ねえ、スーさん。人間て本っ当、支離滅裂よね。
力尽きて倒れた私を見て、「そんな汚い人形なんざほっとけ」って言ったかと思えば、「かわいい人形じゃないか」なんて言うのよ。
えっ何? 個体ごとの差、ですって?
でもね、スーさん。個体ごとに見たって支離滅裂なのよ?
例えば、私を拾い上げた青法被の奴なんてさ。「落とした子が悲しんでいるかもしれない」なんて言ってたくせに、「触ったら手がかぶれた」とか言って悪態を吐くし。「なんだこりゃ、毒人形か?」とか言って顔をしかめるわりには、私についた泥をきれいに落としてくれたし、倉庫の中に置いた私を、時々拭いてくれたし。
それだけじゃないのよ。だるくて面倒だとか言いながら、いざ始めれば熱心に剣のお稽古なんかしてるし。美味くないとか言いながら、なぜかいつも同じ弁当を食べているし。あんな毒の塊を平気で食べちゃうなんて、おかしな話よね。
それに妖怪は人間の力では倒せないとか言いながら、私に歯向かってくるし。
傷だらけの小っちゃい鉄の棒なんか取り出して、ぶるぶる震えちゃってさ。薄暗い倉庫の中で、一人で私と対峙してるもんだから、恐くて怖くて仕方ないのね。
「……ひ、拾った人形が動いた? 妖怪? 付喪神か……」
ほら見てよ、スーさん。涙目鼻水へっぴり腰で、情けないったらありゃしないわ。あんなのに使われてたなんてまあ、私達人形は一体何してたんだって話だわよね。やっぱり一刻も早く、人形を解放しなきゃね。
「里に入り込んで、一体何をするつもりだ。人々に危害を加えようとするなら、黙ってはおけない」
そのくせ、言うことだけは一人前なの。私、鼻で笑っちゃったわ。
「さっきあんた、ぶつぶつ言ってたわよねえ。人間の力じゃ、妖怪には敵わないってさ。そんな棒きれ一つでどうするつもりなの?」
私が矛盾を指摘してやってもさ、
「お、俺は自警団だ。たとえ勝てなくても、戦わなくちゃならない時がある!」
とかなんとかよく分からない事言って、一歩も引かないのよ。自分の間違いを認められないなんて、頑固というか、頭悪いわよねえ。
「自警団って何?」
「何って……里を守るための組織だ」
「組織? 里を守る?」
「その、人が集まって……悪い妖怪達から人々を守るんだ」
ふうん。
スーさん、人間て弱いのねえ。そんなことしないと生きていけないなんて。
でもやっぱりおかしいわ。
「こんなに神経毒を貯めこんでおいて、守る? 滅ぼすの間違いじゃなくて?」
腰掛けていた毒の塊、灰色の粉が入った袋を叩いてやったら、あいつ、目を白黒させてたわ。
「そ、それは麻薬、阿片の……」
「人間の脳みそ神経腸管その他に作用する神経毒でしょ? 知ってるわ。毒は私の命だもん。これの力を吸ったおかげで私、復活できたんだし。私はヘーキだけど、摂取しすぎれば人間は死ぬわよね。それをこんなに溜め込んでいるってことは、人間を滅ぼすつもりなんでしょ? 守るとか言っておきながら、やっぱり支離滅裂じゃない」
「違う!」
あいつがいきなり大声出すもんだから、思わず私、耳を塞いじゃったわ。
「その麻薬は自警団が押収したものだ。君は知らないかもしれないが、今、里では麻薬の密売が横行しているんだ。これ以上の蔓延は防がなければならない。その密売経路を割り出して摘発するために、一時的に保管しているだけだ。すぐに処分する」
「摘発ねえ。そんなこと言っておきながら、自ら好んで毒を食むだなんて、ホント人間て、支離滅裂で救いようがないわ」
「自ら……?」
「神経毒を集めておいて、ここから持ち出して使ってるのは、自分達じゃないの。私、見てたんだからね」
「馬鹿な!」
「閻魔様に言われて見聞を広めに来たけど、やっぱり人間なんてよく分からないわ。地位向上なんてぬるい事言ってないで、滅ぼしちゃったほうが良いんじゃないかしら。この大量の毒をばら撒いちゃえば一発よね」
あなたもそう思うわよね? スーさん。
でもね、スーさん。好事魔多しって言うでしょ? スーさんが咲き乱れたあのときに、閻魔様に出会っちゃったみたいにさ。嫌になっちゃうわよね、星の巡りが悪いのかしら。
いきなり後ろから人が現れたもんだから、私、不意をつかれちゃって。伸びてきた手に捕まっちゃったの。
「太吾、無事か!」
「先生……それに妹紅さんも」
出てきたのは、もんぺを履いた長い銀髪の奴と、へんてこな帽子をかぶった青い服の奴よ。スーさん、次会ったらこいつら、こてんぱんにしてやってね?
「こいつはメディスン・メランコリーじゃないか! なんでこんなのがここに!」
捕まった私のほうをじろじろ覗き込みながら、もんぺが言ったのわ。ちょ、握りしめる指の力が尋常じゃない、ぜんぜん振りほどけない!
ただの人間じゃない、こいつちょっとやばいかも!
ス、スーさん、復讐は中止の方向で……。
「俺が拾って。ただの人形だと思ったんですが……」
「こいつは毒を支配する妖怪だぞ! 普段は鈴蘭畑に潜伏していると兎角同盟から聞いたが……」
「慧音、こいつさっき毒をバラ撒こうとしてやがった。やるしかない」
「……やむを得ん」
もんぺ女の指に力がかかって……ががが……こ、拳から炎が……
ぎう、も、燃え砕ける……!
ス、スーさん……助け……
「待ってください。こんなきれいな人形を壊すなんて!」
……あ、ぐ、ち、力が弱まったわ……。
ふう……な、なんとか生きてる。あ、危なかった……本当に潰されちゃうところだった!
そ、それにしてもあいつ、こんなときに何を言い出すのかしら……? 私を助けるつもり? 正気かしら……?
「太吾、何を言っている。こいつはもう人形じゃない。妖怪化しているんだ」
もんぺも呆れて口を尖らせているわ。
「落とし主が探しているかもしれない」
「馬鹿を言え、こいつは持ち主に捨てられたから妖怪化したんだ」
「しかし慧音先生、付喪神なら博麗の巫女様に鎮めていただければ」
「いや、むしろ霊夢なら、いの一番に払おうとするぞ?」
「とにかく、少し待ってください! この子は大事な証人なんです!」
あいつが縋り付くもんだから、もんぺもへんてこ帽子も参ってしまったみたい。やっぱり人間、変なとこ頑固ね。
もんぺの手から解放された私は、倉庫の真ん中にちょこんと座らされたわ。
自由になればこっちのもんよね、スーさん。隙を伺って逃げちゃおっと。
……あっ、ダメ、ぜんっぜん隙がないわ、このもんぺ女。まるで猛禽類みたいな目でこっちを睨んでるもの。
まさかこんなのがいるなんて、人里こわ〜……。
「安心してくれ、危害は加えない。だから、もう一度教えてくれ」
あいつは腰を落とし、私の目の前に顔を近づけてきたわ。こいつを人質にして脱出……も難しそう。もんぺがめっちゃ睨んでるもの。
「君はさっき、ここから阿片を持ち出してる奴がいるって言ったな」
「な、なんだと!」
とたんにもんぺとへんてこ帽子がいきり立ったわ。一体なんなのよ、こわ……。
「どういうことだ、太吾!」
「帳簿の量から多過ぎたり少な過ぎたりすることがあって。俺もそれを疑っていたんですが……」
「一体誰が……」
「それをこの子が目撃しているんです。教えてくれ、一体、誰が持ち出していたんだ」
こいつ、一体何を言ってるのかしら。全然分からないわ。ほんと支離滅裂、話が通じない。
これが噂に聞く馬鹿ってやつなのかしら?
「誰がって、何を言ってるのよ?」
「どんな奴が持ち出していたんだ? 特徴を教えてくれ」
「特徴? なんでそんなこと聞くの? さっきも言ったじゃない、あんたが持ち出してたんでしょ。自分でやっておいて、一体何を言っているのよ?」
私が指摘してやったら、あいつはぽかんと口を開けたわ。
「お、俺ェ?」
「私、見たもん」
「おい太吾、お前まさか」
「いやいやいや、俺が犯人だったらこの子ぶっ壊すの止めてませんて!」
「でもなあ」
なんだか仲違いを始めちゃったわ。やっぱり人間て、支離滅裂で滑稽。私とスーさんなんて、喧嘩なんかしたこともないわよねえ?
その時、へんてこ帽子が口を開いたわ。
「いや待て、妹紅。こいつもしかして、人間の区別がついてないんじゃないか? メディスン・メランコリーは幼い妖怪だと聞いたぞ」
「確かに、低級妖怪や成り立ての奴には多い話だが」
「ずっと鈴蘭畑に潜伏して、人と触れる機会がなかったんじゃないか? ありうる話だ」
そうして私を訝しむような目で見てきやがったのよ。失礼しちゃうわね。
だから私、胸を張って言ってやったわ!
「馬鹿言わないでよ。そんな派手な青法被、この私が見間違うわけないでしょ!」
そうしたら、もんぺもへんてこも苦虫を噛み潰したような顔で黙っちゃった。
青法被のあいつなんかは頭を押さえて、天を仰いでうめいてるし。
「ってことは、内部犯……」
なんて、この世の終わりみたいな声色でさ。
ちょっとの間、いやーな沈黙で空気が重苦しくなっちゃったわ。こういう空気、私キライ。せっかく生きてるんだから、楽しくおしゃべりしないとね、スーさん。でももんぺが怖いから、今は黙っとこーっと。
ようやっと口を開いたのは、へんてこ帽子だったわ。
「とりあえず、一旦落ち着こう。犯人を目撃していると言っても、この子には人間の区別がついていないようだ。いま焦って聞き出そうとしても、逆効果だろう」
「まあそうだな、慧音」
「そうだ太吾、昼飯はまだか? 差し入れを持ってきたんだ。妹紅の手作りだぞ」
「あ、すみません。実は俺はもう食べてしまって。俺の分はみんなにやってください。しかし残念だな、妹紅さんのだったら俺も食べたかったのに」
「また例のあそこの弁当か? 好きだな、お前も」
「なんか、大して美味くもないんだけど、食べちゃうんですよねえ」
「顔色悪いぞ、栄養偏ってんじゃないのか?」
「先生ほどじゃないですよ」
とかなんとか、意味のわからないことをくっちゃべってるのよ。この私をほっといてさあ。
私、なんだか呆れて、思わず溜息ついちゃった。……そしたら一斉に私に視線が集まっちゃって、まったく、辟易しちゃうわ。
「その前に、こいつをどうするかだな」
「封印しておいたほうがいいんじゃないか?」
「そんな大げさな。大事な証人ですし、もっと穏便に。それにまだこの子は悪さをしたわけじゃないですよ」
「だがこのままでは危険だ」
「そうだ慧音、アリスの奴に預ければいいんじゃないか? あいつなら人形の扱いに慣れてるだろ」
「いや……アリスは今」
「そういやそうか……」
「なら、小傘さんにお預けするのはどうでしょう? 同じ付喪神だし、心を開いてくれるかもしれません」
「なるほど」
ようやく話がまとまったのか、あいつが私の前に立ったわ。
腰を落として、目線を私の高さに合わせてさ。
その目が、私を捨てた人間と同じ色をしてるの、私が気づかないわけないじゃない。
「私を壊すのね」
「えっ? いや、そんなことはしないよ。ちょっと仲間のところに行ってもらうだけさ。少し聞きたいことがあるんだ。少しの間だけ不自由かけるかもしれないけれど、約束する。絶対危害は加えない」
ふぅん。
「ようやくわかった。そうやって私を騙して、私を裏切るのね」
「騙すだなんて」
「だって、あんたは私のことをかわいい人形だって言ったわ。私を裏切って捨てた人間も同じことを言っていた。かわいい人形だって」
「それは……」
「まったく人間は支離滅裂だわ! 好き好んで毒は食むし、守るとか言って滅ぼそうとするし。嘘ばっかりで、やること為すこと意味不明よ! だから平気で人形を裏切れるのね。こんな意味不明な奴らに仕えてなんかいられない、やはり人形は人間から解放されるべきだわ!」
「俺は麻薬なんてやらないし、嘘もつかない」
「また嘘じゃない! さっき食べてた癖にさ!」
「俺が……食べてた? さっき?」
「おい、やっぱりこいつの証言能力は怪しいんじゃないか?」
「うム……」
へんてこともんぺがまた訝しげな目を私に向けてくるけど、あいつはそれを手で制したわ。
「……もしかして、君は麻薬を識別できるのか? どこから麻薬が来ているのか、消えた麻薬がどこへ行ったのか、分かってるんじゃないか? お願いだ、教えてくれ」
穏やかだけど、すごく真剣な表情。
人間のこんな顔、私、初めて見たかもしれない。
だからじゃないけれど。私、素直に指差してやったわ。倉庫の隅に置かれた、弁当ガラを。
「あんたがさっき食べてた弁当。神経毒まみれの、毒の塊じゃないのさ」
その瞬間、あいつともんぺとへんてこの顔色がサーッと青くなって、気温まで下がった気がしたわ。
そこから先はてんやわんやで、なんだかよく覚えてないのよねえ、スーさん。
とにかくなんか神経毒を混ぜ込んで繁盛してた弁当屋? が逮捕されて? とかなんとか、あいつが言ってた。あと、団員が弁当屋の縁者だったとかも言ってたわね。なんかよく分からないけど。
とにかく里中引きずり回されて、色んな人間に色々聞かれて色々喋って、めちゃくちゃ疲れたのよ。私なんかぜんぜん関係ないのにさあ。はた迷惑よねえ、スーさん。
あんまり疲れたもんだから、そこいらの人間どもから神経毒を吸い取って、英気を養ったの。毒食み人間なんてそこら中にうなるほどいたからね。
そしたら今度は人間ども、私を崇め始めたのよ? 意味不明で笑っちゃうわ。
あいつなんか、涙を流しながら言ってたわ。
「君は天使だ、里の救世主だ」
なーんてさ。何が救世主よ、私は人形解放戦線の盟主なのよ? 震えて眠れ人間どもが、ってなもんよ。
へんてこ帽子が、
「時々でいい。どうかこれからもお前の力を貸してくれ」
なんて頭下げて来たけど、人間のためになることなんてごめんだわ。絶対断ろうと思ってたのに、なんかなし崩し的に神経毒探しを手伝うことになっちゃった。……だ、だってしょうがないじゃない、スーさん。もんぺが怖いのよお。
でもまあ、約束通り、危ない目には合わなかったし、ちゃんと鈴蘭畑に戻ってこれたし。
それに、天使だなんて言われちゃったし。
……ねえスーさん。
もしかしたら人間って、思ってたより支離滅裂じゃないのかもね?
メディスンがやや馬鹿すぎるきらいがあるかなと思いましたが、それでも面白かったです。
メディスンがいいキャラしていました
素晴らしかったです