Coolier - 新生・東方創想話

お返しはリミットレスで

2022/03/22 00:54:14
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 きっとこれは間違いなく異変である。たぶんそう思う。
 幻想郷の要たる博麗霊夢が思ったのだからたぶんそうなのである。
 ガラクタ漁りを趣味とする森近霖之助がなんと、ゴミ屋敷と化した香霖堂の片付けをしているのだ。これが異変でなくて何だと言うのだろうか。

「霖之助さん、ついにお店潰れちゃったのね?」
 布を口に巻いて慌ただしく動き回る霖之助に、霊夢からあまりにも心無い言葉が投げかけられた。
「……はいはいうちは閉店だよ。用があっても帰るといい」
 その目は埃で煤けた眼鏡の裏で侮蔑の視線を送っていた。元々用途の無いガラクタばかりと評判の宜しくない香霖堂であるが、比較的来店する中でも霊夢は昔馴染みとしてそれはもう遠慮が無い。人の家の茶菓子を勝手に漁り、僅かな食材で勝手に料理を作って食べていく。
 ちなみにそういった行動が最も酷いのは博麗の巫女ではなく、霖之助と同じく魔法の森在住の黒い魔法使いなのだが。
「言われなくても用が済んだら帰るわよー。それでこの服なんだけど、また裾の所が破けちゃったのよ。急がなくていいから縫ってもらえるかしら」
 霊夢は帰れと言われてもお構いなしだった。もっとも、霖之助だって本当に帰るならわざわざここまで来るはずもないのは重々承知である。
「やれやれだ。作ってる側としては大事に着てもらいたいんだが。曲がりなりにも年頃の娘なんだからもっとお淑やかにだね……」
「やだやだ、霖之助さんは古いのよ。今は女の子だってそんな時代じゃないの」
「ふん、どうせ僕は古物屋だよ。服は一段落したらやっといてあげるから、その辺りに置いておきなさい」
 積み上がった本で両手が塞がっていた霖之助は、顎でソファーに視線を促した。革がへたれ、所々に穴が空いて中身の綿が見えている、これまた作られた年代を想像させる一品だ。
 博麗の巫女装束はいつも霖之助が縫っている。誰も買わない古物屋と違って修繕は確実な需要が見込める数少ない仕事であるが、肝心の本人がそれを本業にしたがらなかった。或いは商人のプライドがそちらの才能を認めたくないのかもしれない。
「はい、よろしくお願いします。それで、何でまた急に大掃除なんか」
「……癪だけど、いよいよ物の置き場が無くなってきたのでね。売れる見込みが無い物は始末して場所を確保しようかと」
 霊夢はヒビが入った壺や電源ケーブルすらないパソコンなどで埋め尽くされた店内をきょろきょろと見回した。
「見込みが無い物って……それは」
「言いそうな事は分かってるから皆まで言わなくていい」
 どれも売れそうには見えないけど。霊夢や魔理沙だったら確実にそう言っている。
 霖之助に言わせれば『これだから素人はダメだ』なのだが、残念な事に彼の感性を理解する者は幻想郷に一人も居ないのである。

「……そんなことより霊夢。来た時から気になっていたんだが、何かおかしな物を背負い込んでないか?」

 霖之助は半妖であり、魔法の森で暮らしている事もあって妖気にはそれなりに敏感だ。眼鏡の位置を微調整しながら霊夢の胸周辺を、いやその後ろで揺らめいている不審な何かを見破ろうと凝視した。
「う、うん? 確かに体がちょっと重いけど、ここのジメジメした空気のせいだ……とっ!?」
 腐っても、いや腐られたら幻想郷の一大事なのだが霊夢とて巫女である。意識を自分に向けてみればくっついていた者の正体は瞭然だった。それなのにここまで気付けなかった理由はただ一つ、霊夢と似通っている部分が多く、違和感があまり無かったから。
「いやーバレちゃったかー。まさかこんな辛気臭い所だなんて思わなかったから出てくる気も湧かなかったのよね~」
 博麗の巫女とは、災害のようなものである。一度戦闘モードに入った彼女に出会ってしまったらただ己の不運を恨むしかない、異変解決に無関係でも被害にだけは遭う厄介者。そして霖之助にとっては勝手に物を持っていくたかり屋でもある。
「あ、アンタ、疫病神の片割れの……依神の……」
「女苑よ、依神女苑。一度会った人は大体名前も覚えてくれるんだけどなー。ま、名字を覚えていたから半分合格ね」
 富を持った者に取り憑いて散財し、破産させる事を至上の喜びとする疫病神、依神女苑。普段は貧乏神の姉とコンビで悪事を繰り返すタチの悪い存在が、今回は一人で霊夢に取り憑き様子を伺っていたのだった。
「霊夢。君、本気で僕の店を潰す気だったのかい……?」
 ただでさえ客の来ない店に疫病神。霖之助の眼鏡に破産の二文字が浮かんでいるかのように霊夢には見えた。
「そんな事しないわよ! どうせ疫病神なんか連れてこなくたって……いやいやそうじゃなくて!」
「いやいや心配しなさんなって。今回は別に破産させようとか企んでないからさ。ほらアレよ、お礼参り?」
「参らなくていい。何だか知らないけどお礼もいらない。むしろあんたにお札を貼りたい」
「ちょっと前に私ら石油を担保にしてお金使いまくったでしょ? あれ、霊夢は知ってたっけ? まあどうせ関わってるからいいか。それでその件を水蜜からチクられちゃってさー。方々に頭下げてこいってあいつが言うもんだから」

 各所から石油が噴き出した剛欲異変にて、石油王を名乗って地底や神社の面々に迷惑をかけたお詫びをしてきなさい。それが女苑の更生担当である命蓮寺の住職、聖白蓮の命令だった。
 しかし、白蓮は多忙、他の皆も疫病神には関わりたくないと一人で行かせてしまったのが悪かった。女苑は誰かに取り憑いていきたい自身の性質に逆らえないのだ。
「博麗の巫女が何か抱えてお出掛けするのを見て憑いて行かないわけないじゃん? その行き先がこんなシケた店だと思わなかったけど……でも、なぜか安心するのよね。何でかな」
「あー……もしかして、あんたのお姉さんと同じ臭いがするから?」
 湿気って、黴びて、貧乏臭い。女苑の姉、紫苑もろくに体を洗っていない時はそんな体臭が漂っていた。
「げっ、それだわ! あー今のナシナシ。こんな所は私の安息の地ではない!」
「ならもう、さっさと帰ってくれないかな二人とも……」
 毎度毎度買い物をする気無しの来店者に悩まされる霖之助だが、今回はその中でも厄日中の厄日で間違いない。何しろ厄そのものが来てしまったのだから。
「あのさー、そこのメガネ君さあ、さっきからずっと帰れ帰れ言ってるけど私は他人にお金を使わせるプロなわけよ? 疫病神だって神様なんだからちょっとは崇めなさいよね」
「お金を使ってくれたらそれは崇めるさ。でも実際はどうなんだい」
「しょうがないでしょ。干からびてる店主に、脂肪の足りてない巫女! 富とは無縁の存在じゃどうしようもないわー」
 女苑は霖之助のカサついた顔と霊夢の上半身を順に眺めて、これ見よがしにため息をついた。
「言うに事欠いて脂肪って何よ、脂肪って! それと富に何の関係が……」
「ある! この前の石油だってそうだし、A5ランクの高級ステーキ、マグロの大トロ、脂ぎったオヤジ! 油ってのは富の象徴なの!」
 痩せた金持ちだって中には居るだろうと反論したい霊夢だったが、普段の食事の油脂分を思い返して口をつぐんだ。
 なお、女苑の挙げた食べ物がどれも庶民イメージの薄っぺらい高級品だと指摘するのは、破産したくなければお勧めしない。
 ちなみにだが、依神姉妹の好物はあつあつご飯にバターを乗せて醤油をかけた物である。
「……その点この店と来たら、油分を感じるのがそこのストーブくらいしか……あれ?」
 真冬の香霖堂で生命線となる灯油ストーブを指していた女苑の指が、その奥にある戸棚の方を向いた。
「女苑ちゃんセンサーが反応しているわ。特別な油分を感じる」
 女苑ちゃんセンサーという謎機能に疑問を浮かべている二人を無視し、彼女は何も言わず引き出しに手をかけた。
「おい君、人の家の……!」
「あら! あらあらあら。ちょっと店長さーん、何なのかしらーこれは~?」
 霖之助の制止も間に合わず、女苑は引き出しの手前に入っていた大きな袋包みを宝物のように天へ掲げた。白い布に、黒地のリボン。どこかの魔法使いを彷彿とさせるカラーリングであった。

「あらあらあら、これはもしかしなくても魔理沙のじゃないかしら」
「あらあらあら、バレンタインチョコじゃない。大事にしまっておいちゃったんだー? 色恋沙汰にも無縁なのかと思いきや、やるわねー店長」
 先ほどまで言い争っていたのに一転、霊夢と女苑は揃って井戸端会議をする奥様と化した。
 袋から漂っていた甘い香りは開ける前から中身がチョコレートだと物語る。甘いチョコには乳脂肪分がたっぷりだ。女苑ちゃんセンサーはそれを嗅ぎ取ったのである。
「……そうだよ、魔理沙から貰った物だ。その内食べようと思いながらしまっておいて」
「バッカじゃないのお前! オンナとチョコは熱いうちに食えよ! 女の食べ頃は短いのよ!?」
 熱いチョコは食べられないだろう、と言わせない凄みを女苑から感じた。
 食べよう食べようとは思いつつも、中々そのタイミングが来ずに数週間が経ってしまった。半妖の霖之助は生命維持に食事を必要としない為、小腹が空いたから食べるといった思考が起きないのだ。
「……というか、疫病神の私には分かる。このチョコ、ヤバいわよ」
「巫女の私にも分かるわ。このチョコ、ヤバいわね」
 女子二人はまるで爆発物を取り扱うかのように袋をそっと机に置き、距離を取った。
「あの魔女の想いが生霊となって宿りかけてる。祟られたくなかったら即刻食べるのよ」
「これは私でもどうにもならないわ。霖之助さん、貴方が食べる以外に方法は無い。さあ食べて、さあ」
 女苑と霊夢で魔理沙に対する感情は全く異なるが、乙女を泣かせる野郎が敵なのは共通だった。この時ばかりは絶妙なコンビネーションで霖之助を部屋の隅へ追い込みにかかる。
「わ、分かった分かったよ。整理は中断して珈琲でも煎れるから……」
 負けたのは身長が二回り程違う少女二人に詰め寄られた成人男性の方だった。とはいえ霖之助だって別に食べたくないわけではない。どうせ整理だってやりたい事でもなし、食べる踏ん切りを付けてもらって有り難い話だ。そう自分に言い聞かせてカップの準備をするのであった。

 ◇

「う~む、甘い……姉さんのライフプラン並みに甘いわね」
「魔理沙らしいチョコねえ。甘すぎて胸焼けしそうだわ」
 少女達はハート型のあまりにも強すぎる甘味で痺れた口に、漆黒の苦い液体を含んだ。あまり飲み慣れないブラックコーヒーに今はとても助けられている。
「……そんな予感がしたから、中々決心が付かなかったんだよ。分かるだろう?」
「分かるけどそういう話じゃないのよ。霖之助さんはこれだから全くもう」
 一杯目のコーヒーを早々に飲み終えた霖之助が自分で二杯目を注いだ。
 最初の一口目は勿論霖之助から。漂っていた魔理沙の乙女心が満足したのを見届け、霊夢と女苑もお裾分けを頂いた。弾幕はパワーを信条とする魔理沙のチョコは、甘いだけでなく量も半端ではない。自分だけではキツいから手伝ってくれと霖之助が頭を下げたのである。
「こんな事なら姉さんも連れてくるんだったわ。きっと大喜びでバクバク食べてくれてたわよ。味も分かんないだろうし」
「幸か不幸か分からない話よねえ。アンタが責任持って幸せにしてやんなさいよ」
「言われなくても借用書が無くなるまでずっと可愛い女苑ちゃんの肉壁よ。どうせ姉さんが借金返せるわけも無し」
「……ふーん。まあ、誰かに取り憑いて騒ぎを起こさなければ、どうでも良いわ」
 紫苑と一緒だととろくな目に遭わないし、喧嘩した回数も数え切れない。されど女苑には文句を言いつつも長年紫苑と過ごしてきた実績がある。だから依神姉妹は今のままで良いのだろう。

「んで、色男さんさー。こんなチョコを貰った以上は当然お返しもあるんでしょうね?」
 女苑のジュリ扇がパタパタと霖之助の顔を冷やかす。
「魔理沙とそこの霊夢も普段から勝手に店の菓子を持っていくのに、あえてお返しを用意しなきゃ駄目なのか」
「あったり前でしょー!? バレンタインのお返しは三千倍! バブルが弾けるぐらいの気持ちを返すのよ!」
 理解を拒絶した霖之助の脳内で泡の割れる音がした。
「私が知ってるお返し額の千倍じゃないの。例えばだけどチョコのお返しに指輪貰って嬉しい?」
「嬉しいわよ?」
 両手指で嫌味ったらしい輝きを放つ指輪を見せびらかすように、女苑がピーカブースタイルを取る。歩くバブル景気女に聞いたのが間違いだと言わざるを得なかった。
「まあもうすぐホワイトデーだってのに埃まみれになってるようじゃアレよねー、姉さんみたく体で払ってもらうしか。それとも『プレゼントは私!』作戦かしら」
 霊夢はコーヒーを吹き出しそうになった。全裸にリボンをぐるぐる巻きにした霖之助を想像したからである。頭の中でそれを真っ二つに割って現実世界に帰ってきた。
「言っておくけど借金まみれなのは魔理沙の方だ。ツケがどれだけ溜まっているか知らないだろう」
「はー? それはそれ、これはこれでしょ。あの魔女が喜ぶ顔見たくないわけ?」
「無論見て悪い気分になるものではないが、特段積極的に見たいと思っているわけでは」
「見たら嬉しいんでしょ! 面倒臭い言い回しすんな!」
 今までの訪問者で一番面倒臭い。そう確信する霖之助であったが、しかし商人として自分に足りないのはこの押しの強さではないかと思い始めていた。
「はいストップ。霖之助さんだって魔理沙の気持ちを踏みにじるような人じゃないわよ。照れ臭いから言わないだけで、実は何か考えていたんじゃないの?」
「……いや、まあ。整理ついでに何か良い物が出てこないかとは思っていたけど」
「あらあらあらー? そうならそうと最初から言いなさいよー。それこそ指輪とか無いの? こんだけガラクタが転がってれば輪っかの一つや二つあるでしょ」
 女苑は猫に見えなくもない奇妙な玩具を何となくつまみ上げ、これまでカモにしてきた人間と同じようにポイと捨てる。玩具は落下したクッションの真ん中で不気味にカタカタと首を上下させていた。
「いいか、皆はガラクタと言うが僕にとっては全てが宝物で」
「はいはいオトコの趣味は理解できませーん。んま、お茶菓子も頂いたしこの女苑ちゃんが一肌脱いであげようかしらね。金目の物を見つけ出すのは得意だから」
 女苑の発言は全身から説得力を放っていた。紫色のけばけばしい上着を脱ぎ、指関節をポキポキと鳴らす。肉体労働の準備をするからには整理を手伝うという事なのだろう。
「あんた、肉体派なのも意外だったけど、面倒見も良いのね」
「……不本意ながら、寺の奴らからお人好しが伝染ったのかも。元々姉さんの世話を焼いてばかりだったけど」
 身体の七割が水分でなく厄介で出来ているとされる疫病神の意外な一面を拝めたところで作業再開だ。巻き込まれる形で霊夢も加わり、三人で香霖堂の年季が入った埃を被るのだった。

 ◇

「……香霖、私とお前の仲だろ? どうして店が潰れる前に一言相談してくれなかったんだよ」
 何かと比較の対象として並べられる紅白の巫女と、白黒の魔法使い。しかしこういう時に限ってどちらも取るリアクションが同じだったりする。だからこそ二人は仲良しなのだが。
「相談しようとも思わない程度の仲だったんじゃないか? それで、今日は万引きか、それとも強盗に来たのか?」
「そういう台詞は借りる価値のある物を揃えてから言うと良いぜ。売れていればこんな事を始める必要も無いんだからさ」
 三人がかりの大掃除から数日後の十四日、彼女はしっかりやって来た。今回霖之助の頭を悩ませる者はもちろん件の魔女、霧雨魔理沙だ。帰り道の途中にあるのも相まって頻繁に立ち寄る常連(客ではない)が、いつもの香霖堂とは違うと判断した理由はあちらこちらの貼り紙であった。

【在庫処分につき、ご自由にお持ち帰りください】

 普段以上に見栄えを無視してごちゃごちゃと置かれた商品もどき。それに手書きの紙が大量に貼られていた。最後の最後で物と商人としてのプライドを捨てきれなかった霖之助は、せめて譲渡という形で処分する事にしたのである。
「……そういえば三妖精が見覚えのあるボロい壺を被って遊んでいたな。アレはここから持って行ったわけか」
「被って、か。あれだって僕の見立てではとんでもない秘密が隠されているはずの逸品だのに」
「私の見立てではぬか漬け用の壺だがな。見れば用途は分かるんだろ?」
「……少なくとも、観賞用ではなかったけど」
 霖之助には見ただけで物の名前と用途が分かる程度の能力がある。しかし誇大妄想癖が災いして頓珍漢な解釈をするのもしばしば。ちなみに妖精が持っていった壺の用途は『悠久の時を保存する為の物』だ。この漬物壺の作者は相当なポエマーだったらしい。
「まあ金を払うのは御免だけど、タダでいいなら持ってっても……」
「そこで言い淀まないでくれ、頼むから」
 妙にくねくねした埴輪と目が合ってしまった魔理沙はそっぽを向いた。見ていると何故だか人生経験が吸い取られていきそうな気がする。香霖堂の商品には無縁塚に落ちていた曰く付きも多く、これもその一つなのだろう。そのような物ばかり集めているから疫病神だって来るのである。

「そんなことより香霖……聞こうか迷ったんだけど、今日は昼寝でもしていたか?」
「うん? 確かにうたた寝はしていたけども、それが何か?」
「そうであってくれて良かったよ。ただでさえ変人なのに少女趣味まであったら消化しきれん。ほら、鏡を見てみろよ」
「ああ、君が言いたいのはリボンだろう? 流石に寝たまま結ばれたとしても気付かないほど間抜けじゃないよ」
 霖之助の頭には無駄に大きな赤いリボンが結ばれていた。
 間抜けであってほしかった。香霖にそんな趣味があっただなんて知りたくなかった。自分だって全身フリルとリボンだらけなのを棚に上げ、魔理沙は粗大ゴミを見るような表情を作った。
「待て、待ちなさい。これには理由があるんだ。これは供養なんだ」
「お前の女装を見て満足する変態幽霊が居るとでも?」
「違う、リボンの方だ。これは一度も結んでもらえずに捨てられた事で付喪神になる恐れがあったから、せめて僕が身を呈して慰めにでもなればと……」
「それこそ誰かに譲れよ!」
 魔理沙はハアと大げさにため息をついた。物を考える頭は持っているのにやる事がどうにもズレている。それが森近霖之助である。
 この天然男、実はまだ何かとんでもない爆弾を隠し持っていやしないだろうか。そう疑問視した魔理沙は背後に回り──この男は間抜けであると再確認するのだった。

「へへへ、やっぱりお前って売れ残りだったんだな」
 霖之助の背中には紙が貼りついていたのだ。商品と同じ、ご自由にお持ちくださいのお知らせが。
「……ああ、きっとあの妖精の仕業だろうねえ」
 いたずら好きの三妖精。彼女達なら姿を消して、音も無く背後を取る事も簡単だろう。霖之助は涼しい顔でそう推察した。
「まったく、本当にお前はダメダメだぜ」
 これだから香霖は。そう思ったのもこれで何度目だろうか。
 でも、それは何度あっても構わない。魔理沙はそう思っている。
「……だからさ、今日はちょっと私に付き合えよな。こんな日に店なんか開けてもしょうがないし良いだろ?」
 袖をぐいと引っ張って、魔理沙は霖之助を店の外へと促した。
「今日は無性に甘いものが食べたい気分でね。たまにはお前と茶屋に行くのも悪くないだろう。自分でご自由に持ち帰れと書いたんだから嫌とは言わせんぞ」
 してやったりと言わんばかりの茶目っ気に満ちた表情が魔理沙に浮かぶ。奇しくも霖之助の方にも微かな笑みがあった。
「……今ならもう一品サービスでお付けするけど、あの中から持っていってくれないか」
「いらんいらん。そんな物より……それだ。そのリボン、私にでも結んでおけよ。流石に怪人リボン男と里を歩くのは勘弁だからな」
「はいはい、僕は最初からそのつもりだったよ」
 魔理沙がはにかんだ顔で左手を差し出す。その手首に、霖之助は赤いリボンを優しく結び直すのだった。

 ◇

「姉さーん。はいこれ、アンタにあげる」
 ねぐらに帰った女苑はひびの入った茶碗にそれをポイと投げ入れた。
「……なにこれ。オオアリクイ?」
「たぶん、ネコ。店長はそう言ってたわね。姉さんネコ好きでしょ? あげる」
 それは首がカタカタと動く不気味な猫型玩具だった。女苑が香霖堂で見つけて一度は捨てた物である。
「可愛いネコは好きよ。これは可愛くないけど、一応貰っておくわ。ありがと」
 女苑の姉、貧乏神の紫苑は、前から持っていた貧相な猫のぬいぐるみの横に玩具を並べた。
 結局、片っ端からひっくり返しても香霖堂にはろくな物が無かったのだ。正確には一つだけ、金をいくら積んでも得られないヒヒイロカネ製の神剣があったのだが、それを欲しがるほど疫病神は愚かでも野暮でもなかった。
「随分と埃っぽいね。女苑のくせに大掃除でもしてきたの?」
「くせにって何よ。でもやっぱお人よしごっこなんかするもんじゃないわー。埃なんて姉さんが醤油かけて食べてればいいのよ」
 女苑は窓を開けて貧乏が染みついた部屋に外の空気を入れた。帰った瞬間はっきりと分かったのである。香霖堂は紫苑の匂いそっくりだと。
「お前だって昔は私と同じ物を食べていたでしょ。それに最近は野草とか、もっと体に良いものを食べてるもん」
 薄暗い部屋の隅っこには、ザルに積まれたヨモギや土筆にタンポポの葉。そういったサバイバル能力があるならば、働いて金を稼ぐとか女苑のように寺に駆け込むなどすればいいものを。そう思うかもしれないがそれが出来ないから貧乏神なのである。
「あー、やっぱ甲斐性のないオトコはダメねー。ホワイトデーのお返しなんて黙って高いもんプレゼントすればいいのよ。お金をかけなくても気持ちがあれば良いなんて貧乏人の幻想だわ!」
「じゃあ女苑には私の気持ちもいらないね」
「姉さんには最初から期待してない。せめて気持ちぐらいは示して」
「はいはい私が生きていられるのは女苑サマのおかげですぅ。それで、そのオトコは結局どうしたの?」

「さあね。自分にリボンを巻いて『プレゼントは僕!』とでも言ってるんじゃないかしらね?」
 貧乏人なんてろくなものではないが、だからこそ放っておけない。あの魔女もある意味似た者同士なのかもしれないと思いを馳せながら、女苑は暖かな春の風を胸いっぱいに取り込むのだった。
ちゃんとお返しはしましたか?
石転
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コメント



0.240簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
3.90名前が無い程度の能力削除
良かった
5.100サク_ウマ削除
女苑ちゃんセンサーすき
6.100名前が無い程度の能力削除
尊いです……ありがとうございました!
7.100夏後冬前削除
ところどころ差しはさまれる味のある台詞が読んでて楽しくて実に良きでした。
8.100南条削除
面白かったです
なんだかんだ言ってボケてる香霖が読んでいて楽しかったです
9.100めそふ削除
面白かったです。コミカルな雰囲気で楽しめました。
10.100watage削除
女苑姉妹はやっぱり持ちつ持たれつだと思いました。いくら富んでいても貧しい側がそのたちばに甘んじてくれなければならないですから
11.100名前が無い程度の能力削除
最高に良い霧雨でした。
キャラ一人一人が生き生きとして解像度が高くとても良かったです。
面白かったです。
12.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。
15.100わたしはみまちゃん削除
とても読みやすく、また表現もユーモアに富み読んでいて何度もくすりと笑顔になりました。各キャラの性格も違和感なく描かれており、好感の持てる作品でした。次作も楽しみにしています
17.70福哭傀のクロ削除
ほほえましかったです。楽しめました。