端が焼け焦げたポンド紙幣を髪飾りにしてめかしこんでいた博麗霊夢は、もう正体のないくらい酔っ払っていた。
霧雨魔理沙は帽子のつばの裏に縫い付けていた黄燐マッチを取り出して、その縁で素早く擦る。そうして燃え上がったわずかな火を、慎重に、アルコールへと近づけていった。
何かが誰かに対してぼやく。
「……見てよあの女、気取って帽子を傾げちゃってさ。デヴォンシャー公爵夫人みたい」
言ったのはアリスだったろう。しかし誰に対して言ったのかはわからない。
フロアでは――音楽がかかっているプリズムリバー邸のダンスフロアでは、相変わらず幾人もがご機嫌で体を揺らしていた。しかしバーカウンターから全体の場を眺めると、このダンスパーティーには終焉の匂いが漂っていた。
「なにか、ゲームでもするか?」
魔理沙は、アルコールで満たされたグラスの表面にさっと青い火が灯るのをうっとり眺めながら尋ねた。そのまま有毒の燃えかすを落とさぬよう、慎重に手を引く。
アリスはかぶりを振った。
「こんなに酔っ払っていたら、ビリヤードもダーツも手元が狂って面白くない。カードだっていかさまし放題でしょ」
「……あとは酒を飲んで、ぐだぐだと潰れるだけか?」
「酒は何よりも強い」その言葉を箴言のように言ったものの、アリスが酒に支配されている事は確かだった。「きっと神よりも強い」
魔理沙は渋い顔をした。背後からは追い立てるようなダンス向きのビート。
「落ち着かないな、ここは……」
と言いかけ、うっかり火の着いた酒をじかに飲もうとしようとしていた事に気がつき、慌てて身を引く。おとなしくガラスのストローを頼んだ。
「……だいたい、夜っぴて踊り明かすっていうのが無理があるんだ」
「ふん、夜っぴて異変解決していたおかしなやつが、そんな事言うのね」
アリスは、なにかトロピカルなデコレーションのカクテルを飲みながら答えた。魔理沙は渋い顔をする。
「あれなんて相当昔の話だぜ?」
「そうかしら? 私にはついこないだの出来事みたいよ……」
相手の返答を聞いて、魔理沙は議論を放棄した。人間じゃないやつの時間感覚なんて、てんで当てにならない。
背後で音楽が鳴っている限りは、両者の沈黙は何よりも豊潤な時間だった。彼女たちは酒を飲み、ただ酒を飲み、そのうえ酔い潰れるまで酒を飲もうとした。
「飲んでる?」
尋ねてきたのはアリスではない。あいつはもう、ふらふらどこかへ行ってしまって、フロアの隅っこで潰れてくたばっているだろう。
代わりに、博麗霊夢が蘇りし死者のように、魔理沙の耳元で囁いた。
「ねえ、飲んでる?」
「うるさいな」
魔理沙は疎ましくは思わず、むしろ愉快になりながら答えた。
「飲んでるさ。超・飲んでる。過去・超・最大級なくらい」
大仰な言い草に、霊夢は笑い返してくれた。
「じゃあ、まだ付き合えるのね」
まだ、という言い方がちょっと気にかかった。一度酔い潰れて、休憩していた割には図々しい……と思ったが、それは夜通しちびちびと飲むような愚か者が考える事だ。
「ビールを頼みましょう。ビールを。瓶で。ダースで。ケースで」
霊夢が言い出したのを、魔理沙はそのままバーカウンターの向こうに指示する。客観的に見れば完全に友人の傀儡だった。もっとたちの悪い事には、主観的に見れば魔理沙自身の自由意志でもあった。
そうして持ち寄られたビール瓶は、霊夢の手によって、無邪気に放り投げられた。
「おもしろいわ」
「いつまでおもしろくいられるかな……」
ぼやきながら、魔理沙の手はバーカウンターの角に瓶の頭を軽く打ちつけて発泡させては霊夢に渡していく。不均等な重量バランスの投擲物は柄付き手榴弾よろしくくるくると宙を舞い、ダンスフロアへと落下して破裂した。
一ダースのうち、十本放り投げて二本は自分たち二人で飲み干す。そんな事を大笑いしながら繰り返しているうちに、六十本もビールを無駄にしてしまった。
「こいつは愉快ね!」
そんな事をわめきながら、霊夢はばたんと倒れて、寝息を立て始める。残された魔理沙は、それが羨ましいと思った。
この博麗の巫女の乱暴狼藉(および眠り)をきっかけとして、パーティーの頽廃は本格的になった。魔理沙はその様子をじっと観察しつつ、冷徹すぎる観察は残すまいと、ひたすら酒を重ねている。
これが自分たちの行く末だ、これが末路だ、などと思ってはいけない……。彼女たちの酔っ払った人生は、この後もじっくりと続いていくのだから。
翌朝、このダンスホールの家主であるプリズムリバー三姉妹は、大広間の引きずり落とされたカーテンに仲良くくるまって、賑やかな廃墟の中で目を覚ました。
霧雨魔理沙は帽子のつばの裏に縫い付けていた黄燐マッチを取り出して、その縁で素早く擦る。そうして燃え上がったわずかな火を、慎重に、アルコールへと近づけていった。
何かが誰かに対してぼやく。
「……見てよあの女、気取って帽子を傾げちゃってさ。デヴォンシャー公爵夫人みたい」
言ったのはアリスだったろう。しかし誰に対して言ったのかはわからない。
フロアでは――音楽がかかっているプリズムリバー邸のダンスフロアでは、相変わらず幾人もがご機嫌で体を揺らしていた。しかしバーカウンターから全体の場を眺めると、このダンスパーティーには終焉の匂いが漂っていた。
「なにか、ゲームでもするか?」
魔理沙は、アルコールで満たされたグラスの表面にさっと青い火が灯るのをうっとり眺めながら尋ねた。そのまま有毒の燃えかすを落とさぬよう、慎重に手を引く。
アリスはかぶりを振った。
「こんなに酔っ払っていたら、ビリヤードもダーツも手元が狂って面白くない。カードだっていかさまし放題でしょ」
「……あとは酒を飲んで、ぐだぐだと潰れるだけか?」
「酒は何よりも強い」その言葉を箴言のように言ったものの、アリスが酒に支配されている事は確かだった。「きっと神よりも強い」
魔理沙は渋い顔をした。背後からは追い立てるようなダンス向きのビート。
「落ち着かないな、ここは……」
と言いかけ、うっかり火の着いた酒をじかに飲もうとしようとしていた事に気がつき、慌てて身を引く。おとなしくガラスのストローを頼んだ。
「……だいたい、夜っぴて踊り明かすっていうのが無理があるんだ」
「ふん、夜っぴて異変解決していたおかしなやつが、そんな事言うのね」
アリスは、なにかトロピカルなデコレーションのカクテルを飲みながら答えた。魔理沙は渋い顔をする。
「あれなんて相当昔の話だぜ?」
「そうかしら? 私にはついこないだの出来事みたいよ……」
相手の返答を聞いて、魔理沙は議論を放棄した。人間じゃないやつの時間感覚なんて、てんで当てにならない。
背後で音楽が鳴っている限りは、両者の沈黙は何よりも豊潤な時間だった。彼女たちは酒を飲み、ただ酒を飲み、そのうえ酔い潰れるまで酒を飲もうとした。
「飲んでる?」
尋ねてきたのはアリスではない。あいつはもう、ふらふらどこかへ行ってしまって、フロアの隅っこで潰れてくたばっているだろう。
代わりに、博麗霊夢が蘇りし死者のように、魔理沙の耳元で囁いた。
「ねえ、飲んでる?」
「うるさいな」
魔理沙は疎ましくは思わず、むしろ愉快になりながら答えた。
「飲んでるさ。超・飲んでる。過去・超・最大級なくらい」
大仰な言い草に、霊夢は笑い返してくれた。
「じゃあ、まだ付き合えるのね」
まだ、という言い方がちょっと気にかかった。一度酔い潰れて、休憩していた割には図々しい……と思ったが、それは夜通しちびちびと飲むような愚か者が考える事だ。
「ビールを頼みましょう。ビールを。瓶で。ダースで。ケースで」
霊夢が言い出したのを、魔理沙はそのままバーカウンターの向こうに指示する。客観的に見れば完全に友人の傀儡だった。もっとたちの悪い事には、主観的に見れば魔理沙自身の自由意志でもあった。
そうして持ち寄られたビール瓶は、霊夢の手によって、無邪気に放り投げられた。
「おもしろいわ」
「いつまでおもしろくいられるかな……」
ぼやきながら、魔理沙の手はバーカウンターの角に瓶の頭を軽く打ちつけて発泡させては霊夢に渡していく。不均等な重量バランスの投擲物は柄付き手榴弾よろしくくるくると宙を舞い、ダンスフロアへと落下して破裂した。
一ダースのうち、十本放り投げて二本は自分たち二人で飲み干す。そんな事を大笑いしながら繰り返しているうちに、六十本もビールを無駄にしてしまった。
「こいつは愉快ね!」
そんな事をわめきながら、霊夢はばたんと倒れて、寝息を立て始める。残された魔理沙は、それが羨ましいと思った。
この博麗の巫女の乱暴狼藉(および眠り)をきっかけとして、パーティーの頽廃は本格的になった。魔理沙はその様子をじっと観察しつつ、冷徹すぎる観察は残すまいと、ひたすら酒を重ねている。
これが自分たちの行く末だ、これが末路だ、などと思ってはいけない……。彼女たちの酔っ払った人生は、この後もじっくりと続いていくのだから。
翌朝、このダンスホールの家主であるプリズムリバー三姉妹は、大広間の引きずり落とされたカーテンに仲良くくるまって、賑やかな廃墟の中で目を覚ました。
どいつもこいつも酔っぱらってやがる
読んでいて楽しかったです