依神クリニックは今日も忙しい。
普段こそ閑古鳥が鳴くクリニックであるが、今日はたまたま予約が重なり、13時現在本日3組目の患者様をお待ちしている。
それもこれも姉さんが悪い。まさか、街中に自身の分社を乱立させ、同時に憑依できる人数を増やしてくるなんて。私たちも一応神ではあるので、分社を立てれば当然そこには分身が居ることにはなる。たとえそれがゴミ捨て場の隅にあり、端から見ると回収し損ねたゴミにしか思えなくても。そんなこともあり、依神クリニックは絶賛大繁盛しているのだった。
「失礼します。13時から予約していた者です」
ボヤいていると、本日3組目のお客様がやってきた。母親らしき女性と、その後ろに心ここにあらずといった様子の少年。少年の様子を除けばどこにでもいる親子連れに見える。
「お待ちしておりました。どうぞ、そちらのソファに座ってください」
いつものソファに案内し、ついでにソファの下に置いたアロマのスイッチを入れる。ちなみにこのアロマには、訳ありな植物が配合されている。当然、法的にはグレーゾーンの代物ではあるが、催眠療法を売りにする以上、そこは譲れない。見つかったら他の街に移ればいいのだし。
「では、お話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「はい。息子の話なんですが。おとといの放課後に『普通に過ごしていると、誰もいないのに誰かの怒鳴り声が聞こえる』と訴えてきたので、今日はそれについて診てもらおうと思ってきました」
「それは不安になりますね。どういったタイミングで症状が出るとか、何時頃から出始めたかとか、覚えている範囲で大丈夫なので教えてもらえますか?」
このあと話を聞いていくと、以下の事がわかった。
①男性の怒鳴り声の幻聴が聞こえる。聞こえ始めたのは一週間前だが、おとといからは気を抜くといつでも聞こえるようになった。
②日々の生活に変化はない。しいて言うなら、一か月前に修学旅行に行ったくらい。
③発症する前日の放課後、かくれんぼの最中に不思議な模様のボールを見つけた。ジャンケンに勝ったので、そのボールは自宅へ持ち帰った。
こうして見ると、なんの問題もない、ごくごく普通の六年生だ。それだけに結くんが気の毒に思えてしまう。きっとゴミ出しの際にでも、姉さんのゴミ塚に近づいてしまったのだろう。さすがに胸が苦しくなるので、治療が終わった後にでも姉さんに言い含めなくては。相手を選べ、もっと加減しろと。
「ありがとうございます。では、治療を始めたいと思うので、お母さんは一旦退室していただけますか?」
「わかりました。結のこと、お願いします」
そう言って、深々と頭を下げるお母さん。うーん、やはり心が痛い。
大体この親もどうかと思う。息子が幻聴を訴えたとして、普通こんな怪しいクリニックに受診するものだろうか。まずは心療内科に向かうべきではないか。しかし、こうして彼らが訪れることで、自分たちが生きているのも事実である。やはり姉さんにはキツく言わなくては。
それはそれとして、まずは目の前の結くんである。彼の症状は、間違いなく姉さんの仕業。従って、彼を治すには姉さんを引き剥がすほかに道はない。
つまり、催眠の時間だ。
「じゃあ結くん、今から治療を始めるね。といっても結くんは、今から先生が鳴らす太鼓と弓の弦を弾く音を聞いていればいいだけ。眠くなったら寝ちゃっていいからね」
「先生の治療って変わってますね。太鼓とか弓の弦を使う病院なんて聞いたこともないですよ」
「確かにこの辺りじゃ珍しいかもね。モンゴルって知ってる?あそこの民間療法を参考にしてるんだ」
「なんか、少し怖いんですけど。大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫。学校の友達とか先生にも言われたでしょ?依神先生なら大丈夫だって」
「まあ、言われましたけど。信じてますよ」
「私に任せなって。はい、じゃあ目をつぶって。弦の音を集中して聞くんだよ」
そして数分後、結くんの意識は深い眠りの底に落ちて行った。さて、ここまでくればもうひと踏ん張りである。あとは結くんの手首を触り、「出ておいでー」と姉さんを呼べばひと段落。出てきた姉さんに小言を言い、結くんが起きれば今日の予定は全部おしまい。今日も忙しかった!
そう、楽観視していたのだが。
「姉さん?もういいよ、出ておいで」
なぜか、姉さんが出てこない。は?意味が分からないんだけど。
「ちょっと姉さん?そういうの良いから早く出てきて」
語気に一振りの怒りを加えても、姉さんは出てこない。
「早く出てきてよ。今日の報酬無しにするよ?」
最終手段「今日のお小遣いはありません」を用いてもなお、姉さんは出てこない。
「姉さん?もしかしていないの?」
一抹の疑念がよぎる。
第一、姉さんならいつも、声をかけた途端にヌルっと姿を現すじゃないか。患者の手首から、ガリガリにやせ細った不健康そうな手首が生えて来るはず。それを引っ張ると、今度は清潔感の無い陰気な青髪の女がニヤつきながら出てくるはず。
それなのに、今日は10分経っても出てこない。これはつまり、そういうことなのではないだろうか。シャツの中を汗が一筋、ツーと垂れる。
「姉さん、私の寛大な心にも限界ってものがあるのだけれども」
そのとき、クリニックの扉が開いた。
「あれ、女苑なにしてるの?」
扉と壁の隙間から、べたべたした青い髪を垂れ下げた女が、きょとんとした顔でこちらを見ていた。あれほど待ち望んだ声と一緒に。なぜかクリニックの扉の入口から。
落ち着け私。息を深く吸い込め。平静を保つんだ。
「ごめん姉さん。いま治療中なの。どっか行ってくれる?」
「え、治療って、憑いてないけど」
「いいから。出てって。」
そう話す女苑の顔はまるで般若の様だったと、後に紫苑は語ったという。
たまに訪れるのだ。紫苑の仕業ではない、真に助けを乞うべき者たちが。いわゆるホンモノが。
そういった人々を救うことが、女苑には出来ないという訳でもない。むしろ得意分野まである。なぜなら、こういった人の悩みの原因は夢の世界に求めることが出来るから。完全憑依異変を引き起こした女苑にとって、人の夢の世界に侵入することなど朝飯前だ。
ここが幻想郷であればの話だが。
しかし、今いる世界は外の世界である。ガードの緩い幻想郷の人間とは違い、こちらの人間はガチガチなのだ。つまり、プロフェッショナルの女苑を持ってしても、夢の世界に侵入することは難しい。
だから、一応外の世界の呪術を学びそれを習得している。でも、だけれども。
「めんどうなのよね、アレ」
その呪術は、とても面倒くさいのだ。準備はさほど難しくない。けれどもその呪術を行うと、果てしなく疲れ果てるのだ。物凄い倦怠感に襲われて、丸一日は寝込むことになる。
「でも、そんな悠長なこと言ってられないよね。あんな不安そうな子、放っておけないでしょ」
成人ならまだしも、今日の患者は小学生だ。ここで逃げては良心が痛む。
「……やるか」
覚悟を決めた女苑は、診察室に併設されたキッチンへと足を運ぶ。シンクの真下にある取手を引いて、呪術に使う道具を取り出すために。
30センチ程度の白樺の枝と、サギらしき鳥を象った木像。白樺の枝には9個の傷がついている。続いてその横、調理台の下の収納に手をかける。扉の中には、真っ赤なフェルトの布が二枚入っていた。
それらを雑に取り出して、イラつきながらソファへと戻る。
古来よりモンゴルの人々は、精霊と交流できる特別な存在を中心とする、体系的な宗教を信じていた。
その宗教では、シャーマンと呼ばれる者の手によって、意識を失った人を目覚めさせるため、ある特殊な儀式が執り行われる。
それこそが、女苑が習得し少々アレンジを加えた呪術であり、夢の世界に侵入する手段であり、今から執り行おうとする治療だ。
その手順は以下の通りに行われる
①患者と自分、それぞれが座る椅子の下に、赤いフェルトを敷く
②テーブルの上に白樺の枝を置く。このとき先端を患者側に、根元を自分に向ける
③白樺の枝の右に鳥の木像を置き、右手で掴む。
④目をつぶり、左手で弓の弦を弾く。三度弾くごとに、鳥の木像を患者側にずらしていく。
⑤弓の弦を27回弾き終え、鳥の木像を9度ずらし終えたら瞳を開く。
すると、眼前には患者の夢の世界が広がっている。夢の世界といっても、そこは患者が普段過ごす世界と瓜二つだ。社会人ならそれぞれの勤め先や家、学生なら学校やバイト先と、患者の生活圏が反映されている。
結くんの場合は、小学校六年生ということもあり、やはり小学校だった。しかし、重く垂れこめる曇天を背景に立ち塞がるその校舎からは、全くと言っていいほどエネルギーを感じられない。平時の小学校を知るものが見れば、誰もが思わず驚きの声を上げるだろう。
「うわ、なにこれ全然違うじゃない」
女苑もまたその一人である。しかし、今の彼女には結くんの不調を取り除く使命がある。目の前の光景がどれだけ異質でも、足を止めるわけにはいかない。ましてや踵を返すことなど言語道断である。意を決した女苑は、熱を持つ鳥の木像を右手に握りしめて昇降口へと向かう。これが冷たくなったとき、夢の世界は常を取り戻すのだ。
そして女苑は歩き出す。
正門らしき鉄門をこじ開け、均された校庭に足跡を踏みつけて、聳え立つ校舎へと突き進む。
静黙する下駄箱を蹴散らし、リノリウムの校内に足音を響かせて、待ち受ける元凶の元へと駆け上がる。
しかし校舎の中は広く、どこに誰がいるかもわからない。
図工室のスケッチを薙ぎ倒し、図書室の典籍を踏み荒らし、音楽室の楽聖を引き剥がす。
今の女苑に余裕はない。目線を邪魔する障害物を、次々と排除していく。
そして、校舎の四階へ続く階段を駆け上がった時、彼女の五感が久しぶりに人の声を捉えた。
「おいッッ!お前いま何したァ!?」
雷鳴のごとき一喝が、静まり返った校内の空気をビリビリと引き裂いた。衝撃波となって押し寄せる凄まじい音圧は、廊下にいるはずの女苑の全身をも容赦なく蹂躙する。
(え、なにこれ)
意識の外から浴びせられた突然の大音量。そのショックで、全身の筋肉という筋肉が萎縮し、内臓という内臓が縮こまる。肩がすくみ上がり、太ももと太ももが触れ合う。首が下を向き、気道が狭まる。
突如として全身に発生した原因不明の異常。しかし、パニックに陥る女苑を声の主は
放っておかない。
「何か言えよ、おいッッッ」
襲い来る第二撃。
「う、っさい、わね!」
限界まで強張りきった体を震わしながら、せめてもの抵抗として独り言ちる。
「聞こえてるだろ!おいッ!」
が、間髪入れず繰り出された三撃目を前にして、その細やかな反撃は威力を失った。そもそもこれほどの怒声を前にして、口を開くことが出来る者などいるのだろうか。貧乏神とはいえ女苑も神である。そんな彼女ですらこのザマなのに、普通の人間は平常を保てるのだろうか。
それでも、女苑は神である。神の端くれとして、ここで退いては色々と顔が立たない。すっかり怯え切った両足に鞭を打ち、一歩一歩と声の出元へ近づいていく。最後の段に足をつけ、正面にある手洗い場を視界の隅に入れ、『6年1組』と書かれたプレートの下がる入口に向き合う。
「何も言わないと、いつまでもこうだぞ。」
扉の奥から男の声が聞こえる。きっと先ほどの声の主と同一人物だろう。黒板の前で仁王立ちする姿が目に浮かぶようだ。
引き戸に手を掛け、力を込める。
(これを右に引けば、はた迷惑な男のご尊顔が拝めるのね)
肩、二の腕、そして手のひらと、順に筋肉が膨れ上がり、エネルギーが左手へと集約されていく。左手に充填されたエネルギー。あとは脳の一声で扉が開け放たれるだろう。
しかし、それが為されることは無かった。
(……やっぱ無理。後ろからにしよ)
今でこそ外の世界で詐欺まがいの所業を働く女苑であるが、彼女とて、一度は命蓮寺で学を修めた身である。そんな彼女の中の学徒としての血が、無性に騒ぎ立てるのだ。
「皆の注目を受けたくない」と。
斯くして女苑は踵を返す。そして、教室の後ろ側にある扉へと移動すると、今度は躊躇うことなく扉を開けた。
そこにいたのは、子ども子どもと子どもたち。そしてひとりの大人。等間隔で並べられた学習机の前に、見ているだけで腰を痛めそうな椅子があり、その上に児童が座っている。その数36名。机をじっと見つめる者、俯く者、黒板をじっと見つめる者と実に様々な姿勢だが、その体には皆一様に怯えを湛えている。
その中に、結くんが居た。窓側から数えて5列目、廊下側から数えて2列目の5番目の席。つまり、後ろから2つ目の席。そこに座る結くんは、他の児童に輪をかけて怯えているように見える。膝の上に置かれた2つの握り拳が、両手に向けて今にも動き出しそうだ。
「黙っていても何も変わらないぞ」
黒板の前に立つ男が、想像通り口を開く。きっと、この男が担任なのだろう。ならば、結くんを悩ます幻聴の正体はこの男の声なのだろうか。この声が四六時中聞こえるとなると、相当な負担になるだろう。しかしここは夢の世界。結くんの心の世界であり、虚構の世界でもある。
幻想がリアルに干渉してくるなど、本当にありえるのだろうか。
「いつもなら、もう解決できてるんだけどなー」
普段、夢の世界にいる患者の姿は、現実で患者を悩ます症状を反映している。謎の頭痛なら頭部が不自然に膨張しているし、不幸が続くなら背後には何かが立っているし、涙が止まらないときは眉間にできた3つ目の瞳が泣いている。大抵の患者はこうした一目でわかる異変をその身に宿しているのだが、肝心の結くんには、それが一切見られない。それに右手に握る鳥の木像もまだ熱い。むしろ、正門にいる時よりも熱い気がする。さて、どうしよう。
八方塞となった今、何もできることは無い。唸りながらロッカーの前を歩き回っていると、結くんの机の上に何か置いてあることに気が付いた。紫色の変なボールが、ペンケースの代わりに置いてある。
「あ、オカルトボールじゃん」
そこには、なぜかオカルトボールがあった。宇佐見菫子の手作りか、それともそれ以外の物かはわからない。しかし、そこにある球体は間違いなくオカルトボールだった。しかも、強烈な妖気を放っている。ここまでのマジックアイテムは、外の世界だと顔なじみの神社でしか見たことが無い。なぜ気が付かなかったのか、自分が不安になる。
「あ、そういえばボールを拾ったって話してたな。原因これじゃん」
そう、面談の際に結くんは話していた。症状が出る前日、かくれんぼをした時に不思議なボールを見つけ、家に持ち帰ったと。ここまでくれば、答えは出たも同然だ。日ごろから担任の怒声にストレスを感じていたが、オカルトボールを拾ったことでストレスの原因が具現化、幻聴という形で症状に現れたのだろう。これにて一件落着!お疲れ私!
それにしても、このオカルトボールはどこからやってきたのだろう?
机の上に置かれたブツを眺めていると、そんな新たな疑問がふつふつと浮かんでくる。せっかく人が開放感に浸っているというのに、なんだこの思念は。空気を読め。
「もー今くらい喜ばせてよ!なんなのよこのボールは!イライラするな!」
誰だって、幸せなひと時を邪魔されると機嫌が悪くなる。それが利己的な人間であれば尚更そうだろうし、ましてや女苑は貧乏神である。お世辞にも利他的とはいいがたい。
「どうせボールの処理費に今回の報酬も無くなるし!ばか!」
この鬱憤、どこで晴らせば良いのだろうか。
少し逡巡した末、机に八つ当たりすることにした。もちろん結くんに衝撃が伝わらない程度に小突くだけだ。
「おらよ!……あ」
しかし、その八つ当たりが裏目に出た。女苑とて神である。妖怪相手に肉弾戦を挑める程度には体も強い。そんなアスリートが小学生の机を蹴とばすと、何が起きるだろうか。
結論から言うと、結くんの机はキックの衝撃で揺れ動き、その上をコロコロと転がったオカルトボールは、そのまま教室の床へと落下し、心地よい破砕音を立てて粉々になった。
「え、うそ。どうしよう」
机の下に散らばる元オカルトボールたち。キラキラと散乱する破片となった彼らから、元の形に戻ろうとする意志は感じ取れない。
今、目の前にある鋭利な欠片たちは、かつてオカルトボールだったゴミである。つまり、元証拠品。
頭を抱えて教室を見渡すが、今度はどこにも解決策はない。再び訪れた絶体絶命の危機に狼狽する女苑だったが、ふとあることに気が付く。
「あれ、冷たくなってる」
右手に握る鳥の木像が、あれほど熱を持っていた鳥の木像が、ヒンヤリとした感触を右手に伝えている。どうやら、結くんの夢の世界は常を取り戻したらしい。つまり、依頼は完了。窓の外に目を向ければ、あれほどどんよりと重苦しかった空が、真っ赤に燃え盛っている。いつの間にか教師も姿を消していて、机に坐する児童たちの姿も笑顔に変わっている。
「いいのかな、これ」
状況の変化に戸惑いつつ、鳥の木像を親指で擦ってみる。もし解決しているのなら、目をつぶって九度擦れば、夢の世界から脱出できるだろう。とりあえず、という気持ちで目を閉じて、羽に相当する部分を親指で擦ってみる。
次に目を開けたとき、そこはいつもの応接間だった。
「あ、これでいいんだ」
どうやらなんとかなったらしい。時計を見ると、時刻は午後15時。結くんのお母さんを呼び戻し、さっさと依頼を終わらせなければ。
それから30分後、応接間には結くんとお母さんが並んで座っていた。そこには絨毯も木の枝も無く、いつものソファと机が置いてあるだけ。あれらはトップシークレットだからね。
「それでは、原因は結の担任にあると?」
「はい。催眠状態の結くんは、先生が怖いと真っ先に話しました。私が問いかける前に」
「ああ、やっぱりそうでしたか。実はママ友の間でも噂になってるんです」
「そうでしたか。どうします、診断書を書きましょうか?」
「いえ大丈夫です。来月の授業参観の後、クラスの保護者全員で校長先生に直談判する予定なので」
「わかりました。では、治療費を払って頂いたら今日はおしまいということで」
「はい。今回は本当にありがとうございました」
そんなやり取りの後、結くんとお母さんはクリニックを後にした。これにて今日の仕事はおしまい!閉店ガラガラ!
それにしても、校長先生に直談判するという話は本当なのだろうか。それに、お母さんと一緒にいる間は結くんが一度も話さなかったことも、少しだけ気になる。お金も貰ったし、患者のプライベートなど別に興味はないのだが。しかし、どうにもスッキリしないのだ。
「でも、そこまで突っ込むのも迷惑よね。はー世のお医者さんも大変ね」
竹林の医者も毎日こんな感じなのだろうか。もしそうなら、本当に頭が上がらないなと思う。少なくとも、自分には無理だ。そこまで親身にもなれないし。でも、やっぱり教育委員会とかに匿名でリークしたほうがいいのだろうか。
グルグルと堂々巡りする疑念。しかし女苑の動きに迷いはない。
「それよりも、まずはオカルトボールよね」
一難去ってまた一難。入れ替わるように発生したトラブルに対処するべく、女苑は幻想郷へと向かうのだった。
普段こそ閑古鳥が鳴くクリニックであるが、今日はたまたま予約が重なり、13時現在本日3組目の患者様をお待ちしている。
それもこれも姉さんが悪い。まさか、街中に自身の分社を乱立させ、同時に憑依できる人数を増やしてくるなんて。私たちも一応神ではあるので、分社を立てれば当然そこには分身が居ることにはなる。たとえそれがゴミ捨て場の隅にあり、端から見ると回収し損ねたゴミにしか思えなくても。そんなこともあり、依神クリニックは絶賛大繁盛しているのだった。
「失礼します。13時から予約していた者です」
ボヤいていると、本日3組目のお客様がやってきた。母親らしき女性と、その後ろに心ここにあらずといった様子の少年。少年の様子を除けばどこにでもいる親子連れに見える。
「お待ちしておりました。どうぞ、そちらのソファに座ってください」
いつものソファに案内し、ついでにソファの下に置いたアロマのスイッチを入れる。ちなみにこのアロマには、訳ありな植物が配合されている。当然、法的にはグレーゾーンの代物ではあるが、催眠療法を売りにする以上、そこは譲れない。見つかったら他の街に移ればいいのだし。
「では、お話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「はい。息子の話なんですが。おとといの放課後に『普通に過ごしていると、誰もいないのに誰かの怒鳴り声が聞こえる』と訴えてきたので、今日はそれについて診てもらおうと思ってきました」
「それは不安になりますね。どういったタイミングで症状が出るとか、何時頃から出始めたかとか、覚えている範囲で大丈夫なので教えてもらえますか?」
このあと話を聞いていくと、以下の事がわかった。
①男性の怒鳴り声の幻聴が聞こえる。聞こえ始めたのは一週間前だが、おとといからは気を抜くといつでも聞こえるようになった。
②日々の生活に変化はない。しいて言うなら、一か月前に修学旅行に行ったくらい。
③発症する前日の放課後、かくれんぼの最中に不思議な模様のボールを見つけた。ジャンケンに勝ったので、そのボールは自宅へ持ち帰った。
こうして見ると、なんの問題もない、ごくごく普通の六年生だ。それだけに結くんが気の毒に思えてしまう。きっとゴミ出しの際にでも、姉さんのゴミ塚に近づいてしまったのだろう。さすがに胸が苦しくなるので、治療が終わった後にでも姉さんに言い含めなくては。相手を選べ、もっと加減しろと。
「ありがとうございます。では、治療を始めたいと思うので、お母さんは一旦退室していただけますか?」
「わかりました。結のこと、お願いします」
そう言って、深々と頭を下げるお母さん。うーん、やはり心が痛い。
大体この親もどうかと思う。息子が幻聴を訴えたとして、普通こんな怪しいクリニックに受診するものだろうか。まずは心療内科に向かうべきではないか。しかし、こうして彼らが訪れることで、自分たちが生きているのも事実である。やはり姉さんにはキツく言わなくては。
それはそれとして、まずは目の前の結くんである。彼の症状は、間違いなく姉さんの仕業。従って、彼を治すには姉さんを引き剥がすほかに道はない。
つまり、催眠の時間だ。
「じゃあ結くん、今から治療を始めるね。といっても結くんは、今から先生が鳴らす太鼓と弓の弦を弾く音を聞いていればいいだけ。眠くなったら寝ちゃっていいからね」
「先生の治療って変わってますね。太鼓とか弓の弦を使う病院なんて聞いたこともないですよ」
「確かにこの辺りじゃ珍しいかもね。モンゴルって知ってる?あそこの民間療法を参考にしてるんだ」
「なんか、少し怖いんですけど。大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫。学校の友達とか先生にも言われたでしょ?依神先生なら大丈夫だって」
「まあ、言われましたけど。信じてますよ」
「私に任せなって。はい、じゃあ目をつぶって。弦の音を集中して聞くんだよ」
そして数分後、結くんの意識は深い眠りの底に落ちて行った。さて、ここまでくればもうひと踏ん張りである。あとは結くんの手首を触り、「出ておいでー」と姉さんを呼べばひと段落。出てきた姉さんに小言を言い、結くんが起きれば今日の予定は全部おしまい。今日も忙しかった!
そう、楽観視していたのだが。
「姉さん?もういいよ、出ておいで」
なぜか、姉さんが出てこない。は?意味が分からないんだけど。
「ちょっと姉さん?そういうの良いから早く出てきて」
語気に一振りの怒りを加えても、姉さんは出てこない。
「早く出てきてよ。今日の報酬無しにするよ?」
最終手段「今日のお小遣いはありません」を用いてもなお、姉さんは出てこない。
「姉さん?もしかしていないの?」
一抹の疑念がよぎる。
第一、姉さんならいつも、声をかけた途端にヌルっと姿を現すじゃないか。患者の手首から、ガリガリにやせ細った不健康そうな手首が生えて来るはず。それを引っ張ると、今度は清潔感の無い陰気な青髪の女がニヤつきながら出てくるはず。
それなのに、今日は10分経っても出てこない。これはつまり、そういうことなのではないだろうか。シャツの中を汗が一筋、ツーと垂れる。
「姉さん、私の寛大な心にも限界ってものがあるのだけれども」
そのとき、クリニックの扉が開いた。
「あれ、女苑なにしてるの?」
扉と壁の隙間から、べたべたした青い髪を垂れ下げた女が、きょとんとした顔でこちらを見ていた。あれほど待ち望んだ声と一緒に。なぜかクリニックの扉の入口から。
落ち着け私。息を深く吸い込め。平静を保つんだ。
「ごめん姉さん。いま治療中なの。どっか行ってくれる?」
「え、治療って、憑いてないけど」
「いいから。出てって。」
そう話す女苑の顔はまるで般若の様だったと、後に紫苑は語ったという。
たまに訪れるのだ。紫苑の仕業ではない、真に助けを乞うべき者たちが。いわゆるホンモノが。
そういった人々を救うことが、女苑には出来ないという訳でもない。むしろ得意分野まである。なぜなら、こういった人の悩みの原因は夢の世界に求めることが出来るから。完全憑依異変を引き起こした女苑にとって、人の夢の世界に侵入することなど朝飯前だ。
ここが幻想郷であればの話だが。
しかし、今いる世界は外の世界である。ガードの緩い幻想郷の人間とは違い、こちらの人間はガチガチなのだ。つまり、プロフェッショナルの女苑を持ってしても、夢の世界に侵入することは難しい。
だから、一応外の世界の呪術を学びそれを習得している。でも、だけれども。
「めんどうなのよね、アレ」
その呪術は、とても面倒くさいのだ。準備はさほど難しくない。けれどもその呪術を行うと、果てしなく疲れ果てるのだ。物凄い倦怠感に襲われて、丸一日は寝込むことになる。
「でも、そんな悠長なこと言ってられないよね。あんな不安そうな子、放っておけないでしょ」
成人ならまだしも、今日の患者は小学生だ。ここで逃げては良心が痛む。
「……やるか」
覚悟を決めた女苑は、診察室に併設されたキッチンへと足を運ぶ。シンクの真下にある取手を引いて、呪術に使う道具を取り出すために。
30センチ程度の白樺の枝と、サギらしき鳥を象った木像。白樺の枝には9個の傷がついている。続いてその横、調理台の下の収納に手をかける。扉の中には、真っ赤なフェルトの布が二枚入っていた。
それらを雑に取り出して、イラつきながらソファへと戻る。
古来よりモンゴルの人々は、精霊と交流できる特別な存在を中心とする、体系的な宗教を信じていた。
その宗教では、シャーマンと呼ばれる者の手によって、意識を失った人を目覚めさせるため、ある特殊な儀式が執り行われる。
それこそが、女苑が習得し少々アレンジを加えた呪術であり、夢の世界に侵入する手段であり、今から執り行おうとする治療だ。
その手順は以下の通りに行われる
①患者と自分、それぞれが座る椅子の下に、赤いフェルトを敷く
②テーブルの上に白樺の枝を置く。このとき先端を患者側に、根元を自分に向ける
③白樺の枝の右に鳥の木像を置き、右手で掴む。
④目をつぶり、左手で弓の弦を弾く。三度弾くごとに、鳥の木像を患者側にずらしていく。
⑤弓の弦を27回弾き終え、鳥の木像を9度ずらし終えたら瞳を開く。
すると、眼前には患者の夢の世界が広がっている。夢の世界といっても、そこは患者が普段過ごす世界と瓜二つだ。社会人ならそれぞれの勤め先や家、学生なら学校やバイト先と、患者の生活圏が反映されている。
結くんの場合は、小学校六年生ということもあり、やはり小学校だった。しかし、重く垂れこめる曇天を背景に立ち塞がるその校舎からは、全くと言っていいほどエネルギーを感じられない。平時の小学校を知るものが見れば、誰もが思わず驚きの声を上げるだろう。
「うわ、なにこれ全然違うじゃない」
女苑もまたその一人である。しかし、今の彼女には結くんの不調を取り除く使命がある。目の前の光景がどれだけ異質でも、足を止めるわけにはいかない。ましてや踵を返すことなど言語道断である。意を決した女苑は、熱を持つ鳥の木像を右手に握りしめて昇降口へと向かう。これが冷たくなったとき、夢の世界は常を取り戻すのだ。
そして女苑は歩き出す。
正門らしき鉄門をこじ開け、均された校庭に足跡を踏みつけて、聳え立つ校舎へと突き進む。
静黙する下駄箱を蹴散らし、リノリウムの校内に足音を響かせて、待ち受ける元凶の元へと駆け上がる。
しかし校舎の中は広く、どこに誰がいるかもわからない。
図工室のスケッチを薙ぎ倒し、図書室の典籍を踏み荒らし、音楽室の楽聖を引き剥がす。
今の女苑に余裕はない。目線を邪魔する障害物を、次々と排除していく。
そして、校舎の四階へ続く階段を駆け上がった時、彼女の五感が久しぶりに人の声を捉えた。
「おいッッ!お前いま何したァ!?」
雷鳴のごとき一喝が、静まり返った校内の空気をビリビリと引き裂いた。衝撃波となって押し寄せる凄まじい音圧は、廊下にいるはずの女苑の全身をも容赦なく蹂躙する。
(え、なにこれ)
意識の外から浴びせられた突然の大音量。そのショックで、全身の筋肉という筋肉が萎縮し、内臓という内臓が縮こまる。肩がすくみ上がり、太ももと太ももが触れ合う。首が下を向き、気道が狭まる。
突如として全身に発生した原因不明の異常。しかし、パニックに陥る女苑を声の主は
放っておかない。
「何か言えよ、おいッッッ」
襲い来る第二撃。
「う、っさい、わね!」
限界まで強張りきった体を震わしながら、せめてもの抵抗として独り言ちる。
「聞こえてるだろ!おいッ!」
が、間髪入れず繰り出された三撃目を前にして、その細やかな反撃は威力を失った。そもそもこれほどの怒声を前にして、口を開くことが出来る者などいるのだろうか。貧乏神とはいえ女苑も神である。そんな彼女ですらこのザマなのに、普通の人間は平常を保てるのだろうか。
それでも、女苑は神である。神の端くれとして、ここで退いては色々と顔が立たない。すっかり怯え切った両足に鞭を打ち、一歩一歩と声の出元へ近づいていく。最後の段に足をつけ、正面にある手洗い場を視界の隅に入れ、『6年1組』と書かれたプレートの下がる入口に向き合う。
「何も言わないと、いつまでもこうだぞ。」
扉の奥から男の声が聞こえる。きっと先ほどの声の主と同一人物だろう。黒板の前で仁王立ちする姿が目に浮かぶようだ。
引き戸に手を掛け、力を込める。
(これを右に引けば、はた迷惑な男のご尊顔が拝めるのね)
肩、二の腕、そして手のひらと、順に筋肉が膨れ上がり、エネルギーが左手へと集約されていく。左手に充填されたエネルギー。あとは脳の一声で扉が開け放たれるだろう。
しかし、それが為されることは無かった。
(……やっぱ無理。後ろからにしよ)
今でこそ外の世界で詐欺まがいの所業を働く女苑であるが、彼女とて、一度は命蓮寺で学を修めた身である。そんな彼女の中の学徒としての血が、無性に騒ぎ立てるのだ。
「皆の注目を受けたくない」と。
斯くして女苑は踵を返す。そして、教室の後ろ側にある扉へと移動すると、今度は躊躇うことなく扉を開けた。
そこにいたのは、子ども子どもと子どもたち。そしてひとりの大人。等間隔で並べられた学習机の前に、見ているだけで腰を痛めそうな椅子があり、その上に児童が座っている。その数36名。机をじっと見つめる者、俯く者、黒板をじっと見つめる者と実に様々な姿勢だが、その体には皆一様に怯えを湛えている。
その中に、結くんが居た。窓側から数えて5列目、廊下側から数えて2列目の5番目の席。つまり、後ろから2つ目の席。そこに座る結くんは、他の児童に輪をかけて怯えているように見える。膝の上に置かれた2つの握り拳が、両手に向けて今にも動き出しそうだ。
「黙っていても何も変わらないぞ」
黒板の前に立つ男が、想像通り口を開く。きっと、この男が担任なのだろう。ならば、結くんを悩ます幻聴の正体はこの男の声なのだろうか。この声が四六時中聞こえるとなると、相当な負担になるだろう。しかしここは夢の世界。結くんの心の世界であり、虚構の世界でもある。
幻想がリアルに干渉してくるなど、本当にありえるのだろうか。
「いつもなら、もう解決できてるんだけどなー」
普段、夢の世界にいる患者の姿は、現実で患者を悩ます症状を反映している。謎の頭痛なら頭部が不自然に膨張しているし、不幸が続くなら背後には何かが立っているし、涙が止まらないときは眉間にできた3つ目の瞳が泣いている。大抵の患者はこうした一目でわかる異変をその身に宿しているのだが、肝心の結くんには、それが一切見られない。それに右手に握る鳥の木像もまだ熱い。むしろ、正門にいる時よりも熱い気がする。さて、どうしよう。
八方塞となった今、何もできることは無い。唸りながらロッカーの前を歩き回っていると、結くんの机の上に何か置いてあることに気が付いた。紫色の変なボールが、ペンケースの代わりに置いてある。
「あ、オカルトボールじゃん」
そこには、なぜかオカルトボールがあった。宇佐見菫子の手作りか、それともそれ以外の物かはわからない。しかし、そこにある球体は間違いなくオカルトボールだった。しかも、強烈な妖気を放っている。ここまでのマジックアイテムは、外の世界だと顔なじみの神社でしか見たことが無い。なぜ気が付かなかったのか、自分が不安になる。
「あ、そういえばボールを拾ったって話してたな。原因これじゃん」
そう、面談の際に結くんは話していた。症状が出る前日、かくれんぼをした時に不思議なボールを見つけ、家に持ち帰ったと。ここまでくれば、答えは出たも同然だ。日ごろから担任の怒声にストレスを感じていたが、オカルトボールを拾ったことでストレスの原因が具現化、幻聴という形で症状に現れたのだろう。これにて一件落着!お疲れ私!
それにしても、このオカルトボールはどこからやってきたのだろう?
机の上に置かれたブツを眺めていると、そんな新たな疑問がふつふつと浮かんでくる。せっかく人が開放感に浸っているというのに、なんだこの思念は。空気を読め。
「もー今くらい喜ばせてよ!なんなのよこのボールは!イライラするな!」
誰だって、幸せなひと時を邪魔されると機嫌が悪くなる。それが利己的な人間であれば尚更そうだろうし、ましてや女苑は貧乏神である。お世辞にも利他的とはいいがたい。
「どうせボールの処理費に今回の報酬も無くなるし!ばか!」
この鬱憤、どこで晴らせば良いのだろうか。
少し逡巡した末、机に八つ当たりすることにした。もちろん結くんに衝撃が伝わらない程度に小突くだけだ。
「おらよ!……あ」
しかし、その八つ当たりが裏目に出た。女苑とて神である。妖怪相手に肉弾戦を挑める程度には体も強い。そんなアスリートが小学生の机を蹴とばすと、何が起きるだろうか。
結論から言うと、結くんの机はキックの衝撃で揺れ動き、その上をコロコロと転がったオカルトボールは、そのまま教室の床へと落下し、心地よい破砕音を立てて粉々になった。
「え、うそ。どうしよう」
机の下に散らばる元オカルトボールたち。キラキラと散乱する破片となった彼らから、元の形に戻ろうとする意志は感じ取れない。
今、目の前にある鋭利な欠片たちは、かつてオカルトボールだったゴミである。つまり、元証拠品。
頭を抱えて教室を見渡すが、今度はどこにも解決策はない。再び訪れた絶体絶命の危機に狼狽する女苑だったが、ふとあることに気が付く。
「あれ、冷たくなってる」
右手に握る鳥の木像が、あれほど熱を持っていた鳥の木像が、ヒンヤリとした感触を右手に伝えている。どうやら、結くんの夢の世界は常を取り戻したらしい。つまり、依頼は完了。窓の外に目を向ければ、あれほどどんよりと重苦しかった空が、真っ赤に燃え盛っている。いつの間にか教師も姿を消していて、机に坐する児童たちの姿も笑顔に変わっている。
「いいのかな、これ」
状況の変化に戸惑いつつ、鳥の木像を親指で擦ってみる。もし解決しているのなら、目をつぶって九度擦れば、夢の世界から脱出できるだろう。とりあえず、という気持ちで目を閉じて、羽に相当する部分を親指で擦ってみる。
次に目を開けたとき、そこはいつもの応接間だった。
「あ、これでいいんだ」
どうやらなんとかなったらしい。時計を見ると、時刻は午後15時。結くんのお母さんを呼び戻し、さっさと依頼を終わらせなければ。
それから30分後、応接間には結くんとお母さんが並んで座っていた。そこには絨毯も木の枝も無く、いつものソファと机が置いてあるだけ。あれらはトップシークレットだからね。
「それでは、原因は結の担任にあると?」
「はい。催眠状態の結くんは、先生が怖いと真っ先に話しました。私が問いかける前に」
「ああ、やっぱりそうでしたか。実はママ友の間でも噂になってるんです」
「そうでしたか。どうします、診断書を書きましょうか?」
「いえ大丈夫です。来月の授業参観の後、クラスの保護者全員で校長先生に直談判する予定なので」
「わかりました。では、治療費を払って頂いたら今日はおしまいということで」
「はい。今回は本当にありがとうございました」
そんなやり取りの後、結くんとお母さんはクリニックを後にした。これにて今日の仕事はおしまい!閉店ガラガラ!
それにしても、校長先生に直談判するという話は本当なのだろうか。それに、お母さんと一緒にいる間は結くんが一度も話さなかったことも、少しだけ気になる。お金も貰ったし、患者のプライベートなど別に興味はないのだが。しかし、どうにもスッキリしないのだ。
「でも、そこまで突っ込むのも迷惑よね。はー世のお医者さんも大変ね」
竹林の医者も毎日こんな感じなのだろうか。もしそうなら、本当に頭が上がらないなと思う。少なくとも、自分には無理だ。そこまで親身にもなれないし。でも、やっぱり教育委員会とかに匿名でリークしたほうがいいのだろうか。
グルグルと堂々巡りする疑念。しかし女苑の動きに迷いはない。
「それよりも、まずはオカルトボールよね」
一難去ってまた一難。入れ替わるように発生したトラブルに対処するべく、女苑は幻想郷へと向かうのだった。
女医女苑来てますね
女苑の何とかしようという意思が伝わってくるようでした