Coolier - 新生・東方創想話

雲の研究

2021/09/05 22:27:53
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 秋口に入った頃のことだ。尾を引いていた残暑も抜け切り、もう半月もすれば蔵の書物の虫干しについて女中らが愚痴を言いながら算段をつけ始める時分、小鈴が稗田屋敷にやってきた。「以前頼まれた本を持ってきた」というのは建前で、要するに、ただ遊びに来たのだ。
 いつものように私の私室で過ごしていると、無遠慮に私の分の茶菓子まで頬張っていた小鈴が、そばにあった書棚にふと目をやった。
「なあに、これ」
「ああ、それは……」
 いけないと思い私が腰を浮かしかけたときには、小鈴は既にその平べったい草色の冊子を手にとってしまっていた。小鈴の細い人差し指が、表紙の上を滑っていく。
「『雲の研究』?」
 表題を読み上げる小鈴の背後から、隙を突いてぱっと冊子を取り上げる。「あっ」と声を上げる彼女から数歩ほど距離をとって、私はそれを後ろ手に隠した。
「何でもないの」
「何でもないならどうして隠すのよ」
「小鈴には、その……ちょっと難しいと思って」
「言ったわね」
 妖魔に憑かれたように意地悪く口端を上げる小鈴相手に、こちらの苦しい言い訳が当然長く続くはずもない。「見せろ」「嫌だ」の応酬とともにしばらく畳の上でもみ合った後、「わかった、わかったから」とお腹のくすぐりに耐えかねた私は息も絶え絶えに観念した。小鈴とこの手の悶着に入ると、だいたいこちらの分が悪い。
「見せたくないものなら最初から隠しておけばいいのに」
 珍しく正論をぶつけてきた小鈴は、反して冊子を開くその所作に微塵も遠慮は見られなかった。「後で仕舞おうと思っていたのよ」という私の言い訳は、口にしてみて随分と空々しい感じがした。でも仕方なかったのだ。一度蔵に放り込んでしまえばいったんは隠れてしまっても、何の拍子に顔を出すかわからない。そういったたぐいの品々は得てして都合の悪いタイミングで発見されるものだ。かといって自室の棚の奥に仕舞い込んでいても、好奇心旺盛な友人にいつ見つかるとも知れない。「わざわざ隠しておくなんて阿求も可愛いとこあるのね」とにやつく小鈴の顔が目に浮かぶ。腹立たしいことこの上ない。
 とはいえ人並みの愛着もあるために処分しようという気にはなれない。半ば扱いを持て余しているうちに、こうして目敏く発見されてしまった次第である。
「阿求が隠すなんてよっぽどのものだよね」
 乱れた着物の襟を直している私を隣でちらとだけ見やって悪戯っぽく笑った後、小鈴は黙って紙面に目を落とす。自分で書き記したものなので、内容に関しては言わずもがな、一字一句きちんと頭の中に入っている。わざわざ横から覗き見なくとも、目を閉じて少しばかり意識を集中すれば、筆先が文を綴っていく様が瞼の裏側に鮮明に広がっていく。私は書き出しの文を心の中で口ずさんだ。



 序文

 童もすなる自由研究というものを阿礼乙女たる私もしてみんとてするなり。
 日々を縁起の執筆と編纂という大業に追われている私が、今更改まって研究などを銘打つのは少し奇妙なことであるのかもしれない。私はほぼ毎日といっていいくらいに書を読み、些細な発見にも筆を走らせ、ときには勇猛果敢に現地へ取材にも赴く身である。これを研究者と呼ばずして何と呼ぶだろうか。
 事は初夏の寺子屋での上白沢慧音との立ち話に端を発する。盛夏の候には寺子屋も休みにするのだが、その際に課す課題のひとつに自由研究がある。固い決まり事はなく、ただ興味を持った事物について調べたり観察したことを日記の形式で記すものだ。
 当時の私は、日を越すごとに増す暑気のせいか筆が思うように進まない日が続いていた。慧音に相談したところ「間もなく自由研究の時期だ、偶には気の向くままに書いてみてはどうか」といった旨の提言を受けた。膝を打ったというほどではないにしろ、何か思いがけない着想を得た気分であった。振り返れば、確かに私は常日頃より幻想郷縁起の存在をほぼ無意識に念頭に置いて世界を視ている。なればこそ、普段掛けているその色眼鏡を脇に放って純真に物思いに耽る機会を設ける発想は、ある種の意義深さが感じられた。
 その日もまた随分と陽射しの強い日で、寺子屋から屋敷までの帰り道には絵筆で塗ったようにくっきりと彩られた青空と白い入道雲が遠くまで伸びていた。よく観察すると、他にも獣の爪で引っ掻いたような幾筋や、弧を描いた白糸が浮かんでいる。雲に類する妖怪ならいざ知らず、ただ空に浮かぶだけの雲一つひとつにも名がついているのかどうか、実は私はよく知らない。その無知が、私に自然と筆を取らせた。それは稗田家に無関係の、稗田阿求という一人の当事者としての純粋な好奇心といえよう。
 故に私は、本稿にて雲に関する研究を観察日記という体裁で書き留めることにする。



 そこで一度顔を上げた小鈴の顔は、どこか引きつっているように見えた。
「あのね、阿求」
「なあに?」
「童もすなる自由研究誌に、こんな長い序文をつける人はいないよ」うんざりしたように小鈴は首を振る。「あんたの縁起じゃあるまいし」
 この友人が私の書き物を普段どういう目で眺めているのかはよくわかった。私は机上に開いていたそれを取り上げる。「返して!」と小鈴が猫のように飛びついてきた。
「元々あんたのじゃないでしょ」
「読まないとは言ってないよ」
「何か言うべきことは?」
「ごめんなさい」
 一度ため息をついてから仕方なく冊子を返す。この子には後で縁起の写経でもさせようと私はひっそり心に誓った。小鈴は再びページを繰り始める。


 
 八月二日  晴れ

 日常よく目にするものほど、いざ問われると返答に窮するものである。雲に対する私の知識もおよそそれと大差ないといっていい。
 手始めに資料をあたることにした。雲をひとつの自然現象として扱うのであれば、外来本に目を通す方が期待できる。外の世界の方が科学技術が進んでいるからだ。
 貸本屋でめぼしい本を何冊か借り、ついでに森のそばにある道具屋にも足を運んだ。ここ最近、外の世界の少女が店に出入りしているらしいというのを耳にしていたからだ。
 残念ながら件の娘に会うことは叶わなかったが、「雲が見られる本ならあるよ」と店主が一冊の本を奥から引っ張り出してきた。薄く平べったい本で、『あなたの知らない空の色』とある。パラパラと眺めると空を映した写真ばかりが載っている。曰く、「写真集」で、「癒やされるためのもの」らしい。前者はともかく後者について意味を尋ねると、「美しい風景を見て気分転換するんだろう」と店主は知ったふうな憶測を口にした。「外の世界の人間は《スマホ》という機械ばかり見ているらしいから、空を見上げる時間がないのかもしれない」とも続けた。
 用途はともかく、参考にはなるので私はそれを購入した。



 八月五日  霧雨

 ここ数日天気が崩れているため、編纂作業の傍ら、屋敷に籠もって集めた資料に目を通した。
 外界の科学技術に基づいた本などは難解な専門用語が多いために大雑把な内容しか読み解けなかったが、写真集を始め、雲の様子などを図解し分類するような種類の書物は比較的面白く読めた。それにしても、雲というのは想像以上に雑多な名が付いている。かなとこ雲や畝雲など、大半は見た目から想像できる対象の名を借りているようだが、多くは俗称らしく、学術的な定義は別に定められているようだ。変幻自在に姿を変えうる現象に対し、その区分において集団で合意形成が取れているというのは驚異的なことに感じられる。
 雨も間もなく上がるだろう。次に外へ出るのが少しだけ楽しみである。



「思い出したわ。あんたが気象の本を探していた理由ってこれだったんだ」
「まあね」
 序文に目を通した時点で気付いてよさそうなものだが、それは私の能力故にそう感じるだけかもしれないと思い、あえて口にはしなかった。
「てっきり新作のトリックのネタにでも使うのかと思ってたわ」
「命蓮寺の入道使いにも取材に行ったし、それも悪くないかも」私はその日の記憶を振り返る。「でも、いろいろあって、話は聞けずじまいだったんだけど」



 八月十七日  曇り

 命蓮寺で見越入道と共にいる修行僧なら雲に関する見識も深いだろうと思い、私は取材へ赴いた。
 山門で対面した入道使いは、腕を組んだまま訝しむように私を睨めつけた。「あなた確か人里で退魔本だかを書いている人間でしょう。以前の取材は聖様の手前応じたけれど、あんまり詳らかに書かれちゃあ、こっちも妖怪としての立場があるからちょっと」と袖にされた。縁起に関する取材ではないのだが、とはいえあまり無理強いするものでもない。手土産にと持参した稗田家御用達の酒屋から仕入れた風呂敷包みの四合瓶を渡してお暇しようとしたところ、「話がわかるやつは嫌いじゃないわ」と打って変わって背を押され中へと招かれた。
 不運にも座敷に通される途中で住職に見つかり、代わりに毘沙門天の化身である僧侶がお茶を出してくれた。図らずも昨今の仏事情などについて語り合えたのは貴重な体験であった。私は丁重に礼を述べてその場を辞した。住職に連れて行かれた入道使いがその後どうなったかは杳として知れない。



 八月二十二日  快晴

 よく晴れた真夏日だったので意気揚々と雲の散策へ出かけたのだが、茹だるような蒸し暑さに身体が参ってしまった。
 木陰に腰を下ろして涼んでいると、ふと青空の中にぽつんと黒い染みのような点が浮かんだ。何だろうと目を凝らしているうちに見失ったかと思うと、それとほぼ同時に「やあどうも」と頭上から明るい声が降ってきた。次いで、突風に木々が揺れ動く轟音。びっくりして見上げると、枝元に座っていたのはよく新聞を配りに飛んでくる烏天狗であった。
「稗田家の御令嬢がこんなところで何をしているのか」と問われ、雲の観察をしているのだと返すと不思議そうな表情を浮かべていた。興味があったので、天狗は空を飛んでいるときに雲を眺めないのかと訊いてみる。「私達にとっては、頭上の雲よりも、雲を眺めている人間の方が興味深いのです」と天狗は一笑し、「ですから下を眺めて飛んでいる方が余程面白いんですよ」と朗らかに答えた。
 帰り道、空を見上げながら歩いていると、紅白のシルエットが視界を流れていくのが遠くに見えた。考えてみると、幻想郷の空にはいろいろなものが浮かんでいる。わざわざ雲に名をつけて区別しようとするなんて、確かに地上で生きる人間くらいのものなのかもしれない。
 同じくこちらに気付いた博麗の巫女が、付近を飛んでいた野鳥の群れと出くわして危うく落下しかけていた。私はそれを博麗の空流れと名付けた。



「こうして読んでると、阿求って割と暇なのね」
「仕事の合間を縫っての調査に決まってるじゃない。私がいったいどれだけ多忙の身か、小鈴は知らないでしょう」
「えっと、アガサクリスQ先生?」
「あれは間接的な縁起の布教活動だから仕事のうちなの」
 小鈴は既に飽きてきたのか、冊子を軽く立てて読み流しにかかった。そもそもひと月にも満たない期間の日記なので、大した量ではない。
 飛ばし飛ばしにページを繰った先、独白の項が訪れる。



 独白

 あれこれと奔走しているうちに、気付けばひと月近くが経っていた。
 物は試しと手をつけてみた自由研究だったが、やってみれば中々どうして夢中になれたと感じる。知らずうち、本業の方の筆の進みも随分よくなった。題材が見つかれば、来年以降も取り組んでみてもいいかもしれない。続けていればきっと、遠くない将来、それが私にとっての記憶の標の一つとなる。
 日記というものは、他者を想定して書く必要がない。それが利点でもある。私は他の人間より少しばかり記憶力がいいが、それは思考が理路整然と立ち並んでいることと等価ではないことを、私はよく理解している。筆を走らせてようやく腑に落ちることの方が多い。だからこそ、求聞持の能力者が物を書くことには尚の事強い意味があると思っている。
 今回の雲の研究を通して、私は、私が何を知り得て、一方で未だ何を知らないのかを把握することができた。そして知ったことは一片の取りこぼしなく私の脳内に刻まれている。私が空を見上げたとき、私は数多の鮮明な雲の記憶と眼前の風景とを、陽の光に半紙を透かすように重畳して視ることができる。記憶に照らし合わせて比較できるのは割合に楽しいし、この景色は御阿礼の子である私だけの特権だろう。
 本稿はここでいったん筆をおくことにするが、時間を見つけて引き続き研究は継続していきたいと思う。雲の動きを読むことは、天候を窺うことに似ている気がする。稗田家が気象予報の役を担う世が訪れるのもそう遠くはないのかもしれない。もっとも、幻想郷の空は有象無象の神様や妖怪が常に跋扈し異変を起こす故に、予定調和に季節が進まないことも珍しくはないのだが。



 小鈴はその後ページを幾度か繰って白紙が続いていることを確認すると、冊子をぱたんと閉じて私の方へ差し出してきた。
「阿求らしいけれど、雲の観察というならもっと図示してほしかったわ」
「誰かに見せるためじゃないもの」私は小さく息を吐いてから、自分のこめかみのあたりをつつく。「全部入ってるからね。描く必要がない」
「おかしいなあ。あんたが隠すんだから、もっと突拍子も無いことが書いてあると思ってたのに」
「自分の日記なんて、誰だって他人に読まれたくはないでしょ」
 その理屈に納得したのか、小鈴はそれっきり興味を失ってすぐに話題を変えてしまった。団子屋が売り出した秋季限定の甘味の話や、奇妙な客のこと、最近入荷した古書の内容などについて。
 小一時間ほど他愛もないお喋りに興じた後、小鈴は見送りの際に茶菓子の礼を述べて、陽の傾きかけてきた通りの中を軽快な歩調で駆けていった。足の跳ねるのに合わせ、結わえてある髪留めの鈴が無邪気に揺れて、淡い光を艶やかに反射させているのが映った。


 自室に戻ってから、私は隅に放ったままにしていた先の日記を改めて手に取った。大して日焼けの色も見られない草色の表紙はただ泰然としていて、自らがどこかへ仕舞われるのを寡黙に待っているようにも見えた。
 私は書を一度反転させ、裏表紙の方からページを捲っていく。幸いにも小鈴は気付いていないようだったけれど、私が隠そうとした本当の理由は別にあった。独白に目を通した後に小鈴が数ページほど先を確認しているのを隣から眺めている間、私は緊張で半ば無意識に胸へ手を当てていた。
 読まれたくないというのは嘘ではない。もちろん、恥ずかしいからに決まっている。綴った当時は大発見でもした気になっていたが、どうしてこんなことを得意げに書いているのだろうと、記憶の中の自分に問い質したくなる。
 最終ページの少し手前。そこには八月末日の記載と、あまり絵心豊かとは言えない素朴な雲の墨絵が並んでいる。



 八月三十一日  晴れ

 人里で用事を済ませてから屋敷までの道のりを歩いていると、青空に奇妙な形の見慣れない雲が浮かんでいた。真夏の入道雲の一種のようにも見えるが、球状で表面は丸みを帯びており、光の明暗によるものか下部の辺りに筋が入っているようにも捉えられる。ぽつねんと浮かんでいて、見ていてどうにも頼りない心地がする。今にもどこかへ吹き飛ばされそうな気さえする。
 しばらく観察して、私はあの雲の様子に既視感を覚えている自分がいることに気付いた。私はすぐに思い至った。あの小振りで危なっかしくも気ままに流れていく様は、まるであの子の頭の上でいつも揺れている髪飾りにそっくりだと。
 例えば巻積雲には、鱗雲、鯖雲、鰯雲というように好き勝手な俗称が付けられている。同じ物であっても、捉え方というのは人によって違う。であれば人の数だけ俗称があっても不思議なことではないだろう。
 簡略的ではあるが、次項にその雲の絵を付記する。私以外に誰が読むわけでもないが、文字だけで残しておくには惜しいと思ってのことである。
 私は、青空の中を無邪気に泳ぐその雲を「小鈴雲」と名付けた。


小学生の頃に自由研究で回り灯籠みたいな物を作ったんですが、回らなくてとても悲しかったことを思い出しました。
依志田
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コメント



0.90簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
楽しめました
2.100名前が無い程度の能力削除
途中のエピソードも楽しく、心地よい読後感でした。
3.100名前が無い程度の能力削除
とても好きな語り口のゆるいあきゅすずが心地よかったです
5.100匿名希望D削除
よかったです
6.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。素敵なあきゅすずでした。最後の一文が特に好きです。
7.100夏後冬前削除
文章のキレがとてもいい。欲しいところにスパッと決まってくれたオチも素晴らしい。とても良いものでございました。
8.100Actadust削除
いいあきゅすずでした。まったりと静謐な時間が流れていくこの感じ、素晴らしいです。楽しませて頂きました。
9.100名前が無い程度の能力削除
ラストの記述が好きでした。
10.100南条削除
面白かったです
日記とはいえ同じ本を一緒に読むのってかわいらしいと思いました
11.100名前が無い程度の能力削除
綺麗に纏まっててよかった
12.100水十九石削除
阿求の視点を通した雲の形や雲を見る人々の思いといった物を、自由研究という夏っぽさも感じられる小道具を使って事細かに描写した上で、最後の節で阿求の小鈴への思いという形にシフトさせるその展開の妙が見事な読み心地を演出していました。
序文から滲み出る阿求の筆慣れなさ、その直後の阿求と小鈴の熟れた会話、色々な節を取っても地の文の表現が光っており、阿求単独の描写や日記の書き心地など色々な部分がとても面白い作品に仕上がっていたと思います。ありがとうございました。
13.100名前が無い程度の能力削除
とても面白かったです。
ほんわかした雲の観察日記となんてことないあきゅすずの会話が心地良く、しっかりと可愛げなオチも付いており完成度が高いなと思いました。
有難う御座いました。
15.100サク_ウマ削除
ほんわかした雰囲気で良かったです。
16.100めそふ削除
とても面白かったです。文章の洗練さもさることながら、キャラクターの心情がすとんと入ってくるため、話に入り込みやすかったです。阿求が目をつけた雲に対して自分の経験やその場での体験に基づいて名前をつけていくのが可愛らしいかったですね。自分もかつて小学生の頃雲の自由研究をしていたことがあったのでそれを思い出しました。当時に阿求くらいの文才があったら楽しかったかもな、なんて思いました。