Coolier - 新生・東方創想話

幼人形の喜劇 オピオイド風味

2021/09/23 12:27:42
最終更新
サイズ
11.54KB
ページ数
1
閲覧数
1304
評価数
11/15
POINT
1280
Rate
16.31

分類タグ

 
 ねえ、スーさん。人間て本っ当、支離滅裂よね。
 力尽きて倒れた私を見て、「そんな汚い人形なんざほっとけ」って言ったかと思えば、「かわいい人形じゃないか」なんて言うのよ。
 えっ何? 個体ごとの差、ですって?
 でもね、スーさん。個体ごとに見たって支離滅裂なのよ?
 例えば、私を拾い上げた青法被の奴なんてさ。「落とした子が悲しんでいるかもしれない」なんて言ってたくせに、「触ったら手がかぶれた」とか言って悪態を吐くし。「なんだこりゃ、毒人形か?」とか言って顔をしかめるわりには、私についた泥をきれいに落としてくれたし、倉庫の中に置いた私を、時々拭いてくれたし。
 それだけじゃないのよ。だるくて面倒だとか言いながら、いざ始めれば熱心に剣のお稽古なんかしてるし。美味くないとか言いながら、なぜかいつも同じ弁当を食べているし。あんな毒の塊を平気で食べちゃうなんて、おかしな話よね。
 それに妖怪は人間の力では倒せないとか言いながら、私に歯向かってくるし。
 傷だらけの小っちゃい鉄の棒なんか取り出して、ぶるぶる震えちゃってさ。薄暗い倉庫の中で、一人で私と対峙してるもんだから、恐くて怖くて仕方ないのね。
「……ひ、拾った人形が動いた? 妖怪? 付喪神か……」
 ほら見てよ、スーさん。涙目鼻水へっぴり腰で、情けないったらありゃしないわ。あんなのに使われてたなんてまあ、私達人形は一体何してたんだって話だわよね。やっぱり一刻も早く、人形を解放しなきゃね。
「里に入り込んで、一体何をするつもりだ。人々に危害を加えようとするなら、黙ってはおけない」
 そのくせ、言うことだけは一人前なの。私、鼻で笑っちゃったわ。
「さっきあんた、ぶつぶつ言ってたわよねえ。人間の力じゃ、妖怪には敵わないってさ。そんな棒きれ一つでどうするつもりなの?」
 私が矛盾を指摘してやってもさ、
「お、俺は自警団だ。たとえ勝てなくても、戦わなくちゃならない時がある!」
 とかなんとかよく分からない事言って、一歩も引かないのよ。自分の間違いを認められないなんて、頑固というか、頭悪いわよねえ。
「自警団って何?」
「何って……里を守るための組織だ」
「組織? 里を守る?」
「その、人が集まって……悪い妖怪達から人々を守るんだ」
 ふうん。
 スーさん、人間て弱いのねえ。そんなことしないと生きていけないなんて。
 でもやっぱりおかしいわ。
「こんなに神経毒を貯めこんでおいて、守る? 滅ぼすの間違いじゃなくて?」
 腰掛けていた毒の塊、灰色の粉が入った袋を叩いてやったら、あいつ、目を白黒させてたわ。
「そ、それは麻薬、阿片の……」
「人間の脳みそ神経腸管その他に作用する神経毒でしょ? 知ってるわ。毒は私の命だもん。これの力を吸ったおかげで私、復活できたんだし。私はヘーキだけど、摂取しすぎれば人間は死ぬわよね。それをこんなに溜め込んでいるってことは、人間を滅ぼすつもりなんでしょ? 守るとか言っておきながら、やっぱり支離滅裂じゃない」
「違う!」
 あいつがいきなり大声出すもんだから、思わず私、耳を塞いじゃったわ。
「その麻薬は自警団が押収したものだ。君は知らないかもしれないが、今、里では麻薬の密売が横行しているんだ。これ以上の蔓延は防がなければならない。その密売経路を割り出して摘発するために、一時的に保管しているだけだ。すぐに処分する」
「摘発ねえ。そんなこと言っておきながら、自ら好んで毒を食むだなんて、ホント人間て、支離滅裂で救いようがないわ」
「自ら……?」
「神経毒を集めておいて、ここから持ち出して使ってるのは、自分達じゃないの。私、見てたんだからね」
「馬鹿な!」
「閻魔様に言われて見聞を広めに来たけど、やっぱり人間なんてよく分からないわ。地位向上なんてぬるい事言ってないで、滅ぼしちゃったほうが良いんじゃないかしら。この大量の毒をばら撒いちゃえば一発よね」
 あなたもそう思うわよね? スーさん。
 でもね、スーさん。好事魔多しって言うでしょ? スーさんが咲き乱れたあのときに、閻魔様に出会っちゃったみたいにさ。嫌になっちゃうわよね、星の巡りが悪いのかしら。
 いきなり後ろから人が現れたもんだから、私、不意をつかれちゃって。伸びてきた手に捕まっちゃったの。
「太吾、無事か!」
「先生……それに妹紅さんも」
 出てきたのは、もんぺを履いた長い銀髪の奴と、へんてこな帽子をかぶった青い服の奴よ。スーさん、次会ったらこいつら、こてんぱんにしてやってね?
「こいつはメディスン・メランコリーじゃないか! なんでこんなのがここに!」
 捕まった私のほうをじろじろ覗き込みながら、もんぺが言ったのわ。ちょ、握りしめる指の力が尋常じゃない、ぜんぜん振りほどけない!
 ただの人間じゃない、こいつちょっとやばいかも!
 ス、スーさん、復讐は中止の方向で……。
「俺が拾って。ただの人形だと思ったんですが……」
「こいつは毒を支配する妖怪だぞ! 普段は鈴蘭畑に潜伏していると兎角同盟から聞いたが……」
「慧音、こいつさっき毒をバラ撒こうとしてやがった。やるしかない」
「……やむを得ん」
 もんぺ女の指に力がかかって……ががが……こ、拳から炎が……
 ぎう、も、燃え砕ける……!
 ス、スーさん……助け……
「待ってください。こんなきれいな人形を壊すなんて!」
 ……あ、ぐ、ち、力が弱まったわ……。
 ふう……な、なんとか生きてる。あ、危なかった……本当に潰されちゃうところだった!
 そ、それにしてもあいつ、こんなときに何を言い出すのかしら……? 私を助けるつもり? 正気かしら……?
「太吾、何を言っている。こいつはもう人形じゃない。妖怪化しているんだ」
 もんぺも呆れて口を尖らせているわ。
「落とし主が探しているかもしれない」
「馬鹿を言え、こいつは持ち主に捨てられたから妖怪化したんだ」
「しかし慧音先生、付喪神なら博麗の巫女様に鎮めていただければ」
「いや、むしろ霊夢なら、いの一番に払おうとするぞ?」
「とにかく、少し待ってください! この子は大事な証人なんです!」
 あいつが縋り付くもんだから、もんぺもへんてこ帽子も参ってしまったみたい。やっぱり人間、変なとこ頑固ね。
 もんぺの手から解放された私は、倉庫の真ん中にちょこんと座らされたわ。
 自由になればこっちのもんよね、スーさん。隙を伺って逃げちゃおっと。
 ……あっ、ダメ、ぜんっぜん隙がないわ、このもんぺ女。まるで猛禽類みたいな目でこっちを睨んでるもの。
 まさかこんなのがいるなんて、人里こわ〜……。
「安心してくれ、危害は加えない。だから、もう一度教えてくれ」
 あいつは腰を落とし、私の目の前に顔を近づけてきたわ。こいつを人質にして脱出……も難しそう。もんぺがめっちゃ睨んでるもの。
「君はさっき、ここから阿片を持ち出してる奴がいるって言ったな」
「な、なんだと!」
 とたんにもんぺとへんてこ帽子がいきり立ったわ。一体なんなのよ、こわ……。
「どういうことだ、太吾!」
「帳簿の量から多過ぎたり少な過ぎたりすることがあって。俺もそれを疑っていたんですが……」
「一体誰が……」
「それをこの子が目撃しているんです。教えてくれ、一体、誰が持ち出していたんだ」
 こいつ、一体何を言ってるのかしら。全然分からないわ。ほんと支離滅裂、話が通じない。
 これが噂に聞く馬鹿ってやつなのかしら?
「誰がって、何を言ってるのよ?」
「どんな奴が持ち出していたんだ? 特徴を教えてくれ」
「特徴? なんでそんなこと聞くの? さっきも言ったじゃない、あんたが持ち出してたんでしょ。自分でやっておいて、一体何を言っているのよ?」
 私が指摘してやったら、あいつはぽかんと口を開けたわ。
「お、俺ェ?」
「私、見たもん」
「おい太吾、お前まさか」
「いやいやいや、俺が犯人だったらこの子ぶっ壊すの止めてませんて!」
「でもなあ」
 なんだか仲違いを始めちゃったわ。やっぱり人間て、支離滅裂で滑稽。私とスーさんなんて、喧嘩なんかしたこともないわよねえ?
 その時、へんてこ帽子が口を開いたわ。
「いや待て、妹紅。こいつもしかして、人間の区別がついてないんじゃないか? メディスン・メランコリーは幼い妖怪だと聞いたぞ」
「確かに、低級妖怪や成り立ての奴には多い話だが」
「ずっと鈴蘭畑に潜伏して、人と触れる機会がなかったんじゃないか? ありうる話だ」
 そうして私を訝しむような目で見てきやがったのよ。失礼しちゃうわね。
 だから私、胸を張って言ってやったわ!
「馬鹿言わないでよ。そんな派手な青法被、この私が見間違うわけないでしょ!」
 そうしたら、もんぺもへんてこも苦虫を噛み潰したような顔で黙っちゃった。
 青法被のあいつなんかは頭を押さえて、天を仰いでうめいてるし。
「ってことは、内部犯……」
 なんて、この世の終わりみたいな声色でさ。
 ちょっとの間、いやーな沈黙で空気が重苦しくなっちゃったわ。こういう空気、私キライ。せっかく生きてるんだから、楽しくおしゃべりしないとね、スーさん。でももんぺが怖いから、今は黙っとこーっと。
 ようやっと口を開いたのは、へんてこ帽子だったわ。
「とりあえず、一旦落ち着こう。犯人を目撃していると言っても、この子には人間の区別がついていないようだ。いま焦って聞き出そうとしても、逆効果だろう」
「まあそうだな、慧音」
「そうだ太吾、昼飯はまだか? 差し入れを持ってきたんだ。妹紅の手作りだぞ」
「あ、すみません。実は俺はもう食べてしまって。俺の分はみんなにやってください。しかし残念だな、妹紅さんのだったら俺も食べたかったのに」
「また例のあそこの弁当か? 好きだな、お前も」
「なんか、大して美味くもないんだけど、食べちゃうんですよねえ」
「顔色悪いぞ、栄養偏ってんじゃないのか?」
「先生ほどじゃないですよ」
 とかなんとか、意味のわからないことをくっちゃべってるのよ。この私をほっといてさあ。
 私、なんだか呆れて、思わず溜息ついちゃった。……そしたら一斉に私に視線が集まっちゃって、まったく、辟易しちゃうわ。
「その前に、こいつをどうするかだな」
「封印しておいたほうがいいんじゃないか?」
「そんな大げさな。大事な証人ですし、もっと穏便に。それにまだこの子は悪さをしたわけじゃないですよ」
「だがこのままでは危険だ」
「そうだ慧音、アリスの奴に預ければいいんじゃないか? あいつなら人形の扱いに慣れてるだろ」
「いや……アリスは今」
「そういやそうか……」
「なら、小傘さんにお預けするのはどうでしょう? 同じ付喪神だし、心を開いてくれるかもしれません」
「なるほど」
 ようやく話がまとまったのか、あいつが私の前に立ったわ。
 腰を落として、目線を私の高さに合わせてさ。
 その目が、私を捨てた人間と同じ色をしてるの、私が気づかないわけないじゃない。
「私を壊すのね」
「えっ? いや、そんなことはしないよ。ちょっと仲間のところに行ってもらうだけさ。少し聞きたいことがあるんだ。少しの間だけ不自由かけるかもしれないけれど、約束する。絶対危害は加えない」
 ふぅん。
「ようやくわかった。そうやって私を騙して、私を裏切るのね」
「騙すだなんて」
「だって、あんたは私のことをかわいい人形だって言ったわ。私を裏切って捨てた人間も同じことを言っていた。かわいい人形だって」
「それは……」
「まったく人間は支離滅裂だわ! 好き好んで毒は食むし、守るとか言って滅ぼそうとするし。嘘ばっかりで、やること為すこと意味不明よ! だから平気で人形を裏切れるのね。こんな意味不明な奴らに仕えてなんかいられない、やはり人形は人間から解放されるべきだわ!」
「俺は麻薬なんてやらないし、嘘もつかない」
「また嘘じゃない! さっき食べてた癖にさ!」
「俺が……食べてた? さっき?」
「おい、やっぱりこいつの証言能力は怪しいんじゃないか?」
「うム……」
 へんてこともんぺがまた訝しげな目を私に向けてくるけど、あいつはそれを手で制したわ。
「……もしかして、君は麻薬を識別できるのか? どこから麻薬が来ているのか、消えた麻薬がどこへ行ったのか、分かってるんじゃないか? お願いだ、教えてくれ」
 穏やかだけど、すごく真剣な表情。
 人間のこんな顔、私、初めて見たかもしれない。
 だからじゃないけれど。私、素直に指差してやったわ。倉庫の隅に置かれた、弁当ガラを。
「あんたがさっき食べてた弁当。神経毒まみれの、毒の塊じゃないのさ」
 その瞬間、あいつともんぺとへんてこの顔色がサーッと青くなって、気温まで下がった気がしたわ。
 
 
 そこから先はてんやわんやで、なんだかよく覚えてないのよねえ、スーさん。
 とにかくなんか神経毒を混ぜ込んで繁盛してた弁当屋? が逮捕されて? とかなんとか、あいつが言ってた。あと、団員が弁当屋の縁者だったとかも言ってたわね。なんかよく分からないけど。
 とにかく里中引きずり回されて、色んな人間に色々聞かれて色々喋って、めちゃくちゃ疲れたのよ。私なんかぜんぜん関係ないのにさあ。はた迷惑よねえ、スーさん。
 あんまり疲れたもんだから、そこいらの人間どもから神経毒を吸い取って、英気を養ったの。毒食み人間なんてそこら中にうなるほどいたからね。
 そしたら今度は人間ども、私を崇め始めたのよ? 意味不明で笑っちゃうわ。
 あいつなんか、涙を流しながら言ってたわ。
「君は天使だ、里の救世主だ」
 なーんてさ。何が救世主よ、私は人形解放戦線の盟主なのよ? 震えて眠れ人間どもが、ってなもんよ。
 へんてこ帽子が、
「時々でいい。どうかこれからもお前の力を貸してくれ」
 なんて頭下げて来たけど、人間のためになることなんてごめんだわ。絶対断ろうと思ってたのに、なんかなし崩し的に神経毒探しを手伝うことになっちゃった。……だ、だってしょうがないじゃない、スーさん。もんぺが怖いのよお。
 でもまあ、約束通り、危ない目には合わなかったし、ちゃんと鈴蘭畑に戻ってこれたし。
 それに、天使だなんて言われちゃったし。
 ……ねえスーさん。
 もしかしたら人間って、思ってたより支離滅裂じゃないのかもね?
 
 メディスン視点だと簡単になっちゃうけど、すっさまじい事件です。
 @2NbZdtYnF5jJ0Fr
2021/09/24 ちょっと追記。
チャーシューメン
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.200簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
かみ合ってないけど事件が解決してしまう、予定調和的な面白さがありました。
4.100サク_ウマ削除
ギリギリ会話が通じているだけの狂気的なメディスンがとっても好きです。そりゃもうほんとはとんでもねー事件なんだろうなあ。良かったです。
5.100水十九石削除
ただ一言、爽快でした。
6.100めそふ削除
とても良かったです。この噛み合ってなさが好きです。
7.80名前が無い程度の能力削除
面白かったです。短いながら事件から解決までがしっかり描かれていて面白かったです。
メディスンがやや馬鹿すぎるきらいがあるかなと思いましたが、それでも面白かったです。
8.100夏後冬前削除
この視点でミステリというか、事件を解決する系の物語を組み上げるという発想が素晴らしかったです
9.100南条削除
とても面白かったです
メディスンがいいキャラしていました
素晴らしかったです
10.100名前が無い程度の能力削除
毒気たっぷりでよかったです
11.100Actadust削除
視点が探偵とも助手とも違うポジションだからか、ミステリー小説としてすごく新鮮でした。のらりくらりとしながらも律儀に返すメディスンさん可愛い。
12.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです、爽やか
13.100名前が無い程度の能力削除
これは名探偵。面白かったです。ご馳走様でした。