Coolier - 新生・東方創想話

初めての一人旅

2021/09/02 22:36:51
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 腰のあたりを服の上からくいくいと引っ張られる。
 
「あら、どうしたの」

 魔法の森に住む人形使い、アリス・マーガトロイドは本を読む手を止めて後ろを振り返る。
 木製の椅子の足と床が擦れて微かに床が軋むような音が響いた。
 
 目下に視線をやると彼女の一番のパートナー、上海人形が宙に浮いたまま小さな指を窓の外に向け、
その場を小さい円を描くようにゆっくりと周り始めた。
 
「シャンハーイ」

 示された窓から外を見ると鉛色が天を覆いつつある。
 幻想郷は秋の終わりが近くなり仲冬の候を迎えようとしている。
 硝子越しながらその景色はいかにも空気が冷たそうに思えた。

「そうね、知らせてくれてありがとう」

 アリスは彼女を伴って自室を出るとリビングルームの扉を開く。
 そこでは上海と同じ五、六体の人形達がそれぞれ箒、布巾、モップを持って室内の掃除をしている。
 
「みんな、一旦ストップ」

 指を動かすと同時に声をかけると人形達は仕事を止めて主の顔を見上げる。
 全員に指令が届いていることを確認すると再び指を動かし、窓の横にある木製のチェストを示す。

「みんな雨のコートを着て、外の片付けをお願い」

 人形達はその短い首をちょこんと前に倒し、主人に了承の意を示すと、
協力してチェストから小さな茶褐色のケースを取り出し、蓋を開ける。
 
 ケースの中には人形の様々な服が収納されており、彼女達はその中から迷うことなく
水色のレインコートを取り出すと一斉に服の上から羽織り、頭部までしっかりとフードを被ると一列に並んで玄関から外に出て行った。
 扉が閉まる音が室内に響く。 

 人形達が外で作業を始めたのを確認すると、アリスはテーブルに着いて紅茶の入ったカップに軽く口をつけた。
 庭には雨に濡れて困る道具や強い雨風に弱い植物の鉢も沢山ある、土砂降りになる前に片付けておいた方がいいと判断したのだ。
 彼女達が作業を始めた時には既に窓から見える雨雲が空をほぼ完全に包み込んでいた、作業が終わるまで天候はもってくれるだろうか。
 そんなことを考えながらも、アリスは読書の続きをするために寝室へと戻った。














 やめておけばよかった。 
 今更後悔しても遅いのは分かってる、それでもせずにはいられなかった。
 
 先日の輝針城異変の首謀者の一人であり現在は博麗の巫女に保護されている小人、
少名針妙丸は着物の袖で目を庇い、腕と腕の隙間から空を見上げる。
 
 空いっぱいに黒雲が広がり、目が痛くなりそうなほどの強風が吹き荒れている。
 まさかこんなことになるとは、自分の想定の甘さを恨むことしかできない。

 朝、博麗神社を出発した時の空は鮮やかな紺碧色で雲もほとんどなく、風も微風だった。
 これなら一人で外に出ても大丈夫だろうと、すっかり油断しきっていたのだ。

 目線を前方に向けると藪を少し進んだ先に、目的地の魔法の森があることを確認できた。
 普段の天候なら残りの道中は徒歩で難なく目的地に辿り着ける。
 しかしこの強風の中では、小動物程度の大きさしかない今の自分は何かにつかまりながら進まないと風に身体をもっていかれそうだった。
 
「っ!」

 針妙丸がそんなことを考えていると、どこから飛ばされてきたのか自身の顔ほどの大きさの細い野花が顔面めがけて迫ってきた。
 慌てて両手で顔を覆ってやり過ごす。 

 なにより、この風が弱まってくれなければ神社に飛んで帰ることができない。
 もし今の状況で無理に飛行しようとすれば、その後のことは考えたくもない。

「……一人でやり遂げるって決めたんだ、頑張らなくっちゃ」

 神社までの道のりを歩いて引き返すには遠すぎる、それよりは隠れられる場所も多い魔法の森で天候が回復することを期待する方がいい。
 そう結論付けた針妙丸は、藪の中に足を踏み入れた。















「ただいまー」

 博麗神社の巫女、博麗霊夢は小走りで母屋に駆け込み、手に提げていた荷物やお祓い棒を床に置く。
 羽織っていた朱色の防寒着も脱ぎ、無事に帰りつけたことに安堵の表情を浮かべた。

 しかし、彼女は神社内の微かな異変に気付く。
 自分が外出から帰ってくるといつも迎えに出てくる小人の姿がないのだ。

「針妙丸?」

 呼びかけの声とともに居間、縁側、炊事場、境内と各所を順番に探すも小さな同居人の姿は見当たらない。

「こんな天気の日にどこにいったのかしら……」
 
 侵入者に襲われた可能性が一瞬脳裏をよぎったが、屋内に何者かが足を踏み入れた形跡はなかった。
 母屋の入口まで戻ってくると、足元に自分が家を出る前に畳んで置いておいた書置きが広げられていることに気付く。
 
 今日神社を発ったのは早朝だったので針妙丸はまだ寝ており、急いで起こすこともないと思ったので
彼女を不安にさせないようその書置きには少し外出するけど午時には帰る旨の一文を書いた。 

 これを読んだ上で外出したということは遅くとも昼なかには帰ってくると考えていいかもしれないが、
こんな悪天候の中わざわざ外に出かける用事が針妙丸にあっただろうか。
 
 今朝神社を発った時にはまだ空が明るく晴れ渡っていた。
 もしも針妙丸がそれを見て自分のすぐ後に外出したとしたら、もしや今頃行先で強風に飛ばされて
帰るに帰れなくなっている、などということはないだろうか。

「なんとなく、嫌な予感がするわね」

 短い溜息を漏らすと、先程脱いだばかりの防寒着に再び袖を通す。
 自慢じゃないけど、自分の勘はどんなことでもやたらとよく当たるのだ。
 この勘は出来ることなら当たっていてほしくないけども。 
 













 
 森の中は外に比べると多くの木々が風を遮っているからか少しは身体が楽だったが、
真っすぐ正面を向いて歩き続けるのはやはり困難だった。
 針妙丸は視線を前方の地面に向けつつも記憶を頼りに黙々と歩を進めながら、昨日の夕食でのことを思い返す。






「霊夢、最近ずっとご飯それだけで大丈夫なの……?」

 ここ数日の間、霊夢の食卓は明らかに品数が少なく十分な量を食べられているとは到底思えなかった。
 先週までは白米の他に野菜の天ぷらや煮物、味噌汁なんかがあったのに次第に数が減っていき、
今日はついにご飯と漬物だけしかちゃぶ台に置かれていない。
 そんな状態でも彼女は弱音の一つも吐かず、当たり前のように居候の自分にご飯を分けてくれていた。
 
 博麗神社は人里からの道のりが遠く道中は妖怪に襲われる危険もあってか参拝客が滅多にこない。
 そのせいで食卓が寂しいものになっていることは針妙丸もなんとなく分かっていた。  
 しかし霊夢は気にした様子もなく、素っ気なく答える。

「もう少ししたらちょっと大きな依頼が来る予定だからそれまでの辛抱よ」

 針妙丸は輝針城異変の後ずっとこの神社に居候させてもらっている。
 小槌の魔力を使い過ぎた影響で身体が元の大きさよりさらに小さく縮んでしまった今、
誰かに匿ってもらわなければ自分はその辺の動物や下級妖怪にさえ、簡単に命を取られるだろう。

 だから霊夢には感謝しているのだけど、どんなことをしたら喜んでくれるかが分からなかった。
 また、私一人で外出することを彼女はよく思っていなかった。
「怪我でもされたら面倒だから、どこかに行きたいなら私に言いなさい」と言われたことがあるのだ。
 
「ごめんね、いつもご飯分けてもらって」

 針妙丸が申し訳なさそうにちゃぶ台の隅に敷いた小さな敷物の上から霊夢を見上げる。
 しかし彼女は目が合うと手をひらひらと振りながら呆れたように答える。

「あんたが食べてる分なんてほんのちょっとなんだから、気にしないでさっさと食べなさい」

「うん……」





 その翌朝、つまり今日の朝目覚めると霊夢は既にいなかった。
 母屋の入口を見ると四角に折りたたまれた藁半紙の書置きが目に入った。
 
 開いて中を読むと、達筆で「少し出かけてくるけどお昼には帰るわ」と簡潔に書かれていた。
 居間のちゃぶ台の上には小分けにされた自分用の朝食も用意されていた。
 
 お昼頃まで、霊夢は帰ってこない。
 針妙丸ははっと思い付き、縁側に小走りで向かう。
 
 引戸の隙間から外の景色を見ると、所々雲はあるがよく晴れた青空が広がっていた。
 大丈夫、きっと上手くいく、心の中でそう呟くと霊夢が小さく握ってくれたおむすびと漬物一切れを一気にたいらげ、出かける用意を始める。
 
 しばし居間と炊事場を行ったり来たりしていたが、ものの三分もしないうちに準備を済ませると、
 境内から助走を付けて勢いよく飛び上がり、魔法の森の方角に向けて飛行を開始した。
 




 そうして、今に至る。
 目の前には幹の根元が一部抉られた裸木が三本連なっている。
 目的の場所は既に近い、そう確信できた。
 
 遭難しやすいことで有名らしい魔法の森だけど、私は迷うことなく歩を進めた。
 風は相変わらず強いままでついに小雨も降り出してきたけど、この強さならまだ大丈夫。

 以前、霊夢と同じように先日の異変解決に動いていた魔法使い、霧雨魔理沙が一緒に茸採りに誘ってくれた時、
私はせっかく着いていったけどこの体では握力が足りずに茸を引っこ抜くことが出来ず、かと言って二人の邪魔はしたくなかったので
離れすぎない程度の距離を当てもなく散歩していたのだ。
 
 今思えば、危険な動植物も生息している魔法の森を武器である愛用の針も持たずに一人でうろつき回ったのはあまりに無謀な行動だった。
 案の定後で霊夢に叱られたけど、あの日森を歩き回ったおかげで、魔理沙達が茸を採っていた場所と
神社から一番近い森の入口の位置関係をはっきり記憶することが出来たのだ。
 
「あった!」

 茸の群生地を見つけ、喜びが思わず声に出た。
 その数はざっと見て五十個近くある。
 間違いない、この前霊夢達と一緒に来た場所。
 名前は椎茸、だったはず。
 
 腰に差していた輝針剣を抜き、意識を集中させるとそれを一つ、二つと柄の根元から切り落としていく。
 やっと霊夢に、恩返しが出来る。 
 持ってきた布袋にそれを詰めようとしていた時だった。
 
 突如地鳴りのような激しい轟音が森の中に響き渡り、足元が大きく振動する。
 針妙丸がそれに反応する間もなく、今度は被っているお椀に何かが当たりごつっと鈍い音とともに頭部に痛みが走り、視界が大きく揺れる。
 
 森の中に雷が落ちてその衝撃で地面が揺れ、落ちてきた何かの木の実が自分の頭部に当たったことに気付いた時には
 既に意識が遠ざかり、そのまま前のめりに倒れ伏した。
 雨水で湿った地面の嫌な感触を最後に、私の意識はなくなった。
 














 高度を下げ、人里の入口に足を付ける。
 この強風のせいか出歩いている人間は全くいなかった。
 
 霊夢は小走りで寺子屋の建物に向かった。
 やはり今日は授業も休みなのか、生徒達の賑やかな声は聞こえてこなかった。 

 教室の隣の準備室をノックすると、すぐに「どうぞ」と短い返事があった。
 霊夢は中に入る。





「人里で見たという話は聞いていないな」

 寺子屋で子供達に勉強を教えながら人里を妖怪から守っているワーハクタク、
上白沢慧音は巻物を読んでいた手を止めると、首を僅かに傾けながら難しい表情で答えた。
 
 霊夢は針妙丸を神社に置いてから今日に至るまでの記憶を必死に辿る。
 もしも人里でなにか困ったこと、分からないことがあったら彼女を頼るようにと教えたことははっきり覚えている。
 
 逆に言うとその慧音が知らないと言っている以上、人里にろくな知り合いもいないであろう
針妙丸がここに来ている可能性は低いと考えるべきか。

「もし人里の誰かからあいつを見たって話を聞いたら、私に教えて欲しいの」

「分かった、私の方でも当たってみるよ」

「助かるわ、ありがとう」

 既に壁面の時計が示す時刻は正午を半刻近く過ぎている、針妙丸がこれまで何も言わずに突然姿を消したことがないだけに不安も大きくなってくる。
 霊夢は慧音に頭を下げると寺子屋を後にし、建物を出たところで軽く意識を集中させると
 吹き込んでくる横風に目元を吊り上げながらも自身の身体を宙に浮かせ、飛行を開始した。
 
「ああもう、どこに行ったのよあいつ……」















 急に意識が戻ってきた。
 でも、身体は動かせないし映る景色は真っ暗で何も見えない、背中には冷たい感触がある。
 
 自分の身体がどこかに仰向けで横たわっていることだけは辛うじて分かった。
 あれからどれだけの時間が経過したのか、ここはどこなのか、教えてくれる物は何もなかった。
 
「姫、足元に気を付けないとまた転びますよ」

 遠くからあの妖怪の声がする。
 小さく弱い小人族の自分に、この幻想郷をひっくり返そう、弱者が平和に暮らせる楽園を作ろうと、突然持ち掛けてきた妖怪。
 名は鬼人正邪と言っていた。 

「やれやれ、世話が焼けるお姫様ですね」

 嬉しかった、いつの時代も世界の隅に追いやられてきた小人を、必要としてくれる存在がいたことが。

「そこはこう縫うんですよ姫」

 外の世界は危ないからと、生まれてからずっとお城の中の景色しか見たことがない私にとって、正邪との旅はなにもかもが新鮮だった。

「焼きたての魚は熱いですから、私が冷まして取り分けるまで待ってくださいよ」

 世間知らずで足を引っ張るばかりの私を見捨てることもなく、ずっと一緒にいてくれた。
 そう、あの時までは。 

「おやすみなさい、姫」





 そう、私は裏切られた。
 と言っても、すぐに自分でそれに気付いたわけじゃない。
 
 異変を解決しようと、上空に浮かぶ輝針城までやって来た人間達が城の最下層まで足を踏み入れる。
 それを見て正邪が敗れたことを知り、彼女の分まで負けるわけにはいかないと、必死に戦った。
 
 それでも、勝てなかった。
 小槌の魔力を使い果たし、飛行する力も尽きかけ、糸の切れた風船のように城の上階に上って行く中で私は見てしまった。 
 
 弾幕の余波で穴が空いた壁から、私に計画を持ち掛けたあの天邪鬼が遥か遠くに向かって飛び去って行く姿を。
 一度も城を、私を振り返ることなく、その姿は見えなくなった。
 
 生まれて初めての感覚。
 それまで胸の中に当たり前にあった物が急になくなって、怒りよりも虚しさが自分の胸懐を支配した。

「全く、姫は私がいないとなにもできないんですから」

 また声が聞こえてくる。
 旅の道中で足を引っ張ると必ず言われた言葉、私はそのたびに背を丸めながら「ごめんね」と返していた。

 でも、今は違う。
 私はもう、ただの無知な子供じゃない。
 思わず闇に向かって声を上げようとした途端、語りかけてくるその声は止んだ。
 













「あら、目が覚めたみたいね」

 次に目を覚ました時、私はどこかの家のベッドの上に横たわっていた。
 しかもそれは小人の自分のために設えられたかのようにぴったりなサイズをしている。
 
「昔上海達にって、作ってあげたのが役に立ってよかったわ」

 初めて聞く声のする方を見やると、鮮やかな金髪の髪と青を基調とした洋服が印象的な少女が椅子に座ってこちらに視線を送っていることに気付く。
 上体を起こしたときに少し頭が痛かったけど、なんとかベッドから起き上がる。

 ベッドの後ろの窓を見ると雲の切れ間からは太陽からの白い光が地上に向かって差し込んでおり、天候はほぼ回復しているのが分かった。
 向かいの窓の下には煉瓦で組まれた箱のような物の中で薪がパチパチと音を立てながら燃えている。
 本格的に冬季を迎えようというこの時期でもこの家が暖かいのはこれのおかげだと分かった。

「……貴女が、助けてくれたの?」

「そうよ、上海達が大慌てで帰ってきて、びっくりしたんだから」

 聞き覚えのない名前だったけど、その意味はすぐに分かった。

「シャンハーイ!」

 すぐ脇でこちらの様子を窺っている、私よりも少し背の低い、ドレスのような服を着た金髪の可愛らしい人形が、抑揚のない声ながら流暢に喋ったのだ。
 あの子は人形で、それを操る人形使いが彼女なのだと推測する。

「ふふ、きっと倒れている貴女を仲間だと思ったんでしょうね」

「……ありがとう、私はあのまま気絶してたんだね」

「そうよ、あのまま雨風に晒されてたらどうなってたことか」

 両手を腰に手を当てて少し呆れたような口調で目の前の少女は言った。
 
「貴女、名前は?」

「えっと、少名針妙丸、だよ」

「そう、私はアリス・マーガトロイド、よろしくね針妙丸」

 お互いに自己紹介を終えたところで、私は気になっていたことを問いかける。

「……貴女は、私を見ても驚かないの?」

「驚かないわよ、魔理沙から聞いてるわ、最近霊夢のところに住み始めた小人でしょう?」

 頷きながらもう一つ質問しようとする前に彼女は続ける。
 
「そうそう、貴女の荷物、近くに散らばってたから集めておいたけど一応確認してね」

「ごめんなさい、何から何まで……」

 アリスの指差した先のテーブルの上には確かに今日持ってきた布袋が置かれており、その中には拾う途中だった茸もしっかりと入っていた。
 
「茸を採りに来てたみたいだけど、貴女一人は危ないわよ。 霊夢は一緒じゃないの?」

「えっと、その……」

 言っていいものか悩んだけど、これだけ親切にしてくれたんだ、信じなきゃ。
 
「霊夢、最近ほとんどご飯食べられてなくて、そんな状態なのに私の分をずっと分けてくれてるの、だから心配で……」

 緊張で早口になりそうな自分を抑えるために一呼吸置いて続ける。

「私、ずっとお世話になってるのになんにも恩返ししてないから、前に魔理沙と一緒に採集してた茸を持って帰ったら喜ぶかなと思って……」

 そこで言葉を切ると、先程までよりも少し神妙にも見える表情を浮かべてアリスは言った。
 
「……えらかったわね。 でも、断りなく外出するのはもうしちゃダメよ、霊夢だって心配するからね」
 
「……霊夢って、いつも何を考えてるのか分からなくて」

「ふふ、まだ付き合いが短いから知らないと思うけど、あの子は貴女が思っている以上に責任感は強いし、きっと心配しているわよ」






 責任感。 
 そういえば普段は神社でのんびり寛いでいることが多い霊夢だけど、一度妖怪退治の依頼が舞い込んで来たらすぐにお祓い棒片手に出かけていたことを思い出す。
 そして出掛ける前にいつもこう言っていた。
 
「出かけて来るけど、一人で外に出たらダメよ、危ないから」

 いつもどこかつっけんどんな言い方だったけど、どんなに短い時間の外出でも、霊夢は必ず私に一言声をかけてから仕事に向かっていた。
 私はずっと、心配されてたんだ。
 そう思うと、約束を破ってまで一人で外に出てしまったことへの激しい後悔の念に駆られた。
 視線を落として項垂れる針妙丸にアリスは続ける。 

「そんなにしょげることないわよ、私も一緒に謝ってあげるから、ね?」

 優しい提案に思わず乗ってしまいそうになる。
 でも、これ以上アリスに迷惑はかけられない。
 
「ううん、もう天気もよくなってるし一人で帰るよ、そこまで迷惑かけられないもん……」

 お椀を被り直すと、アリスは困ったような、しかしどこか愉快そうな表情を浮かべると玄関の方を向いて口を開いた。

「霊夢、この子は一人で帰るそうよ」

 どういうこと、と聞き返す間もなく玄関の扉が開く音が室内に響いた。
 そこには装束を雨に濡らした霊夢の姿があった。
 
 雨風に煽られたせいか髪は激しく乱れている。
 私の姿を認めると濡れて紙垂の部分がくっついたお祓い棒を取り落とした。

「はあ、もうあんたは……」

 短く嘆息するとアリスの言葉にも応えずに家の中に入り、私の前に立ち一息に言い放った。

「一人で外に出たらダメってあれほど言ったでしょ、猫やそこらの妖怪にやられたのかと思って心配したのよ!」

 心配、先ほどアリスも言っていた通りの言葉を聞いて私の胸は申し訳なさでいっぱいになった。
 
「ごめんなさい、霊夢……」

「大方森で行き倒れてたところをアリスに助けてもらったんでしょう、どうしてこんな無茶をしたのよ」





 何も説明していないのに一目見ただけで今の状況を完璧に把握していることにアリスは思わず苦笑する。
 針妙丸は霊夢の剣幕に押されその場に俯いている、アリスにはその姿がさっきまでよりもさらに小さく見えた。
 
 その様子を見かねたのか椅子から立ち上がると霊夢にもう一度話しかける。

「霊夢、貴女がこの子を心配するのも分かるわ、でもね」

 話しながら針妙丸の隣にしゃがみ込み、彼女と同じ見上げる形で霊夢と視線を合わせて続ける。

「この子も貴女を、心配していたのよ」

 その言葉を聞いた途端、横で俯いていた針妙丸はアリスの顔を見る。

「言えるでしょ、ちゃんと自分の言葉で言いなさい」

 アリスは小声でそう囁くと先ほどまで座っていた椅子に再び座り直した。

 針妙丸は服の袖で目元を拭うと意を決したように顔を上げ、霊夢に向き直ると少しずつ喋り始める。

「霊夢、勝手なことをしてごめんなさい。 でも私、霊夢が心配だったの、最近ご飯全然まともに食べられてないように見えるし、
そんな状態なのに私の分のご飯をいつも分けてくれて、それが申し訳なくて……」

 針妙丸は一旦言葉を切り、布袋を取るためにテーブルの上を見るとアリスの隣で様子を見ていた上海がそれを両手に抱え、ふわふわと目の前まで運んできてくれた。
 小さく「ありがとう」と言い、受け取る。
 上海は頬を緩めると両手を上に振って主人の元に戻る、その姿に緊張が少し和らいだ気がした。
 
「この前は全然採れなかったけど、今度はちゃんと採れたんだよ」

 袋から片手で持てる大きさの椎茸を一つ取り出し、よく見えるように掲げる。
 アリスが横から覗き込むと、霊夢の表情は明らかに動揺していた。

「あんた、それを私のために……」

 霊夢はその場に膝を折り、差し出されたそれを受け取る。
 
「霊夢にはずっと守ってもらってるから、なにか恩返しがしたかったの、でも私、小さいせいでなにも出来なくて……」

 布袋から椎茸が一つ零れ落ちた。
 霊夢は続く言葉を掌で制すると、落ちた椎茸を布袋に戻し、布袋ごと手に提げた。
 それからもう片方の手で針妙丸の和服の帯に手を添えると、腋にしっかりと彼女を抱える。
 
 針妙丸はきょとんとした顔を浮かべながらも抵抗せず、霊夢に身体を預けた。
 心なしか、アリスにはむしろ針妙丸が体を寄せているように見えた。
 
「……帰るわよ」

 短くそう呟くと、霊夢は玄関に向かって歩き出す。
 テーブルの脇でそれを見守るアリスを一瞥すると、ばつが悪そうに続けた。

「面倒かけたわね、その……ありがとう」





 アリスは微かに顔を綻ばせると、特に何を言うでもなく、そのまま軽く手を振って霊夢達を見送った。
 二人が完全に視界から消えたところで一人呟く。

「……なんだか昔の自分を見ているようだったわね」
 
 アリスはこの幻想郷に引っ越してくる前、生まれ故郷である魔界に住んでいた。
 そして幼少の頃、母親の誕生日に花をプレゼントしたいと思い、家族に内緒で遠くの花畑まで出かけて
迷子になってしまい、後でこっぴどく叱られたことがある。

 紅茶の入ったティーカップに口をつけながら、当時の記憶を手繰り寄せる。
 今となっては正確に思い出せないけど、きっと子供ながらに自分がいけないことをしていることの罪悪感は当時からあった。
 それでも花を摘みに飛び出してしまったのは、それ以上に母に喜んで欲しかったからに他ならない。
 
 そんな過去の自分を重ねてしまったせいか、霊夢のために一人で茸を採りに来た彼女の世話をつい焼きたくなってしまった。
 アリスは人形達にティーセットの片付けを命じると、愛用の裁縫道具を取り出した。
  
「さて、今後はお土産を持って、遊びに行こうかしらね」












 アリスの家を出てから五分ほど、二人の間に会話はなかった。
 上空を飛行しながら腋に抱えられた針妙丸が霊夢の顔を見上げると、霊夢は徐に背後を振り返る。
 魔法の森は既に見えなくなっている。
 周囲にも自分達以外の人妖は見当たらない。
 それを確認してか、視線は前方に向けたまま不意に口を開いた。

「針妙丸」

「……なあに?」

「……ありがと」

 針妙丸は身を乗り出して顔を見ようとするも、身体を霊夢にしっかりと抱えられており、
風ではためく装束にも阻まれて今の表情を窺い知ることは出来なかった。
 
 それでも、よかった。
 霊夢が、ほんの少しでも、喜んでくれた。
 それが針妙丸にとってはただただ、嬉しかった。

 しばしの沈黙の後、霊夢が再び口を開く。 

「……その、悪かったわ、あんな食事よくあることだったし、私があんたを心配させてたなんて、夢にも思ってなかったから」

「霊夢……」

「今度はあんたにも色々手伝ってもらうわ、やる気ある?」

「うん!」

 針妙丸の元気な返事が雨上がりの空に響いた。














 それから数日後。

「ありがとう、子供達がいつも人形劇をとても楽しみにしているんだ」

「どういたしまして、まあ私もたくさんの人に見てもらえるのは嬉しいしね」

 人里の往来を談笑しながら歩く慧音とアリス。
 ふと慧音が足を止める。
 アリスもつられてその場に立ち止まった。

「慧音、どうしたの?」

「アリス、あれは」

 慧音が左手の八百屋を指さす。
 そこでは頭に手拭いを巻いた店主らしき青年がよく通る声で接客をしている。
 三間ほどの間口の店に五、六人の客が見える。
 その中には遠目にも紅白の巫女装束が目立つ霊夢、そしてその足元には。

「ほいよ小さいお嬢ちゃん、持てるかな?」

「持てるよ、任せて!」

 自信満々と言った様子で店主から購入した大根を受け取る針妙丸の姿があった。
 彼女の身長の半分以上あるそれはやはり重いのか足元がふらついているようにも見えるが、
その顔に辛そうな感情は見えず、満面の笑みを浮かべていた。
 霊夢はどこか呆れた表情を浮かべながらもその口元は微かに緩んでいた。

「落っことしそうになったらさっさと言いなさいよ」

「えへへ、大丈夫だもん!」

 そんな二人の様子を見て、慧音とアリスは顔を会わせて表情を緩めた。
はじめまして、東方創想話ジェネリックには何作か投稿したことがありますが
東方創想話への投稿は今回が初めてになります、ローファルと申します。
輝針城異変が解決したばかりでまだあまり霊夢と打ち解けていない頃の針妙丸のお話を書きました、駄文ですが少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
ここまで読了頂き、ありがとうございました。
ローファル
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コメント



0.200簡易評価
2.40時計屋。幻爺削除
針妙丸が博麗神社に居候していた、短い期間でのお話、とても面白かったです。霊夢の責任感の強さと、針妙丸の可愛さがでてて、見ててほっこりしました。
3.100サク_ウマ削除
良かったです。居候針妙丸のオーソドックスなお話で楽しめました。
4.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
5.100柏屋削除
>>目下に視線をやると彼女の一番のパートナー
上海xアリスかなのか、、、?

>>「針妙丸?」
違う? 霊夢x針妙丸なのか!?

>>「霊夢、最近ずっとご飯それだけで大丈夫なの……?」
ああ、針妙丸x霊夢か!

>>「そこはこう縫うんですよ姫」
>>「おやすみなさい、姫」
>>「全く、姫は私がいないとなにもできないんですから」
おっと! 正邪x針妙丸か!?

>>「ふふ、きっと倒れている貴女を仲間だと思ったんでしょうね」
ああ! 針妙丸x上海か!

>>「そうそう、貴女の荷物、近くに散らばってたから集めておいたけど一応確認してね」
>>「ごめんなさい、何から何まで……」
なんと、アリスx針妙丸なのか!

>>「落っことしそうになったらさっさと言いなさいよ」
霊夢x針妙丸だった!!

大段落1つだけで100kbは書けそうな
欲張りな針妙丸詰め合わせ作品でした。良き。
6.100名前が無い程度の能力削除
良かったです。みんなの優しさが染み入りました。
7.90名前が無い程度の能力削除
この話のアリスかわいい
8.90名前が無い程度の能力削除
人情的な温かみのある物語でした
9.80夏後冬前削除
優しさにコミットされたお話でとても温かな気持ちになりました。
10.100南条削除
面白かったです
みんなやさしくてかわいらしかったです
11.80名前が無い程度の能力削除
面白かったです。良い感じに話がまとまっていて楽しめました。
過去の時代の霊針は良いですね。
毎回登場人物のフルネームがでていたのが少々くどいかなと思いましたが、それを差し引いても良かったと思います。
有難う御座いました。
13.100名前が無い程度の能力削除
すごく良かった