「はい、私の勝ち。八卦炉がない魔理沙には負ける気がしないわね」
傷ひとつない巫女服の裾をはためかせて、霊夢が私の前に着地する。
いや、訂正する。裾がちょっと焦げている。
「かすめるところまでは来たんだ。余裕ぶっているのも今のうちだぞ」
「いや、素直に八卦炉の修理が終わるまで待ちなさいよ」
「惜しいところまでいって終わったら、なんか悔しいだろ」
手が届きそうでダメなときほど、悔しいものはない。しかし霊夢の言うことは正しい。
今の私は八卦炉がない。つまり自分の力に制限がかかっている状態で弾幕勝負をしている。普通なら全力を出せるようになってから挑むべきだ。
なぜこうなっているかと言われると、気まぐれとしか言いようがない。
魔法の研究中、手違いで八卦炉が壊れるほどの火力を出してしまったのが原因なのだが、いつもあった物がないことは新鮮な感覚だった。
ふと、この状態で弾幕勝負をしたら面白いかもしれない。そう思って実行し、今に至る。
「悔しいのはわかったけど、付き合う身にもなってよ。疲れちゃうわ」
「ここまで来たら1回は当てたいだろ。それとも制限つきの私に負けるのが嫌なのか?」
「そうは言ってない。というか、あんたから八卦炉取ったら何も残らないでしょ」
それは聞き捨てならない。おいおいおい、と思わず声が出る。
「八卦炉がなくても、まだまだ残ってるものはあるぞ。むしろ盛りだくさんだ」
「例えば?」
「うーむ、わからん。ありすぎて困るくらいだ」
優秀な人間は、多くのものを吸収して自分のものにしていく。私ほど優秀になると、たくさんのものを取り込みすぎて、いちいち要素を覚えていない。
これは決して特徴がないわけではない。優秀だからこそ細かいことを気にしないだけだ。
「いやいや、あんたといえば火力でしょ。えーと、なんだっけ? あの、自分らしさみたいなやつがないんじゃねえ」
「アイデンティティのことを言ってるのか? まあ、マスタースパークは私の象徴だが」
「そんなんだった気がする。それがないのに、全力が出せる私に勝てるわけないと思うんだけど」
相変わらずストレートに言う。わかりやすくて鋭い言葉に少し怯む。
確かに私は『弾幕はパワー』だという言葉を信じて力をつけてきた。その道の中で見つけたのが『マスタースパーク』だ。
ずっと使い続けてきた結果、自他ともに認めるほどの技になった。だからさっきも迷いなく象徴だと言い切った。
それがなくなってしまった私は、ただの普通の魔法使いと言われても仕方がないかもしれない。
「……まあ、勝てるとまでは言えないな。現に私は一発当てるところを目標にしてる」
「でしょう? だから今日はこのくらいで……」
「だけど、アイデンティティがないというのは間違いだ。そこは訂正させてもらう」
私は『マスタースパーク』だけに力を注いでいたわけでもない。そこにたどり着くまでにも多くの出会いがあったし、これから先にもまだ見ぬ学びが待っているはずだ。
『マスタースパーク』が使えなくても、霧雨魔理沙の手に入れたものはたくさんある。その証拠がこれだ。
「見ろ、このスペルカードを。私の自信作はこんなにたくさんある。アイデンティティがなくなるとしたら、これが全部使えなくなってからだな」
私がこれまで手に入れた星の魔法。この手につかんだ光の結晶たちを霊夢に見せる。
気だるそうな霊夢の目にも光を届かせ、背筋を正させる私の証明だ。
「まあ、名前があるってことは意味があることだからね。それがたくさんあるなら、あんたは自分の大切な意味をたくさん知ってるんでしょう」
「相変わらずわかりにくい言い回しをするな。ほめてるのか、それは?」
疑問には思うが、霊夢なりの称賛なのは感じられた。本人特有の言い回しと言うのは、心から自然に出る言葉に他ならない。伝わるかどうかは、また別の話だ。
「ほめてるって。あんた風に言ったら、アイデンティティいっぱいって感じ」
「それはそれで、ありがたみがないな」
唯一無二の物がありすぎると、安っぽくも聞こえる気がする。
いや、個性的な一点物をたくさん持っていると思うことにしよう。私は私のコレクターなのだ。
自分の言葉に改めて納得していると、霊夢は逆に何かを考えていた。
「でもさ、マスタースパークがなくてもアイデンティティがたくさんあるってことは……」
「なんだ、まだ何か納得いかないことがあるのか? 私、結構いいこと言ったと思うんだけど」
「別に、八卦炉なくてもいいんじゃない?」
いや、そうはならんだろ。
ひとつ欠けても問題ないが、なくていいとは口が裂けても言えないものだ。
どれも大切な私の象徴。至高のコレクションのひとつだ。
どうやら霊夢には、まだまだ説明しなければならないらしい。
偉大な魔法使いによるアイデンティティの解説は続く。私の気がすむまで。
傷ひとつない巫女服の裾をはためかせて、霊夢が私の前に着地する。
いや、訂正する。裾がちょっと焦げている。
「かすめるところまでは来たんだ。余裕ぶっているのも今のうちだぞ」
「いや、素直に八卦炉の修理が終わるまで待ちなさいよ」
「惜しいところまでいって終わったら、なんか悔しいだろ」
手が届きそうでダメなときほど、悔しいものはない。しかし霊夢の言うことは正しい。
今の私は八卦炉がない。つまり自分の力に制限がかかっている状態で弾幕勝負をしている。普通なら全力を出せるようになってから挑むべきだ。
なぜこうなっているかと言われると、気まぐれとしか言いようがない。
魔法の研究中、手違いで八卦炉が壊れるほどの火力を出してしまったのが原因なのだが、いつもあった物がないことは新鮮な感覚だった。
ふと、この状態で弾幕勝負をしたら面白いかもしれない。そう思って実行し、今に至る。
「悔しいのはわかったけど、付き合う身にもなってよ。疲れちゃうわ」
「ここまで来たら1回は当てたいだろ。それとも制限つきの私に負けるのが嫌なのか?」
「そうは言ってない。というか、あんたから八卦炉取ったら何も残らないでしょ」
それは聞き捨てならない。おいおいおい、と思わず声が出る。
「八卦炉がなくても、まだまだ残ってるものはあるぞ。むしろ盛りだくさんだ」
「例えば?」
「うーむ、わからん。ありすぎて困るくらいだ」
優秀な人間は、多くのものを吸収して自分のものにしていく。私ほど優秀になると、たくさんのものを取り込みすぎて、いちいち要素を覚えていない。
これは決して特徴がないわけではない。優秀だからこそ細かいことを気にしないだけだ。
「いやいや、あんたといえば火力でしょ。えーと、なんだっけ? あの、自分らしさみたいなやつがないんじゃねえ」
「アイデンティティのことを言ってるのか? まあ、マスタースパークは私の象徴だが」
「そんなんだった気がする。それがないのに、全力が出せる私に勝てるわけないと思うんだけど」
相変わらずストレートに言う。わかりやすくて鋭い言葉に少し怯む。
確かに私は『弾幕はパワー』だという言葉を信じて力をつけてきた。その道の中で見つけたのが『マスタースパーク』だ。
ずっと使い続けてきた結果、自他ともに認めるほどの技になった。だからさっきも迷いなく象徴だと言い切った。
それがなくなってしまった私は、ただの普通の魔法使いと言われても仕方がないかもしれない。
「……まあ、勝てるとまでは言えないな。現に私は一発当てるところを目標にしてる」
「でしょう? だから今日はこのくらいで……」
「だけど、アイデンティティがないというのは間違いだ。そこは訂正させてもらう」
私は『マスタースパーク』だけに力を注いでいたわけでもない。そこにたどり着くまでにも多くの出会いがあったし、これから先にもまだ見ぬ学びが待っているはずだ。
『マスタースパーク』が使えなくても、霧雨魔理沙の手に入れたものはたくさんある。その証拠がこれだ。
「見ろ、このスペルカードを。私の自信作はこんなにたくさんある。アイデンティティがなくなるとしたら、これが全部使えなくなってからだな」
私がこれまで手に入れた星の魔法。この手につかんだ光の結晶たちを霊夢に見せる。
気だるそうな霊夢の目にも光を届かせ、背筋を正させる私の証明だ。
「まあ、名前があるってことは意味があることだからね。それがたくさんあるなら、あんたは自分の大切な意味をたくさん知ってるんでしょう」
「相変わらずわかりにくい言い回しをするな。ほめてるのか、それは?」
疑問には思うが、霊夢なりの称賛なのは感じられた。本人特有の言い回しと言うのは、心から自然に出る言葉に他ならない。伝わるかどうかは、また別の話だ。
「ほめてるって。あんた風に言ったら、アイデンティティいっぱいって感じ」
「それはそれで、ありがたみがないな」
唯一無二の物がありすぎると、安っぽくも聞こえる気がする。
いや、個性的な一点物をたくさん持っていると思うことにしよう。私は私のコレクターなのだ。
自分の言葉に改めて納得していると、霊夢は逆に何かを考えていた。
「でもさ、マスタースパークがなくてもアイデンティティがたくさんあるってことは……」
「なんだ、まだ何か納得いかないことがあるのか? 私、結構いいこと言ったと思うんだけど」
「別に、八卦炉なくてもいいんじゃない?」
いや、そうはならんだろ。
ひとつ欠けても問題ないが、なくていいとは口が裂けても言えないものだ。
どれも大切な私の象徴。至高のコレクションのひとつだ。
どうやら霊夢には、まだまだ説明しなければならないらしい。
偉大な魔法使いによるアイデンティティの解説は続く。私の気がすむまで。
力不足を感じつつも必要以上には凹んでない魔理沙がよかったです