「霊夢、今日は最近のあなたの行いについて説法をしにきました」
そう言うと案の定、博麗霊夢は顔をしかめた。そして、楽園の最高裁判長、四季映姫はこう思ったのである。この正直な性格だけは認めてもいいだろう。しかし、それゆえにあまりにも。
「あなたは欲望に正直すぎる。また悪徳な商売をしては調子に乗って失敗しましたね」
「失敗してるんだからいいんじゃない、別に」
「成功していたらもちろん厄介でしたが、勘違いしないでいただきたいのは、お金を稼ごうという気持ち自体は悪ではないということです」
まだ霊夢への言葉は止まらない。彼女は楽園の巫女、少しくらい人々の指針になってほしいものだ。
「しかし、あなたはタチの悪いことをした割には成功させない。それは欲望に正直すぎるから。せめて、そこで経済を回していたら人のためになっていたものの……」
そしてこれだけは言いたかった、ということをはっきりと言う。
「最初に言いましたがお金を稼ぐこと自体は決してそこまで悪いことではないのです。世の中というのはお金を稼ぐ努力が、結果的に人を幸せにしてる一面がありますから」
「なら!」
「しかしそれは逆に考えると、人を幸せにしようという気持ちがないとお金は稼げないということです。ですからあなたはもっと善行を重ねるつもりで商売をした方が、結果的にはあなた自身のためにも……」
「あっーーーー! もう!! 説教はうんざりよ!!」
そう叫ぶと霊夢は逃げるように神社の奥へ入っていく。急いで映姫も靴を脱ぎ霊夢を追いかけるが、急に駆け出したため、段差に躓いてしまい転びそうになる。慌てて転ばぬようにその辺を掴んだが、運が悪かった。
「あっ」
彼女が掴んだのは壺だった。スルッと壺は映姫の手を離れ、結局すっ転んでしまう。いてて、と立ち上がると、目の前にはこれまた凄惨な光景が……。
「えっ!? 霊夢!?」
宙へ浮かんだ壺は見事に霊夢の頭に命中し、霊夢は床へ倒れていた。血は出てないが、揺すっても動かない。
「……」
「映姫様、これって……」
隣から声が聞こえると思ったら、映姫の部下小町がいるではないか。
「またサボりですか?」
「サボりはサボりですけど、今はそんな場合じゃないでしょ」
「誤魔化すつもりですか? とりあえず地獄に帰ったら説教ですよ!」
「いや誤魔化してるのは映姫様ですよ。どうするんですかこれ」
倒れている霊夢を目の前にして、四季映姫は心を落ち着かせようとしている。
「小町、お茶を淹れてくれませんか」
「落ち着きすぎてません?」
映姫は勝手に棚から一式を持ってきて、心が落ち着くようにお茶を飲む。霊夢が以前淹れてくれたのとは少し味が違ったので、やはり霊夢は腕が良いのだなと再認識した。
「ちなみにこの状況を映姫様が裁いたら、犯人は黒なんですか? 白なんですか?」
「グレー、ですかね……」
「自分に甘すぎません?」
映姫は震えた手でもう一度お茶を一口。
「なぜか手が震えてうまくお茶を飲めないですね……えっと手に漢字を書いてと、三回飲み込む!」
ちゃんと数えて三回飲み込んだ。
「落ち着いてください映姫様、映姫様が書いてるのは『人』ではなくて『入』です」
根本的に間違っていた。
「グレーもなにも、どう見たって黒じゃないですか。霊夢が幽霊として裁判にやってきたら絶対チクられますし、浄玻璃の鏡がある以上、映姫様自身が己の犯罪を証明してしまうのです。これはもう諦めるしか……」
「考えてもみてください、小町」
「なにがです」
「重要な役割を任せられてるこの私が、同じく幻想郷にて重大な博麗の巫女を壺で殺めてしまった……そんなことがバレたら幻想郷はどうなりますか」
「……まあ大問題にはなりますね」
「ね? バレてはいけないのですよ」
「いやいや!」
「私は幻想郷をパニックに追い込んでしまうくらいなら、一人でこの罪を背負っていきます……たとえ険しい道であっても」
カッコイイことを言ってるようで、ただの隠蔽である。
「あ、小町、そこの壺を取ってください」
「証拠隠滅する気ですか?」
「いいから」
「分かりましたよ……はい、どうぞ」
「受け取りませんよ、私は」
「はい?」
「指紋つきましたね」
小町はぶん殴りたくなった気持ちを無理やり抑え込んだ。
「プルプル震えてますよ、寒いのですか?」
「いえ、耐えてるんですよ」
「何にです」
「ところで映姫様。今日は手袋つけてるんですね」
「冬ですから」
「私やっぱり寒いです。その手袋渡してくれたら許してあげます」
「仕方ないですね、はい、どうぞ」
「どうも。あっ、映姫様、今手袋を渡すときに落とし物しましたよ、はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
映姫がふと手元を見ると、そこには壺があった。
「これで指紋、二人になっちゃいましたね」
まるで恋人に微笑みかけるようなそのスマイルに映姫は心から殺意を覚えた。
「さてどうしましょうか。このままでは二人が犯人である証拠が残ってしまいます」
「いや浄玻璃の鏡で見れば、私の無実なんて簡単に証明されますよ」
「その鏡なら先程、池に落としてしまいました」
「ええっ!?」
「金の鏡と銀の鏡を女神様が渡してくれたら良かったのですが、あいにく池ではなく底なし沼だったみたいですね」
「そんなに罪から免れたいのですか!?」
「小町、そのような言い方は悪意があります」
「悪意ならさっき私に罪を被せようとした映姫様の方が数十倍あるでしょう!!」
「はて、なんのことやら」
このままでは本当に無実の罪を被せられてしまう、そう思った小町は決意した。
「偉い方全員にこのことを言います」
「はい?」
「私と映姫様なら、みんな映姫様の方を信じるでしょう。しかし必死に訴えれば、調査くらいはちゃんとやってくれるはずです。そしたら真実は明らかになります」
「大事にするつもりですか! 小町!!」
「これ以上映姫様を悪者にさせたくありません……!」
「こ、小町……」
小町は泣いていた。あの厳しくも優しかった上司。一生懸命昼寝をしていた時も、一生懸命酒を飲んでいた時も、一生懸命麻雀をしていた時も、一生懸命談笑していた時も、少々仕事をしていた時も、いつも自分の憧れであった上司、四季映姫。そんな彼女のこんなカッコ悪いところなんて、もう二度と見たくないのである。
「……だから私は言います。止めないでください映姫様」
「いえ、止めます。小町」
「そんな!?」
「あなたが言う必要はありません、私、自首をします」
「自首、ですか」
「はい。最後くらい、あなたの憧れのままでいさせてください」
そう言いながら映姫は証拠となる壺を抱えて、神社から出ようとした。地獄に帰って自ら裁かれようと言うのだ。
「映姫様、壺は私に持たせてください」
「また私に罪を押し付けられてしまうのかもしれないのですよ?」
「大丈夫ですよ。今の映姫様は私の指紋が壺に残っていたって関係なく、正直に言ってくれると思ってますから」
「ふふ、信じてくれているのですね」
映姫は抱えていた壺を小町に渡そうとする。しかし、ふと思い浮かんだことがあった。
「そうだ。最後に壺でキャッチボールをしてみませんか?」
「血迷ったんですか?」
「違いますよ。ほら、父と子が分かり合うためにキャッチボールをするシーンとかあるでしょう? あれみたいに、あなたとも絆を深めたいんですよ」
「いやだからって壺でやるなんて……」
「分かりませんか……? もしかしたら、あなたと私が会えるのは今日が最後なのかもしれないのですよ?」
ハッと小町は思った。
ときに憎かったりもした上司、だけど憧れでずっとそばにいたかった上司。そんな彼女と過ごせるのは、今日が最後なのかもしれないのだ……。
「だからせめて最後に、そうまるでキャッチボールをする父と子のように、今は上司でも部下でもなくただの四季映姫と小野塚小町として、二人過ごしたいのです……ダメですか?」
今にも泣きそうな瞳を見て、断れる人などいるだろうか。いや、断じていない。
小町は最後くらい、気持ちよくお別れをしたいと思った。
「分かりました。振り返ってみれば、いつも私ばかりがワガママを言っていましたね……映姫様のワガママも、一度くらいあっていいはずです」
「ありがとうございます、小町」
「じゃあしましょう、キャッチボール」
「了解です。えいっ!」
映姫は閻魔らしくない可愛らしい声で壺を投げる。それを小町は受け取って、返す。映姫は本当に楽しそうに笑っていた。思わず小町は泣きそうになるがグッと我慢して、同じく笑って壺を投げる。
「次いきますよ、小町!」
受け取った壺を映姫が返す、そのときだった。
「ちょ、映姫様、コントロールが悪すぎ……」
映姫が思いっきり投げた壺は、小町の指には当たったものの手を掠ってギリギリ掴むことができず、宙に放り出されてしまったのである。
しかも。
「おーい、霊夢ー! お茶くれー!」
博麗神社に遊びにきた霧雨魔理沙の頭にちょうどぶつかり、魔理沙は地面に倒れ、動かなくなった……。
「……」
「……映姫様、これって二人目なんじゃ」
「何も言わないでください」
壺のキャッチボールでまさかもう一人、死人を出してしまうなんて……誰も想像できなかった。
「そもそも何なんですか、壺のキャッチボールって、意味分かりませんよ」
「小町だって楽しそうにしてたじゃないですか!」
「それはまあそうですけど……」
暫しの沈黙の後、小町が悲しそうな顔をして言う。
「もう少し映姫様と楽しい時間を過ごしたかったのですが……第二の犠牲者まで出てきてしまっては仕方ありません。できるだけ早く自首しに行きましょう、映姫様」
「いや私は自首しませんよ、小町」
「はい?」
上司から信じられない言葉が出てきて、小町は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
「さっき自首するって言ったじゃないですか! さっきまでのカッコいい映姫様はどこに行ってしまわれたのですか!?」
「だってあなた、二つの事件どっちも私を犯人にしようとしてますよね」
「えっ?」
「魔理沙の事件に関しては、小町が犯人じゃないですか。なんで無実の罪まで被らないといけないのです」
再びぶん殴りたい衝動に駆られたが、冷静を装って話を聞くことにする。
「えっと、すいません、どういうことですか?」
「どういうことも何も、小町が上手くキャッチできなかった壺が魔理沙に当たったのですから、魔理沙の件に関しては、私ではなくあなたが犯人でしょう」
「いやいや、あれは映姫様がコントロールが下手くそすぎたのと、そもそも壺でキャッチボールなんて意味分かんない提案さえしなければ……」
「閻魔の前で罪を誤魔化すとは、小町。これはどう見ても黒ですよ!!」
「さっき自分のはグレーにしたくせに!」
霊夢の件の罪を認め、自首しに行くはずだった映姫。しかし、魔理沙まで壺で殺めてしまった今、それは小町が犯人だと言い切る。
「自首するにしても、魔理沙の件はあなたの罪です。自首するなら二人で、ですよ!」
「そんなわけないでしょ!? 映姫様が間違いなく連続殺人をしたんです!!」
「なっ、連続って! 二人ですから、二人までならセーフですから!」
「そんな基準は存在しませんよ!!」
ついに殴り合いまで発展しかけたが、そこは常に冷静沈着、四季映姫。心を落ち着かせてこう言った。
「分かりました、壺でキャッチボールをしましょう」
「正気ですか」
「何も考えずにキャッチボールをする。そうすれば、何か素晴らしい考えが浮かぶかもしれません」
「それで新たな犠牲者が出たの覚えてないんですか!?」
「同じミスはしませんよ、絶対。次は力を込めないでふわっと投げますから。小町ももう二度と掴み損ねたりしませんよね?」
「ええ、それはまあ」
「念のために私と小町の距離を近づけておきましょう。そうすれば弱く投げても届くはずです」
「……納得はいきませんけどたしかに現実逃避したい気分なので、分かりましたよ」
「小町、これは現実逃避ではありません」
なんと魔理沙が倒れてるのを横目に再び二人は壺キャッチボールをし始めた。おそらく、小町も否定はしつつも罪悪感は感じており、正常な判断ができてないのであろう。
「小町、パスです」
「はい受け取りました。返しますよっ」
「ナイスです、小町」
こう言葉だけ聞くとまともにキャッチボールをしている風に聞こえるが、実際は二人の距離は歩いて三歩分程度。もし距離があると思いっきり壺を投げないといけないためである。
「はーい、霊夢。元気してる?」
二人は絶対に壺を落とさないように心がけた。なぜなら、キャッチをミスって魔理沙にぶつけてしまった前科があるからである。
しかし、それでも予想外なことは起きる。なんと、二人がパスをしている間に突然スキマが現れて、壺は紫の頭に命中した。
「……」
「……映姫様」
「……なんです」
スキマに寄っかかるようにうなだれている紫の姿があった。
「三人は連続殺人ですよね」
「……そうですね」
こうして、閻魔兼連続殺人犯が幻想郷に誕生してしまった。四季映姫は地面に膝をつく。
「なんてことをしてしまったのでしょう」
それを見て小町も泣きながら映姫に寄り添う。
「映姫様……私も罪を償いますから。魔理沙の罪を償いますから……」
二人で思いっきり泣いた。
しかしここで映姫、あることに気付く。
「いや、待ってくださいよ……もしかして」
その日の夜。
映姫は裁判所に立っていた。周りには、映姫の処遇について悩んでいる地獄のお偉いさんたちが集まっている。
「この映像を見てください。浄玻璃の鏡の映像です」
「四季映姫、なぜか音声が入ってないようだが」
「すいません。池に落としてしまったもので調子が悪いのです」
小町は傍聴席にて映姫を見守っていた。同時に浄玻璃の鏡にミュート機能があることに驚いていた。
「私が博麗神社に霊夢に説法をするためにやってきたところです」
「うむ」
「ここで突如私が博麗に壺を投げつけます」
「どういうことだ!?」
「その後、小町が駆けつけ二人で壺でキャッチボールをし始めます」
「本当に何なんだね、この映像は」
「まるで狂っているようですよね?」
「ああ、そう見えるが」
「さらにその壺を、やってきた人間にも投げつけます」
「この時点で二人も……」
「しかし、そこでも懲りずになんと小町と私は壺キャッチボールを再開し始めます」
「おいおい」
「しかもこの至近距離で、です」
「君らしくない奇怪な行動だな」
「さらになんと、ここで真ん中にスキマが現れて……」
「八雲紫じゃないか!? 彼女が死んだなど、そんな連絡は来てないはずだが……」
「それは当然ですよ。なぜならこの後八雲紫は助かるのですから、私の手で」
「どういうことだ?」
「このあとの映像を見てください」
お茶を飲んでいるシーンや、壺に指紋がついたくだり、二人が泣きながら抱き合ってるシーンなどは綺麗にカットされている。
映姫は壺を地面に置くと、何かぶつぶつと呟いてるように見えた。すると、壺から煙のような白いものが現れたのである。
「これは怨霊!?」
「はい、あの壺は実は怨霊の潜んでいた壺だったのです。そして、あの壺によって頭をぶつけた者は、その生命力を奪われてしまう……私と小町は、その怨霊の目的のため、操られてしまっていたというわけです」
「そんな……」
「しかし、私こと四季映姫は、なんとか怨霊の操る力から抜け出し、こうして怨霊を退治することに成功しました。おかげで博麗もあの人間も八雲紫も、みんな今ではすこぶる元気です」
「も、もしかして最初にあの壺を触ったのは」
「微かな気でしたが、怨霊の気配がしましたので……。私があそこで気付かなければ、きっと大きな災難を招いていたでしょう……しかし、結局少しの間操られてしまいましたが……」
「いやそうだとしても君は幻想郷を救ったじゃないか! さすが四季映姫だ!」
するとその四季映姫・ヤマザナドゥのすごさに、周りの人たちは一斉に立ち上がって拍手をした。拍手喝采が巻き起こった! スタンディングオベーションである!
その様子はまさに夏フェス! 観客のボルテージは一気に最高潮になった!!
「いえいえ、私は閻魔として当たり前のことをしただけですから」
そう微笑みながら、四季映姫は裁判所から離れていく。姿が見えなくなるまでその拍手の音は止まることがなかった。
そして帰り道、小町と歩いている。
「人間である霊夢や魔理沙ならまだしも、大妖怪の八雲紫が壺が頭に当たった程度で死ぬなんて絶対にあり得ません。そこで怨霊の存在に気付けて良かったです」
「それはさすがですが……でも映姫様、私たちが調べたところあの怨霊に人を操る能力なんかなかったじゃないですか! あの奇行は普通に私たち素でやったことなのに、まるで自分の意志でやってなかったかのように言うのは……」
「黙りなさい、小町」
「いやいや! 今回は怨霊だったから良かったものの、下手したら人を殺めていたのかもしれないんですよ!?」
「小町、一つ聞きなさい」
遠い空の彼方を見ながら、四季映姫は堂々と言った。
「真実だけが全てじゃないのです」
「でもあなたは閻魔様じゃないですか」
「はて、なんのことやら」
映姫の横暴に呆れながらも、この上司との日々がまだ続いてゆくことに、胸をホッと撫で下ろしていた小町であった。
おわり
そう言うと案の定、博麗霊夢は顔をしかめた。そして、楽園の最高裁判長、四季映姫はこう思ったのである。この正直な性格だけは認めてもいいだろう。しかし、それゆえにあまりにも。
「あなたは欲望に正直すぎる。また悪徳な商売をしては調子に乗って失敗しましたね」
「失敗してるんだからいいんじゃない、別に」
「成功していたらもちろん厄介でしたが、勘違いしないでいただきたいのは、お金を稼ごうという気持ち自体は悪ではないということです」
まだ霊夢への言葉は止まらない。彼女は楽園の巫女、少しくらい人々の指針になってほしいものだ。
「しかし、あなたはタチの悪いことをした割には成功させない。それは欲望に正直すぎるから。せめて、そこで経済を回していたら人のためになっていたものの……」
そしてこれだけは言いたかった、ということをはっきりと言う。
「最初に言いましたがお金を稼ぐこと自体は決してそこまで悪いことではないのです。世の中というのはお金を稼ぐ努力が、結果的に人を幸せにしてる一面がありますから」
「なら!」
「しかしそれは逆に考えると、人を幸せにしようという気持ちがないとお金は稼げないということです。ですからあなたはもっと善行を重ねるつもりで商売をした方が、結果的にはあなた自身のためにも……」
「あっーーーー! もう!! 説教はうんざりよ!!」
そう叫ぶと霊夢は逃げるように神社の奥へ入っていく。急いで映姫も靴を脱ぎ霊夢を追いかけるが、急に駆け出したため、段差に躓いてしまい転びそうになる。慌てて転ばぬようにその辺を掴んだが、運が悪かった。
「あっ」
彼女が掴んだのは壺だった。スルッと壺は映姫の手を離れ、結局すっ転んでしまう。いてて、と立ち上がると、目の前にはこれまた凄惨な光景が……。
「えっ!? 霊夢!?」
宙へ浮かんだ壺は見事に霊夢の頭に命中し、霊夢は床へ倒れていた。血は出てないが、揺すっても動かない。
「……」
「映姫様、これって……」
隣から声が聞こえると思ったら、映姫の部下小町がいるではないか。
「またサボりですか?」
「サボりはサボりですけど、今はそんな場合じゃないでしょ」
「誤魔化すつもりですか? とりあえず地獄に帰ったら説教ですよ!」
「いや誤魔化してるのは映姫様ですよ。どうするんですかこれ」
倒れている霊夢を目の前にして、四季映姫は心を落ち着かせようとしている。
「小町、お茶を淹れてくれませんか」
「落ち着きすぎてません?」
映姫は勝手に棚から一式を持ってきて、心が落ち着くようにお茶を飲む。霊夢が以前淹れてくれたのとは少し味が違ったので、やはり霊夢は腕が良いのだなと再認識した。
「ちなみにこの状況を映姫様が裁いたら、犯人は黒なんですか? 白なんですか?」
「グレー、ですかね……」
「自分に甘すぎません?」
映姫は震えた手でもう一度お茶を一口。
「なぜか手が震えてうまくお茶を飲めないですね……えっと手に漢字を書いてと、三回飲み込む!」
ちゃんと数えて三回飲み込んだ。
「落ち着いてください映姫様、映姫様が書いてるのは『人』ではなくて『入』です」
根本的に間違っていた。
「グレーもなにも、どう見たって黒じゃないですか。霊夢が幽霊として裁判にやってきたら絶対チクられますし、浄玻璃の鏡がある以上、映姫様自身が己の犯罪を証明してしまうのです。これはもう諦めるしか……」
「考えてもみてください、小町」
「なにがです」
「重要な役割を任せられてるこの私が、同じく幻想郷にて重大な博麗の巫女を壺で殺めてしまった……そんなことがバレたら幻想郷はどうなりますか」
「……まあ大問題にはなりますね」
「ね? バレてはいけないのですよ」
「いやいや!」
「私は幻想郷をパニックに追い込んでしまうくらいなら、一人でこの罪を背負っていきます……たとえ険しい道であっても」
カッコイイことを言ってるようで、ただの隠蔽である。
「あ、小町、そこの壺を取ってください」
「証拠隠滅する気ですか?」
「いいから」
「分かりましたよ……はい、どうぞ」
「受け取りませんよ、私は」
「はい?」
「指紋つきましたね」
小町はぶん殴りたくなった気持ちを無理やり抑え込んだ。
「プルプル震えてますよ、寒いのですか?」
「いえ、耐えてるんですよ」
「何にです」
「ところで映姫様。今日は手袋つけてるんですね」
「冬ですから」
「私やっぱり寒いです。その手袋渡してくれたら許してあげます」
「仕方ないですね、はい、どうぞ」
「どうも。あっ、映姫様、今手袋を渡すときに落とし物しましたよ、はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
映姫がふと手元を見ると、そこには壺があった。
「これで指紋、二人になっちゃいましたね」
まるで恋人に微笑みかけるようなそのスマイルに映姫は心から殺意を覚えた。
「さてどうしましょうか。このままでは二人が犯人である証拠が残ってしまいます」
「いや浄玻璃の鏡で見れば、私の無実なんて簡単に証明されますよ」
「その鏡なら先程、池に落としてしまいました」
「ええっ!?」
「金の鏡と銀の鏡を女神様が渡してくれたら良かったのですが、あいにく池ではなく底なし沼だったみたいですね」
「そんなに罪から免れたいのですか!?」
「小町、そのような言い方は悪意があります」
「悪意ならさっき私に罪を被せようとした映姫様の方が数十倍あるでしょう!!」
「はて、なんのことやら」
このままでは本当に無実の罪を被せられてしまう、そう思った小町は決意した。
「偉い方全員にこのことを言います」
「はい?」
「私と映姫様なら、みんな映姫様の方を信じるでしょう。しかし必死に訴えれば、調査くらいはちゃんとやってくれるはずです。そしたら真実は明らかになります」
「大事にするつもりですか! 小町!!」
「これ以上映姫様を悪者にさせたくありません……!」
「こ、小町……」
小町は泣いていた。あの厳しくも優しかった上司。一生懸命昼寝をしていた時も、一生懸命酒を飲んでいた時も、一生懸命麻雀をしていた時も、一生懸命談笑していた時も、少々仕事をしていた時も、いつも自分の憧れであった上司、四季映姫。そんな彼女のこんなカッコ悪いところなんて、もう二度と見たくないのである。
「……だから私は言います。止めないでください映姫様」
「いえ、止めます。小町」
「そんな!?」
「あなたが言う必要はありません、私、自首をします」
「自首、ですか」
「はい。最後くらい、あなたの憧れのままでいさせてください」
そう言いながら映姫は証拠となる壺を抱えて、神社から出ようとした。地獄に帰って自ら裁かれようと言うのだ。
「映姫様、壺は私に持たせてください」
「また私に罪を押し付けられてしまうのかもしれないのですよ?」
「大丈夫ですよ。今の映姫様は私の指紋が壺に残っていたって関係なく、正直に言ってくれると思ってますから」
「ふふ、信じてくれているのですね」
映姫は抱えていた壺を小町に渡そうとする。しかし、ふと思い浮かんだことがあった。
「そうだ。最後に壺でキャッチボールをしてみませんか?」
「血迷ったんですか?」
「違いますよ。ほら、父と子が分かり合うためにキャッチボールをするシーンとかあるでしょう? あれみたいに、あなたとも絆を深めたいんですよ」
「いやだからって壺でやるなんて……」
「分かりませんか……? もしかしたら、あなたと私が会えるのは今日が最後なのかもしれないのですよ?」
ハッと小町は思った。
ときに憎かったりもした上司、だけど憧れでずっとそばにいたかった上司。そんな彼女と過ごせるのは、今日が最後なのかもしれないのだ……。
「だからせめて最後に、そうまるでキャッチボールをする父と子のように、今は上司でも部下でもなくただの四季映姫と小野塚小町として、二人過ごしたいのです……ダメですか?」
今にも泣きそうな瞳を見て、断れる人などいるだろうか。いや、断じていない。
小町は最後くらい、気持ちよくお別れをしたいと思った。
「分かりました。振り返ってみれば、いつも私ばかりがワガママを言っていましたね……映姫様のワガママも、一度くらいあっていいはずです」
「ありがとうございます、小町」
「じゃあしましょう、キャッチボール」
「了解です。えいっ!」
映姫は閻魔らしくない可愛らしい声で壺を投げる。それを小町は受け取って、返す。映姫は本当に楽しそうに笑っていた。思わず小町は泣きそうになるがグッと我慢して、同じく笑って壺を投げる。
「次いきますよ、小町!」
受け取った壺を映姫が返す、そのときだった。
「ちょ、映姫様、コントロールが悪すぎ……」
映姫が思いっきり投げた壺は、小町の指には当たったものの手を掠ってギリギリ掴むことができず、宙に放り出されてしまったのである。
しかも。
「おーい、霊夢ー! お茶くれー!」
博麗神社に遊びにきた霧雨魔理沙の頭にちょうどぶつかり、魔理沙は地面に倒れ、動かなくなった……。
「……」
「……映姫様、これって二人目なんじゃ」
「何も言わないでください」
壺のキャッチボールでまさかもう一人、死人を出してしまうなんて……誰も想像できなかった。
「そもそも何なんですか、壺のキャッチボールって、意味分かりませんよ」
「小町だって楽しそうにしてたじゃないですか!」
「それはまあそうですけど……」
暫しの沈黙の後、小町が悲しそうな顔をして言う。
「もう少し映姫様と楽しい時間を過ごしたかったのですが……第二の犠牲者まで出てきてしまっては仕方ありません。できるだけ早く自首しに行きましょう、映姫様」
「いや私は自首しませんよ、小町」
「はい?」
上司から信じられない言葉が出てきて、小町は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
「さっき自首するって言ったじゃないですか! さっきまでのカッコいい映姫様はどこに行ってしまわれたのですか!?」
「だってあなた、二つの事件どっちも私を犯人にしようとしてますよね」
「えっ?」
「魔理沙の事件に関しては、小町が犯人じゃないですか。なんで無実の罪まで被らないといけないのです」
再びぶん殴りたい衝動に駆られたが、冷静を装って話を聞くことにする。
「えっと、すいません、どういうことですか?」
「どういうことも何も、小町が上手くキャッチできなかった壺が魔理沙に当たったのですから、魔理沙の件に関しては、私ではなくあなたが犯人でしょう」
「いやいや、あれは映姫様がコントロールが下手くそすぎたのと、そもそも壺でキャッチボールなんて意味分かんない提案さえしなければ……」
「閻魔の前で罪を誤魔化すとは、小町。これはどう見ても黒ですよ!!」
「さっき自分のはグレーにしたくせに!」
霊夢の件の罪を認め、自首しに行くはずだった映姫。しかし、魔理沙まで壺で殺めてしまった今、それは小町が犯人だと言い切る。
「自首するにしても、魔理沙の件はあなたの罪です。自首するなら二人で、ですよ!」
「そんなわけないでしょ!? 映姫様が間違いなく連続殺人をしたんです!!」
「なっ、連続って! 二人ですから、二人までならセーフですから!」
「そんな基準は存在しませんよ!!」
ついに殴り合いまで発展しかけたが、そこは常に冷静沈着、四季映姫。心を落ち着かせてこう言った。
「分かりました、壺でキャッチボールをしましょう」
「正気ですか」
「何も考えずにキャッチボールをする。そうすれば、何か素晴らしい考えが浮かぶかもしれません」
「それで新たな犠牲者が出たの覚えてないんですか!?」
「同じミスはしませんよ、絶対。次は力を込めないでふわっと投げますから。小町ももう二度と掴み損ねたりしませんよね?」
「ええ、それはまあ」
「念のために私と小町の距離を近づけておきましょう。そうすれば弱く投げても届くはずです」
「……納得はいきませんけどたしかに現実逃避したい気分なので、分かりましたよ」
「小町、これは現実逃避ではありません」
なんと魔理沙が倒れてるのを横目に再び二人は壺キャッチボールをし始めた。おそらく、小町も否定はしつつも罪悪感は感じており、正常な判断ができてないのであろう。
「小町、パスです」
「はい受け取りました。返しますよっ」
「ナイスです、小町」
こう言葉だけ聞くとまともにキャッチボールをしている風に聞こえるが、実際は二人の距離は歩いて三歩分程度。もし距離があると思いっきり壺を投げないといけないためである。
「はーい、霊夢。元気してる?」
二人は絶対に壺を落とさないように心がけた。なぜなら、キャッチをミスって魔理沙にぶつけてしまった前科があるからである。
しかし、それでも予想外なことは起きる。なんと、二人がパスをしている間に突然スキマが現れて、壺は紫の頭に命中した。
「……」
「……映姫様」
「……なんです」
スキマに寄っかかるようにうなだれている紫の姿があった。
「三人は連続殺人ですよね」
「……そうですね」
こうして、閻魔兼連続殺人犯が幻想郷に誕生してしまった。四季映姫は地面に膝をつく。
「なんてことをしてしまったのでしょう」
それを見て小町も泣きながら映姫に寄り添う。
「映姫様……私も罪を償いますから。魔理沙の罪を償いますから……」
二人で思いっきり泣いた。
しかしここで映姫、あることに気付く。
「いや、待ってくださいよ……もしかして」
その日の夜。
映姫は裁判所に立っていた。周りには、映姫の処遇について悩んでいる地獄のお偉いさんたちが集まっている。
「この映像を見てください。浄玻璃の鏡の映像です」
「四季映姫、なぜか音声が入ってないようだが」
「すいません。池に落としてしまったもので調子が悪いのです」
小町は傍聴席にて映姫を見守っていた。同時に浄玻璃の鏡にミュート機能があることに驚いていた。
「私が博麗神社に霊夢に説法をするためにやってきたところです」
「うむ」
「ここで突如私が博麗に壺を投げつけます」
「どういうことだ!?」
「その後、小町が駆けつけ二人で壺でキャッチボールをし始めます」
「本当に何なんだね、この映像は」
「まるで狂っているようですよね?」
「ああ、そう見えるが」
「さらにその壺を、やってきた人間にも投げつけます」
「この時点で二人も……」
「しかし、そこでも懲りずになんと小町と私は壺キャッチボールを再開し始めます」
「おいおい」
「しかもこの至近距離で、です」
「君らしくない奇怪な行動だな」
「さらになんと、ここで真ん中にスキマが現れて……」
「八雲紫じゃないか!? 彼女が死んだなど、そんな連絡は来てないはずだが……」
「それは当然ですよ。なぜならこの後八雲紫は助かるのですから、私の手で」
「どういうことだ?」
「このあとの映像を見てください」
お茶を飲んでいるシーンや、壺に指紋がついたくだり、二人が泣きながら抱き合ってるシーンなどは綺麗にカットされている。
映姫は壺を地面に置くと、何かぶつぶつと呟いてるように見えた。すると、壺から煙のような白いものが現れたのである。
「これは怨霊!?」
「はい、あの壺は実は怨霊の潜んでいた壺だったのです。そして、あの壺によって頭をぶつけた者は、その生命力を奪われてしまう……私と小町は、その怨霊の目的のため、操られてしまっていたというわけです」
「そんな……」
「しかし、私こと四季映姫は、なんとか怨霊の操る力から抜け出し、こうして怨霊を退治することに成功しました。おかげで博麗もあの人間も八雲紫も、みんな今ではすこぶる元気です」
「も、もしかして最初にあの壺を触ったのは」
「微かな気でしたが、怨霊の気配がしましたので……。私があそこで気付かなければ、きっと大きな災難を招いていたでしょう……しかし、結局少しの間操られてしまいましたが……」
「いやそうだとしても君は幻想郷を救ったじゃないか! さすが四季映姫だ!」
するとその四季映姫・ヤマザナドゥのすごさに、周りの人たちは一斉に立ち上がって拍手をした。拍手喝采が巻き起こった! スタンディングオベーションである!
その様子はまさに夏フェス! 観客のボルテージは一気に最高潮になった!!
「いえいえ、私は閻魔として当たり前のことをしただけですから」
そう微笑みながら、四季映姫は裁判所から離れていく。姿が見えなくなるまでその拍手の音は止まることがなかった。
そして帰り道、小町と歩いている。
「人間である霊夢や魔理沙ならまだしも、大妖怪の八雲紫が壺が頭に当たった程度で死ぬなんて絶対にあり得ません。そこで怨霊の存在に気付けて良かったです」
「それはさすがですが……でも映姫様、私たちが調べたところあの怨霊に人を操る能力なんかなかったじゃないですか! あの奇行は普通に私たち素でやったことなのに、まるで自分の意志でやってなかったかのように言うのは……」
「黙りなさい、小町」
「いやいや! 今回は怨霊だったから良かったものの、下手したら人を殺めていたのかもしれないんですよ!?」
「小町、一つ聞きなさい」
遠い空の彼方を見ながら、四季映姫は堂々と言った。
「真実だけが全てじゃないのです」
「でもあなたは閻魔様じゃないですか」
「はて、なんのことやら」
映姫の横暴に呆れながらも、この上司との日々がまだ続いてゆくことに、胸をホッと撫で下ろしていた小町であった。
おわり
壺でキャッチボールとそれに次ぐ連続撲殺事件の怒涛の展開がクソ面白い…
全力でもみ消しを図る映姫様が素敵でした