を聞くから! お願い、助けて!」
玄鳴封倫は両手を上げて、降伏する。あまりにもあっけないので、呆然とする魔理沙。
◇◇◇
「ちょっと待って、異変解決しちゃってるじゃない?」
「アリスは話についてこれてるか?」
「馬鹿にしないでよ、理解してるわ」
「実は、この話には続きがあるんだ」
◇◇◇
「なあ、お前は能力とか使えるのか?」
「……ボクの能力は、複製(クローン)を作り、複製を操る程度だけど……」
「面白そうな能力だな! よしっ! いっちょ霊夢に仕掛けてみるか!」
「霊夢?」
「そう……博麗の巫女、博麗霊夢。あいつは手強いぞ、ラスボス級だからな」
「どうすればいいの?」
「簡単な話さ、お前が私に成りすませばいいんだ」
◇◇◇
「と、いうことだ」
「あんたが全ての黒幕じゃない!」
「そう、怒鳴ることないだろ? あつは情緒があやふやだから、解決策に手紙を送ってやったんだからな?」
「黒幕が言うセリフじゃないわよ」
呆れた顔で魔理沙を見つめるアリス。
「こっちは散々だったんだから……あとで死なない程度にお仕置きね。お灸をすえてあげるわ」
不気味な笑みを浮かべる霊夢。
「それにしても、良く結界なんて作れたわね」
「私も驚いたわー、魔理沙にしては良く出来てるわ」
「結界? そんなもん私は作っちゃいないぜ?」
「え? じゃあ誰が結界を張ったのよ?」
「……」
「霊夢? どうしたの?」
「心当たりがあるわ……一人だけ……」
何は後もあれ、異変解決。このスクープを逃さず、記事に残す者も少なくはなかった。
◇◇◇
霊夢たちが去ったその後、玄鳴は――、
「フラン様ー、待ってくださいよー!」
「ねえ美鈴、この子伸びて倒れてるよ」
落ちていた木の枝で、玄鳴を突くフラン。
「おーい、生きてるー?」
「あっ、ダメですよーフラン様。変なものに触ってわ……もしも何かあったら、私が咲夜さんに殺されてしまいます……」
どこまでも惨めな姿を、自分から引き起こしている玄鳴封倫であった。
「……幽々子様、いつまで食べているんですか……」
「ねえ妖夢? この八目鰻、うちに持って帰ろうかしら?」
「……やめてください」
これも含めて日常、といった雰囲気が素晴らしかったです
楽しめました