☆はじまり☆
古明地こいしは浮いている。ふわふわ宙に浮いている。
別に幻想郷の少女が浮くなんて、さほど珍しいことではない。ましてや彼女は強い妖怪。空を浮くことなど朝飯前だ。しかし、彼女は持ち前の『無意識を操る程度の能力』で、周りに気付かれにくく、例え、誰かの頭上に浮いていても、まず見つからない。
加えて彼女には放浪癖があり、自分でも気付かないうちに、ふらっとどこかへ行ってしまう。
そして今日も彼女は地霊殿を抜け、朝から地上へと転び出る。
☆守谷大戦☆
朝もやの中、こいしがふわふわとたどり着いた先は、守矢の神社。
山の頂上にあるせいか、まだ肌寒さの残る境内を見渡すと、箒で掃いている早苗の姿が。
「もしもしー! 本日はいい天気ですねー」
こいしが話しかけても彼女は気付かない。
そのまま様子を眺めていると、そのうち早苗は何やらぶつぶつと愚痴をこぼし始める。
「……まったく、諏訪子様ったら、朝晩寒いから寝ていたいって気持ちはわかるけど、なんで私が部屋の掃除までしなくちゃいけないのよ……!」
「そうなんだー。大変だねー」
こいしが相づちを打つも当然、その声は届いていない。話しかけても相手に気付かれないなんていつものことだ。彼女の愚痴は続く。
「神奈子様も神奈子様よ。最近やたらとすぐ酒盛り始めるし……どうしてそろいもそろってうちの神様はこんななのかしら……」
「うんうん。神様って下手すりゃ人間よりテキトーだしズボラだもんねーわかるわかるー」
「まったく、私は家政婦じゃないのよ……! れっきとした現人神なんですからね……!」
「そっかー。早苗も大変だね。がんばってねー」
と、こいしは後ろから早苗の肩をポンと叩く。
「え!? 何!? 誰……!?」
慌てて早苗は振り向くが、誰も居ないし気配もない。それもそのはずで、こいしは既に神社を去った後だった。
早苗が慌てて家の中へ駆け込むと、茶の間ではまだ朝だというのに、白魚の佃煮を肴にして酒盛りに興じる神奈子の姿があった。
「神奈子様! 神奈子様! 大変です!」
「なんだいなんだい。朝っぱらから」
「今、外で誰かに肩を叩かれたんです!」
「へえ。それで」
「それで振り返ってみたら誰もいなかったんですよっ!」
「なんだそりゃ。寝ぼけていたんじゃないの?」
「いや、でも確かに何かの気配がしたんです……! もしかして妖怪の仕業では!? そうなら一刻も早く退治しなければ……!」
「まぁまぁまぁ。落ち着きなさいって。いいかい。私の勘だけど、十中八九、気のせいだよ」
「……そうなんですか……?」
「さ、それより早苗も少し飲んだらどうだい。なんたって今年は七年に一度の御柱祭りだよ。今飲まず何時飲むってね」
そう言って既に半分出来上がっている神奈子は、赤ら顔で強引に早苗の肩を組むと、酒を滴らせた杯を彼女の口元へ近づける。
「うっ! 酒臭っ!? 離して下さい……っ!!」
「まぁまぁ、そう言わずに。早苗もこっちにきてから、もうすっかり酒には慣れたんだろう?」
酒が入った彼女はいつもの神様然とした姿ではなく、まるで蛇のようにやたらと絡みついてくる、酒の席では絶対相手したくないタイプに変貌する。
「あの、まだ陽が昇ったばかりですし……。夜になったらご一緒しますから、その、離して下さいませんか……!」
「なーに言ってんだい! お酒なんて飲もうと思えばいつでも飲めるもんなんだよ。朝でも夜でも一緒一緒! どうせ飲むなら、今飲もうじゃないか! ほら!」
と、神奈子が酒を早苗の唇に無理矢理触れさせた瞬間、彼女の中で何かがぷつっと切れる音がした。
「……だ・か・ら! 離せって言ってんでしょーがっ!! このうわばみヤロー!!」
次の瞬間、彼女の怒りの弾幕が炸裂する。日頃の鬱憤がたまっていたこともあってその威力はいつにも増して凄まじく、一撃で社がほぼ吹き飛ぶ。
その後、巻き添えを食らった諏訪子も混ざっての、弾幕有りの盛大な親子ゲンカへと発展してしまう。
このしばしば起こる三人の弾幕合戦は、実力者同士の弾幕ということもあって、下手な花火より迫力があり、かつ華やかなため、山の住人からは『守矢大戦』と呼ばれ親しまれている。中には危険承知で、わざわざ見学に行く物好きもいるくらいだ。
まさかこいしは、自分が大戦勃発の引き金となった張本人とは知るよしもなく。
「うんうん。あいさつは大事。いい事した後は気持ちいいねー」
などと言いながら、空っぽの笑顔を浮かべ、ふわふわと山を下りていくのだった。
☆奇妙な二人☆
こいしの視界に映るのは、奇妙な舞いを踏む奇妙な二人。片や竹を持った緑の服の奇妙な少女。片や茗荷を持った赤い服の奇妙な少女。
周りにはたくさんの扉が浮かんでおり、辺りはなんとも形容しがたいモヤモヤとした空間が広がる。
どうやら漂っているうちに、いつの間にか迷い込んでしまったらしい。知らないうちにどこかに辿り着いてしまうなんていつものことだ。
こいしは踊り狂う二人をしばらく眺め続けたが、二人は気付く様子なく、それぞれ竹と茗荷を振りまわしながら、手足をまるで軟体生物のようにくねらせている。見ていると生命力を吸い取られそうな、さながら呪いの儀式と言った様相だ。
「うーん。何か見てはいけないものを見てるようなー」
ふと竹を持った少女が、動きを止めてもう一人の少女に告げる。
「よーし! 里乃。準備運動はこのくらいでいいね!」
「そうね! 舞! それじゃ本番行きましょう!」
「ええーあれ準備運動だったんだー。きしょくわるーい! 私、帰るねー」
こいしは、そう言ってその場を離れる。
「……あれっ? 里乃。今何か聞こえなかった?」
「え、何も聞こえなかったけど」
「あれ、おかしいなー」
「まさか、舞ったらまたドア開けっぱなしにしてきたんじゃないの?」
「まさかそんな! 僕がそんなヘマするわけないじゃない! もう里乃ったらやだなぁ!」
そう言いつつも彼女は「ヤベっ。またやっちまったかも……」と心の中で呟いた。
☆私のお姉ちゃん☆
「うーん。なんだったんだろー? ま、いっかー」
奇妙な空間から脱出したこいしの眼下には、里の街並みが広がる。そのままゆっくりと降下し、ふわりと着地。
「侵入成功ー。これより行動にはいるー」
例によって誰も彼女に気づいている様子はなく、昼下がりの刻、皆、日々の営みを続けている。
毎日のごとく、閉店大売り出しの口上を繰り返し続けている商人。買い物そっちのけで噂話に勤しむ主婦。誰が一番、店主に気付かれずにお菓子を取ってこれるか競い合う子供達。そしてその中に混じって人間の品定めをしている妖怪達。
何も変わらない、いつもの平和な里の風景だ。
「うーん。何気ない日々に喜びを、なーんて言うけど、代わり映えのない毎日って退屈なだけよねー」
などと適当な事をつぶやきながら、こいしがふわふわと里の中を歩いていると、見覚えのある人物に出くわす。
霧雨魔理沙。彼女は竹で編んだ買い物かごを手に携えている。
「あ、魔理沙だー!」
こいしは、手をパタパタさせ彼女に寄っていく。
「今、誰か私を呼んだか……?」
魔理沙は振り返るが、こいしには気付けず。
「まーりーさーっ!」
こいしは彼女の前に回り込み大声で呼びかける。ようやくこいしに気付いた魔理沙は思わず飛び退く。
「うおぉおお!? 何かと思ったらお前か! 驚かせるなよ……!」
「かごなんか持って何してるのー? もしかして万引きごっこー?」
「そんな事するかよ! これでも私は善良な一般民なんだぞ」
「魔理沙ならやりかねないよー」
「……お前は私をどういう人だと思ってるんだ?」
「んー。犯罪者予備軍とかー」
「……もういい。聞いた私が馬鹿だったぜ」
「まあまあ。これでも食べて元気出してよ」
と、こいしは、うんざりした様子の魔理沙に両手の鯛焼きを一つ渡す。
魔理沙は「お。気が利くな。丁度腹減ってた所だったんだ」と、喜んでその鯛焼きにかぶりつく。
こいしも同じように笑顔で鯛焼きを食べる。かりかりに焼いた生地を噛む度に、口に広がる餡子の甘みが体中に染み渡る。
「幸せのひとときだねー」
「ああ、甘いもの食べるとホッとするよな。ところで、お前これどうしたんだ?」
「そこに置いてあったよー」
と、こいしは屋台の方を指さす。思わず魔理沙は盛大に吹き出す。
「なぁああっ!? まさかお前、これ勝手に持ってきたのか!? 食べちまったじゃないか!」
「大丈夫。お店の人、気付いてなかったよー」
「そういう問題じゃない!! こういうのはお金を払って買うもんなんだぞ!」
「えー。お金が必要なほど大事なものだったら、鍵付きの箱にでも入れてしまっておけばいいのに。すぐ手につくところに置く方が悪いよー」
「……いいから、とにかく謝りに行くぞ! ちゃんと姿見えるようにしとけよ!」
「そんな無茶言わないでー」
魔理沙にずるずる引きずられ、こいしは屋台に謝りに行く。すると店主のお婆さんは笑いながら許してくれた。
どうやら、辛うじて見えたこいしの姿が幼子に見えたようで、子供が知らないでやったことと解釈したらしい。更に「その妹さんに、たんと食わせてやっとくれ」と、二人の両手に持ちきれないほどの鯛焼きを、逆にもらってしまった。
「わーい。大漁大漁。こういうの『災い転じて袋だたき』って言うんでしょー」
こいしは笑顔で鯛焼きを食む。
「……あー。どちらかというと、『塞翁が馬の骨』だな。それにしても、お前が私の妹かよ……」
複雑そうな表情で鯛焼きをかじる魔理沙に、こいしは笑顔で告げる。
「頼りになる自慢のお姉ちゃんです! ちょっと育ちが悪そうだけどー」
「……いちいち一言余計なんだよお前は。そもそもお前にはさとりがいるだろ」
「お姉ちゃんは沢山いても困らないのよ。知らなかった?」
「……まぁ、確かにそれもそうだけどな」
思わず魔理沙は苦笑を浮かべつつ、まんざらでもなさそうな様子でこいしの方を見やる。しかし、そこに彼女の姿はすでにない。
「あれ? おい、こいし?」
呼びかけるも返事はない。それもそのはずで彼女は既にその場を去ってしまっていた。
「おい待て、ウソだろ……!? この鯛焼き、全部私が消費しろって言うのかよ……!?」
魔理沙は、目の前に残された大量の鯛焼きを見て、思わず頭を抱えてしまった。
☆ダンシング大根☆
こいしの視界にはたくさんの扉が浮かんでおり、なんとも形容しがたいモヤモヤとした空間が広がっている。
「あれー? 戻ってきちゃった」
実はこいしは舞が、うっかり開きっぱなしにしていた扉に無意識のうちに入ってしまったのだ。
彼女の目の前には例の二人組、舞と里乃の姿がある。しかし先ほどとは様子が違い、二人とも両手に大根を持って奇妙な踊りを繰り広げていた。
「……全くお師匠様ったら無茶ぶり過ぎるわ。なんでこんなの持って踊らなくちゃいけないの! ねえ? 里乃」
「まぁ、いつもの余興ってやつだと思うけど……。踊り方は私たちに任せるってのはねぇ……」
「ようするにフリースタイルってやつでしょ? あー。僕、苦手なんだよなーそういうの。なんかもう面倒になってきちゃったよ」
「そんなこと言ってると、お師匠様に怒られるわよ」
などと言い合いながら二人は、困惑の表情で大根をバトンのように振り回して踊っている。
「へー。大根かー。大根持ってだいこんらーん! なんちゃって」
様子を見ていたこいしがぽつりと言うと、里乃がそれに反応する。
「え……? 舞、今何か聞こえなかった?」
「僕は何も?」
「大根持ってだいこんらーんって」
それを聞いた舞が思わず吹き出す。
「ぷっ……何それ……! ださっ!」
「わっ……私が言ったんじゃないわよ!? そう聞こえたの!」
思わず顔を赤くする里乃に、舞はからかうように言う。
「大根持ってだいこんらーんだって……ぶふっ……! 大根持って……っ!」
「話を聞きなさいよ! ってか、なんだかんだであなたウケてんじゃないのよ……!?」
ふと、こいしは舞の方へ近づき、ぼそり呟く。
「……大根持ってだいこんぎりーなんちゃったりしてー」
「ひいいぃ……!? 何何何っ……!?」
「どっどうしたのよ? 舞!」
「い、今、大根持ってだいこんぎりーって声が……!」
「えー何それドン引きなんだけど……。舞ったら人のこと言えたセンスじゃないじゃない」
「だから私じゃないって!? 耳元で聞こえたんだってば! ねえ、里乃! 確かに何かいるみたいよ! この場に!」
「だから何か居るってさっきからずっと言ってたでしょうに……」
呆れ気味な里乃に、舞は大根を剣のように振りまわしながら告げる。
「里乃! こうなったらアレよ! アレをやるよ!」
「そうね。これはアレを出さざるを得ないわね!」
「よし、行くよ! 里乃!」
「ええ、行くわよ! 舞!」
二人は大根をそれぞれ竹と茗荷に持ち替えると、なんとも形容しがたい動きの舞踏を始める。
そう、例えるなら、火で炙られたスルメが、のたうち回るような動き。そんなスルメの断末魔が聞こえそうな舞を舞いながら、舞が言い放つ。
「とくと聞け! この踊りを受けた者は、力が溢れ出て、やがて制御できなくなる!」
里乃が続く。
「さあ、不埒な侵入者よ! その正体を我らに見せるがいい!」
二人の踊りをぽけーっとして見ていたこいしだったが、そのうち全身に力がこもってくるような感覚を覚える。
「おー? なんか……みなぎってきたーってかんじー?」
あふれ出る力を持て余し、居ても立ってもいられなくなった彼女は、近くにあった大根を持って、両手を振り回すように踊り始める。
それを見た舞はぎょっとした様子で里乃に告げる。
「さっ……里乃!? だ、大根がっ!?」
「そ、そんな!? 大根が踊ってる……!? 何かの気配も完全に消えちゃったし、一体何が起きてるっていうのよ!?」
実は二人の舞いで無意識の能力を強化されたこいしは、もはやその気配が道ばたの石ころ以下となってしまい、声すら届かなくなってしまった。しかも、その状態で大根を持って踊り始めたのだから、当然二人には大根が一人で踊っているようにしか見えないのだ。
愕然とする二人の目の前で、大根(を持ったこいし)が跳んだり跳ねたりバック転したりヘッドバンキングしたりと暴れ回る。
力が有り余っているだけあって、その動きは何時もよりも遙かに激しい。
「わーい! たのしいー! だいこんおどりだー」
当然こいしの声は、二人に届いていない。
「ど、どうしよう。里乃!? 何か本当に大根が大混乱なんだけど……!」
「そーれ! あおやまほーとりときわまつー!」
「舞! 気を確かに持つのよ! ほら、あの大根を見て! あんな小さい体で、身がちぎれそうなくらい激しく踊っているのよ!? あれを見て何も感じないの!? 私たちも負けてられないでしょ!」
「そーりゃ! つきとばせーなげとばせー!」
「……そ、そうだ! これでも僕たちは踊り子の端くれ。大根なんかに後れを取るわけにはいかない!」
「そうよ。私たちの力見せてあげましょう! 舞!」
「わかった! いくよ! 里乃!」
と、二人は大根に負けじと、激しく踊り始める。
「そーれそれそれー。こしをふーりふり、もんがもんがー」
「くっ……。なんてキレのある動きなの! 葉っぱまで激くスウィングしてるし! この大根ただ者じゃない……!」
「舞! 感心してないで腰の振りのギアを一段階上げるのよ! 相手は強敵だわ! 後のことは考えず全力で踊りなさい!」
「わかったわ! えーい、後は野となれ山となれ!! だ!」
「わーい! 踊るのって弾幕ごっこよりたのしいかもー!」
その後、一刻ほど近く続けられた狂熱のダンスバトルは、二人の体から続けざまに響いたバキッゴキッと言う鈍い音と共に、あっけない終焉を迎える。
「あぁ……っ! あ……! こっ……腰がぁー……!」
「ま、舞! だ、大丈夫……っ!? うぐぐ……。大根ごときに…………っ!」
「あれれ、もう終わりー?」
その後、こいしは「足りないよ」と、ばかりに更に半刻ほど一人で踊り散らすと、這いつくばって呻いている二人の上に大根を置き、颯爽とその場を去って行った。
☆昼の終わりに☆
「あー楽しかったー。体動かすのは気持ちいいよねー」
こいしは充実した空っぽの笑顔で、夕闇の幻想郷の空をふわふわと浮いている。たどり着いたのは麓の神社。
こいしが神社の縁側に行くと二人の人影。霧雨魔理沙と博麗霊夢だ。二人は鯛焼きを食べながら談笑している。どうやら魔理沙が持ってきたらしい。
こいしが、そっと近づいて鯛焼きに手を伸ばそうとすると、すかさず霊夢の手が、ぺしっとはたく。
「こら。勝手に取らないの。こいし」
「あちゃー。ばれちゃったかー」
「欲しいなら欲しいってちゃんと言いなさいよ」
「このたいやきってのくーださいっ」
「はーい、どうぞ」
改めてこいしは鯛焼きを手に取る。魔理沙が驚いた様子で霊夢に言う。
「……おい、お前よくわかったな? 私は全然気付かなかったぞ」
「まあねー。なんだかんだでこいつとも付き合い長いもの。なんとなく気配がわかるようになっちゃったのよ……」
霊夢はそう言って困惑した様子で湯飲みに口をつけ、ふうと息をつく。
「うーん。そういうものか……?」
イマイチ腑に落ちなそうな魔理沙に、霊夢はにやつきながら告げる。
「そんなことより、ほら、魔理沙。『かわいい妹』が来たわよ?」
「妹だと……? 冗談じゃないぜ! こんなのは妹じゃなくてただの馬の骨だ!」
不機嫌そうな魔理沙の様子見て、クスクス笑いながら霊夢はこいしに告げる。
「こいし。聞いたわよ。あんた、鯛焼きを大量にもらって姿消しちゃったんですって? こいつったらあの後、知り合いに片っ端から鯛焼きを配って歩き回ったらしいわよ」
「へー。魔理沙ふとっぱらだねー」
「まったく……。大変だったんだぞ? 普段会わないような奴にも会ったから疲れたぜ……」
「あら、普段会わないような奴と会う口実が出来たから良かったって言ってたのどこの誰だったかしら?」
「う、うるさいぞ。そこの紅白……!」
「まーったく……素直じゃないんだから」
と、その時だ。妖怪の山の方からパパパパーンという破裂音と共に綺麗な花火のようなものが何度も打ち上がる。
「あら、花火? こんな時期に珍しいわね」
「あぁ。そう言えば、こないだ早苗の奴が今年は数年に一度のお祭りの年だって言ってたような」
「へえ。お祭り。いいじゃない。後で行ってみましょうか」
「おう、いいぜ! 面白そうだ!」
「こいし、あんたもどう……」
しかし既にこいしは、その場から居なくなっていた。
「まったく……。本当、神出鬼没なんだから……」
呆れた様子で呟くと霊夢は湯飲みに口をつける。
「……あーおもしろかった。さてと、なにかおもしろいことはないかなー。夜はこれからこれからー」
こいしはそう言いながら、幻想郷の夜空に姿を消していく。
彼女は風のように流れるままに、無意識に幻想郷をふわふわと漂い続ける。
その後、彼女がどこへ行き、どこへ向かったのか、それはそこへたどり着くまで彼女自身もわからない。
尚、例の大戦は、その後、様子を見に行った霊夢と魔理沙が面白半分で加わったことで更に激化し、山に甚大な被害を与えたあげく、ようやく沈静化した。
山ではしばらくの間、後始末に追われる守矢一家の姿があったという。
古明地こいしは浮いている。ふわふわ宙に浮いている。
別に幻想郷の少女が浮くなんて、さほど珍しいことではない。ましてや彼女は強い妖怪。空を浮くことなど朝飯前だ。しかし、彼女は持ち前の『無意識を操る程度の能力』で、周りに気付かれにくく、例え、誰かの頭上に浮いていても、まず見つからない。
加えて彼女には放浪癖があり、自分でも気付かないうちに、ふらっとどこかへ行ってしまう。
そして今日も彼女は地霊殿を抜け、朝から地上へと転び出る。
☆守谷大戦☆
朝もやの中、こいしがふわふわとたどり着いた先は、守矢の神社。
山の頂上にあるせいか、まだ肌寒さの残る境内を見渡すと、箒で掃いている早苗の姿が。
「もしもしー! 本日はいい天気ですねー」
こいしが話しかけても彼女は気付かない。
そのまま様子を眺めていると、そのうち早苗は何やらぶつぶつと愚痴をこぼし始める。
「……まったく、諏訪子様ったら、朝晩寒いから寝ていたいって気持ちはわかるけど、なんで私が部屋の掃除までしなくちゃいけないのよ……!」
「そうなんだー。大変だねー」
こいしが相づちを打つも当然、その声は届いていない。話しかけても相手に気付かれないなんていつものことだ。彼女の愚痴は続く。
「神奈子様も神奈子様よ。最近やたらとすぐ酒盛り始めるし……どうしてそろいもそろってうちの神様はこんななのかしら……」
「うんうん。神様って下手すりゃ人間よりテキトーだしズボラだもんねーわかるわかるー」
「まったく、私は家政婦じゃないのよ……! れっきとした現人神なんですからね……!」
「そっかー。早苗も大変だね。がんばってねー」
と、こいしは後ろから早苗の肩をポンと叩く。
「え!? 何!? 誰……!?」
慌てて早苗は振り向くが、誰も居ないし気配もない。それもそのはずで、こいしは既に神社を去った後だった。
早苗が慌てて家の中へ駆け込むと、茶の間ではまだ朝だというのに、白魚の佃煮を肴にして酒盛りに興じる神奈子の姿があった。
「神奈子様! 神奈子様! 大変です!」
「なんだいなんだい。朝っぱらから」
「今、外で誰かに肩を叩かれたんです!」
「へえ。それで」
「それで振り返ってみたら誰もいなかったんですよっ!」
「なんだそりゃ。寝ぼけていたんじゃないの?」
「いや、でも確かに何かの気配がしたんです……! もしかして妖怪の仕業では!? そうなら一刻も早く退治しなければ……!」
「まぁまぁまぁ。落ち着きなさいって。いいかい。私の勘だけど、十中八九、気のせいだよ」
「……そうなんですか……?」
「さ、それより早苗も少し飲んだらどうだい。なんたって今年は七年に一度の御柱祭りだよ。今飲まず何時飲むってね」
そう言って既に半分出来上がっている神奈子は、赤ら顔で強引に早苗の肩を組むと、酒を滴らせた杯を彼女の口元へ近づける。
「うっ! 酒臭っ!? 離して下さい……っ!!」
「まぁまぁ、そう言わずに。早苗もこっちにきてから、もうすっかり酒には慣れたんだろう?」
酒が入った彼女はいつもの神様然とした姿ではなく、まるで蛇のようにやたらと絡みついてくる、酒の席では絶対相手したくないタイプに変貌する。
「あの、まだ陽が昇ったばかりですし……。夜になったらご一緒しますから、その、離して下さいませんか……!」
「なーに言ってんだい! お酒なんて飲もうと思えばいつでも飲めるもんなんだよ。朝でも夜でも一緒一緒! どうせ飲むなら、今飲もうじゃないか! ほら!」
と、神奈子が酒を早苗の唇に無理矢理触れさせた瞬間、彼女の中で何かがぷつっと切れる音がした。
「……だ・か・ら! 離せって言ってんでしょーがっ!! このうわばみヤロー!!」
次の瞬間、彼女の怒りの弾幕が炸裂する。日頃の鬱憤がたまっていたこともあってその威力はいつにも増して凄まじく、一撃で社がほぼ吹き飛ぶ。
その後、巻き添えを食らった諏訪子も混ざっての、弾幕有りの盛大な親子ゲンカへと発展してしまう。
このしばしば起こる三人の弾幕合戦は、実力者同士の弾幕ということもあって、下手な花火より迫力があり、かつ華やかなため、山の住人からは『守矢大戦』と呼ばれ親しまれている。中には危険承知で、わざわざ見学に行く物好きもいるくらいだ。
まさかこいしは、自分が大戦勃発の引き金となった張本人とは知るよしもなく。
「うんうん。あいさつは大事。いい事した後は気持ちいいねー」
などと言いながら、空っぽの笑顔を浮かべ、ふわふわと山を下りていくのだった。
☆奇妙な二人☆
こいしの視界に映るのは、奇妙な舞いを踏む奇妙な二人。片や竹を持った緑の服の奇妙な少女。片や茗荷を持った赤い服の奇妙な少女。
周りにはたくさんの扉が浮かんでおり、辺りはなんとも形容しがたいモヤモヤとした空間が広がる。
どうやら漂っているうちに、いつの間にか迷い込んでしまったらしい。知らないうちにどこかに辿り着いてしまうなんていつものことだ。
こいしは踊り狂う二人をしばらく眺め続けたが、二人は気付く様子なく、それぞれ竹と茗荷を振りまわしながら、手足をまるで軟体生物のようにくねらせている。見ていると生命力を吸い取られそうな、さながら呪いの儀式と言った様相だ。
「うーん。何か見てはいけないものを見てるようなー」
ふと竹を持った少女が、動きを止めてもう一人の少女に告げる。
「よーし! 里乃。準備運動はこのくらいでいいね!」
「そうね! 舞! それじゃ本番行きましょう!」
「ええーあれ準備運動だったんだー。きしょくわるーい! 私、帰るねー」
こいしは、そう言ってその場を離れる。
「……あれっ? 里乃。今何か聞こえなかった?」
「え、何も聞こえなかったけど」
「あれ、おかしいなー」
「まさか、舞ったらまたドア開けっぱなしにしてきたんじゃないの?」
「まさかそんな! 僕がそんなヘマするわけないじゃない! もう里乃ったらやだなぁ!」
そう言いつつも彼女は「ヤベっ。またやっちまったかも……」と心の中で呟いた。
☆私のお姉ちゃん☆
「うーん。なんだったんだろー? ま、いっかー」
奇妙な空間から脱出したこいしの眼下には、里の街並みが広がる。そのままゆっくりと降下し、ふわりと着地。
「侵入成功ー。これより行動にはいるー」
例によって誰も彼女に気づいている様子はなく、昼下がりの刻、皆、日々の営みを続けている。
毎日のごとく、閉店大売り出しの口上を繰り返し続けている商人。買い物そっちのけで噂話に勤しむ主婦。誰が一番、店主に気付かれずにお菓子を取ってこれるか競い合う子供達。そしてその中に混じって人間の品定めをしている妖怪達。
何も変わらない、いつもの平和な里の風景だ。
「うーん。何気ない日々に喜びを、なーんて言うけど、代わり映えのない毎日って退屈なだけよねー」
などと適当な事をつぶやきながら、こいしがふわふわと里の中を歩いていると、見覚えのある人物に出くわす。
霧雨魔理沙。彼女は竹で編んだ買い物かごを手に携えている。
「あ、魔理沙だー!」
こいしは、手をパタパタさせ彼女に寄っていく。
「今、誰か私を呼んだか……?」
魔理沙は振り返るが、こいしには気付けず。
「まーりーさーっ!」
こいしは彼女の前に回り込み大声で呼びかける。ようやくこいしに気付いた魔理沙は思わず飛び退く。
「うおぉおお!? 何かと思ったらお前か! 驚かせるなよ……!」
「かごなんか持って何してるのー? もしかして万引きごっこー?」
「そんな事するかよ! これでも私は善良な一般民なんだぞ」
「魔理沙ならやりかねないよー」
「……お前は私をどういう人だと思ってるんだ?」
「んー。犯罪者予備軍とかー」
「……もういい。聞いた私が馬鹿だったぜ」
「まあまあ。これでも食べて元気出してよ」
と、こいしは、うんざりした様子の魔理沙に両手の鯛焼きを一つ渡す。
魔理沙は「お。気が利くな。丁度腹減ってた所だったんだ」と、喜んでその鯛焼きにかぶりつく。
こいしも同じように笑顔で鯛焼きを食べる。かりかりに焼いた生地を噛む度に、口に広がる餡子の甘みが体中に染み渡る。
「幸せのひとときだねー」
「ああ、甘いもの食べるとホッとするよな。ところで、お前これどうしたんだ?」
「そこに置いてあったよー」
と、こいしは屋台の方を指さす。思わず魔理沙は盛大に吹き出す。
「なぁああっ!? まさかお前、これ勝手に持ってきたのか!? 食べちまったじゃないか!」
「大丈夫。お店の人、気付いてなかったよー」
「そういう問題じゃない!! こういうのはお金を払って買うもんなんだぞ!」
「えー。お金が必要なほど大事なものだったら、鍵付きの箱にでも入れてしまっておけばいいのに。すぐ手につくところに置く方が悪いよー」
「……いいから、とにかく謝りに行くぞ! ちゃんと姿見えるようにしとけよ!」
「そんな無茶言わないでー」
魔理沙にずるずる引きずられ、こいしは屋台に謝りに行く。すると店主のお婆さんは笑いながら許してくれた。
どうやら、辛うじて見えたこいしの姿が幼子に見えたようで、子供が知らないでやったことと解釈したらしい。更に「その妹さんに、たんと食わせてやっとくれ」と、二人の両手に持ちきれないほどの鯛焼きを、逆にもらってしまった。
「わーい。大漁大漁。こういうの『災い転じて袋だたき』って言うんでしょー」
こいしは笑顔で鯛焼きを食む。
「……あー。どちらかというと、『塞翁が馬の骨』だな。それにしても、お前が私の妹かよ……」
複雑そうな表情で鯛焼きをかじる魔理沙に、こいしは笑顔で告げる。
「頼りになる自慢のお姉ちゃんです! ちょっと育ちが悪そうだけどー」
「……いちいち一言余計なんだよお前は。そもそもお前にはさとりがいるだろ」
「お姉ちゃんは沢山いても困らないのよ。知らなかった?」
「……まぁ、確かにそれもそうだけどな」
思わず魔理沙は苦笑を浮かべつつ、まんざらでもなさそうな様子でこいしの方を見やる。しかし、そこに彼女の姿はすでにない。
「あれ? おい、こいし?」
呼びかけるも返事はない。それもそのはずで彼女は既にその場を去ってしまっていた。
「おい待て、ウソだろ……!? この鯛焼き、全部私が消費しろって言うのかよ……!?」
魔理沙は、目の前に残された大量の鯛焼きを見て、思わず頭を抱えてしまった。
☆ダンシング大根☆
こいしの視界にはたくさんの扉が浮かんでおり、なんとも形容しがたいモヤモヤとした空間が広がっている。
「あれー? 戻ってきちゃった」
実はこいしは舞が、うっかり開きっぱなしにしていた扉に無意識のうちに入ってしまったのだ。
彼女の目の前には例の二人組、舞と里乃の姿がある。しかし先ほどとは様子が違い、二人とも両手に大根を持って奇妙な踊りを繰り広げていた。
「……全くお師匠様ったら無茶ぶり過ぎるわ。なんでこんなの持って踊らなくちゃいけないの! ねえ? 里乃」
「まぁ、いつもの余興ってやつだと思うけど……。踊り方は私たちに任せるってのはねぇ……」
「ようするにフリースタイルってやつでしょ? あー。僕、苦手なんだよなーそういうの。なんかもう面倒になってきちゃったよ」
「そんなこと言ってると、お師匠様に怒られるわよ」
などと言い合いながら二人は、困惑の表情で大根をバトンのように振り回して踊っている。
「へー。大根かー。大根持ってだいこんらーん! なんちゃって」
様子を見ていたこいしがぽつりと言うと、里乃がそれに反応する。
「え……? 舞、今何か聞こえなかった?」
「僕は何も?」
「大根持ってだいこんらーんって」
それを聞いた舞が思わず吹き出す。
「ぷっ……何それ……! ださっ!」
「わっ……私が言ったんじゃないわよ!? そう聞こえたの!」
思わず顔を赤くする里乃に、舞はからかうように言う。
「大根持ってだいこんらーんだって……ぶふっ……! 大根持って……っ!」
「話を聞きなさいよ! ってか、なんだかんだであなたウケてんじゃないのよ……!?」
ふと、こいしは舞の方へ近づき、ぼそり呟く。
「……大根持ってだいこんぎりーなんちゃったりしてー」
「ひいいぃ……!? 何何何っ……!?」
「どっどうしたのよ? 舞!」
「い、今、大根持ってだいこんぎりーって声が……!」
「えー何それドン引きなんだけど……。舞ったら人のこと言えたセンスじゃないじゃない」
「だから私じゃないって!? 耳元で聞こえたんだってば! ねえ、里乃! 確かに何かいるみたいよ! この場に!」
「だから何か居るってさっきからずっと言ってたでしょうに……」
呆れ気味な里乃に、舞は大根を剣のように振りまわしながら告げる。
「里乃! こうなったらアレよ! アレをやるよ!」
「そうね。これはアレを出さざるを得ないわね!」
「よし、行くよ! 里乃!」
「ええ、行くわよ! 舞!」
二人は大根をそれぞれ竹と茗荷に持ち替えると、なんとも形容しがたい動きの舞踏を始める。
そう、例えるなら、火で炙られたスルメが、のたうち回るような動き。そんなスルメの断末魔が聞こえそうな舞を舞いながら、舞が言い放つ。
「とくと聞け! この踊りを受けた者は、力が溢れ出て、やがて制御できなくなる!」
里乃が続く。
「さあ、不埒な侵入者よ! その正体を我らに見せるがいい!」
二人の踊りをぽけーっとして見ていたこいしだったが、そのうち全身に力がこもってくるような感覚を覚える。
「おー? なんか……みなぎってきたーってかんじー?」
あふれ出る力を持て余し、居ても立ってもいられなくなった彼女は、近くにあった大根を持って、両手を振り回すように踊り始める。
それを見た舞はぎょっとした様子で里乃に告げる。
「さっ……里乃!? だ、大根がっ!?」
「そ、そんな!? 大根が踊ってる……!? 何かの気配も完全に消えちゃったし、一体何が起きてるっていうのよ!?」
実は二人の舞いで無意識の能力を強化されたこいしは、もはやその気配が道ばたの石ころ以下となってしまい、声すら届かなくなってしまった。しかも、その状態で大根を持って踊り始めたのだから、当然二人には大根が一人で踊っているようにしか見えないのだ。
愕然とする二人の目の前で、大根(を持ったこいし)が跳んだり跳ねたりバック転したりヘッドバンキングしたりと暴れ回る。
力が有り余っているだけあって、その動きは何時もよりも遙かに激しい。
「わーい! たのしいー! だいこんおどりだー」
当然こいしの声は、二人に届いていない。
「ど、どうしよう。里乃!? 何か本当に大根が大混乱なんだけど……!」
「そーれ! あおやまほーとりときわまつー!」
「舞! 気を確かに持つのよ! ほら、あの大根を見て! あんな小さい体で、身がちぎれそうなくらい激しく踊っているのよ!? あれを見て何も感じないの!? 私たちも負けてられないでしょ!」
「そーりゃ! つきとばせーなげとばせー!」
「……そ、そうだ! これでも僕たちは踊り子の端くれ。大根なんかに後れを取るわけにはいかない!」
「そうよ。私たちの力見せてあげましょう! 舞!」
「わかった! いくよ! 里乃!」
と、二人は大根に負けじと、激しく踊り始める。
「そーれそれそれー。こしをふーりふり、もんがもんがー」
「くっ……。なんてキレのある動きなの! 葉っぱまで激くスウィングしてるし! この大根ただ者じゃない……!」
「舞! 感心してないで腰の振りのギアを一段階上げるのよ! 相手は強敵だわ! 後のことは考えず全力で踊りなさい!」
「わかったわ! えーい、後は野となれ山となれ!! だ!」
「わーい! 踊るのって弾幕ごっこよりたのしいかもー!」
その後、一刻ほど近く続けられた狂熱のダンスバトルは、二人の体から続けざまに響いたバキッゴキッと言う鈍い音と共に、あっけない終焉を迎える。
「あぁ……っ! あ……! こっ……腰がぁー……!」
「ま、舞! だ、大丈夫……っ!? うぐぐ……。大根ごときに…………っ!」
「あれれ、もう終わりー?」
その後、こいしは「足りないよ」と、ばかりに更に半刻ほど一人で踊り散らすと、這いつくばって呻いている二人の上に大根を置き、颯爽とその場を去って行った。
☆昼の終わりに☆
「あー楽しかったー。体動かすのは気持ちいいよねー」
こいしは充実した空っぽの笑顔で、夕闇の幻想郷の空をふわふわと浮いている。たどり着いたのは麓の神社。
こいしが神社の縁側に行くと二人の人影。霧雨魔理沙と博麗霊夢だ。二人は鯛焼きを食べながら談笑している。どうやら魔理沙が持ってきたらしい。
こいしが、そっと近づいて鯛焼きに手を伸ばそうとすると、すかさず霊夢の手が、ぺしっとはたく。
「こら。勝手に取らないの。こいし」
「あちゃー。ばれちゃったかー」
「欲しいなら欲しいってちゃんと言いなさいよ」
「このたいやきってのくーださいっ」
「はーい、どうぞ」
改めてこいしは鯛焼きを手に取る。魔理沙が驚いた様子で霊夢に言う。
「……おい、お前よくわかったな? 私は全然気付かなかったぞ」
「まあねー。なんだかんだでこいつとも付き合い長いもの。なんとなく気配がわかるようになっちゃったのよ……」
霊夢はそう言って困惑した様子で湯飲みに口をつけ、ふうと息をつく。
「うーん。そういうものか……?」
イマイチ腑に落ちなそうな魔理沙に、霊夢はにやつきながら告げる。
「そんなことより、ほら、魔理沙。『かわいい妹』が来たわよ?」
「妹だと……? 冗談じゃないぜ! こんなのは妹じゃなくてただの馬の骨だ!」
不機嫌そうな魔理沙の様子見て、クスクス笑いながら霊夢はこいしに告げる。
「こいし。聞いたわよ。あんた、鯛焼きを大量にもらって姿消しちゃったんですって? こいつったらあの後、知り合いに片っ端から鯛焼きを配って歩き回ったらしいわよ」
「へー。魔理沙ふとっぱらだねー」
「まったく……。大変だったんだぞ? 普段会わないような奴にも会ったから疲れたぜ……」
「あら、普段会わないような奴と会う口実が出来たから良かったって言ってたのどこの誰だったかしら?」
「う、うるさいぞ。そこの紅白……!」
「まーったく……素直じゃないんだから」
と、その時だ。妖怪の山の方からパパパパーンという破裂音と共に綺麗な花火のようなものが何度も打ち上がる。
「あら、花火? こんな時期に珍しいわね」
「あぁ。そう言えば、こないだ早苗の奴が今年は数年に一度のお祭りの年だって言ってたような」
「へえ。お祭り。いいじゃない。後で行ってみましょうか」
「おう、いいぜ! 面白そうだ!」
「こいし、あんたもどう……」
しかし既にこいしは、その場から居なくなっていた。
「まったく……。本当、神出鬼没なんだから……」
呆れた様子で呟くと霊夢は湯飲みに口をつける。
「……あーおもしろかった。さてと、なにかおもしろいことはないかなー。夜はこれからこれからー」
こいしはそう言いながら、幻想郷の夜空に姿を消していく。
彼女は風のように流れるままに、無意識に幻想郷をふわふわと漂い続ける。
その後、彼女がどこへ行き、どこへ向かったのか、それはそこへたどり着くまで彼女自身もわからない。
尚、例の大戦は、その後、様子を見に行った霊夢と魔理沙が面白半分で加わったことで更に激化し、山に甚大な被害を与えたあげく、ようやく沈静化した。
山ではしばらくの間、後始末に追われる守矢一家の姿があったという。
タイ焼きを配ってる魔理沙が特によかったです