命蓮寺。
人妖の平等を掲げたこの寺では、多くの妖怪が自身のさがを乗り越えるために日々修行を重ねている。
その裏、大量の仏具が眠る倉庫の中で、二人の妖怪がいた。まるで誰にも聞かせないようにひそひそと話している。しかし、両者の態度には違いがあった。頭から二本の触覚を生やした妖怪はどこかおどおどしているのに対し、奇妙な非対称の羽を生やした妖怪は余裕があった。
「そりゃあ、私だって好き勝手人間を食べたいわよ」
「うんうん」
触覚の妖怪の話を、羽の妖怪はどこか他人事みたいに聞き、時折り気の無い相槌を打っている。
「でもさ、私って蟲の妖怪なのよ。分かる? 単体じゃなく、大群としての蟲。だからさ、人一人喰ったところで……なんというか、“違う”のよ。ホントは、大群を率いて田畑の全てを食い潰してこそ、私なの。けど、そんなこと出来ないじゃない?」
「それやっちゃったら人里の人間みんな死んじゃうからね」
「そうそう、だからこの幻想郷にいたら、私は永遠に満たされないの。ここで修行したら変わるかなって思ったけどさ……」
「そうだよね。自分の性質というやつは、そう簡単に変えられないものだよね」
「だから……」
触覚の妖怪が不安げな顔を羽の妖怪に向け、小さな袋を手渡す。じゃら……という音と決して軽くない手応えに、羽の妖怪が笑顔を返した。彼女の本質をよく知っている人物からすれば胡散臭い営業スマイルと評するだろうが、触覚の妖怪にとっては菩薩の笑みにでも見えたのか、彼女の不安げな顔がぱぁっと花開いた笑みに変わる。
「それじゃあ……」
「私だって命蓮寺の一員。迷える子羊には、手を差し伸べたくなるものさ。さ、送ってあげる。存分に楽しんでおいで」
その次には、もう触覚の妖怪はいなかった。倉庫どころか、この世界にすら、もういない。
一人残された羽の妖怪は、貰った袋を握りながら倉庫で潜めるようにくくっと笑う。
いやあ、楽なものだ。
この寺の本質は、妖怪の救済。人を喰う、人を恐怖させるという妖怪のさがを乗り越え、妖怪と人が手と手を取り合って生きていくことができる世界を目指していると言ってもいい。
だから、その言葉を鵜呑みにして多くの妖怪がここにやって来る。幻想郷で人間という餌は厳格に管理されているこの世界で、供給される量で満足できず、かといって異変を起こせるほどの力もなければルールを破って人里で暴れる度胸もない。そんな連中が命蓮寺にやって来る。
だが、修行で誰もがそれを克服できるかと聞かれると、NOだ。あの寅丸星だって、たまに肉を喰いたそうにしている。聖は来るものは拒まず、去るものは帰さずでどんな妖怪にだって修行させようとするが、妖怪なんてどいつもこいつも自分勝手な奴ばかり。真面目に修行する奴なんざほとんどいない。
だから、自分が裏で動く。修行に難儀しているやつ、燻っているやつに近付き、外の世界に送り出してガス抜きさせる。本人は妖怪としての本分を楽しんで満足。命蓮寺にしてみれば問題児がトラブルを起こす前に出ていくので寺の評判が下がらず安心。ついでに自分も気持ちよく慈善活動できて気分上々の三方よしだ。お礼として僅かばかりのお小遣いをもらっているが、断じてそれが目的ではない。
結界を越えられる能力を持つ自分だけが出来る、慈善活動。
さて、今日は何を食べようか。じゃらんじゃらんと袋を手の中で弄びながら倉庫を出たのと、それは同時だった。
かつん、と。
妖怪の足元に、何かが落ちてくる。
「あん?」
足元にある、黒く煤けたそれを見ようと屈み込むと、今度は頭にこつんと何かが当たる。反射的に頭を摩りながらそれを摘まみ上げると、どうやらそれは金属の破片のようだ。
「なんでこんなのが、空から……?」
羽の妖怪は空を見上げる。そこには、
空を覆うほどの大量の瓦礫が今まさに空から降ってきていた。
「な……なぁ!?」
その光景に、妖怪相手に商いをしていた時の余裕とはかけ離れた、焦りと驚愕に目を見開いた間抜け面を羽の妖怪は空へ向けていた。
なんだか知らないがとにかく逃げなくては。妖怪は羽を広げて飛ぼうとする。
だが、足が地面から離れず飛び上がることが出来ない。空へ飛び出そうとした体は地面にビターンと強く打ち付けられる。
「な、なんで!?」
混乱して足を見ると、そこには蜘蛛の巣のようなものが足を地面に縫い付けていた。ぐいっと足を引っ張るが、蜘蛛の巣は引きちぎれない。
この蜘蛛の巣には覚えがある。つい最近、こういうものを出せる妖怪を外へ送り出してやった。
「ま、さか……」
上空の瓦礫を見る。落下する瓦礫の中に、肌色が見えた。眼球が片方抉れているが、その顔はよく知っていた。
「ぬえ~~~~~!」
自分の名を呼ぶ声が響く。怒りが込められた、耳をつんざく声。
「あんな奴がいるなんて聞いてないぞ! おかげで酷い目にあった!」
「そ、そんなの私が知ったことじゃない!」
ぬえは無理矢理逃げようとするが、体を覆う蜘蛛の巣はますます増える。
もう、逃げられない。
全てを諦めたぬえに、蜘蛛女が落下しながら両手を伸ばす。まるで恋人か家族を抱きしめるように、ぬえを包み込もうと手を大きく広げた。
「お前にも、この熱い気持ちをぶつけてやるさ!」
その日。
命蓮寺を轟音と瓦礫、そして紅霧異変の再現とでも言わんばかりの紫色の瘴気が包み込み、ぬえは熱烈なハグとキスを楽しんだ。それと、大きな大きな住職の雷も。
戦う秘封って夢があります
この設定でヤマメを敵に持ってくるセンスが素晴らしいと思いました
最後はコメディチックになるのもとてもよかったです
ぜひ続きが読みたい!