魂魄妖夢は今日も修行に明け暮れていた。
「ふっ! ふっ! ふっ!」
「……妖夢が心配だわ」
一方、西行寺幽々子はそんな妖夢を見て心配していた。
「妖夢、少し来なさい」
「なんですか? 幽々子様」
「あなたここ最近根を詰めすぎよ」
「根、ですか?」
「ええ、頑張りすぎよ」
魂魄妖夢は春の異変で赤い巫女に完敗した。それからも、なんやかんや活躍はしてるものの、結局あの博麗には勝てないままなのである。
しかし自分は庭師であり、幽々子に剣を教える者。やはり強くなければいけないのだ。
そのような想いで毎日修行に励んではいたのだが。
「いつ妖夢が倒れてしまうか、私は心配でたまらないのよ」
「大丈夫ですよ、半霊ですし!」
「でも半人でしょ?」
「それはそうですが……」
「うーん、妖夢はどうしてそんなに強くなりたいの?」
「……ダメなのですか?」
「いやダメじゃないわよ全然。妖夢がより逞しくなってくれたらすごく嬉しいし、やっぱり頑張ってることが分かるから。でもそこまで自分を追い詰めてまで、強くなりたい理由が単純に知りたいの」
そうすると妖夢は少し話すのを躊躇う素振りを見せつつも、照れながら言った。
「守りたい人がいるのです」
「あら」
「その人はとても危なっかしくて、だけどすごく心の温かい人で、守りたくなる人なのです。だけど様々な事情で、きっと強くないと側にいれないから……」
「へぇ、恋かしら?」
「なっ!? 幽々子様のことですよ!!」
「えっ?」
「……」
「……」
しばらく二人とも顔が真っ赤になった。
「……というわけで、私は強くならないといけないのです」
「なるほどねえ、妖忌にそっくりね、やっぱり」
「そうなのですか?」
「ええ、なんというか不器用なのに正直なところが」
「褒めてるのです?」
「それはとても」
しかし、この妖夢は十分に修行をしている。
なのに博麗の巫女に勝てないのは別の理由があるのではないか。そう、幽々子は感じた。
「あなたには試練を課します、魂魄妖夢」
「試練?」
「ええ。強くなるためには、もっと知るべきことがあります。なのでこの笑い袋を使いなさい」
そうやって目の前に袋を取り出す。
「笑い袋ですか?」
「と言ってもこの笑い袋は特別製よ、妖夢。この笑い袋は今押しても笑い声が出ないの。この袋は笑いを集める袋、称して笑い袋なのよ」
「笑いを集める……」
「あなたのその純粋な心は、きっと多くの者を笑顔にする才能に溢れてるのでしょう。だから、日が暮れるまでにできるだけ多くの人の笑い声を集めてきなさい。多くの人を笑顔にするの」
「それでなぜ強くなれるのですか? 守るべき人なら私は幽々子様だけで十分……」
「いいから。疑問を持たずに動くことも必要よ、妖夢」
そうやって急かされるまま、白玉楼から飛び出していった妖夢であった。
「ふむ、それで人里へ」
「はい。やっぱり幻想郷で多くの人に出会えるのはここですから」
「ならせっかくなら寺子屋に寄るのはどうだろう。子供たちを笑わせてくれたら私も助かる」
そう微笑むのは寺子屋の教師、上白沢慧音。妖夢とは少し違うが、同じ『半』の存在である。彼女はとても真面目で多くの人から好かれており、彼女の周りにいれば自ずと笑い声は集められるだろう。
「みんなーー、白玉楼から魂魄妖夢さんが来てくれたぞ。彼女は白玉楼の庭師であり……」
スゥゥー。
そのような静かな音で彼女はゆっくり楼観剣を鞘から取り出した。
同時に慧音も驚きで固まっていた。
「ギャァぁぁぁぁぁぁーーーーーーー剣だぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!!」
一分後には二人以外誰もいなくなっていた。
「……子供って剣が好きなんじゃないの?」
「このバカものっ!!!!」
頭に大きなタンコブができた妖夢が、今度は紅魔館に来ていた。
「ククク、あなたが来るのは分かっていたわ」
「……七二九ですか?」
「何言ってるの?」
「レミィ、あなた揶揄われてるのよ。魂魄妖夢、あれは笑い方であって計算ではないの」
「なるほど。申し訳ありません、失礼いたしました」
「? どういうことなのパチェ?」
「それで魂魄妖夢、あなたの頼みのことなのだけれど、笑いが欲しいだったかしら?」
「はい」
「あら当主はスルーな感じ?」
「ならこのレミィを笑わせてみなさい。レミィは笑いのツボが浅いからね、簡単に笑い声が貯まると思うわ」
「そこまで笑いのツボだって浅くないわよ!!」
「浅いじゃない。こないだなんて美鈴が鼻ちょうちんで浮いてただけで大笑いしてたじゃない」
「それは面白いでしょ、普通に!」
「分かりました。魂魄妖夢、笑わせてみせます」
「ええ、期待してるわ」
「なんでパチェが期待してるのよ」
と言っても、魂魄妖夢は決して大喜利が得意な人間ではなかった。渾身のギャグも半分が幽霊だからか見事に冷え切っていた。
「用は無いですね、用無だけに」
「半人半霊なのに、銭湯の値段は同じなのなんでだろ〜」
「カニカマ使っても幽々子様にバレませんでしたよ、あはは」
「……なんというかこの子」
「……笑いのセンスがないわね」
「あれ? この壺はなんですか?」
「ああ、それは私のコレクションの一つよ。カリスマあるためには、やはりセンスあるコレクションが必要だからね」
「なるほど。ところでご主人、私の楼観剣なのですが、妖怪が鍛えたこの楼観剣に、斬れぬものなど、あんまり無いのです」
「へぇ……それがどうしたの……ってちょい待てーーーっ!!」
パリーン。
とも鳴らず、静かに壺は真っ二つに割れた。
「な、なんてことを……! パチェ、あれは直せる!? 直せるのよね!?」
「無駄に使うような魔力はないわね」
「おかしいなぁ、笑いのツボと壺をかけてるし、壺が真っ二つに割れるなんて面白いジョークだと思うんだけどなぁ」
「こんな運命見えなかったわよぉぉぉぉぉぉぉぉーーー!!」
頭に大きなタンコブが二つできた妖夢が、今度は魔法の森に来ていた。
「魔理沙、いる?」
「おおっー来たか、妖夢。助かったよ」
妖夢は考えた。
そうだ何も笑い声を聞く方法は笑わせるだけじゃない。
感謝されることをして、嬉しく微笑むのも十分な笑い声じゃないか。自分にはお笑いは向いてないようだし、今度は人助けで笑い声を集めよう、そのような結論に辿り着いたのである。
「いやぁ、キノコ採集をしてたんだが、今日が絶好のキノコ日和でな、至るところにキノコが生えてきてこれは私一人じゃ大変だろうと悩んでたところなんだ。そこにたまたま妖夢が無料で手伝いますなんてお触れ書きを配ってるもんだから、本当に助かったよ」
「任せて魔理沙」
「じゃあこのカゴにキノコをしっかりナイフで切って集めてくれ。よろしくな」
たしかに今日はたくさんキノコが生えてるようだ。スムーズにカゴの中にキノコが貯まっていく。この少しだけでもお願いして持ち帰らせてもらえないだろうか。そして今日はキノコご飯なんて良いかも、なんて思ってた妖夢であった。
「だけどキノコは毒キノコもあるから、勝手に持ち帰らずに魔理沙に確認しないと……」
「あ、あっちにもキノコの集まりがある」
キノコは木から生えてくる。
しかも一箇所にたくさん生えてるので、一度集まってる場所を見つければ、大量にゲットできるのだ。
キノコ集めはこんなに簡単なのに、笑い声を集めるのはあんなに難しいとは、改めてそう思う。
「にしてもこの木は大きいし、キノコがたくさん生えてるしですごいなぁ。全部採るのも大変そう、あ、そうだ!」
再び、妖夢はゆっくり楼観剣を鞘から取り出した。この木ごと切ってしまって、持っていこうという算段だ。
「迷ったときは斬るに限る。全ては斬らなければ始まらない」
楼観剣もまさかチェンソーのような使われ方をされるとは思ってなかったであろう。刃が折れそうなくらい、太い木を思いっきり切る。しかしここは剣士魂魄妖夢。木を切り倒すことに成功した。だがしかし。
「あ、そっちじゃない……」
木は妖夢のいる方とは真逆に倒れていき、そちらには楽しそうに鼻歌混じりにキノコを採集していた霧雨魔理沙がいた。
「キノコがたくさんだぜ」
「魔理沙ぁぁぁぁーーー! 逃げてぇぇぇぇーーーー!!」
「へっ?」
振り向くと巨木が倒れてくるではないか。
「うぎぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーー!!!!」
「大丈夫!? 魔理沙!?」
「……大丈夫に見えるか、妖夢」
「……ごめん。白玉楼に住んだら美味しいお茶を毎日飲ませてあげるから」
「……私はまだ死ぬ気はないぜ」
二ヶ月は包帯を取れない状態になり、妖夢は殴られた。頭に大きなタンコブが三つできた妖夢が、トボトボと白玉楼に帰ってくる。
「おかえり妖夢、どうだった?」
何も知らない白玉楼の当主は、とっても素敵なスマイルで妖夢を迎えた。
「すみません、幽々子様。少し寝かせてください……」
フラフラと部屋に入っていった妖夢。
当然幽々子は焦り始める。
「よ、妖夢……一体何があったのかしら。笑い声を集めてきたのよね? それでなんであんな表情になるの?」
強さというのは、守りたい人がいるかどうかがとても大きく影響を与える。しかし、妖夢には幽々子がいて、逆にそれが重荷になっていた節があった。博麗のように、みんな守ってあげるわよ、くらいのズンと構えた心が必要なのだ。
そこで幽々子は守るべきは自分だけではなく、この幻想郷のいろんな笑い声も守ろうと思うぐらいの心の器の大きさが大事であることと、すっかり笑うことを忘れてるくらい追い詰められる妖夢に気を張りつめないで微笑むことの大切さを説こうとしたのであった。
「あれ? 地面に落ちてるのってあの笑い袋? ふふ、妖夢のことだからきっとたくさんの笑い声が集まってるはずだわ」
トントン。
扉を叩く音がする。
「……妖夢」
「幽々子様、ごめんなさい。今外に出れる状態では……」
「悪いけどお邪魔するわよ」
扉を開けると、布団に潜ったまま出てこない妖夢がいた。
「泣いてるの妖夢?」
「……泣いてないです」
「嘘おっしゃい」
笑い袋を押す。
「ギャァぁぁぁぁぁぁーーーーーーー剣だぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!!」
「こんな運命見えなかったわよぉぉぉぉぉぉぉぉーーー!!」
「うぎぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーー!!!!」
「……ひぐっ、幽々子様、やめてください」
「どうやら失敗したと思ってるみたいね、妖夢」
「思ってるもなにも、私はどう見たって失敗したじゃないですか!! 多くの人の笑い声を集めたかったのに、集まったのは悲鳴ばかり……こんなこと、こんなことって」
「泣かないで妖夢」
ポロポロと涙を流す妖夢を抱きしめた。
「言ったでしょ、あなたは不器用だけど正直だって。だからきっと届いてるわよ、あなたの真心はみんなに!」
「でも……幽々子様……」
「そうやってあなたは真面目すぎるから、自分を責めてしまうの。だけどそんな真面目な妖夢がいるから、今の私がいる。ありがとう妖夢」
そう呟きながら白玉楼に二人の泣き声がずっと響いていた。
その夜、妖夢はこんな夢を見た。
「妖夢殿、あのとき以来ですね」
「あっ、慧音さん……」
「前のことは気にしないでください。それと頭をぶつけてしまい申し訳ない」
「そんな、あれは私が悪かったんですから」
「いやいや、実はですね、あの後みんなが歴史の授業を真面目に聞くようになったんですよ。どうやら剣を振る妖夢殿の姿がとても格好良かったようで……特に江戸から明治までの武士に憧れたようです」
「そうなんですか!?」
「ええ、だから謝らせてください。そしてお礼をさせてください。ありがとうございます妖夢殿」
「えへへ、それは良かったです」
「あ、あなた!」
「ひっ! あなたは紅魔館の……!」
「こないだはよくも壺を割ってくれたわね」
「ひぃぃぃ! ごめんなさい!」
「ありがとう、魂魄妖夢!!」
「……えっ?」
「割れたのをきっかけにじっくり観察したおかげで、あの壺は偽物だと判明したのよ。もちろん売りつけたやつにはそれなりの仕返しはしたわ」
「偽物!?」
「ええ。もしこのまま気付かないまま壺を飾り続けていたら、一生スカーレット家の恥だったでしょう。だから改めてお礼をさせてくれないかしら」
「そ、そんなお礼だなんて」
「咲夜、お茶会の準備を」
「かしこまりました、お嬢様」
「取り寄せた美味しい茶菓子でもてなすわ。楽しみなさい、妖夢」
「茶菓子!? ……えっと、じゃあ、ありがたく楽しませてもらいますね!」
「ふふ、嬉しそうで良かったわ」
「おおっ、妖夢! 元気か!」
「あ、魔理沙……魔理沙はまだ包帯取れないんだよね?」
「そりゃあ大きな怪我したばかりだからなぁ。でも、もう気にしなくてもいいぜ妖夢」
「いや流石に気にするよ!」
「いやいや、本当にいいんだって。だって、妖夢が切ってくれたあの木の中央から、すごくレアなアイテムが採れたんだから!!」
「レアなアイテム?」
「そうそう。魔法使いなら誰もが必ず欲しがる一品だ。しかし、木の中央に、それも何千年に一度しか生えないっていうキノコだから、まさか私が手に入る日が来るとは思ってなかったなぁ。ありがとう妖夢! おまえのおかげだ!」
「そんな、私は何もしてないし、それにだからって大怪我をさせた理由にはならないというか」
「いいのいいの! 気にしないでくれ! ほら、笑顔だ笑顔! おまえのおかげで私は今すごく笑顔なんだからさ!」
「えっと、笑顔ってこんな感じ?」
「違う違う、ほら神社でぐうたらしてる霊夢を浮かべてみろ。なんだか笑いたくなってきただろう?」
「あはは……そうかも?」
「むっ。まだ足りないな。こうなったら私が仕入れてきたとっておきの面白話をしてやろう。あれはチルノとばったり会った日のことなんだが」
妖夢は嬉しそうに笑いながら、ぐっすり眠っていた。そういえば最近笑うこともなかったが、こんなに熟睡したこともなかった気がする。よっぽど泣き疲れたのであろう。
「……むにゃむにゃ、魔理沙、それすごく面白いね……」
「ふふ、妖夢のこんな笑顔、久しぶりに見たかも。ありがとう、紫」
「別に、私は何もしてないわよ。少し未来と繋げて見せてあげてるだけ。これは妖夢の人徳が成したことよ」
「……そうなのね。ふふ、やっぱり間違ってなかった。妖夢は本当に良い子なんだから、きっとみんなを幸せにできるのよ」
「ほんとう親バカというかなんというか……」
「そんなこと言って紫だって親バカじゃない。私が相談したらすぐあんな不思議な笑い袋を貸してくれたし」
「まあ、この子とは長い縁だからね。それで? 結局あの笑い袋は役に立ったの?」
「もちろん。妖夢の笑い声をしっかり集めさせてもらってるわ」
「うわっ、ドン引き」
「……冗談よ。この笑い袋は十分役目を果たした。返すわ、ありがとう紫」
「どういたしまして」
「それに集めた笑顔なんて関係ない。私は今、ここにある笑顔があれば……この幸せそうな寝顔を見ていれば……幸せなんだから……」
そうやって幸せそうに眠ってる妖夢を撫でて笑う幽々子と、それを見て呆れながらも嬉しそうに微笑む紫であった。
おわり
「ふっ! ふっ! ふっ!」
「……妖夢が心配だわ」
一方、西行寺幽々子はそんな妖夢を見て心配していた。
「妖夢、少し来なさい」
「なんですか? 幽々子様」
「あなたここ最近根を詰めすぎよ」
「根、ですか?」
「ええ、頑張りすぎよ」
魂魄妖夢は春の異変で赤い巫女に完敗した。それからも、なんやかんや活躍はしてるものの、結局あの博麗には勝てないままなのである。
しかし自分は庭師であり、幽々子に剣を教える者。やはり強くなければいけないのだ。
そのような想いで毎日修行に励んではいたのだが。
「いつ妖夢が倒れてしまうか、私は心配でたまらないのよ」
「大丈夫ですよ、半霊ですし!」
「でも半人でしょ?」
「それはそうですが……」
「うーん、妖夢はどうしてそんなに強くなりたいの?」
「……ダメなのですか?」
「いやダメじゃないわよ全然。妖夢がより逞しくなってくれたらすごく嬉しいし、やっぱり頑張ってることが分かるから。でもそこまで自分を追い詰めてまで、強くなりたい理由が単純に知りたいの」
そうすると妖夢は少し話すのを躊躇う素振りを見せつつも、照れながら言った。
「守りたい人がいるのです」
「あら」
「その人はとても危なっかしくて、だけどすごく心の温かい人で、守りたくなる人なのです。だけど様々な事情で、きっと強くないと側にいれないから……」
「へぇ、恋かしら?」
「なっ!? 幽々子様のことですよ!!」
「えっ?」
「……」
「……」
しばらく二人とも顔が真っ赤になった。
「……というわけで、私は強くならないといけないのです」
「なるほどねえ、妖忌にそっくりね、やっぱり」
「そうなのですか?」
「ええ、なんというか不器用なのに正直なところが」
「褒めてるのです?」
「それはとても」
しかし、この妖夢は十分に修行をしている。
なのに博麗の巫女に勝てないのは別の理由があるのではないか。そう、幽々子は感じた。
「あなたには試練を課します、魂魄妖夢」
「試練?」
「ええ。強くなるためには、もっと知るべきことがあります。なのでこの笑い袋を使いなさい」
そうやって目の前に袋を取り出す。
「笑い袋ですか?」
「と言ってもこの笑い袋は特別製よ、妖夢。この笑い袋は今押しても笑い声が出ないの。この袋は笑いを集める袋、称して笑い袋なのよ」
「笑いを集める……」
「あなたのその純粋な心は、きっと多くの者を笑顔にする才能に溢れてるのでしょう。だから、日が暮れるまでにできるだけ多くの人の笑い声を集めてきなさい。多くの人を笑顔にするの」
「それでなぜ強くなれるのですか? 守るべき人なら私は幽々子様だけで十分……」
「いいから。疑問を持たずに動くことも必要よ、妖夢」
そうやって急かされるまま、白玉楼から飛び出していった妖夢であった。
「ふむ、それで人里へ」
「はい。やっぱり幻想郷で多くの人に出会えるのはここですから」
「ならせっかくなら寺子屋に寄るのはどうだろう。子供たちを笑わせてくれたら私も助かる」
そう微笑むのは寺子屋の教師、上白沢慧音。妖夢とは少し違うが、同じ『半』の存在である。彼女はとても真面目で多くの人から好かれており、彼女の周りにいれば自ずと笑い声は集められるだろう。
「みんなーー、白玉楼から魂魄妖夢さんが来てくれたぞ。彼女は白玉楼の庭師であり……」
スゥゥー。
そのような静かな音で彼女はゆっくり楼観剣を鞘から取り出した。
同時に慧音も驚きで固まっていた。
「ギャァぁぁぁぁぁぁーーーーーーー剣だぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!!」
一分後には二人以外誰もいなくなっていた。
「……子供って剣が好きなんじゃないの?」
「このバカものっ!!!!」
頭に大きなタンコブができた妖夢が、今度は紅魔館に来ていた。
「ククク、あなたが来るのは分かっていたわ」
「……七二九ですか?」
「何言ってるの?」
「レミィ、あなた揶揄われてるのよ。魂魄妖夢、あれは笑い方であって計算ではないの」
「なるほど。申し訳ありません、失礼いたしました」
「? どういうことなのパチェ?」
「それで魂魄妖夢、あなたの頼みのことなのだけれど、笑いが欲しいだったかしら?」
「はい」
「あら当主はスルーな感じ?」
「ならこのレミィを笑わせてみなさい。レミィは笑いのツボが浅いからね、簡単に笑い声が貯まると思うわ」
「そこまで笑いのツボだって浅くないわよ!!」
「浅いじゃない。こないだなんて美鈴が鼻ちょうちんで浮いてただけで大笑いしてたじゃない」
「それは面白いでしょ、普通に!」
「分かりました。魂魄妖夢、笑わせてみせます」
「ええ、期待してるわ」
「なんでパチェが期待してるのよ」
と言っても、魂魄妖夢は決して大喜利が得意な人間ではなかった。渾身のギャグも半分が幽霊だからか見事に冷え切っていた。
「用は無いですね、用無だけに」
「半人半霊なのに、銭湯の値段は同じなのなんでだろ〜」
「カニカマ使っても幽々子様にバレませんでしたよ、あはは」
「……なんというかこの子」
「……笑いのセンスがないわね」
「あれ? この壺はなんですか?」
「ああ、それは私のコレクションの一つよ。カリスマあるためには、やはりセンスあるコレクションが必要だからね」
「なるほど。ところでご主人、私の楼観剣なのですが、妖怪が鍛えたこの楼観剣に、斬れぬものなど、あんまり無いのです」
「へぇ……それがどうしたの……ってちょい待てーーーっ!!」
パリーン。
とも鳴らず、静かに壺は真っ二つに割れた。
「な、なんてことを……! パチェ、あれは直せる!? 直せるのよね!?」
「無駄に使うような魔力はないわね」
「おかしいなぁ、笑いのツボと壺をかけてるし、壺が真っ二つに割れるなんて面白いジョークだと思うんだけどなぁ」
「こんな運命見えなかったわよぉぉぉぉぉぉぉぉーーー!!」
頭に大きなタンコブが二つできた妖夢が、今度は魔法の森に来ていた。
「魔理沙、いる?」
「おおっー来たか、妖夢。助かったよ」
妖夢は考えた。
そうだ何も笑い声を聞く方法は笑わせるだけじゃない。
感謝されることをして、嬉しく微笑むのも十分な笑い声じゃないか。自分にはお笑いは向いてないようだし、今度は人助けで笑い声を集めよう、そのような結論に辿り着いたのである。
「いやぁ、キノコ採集をしてたんだが、今日が絶好のキノコ日和でな、至るところにキノコが生えてきてこれは私一人じゃ大変だろうと悩んでたところなんだ。そこにたまたま妖夢が無料で手伝いますなんてお触れ書きを配ってるもんだから、本当に助かったよ」
「任せて魔理沙」
「じゃあこのカゴにキノコをしっかりナイフで切って集めてくれ。よろしくな」
たしかに今日はたくさんキノコが生えてるようだ。スムーズにカゴの中にキノコが貯まっていく。この少しだけでもお願いして持ち帰らせてもらえないだろうか。そして今日はキノコご飯なんて良いかも、なんて思ってた妖夢であった。
「だけどキノコは毒キノコもあるから、勝手に持ち帰らずに魔理沙に確認しないと……」
「あ、あっちにもキノコの集まりがある」
キノコは木から生えてくる。
しかも一箇所にたくさん生えてるので、一度集まってる場所を見つければ、大量にゲットできるのだ。
キノコ集めはこんなに簡単なのに、笑い声を集めるのはあんなに難しいとは、改めてそう思う。
「にしてもこの木は大きいし、キノコがたくさん生えてるしですごいなぁ。全部採るのも大変そう、あ、そうだ!」
再び、妖夢はゆっくり楼観剣を鞘から取り出した。この木ごと切ってしまって、持っていこうという算段だ。
「迷ったときは斬るに限る。全ては斬らなければ始まらない」
楼観剣もまさかチェンソーのような使われ方をされるとは思ってなかったであろう。刃が折れそうなくらい、太い木を思いっきり切る。しかしここは剣士魂魄妖夢。木を切り倒すことに成功した。だがしかし。
「あ、そっちじゃない……」
木は妖夢のいる方とは真逆に倒れていき、そちらには楽しそうに鼻歌混じりにキノコを採集していた霧雨魔理沙がいた。
「キノコがたくさんだぜ」
「魔理沙ぁぁぁぁーーー! 逃げてぇぇぇぇーーーー!!」
「へっ?」
振り向くと巨木が倒れてくるではないか。
「うぎぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーー!!!!」
「大丈夫!? 魔理沙!?」
「……大丈夫に見えるか、妖夢」
「……ごめん。白玉楼に住んだら美味しいお茶を毎日飲ませてあげるから」
「……私はまだ死ぬ気はないぜ」
二ヶ月は包帯を取れない状態になり、妖夢は殴られた。頭に大きなタンコブが三つできた妖夢が、トボトボと白玉楼に帰ってくる。
「おかえり妖夢、どうだった?」
何も知らない白玉楼の当主は、とっても素敵なスマイルで妖夢を迎えた。
「すみません、幽々子様。少し寝かせてください……」
フラフラと部屋に入っていった妖夢。
当然幽々子は焦り始める。
「よ、妖夢……一体何があったのかしら。笑い声を集めてきたのよね? それでなんであんな表情になるの?」
強さというのは、守りたい人がいるかどうかがとても大きく影響を与える。しかし、妖夢には幽々子がいて、逆にそれが重荷になっていた節があった。博麗のように、みんな守ってあげるわよ、くらいのズンと構えた心が必要なのだ。
そこで幽々子は守るべきは自分だけではなく、この幻想郷のいろんな笑い声も守ろうと思うぐらいの心の器の大きさが大事であることと、すっかり笑うことを忘れてるくらい追い詰められる妖夢に気を張りつめないで微笑むことの大切さを説こうとしたのであった。
「あれ? 地面に落ちてるのってあの笑い袋? ふふ、妖夢のことだからきっとたくさんの笑い声が集まってるはずだわ」
トントン。
扉を叩く音がする。
「……妖夢」
「幽々子様、ごめんなさい。今外に出れる状態では……」
「悪いけどお邪魔するわよ」
扉を開けると、布団に潜ったまま出てこない妖夢がいた。
「泣いてるの妖夢?」
「……泣いてないです」
「嘘おっしゃい」
笑い袋を押す。
「ギャァぁぁぁぁぁぁーーーーーーー剣だぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!!」
「こんな運命見えなかったわよぉぉぉぉぉぉぉぉーーー!!」
「うぎぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーー!!!!」
「……ひぐっ、幽々子様、やめてください」
「どうやら失敗したと思ってるみたいね、妖夢」
「思ってるもなにも、私はどう見たって失敗したじゃないですか!! 多くの人の笑い声を集めたかったのに、集まったのは悲鳴ばかり……こんなこと、こんなことって」
「泣かないで妖夢」
ポロポロと涙を流す妖夢を抱きしめた。
「言ったでしょ、あなたは不器用だけど正直だって。だからきっと届いてるわよ、あなたの真心はみんなに!」
「でも……幽々子様……」
「そうやってあなたは真面目すぎるから、自分を責めてしまうの。だけどそんな真面目な妖夢がいるから、今の私がいる。ありがとう妖夢」
そう呟きながら白玉楼に二人の泣き声がずっと響いていた。
その夜、妖夢はこんな夢を見た。
「妖夢殿、あのとき以来ですね」
「あっ、慧音さん……」
「前のことは気にしないでください。それと頭をぶつけてしまい申し訳ない」
「そんな、あれは私が悪かったんですから」
「いやいや、実はですね、あの後みんなが歴史の授業を真面目に聞くようになったんですよ。どうやら剣を振る妖夢殿の姿がとても格好良かったようで……特に江戸から明治までの武士に憧れたようです」
「そうなんですか!?」
「ええ、だから謝らせてください。そしてお礼をさせてください。ありがとうございます妖夢殿」
「えへへ、それは良かったです」
「あ、あなた!」
「ひっ! あなたは紅魔館の……!」
「こないだはよくも壺を割ってくれたわね」
「ひぃぃぃ! ごめんなさい!」
「ありがとう、魂魄妖夢!!」
「……えっ?」
「割れたのをきっかけにじっくり観察したおかげで、あの壺は偽物だと判明したのよ。もちろん売りつけたやつにはそれなりの仕返しはしたわ」
「偽物!?」
「ええ。もしこのまま気付かないまま壺を飾り続けていたら、一生スカーレット家の恥だったでしょう。だから改めてお礼をさせてくれないかしら」
「そ、そんなお礼だなんて」
「咲夜、お茶会の準備を」
「かしこまりました、お嬢様」
「取り寄せた美味しい茶菓子でもてなすわ。楽しみなさい、妖夢」
「茶菓子!? ……えっと、じゃあ、ありがたく楽しませてもらいますね!」
「ふふ、嬉しそうで良かったわ」
「おおっ、妖夢! 元気か!」
「あ、魔理沙……魔理沙はまだ包帯取れないんだよね?」
「そりゃあ大きな怪我したばかりだからなぁ。でも、もう気にしなくてもいいぜ妖夢」
「いや流石に気にするよ!」
「いやいや、本当にいいんだって。だって、妖夢が切ってくれたあの木の中央から、すごくレアなアイテムが採れたんだから!!」
「レアなアイテム?」
「そうそう。魔法使いなら誰もが必ず欲しがる一品だ。しかし、木の中央に、それも何千年に一度しか生えないっていうキノコだから、まさか私が手に入る日が来るとは思ってなかったなぁ。ありがとう妖夢! おまえのおかげだ!」
「そんな、私は何もしてないし、それにだからって大怪我をさせた理由にはならないというか」
「いいのいいの! 気にしないでくれ! ほら、笑顔だ笑顔! おまえのおかげで私は今すごく笑顔なんだからさ!」
「えっと、笑顔ってこんな感じ?」
「違う違う、ほら神社でぐうたらしてる霊夢を浮かべてみろ。なんだか笑いたくなってきただろう?」
「あはは……そうかも?」
「むっ。まだ足りないな。こうなったら私が仕入れてきたとっておきの面白話をしてやろう。あれはチルノとばったり会った日のことなんだが」
妖夢は嬉しそうに笑いながら、ぐっすり眠っていた。そういえば最近笑うこともなかったが、こんなに熟睡したこともなかった気がする。よっぽど泣き疲れたのであろう。
「……むにゃむにゃ、魔理沙、それすごく面白いね……」
「ふふ、妖夢のこんな笑顔、久しぶりに見たかも。ありがとう、紫」
「別に、私は何もしてないわよ。少し未来と繋げて見せてあげてるだけ。これは妖夢の人徳が成したことよ」
「……そうなのね。ふふ、やっぱり間違ってなかった。妖夢は本当に良い子なんだから、きっとみんなを幸せにできるのよ」
「ほんとう親バカというかなんというか……」
「そんなこと言って紫だって親バカじゃない。私が相談したらすぐあんな不思議な笑い袋を貸してくれたし」
「まあ、この子とは長い縁だからね。それで? 結局あの笑い袋は役に立ったの?」
「もちろん。妖夢の笑い声をしっかり集めさせてもらってるわ」
「うわっ、ドン引き」
「……冗談よ。この笑い袋は十分役目を果たした。返すわ、ありがとう紫」
「どういたしまして」
「それに集めた笑顔なんて関係ない。私は今、ここにある笑顔があれば……この幸せそうな寝顔を見ていれば……幸せなんだから……」
そうやって幸せそうに眠ってる妖夢を撫でて笑う幽々子と、それを見て呆れながらも嬉しそうに微笑む紫であった。
おわり
良いお話でした
七転八倒している妖夢が読んでいて楽しかったです