Coolier - 新生・東方創想話

インコンプリーテッド・ダイヤモンド

2022/04/29 19:04:54
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後編 インコンプリーテッド・ダイヤモンド



たとえば高価で希少性の高い、女の親友と歌われる輝くダイヤモンドも、見方を変えればただの炭素の塊である。同じように、ただのドス黒くて臭いだけの水も、見方を変えれば世の中を変えるお金持ちのステータスたる石油である。
……残念ながら、幻想郷の住人達のほとんどは石油に価値を見出さなかった上に、依神姉妹が目をつけた石油は一滴残らず秘神および饕餮の管理下に置かれることになり、姉妹の石油でボロ儲け計画はあえなく破綻した。石油を持っているふりをして他人を騙くらかそうとしたせいで更なる恨みが積み重なり、またも姉妹はあちこちでお尋ね者と化しているのだった。
依神女苑、騒動が落ち着いてしばらく経った今も、姉の紫苑と共に溜まりに溜まったツケと怨恨から逃れるべく絶賛逃走中である。投入されたハンターの数は不明。逃げ切ろうが自首しようが賞金など一銭たりとももらえないので、姿をくらまし新たな金づるを探すだけだ。

「あーあ、せっかくの石油王の夢がパーよ。もう一儲けくらいできると思ったのに」
「富豪神として生まれ変わる計画が〜」

しかし我らが最凶最悪の姉妹はこれしきで億万長者の夢を諦めはしない。性懲りも無く石油に代わる金のにおいがしそうなものを探している最中だが、残念ながらそう容易く富の元は落ちていないのだった。あっという間に貧相な暮らしに逆戻りした紫苑はげっそり痩せている。

「私、もう一度天人様のとこに行こうかなあ」

紫苑がやつれ顔でぽつりとこぼした。
完全憑依異変からしばらく紫苑は例の崩れ天人と行動を共にしていたが、いつのまにか紫苑はまた一人になっていて、女苑と合流した。今は天人もとうに天界へ帰っているだろう。元より四六時中行動を共にする姉妹でなかったとはいえ、ここにきてまた紫苑が天人と元の鞘に治るとは意外だ。紫苑のぼやきに、女苑は目を瞬く。

「あいつとの縁、まだ続いてたんだ。とっくに見捨てられたのかと思ってたわ」
「天人様が私を見捨てるわけないじゃない」
「あっそ。好きにすれば? 私はあの崩れ天人なんかどうでもいいし」
「そう? じゃあ行ってくる。女苑はどこに行くの?」
「どこって……」

女苑はまごついた。別行動は構わないが、女苑に定まった住処などない。いつも好き勝手に――本当は、ちょっとだけ選んではいるけれど――人間から財を巻き上げるせいで、とっくに人里では鼻つまみ者と化しているのだ。
いっときでも女苑を泊めてくれそうな場所は、と考えて、不意に女苑の脳裏にかつて世話になった命蓮寺が浮かび、慌てて打ち消した。同時に浮かんだ聖の微笑を振り払うように、女苑は『どうでもいい』と言ったのも忘れて紫苑に天界の話題を振った。

「姉さん、天界って何があるの?」
「桃の木がたくさんあるわ」
「桃? それだけ?」
「それだけですって!?」

しけてるな、と女苑が思った途端、紫苑の目の色が変わる。クマだらけの目をカッと見開き迫る紫苑を見て、女苑は地雷を踏んだなと舌打ちした。

「よくそんな贅沢が言えるわね。天界の桃はただの桃じゃないの。もいでももいでも後から実がなって絶対に枯れないし、腐り落ちもしない。それだけでも毎日拝み倒す勢いなのに、あの蕩ける極上の甘さといったら……! ほっぺたが落ちるとはまさにあのことよ、ていうか私は落ちたわ」
「落ちてないわよ」
「私がいくら食べても怒られないしなくならない……ああ、極楽だわ。私も修行しないで天人になれないかなあ」
「そういやあいつ修行した天人じゃないんだっけ。世間知らずの嬢ちゃんめが」
「羨ましいならあんたも来る? 天人様は慈悲深いから、あんた一人くらい余計に連れてきても許してくれるはずよ」

紫苑は得意げに胸を張る。一時的とはいえ、妹以上の贅沢を味わった優越感が紫苑を強気にさせているのだ。普段妹に頼りっきりなくせにここぞとばかりに恩着せがましく姉貴ヅラしてくるのマジでウザいな、と紫苑のドヤ顔にイラッと来たものの、ここは素直に甘えておこうと女苑は苛立ちを呑んで猫を被った。

「マジで? 助かるー、持つべきものは太いパイプを持った姉ね。頼もしいわ」
「よせやい、それほどのことはあるわ。だけど、私のぶんはちゃんと残しておいてよ?」
「私は姉さんみたいに意地汚くないから」
「おお嫌だ、これだからがめつい妹ときたら。くれぐれも天人様に失礼のないようにね」
「心配しなくても姉さん以上に失礼な奴を他に知らないわ」

意気揚々と、何なら鼻歌まで歌って天界への道を目指す紫苑の後を追いながら、女苑はぼんやり考える。
紫苑は天子と出会って、以前と変わったように見えた。
誰に対しても陰気で僻みっぽくて、お前も不幸になれと呪詛をばら撒いている紫苑が、天子に対しては無邪気な笑顔を浮かべて天人様、天人様と慕って後を追う。機嫌を損ねたらどうしようと狼狽える。挙げ句の果てには『これだけお世話になったんだし、私も天人様のために恩返しがしたいの』などと言い出す。最初はその変わり様に衝撃を受けたものだ。

(あの自己中でいつも他人の不幸と自分の幸せだけを願っている姉さんが……!?)

腐っても双子の姉妹、まあまあの付き合いだが、女苑は紫苑が誰かのために動くところを見たことなど一度もない。それほど暖衣飽食の天子は紫苑にとって魅力的なのだろうか。己の心の貧しさをかなぐり捨ててまで、彼女について行きたいと思わせるほどに。
姉の後ろ姿を見る女苑の心は揺れる。聖ですら受け入れなかったどうしようもない紫苑までも、良縁を得ていい方向に変わっていくのだろうか。それなら、女苑もまた変わらざるを得ないのだろうか。富への執着を捨てて、清貧を求める生活へと。
だが石油騒動を経てなお、女苑は己の中の強欲を手放せそうにない。疫病神なのだから当たり前だ。それなのに山の神といい、聖といい、なぜ女苑達を叱ったり更生させたがったりするのだろう。

(そりゃあ、ちょっとは迷惑かけたかもしれないけどさー)

確かに姉妹は石油の正体も価値も悪影響も何も知らなかった。とはいえ女苑は自分達がそこまで悪いことをしている自覚はないし、命蓮寺を出た後、少しは取り憑く対象を選ぶようになっただけでも充分前進したものだ。
空を飛んでいると、眼下にまだつぼみの硬い桜の木がいくつか見える。女苑が命蓮寺に引き取られた頃、境内の桜はとうに葉桜になっていたっけ、一度飛び出したけどなんとなく聖が懐かしくなって再び戻って、けどやはり修行に飽きてしまい……女苑はまた命蓮寺を思い出す。どうしてあんなに離れたくてたまらなかったしけた寺が、今になって懐かしいのだ。

(ああもう、あんな辛気臭い寺なんか知るもんか)

女苑はまとわりつく面影を振り払おうとするも、かえって命蓮寺の記憶が鮮明に蘇ってくる。
日々絶えない読経の声。そこかしこに並ぶ仏像の数々。煙たい護摩焚きと焼香のにおい。来客に対しては菩薩のような笑みを絶やさないくせに、弟子への稽古や修行となると途端に厳しくなる聖。偶像の毘沙門天。入道と妖怪僧侶。陸の舟幽霊。やかましい山彦。ほとんど姿を見せない正体不明二人。いつのまにかそこにいる鼠。修行の中で、少し鈍って見えた財宝の光。富よりも、心の豊かさを求めて……。

(あんなの一時の気の迷いよ)

女苑は今度こそ寺の面影を頭の中から叩き出す。石油で儲けられなかったぶん、天界で豪遊してやろうと決意して、紫苑を追い越すような勢いで空を飛んだ。



一方その頃、命蓮寺に珍客が訪れていた。守矢神社の一柱、八坂神奈子である。神奈子は堂々たる佇まいで円卓越しに聖と向かい合い、聖もまた動じることなく微笑を湛えて座っている。二人の雰囲気は和やかなのに、どこか剣呑な空気が部屋中に漂う。お茶を運んできた響子は、近寄り難い山の神様が放つ只事ならぬ気配に慄き「さっさと掃除に戻ろー!」と早足で部屋を後にした。

「もっと早くこちらに足を運ばねばとはかねがね思っていたのですが、私も忙しい身ですから、多めに見てくださるとありがたいわ。先の異変では、貴方のとこのお弟子さんにずいぶんお世話になりましたね」

神奈子は穏やかに笑いかける。丁寧な言葉の裏に皮肉を隠しもしないし、聖もまたそれらを読み取ってなお笑顔を崩さない。

「貴方達が長年地底にいたことを、私はすっかり失念していました。ああいった事態になるのでしたら……」
「まず私達に釘を刺すべきだった、と今更後悔していらっしゃるのですか?」

間髪入れずに聖は微笑み返す。神奈子は耐えきれず、といったように噴き出した。元よりただの皮肉の応酬のためにわざわざ山を降りて来たのではない。不毛な意地の張り合いがおかしくなって、神奈子は堅苦しい口調を崩した。

「いいえ、むしろ感謝しているのだから。貴方のやり口は大胆で強引だけど、おかげで私の仕事も捗ったわ。舟幽霊にだってそう伝えたはずだけど?」
「ええ、私の弟子こそ、神奈子さんには大変お世話になったと聞いています。こちらこそ、貴方の承諾も得ずに融合路に手を出して申し訳ありません。私共も黒い水の……石油の噴出には手を焼いていましたから」
「あの秘神にすべて持っていかれたのは癪だけどね。やはりビジネスは先手必勝よねえ……ああそうそう、神といえば、私は厄介な神の姉妹に会ったのだけど」

神奈子が目を鋭く細めたのを認めて、聖は少し身構える。融合炉を水没させた件は話の切り口に過ぎないとわかっていた。

「姉妹の神ってどなたかしら。秋の神様か、はたまた琵琶と琴の付喪神か」
「すっとぼけなくていいのよ。貴方に関わりのある姉妹神なんて、疫病神と貧乏神しかいないでしょう。白蓮。仏教徒の貴方は、神の持つ荒御魂と和御魂についてわかるかしら?」
「神道は専門外ですが、それぐらいなら知っていますよ。簡単に言えば、神がもたらす神徳と災厄でしょう」
「なら、依神姉妹も例外でないと理解できるわね。彼女達の性質は、どちらも取り憑いた対象に財を消費させるもの。取り憑かれれば文無しの不幸になってしまう……これが依神姉妹の荒御魂。けれどそれはあくまで神の持つ一面に過ぎない」

神奈子は一度茶をすすって、ため息をついた。

「財の蓄えをあらかじめ失くすということは、見方を変えれば、財禍を操り財禍から遠ざける役目を持つということ」
「それが二人の神徳、和御魂だと言いたいのですね」
「けれど彼女達は強欲すぎた」

神奈子の蛇のように細められた目には、侮蔑と怒りが見てとれた。石油騒動の一件で、神奈子は依神姉妹にいい印象を持っていない。

「強欲のせいで荒御魂しか機能しないし、本人達も和御魂を活かそうとは思っていないのよ。諏訪子だって祟る以外にも能力があるというのに」

聖は仏教の修行では強欲を抑えさせられず、彼女の和御魂を引き出せなかったと神奈子は言いたいのだろうと思いながら、

「もしかして、神奈子さんなら、あの二人を説得できるのでは……」
「無理よ。あいつら話を聞く耳を持たないしね。勝手に生きたいならそうすりゃいいのよ、それで痛い目を見るのはあいつらなんだから」
「そう言いながら、貴方もつい口を挟んでしまうのでしょう」
「あの時は腹に据えかねたからね」

神奈子にしては珍しく姉妹にキツく言ったのを思い出して、神奈子は乾いた笑みをこぼした。誰しも欲望を抱えて生きているものの、姉妹の周りを顧みない身勝手な言動は、外の世界の身勝手な人間達を彷彿とさせた。神奈子の怒りは、神の端くれのくせにあまりに人間くさい依神姉妹へ苛立ちを覚えたせいかもしれない。もっとも、彼女達のすべてを否定するわけではないし、かといって容認するわけでもないので、それこそ自滅するならするで構わなかった。
けれどそうは思わない相手が目の前にいる。神奈子は聖の真意を確かめようと思って寺を訪ねてきた。

「私はあんな底辺の神、勝手にすればいいと思った。だけど貴方は一度救いの手を差し伸べたわね。妹限定で」
「なぜ姉も受け入れないのかと言うのでしょう。姉の方は私達など一切眼中にないようでしたので……」
「今更姉もどうにかしてくれなんて頼む気はないけど、中途半端なのよ。貴方だけじゃなくて、妹の方もね。あの疫病神は強欲なくせに、中途半端で役立たずな良心を持っている。ならいっそ荒御魂だけの方がましよ。畏怖を集めるのも神の在り方なのだから」
「私は中途半端でもいいと思います」
「ふうん。中庸とは違うのに?」
「彼女は、完全な悪党にも、善玉にもなりきれない。そのアンビバレントな生き方が、私にはいっそ愛おしいのです」
「腑抜けてるな」

皮肉にもめげず聖は優しく目を細めるものだから、神奈子は失笑する。人間も妖怪も平等に、力の弱い者に救いを、なんて抜け抜けと言い放つだけのことはある。どんな悪評を聞いても、聖には女苑がせいぜい手のかかる悪童くらいにしか見えていないらしい。真意というにはあまりに他愛ない。
神奈子は聖が女苑を拾おうが紫苑を捨てようがどうでもいいのだが、姉妹への見解は聖と一致している。貧乏のあまり強欲に振り切れ一切他者を顧みない姉と、なまじっか富を集められるが故に豊かさとは何かと考えずにいられない妹。妹の方に更生の余地を見出したのも納得がゆく。まあ、結局更生しきれていないから、件の石油騒動で神奈子と揉めたわけだが。
神奈子は宗教家の端くれだが、聖や神子のように弟子や部下をとって鍛えたりなんてしない。神は指導者にあらず――もっと遥か高みから、一方的に与える権利を持つものだ。
心の中でほくそ笑み、神奈子は口調を改まったものへ切り替える。

「白蓮。ここで一つ、私と取り引きでも如何でしょう?」
「また急な提案ですね。お得意のビジネスですか? あまりお高くつくものは困るんですよ」
「もし貴方が応じてくれるのなら、融合路の件をすべて水に流しましょう。ほんの少し、あの姉妹を私に貸してくれませんか? 白蓮、貴方は初手から間違えている。神を相手に仏教なんか持ち出してどうするの。神には神のやり方があるのよ」
「神は仏の化身なのに、そう違いがあるでしょうか」
「仏こそが神の化身なのよ。私も利用してきた身だし、仏の力の便利さは認めるけど、異国の仏を本地とする図々しさは嫌になるわ」
「仏と神が対立する存在なら、千年以上も神仏習合思想が浸透するはずはないと思いますがね。……貸すも何も、あの姉妹、いえ、妹はすでに私達の元を離れています。神奈子さんのおっしゃる神のやり方とはどのようなものなのですか?」
「そう大層なものではないわ。あいつらには手間を増やされたし、もう一度お灸を据えてやろうかな、ってね」

神奈子が口元をつり上げると、意図を悟ったのか、聖は目を瞬く。神奈子は更生だなんて面倒なことは考えていない、ちょっとした気まぐれの“遊び”なのだ。

「神奈子さん、それは」
「白蓮。ここから先は“神事”です。神事において仏事は忌むので、貴方は一切携わらないように」
「いったい、いつの習わしを持ち出すのですか……」

神奈子は恭しく牽制した。神奈子の言い分を聖は不服に思ったが、しばし考えたのちに、すぐそれを引っ込めた。

「いえ。そういうことならお任せします。私は門外漢ですもの」
「意外に素直ね。私から提案しておいてなんだけど……本当にいいの?」
「いいわ。かつてある人が私に助言しました、使えるものはすべて使えと」
「神をあごで使うとは、仏は偉いんだね」
「私はまだ仏陀じゃありませんよ。修行中の身なので」

いかにもしおらしく言う聖を、神奈子は鼻で笑った。交渉成立だ。



さて、神奈子達のたくらみも知らず、姉妹はそろって天界にたどり着き、数日の間居座っていたのだが。
女苑は早々に天界の暮らしに飽きた。我儘放題の崩れ天人を抱える天界とはいかに、と警戒していたのが馬鹿らしくなるほど、天子以外の天人は極めて呑気な生活をのほほんと享受していた。見慣れぬ女苑と会ってもまったく狼狽えない、争いも起こさない。しかし下賎な地上の民と見下す意識がその目にありありと浮かんでおり、ものを問えば難しい漢籍の引用で返される。仏教的な色合いもかなり強く、下手したら釈迦に説法レベルのブディストがごろごろいるのである。寺以外でも仏教思想に付き合わせるのは懲り懲りだった。

「天界って退屈なのね。こんなとこに修行してまで行きたがる奴ってどんなよ?」
「いいじゃん、ここにいればいつでもお腹いっぱいなんだし」

うんざりしている女苑とは反対に、紫苑は天人達の冷ややかな視線に何も感じずに、いくら食べても尽きない桃をありがたがって頬張り、飢えの苦しみがない喜びをひたすら噛み締めていた。

「甘いだけの桃なんて飽きるわ」
「お、珍しく気が合うな、紫苑の……えーと、妹だっけ、姉だっけ?」
「私が姉ですよ、天人様」

そこへ崩れ天人もとい天子が顔を出す。紫苑とはそれなりの付き合いなのに、未だに姉妹の順序を覚える気がない天子に食い気味に答えた紫苑はちょっとばかし圧が強かった。たまに紫苑の方が妹だと間違えられると、紫苑は露骨に機嫌を損ねるのである。なけなしの姉のプライドがそうさせるらしい。
紫苑の圧をガン無視して、天子は桃を片手に朗らかに笑う。

「私も桃にはとっくに飽きた。紫苑は気持ちのいい食べっぷりを見せてくれるけどね」
「すっごくおいしいです。天界のものはなんだって私の口に合います。でもあれは、お祭りの丹は食べちゃ駄目なんですよね?」
「食わない方がいいよ。まずくて食えたもんじゃないし、食えば騒ぎになるし」
「あんたが勝手につまみ食いしただけよね?」
「私は何をしたって許されてしかるべき身なんだよ」
「許されないから地上に追い出されたんじゃなくて?」
「ちょっと女苑、あんまり天人様に失礼なこと言わないで」
「だって退屈なんだもん。ここには私が奪いたくなるような富も財宝もないしさー」

ふんぞり返る天子と眉をひそめる紫苑を無視して、女苑は天界の宝物とやらを思い浮かべる。
地上より格上の存在が住まう場所なだけあって、天界には珍しい宝もある。だがどれも仏くさかったり道教くさかったりして、命蓮寺での生活を経て宗教に嫌気のさした女苑には興味の惹かれるものではない。
天界は天国ではないのだなあ、と味気なくため息をついた女苑の視界に、天子の携えた緋想の剣がよぎる。天人の道具らしく、天子は肌身離さず持ち歩いている。

「ねえ、その緋想の剣って天界の宝なの?」
「宝ぁ? ただの道具だと思ってるけど、天人にしか扱えない、高貴な生まれたる私にふさわしい一品よ」
「ふーん」
「じょ、女苑、まさか」

女苑の意地悪な笑みに、さすがに紫苑は目ざとく気づく。

「その剣をよこせ」
「はあ? 厚かましい、この剣は地上の輩に扱える代物じゃないよ。誰がくれてやるもんか」
「なら私と勝負しろ、崩れ天人。私が勝ったらそいつを奪ってやる」
「私は生まれつきの天人だって言ってるじゃない。いきなり何だ? そもそも今更お前と戦って何になる?」
「退屈しのぎの相手になれって言ってるの。ついでに天界のレアアイテムがゲットできたら一石二鳥でラッキー、って算段ね」
「ちょっと、女苑!」

紫苑が止めに入るも、聞くつもりはない。あわてて顔色を伺うが、天子は機嫌を損なうどころか、笑みすら浮かべていた。

「ふっふっふ。この私が疫病神風情の暇つぶしの相手ねえ」
「て、天人様、あまり間に受けないで……」
「いいだろう、私もちょうど退屈していたところなんでな! お前から勝負を挑んだんだ、がっかりさせてくれるなよ、元石油王!」
「元は余計じゃ!」
「嘘ー? 私、どっちの味方すればいいの?」

すっかり戦闘モードに入った天子と女苑に対して、紫苑はおろおろ狼狽えるばかりだ。方や腐っても実の妹、方や敬愛してやまない天人様。以前も天子に姉妹二人で挑んだことはあるが、あれはあくまで夢世界の天子だ。現の天子を相手にするのでは訳が違うのだろう。

「何を迷ってるの、姉さんはそれでも私の姉さんなの?」
「こんな時だけ姉扱いしないでよ! だっていきなり二択を迫られたら……」
「姉さんが味方になると負けそうなんだからさっさとあっち行ってよ」
「そっち!? ひどい! あんたそれでも私の妹なの!?」
「紫苑、私は別にどっちでも構わないよ? お前ら二人がかりでも倒せる自身はあるし、お前の不幸に負ける私じゃない」
「で、でも……」

天子の不敵な笑みに、紫苑も心を揺さぶられたようだった。何だか格好いいセリフを言っているような気がするが、開戦前から『お前の能力なんか通用しないよ』と紫苑に敗北を突きつけているも同然である。
それに気づかない紫苑はうんうん唸った挙句、意を決して答えを出した。

「わかった。女苑、あんたはもう私の妹じゃない」
「そうそう、わかってるじゃない。姉さんが天人に憑けば私の勝利は確実……」
「第三勢力として私一人で戦うわ」
「そっちかい!!」

まさかの独立宣言に女苑はずっこける。紫苑は例のスーパー貧乏神状態で戦うつもりなのだろうか。チート級の幸運持ちな天子はともかく、不幸の巻き添えを喰らいかねない女苑からしたらたまったものではない。だが女苑の戸惑いも気にせず、紫苑はドライに言い放つ。

「私だっていい加減あんたの思いつきのわがままには頭にきてるのよ。だいたい妹ってのは姉の都合をこれっぽっちも考えやしないのがムカつく。いっそ絶縁してやりたいくらいよ」
「ちょっ、なんでそこまで話がこじれてんのよ!」
「だって姉妹のいいとこって好きな時に縁切ったり切らなかったりできることじゃないの?」
「そんな殺伐とした姉妹聞いたことないけど!?」

あっけらかんと告げる様はまさに最凶最悪のエゴイスト、自分のことしか考えちゃいないのである。ところで疫病神も貧乏神も縁切り神ではない。安井金比羅宮の神にでも縋るつもりなのだろうか。
そんな姉妹のやりとりをよそに、退屈そうな天子が苛立って剣を地に突き立てた。

「おしゃべりは済んだか? 二対一でも三つ巴でも好きにすればいい、私を楽しませてくれるのならな!」
「はい! 全力で戦います! ついでに女苑に日ごろの憂さ晴らしも」
「どさくさに紛れてそれが本命かよ、この貧乏神が!」
「はっ、お前達に贈る言葉はこれだ、罪は欲すべきより大なるは莫く、咎は得んと欲するより大なるは莫く、禍は足るを知らざるより大なるは莫し! 我儘千万な性格を改めよ!」

お前が言うな。この時ばかりは仲違いした姉妹の心も一つだったかもしれない。
紫苑は早くも青白いオーラを全身に纏っているし、天子はありがたみもなければ説得力もない尊大なお言葉をのたまい剣を振りかざすので、もうこうなりゃヤケだ、と女苑も拳を構えた。天子は紫苑にも女苑にも分け隔てなく(というか無差別に)攻撃し、紫苑は天子の攻撃を受け流すついでに本気の貧乏玉を女苑にぶつけてくるし、女苑も天子のついでに紫苑にも拳を向ける。とはいえ姉妹は結局、足の引っ張り合いよりも現でも出鱈目なパワーを発揮する天子の相手で精一杯になる。

(これって結局、私と姉さんの共闘じゃない?)

そんな女苑のぼやきはかき消され、三つ巴の不毛な争いが幕を開けた。
結論から言えば女苑は負けた。ついでに紫苑も負けた。姉妹が倒れ伏す天界の地にはただ一人、天子だけがぴんぴんして立っている。

「言ったとおりでしょ?」

得意げに胸を張る天子が忌々しく、女苑は力を使い果たしてげっそりしている紫苑を睨んだ。

「姉さん、手を抜いた?」
「はあ? そんなことするわけないじゃない。天人様が強かった、それだけよ」
「そうなんだ。私はてっきり愛しの天人様に負けてあげたくなったのかと」
「女苑、本気で言ってる?」

紫苑は起き上がって女苑を睨み返す。また何かの地雷を踏み抜いたらしい。いちいち面倒くせえ、と女苑は顔をしかめる。

「私が誰かのために勝ちを譲るとか思ってるの?」
「一ミリも思ってないわ」
「そうよ。私はいつだって自分が一番かわいくて一番大事なの。たとえ天人様でも譲れないわ。限られた人生の中でどうして他人のことなんて考えて生きていかなきゃいけないの?」
「うわあ……」
「だいたいねえ、負けっぱなしの人生が楽しいわけないじゃない。私だって勝利の美酒を浴びるほど飲んでみたい。好きなだけ財を巻き上げられるあんたにはわからないんだろうけど。妹のお下がり貰う姉って何? 普通逆じゃない? 私だって真新しい着物が欲しいしきんきらの小物が欲しいし……」

これはまずい流れだ。完全に愚痴モードだった。女苑は普段なら同意するはずの紫苑の強欲ダダ漏れっぷりに引きつつどうにか諌めようかと考えるが、紫苑の愚痴は止まらない。

「そもそも完全憑依の時だってさ、私が負けを押し付けられるなんて嫌だって言ったのに、女苑がこれが一番効率がいいんだって譲らなかったでしょ。それがあの有様よ? 私だけ負け損じゃない。石油だってもうどこにもなくて私達に残ったのは大量のツケだけ。曲がりなりにも双子だってのに、妹のあんたはいつもいつもいい思いばっかりして、姉の私はいつもいつも貧乏くじを引かされてばかり……」
「あーもー、うるさい!」

あまりのしつこさにうんざりし、愚痴るだけ愚痴って自分からは何一つ改善しようとしないくせに、と女苑もブチ切れた。

「そういう姉さんはいっつもウジウジ膝抱えて愚痴こぼしてばっかり! 私は世界で一番不幸でかわいそうなのよって悲劇のヒロインぶって自分からはなーんにも変えようとしない、動きもしない、口開けて幸運が降ってくるのを待ってるだけ! 私が何か提案してもすぐでもでもだってって文句をつける! そのくせピンチになったらいっつも『女苑、どうしよう?』って泣きつくんでしょ? ふざけんな! 甘ったれんのもいい加減にしろ! ちょっとは“お姉ちゃんなんだから我慢”したらどうなの!?」
「言ったわね? あんた、姉に生まれた者に決して言ってはならないことを言ったわね!!」

全人類の姉(?)の地雷を踏み抜いた女苑に完全にブチ切れた紫苑が飛びかかってくる。
もう二人とも天子との戦闘による疲れは吹っ飛んで、口やかましい姉妹を黙らせることしか頭になかった。
二人の喧嘩は髪を引っ張るとか爪を立てるとか、そんな生やさしいキャットファイトじゃない。
ガチの殴り合いだった。

「好きであんたの姉に生まれたんじゃない!!」
「私だって好きで姉さんの妹に生まれたんじゃない!!」

そんな調子で罵声を浴びせ、殴る蹴るの暴行を続けること小一時間、さすがに疲労がピークに達した姉妹は再び力尽きて倒れた。

「おー、派手にやったな」

と、天子は他人事のように目を丸くして姉妹をしげしげ見つめていた。すっかり天子の存在どころか剣を奪うという目的すら忘れていた女苑は眉をひそめる。

「あんたずっと見てたの?」
「いやー、見ものだったわ。私と一戦交えた後だってのに、面白いねえ、姉妹って奴は。私には姉妹がいないから新鮮だよ」
「見せ物じゃないのよ姉妹喧嘩は……」
「て、天人様……」

姉妹は顔をひきつらせる。笑いながら言う天子に悪意は一切ない。天人の天子にとって地上の生き物は等しく虫ケラ同然、カブトムシ同士がツノを振り上げて戦っているのを人間が見ても「おーやってる」くらいしか思わないのと同じである。
さすがにこうもあからさまに見下されては、紫苑も天子に幻滅したか……ところがどっこい、女苑の姉はいつも予想の斜め下に滑り込んで行くのだった。紫苑は暗い目を輝かせて天子に擦り寄った。

「私達の喧嘩を見たらみんなドン引きするのに、そんなこと言ってくれるのは天人様だけです!」
「へ? そ、そうか、まあ私は心が広くて謙虚な天人だからな!」
「さすがは天人様! 一生ついて行きます!」
「はっはっは!」
「……何だこれ」

手揉みでもしそうな勢いの紫苑に、まんざらでもないのか照れつつも大笑いする天子。二人のやりとりを目の当たりにした女苑は呆然とするばかりだ。
調子のいい紫苑も紫苑だが、わかりやすいおだて文句で喜ぶ天子も大概である。天人らしい気高さなど微塵も感じられない。
仲睦まじげな様子を眺めて、女苑ははたと気づく。天子に出会って紫苑は変わったのかと思っていたが、紫苑のごま擦りっぷりは女苑がターゲットの人間に愛嬌を振り撒く時のそれに似ている。つまり紫苑が大袈裟なおべっかを使う理由は、天子のためなどではなく、自分がおいしい思いをしたいという下心があるからだ。
姉は何も変わってはいなかった。嫌われ者で自分一人では何も手に入れられない紫苑も、天子と行動を共にしていれば桁外れの幸運のおこぼれに与れる。天子は地上の生き物を等しく見下しているので、良くも悪くも紫苑一人を特別扱いしない。紫苑に寛容に見えるのは、地上に降りれば天人特有の傲慢かつ尊大な態度を煙たがられ、馬鹿正直に慕って持ち上げてくれる変わり者が紫苑くらいしかいないからだ。ゆえに紫苑のせいで不運を被っても嫌がって離れていかない、それだけで天子は紫苑の唯一無二だった。要は割れ鍋に綴じ蓋なのだ。

「……あっはっはっはっは!」

思わず笑い出した女苑を、今度は天子と紫苑が不思議そうな目で見てくる。笑い過ぎてお腹が痛いし、涙まで滲んでくる。

(あーアホらし、私は何を勘違いしてたんだか。あの姉さんが成長なんかするわけないじゃない)

姉が健在で安心したせいか、先ほどまで大喧嘩したこともどうでもよくなってしまった。ついでに女苑の中にあった妙な焦り――自分もいい方向へ変わらなければならないのか、という焦燥感も消えた。いつも不満ばかりブー垂れているが、紫苑は天子と一緒に地上の嫌われ者になった時だって不幸を感じているようには見えなかった。死んでも姉のおかげなどと言いたくはないが、今回ばかりは天子と同じくらい感謝してやらなくもないと思った。
姉を愛しているかと聞かれれば断固として否定する、かといって四六時中憎悪に塗れているかと言われればそうでもない。姉妹なんてそんなものでいいだろう。
どうせ紫苑だって、都合のいい時だけ“姉さん”ぶってあとは何もしないのだ。なら女苑だって、紫苑のことは都合よく姉扱いしたりそうじゃなかったりすればいい。まさに金の切れ目が縁の切れ目。疫病神にはちょうどいい。

「女苑、なんで私達喧嘩してたんだっけ?」
「さあ? 忘れた」

間抜けな質問をしてくる姉に女苑もまた適当に答えれば、紫苑は神妙にうなずいて、

「そっかあ、じゃあ大したことじゃないのね」
「ふーん。つまり今のお前らは姉妹なのか? 姉妹じゃないのか?」
「今は姉妹ですよ」
「そうか」

紫苑はねずみ男よろしくさらっと告げた。貧乏神らしい変わり身っぷりだった。
その後、女苑は命蓮寺のことも忘れて姉妹そろってしばらく天界に滞在したのち、飽きた頃に下界へ降りていった。



境内の桜の蕾は、日に日に膨らみつつある。涅槃会に、春の彼岸会に、灌仏会……命蓮寺の、もとい聖の春は忙しい。
数々の催しの準備の合間に、聖は一息つく時間を繕って、縁側に腰掛け山の方角を眺めていた。未だ白く雪をかぶった山頂に、黒い雲がかかっているのが見える。

(ようやく始まったのね)

聖は神奈子の“神事”の幕開けを悟った。山に嵐が吹き荒れればすなわち神の荒ぶる時だと神奈子は言い残していた。
聖が手を焼く依神姉妹、主に妹を大人しくしてやろうと神奈子は持ちかけてきた。神同士、それも顔見知りなら心安いと任せたはいいが、なかなか神奈子が神事を始める様子がなかったので心配していたのだ。
とはいえ無事に始まったのならもう案ずることはない、と聖が安心しきった、その時だった。

「山の天気は変わりやすい。それとも、誰かが山の神の怒りを買ったのかな?」

いつのまに境内に入ってきたのか、神子が聖の目の前に立って不敵な笑みを浮かべていた。気配は感じていたとはいえ、あまりに堂々と現れるものだからついため息が出てしまう。

「うちはいつから宗教家の溜まり場になったのかしら」
「やっぱり山の神がここに来たんだな。寺に名残が残っている」

神子は当たり前のように聖の隣に腰掛ける。聖も神子の好きにさせた。今更“目が合ったら決闘”なんて仲でもないにせよ、こんな風に前触れもなく気まぐれのように立ち寄られる理由がわからず、ただ不思議に思っている。

「神奈子さん、神事を行うんだそうですよ」
「ふうん。お前だけでなく、山の神も能動的だものな」
「どういう意味?」

思わず聞き返せば、神子は意地の悪い笑みを浮かべていた。

「舟幽霊をけしかけて三途の河に穴を開けたそうじゃないか」
「今になって蒸し返すの? ニワタリ神や死神に文句を言われるならともかく、何もしていない貴方にケチをつけられる筋合いはありませんよ」
「あれだろう? どうせお前はまた例によって、石油が危なそうだからといって封印しようとして、結局うまくいかなかったんだろう?」
「あのねえ、私が四苦八苦してるのを見てて楽しい?」
「八苦を滅した尼公とはどこにいるのだろう」
「七転八倒の言い損ないです」

神子にいいようにからかわれるのが決まり悪くて、聖はそっぽを向く。何もかもお見通しと言わんばかりの態度が憎らしい。神子はくつくつ笑って、

「私の霊廟やオカルトボールの時からちっともやり口が変わらない。たまには静観していればいいのに、相変わらずお前は落ち着きがないな」
「そういう貴方は今回大人しかったですね。まさか気づいていなかったわけでもないでしょう」
「私の仙界には石油の影響がなかった。まあ、私の元に駆け込んできた人間達のおかげで事のあらましはおおよそ把握できたけどね。一目でわかったよ、あれは私達の手に負える代物ではないと」
「だから何もしなかったんですか」
「生活に困った人間の保護くらいは請け負ったさ。けど解決まで私の出番は必要ないと思った。例の秘神がお前よりうまく隠してくれたんだろう」
「その石油をばら撒いた大元も秘神ですよ。聞けば貴方の部下と同一視されている方だそうじゃないですか、こころさんといい、畜生界の組長といい、しっかりしてくださいよ。貴方の関係者ばかり問題を起こして」
「後の世の人間が勝手に結びつけたことまで責任が持てるか。そもそも摩多羅神をありがたがって崇めたのは、お前達密教の僧侶じゃないか」
「うちのご本尊は毘沙門天様だけです。貴方もかつて信仰した神様の」
「お前のとこのは偽物だけどな。しかし八雲紫といいあの秘神といい、幻想郷の賢者は癖者しかいないのか」

神子は嘆息してみせるが、聖は神子が手を焼いているふりをして自らの伝説の華々しさを誇りに思っていることを知っている。本当に厄介なのは誰だろう、と聖は頼りになる一方で物思いの種になりがちな智将を横目で見る。

「それで? 私をからかいに来たの? 仙人は暇なのね」
「何やら石油王と富豪神を名乗る見覚えのある姉妹が暴れていた、なんて噂を聞いたんだが」

またか、と聖は眉をひそめる。確かに修行の途中で女苑に逃げられてしまったのは心残りではあるものの、神奈子も神子も聖の監督不行き届きだと思っているのだろうか。

「知っています。ムラサが教えてくれましたから」
「お前でも手に負えなかったか、あの疫病神の強欲は」
「……神奈子さんによれば、そもそも仏教の修行が合わないのだそうよ」
「そりゃあそうだろう。疫病避けの行事は神事寄りが多い」
「お坊さんだって疫病避けはやるのよ。もっとも、女苑が仏教に馴染まなかったと言われればそれまでだけど。……もうお手上げかしら。いつかマミゾウが言ってたわ、希望を失うと刹那的な快楽に走ると」
「人間ならな。あいつは腐っても神の端くれ、まあほとんど妖怪みたいなものだけど。希望を餌にしたところで強欲は治まらない」

何気なく以前の宗教戦争を持ち出せば、神子はきっぱり切り捨てる。女苑は希望を失って荒んだわけではないと聖もわかっている。元からの性格であり、彼女の持つ本能だ。

「もう放っておけばいいのに。抜いても抜いてもしぶとく根を張る雑草なんか真面目に相手にしても無駄に消耗するだけだ」
「いいじゃないですか、雑草は根強くて花も意外と見どころがあって」
「雑草なのは否定しないんだな?」
「世の中には雑草のつくしって胸張って生きている子もいるようですし」
「フィクションならな。ここには道明寺も花沢類もいないんだよ」
「光源氏や薫中将の頃から夢見る女の子の考え事は変わらないのねえ。白馬の王子様を待つなんて生ぬるいわ。狙った相手は地を這ってでも追いかけて捕まえなさい、閉じ込める鐘ならうちのを貸してあげるから」
「それ道明寺じゃなくて道成寺だろ」

頭の中に安珍と道明寺が同時に現れた神子は額を押さえる。聖としてはピンチに駆けつけてくるのが白馬ならぬ漆黒の天馬(ブラックペガサス)にまたがる太子様では由々しき問題である。
神子はかつて女苑の扱いに悩む聖に「足掻け」と言った。聖もそのつもりで足掻いてきた。星を頼って、神奈子の手も借りて、けれど肝心の女苑が背を向ければ神子の言う通り、徒労で終わるだけだ。

「ねえ、神子。私はあの子に何をしてあげられたのかしら? 私のやったことは無駄だったの?」

柄にもなく気弱になって、聖は神子に問いかける。女苑が困っているように見えたから、見過ごせなかった。しかし手を伸ばしてもすり抜けてしまうものなどたくさんある。頼まれてもないくせに誰かを救いたいなんて、超人の聖にも大それた傲慢な願いで、女苑のことを言えないくらい強欲なのだ。それを理解していながら、なお手を伸ばすのをやめられない聖は何なのだろう。聖と同じように人のために動き、それでいて女苑を救わないと決め切っている神子に聞いてみたかった。
神子は庭の桜並木を眺めたまま、無愛想に答えた。

「お前なりに手は尽くしたんだろう」
「ええ。神奈子さんだけじゃなくて、寅丸星に……私の一番弟子にも力を貸してもらった」
「あの毘沙門天もどきか」
「あの子は私以上に財宝の扱いを心得ているから。信頼してるけど、一方では心配だったの。あの子は自分すら押し殺して、誰かのために動こうとするから。重荷だけ背負わせて、ひとりぼっちで千年もほったらかしにして、他でもない私があの子を単なる偶像にしてしまったんじゃないかと……だけど、杞憂だった」

聖は今も寺の中で勤行に励んでいるであろう星を思い浮かべた。突然寺を出て行った女苑が再び戻ってきた時、聖は星の好意に甘えて星に女苑の指導を任せた。星がどのような結論を出しても見守るつもりだった。ひそかに聖が抱いた、聖とは別の答えを出してほしいという願いは、いい意味で裏切られた。

「あの子はちゃんと自分の意志を持っている。お寺に縛られず、自分の大切なものを見つけて、自分の世界を広げて行く子だったわ」

聖が笑って告げる。神子はいつか、星の隣に九尾が並んで立つ様を見たのを思い出す。神子は星をよく知らないが、聖の信頼の寄せ方からそれとなく見当はつくのだった。

「で、そいつは何をしたんだ」
「神様らしく難題を与えて試したようです。福の神の化身として、役目は果たしましたって」
「なら、そいつも最善を尽くしたわけか」

神子はそこで聖を振り返った。

「お前は救いを。寅丸星は試練を。その結果は、まあ、石油騒動に現れているが。――安心しろ、聖白蓮。お前に誰かを救う力なんかない」

神子は晴れ晴れ、とでも言うような爽やかな笑みを湛えて言い放つ。折しも春の麗かな日が彼女の背後から差し込んで、見る人が見れば神々しいと思うような立派な有様を前に、聖が息を飲むのは、ひとえに神子の無体な言葉の衝撃ゆえである。

「お前を慕う妖怪達は勝手にお前に救われたと思い込んでいるだけだ」
「……」
「……ただ、好きなだけなんだ。たまに悪態ついても、なんだかんだでお前が好きだから役に立ちたい。力になりたい。お前みたいに立派になりたい。お前んとこの連中が抱えているのは、そんな欲望ばかりだよ」
「……それなら、せめてもう少し真面目に修行に励んでほしいんだけどね」

聖は奈落の底に突き落とされたかと思いきや唐突に手を差し伸べられたような慌ただしさに呆れながら、苦笑いをこぼす。神子はずるい人だ。聖を商売敵だといって敵視し、時に苦言を呈し、突き放しておきながら、一方で聖を奮い立たせてくれる。誰よりも油断ならない危うい相手のはずなのに、弟子達以外の中で最も信頼できる。だから彼女の耳に痛い言葉にも素直に耳を傾けられた。

「欲望……お前達が執着や煩悩と呼んで断ち切ろうとするもの。私からすれば、人間も妖怪も欲望を抱いてこそ正常と呼べる。切っても切れぬ真理なのだから。欲望から逃げるのではなく、真正面から向き合おうとは思わないのか?」
「身を滅ぼしかねない欲望を絶とうとする修行が逃げだとでも思っているの? 貴方が仏教をどう捉えているかなんて今更聞かないけど、煩悩を生み出す元は心。誰しもが自然に抱く感情なのよ。向き合うことが大切だとわかっているからこそ、私は感情を否定するのではなくコントロールを大事にしなさいと説いているの」

渇いた荒れ地に蓮の花は咲かない。
聖白蓮は煩悩という泥沼の中にいる。泥の中で藻掻いて、足掻いて、時に息詰まりそうになりながら、それでも決して泥に染まらず、白い花を咲かせる。
一度は枯れかけ、泥に落ちて返り咲いたような我が身だからこそ、せめて清廉に生きたい――聖はそう願っている。
神子は聖の横顔を眺めて思う。得意とする魔法のせいか、執着を絶とうとする割には打たれ強いというか、諦めが悪いというか。なればこそ神子も遠慮なく踏み込める。

「聖白蓮。お前のありがたい教えをあいつは聞いちゃいないよ。山の神のお言葉だってどこまで響くものか。……宗教を必要としない奴に、宗教家はどうあるべきだと思う?」
「そんなの、あの宗教戦争の時に私達は嫌ほど思い知らされたじゃありませんか。宗教家としての私が不要なら……」

聖はこころの面から発生した人々の心の荒廃とお祭り騒ぎの夏を思い出す。皆が求めていたのは憂世に迷える民衆を導く宗教家ではなく、嫌なことを忘れさせてくれる派手な決闘であって、宗教への真摯な信仰を持つのはほんの一握りだ。信仰が当然のように生活の中に溶け込んでいた時代を生きた聖には、現代の一見無宗教のようで正月には初詣に行ったり葬儀には僧侶を呼んだりする感覚がいまいちよくわからないが。人間ではないが、女苑も同じようなものだと言いたいのだろう。
聖はひたすら神子の真意を思い測る。神子は聖をただ無力な存在に貶めたいだけだろうか。聖が長年かけて積み上げてきた名声や実力や肩書きをすべて剥奪して、最後に残るものは。宗教家ではない、聖白蓮の素顔は――。

「ただの白蓮が動くでしょうね」

おのずと聖は微笑んだ。

「いつだって私はそうよ。昔からずっと、弟を心配して衣を届けた時から……力弱き妖怪に心を寄せた時から……私のやりたいことは変わらないの」

千年も経てば妖怪も人間も移ろう。聖が法界に封じられる前から変わらないと思った人間の世の中ですら不変ではない。そんな無常の世の中でも、今の聖を突き動かすものが何か、考えてみれば相変わらずただのお節介だと答えが出る。僧侶としての自分を否定されたって揺るぎはしないのだ。

「お人好しの妖怪坊主め」

神子はいつか聞いたような台詞を言った。その笑みは呆れとも感心ともつかない。聡い神子には聖の答えなど聞かずともわかっていたのだろうと思うにつけても小癪なので、

「貴方は『私こそが世をあまねく救う聖者なのだ』と言いたいのでしょう? これだから為政者は傲慢で困るわ」
「人のことを言えるか。お前だって人間も妖怪も平等になんて、強欲で傲慢なくせに」
「私からすれば、妖怪も人間も皆同じ衆生に過ぎないのだから。もちろん貴方もよ、昔の聖人だからって特別扱いはしないわ」
「私に回向なんかいらないからな」
「遠慮しなくていいのに」
「図々しい、だから傲慢だって言ってるんだ」

そうこう戯れている間に、山の天気が変わった。雲が少しずつ晴れて、雪に覆われた山の表面が露わになってくる。それだけで神奈子の神事が済んだと二人には察せられた。

「雨が止んだな」

神子が立ち上がり、帰るのだと聖は思った。結局、何の用があって来たんだか、ただの気まぐれかお節介か……嫌味の一つでも言ってやりたくて、マントの端をつかむ。

「どうした?」
「暇を持て余した仙人を鍛え直す修行なら最適なものをいくつも提案できますから、またお時間のある時にいつでもどうぞ」
「無名の僧侶如きに修行の手解きをされる謂れはないな。あいにく進んで門下生を取る趣味はないが、私の高名に引かれて門を叩く者は少なくない。お前の僻みっぽい心根を鍛え直す修行なら、私の道場で請け負ってやってもいいが?」
「海人の子ならぬ尼の子ですから。たとえ地位や名声を得たところで行き着く先が貴方のような尊大な聖人なら、私は如何なる栄達にも執着しまいと思います」

笑顔の間に飛び散る火花に何を見たのか、神子は満足気に目を細める。

「それでいい。口達者じゃなきゃ坊さんなんて務まらないからな」

例のぞんざいな口調とは裏腹に、神子はマントを握る聖の手をそっと振り解く。「聖白蓮」と呼びかけて、神子は微笑む日を今か今かと待ち侘びている桜の蕾を仰ぐ。

「それでも、お前のやったことがまったく結実しないわけでもないだろう」
「え?」
「蓮は実らない花ではないのだから」
「それは――」

聖が何か口にする前に、風よりも速く神子は飛び立ってしまった。聖は咄嗟に切り返せなかったことを少し悔しく思いながら、かといって無闇に追いもせず神子の背中を見送った。
聖を商売敵と見做して容赦なく欠点を突いてくるくせに、神子は時折こんな心から認めているような台詞を聖の胸に残してゆく。その落差から来る戸惑いが聖の反応を少し遅らせた。
昼の陽気と夜の寒気の合間のような紫色。高貴さの象徴であり、神子の持つ冷徹さと優しさの二面性を表す色。あの色が風にたなびくのを見るごとに、聖の心にもまた風が吹き込む。

「人のことは勝手に暴いておいて、自分には滅多に踏み込ませないんだから。……貴方にとっての私は、商売敵なんでしょう」

聖は完全憑依に翻弄された春に、ほんのわずかに垣間見た神子の迷いを思い出してまたため息をつく。
春の心は穏やかでない。どれほど修行を積み重ねても、聖には心乱れる時もあるし、完璧ではいられない。
その原因の一端に、間違いなく神子がいるのだと思うと――聖は頭に春霞がかかったような物思いに捉われて、すでに神子の背中の消えた空をぼんやり見つめるのだった。



時は少々遡る。
依神姉妹にとって退屈は敵である。昨日何をしたかなんて覚えていないし明日何をするかなんて考えちゃいない。常に今だけを見て刹那的な快楽を求めるがゆえ、一箇所に留まるのをよしとしない。一時的に欲望が満たされても、時間が経てばまた次なる欲望を満たすための手段、言ってしまえば金づるを求めてあちこちをさまよう。もっとも紫苑は『まだ天界にいたい』としばらくゴネていたが。
そんなわけで天界を後にして地上に降りてきた姉妹は、雲海を抜けてなお薄暗い視界に気づいた。空を仰げば見事な曇天で、今にも雷雨になりそうな天気である。

「うわ、ようやく龍の巣? を抜けたのに、また雷雲じゃない」
「女苑、気味悪いからさっさと屋根のあるところに行こうよ。それにこの辺りって確かさあ……」
「ああ……あの神のお膝元だっけ」

眼下を見やれば、次第に雪が溶け出した山の緑の合間に、広大な湖と鳥居がのぞく。狭い幻想郷に二つしかない神社の一つ、姉妹にとってはあまりいい思い出のない八坂神奈子の祀られる守矢神社だ。
なるべく関わり合いになりたくないので素通りするに限る。姉妹が飛ぶスピードを上げたその時、見計らったかのように、新芽も蕾も吹き飛ばしてしまいそうな暴風が吹き荒れた。

「やれやれ、ようやくお出ましか。こっちも暇な身じゃないというのに、お前達は石油で大騒ぎしたかと思えば、今度は天界で豪遊? いいご身分だな」
「お、お前は!」

吹き飛ばされまいとしがみついてくる紫苑をひっぺがして、女苑は目を瞬く。竜巻の中から現れたのは神奈子である。相変わらず尊大な口調に威厳を誇示した佇まい、この暴風もおおかた風神たる神奈子の仕業なのであろう。
石油騒動も落ち着いたのに今更何を、と思うにつけても、女苑は神奈子に騙された(誤解である)恨みが蘇ってきて、即座に食ってかかる。

「あの時はよくも私達を嵌めてくれたな! 背中にワープトラップまで仕掛けやがって!」
「は? ワープトラップ?」

神奈子は何のことかと呆気に取られている。すっとぼけたってそうはいくか、と息巻くも、時間が経ったせいなのか、女苑も神奈子にどこへ飛ばされたか思い出せないのに気づいた。女苑はこっそり自らの後ろに隠れたままの紫苑に尋ねる。

「姉さん、あれどこだったっけ?」
「え、覚えてないよ。女苑こそ忘れたの?」
「だってなんか不気味だったような気がするし……あーダメ、思い出せない」

姉妹がひそひそと話す間、神奈子は首をひねりながら律儀に待ってくれている。やがて、紫苑があっと声を上げた。

「わかったわ、女苑。こいつは風神だもの。あのワープトラップも強風で吹き飛ばすのと一緒よ!」
「そうか、ようやく理解できたわ!」
「お前達は何の話をしているんだ?」

何も理解しちゃいない。
神奈子はうんざりしながら背中、ワープ……とぶつぶつつぶやいて、姉妹の頼りない話からどうにか答えを導き、うなずいた。

「……なるほど、例の秘神か。幻想郷には厄介な神しかいないのかしら」
「ちょっと、勝手に出てきておいて私達を無視するつもり?」
「いいえ、無視だなんてとんでもない。目には目を、神には神を。一度は匙を投げたけれど、私は慈悲深いからね。特別にもう一度相手をしてあげようじゃないか」
「は、はあ?」

姉妹があんぐり口を開けるも、神奈子はもう話を聞かない。今一度、風が強く吹き荒れ、雨すら降り出した。守矢神社の周りのみが局地的な暴風雨に見舞われる。

「底辺の神にも特別に教えてあげましょう」

神奈子はにっこり微笑んだ、次の瞬間には、威厳ある神の佇まいで姉妹に襲い掛かる。

「神は試練を与えるものだ!」

暴風雨の中、無数の御柱が姉妹に降り注いだ。姉妹は雨風に翻弄されながらどうにか柱を避けるも、突然仕掛けられた戦闘に困惑する。

「何なのこの急展開? どうするの女苑?」
「決まってるでしょ。神は乗り越えられない試練は与えない」
「それって……」

不安げな紫苑に、女苑は力強く答えた。紫苑もまた女苑の真剣な表情から何かを察したのか、無言でうなずいた。二人の考えは一つだった。
――つまり乗り越えられないものは試練ではないので、逃げてもよいのだ。

「逃げるのよ!」
「逃すか!」

駆け抜けようとした矢先に、御柱が行く手を遮る。神奈子が暴風を巧みに操り、竜巻に加えて四方八方から御柱が飛んでくる。

「おおっと手が滑った!」
「ぎゃー!」

御柱の一本が当たりそうになったその時、女苑は咄嗟に紫苑を盾にした。いつもお荷物ならせめて盾としてくらい役に立ってほしいものだ。
ぺちゃんこになった紫苑をよそに、女苑は再び神奈子を見上げる。一人潰したくらいじゃ驕らず、余裕を持ったまま蛇のような目で女苑を見下ろしていた。

「所詮、お前らは傍迷惑な強欲の荒御魂でしかない。こんな試練も私からしたらちょっとした肩慣らし……いや、ほんの“遊び”に過ぎないな」
「あ、遊びだって?」
「悔しければお前らの強欲を以って私を打ち破れ!」

神奈子はどうしても姉妹と戦うつもりらしい。暴風雨はすでに災害並みで、地面はぬかるみ、張り巡らされた御柱のせいで簡単に逃げられそうにない。自分の縄張りとはいえここまで山を荒らしていいのだろうか。
女苑は諦めて腹を括った。

「面倒くさいけどやるしかない!」
「だから、私を盾にするなー!! よくもやってくれたな、時代遅れの原始神のくせに!」
「よし、うまいことキレた」

長年の貧乏のせいか意外にタフな紫苑がブチ切れて神奈子に殺意を向ける。姉を誘導するのは容易いのである。

「傲慢な神め! お望み通り打ちのめしてやる!」

女苑は神奈子に吠え立てた。
この天災としか言いようのない暴風雨。人間の営みに恵みをもたらす雨や風も、過ぎれば害となる。もっともらしく姉妹に苦言を呈しながら、神奈子もまた剥き出しの荒御魂を持っているのだ。祟神と言わないまでも、『私を怒らせたらどうなるかわかってるんだろうね?』と脅しをかけられるだけの圧倒的な畏怖を。
しかし女苑は知ったことではない。前から神奈子は偉そうな態度の上、あらぬ暴言を吐かれて腹が立っていたのだ、こっちがあの神に目に物言わせてやる。

「鎮められるのはお前の方だ!」

姉妹は風神に立ち向かった。
結論から言えば、姉妹は完膚なきまでに負けた。神奈子は“遊び”と言った通り、ちっとも本気を出している風ではなかったが、それでも姉妹をねじ伏せるだけの力を持っていた。
姉妹はボロボロの上に雨風のせいで服も髪もびしょ濡れのドロドロ。あまりにも惨めだった。
神奈子は雨粒一つ浴びずに、悠然と宙に漂い姉妹を見下ろしている。いったいどんな嫌味が浴びせられるのか――唇を噛んだ女苑に対して、神奈子は意外にも屈託のない笑みを浮かべた。

「お見事!」
「……はい?」

神奈子は地上に降り立ち、ご丁寧に姉妹の濡れた体を風で乾かしてくれた。かえって乾いた泥が服や肌にこびりついて、あまりありがたくないのだが。呆然とする姉妹をよそに、神奈子は御柱を片付けてゆく。暴風雨もいつのまにか治まっていた。

「あの状況下でよく実力を出し切って戦えたものね。私もそれなりに楽しめたわ」
「いや……何を一人で満足してるのよ。暇を持て余したあんたの遊びに私達は無理矢理付き合わされたの?」
「あら、自分達だって神のくせに忘れているの? 神にとって“遊び”が何を意味するのか」

いつのまにか口調すら崩した神奈子に合点の行かないまま、女苑は考える。神奈子は戦闘前にも遊びだと言い放った。神遊び――すなわち祭りであり、祭りは祀りである。姉妹はいつのまにか神奈子主催の神事に参加させられていたのだ。神遊びは人間と行うことのはずだが、神同士で遊んでも神遊びなのだろう。

「私はあの羊のように欲は食えないのでね。お前達を大人しくさせるにはこうするしかないのよ。これでお前達の荒御魂が少しは鎮まったはずなんだけどね」
「はあ」

要は鎮魂に近い儀式だと言いたいのだろう。
そんなこと頼んじゃいない、余計なお世話だ、と女苑は文句を言いたかったのだが、確かに天界で天子と戦った時とは異なり、女苑に残るのは敗北の苦汁と肉体の疲労だけでなく、何か“憑き物が落ちた”ような爽快感すら覚える。天界を出た辺りからまたも心の中に燻ってきた強欲が――神奈子が荒御魂と呼ぶそれが、気がつけば大人しくなっている。神奈子の態度は癪に触るものの、戦闘の形を取ることで溜まったストレスがいくらか発散されすっきりしたのも事実である。
女苑は訝しんで神奈子を見上げる。この尊大な神が慈善事業なんてするとは思えない。

「あんた、私達に恩を売ろうってこと?」
「最初から損しか見えない取り引きはごめん被ります。またお前達が厄介事を起こして私の仕事が増えたら面倒だから、それだけよ」
「あー、相変わらず偉そうでムカつく奴」
「道を説くのが宗教家よ」
「あんたは神様じゃんかー。神様って宗教家に入れていいの?」

女苑はがっくりうなだれる。祀られる社がないせいか、姉妹の生まれつきの性格か、女苑は宗教家の真似事をしようなどとは思わない。女苑は未だひっくり返っている紫苑を叩き起こしながら、

「というか派手にやったのに、あんたの神社は頑丈ねー」
「守矢の大地を守ってくれる頼もしい相棒がいますから」
「よく言うよ。私のおかげで山の妖怪達から苦情が来ないんだから、もう少しありがたがったらどう?」

そこへまた新たな神が顔を出した。守矢に祀られるもう一柱、諏訪子だ。言われてみれば、あれだけの暴風雨の中で御柱を飛ばして派手に戦ったわりには、土砂崩れなどがまったく起きていない。坤に作用する諏訪子の御技なのだろう。
ようやく起き上がった紫苑は気怠げに女苑に絡んでくる。

「疲れたー。女苑、泥だらけで気持ち悪いし、お腹も空いたし、また温泉で豪遊しない?」
「……あら、やっぱり姉の方は駄目か」
「無理に決まってるでしょ。ツケがバレたせいであちこちで出禁食らっちゃったし」
「うわーん、ひもじい。やっぱり天界を降りるんじゃなかったわ」
「……そうねえ。疲れた神々を癒すお湯屋はなくとも、宗派不明の雑食なお寺なら心当たりがあるけど」

そこへ神奈子がわざとらしく咳払いをして、ちらと女苑に視線をよこす。まだるっこしい言い方をせずとも、幻想郷の寺なんて一つしかない。なるほど、神奈子が姉妹に取り引きを持ちかけるとは思えなかったが、すでに聖と取り引きを交わしたが故の神遊びだったのだ。聖も酔狂なことをするなと思った瞬間、女苑が寺を去る時に最後に見た聖の名残惜しげな表情がよぎった。

(ああ、また……)

女苑は再び胸に郷愁が去来するのを覚える。いつもなら強いて振り払うところなのに、神奈子との神遊びの余波か、女苑は余計な意地も消えてぼんやりと思い出に耽っている。
あれから女苑は一度も命蓮寺を訪ねていない。聖や星はいつ来てもいいと言っていたが、女苑は正式な弟子ではないし、他の修行僧達が女苑の問題児ぶりに思うところがあるのは知っている。それでも内心で何を思っていようがあからさまには表に出さず、訪ねれば客の一人として受け入れてくれるだろう。邪な動機でなければ、あの寺は人間も妖怪も歓迎する。
天界の退屈な暮らしには飽きた。他に行くあてもないし、神奈子も己の神社で姉妹を受け入れる気は毛頭ないようだ。

(これは、暇つぶしにちょっとくらい顔を出してやってもいいかなーっていう、ほんの気まぐれよ)

女苑はもうすっかり腹を括った。石油騒動でムラサとは顔を合わせたし、女苑達の噂は命蓮寺にもすでに届いているだろう。例えお説教をくらうとしても受け流せる余裕があった。己の強欲が落ち着いたせいで、ほんの少し心にゆとりができていた。

「……そうね。ここらでちょっくらあのストイックな連中の仏頂面を拝んでやるのも悪くないかもね」
「えー? 私、あのお寺にあんまり近寄りたくないんだけど……」
「じゃあ姉さん一人で天界にでも戻ったら? どうせ長らく別行動してたんだし、今更でしょ」
「え、本当に行くんだ……あんなに嫌がってたくせに。まあいいや、私だってまだ天人様の元をお暇するには早いと思ってたし」
「決まりね」

姉妹は別れを告げ、神奈子への挨拶もそこそこに紫苑は天界へ、女苑は命蓮寺へと別々の道を行き始めた。
去ってゆく姉妹を見送って、神奈子はぽつりとつぶやく。

「相変わらず決断の早いこと。拗らせて捻くれてるかと思えば、意外なところで素直。あの行動力がいい方向に向けばベストなんだけどねえ」
「そういう神奈子は人のこと言えるの? 言っとくけどあんたの強欲っぷりも大概だからね。昔っから新しいもの好きだし、手が早いし、独断で勝手な行動に出るし」
「それで守矢神社にいっそう信仰を集められるのだから問題ないでしょう。神様だって時代の潮流に乗らないと生き残れないのよ」
「それはあんたの話。ちょっと信仰を失ったくらいでなーにを焦ってたんだか」
「あら、つれない。元の社の主である貴方の顔を立てて考えてあげたというのに」
「大きなお世話よ、本当に身勝手なんだからさあ」

諏訪子と軽口を叩きつつ、神奈子は次第に遠ざかる姉妹の背中を睨むように見つめた。

(せいぜい好き勝手生きろ、強欲の荒御魂ども。その悪行に目を光らせているのは、何も私だけじゃない)

それこそ、姉妹が異変を起こした時に行動した神子だとか、何より彼女達のために神奈子との取り引きに応じた聖だとか。今なら神奈子にも、姉妹が幻想郷に馴染んで好き勝手やっているのを何となく許される理由も理解できる。

(ここまでお膳立てしてやったんだから、後はしっかりやりなさいよ、白蓮)

心の中で聖に念を押して、神奈子はすっかり雲が晴れて日が差し込む神社の中で大きく伸びをした。

「さて、私も今度こそ先を越されないように準備をしないとね」
「何、また何か企みごと?」
「決まってるでしょう。被害を被った核融合炉の再点検。石油汚染による損失の穴埋め。索道の運行も順調とはいえ、それらを補うためには、更に新たなビジネスも視野に入れておかなくては」

やり手の実業家のようににやりとほくそ笑む神奈子の横顔を見て、諏訪子は「こいつが山の妖怪達に陰で何て言われているか教えてやろうかな」と思ったが、あえて口に出さないでおいた。



女苑が久しぶりに訪れた命蓮寺は、びっくりするほど何も変わっていないように見えた。門をくぐって奉納毘沙門天王ののぼりが並ぶ石段を登って、未だ蕾の桜並木に囲まれた参道を通り抜けた先には、質素ながら立派な佇まいのお寺が堂々と構えている。
相変わらず参道で掃除をしている響子を捕まえれば、響子はたいそう驚いて鼓膜が破れそうな大声を上げた。そんなわけで挨拶をするまでもなく、女苑の再来は寺中に知れ渡り、すぐさま寺の内に招かれ聖と再会することとなった。

「まあ、久しぶりですね、女苑」

女苑を見るなり満面の笑顔を見せた聖もまた何も変わっていないように見えた。女苑の来訪を心から喜んでいるようだが、女苑は聖を睨む。

「あんた、山の神のことなんだけど」
「何のことでしょう」
「いや知ってるんでしょ?」
「ああ、石油騒動の際に貴方達姉妹にガツンと言ってくださったそうですね。おかげで私から貴方に言うことはありません」
「だからはぐらかすなっつの、また横着か。あんた今度はあの仙人じゃなくて山の神とグルになったの?」
「詳しいことは何も。神事は仏事を忌むので、僧形の私達がいると不都合なのですよ」
「あんたの見た目のどこが僧形なのよ」

髪は長いし服も白黒なだけで坊さんらしくない。神奈子との取り引きについてはどこまでもすっとぼけるつもりなのが忌々しく、女苑はため息をついた。聖は女苑の顔をじっと見て、しみじみつぶやいた。

「……本当に久しぶり。ムラサから貴方の話を聞いた時は驚きましたよ」
「お生憎様、私は刹那的な富を貪るのが大好きなの。あの虎にもよく言っておくといいわ。今更お説教されようが改めるつもりはないから」
「だけど、貴方はまたお寺に来てくれた。貴方に邪な動機がないのはわかっています。私は有耶無耶になってしまった、貴方の中の憧れについて心残りがあるんですよ。これも何かの縁だと思って、また一緒に修行をしましょう?」

女苑の皮肉にもめげない聖の菩薩のようなまっすぐな笑みは、やっぱり女苑には直視しづらかった。女苑は渋々折れて、といったふりをして承諾した。
そうして女苑はまた命蓮寺に居候として滞在することになった。寺の妖怪達もやはり顔触れは変わりなく、「あ、久しぶりー」と軽く挨拶してくる者、「うわっ、また来たんだ」と顔をしかめる者、「やーい出戻りー」とからかってくる者(シバこうとしたら突然消えてしまった。相変わらずの正体不明だ)、何も言わない者、それぞれだった。
修行僧の増減はなく、生活リズムも大した変化はない。しけた食事とストイックな修行の数々が女苑を待ち受けていた。再び衣服は質素な小袖に着替えて、朝早くに起きて、眠たいまま体を動かして、意味のわからないお経を読んで、雑事にこき使われて。特に昼過ぎに行われる座禅は退屈の極みだった。無言で同じ姿勢を続けるのもつらいし、温かな気候のせいで眠気がいっそう増す。思わずあくびをしたら、聖から思いっきり警策を肩に喰らった。

「痛ーっ! ちょっと、力強すぎない?」
「座禅中に大きなあくびをする者がありますか。無駄口は聞かない、警策をいただいたら合掌し無言で一礼」
「殴る奴にどうやって感謝しろっていうのよ!」

女苑が立ち上がって抗議すれば、一緒に座禅を組む者達の肩が震えているのが見えた。笑いを必死に噛み殺しているらしい。そいつらにももれなく聖の警策が振るわれた。

(石油で儲けてた頃の豪遊からは程遠いわ)

女苑は心の中で舌打ちするも、一方でどこか実家のような居心地の良さを覚えている。
修行中はきびきび動いているように見える妖怪達も、夕食過ぎには緊張の糸がほぐれるのか、打ち解けた内輪の雰囲気が出てくるし、「こないだ檀家さんに聞いたんだけどさー」とか「この前の涅槃会の後はね」とか、たわいもないおしゃべりに花を咲かせる。女苑は混じるでも混じらぬでもなくただ聞き耳を立てて、夜には例の、以前引き取られた時に貸し与えられた一人部屋にこもって早々に寝入るのだった。

(まさか、この部屋までそのまんま残してるとは思わなかったけどね)

元から物が少なく、客に貸し与える場所なのか、聖に「またこの部屋をどうぞ」と案内された際は柄にもなく懐かしくなったものだ。今でこそ布団に入れば即座に寝息を立ててしまうが、戻ってきた当初は何故だか胸が騒いでなかなか寝つけなかったのを思い出す。
聖はどういうわけだか、以前よりも口喧しさが減り、強いて修行に引っ立たせることもしないので、時にマミゾウやぬえなど他の居候のように修行をふけることもあった。修行僧達とも、元より特別仲のいい者などいなかったが、浅くも深くもない付き合いをしている。それでも女苑が自ら修行に赴けば聖はたいそう喜んで、女苑を分け隔てなく人並みに扱う。女苑も神奈子の一件以降、強欲が落ち着いたせいなのか、前よりかは意地を張らず素直に聖の言うことを聞けるのだった。

(……これでいいの?)

桜がようやく開き始めた頃、女苑は己に問いかける。
未だに修行が馴染んだとは言いづらいし、お説教には口答えしてしまうし、難しい念仏は右から左へ流れてゆくが、質素で慎ましい生活も悪くないじゃないか、と前にもまして思い始める自分がいる。
このまま聖の弟子に収まって、地道に修行を続けて、いつか財宝や富への執着がなくなれば、誰にとってもめでたしめでたしな落着なのだろう。

(――だけど、最ッ高につまらない大団円だわ)

質素な生活も悪くないと満たされるにつれて、この女苑とは別の、こちらの方が本性といってもいい、強欲でエゴイスティックで派手好きな女苑が顔を出す。悲しいかな、聖が誰しも二面性を抱えていると指摘した通り、女苑は修行に戻っても強欲な己の顔を決して消し去れないのだった。
指輪もネイルもない指はすっきりしているし、帽子も髪飾りもない頭は軽いけど、物足りなく感じる。こんなの私らしくない、私の望む生き方じゃないと地団駄踏んで暴れたくなる。
――聖の言うように、アンビバレントな自分を肯定するのが望ましいのだろうか? 寅丸星が示した通り、どれもこれも私の一面だと開き直るのが楽なのだろうか?
自分にそう言い聞かせてみようとすればするほど、かえって意固地になり反発したくなる。行儀よく真面目なんてクソくらえ。清貧なんてまやかしだ。一度や二度誰かに怒られたくらいで富に媚びる生活を捨ててやるものか。
とはいえ天子と戦い紫苑の図太さを改めて思い知り、神奈子との戦いで強欲を鎮められ、聖の元で修行を再開したせいか、これらの苛立ちは女苑の中で充分にコントロールできる程度のものだった。前みたく聖や星に八つ当たりをしなくても済む。
外を見れば桜が短い盛りを知らないように誇らしげに咲き乱れている。別に桜ばかりが春の花でもないにせよ、桜が散れば春も終わってしまうような気がするのは何故だろう。
――決着をつけるなら、春が終わる前に。女苑は不意に思い立った。

「あんた、武術や格闘技の稽古はするの?」

ある日、女苑は単身で聖の元を尋ねた。一度預けたジャケットやブランド品をすべて身につけ、化粧も髪型もしっかり整えてきた女苑を見て聖は目を見張るも、すぐに答える。

「もちろん。うちでは財宝神ですけど、毘沙門天は戦の神でもありますからね。一輪や雲山はよく手合わせを願い出てきますよ」
「じゃあ私とも手合わせして」

出し抜けに女苑は申し出た。指輪でジャラついた拳を握りしめ、人差し指であからさまに挑発すれば聖は微笑んで、女苑を修行の場まで連れて行った。

「いいでしょう。言葉より拳が雄弁に語ることもあるでしょうから」
「とてもお坊さんの台詞とは思えないわ」
「戦いも方便なのです」
「あんた、何でもかんでも方便って言えば済むと思ってない?」
「では仏に代わっておしおきよ、とでも言いましょうか?」
「やっぱ方便でいいや」

女苑が苦笑を引っ込めると、聖もまた奇妙な七色の経典を出して詠唱を済ませる。今はお互い相棒がいないけれど、二人はいつかの異変の時のように対峙した。

「そのツラ叩きのめしてやる、生臭坊主!」
「いざ、南無三――!」

結論から言えば以下省略。膝をついて荒い息を吐く女苑に対し、聖はわずかに息を乱しながらも汗ひとつ流していない。そこそこ善戦したと思ったが、聖はあくまで稽古の題目で女苑の相手をしたまでだ。女苑の突き出す拳を適度に受け流し、稽古にしては容赦なく肉体技を女苑に叩き込む。

(あつい……)

汗で張り付く前髪が鬱陶しい。袖口で拭えばどろっとした嫌なしみが広がって、メイクが崩れたと顔をしかめる。打ち負かされて、服も髪もぐしゃぐしゃで、気分は最悪なはずなのに、不思議と流した汗は不快なものではなかった。
聖の言う通り、女苑のアクセサリーは防具であり武器でもある。己が何者かを示す証で、これがなければ女苑は戦えない。
けれど聖は身につけるものなんてせいぜい首から下げた数珠や独鈷杵くらいで、ほとんど術で強化した素手のみで女苑に立ちはだかった。千年かけて聖の心身を鍛えた技――法力と魔法、両方を女苑は味わった。片や清浄な力、片や魔術や妖術の類。聖はアンビバレントな力を平然と両立させている。
――それがあんたの二面性なのね。

「立てますか?」

唇を噛む女苑の胸中を知ってか否か、聖は当たり前のように手を差し伸べてくる。
聖を直視するのが難しいなら、戦えばいいと思った。聖は隠すことなく自らのありのままを示してくれる。そうして女苑が捉えた聖の実像は、初めて命蓮寺に引き取られた時と変わらない、清濁を併せ呑むお人好しに見えた。聖性も邪性も受け入れて、それでいてすべてを許容するほど寛容ではなく、厳しくもあり優しくもあり。見返りなど求めない、目の前の相手が困っているから見過ごせない、自分に助ける力があるから使う、本当にそれだけなのだ。
たぶん女苑は聖のすべてなんてわかっていないし、理解できるはずもないが、本質の一端を確かに捉えた気がする。聖に質素な願望について指摘された時、必要以上に狼狽してしまったが、別に聖だって女苑のすべてをわかってなんかいないだろう。それでもお互いの本質をちょっとは知っている。強欲な女苑にしては珍しく、それでいいような気がした。
敗北は悔しいものの、最初から勝てるとも思っていなかったせいか、女苑は勝敗にそこまでこだわっていない。けれどもこのまま素直に聖の手を借りて立ち上がるのは癪である。
最後の気力を振り絞って、女苑は自力で立つ。下を向いたままの女苑を、聖は拗ねているとか意固地になっているとか、そういう勘違いをしているだろうか。目の前に聖の細く白い腕が見える。その手を無視して、女苑は不意に大きく両腕を振り上げ、聖目がけて突進する。聖が再び身構えた、その時――女苑は聖の胸に顔を埋めた。

「え? えっ?」

真上から困惑した聖の声が聞こえてくる。さすがにこの行動は予測できなかったらしい。ざまあみろ、と少しだけ気をよくして、女苑は絶対に顔を見られないように顔面を強く押し付けて、両手ですがりつく。

「ねえ、聖。故郷は遠きにありて思うもの、とはよく言ったものだわ」
「女苑?」

女苑はくぐもった声で話し続ける。どさくさに紛れて聖の服で汚れた顔を拭いているのはたぶん気づかれていない。
女苑が本当に望むのは、富を集める生き方か、質素な生き方か。とっくに答えは出ていたし、自らの意地の限界もとっくに見えていた。

「別に故郷ってほど思い入れはないし、少しだけ……本当に少しだけよ? 私がこの寺を思い出したのは。あんたが気がかりだったのは。だけど、いざ来るとやっぱりつまらない。ここにいると退屈して仕方ない。私が堕落する」
「修行の場なのに堕落とは……」
「私は疫病神なのよ。本当の豊かさなんて知ったこっちゃない。財宝の光がまやかし? 清貧の慎ましさこそがただの目眩しだったわ。私は誰に何と言われようと、富を浪費して刹那的な快楽を求めて生きていくの。たとえあんたに認められなくたって……」
「認めるわ」

清廉な声が響いて、女苑は思わず顔を上げた。聖はやはり、あの菩薩のような笑みで女苑を優しく見下ろしていた。

「貴方の信じる貴方も、貴方の認めたくない貴方の存在も、私は認めるわ」

いつか女苑が聖の手を叩き落とした時に吐き捨てた台詞への意趣返しのようだった。その笑顔を見ていると、女苑はやはり悔しさと惨めさで泣きたくなってくる。

(やっぱり、こいつがいると私は堕落する)

姫女菀は咲く場所を選ばない。
依神女苑は荒れ地にも野山にも道端にも町中にも、どこにでも現れる。可憐な見た目に反した異常なしぶとさを持ち、簡単には駆除できない上、在来の生き物の営みを邪魔する有害さで誰にも彼にも嫌われる。
けれどもそれを誇りとして逞しく強欲に生きたい――女苑はそう思っている。
命蓮寺に正式に入門し、修行を積めば、きっと女苑が望む質素で慎ましくも心豊かな生活は手に入る。その代わり、欲望に身を委ね富と財で着飾り、今さえよければいいと刹那的に生きる爽快感は失われる。
千年もの間過酷な運命に翻弄された命蓮寺の妖怪達は、仏の教えに縋り心の平安を求めるだろう。だが女苑は平穏より、苛烈で刺激的な生活を欲する。ゆえに仏の教えに背くし、蓮のような神聖な仏の御座になんかなりたいとも思っていなかった。
それに、いくら有害な強欲を持ち合わせていても、清廉な白蓮を枯らすのは忍びない。場所を選ばない女苑でも、泥の中の共生は無理だとわかっていたのだろう。聖だって質素倹約の心得を説いても仏門に帰依してくれとは頼んでいない。再びうつむいた女苑の背中を聖は優しく撫でる。聖が抱きしめようとするのを嫌がって女苑が身をよじっても、手だけは決して離れていかない。

「不器用な子。矛盾だらけでもそれが私だ、って開き直って生きて行く道だってあるのに」
「私はあんた達とは違う。どうしようもない甘ちゃんだよ、あんた。尼だけにね」
「つまらないですね」
「うるせー。わかっちゃうんだよ。私が本当に行きたい道はどっちかって。私は富が豊かなら心が満たされるの。いい加減修行にも飽きたとこだし、また出て行ってやるわ」

女苑の理屈は、側から見れば不器用な未熟者の駄々かもしれない。優しさを素直に受け取れない、こっちへおいでと手招きされてもそばへ行けない。それでも女苑にとってはある意味前進なのだ。質素な生活への憧れこそが、強欲な女苑が唯一自分の意志で手放せるエゴ、すなわち欲望なのだから。
聖の声音には呆れが滲んでいるも、女苑を突き放しはしない。ならばこれもわかってくれるはずだと甘ちゃんに甘えて、女苑は顔を上げる。

「聖。私が約束とか誓いとか言ったら、信じるの」
「当たり前でしょう」
「ならあんたには言う」

迷わず言い切った聖に安心して、女苑は以前女苑の指導にあたった、今はあまり顔を合わせていない寅丸星を思い出す。今でも星とは反りが合わないし嫌いだと思っているが、彼女が示した道が女苑の選択に影響を与えたのも事実である。聖のためにとええかっこしいなあいつの顔を、少しは立ててやろう。本人には絶対に告げないが、本物の神から偽物の神へ与える慈悲である。

「私、これからも取り憑く相手は選ぶから。分不相応なくらい富を溜め込んでる奴って案外ガードが甘くてちょろいのよ」
「……迷惑をかけるのはほどほどになさい。一線を越えてしまったら、私でも寛容な顔をできなくなる」
「あんたが寛容だったことなんてあったっけ」

へらっと笑うも、聖は真剣な顔をしている。最後に茶化しても、女苑の真面目な決意は伝わったらしい。

「貴方がまた悪事を働いたら、私が叱りに行きます」
「あんたが忙しい時は?」
「私のようなお節介が動いてくれるでしょう。秩序のために動くのは私だけじゃないのよ」

聖は神子や神奈子や霊夢を念頭に置いているのだろう。つくづく宗教家は説教くさくて嫌になる、と女苑は肩をすくめた。

「……本当に、出て行くからね」
「……留まるも行くも、限りですね」

聖にすべて打ち明けたせいか、質素な生活への未練は薄くなった。命蓮寺に世話になることもなくなるだろう。あれだけ出て行きたい、修行はうんざりだと思っていたのに、いざ別れを思うと切なくなる。未練がましい、もう中途半端は嫌なのに今更どうして、と目頭が熱くなるのを女苑はぐっと堪えた。

「聖。さよならがつらいのはどうして?」
「――この世に不変のものなどないと、気づかないから」

女苑が震え声で尋ねると、聖は開け放たれた格子の外に見える桜を指した。花の盛りは短い。強い風がなくとも一枚、また一枚と春を象徴する花びらは無常に散ってゆく。

「夜空の月、春の花、川の流れ、澱みの泡沫。おおよその人間も妖怪も、それらすべてが同じように見えて何一つ同じではないと、気づけない。変わってゆくように見えるものが怖いし悲しいの。だから八苦の一つに離別の苦しみが含まれる」

本当かな、と女苑は訝しむ。何せ女苑の厄介な姉、紫苑はまったく変わる兆しがないのだ。……あるいは今より悪い方向に変わるという可能性も捨てきれなくはないが。

「諸行無常……たったそれだけに気がつくのに、私は千年もかかってしまった。それでも心の奥底から数多の感情が湧き上がることだけは、留めようがないの」

気づけば聖の目もまた涙でうるんでいるように見えた。女苑は今、聖の感情を真正面から浴びている気がする。もう聖と目を合わせるのは怖くなかった。聖の心に溢れる悲しみ、花を踏んで惜しむ少女の春。この世は泡沫の夢と悟り切ってるくせに、女苑との別れを名残惜しみ、寂しいと思ってくれる。馬鹿だなあと思った瞬間、聖が尊い聖人というよりただの人間のように見えた。

「大丈夫、貴方はまだ若いんだから、いくらでも道を選べる。間違ったっていいの。やっぱりこっちじゃないって、途中で選び直してもいいの」
「うるさいなあ、年寄りくさいこと言うなよ」
「貴方に貸した部屋。また空けておくわ」
「余計な気を回さなくていいったら。勝手にあんた達の傘下に入れないで。姉さん一人ですらクソ面倒くさくて持て余すのに、これ以上家族とか要らないわ」

女苑にどう見られているかも知らずにまだ大人びた忠言を言う聖を押しのけて、女苑は服の皺を伸ばした。化粧はすぐに直そう、髪型はセットが面倒くさいから適度にとかして解いたままにしておこう。そう考えながら、女苑はさりげなくといった風に聖に尋ねた。

「あいつはいるの?」
「あいつとは?」
「ほら、あんたの自慢の一番弟子」
「ああ、星のこと。もちろんいますよ、顔を合わせたでしょう」
「そいつと話がしたいんだけど」

聖は目を見張った。女苑としては中途半端に命蓮寺に遺恨を残しておきたくないから、星と話をつけるのも当然だと思い至ったのだ。星はもうほとんど女苑に関わらないが、かといって無関心なわけでもない。聖もすぐに驚きを引っ込めて、笑顔で送り出した。

「自分の部屋にいるはずよ。行ってらっしゃい。あの子も、表に出さないけど貴方を気にかけているのよ」
「私は分別くさい奴は嫌い」

女苑が口を尖らせて言うと、聖は困ったように眉を下げた。



女苑が星の部屋を尋ねれば、星はほんのわずかに目を瞬いた。女苑の身なりを見て「花の衣に」とつぶやいたが、まったく動揺を見せずに女苑を迎え入れた。

「お久しぶりですね」
「座禅で一緒になったけどね」
「ですが、貴方と一対一で話すのは久しぶりです」
「ちょっとは財宝の魅力に気づいた?」
「最初から知っています。知っているから、己も他者も戒めるのです」
「相変わらずつまらない奴」
「貴方も変わりないようで。風の噂で貴方達姉妹の悪行を聞くたびに、聖は頭を抱えていましたよ」

星は微笑を湛えている。相変わらず笑顔で綺麗事をはきはきとのたまう様が苛立たしく、女苑はため息をついた。

「嫌味だわ。また何かキャラ作ってる?」
「今の私は素ですよ」
「じゃあ素で嫌な奴か」
「何とでも。私は聖の弟子であり、虎の妖怪であり、財宝の神様・毘沙門天の代理であり、一介の僧侶であり……」
「いつ聞いても肩書きが多すぎる。どこぞの秘神といい勝負じゃない?」
「あのお方には劣りますよ。いくつも抱えた顔の多さたるや、ミ◯・マス◯ラスと同一視される日も遠くないでしょう」
「されねえよ」

ノリノリで仮面レスラーに扮する秘神を想像した女苑はこっちが頭を抱えたくなってきた。例によって、星はおちゃらけてるんだか真面目なんだかわからない奴である。

「じゃあとりあえず福の神としてのあんたに言っておくわ。私はあんたなんかの力を借りなきゃ幸せになれないほど落ちぶれてないから。馬鹿にしないでよ」
「それは結構なことです。悩みや苦しみなら寄り添うこともできますが、やはり幸せは自分で見つける方が良いでしょう」
「……あのさあ、それじゃ福の神のあんたの役目って何? 本当にただの偶像?」
「私に誰かを幸せにする力なんてありません。貴方が自分の力で幸せになれるよう、力を添えるだけ。要はお手伝いです」
「何それ詭弁? 散々私を否定しといて何が手伝いよ」
「人から奪ってゆく人を放ってなどおけますか。それに私は清貧を薦めるだけでなく、貴方にずっと『本当にそれでいいのか』と問い続けてきたつもりだったんですがね」
「タチの悪い……。私が揺れてるのわかってたでしょ?」
「二つに一つで悩む時、大抵の人は心の中で一つに絞っているものですよ。今の貴方ももう心に決めているようですし」
「……」
「無限に財宝をばら撒くのが財宝神の役目でしょうか。貴方が欲してやまない富を私は望まない。幸せの形が人それぞれなら、自力でつかむべきなんです。そのための助けなら私は惜しみません。それが、私の考える福の神としての在り方です」

星はずっと威厳のある佇まいを崩さない。優等生ぶった姿勢は気に食わない、と思いつつ、一方で女苑はそりゃあそうかと納得している。根本的に他力本願を説かない寺で、常に他力本願な紫苑は命蓮寺に寄り付かない。思い返せば、星は質素倹約の美徳を説きながらも、女苑が自分のために自分の金を散財することは否定しなかった。
女苑はじっと星の目を見つめる。時が経ってもやはり目障りな、偽物の虎の瞳。女苑は目を逸らさず簡潔に問いかけた。

「あんたが財宝に魅力を感じない理由は何?」

出し抜けな問いに星は少し首を傾げてから、

「私にとっては法の光が……」
「それは前に聞いた。もっと具体的に教えて。あんたは前から私にあれこれ質問してくるわりに、私には問いかける暇すらくれないじゃない」

女苑がぶつくさこぼすと、なぜか星は微笑ましげに口元をゆるめた。

「では、女苑はなぜ財宝が価値を持つと考えるのですか?」
「は?」

また質問かよ、と思いつつ答える。

「決まってんでしょ、綺麗だし目立つし、何より希少性があるんだから。それだけでステータスよ」
「ではあらゆる財宝に希少性がなくなれば、財宝の価値はどうなりますか?」
「……失われるでしょうね」

どうせ仏教的無常観に照らし合わせて財宝も無常と言いたいのだろう、などとうんざりしながら星の顔を見て、女苑ははっとする。いつのまにか星の顔から笑みが消えていた。
財宝はあくまで贅沢品で、商売に必須の金銭だって物を得るための手段でしかない。星は知っているのだ、財宝がまったく価値を持たない瞬間というものを。

「この千年でも、外の世界は何度、大飢饉に襲われたことでしょう」

星は外の桜を眺めて、静かにつぶやいた。己の過去を語った時とも、女苑を咎める時とも違う、作り物みたいな顔をしている。
人間は財宝で腹を満たせない。大飢饉の中では、食べ物の方が遥かに価値が重かったのだ。

「私が初めて飢饉を経験したのは、聖達が封印されて二百年が経とうとする頃でした。ひどい有様です。数多の死骸が弔いもされず、道端に捨てられて、死臭で溢れかえって。死肉を貪る妖怪は喜んでいましたが、人間の数が減れば妖怪だって無事ではいられないんですよ。僅かな作物は当然ながら高騰する。食べ物を得られず進退極まった人間は、あろうことかお寺に押し入り、仏具を盗んで売り払おうとするのです。ええ、赦し難い罰当たりな所業です。ですが、飢えに耐えかねて盗みに走った者を咎めるのが仏の在り方でしょうか」
「……」
「私は自ら困窮した人間に財宝をあげたこともありました。私から与えれば、少なくとも盗みを働いたことにはならないから。けれどその人達も長く保たなかった」
「……」
「無力ですよ、私も、財宝も。それでも聖達を助けるために宝塔は手放せない。それからでしょうか、私が財宝に価値を見出せないと思ったのは。……女苑、飢えには用心なさい。荒れ狂う餓鬼は修羅を生み、見境がなくなって畜生に堕ち、やがて地獄を垣間見る」

女苑はしばし口が聞けなかった。難しくてあまり頭に入ってこないこともあったが、本当に地獄を見てきたみたいに語る星の横顔が怖かった。次々に餓鬼と化す人間に、かつて飢えた獣だった自分を星は重ねていたのか。前に女苑が怒りに任せて金品を突きつけた時の、星の憐れみを含んだ冷ややかな反応を思い出す。女苑が持つ財宝への執着はさぞ滑稽に映るだろう。
女苑はいつも腹を空かせている紫苑を思い出す。とりあえずもうしばらくは天子に押し付けておこう、と思い直して、女苑はまた別の質問をぶつける。

「もう一つ聞いていい。あんたが拠り所にする仏教は何をくれるの?」
「心の平安。私が千年求めたものです」

私が最も必要しないものだ、と女苑は反射的に思う。大飢饉の話は、星の見た地獄のほんの一部に過ぎない。おそらく千年間外の世界で生きている間に、法界や地底に封じられていた聖達とはまた別の苦難を味わい続けてきた。
しかし女苑は千年の苦労を思いやってなんかやらない。星が財宝に執着しない理由も仏教を信仰する理由も理解できたが、それが女苑と何の関係があるというのか。勝手に悩んで勝手に生きればいい、と女苑は鼻を鳴らした。

「あんたは命蓮寺を“仮の宿り”だと言った。その通り。私にとってここはホテルみたいなもんよ」
「はい?」

星が目を丸くした。いつも静かに笑っているだけのことが多い星にしては珍しい表情だった。

「ちょっと泊まってすぐ出ていくところ。暇つぶしのためにね。ま、ホテルっていうには食事も宿もしけてるけど」
「うーん……ホテル……外の世界では『春はあげぽよ』なる珍妙な古語の訳をする人間がいるとは聞きましたが……」
「それ訳じゃないから」

顔をしかめる星に女苑は少し気分をよくする。所詮、清貧を美徳とする星と強欲を正義とする女苑はどこまでも交わらない平行線で、他者から奪って生きる女苑に対し星は過去に奪われたものを取り戻すために生きている。互いに断絶した価値観の持ち主だ。
頭を抱えていた星だが、すぐに咳払いをして姿勢を正した。

「まあ、出て行くのなら止めはしません。ようやく貴方にも親しめそうで名残惜しいところではありますが、それも世の常です」
「聖とは大違い。てかあんた、私に親しみなんて感じてたの?」
「仏教には吉祥天という女神がいます。あるいは吉祥天は毘沙門天の妻ともされます」
「お、おう。いきなり置いてけぼりなんだけど」
「吉祥天もまた福の神ですが、黒闇天という姉妹がいて、こちらは貧乏神のように災いをもたらすと言われています」
「無視かよ。つまりどういうこと?」
「貴方は貧乏神の妹。私は毘沙門天の代理。つまり貧乏神を介して私と貴方は義理の姉妹と言えないことも」
「ねえよ!!」

毘沙門天(代理)の妻(諸説あり)の姉妹(貧乏神?)の妹って、もはやただのこじつけである。赤の他人に何をどう親もうと思ってるんだか、星や聖の考えは甚だ理解に苦しむ。

「偽物の神と仲良くする義理はないわ。あんたはあんたの吉祥天とよろしくやってればいいの」
「……嫌ね、誰が教えたのかしら」

星はそっぽを向いて早口につぶやいた。吉祥天と呼べるかは不明だが、彼女にそういう相手がいるのも知っている。
女苑は星の目を真正面から怯まずに見つめる。こんなふざけた話を持ち出しても、彼女は大真面目なのだ。優等生然とした温厚な偶像。聖の祈りを一身に受け止めるように、女苑がぶつける数多の怒りも怨嗟も形代のように何なく受け止めてしまう者。湧き上がる苛立ちは以前より穏やかながら、やはり彼女に抱く感情はいいものでない。星の輪郭を改めて捉えてもなお、女苑にとっての星は敵なのだ。

「女苑?」
「私が何をしようが、何を言おうが、あんたはあんたの考える正義ってやつを貫けばいい。私はそれを否定してやる」

だからこそ、女苑は心おきなく星に罵詈雑言を浴びせられる。情け容赦なくめちゃくちゃに否定できる。星だって、わかっていてわざと女苑の燗に触るような物言いをするんじゃないだろうか。

「あんたが、あんた達の考えが正しいのはわかってる。それでも私は否定する。ぜんぶに背を向けて唾を吐いて生きてやる。それが私の生き方よ」
「言われなくたって、私は私の信じる正しい道を進みます。私は聖ほど甘くないので、貴方のすべてを許容できそうにない。ですが、一切衆生の救済を目指す宗教家は手を伸ばすのです。それだけの慈悲は持ち合わせていますよ」

星はうっすら微笑んだ。女苑の答えを待っていたかのように。

「私が思うに、貴方は悪気なく他人に迷惑をかけるけど、悪意をもって誰かを傷つけたりはしないんですよ」
「うるさい、知ったかぶるなよ、あんたなんか大嫌いよ」
「知ってます」

思いっきり舌を突き出す女苑にも星は鷹揚に笑う。暖簾に腕押しもいいところで馬鹿馬鹿しいのに、女苑の余計な力は抜ける。結局、素の顔でも星は憎まれ役で、それでいいのかなんて女苑はもう聞かない。

「珍しくないんですよ、貴方みたくお金こそが至上の正義だと考える者は。貴方はどこにでもいる、ありふれたマテリアル・ガール」
「やっすい量産品と一緒にしないで。私は私よ」
「少女Aの方がよかったですか?」
「だから例えが古いっつの」

女苑はうなだれる。そいつも結局『特別じゃない』って歌っているじゃないか。
女苑が勝手に星を品定めするように、星も星の目で女苑を定義する。目利きの腕は星の方が上かもしれないが、あいにく女苑は自分の価値を他人に決められる謂れはない。そこらへんの草とでもバブルの内包する矛盾とでも最凶最悪のエゴイストとでも何とでも呼べばいい、女苑は自分こそが今宵一番華やぐ疫病神だと喧伝してやるだろう。
これ以上の無駄話は不要だと思い、女苑は立ち上がる。

「戻るわ。話を聞いてくれてありがとね」
「……」
「何その顔」
「いえ、まさか貴方の口からそんな素直なお礼を聞く日が来るとは……」
「お前終いにゃマジでぶん殴るぞ」

相変わらず口の減らない虎である。かつて石をぶつけた相手にいい印象を持っていてもおかしいが。
女苑は飛ぶ足取りで星の部屋を出て、廊下を駆け抜けた。
聖は心の奥の欲望を見抜き、救いの手を差し伸べた。
星は偽物の神として難題を課し、福の道を示した。
二人の言わんとするところを察しつつ、女苑はどちらも選ばない。
彼女達の生き方は日輪のように、あるいは一番星のように眩いが、女苑はそれ以上に、ギラギラのネオン管のような作り物の安っぽい輝きに惹かれる。飛んで火に入り焼かれようとも、身を焦がす欲望にすべてを委ねて思いのままに生きていきたい。

「半端な生き方は終わらせてやるわ」

今度こそ命蓮寺との、もとい質素な生活への願望との別れの時だ。女苑の旅立ちの日は近い。



女苑がいなくなった後、星は一人、咲き初むる桜を眺めて大きくあくびをした。女苑の前では気をしっかり保っていたものの、春の昼下がりは修行を積んだ星にとっても眠くてたまらない時がある。

「吉祥天と黒闇天。幸福と災厄。それら二つは表裏一体というけれど」

災い転じて福となす、というように、あるいは彼女達も厄介な能力の捉えようによっては、ありがたい福の神として崇められるかもしれない。
しかし女苑は崇められるよりも嫌われ者の道を選んだ。以前、星が虎に例えた本能を、女苑は星のように飼い慣らすでもなく、これまでのように振り回されるでもなく、女苑自ら振り回す勢いで一緒に付き合って行くようである。

「それも一つの道でしょう」

星は微笑んだ。千年の嘘つきは、もはや正直者の後ろ姿を見送るのみ。

「おやおや、気もそぞろのようですね。またあの疫病神とやりあったのですか」

そこへ廊下からやってきたのはナズーリンである。星は一瞬呆気に取られるも、すぐに何事もなかったかのように取り繕う。例の赤い瞳で星をじっと見つめてくるので、星もまたその目を見つめ返した。

「私、今日は貴方を呼んだ覚えはないのだけど」
「私も呼ばれた覚えはありませんね」

可愛げのない返事である。慣れているので、星は諌めもせず彼女の言葉に耳を傾ける。

「すまじきものは宮仕え。苦労と果報を秤にかければ苦労の方が多いのに、何かと気にかかって、気がつけば足が勝手に動いている。貴方はそういう従者の心をおわかりですか?」
「ええ、よくわかるわ。私だって聖の弟子ですから」

星は笑いかけた。彼女の言葉と視線の裏側に隠された意図に、星はとっくに気づいている。

「それで? わざわざ私の従者に成りすましてまで何をしに来たの、藍」

星が彼女の目を見て名前を呼べば、たちまち変化を解き、すらりと背の高い人の形に変わる。顔貌は、なるほど吉祥天といっても差し支えないかもしれないが、特徴的な耳や尻尾を見ると、荼枳尼天の方が近いだろうと星は思う。化けの皮を剥がされた九尾は呆れたように星を見下ろした。

「うまくいかなかったかな。ナズーリンが貴方に言いそうなこと、考えてみたんだけど」
「口ぶりも些細な癖もよく再現できていたと思うわ。それは誇っていいんじゃない。だけど私を見る目が違う」

ナズーリンはもっと観察するように星を見る。時に厳しく、時に心配そうに。藍は、おそらく星にしかわからないであろう甘さがどんなに繕っていても視線におのずと滲み出る。

「貴方って本当に化かし甲斐がないな。ちょっとした気まぐれで狐らしいことをしてみようと思った矢先にこれだ」
「私はね、貴方が鴉にされても豚にされても見つけ出せると思う」
「恐ろしいな。どんな不始末をやらかしたら私はそんな目に合うの? 紫様だってそんなお仕置きはしない」

藍はいたずらっぽく目を細める。ひとしきり笑い合ってから、星は「久しぶりね」と言った。

「うん、久しぶり。何だか眠そうだね。やっぱりお寺の春は忙しいの?」
「それもあるけど、お客さんがいるから」
「ああ……疫病神か」

藍は女苑とすれ違ったわけではないが、寺に入った時から気配は察していた。紫が姉妹と対峙した時に会ったきりだが、やっていることがコソ泥の割に紫に手を焼かせたので、藍も女苑達をよく覚えている。

「大丈夫? 貴方も苦労してない?」
「平気よ。あの子は私を無闇に崇めないから楽でいいわ」
「そういうものかな。あの姉妹、せっかくの紫様の寛大な処置も無下にしてくれちゃって……」
「相変わらず貴方は紫さん一筋ね」
「そういう星こそ聖の矢面に立つ癖は変わらないんだね」

藍がからかえば、星は笑い返す。星が聖に捧げるのは見返りを求めない献身だ。ナズーリンを騙って語った言葉は藍の本心でもある。藍にも星の気持ちがわかってしまうから、結局本気で嗜める気にはなれない。

「いいのかな。疫病神が強欲のままじゃ貴方達の努力もすべて水の泡になっちゃうのに。バブルだけに」
「やかましいわ。いいのよ。ダイヤモンドに負けない意志の硬さは、本物の宝石よりずっとあの子の支えになるでしょう」
「ダイヤモンド、ねえ。貴方はダイヤなんか欲しがらないくせに」
「そりゃあ欲しいか欲しくないかでいえば、いらないけど。ムラサがね、女苑達のことを『ちょっと羨ましいかも』なんて言ってたけど、私達にはもう刹那的な快楽に身を任せる生き方ができなくなっているのよ。だから自分に正直な人は少し眩しく見えるのでしょうね」
「それは……いいことなのかな?」
「少なくとも、私はそれで構わない。私の願いは充分叶ったから。聖がいて、みんながいて、私は毎日のお勤めをこなして、たまに貴方が来てくれて……後はもう、このままずっと平穏な日々が続けばいいなあと」
「そりゃまた年寄りじみたことを。貴方の人生はまだこれからじゃない」
「私は千年が一刧にも感じたわ」

星は眠たげに藍によりかかって、藍の尻尾をいじる。星にしては珍しい行動を、藍は好きにさせておいた。

「じわじわ心が錆びてゆくの。嘘をつき続けていると、偽物の自分が本物になって、本物の自分はどこかに消えてしまうようで……そんなわけないのにね」

藍は思わず注意深く星の顔を伺うも、意外にも星は穏やかな表情を崩さなかった。藍と目が合うなり、星は口元を緩める。

「どんな役目を背負っても、いくつの顔を抱えても、私は私でしかない。だから大丈夫。それに、どんなに取り繕っても、女苑の前では私はただの粗悪な偽物よ」
「私には貴方がそんな卑下するべき偽物にも見えないし、かといって崇めるべき神様にも見えないんだけどね」
「じゃあ藍には私がどう映るの?」
「見た感じでよければ言うけど」
「見た感じでいいわ」
「なら言う」

何なら話しながら眠ってしまいそうな様子の星を引っ張り起こして、藍は星と目を合わせる。

「私の前にいる貴方は、普通の女の子に見えるよ」

藍が真面目に告げれば、星は口元を綻ばせた。藍がよく馴染んだ虎の目は蕩けて、甘い蜜の色にも似ていた。

「ええ、それもきっと間違いじゃないわ」

花咲くような笑みを見せるなり、またも藍の尻尾に体を埋めた星に、さすがにくすぐったくて藍も体を浮かせる。

「ちょっと、さっきから何なの? 橙みたいなことをするね」
「私は虎だもの。虎は猫の仲間よ。せっかくなんだから藍と一緒に花見でも、と言いたいんだけど……最近あまりに忙しいせいかしら、眠たくて仕方がない」
「いや、このまま寝る気? 私は来たばっかりなのに、もうちょっとこう、他愛ない話でも……」
「四半刻後にまたお相手するわ。聖には内緒ね」
「おーい……」

要は三十分後に起こせという意味である。藍の呼びかけも虚しく、星ははや寝息を立てている。

「年々遠慮がなくなっていくよねえ。まあ、悪い気はしないけどさ」

星の髪をかき撫でれば、猫のように柔らかいくせ毛が指の間をすり抜けてゆく。あまりに気まぐれな言動に戸惑いはしたが、星にとって気の置けない相手だと認識されていると思えば悪くない。

「偽物の自分が本物の自分になる、か」

藍は無防備な寝顔をじっと見つめる。長年かけてすり減った心は簡単には元に戻らない。剥がれた式神を直すのや、失くした宝塔を見つけ出すのとは訳が違うと、他ならぬ星自身が一番にわかっているはずだ。

「大丈夫だよ。貴方が本物か偽物かわからなくなった時は、私がちゃんと当ててみせるから。私にだって、それくらいはできるはずなんだ」

数字に強い藍にとって証明は得意分野だ。星が自らの定義を見失う時は、藍がまた定義するだろう。せめて星の心の隙間に、藍の存在が少しでもはまってくれればいいと思う。
何心もなく寝こけている星の髪を好き勝手にいじって、藍はふと気づく。
紫も、件の完全憑依異変で奔走していた春はいつもより疲れているように見えた。しかしそれは冬眠明けだからとか、久々に異変解決に動いた疲れとばかり思っていた。『藍、肩を揉んでちょうだい』なんて言われるがままに紫の世話を焼いていたが、思い返せば肩が重くなるとかやる気を失くすなんていうのは貧乏神や疫病神に取り憑かれた際の典型的な症例である。さすがに考えすぎかなあ、直接憑依されたわけでもないしと思いつつ、

「……触らぬ神に祟りなし」

藍は関われば損をするとわかっているくせに何かと動かずにはいられないお節介焼き達へ労いを捧げるのだった。



満開の桜の下、服装を例のジャケット姿へきっちり整えた女苑が門前に立つと、少しだけ改まったように命蓮寺の面々が揃って見送りに来てくれた。まだ日が落ちるのが早く、西の空は暮れかけて肌寒い。

「これからどこへ行くの?」
「さあね、考えてないわ。姉さんのとこか、金持ちのいそうなところか、それ以外か。こちとら無計画と無責任がモットーよ」
「……女苑」

聖が右手を女苑へ伸ばす。

「せめて最後に、私の手を取ってくれませんか?」

眉を下げて見つめてくる聖を前に、女苑はいつか聖が『私の手を取って欲しい』と頼んできたのを思い出した。それを踏まえると、単なる別れの挨拶より重たい握手になってしまうが――女苑は肩をすくめて笑った。
結局、命蓮寺に馴染めず出て行ってしまう点では前と変わらないし、女苑の変化も傍目にはひどくわかりづらいものなのに、聖は何をそこまで惜しんでくれるのだろう。叩き落とされたくせに、性懲りも無く手を伸ばしてくるのを目の当たりにすると、女苑は『自分が譲歩してやろう』なんて気分になってくる。長生きしてる奴なんて話も長いしやたら濃ゆい老婆心と過剰サービスを頼んでもいないのに押し付けてくるが、それを許してやったふりをするのも若者の利口さだろう。

「しょうがないから聞いてあげるわよ、おばあちゃん」
「お、おばあちゃん?」

女苑がにっこり笑って聖の手を取ると、聖は目を丸くし、命蓮寺一同は一斉に噴き出した。

「あははっ、そりゃターボババアとか自分から名乗ってるけどさあ、本当に呼ぶかフツー?」
「ふぉっふぉっふぉっ、儂が嫗呼ばわりされた時のことを思い出すわい」

真っ先にからかうのは正体不明コンビで、その他は必死に笑いを堪えていたり、おろおろ聖と女苑を見やったり、ぬえとマミゾウを咎めたり。当の聖はしばし唖然としていたものの、やがて盛大に咳払いをして女苑の手を力強く握り返した。

「いいでしょう。若者の未熟さを大目に見るのも年長者の役割ですからね」

聖は固く握られた互いの右手に目を落とし、次いで女苑の目を見つめた。聖の手は相変わらず何の飾り気もなくて、反対に女苑の手にはジャラジャラした指輪が四本の指にはめられて、ラメ入りのネイルがギラギラに輝いている。聖は大きな宝石の指輪など生涯身につけないのだろうな、と思いながら、女苑もまた聖の目を見つめて口を開いた。

「……さようなら」
「また会いましょう。ほんの気まぐれでも構いません。いつだって歓迎します」
「さあ、どうだかね。それじゃ、あんた達もせいぜいお元気で」
「ちょいと待たんか、儂らからのはなむけじゃ」

女苑がさっさと手のひらを離して立ち去ろうとした途端、女苑の目の前に木の葉が舞い降りた。マミゾウが指を鳴らすと、一瞬で木の葉が花束に変わった。

「ちょうど寺子屋の子供達も入れ替わる頃じゃ。“卒業”には花束がお似合いじゃろう」
「えー、いつのまに用意してたの?」
「……気持ちはありがたいけどさあ。花束ならバラとかガーベラとかいろいろあるでしょ? なんでぜんぶヒメジョオンなのよ!」
「よく見てみい、半分はハルジオンじゃ」
「見分けつかないわよ」
「そういう小さな違いに気づくことが真贋を見抜くためのまず一歩でしてね……」
「お前は黙ってろ!」

反射的に星へ叫んで、女苑は片手で充分に抱えられる大きさの白い花束を抱え眉をひそめる。ご丁寧に『女苑へ 命蓮寺一同』とメッセージカードまで仕込まれている。不服な気持ちのまま顔を上げれば、命蓮寺の面々から次々に声をかけられる。

「じゃーねー、また手合わせでもしましょ。雲山と一緒に相手になるわ」
「……まあ、貧乏神にもよろしくね」
「君に幸あれ、なーんてね」
「またライブに来てくださいねー!」
「どうか再び紛い物に踊らされることのないように」
「来たきゃ来れば? 何度でも出戻りって呼んでやるわ」
「そうじゃのう、お前さん達のことは妹紅殿にもよろしく言っておくわい」
「ふん、こんなしけた寺、二度と来てやるものかー!」

女苑は最後に力一杯叫んで、強く地を蹴った。ちらと振り向いたら聖の深い紫色の目がかち合って、慌てて前を向く。またあの清廉を湛えた瞳に心が揺らぐのはごめんだった。
充分に距離を取ったところで、女苑は命蓮寺を振り返った。参道もお堂も満開の桜に隠れて、合間から早くも灯された灯籠の灯りがちらちら見えた。

「遠くから見下ろせば、お寺の灯りも綺麗に見えるのね」

その明かりも花吹雪に覆われて、次第に遠ざかってゆく。
女苑はもらった花束の小さく白い、素朴で清楚な印象すら与える花を見つめた。姫女菀は春を過ぎてから開く花、女苑の花盛りはこれからだ。
女苑が心のどこかに抱えていた、質素で慎ましくも、心豊かな生活への憧れ――手の届かない憧れだからこそ、眩しく見えた。
手に入れてしまえば、つまらない価値のないものに思えた。
ならば一生手に入れてしまわない方がいい。欲望の赴くままに我が道を進んで、時折大目玉を食らって、それでも強欲に飄逸に、エゴイスティックに生きてやる。
女苑は姫女菀と春紫苑だけで束ねられた花束を思い切り空に放り投げた。風に晒されて散る桜の花弁に二種類の雑草が混ざってゆく。ありふれた白く小さな花々が、我こそが春の主役と舞い散る桜を台無しにして、気分が良かった。

「あばよ、私の気の迷い!」

女苑はもう振り返らずに暮れゆく空の向こうへ飛んだ。幼い子供が思い描く素朴な将来の夢に、背を向けるように。
・前編 イノセント・タンザナイト
『イミテーション・タイガーアイ』で女苑と聖の会話をあまり書けなかったなと思って、隙間を埋めるつもりで書き始めたらほぼ聖の話というか『どうして聖は女苑に更生の余地があると思ったんだろう』みたいな話になっていた。
前回のあとがきで反抗期の娘みたいと書きましたが、たぶん女苑は素直になれないだけなんだと思います。
・後編 インコンプリーテッド・ダイヤモンド
『思春期や反抗期を終わらせるものってなんだろう』と考えた結果『卒業』と思いついたのでそんな雰囲気の話にしてみました。卒業ソングを聞きまくっていてこの女苑は十五歳ぐらいなのかなと思えてきた。
もはやほとんど名残がありませんが一応藍星のつづきってことで久々に藍と星を書きました。あの後の二人はなんだかんだでのんびり仲良くやっていると思います。
これにて女苑絡みの話は完結です。イミテーション・タイガーアイを書いた時はまさかここまで女苑の話が続くとは思っていなかった。彼女が動くと色んな人が動きますね。それを書くのが楽しかったりします。
朝顔
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コメント



0.150簡易評価
2.90奇声を発する程度の能力削除
面白く良かったです
3.100名前が無い程度の能力削除
物語が進むにしたがって女苑の心情の変化が如実に表れているのが面白かったです。何かを解決したかと言えばそうではないのでしょうし、宗教が女苑にとっての救いとは成り得ませんが、それでも清貧な生活を送りながらそこに苛立ちを覚える彼女は、決して鬱々としておらず、むしろなんだか楽しそうでした。後半で仮宿と表現していましたが、自己の再確認のために立ち止まる場所として命蓮寺はうってつけだったのではないかと感じます。
最後のほうで自分の疫病神としての性を認めつつ、命蓮寺のみんなに朗らかに別れを告げられたのは、心の余裕とでも言いましょうか、器の成長を感じました。晴れ晴れとした終わり方に、清々しさすら覚えます。楽しく読めました。
4.100Actadust削除
原作で書かれていたキャラクターの悩みや矛盾みたいなものにしっかり蹴りを付けて前へと進んでいくのが読んでいて気持ち良かったです。自己矛盾を抱えながら生きる女苑と聖。その複雑な心理がひしと描かれていて説得力も感じました。
素敵な作品でした。ありがとうございます。
5.100サク_ウマ削除
濃かった……!
良かったです
6.100クソザコナメクジ削除
さわやか