Coolier - 新生・東方創想話

彼女は信念を貫徹する

2021/08/09 13:37:04
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 記者の信念は三箇条。

一、己の真実に背くことなかれ
二、特ダネを逃すことなかれ
三、被写体との関係を詰めることなかれ

 記者としての当然な心構えとネタへの態度がつづってある。報道部隊の規則とは違い、あくまで私が作ったポリシーだ。取材のお供の文花帖を新調するたび表紙の裏に書き記してきた三箇条。一枚めくれば簡単に見返せるように──いつ何時も記者の信念を忘れることがないように、との戒めのつもりだ。
 ひと月も唱え続ければもはや見直さずとも筆跡すら鮮明に思い出すことができた。ひと月前の失態を取り返すにはこれでも足りないけれど。
 と、そろそろか。唐紅のオブジェクトが夜の闇から這い出してくる。長い石階段の終わりがようやく見えてきた。月がすっかり隠れていると私の夜目の利きは人間と大差なくなる。
 最後の一段を登りきるとき、私は博麗神社の境界に立っていた。
 鳥居の柱はかがり火に濡れてその色合いを刻々と波打たせている。境内から漏れる騒がしさと組み合わさり、ちらつく赤は私を嘲笑うかのようだ。

──そんな近くにいて大丈夫なの?

 思い出すのはひと月前の彼女の言葉、そればかり。

「“被写体との関係を、詰めることなかれ”」

 鞄に仕舞ったカメラの質感を探る。信念を全うし、今日こそあるべき姿に返り咲く。
 博麗霊夢に“正しく”接した私を、取り戻すのだ。


 
 ひと月ぶりの神社はらしくない熱気に満ちていた。
 四隅に立てられた炎がはじけ、薄く伸びた煙が空をぼかす。拝殿前には人妖たちがごった返して話に花を咲かせていた。敷き物の赤すらまともに視認できない密度。耳に挟んだ限りではただの宴会の集まりらしいが。

「これも霊夢が好かれている証、なんでしょうね」

 霊夢は広く妖怪に好かれる。参加者の彼らも宴会の看板ではなく、霊夢に惹かれたクチだろう。そんな人妖たちの中心──宴会場の中心に誰がいるのか想像すれば、あの輪に加わる決断はできなかった。
 とはいえ棒立ちのままも阿呆だ。境内の木に飛び移って身を隠す。霊夢の判断力が酔いで鈍ってから顔を合わせる計画なのだ、今見つかっては都合が悪い。汗を拭きつつ枝葉の間から下の様子を観察することにした。ぱっと目についたのは目立つ立派な二本ツノ。

「うわ……萃香さん」

 ぜひとも関わりたくない鬼が会場の真ん中で寝そべって酒瓶に口をつけている。あの方に捕まったら私自身が酒に潰され、計画だって丸潰れ確定だ。酒で判断力を破壊されては敵わない。下りるときは気をつけないと。
 それに、どうしたことだ。

「霊夢がいない?」

 賽銭箱手前のスペース、いわば上座の席がぽっかりと空いている。今日の主催らしい霊夢が参加しないわけないのだが。
 彼女との距離感を作り直すといっても、肝心の相手がいなくては計画の進めようがない。これは待つべきか探すべきか。唸っていると奥から歓声が上がった。心を読まれたようなタイミングに思わず首が動く。

 世界がスローモーになった。
 お決まりの紅白姿は炎に染められ鮮烈な色彩を帯び、急ぎ足につられてリボンが踊る。
 何よりも吸いつけられたのは、笑顔。瞳はゆるく弧を描き、ひた隠しにした笑みが小さくこぼれている。感情を素直に出す彼女のことだ、何か喜ばしい秘め事でもあったと見える。その頬は色づいてすらいて薄桃色に淡く柔く霊夢を飾りつけていた。
 なんと年相応に可憐で、みずみずしいこと。
 それは理由を探って頭を回した果てに夢と片づけたくなるほど、あまりに濃い刺激で。撮る気もなくカメラを構えた。直視なんてもってのほかだった。

 上座に着いた霊夢は次々と妖怪の顔を覗きこんでいく。顔ぶれの確認というより誰かを探しているような忙しなさ。けれど彼女のお目当てには出会えなかったらしい。高揚もすっかり収まり、腰を下ろす頃には曇りきった顔で肩を落としていた。

「霊夢〜うまい酒持って来たんだぞー! 最高に気分が良くなるんだ! ほら飲め飲め」
「それより霊夢! 紅魔館秘蔵のヴィンテージ物があるのよ、こっちを……え、なに咲夜? これはグレープジュース? 口直し用の? んんッ、えー霊夢、いいから飲みましょ」
「れいむー! かき氷食べるぞー!」

 霊夢の湿っぽさを察したのか、鬼、吸血鬼、氷の妖精がここぞとばかりに霊夢にたかる。乗っかるように他の妖怪も押し寄せ、ぎゃーぎゃーと押され引かれて──霊夢は爆発した。

「もうゴチャゴチャするな! あんたらそこに並べ! 話は一人ずつよ」

 妖怪たちの間抜けな返事のアンサンブル。仏頂面の霊夢だが活力は戻ったように見える。彼女が来客を煙たがるのは形だけの場合が大半なのだ。
 あの調子で取材も受け止めてくれたらいいのに、あの子は私への風当たりばかり強い。幾度もからかってきたから仕方ないことか。親指の腹で下ろしたカメラをなでた。

「あんたらねぇ順番くらい適当に決めなさいよ」

 ふと上がるのは霊夢の呆れた声。萃香さんと吸血鬼が列の先頭をめぐって揉めていたのだ。どちらも生粋の強者ゆえ、譲るのは我慢ならないのだろう。そこに魔理沙が割って入って二人に耳打ちする。そろって笑みを浮かべた鬼と吸血鬼は片肘を地面につけて手のひらを握り合った。
 つまりこれは鬼同士の腕相撲。紙面トップ間違いなしの特ダネじゃないか! 

──特ダネを逃すことなかれ

 腹ばいになった鬼たちは輪をかけて小さく、すっかり人だかりに埋もれている。魅惑的な決着シーンを一面に飾るには向こうの真上まで出張らなきゃいけない。

「ま、そうなると撮れないわよね」

 姿を晒すなんて本末転倒。計画遂行のほうがよほど重要なのだ。ここは耐えて場が整うのを待つしかない。
 ああでも、惜しいなぁ。魅力的でセンシティブな埋め合わせを今のうちに考えておかないと。

 ……?
 誰かの視線。 
 誰かが、見ている。

「────え」

 他が鬼の力勝負に釘づけのさなか、ただ一人流れに逆らって私を射抜く紅白姿。眉間に縦じわを刻みつけ、霊夢が私をねめつけていた。
 全身の熱が集まる。
 どうやって気づいた? 木の葉に遮られて遠目で分かるはずが。いや、それよりも!
 今日の私は何もしていない。そんな顔される覚えはない。そもそもひと月は会ってないじゃないか。
 前に似た焦りが噴き上がる。
 密着取材に圧迫取材、号外投げこみ、盗撮その他もろもろ。私が動けば霊夢は大げさに感情を表してくれた。大抵の場合それは怒りだったわけだが、打てば響く彼女の反応を眺めることは小さな趣味ですらあった。
 けれど、今の彼女が見せるのはさしずめ私自身に対する、怒り。私の意を介さずに向けられた不快の感情。

 明確な拒絶に思えた。

 何が正解だ? 具体的に対処も打てずに霊夢を見やる。視線の送り合いはほんのひと時。霊夢は丸めた没原稿のように顔を歪ませる。次いで口の端に力をこめたと思えば、さっと踵を返した。

「霊夢────」

 歓声にかき消される呼び声。霊夢はその足を止めず、熱気に溶けこんで追えなくなった。自慢の翼なら瞬き程度の距離。たったそれだけの距離を詰められず。見送るしかできず。
 あっけなく当たり前が砕かれる感覚。視界が揺れて、彼女を留め置けないと突きつけられて。

 息も荒くカメラを構えた。



 撮影フィルムを丸ごと使いきり、やっと溜まり溜まった質量に気がついた。スカートの上で重なるのは撮ったその場から現像された霊夢霊夢、また霊夢。雑談の合間を切り取った笑顔ばかりの写真群。どれもが彼女の隣で撮ったような映りをしていた。
 顔を上げて見ると、霊夢は妖怪に囲まれながら酒を片手に談笑している。不快も怒りもそこにはない。私にはなし得なかったこと。枝に体を放り出す。空模様は木の葉に覆われて判然としなかった。

「悪化してるとか笑えない」

 誤算だ。ひと月もかけて処理したはずなのに。私はそれだけ合理的に理性的に、判断できるはずだった。

──そんな近くにいて大丈夫なの?

 蝉も鳴き始めた蒸し暑い日のことだ、よく覚えている。地面から湯気がのぼる昼下がり、取材八割の心持ちで霊夢に会いに行った。縁側で話しこむさなか彼女が尋ねてきたのだ、「隣に座って暑くないか」と。
 私はおおよそ他人の言葉に耳を貸さない。そのほとんどが私の絶対たる記者の矜持に爪を立てる文句に等しいからだ。私が尊重するのは、己の信念。
 けれどもあの言葉は私を抉った。彼女の真意が私へのからかい交じりの気遣いと理解してなお、動揺して。逃走した。喉に小太刀をあてがわれたような焦燥に苛まれ、己を呪った。

「許せない」

──被写体との関係を詰めることなかれ

 私の信念のひとつ。それがどうだ、霊夢に指摘されるまで私は距離感の狂いに気づかなかった!
取材も忘れて彼女の隣でだらだらと喋り続けて……。
 己の信念に泥を塗るなどプライドが許さない。原因を突き止めるまで霊夢を避け続けひと月。その過程で一つの“異物”と遭遇した。

 私は博麗霊夢を好いている。

 いや、彼女を良く思っていたのは前からのこと。ネタの宝庫たる霊夢の元に入り浸るのも取材の一環だったし、そこにあるのは記者に相応しい打算と好意のみ。忌むべきはその好意になり替わる形で“異物”が巣食っていたことだ。
 霊夢のそばにいたい、笑顔が見たい。
 ネタのためなんて前置きはどこへやら。記者が忍ばせるには相応しくない数多の思いが、腹の奥でとぐろを巻いては静かに、けれど延々と吠えている。
 掘り出した次には埋め戻していた。
 埋めて。埋めて! 埋めて!!
 見なかったことにした。

「早く、戻すべきなのに」

 その果てが先の醜態だ。思いに振り回されて行動を誤った。霊夢を写真に閉じこめても虚しいだけなのに。
 最後に撮った一枚をかざす。赤ら顔の霊夢が甘味を堪能する姿を収めた一枚。ぶどう味のかき氷をほおばるご機嫌な姿が大きく切り取られ、耳を当てれば鼻歌だって聞こえてくる臨場感で満ちている。後にも先にも二度とないベストショットだった。
 鼻で笑う。

「台無し」

 ”霊夢のそばにいたい”?
 ”霊夢の笑顔が見たい”? 
 彼女に近づけず、笑顔にもできない私が撮った偽物の幸せなのだ、これは。
 切り取った世界だけ見ればこんなにも美しいのに、見え隠れする撮影者の影が写真の価値を貶め、暴力的な一枚に作り変えてしまった。私が汚したんだ。

 いっそ破き捨てれば気持ちのやり場もできるのだけど。不可能だ。ここに映るのは紛れもない私が愛した霊夢なんだから。
 一息ついて体を起こす。文花帖を取り出した。暫定として他の写真と併せて挟んでしまおう。家に帰ったら決して目につかない引き出しにでも放りこめばいい。
 開きグセのついた表紙の裏が目に入った。

「“被写体との関係を詰めることなかれ”か……。どちらかっていうと詰めさせてもらえないんだけどね」

 こんな形でも信念を全うしてると言えるのだから滑稽だ。だとしても計画のほうは失敗だろう。
 距離感の再構築なんて、霊夢の一挙手一投足をいちいち考えこむようじゃ話にならない。だから見るのも苦しい倒錯的な一枚を生むハメになる。
 昔の私は自分の志向を操作するくらい容易く行えたはずだ。自らの欲に忠実な生こそ妖怪の本分であり、それをうまく御すのが天狗であり記者として培った合理性だった。
 嫌な汗が浮き出しては背筋を伝う。乱雑にページを飛ばして写真の束をねじこみ、太った文花帖を鞄に突っこんだ。

「あの子に惹かれてやまなかった、だけか」

 一度は目を背け、そして失敗した。
 では妖怪の本分を果たすか?
 それこそ愚策だ。確かに欲求の声を殺したのは、己の信念を害したから。それだけならば、私の気持ちひとつで片づく問題なら、どれほど良かったか。

 霊夢は博麗の巫女であり、幻想郷の要だ。名目上、妖怪の敵である。
 私は鴉天狗であり、天狗社会の一員だ。時に私の意思は組織に縛られる。
 彼女と私は使命も立場も種族も違う。たとえ本懐を遂げようとしても、誰からも、何からも、祝福されることはない。
 何より霊夢は人間で……いや、考えても仕方ないこと。彼女をただの被写体として扱えば何もかも円満に解決するのだから。

「残りたった数十年、ただの記者でいれば良いのよ」

 この欲求は誰にも明かさない。サトリ妖怪にだって渡してなるものか。

「おぅい天狗! そこで何してるんだー?」

 カメラを落としかける。この陽気な、木彫りの玉を転がしたように響く声。覚えしかない。下を覗きこめば案の定、鬼がどっしりと構えていた。

「萃香さん……なぜ私がいるとご存じに」
「んー? カッシャカッシャ鳴ってただろ? 宴がつまらんくなったから正体を見に来たらお前だった」

 指をさされる。 
 ああ。そうか。シャッター音が漏れていたのだ。フィルム一本分も撮りまくれば当たり前だった。

「お耳障りでしたか」
「いんや? 宴会の騒ぎでほとんど聞こえなかったよ。で、こんなとこで何してたんだ?」
「どう考えをまとめたものかと思案していたのです」
 カメラを手にする。嘘は避けつつ誤解を誘うのが私なりの鬼への対処法だ。
「なら私が吸血鬼を負かした記事でも書いてくれるわけ?」
「それはまたの機会にさせてくださいな。今は、別の考え事がありまして」

 つい、と萃香さんは片眉を上げた。

「悩みか? だったら少し休め。良いもんがあるぞ」
「あやややや……、それはどうも」

 ……流れが狂う。満足してお帰りになるのを期待していたのだが。
 私が愛想笑いしているうちに萃香さんは席に戻っていた。敷き物を指で示しながら手招きしてくる。部外者に宴への参加許可をくださるというのだ。かつての部下としてご厚意を足蹴にする愚かな真似はできない。縦社会の嫌なところだ。迅速に木から下り立って萃香さんの隣に正座した。

「それで良いものとは何でしょうか」

 萃香さんはにやりと歯を見せて酒瓶を一本振り下ろす。瓶には”鬼昇リ”と銘打たれていた。

「よくぞ聞いてくれた! こいつはな、飲めば飲むほど気分が昇る代物なんだ。悩みも綺麗に流しちまえて、おまけに喉ごしも滑らか。どんな下戸だって飲める逸品よ」
「宴会を盛り上げるのにうってつけなお酒ってことですね」
「そういうことだ! さ、飲むぞ。霊夢がいなくなっちまったし、酒に強いのはお前くらいだからなぁ!」

 肩に腕を回され、顔に直撃する酒臭い吐息に舌が出る。要は退屈の埋め合わせに私が選ばれたということだ。

「ハイ飲み比べですね……存じてました」

 萃香さんの顔色を窺いつつ、ちまちまと一升枡で飲むことにした。秘宝・伊吹瓢の力でおかわりは文字通り無限に湧き出る。取り分を平らげるほどゴールが遠ざかっていくのだ。しかも私たちの飲み様は肴にぴったりだったらしく、瞬く間に騒がしさに囲まれ声援をもらった。
 腕相撲対決の一幕を彷彿とさせる状況。私が隠れていた木を見やっても、当然霊夢はいない。周囲の参加者に目を凝らしても彼女は見つからない。

 ……もう、会ってすらくれない。

 ミシリ、と枡が悲鳴を上げるのを酒を流しこみ誤魔化した。萃香さんに負けず劣らずのペースで飲みあさる。飲みあさる。計画が狂うとかもうどうでもいい。
 霊夢と会えもしないなら、無駄に回る思考なんて溶け落ちてしまえば良い!


***


 月光が境内の惨状をさらす。弱い三日月の明かりだろうと妖怪の目には昼間の何倍もよく見えた。お開きになった会場には妖怪が飲み捨てた瓶や徳利がそこかしこに散らばっている。嵐の跡と説明されても納得できる有り様だ。
 いつもの寂れた博麗神社。熱で満たされた宴の光景が嘘のように凪いでいた。

「……う」

 ひどい吐き気がこみ上げ賽銭箱に体を預けた。酒が臓腑をじりじりと焼く。ついぞ気分が昇ることはなかった。鬼の酒の魔力が弱いはずないのに。頭だけが重たく鈍いのは喜ぶべきなのだろうか。

「ほい、おつかれさん」

 湯呑み片手に魔理沙が戻ってきた。私の二次会行きを阻止し、残るよう指示したのは彼女である。湯呑みを受け取り水を一気に飲み干した。ん、少しぬるい。

「どうも。それで要件は何? 鬼を騙してまで何がしたいのよ」

 この人間は萃香さんの前に現れて「こいつには先に用がある」なんて嘘をついた。鬼にバレたらどうする気だったのか。……バレてほしかった。そうすればこんな神社からとっとと帰って、今度こそ理性も残らないほど酒に溺れたのに。

「まあまあ用ならちゃんとあるぜ? 霊夢からの伝言がな」
「霊夢、から?」
「“居残れ。さっさと来いバカ鴉”だってよ。お前何やらかしたんだ?」

 床板を小突く。 
 居残れ? 私の前から消えておいて呼びつけるつもり? 虫が良いと思わないのかしら。

「お、おいどうしたんだよ。あいつの物言いがキツいのはいつものことだろ?」
「別に、巫女の妖怪使いの荒さに辟易しただけよ」
「はは、言えてるな。人使いも荒いし。ところでさ、お前は宴会に来るって誰かに伝えたか? たとえば霊夢に」
「……いいえ?」

 含ませた言い方で話を切り出してくる。これでも駆け引きには目ざといタチだ、何か聞き出そうという魂胆だろう。たっぷり間をとってから曖昧な否定だけ返してやる、そのまま放置していると、魔理沙は耐えかねたように続きを白状した。

「実はな。霊夢のやつ、席に着くなり開口一番にお前がいないってしょぼくれててさ。ついにおかしくなったと思ったが……後から本当にお前が現れたしな。うーん」
「……は?」「おー怖いな! まあとにかく頑張れよ。説教ついでに片づけでもさせられるんだろうが!」

 私の返しも待たずに魔理沙は飛び去った。星色の軌跡に目がくらむ。
 風に煽られた徳利が石畳のほうへ転がり、ぶつかり合う陶磁器のノイズが私の思考を追い立てた。
 霊夢は私が来ると知っていた? その上で私に会いたがっている?
 鞄を引っ掴み、湯呑みを放り出して神社の裏手に急いだ。休む暇はない。聞きたいことがいくらでもあった。

 本殿にくっついた霊夢の住まい。そこにずらりと並んだ障子の一つが薄く開いている。その真っ黒い口に手をかけて中を見回した。

「霊夢」

 殺風景な八畳間。返事を聞くより見つけるほうが早かった。
 霊夢はちゃぶ台の向こうで寝転がり、とろけた目で天井を見つめていた。人目もはばからぬ大の字姿は起きているかも疑わしい。何度呼びかけても反応しないので仕方なく部屋に上がりこんだ。細い肩をゆする。

「ちょっと生きてます?」
「んぇぇ? あや? 文だ!」
 瞳は半開きで赤ら顔。私の腕にべたべたと触れてきて声がやたら大きい。頬に伸びてきた手を払った。
「手本みたく酔いましたね。ぜひ講釈していただきたいものです」
「こらぁ! 私は酔ってないわぁ!」
「酔っぱらいが言っても説得力ありませんよ」

 引き剥がした霊夢を手近の座布団に寝かしつける。口をだらしなく開けた姿はあのときの霊夢と似ても似つかない。本来の彼女なら私にこんな笑みを向けるはずないのだ。
 それだけでこの子が、酒の作り出した虚像だと結論づけてしまえる。
 彼女を問い詰めても身の入った答えが返ってこようはずもない。取材の肩慣らしに使えるかどうか、くらいのものだろう。酔いが醒めた後を考えればそれでも利用価値は十分だ。
 ご機嫌に畳を泳ぐ霊夢の隣で膝を折る。文花帖は開かなかった。

「霊夢さん。いくつか質問したいのですが」
「なーに?」
「私が宴会に来ることを、あなたは事前に知っていたと聞いたのですが何故でしょうか」
「あー。お札が反応したからよ」
「お札?」
 霊夢の取材を敢行すると時たま撃たれる専用スペルカードが思い浮かんだ。
「そ。文が来たときのためにそこら中に仕掛けておいたの! すぐ気づけるようにね!」
「えぇ……はぁ」

 いつの間にそんなものを。霊夢のお札は命中した妖怪の精神に痛みを与える彼女の得物だ。口ぶりからして私個人を特定できる代物らしい。出不精な彼女らしからぬ手間のかけ方は不気味だった。

「では私を呼んだ理由というのは? 魔理沙に伝言を頼んだでしょう?」
「んぁあ、文に来てほしかったから!」ピンと挙手をする。
「いやだから、理由ですよ。私を不機嫌そうに呼びつけたワケ」
「なぁい。文に会いたかっただけだもん」

「……いい加減になさい。私をバカ鴉となじっておきながら何もないと言うのですか」

 苛立ちが露呈する。酔っぱらいの言葉を真に受けるのも考え物だが、こちとら不調も収まってない。今の私のスルースキルは十全ではないのだ。
 肩を縮こませ、しばらく押し黙っていた霊夢は急にそっぽを向いた。

「だってずっと木の上にいたじゃん。話しかけてもくれなかったし」
 ふてくされたように零す。
「文は私のそば、嫌なの?」「そんなわけないでしょ」

 咄嗟に遮って、口をつぐむ。自分の声の冷ややかさに気がついた。
 顔を逸らす。まるで自制が利かなかった。これも酒の影響なのか? 飲み損ばかり出てくる。やっぱり鬼に関わるとロクなことはない。
 膝に柔らかい感触が当たって肩が跳ねた。そこにはとろませた顔で頬を擦りつけてくる霊夢。いつの間に。

「私も文と一緒にいるの好きよ!」
「忘れてください戯れ言なので」
「好きでいちゃダメなの?」

 やめてよ上目遣いでそんな。都合良く考えてしまう。違う。私は記者。私の“好き”は被写体に、ネタに向けるもの。垣根を安易に踏み越えて得する者はないの。

「……正直な感情というのは一概に正しさと直結しないんですよ。私には、ことさら複雑な問題なんです」

 ここにいたら変になる。要らぬ言葉を吐いてしまう。霊夢は躊躇なく寄ってくるし好きと叫んではばからない。
 そばにいたい。笑顔が見たい。私の欲求を愛撫し駆り立てる空間!
 立ち上がった。
「どこ行くの?」
「帰ります」
「なんでよ。行かないでよ!」
 高下駄を履く間にも抗議が背中に投げられる。何度も何度も。譲れない。心地良さに溺れたら、私はきっと前途の険しさも頭に置かず、あっさり垣根を飛び越えてしまう。
 急に後ろに引っ張られ尻もちをついた。振り向くと腹ばいの霊夢がスカートの裾をキツく握っていた。目が合う。

「一緒にいてよ」

 上ずった声。筋が浮き上がったこぶし。霊夢が月に濡れその全てが浮き彫りになる。妖怪の目がなければ良かった。その顔が暗闇に紛れていれば、うるんだ瞳に気づかず済んだのに。眩しかった。西日の茜色を炸裂させる瀑布なんかよりよほど。
 そして私が霊夢の心地良さを破壊した事実を目の当たりにして。

「……私に話しかけないなら」

 ほんの小さく譲歩してしまうのだ。



 月光の差さない部屋の暗がりに身を寄せる。どうしても視界に入る光は翼で目元を隠して対処した。霊夢は縦横無尽に畳を転がっている。約束通り話しかけないどころか近づいてもこなかった。
 今の霊夢に気を遣うなんて発想があるかは知らないが、動揺させたのは確かだ。あるいは恐怖か分からないけど。あの子の心を傷つけるのは私としても本意じゃない。心、といえば。
 
「好き、ね」

 悩みを綺麗に流してしまえる酒、と萃香さんは言っていた。おそらく霊夢も同じものを飲まされたに違いない。
 あれが彼女の本心だとして。拒絶を突きつけてきた彼女に限ってありえないけど、本心だとして、何故ああも容易く音に直せてしまうんだ。
 それとも私の認識がおかしいのか? 本心は暗幕に隠し、言葉のマントで追及をかわす。腹の底は決して見せずに目的をなす。鴉天狗(わたし)はそうやって生きてきた。本当の意思を晒すのは自らの弱みを、隙を見せることだから。何故、あなたは。

──私も文と一緒にいるの好きよ

「私だって……」

──そんな近くにいて大丈夫なの?

「でも私は記者で、妖怪だから……」


***


 ちらつく光に目が覚めた。滲んだ汗で背中と羽が蒸れている。体じゅうが痛い。

「座ったまま寝てたなんて」

 腰を上げ翼で二、三度空を叩く。開いた障子からは真っ白い光の舌が一本生えている。日はとっくに高いのに霊夢は部屋の隅で横になっていた。壁に貼りつく格好で表情は見えないが、相変わらずのぐうたらっぷり。帰るなら今しかないだろう。
 本当なら昨日のうちに振り切って出て行くべきだった。昨日のコンディションであれなら、素面で取材に臨めば心を晒す失態は犯さない。そうすれば記者の私に戻れる。被写体として霊夢を扱える。そうすればずっと──。
 障子戸に手を伸ばす。

「────いッ!?」

 ……お札!?
 激痛。力技で貼りついた札を剥がせば、赤黒くただれた手首が露わになった。いつもより痕がひどい。落ち着け、心が乱れてるからこの程度で傷を負うんだ。
 横を睨みつける。お札の投てき者がツンとした顔で突っ立っていた。

「おはよ、文」
「……おはようございます。刺激的なご挨拶をどうも」
 剥がしたお札を風の刃で粉砕する。
「コソコソ帰ろうとする失礼な鴉にはお似合いでしょ?」

 この喧嘩腰。雑魚妖怪なら目が合っただけで逃げ帰る双眸(そうぼう)。さんざん見てきた不機嫌な霊夢。だからこそ対処の仕方も心得ていた。

「あやや失礼しました。では改めて、今日はもうお暇します。“取材”の準備で忙しくなりますから」
 それは刺激せずに手を引くこと。もう彼女も酔ってないだろうし昨夜みたく引き留められることもあるまい。そう思いつつ鞄を担ぎ上げると、異様に軽い。留め具を外すと中は空っぽだった。
「カメラとネタ帳探してるんでしょ?」
 鞄を取り落とす。
「あなた、まさか」
「なんで隠したかって? 随分呆けたこと聞くのね」

 吐き捨てるように言い放ち、霊夢は袖から一枚放る。雑に捨てられたそれを風で捕まえてぎょっとした。かき氷をほおばる霊夢──私が文花帖に挟んだあの一枚だったのだ。
「これは……」
 続けざまにバサバサと写真の滝が轟く。その一部は裏返っているが察するには十分。すべて昨晩撮り溜めた写真だ。
 霊夢は容赦なかった。

「いやその、すいません。巫女はどうしてもネタになるもので……あはは」

 見え透いたごまかし。けれど私なりの反撃だ。私が盗撮したと知れば霊夢は針やお札を射かけてくる。さんざん繰り返したお決まりの流れ。少しでもいい。私の意に沿って動いてくれれば、立て直せる。

「これ全部隣で撮ってますよーとでも言いたげね」

 胡乱(うろん)な目つきを崩さず髪をすく霊夢。視線がかち合う。

「あんた昨日なんて言ってた? 部屋の隅に座りこんで」
 息が詰まる。
「さあ、いちいち記憶に留めてません」
「とぼけないで」
 ただの好奇心か?
「そんなんじゃないですって。私も結構飲んじゃったんですよ」
「……本当に一から十まで忘れてるっていうの?」
 散らばった写真を踏みつけ、霊夢はにじり寄って来る。
「それは言い過ぎですけど、霊夢の聞きたいことは覚えてないでしょうね」
「なにそれ。言いたくないだけじゃん」
「ええ。言いたくないもの」

 大股あと一歩。そこまで詰めて霊夢は足を止めた。
 壁に突き飛ばされる。背中が痺れる。両手首ともキツく締め上げられ、火傷痕に響く。写真も指から離れてしまっていた。

「強引な巫女」

 口の端を歪めて煽ってやる。力に訴えても厄介を生むだけ。ならこの場で言いくるめるしかない。

「うっさい。あんたはいっつもそう。旗色が悪くなればすぐに逃げ出す。誤魔化す」
「随分とまあ酷な話ね? 怖い顔した巫女に詰め寄られて身の危険を感じないほど愚鈍じゃないわ」
「そんなのでごまかせると、本気で思ってんの」
「あなたが相手じゃ無理でしょうね。ですが私は口達者ですよ?」
「昨日も質問だとか言ってべらべら喋ってたのもそのおかげ?」

 なるほど、そこまでの記憶はあると。人間と天狗じゃ頭の回転が違うというのに、腹の探り合いを仕掛けるつもりか。私とて簡単に口を割る気など毛頭ない。

「あんたも萃香の用意した酒を飲まされたんでしょ? 悩みを吐き出しちゃうってやつ」
「それで? 仮に私が本音を吐き出していたとして、あなたがその事実を得て何か誇ることがありますか?」
「ないわ。でも昨日のあんたは間違いなく苦しんでた」
 鼻を鳴らす。
「教えてよ。ひと月前から急に来なくなったのと関係あるなら、もしかして私が」
「お断りよ」

 霊夢を振りほどく。胸ぐらを掴んで翻り、壁に叩きつけた。羽根が辺りに散る。

「知ってどうするつもり? 共感したいの? 否定したいの? 私は何も欲しくない。だから、私に求めないで」

 心配してくれてるのだろう。受け入れるなんてできない。打ち明けたところで私も霊夢も得しない。何故今日に限って踏みこんでくるの? 何故私の底を覗こうとするの!
 全霊を注いで凄んだ。けれど霊夢は気圧されない。それどころか対抗心に似た熱を瞳の奥に燃え立たせた。
「ふざけんじゃないわよ。勝手に自己完結して押しつけてきて。私のこと知ろうともしないくせに!」
「……なんですって?」

 私が霊夢を知ろうとしない?
 異なことを。霊夢のなすこと一つひとつが目についてその裏を考えてばかりだった!

「ひと月前、あんたが急に来なくなって」

 瞳の熱に反し、霊夢の語り口はどこか穏やかだった。

「何かしたかなって思い返して、
あんたにだけ反応するお札を仕掛けて、
宴会で反応があったから急いで見に行って、
でもあんたはいなくて、
かと思えば木の上で隠れてて、
いつまで待ってても下りてくれなくて、
あんたを呼びつければ二人きりになれると思って、
でもあんたは嘘ばっか否定ばっか誤魔化しばっかで。
ムカついたわ。それでも、また会えて話せて、残ってくれて嬉しかった」

 言葉の、弾幕。ずるりと垂れた腕を霊夢がすくい取る。汗ばんだ熱い手のひらが包みこんでくる。力強く、固く。

「ねぇ文。自分一人で抱えこんで苦しんで、一番割食ってるのはあんたでしょ? 言ってよ文の全部。本当の気持ち」

 搾りカスみたいな声で縋られた。

「無理よ。とても言えない」

 深く追及されると身構えた。詰問されればもう騙せないのも予感していた。けれど霊夢は、私の片頬に指を滑らせる。薄く色づいた霊夢の肌。私が目を奪われた、あの秘めた笑みを想起させる顔。怒りとも悲しみとも結びつかない色合いに”良くないもの”を感じ取った。彼女の二の句を悟ってしまった。

「待ってよ霊夢。あなたにも博麗の巫女としての体裁があるでしょう!? 私だってそう。誰も認めるわけない! 苦しいだけよ!?」
「文句言うやつは全員ぶっ飛ばして認めさせれば良いのよ。それに私は私の気持ちを見なかったことにしたくない」

 一歩下がれば一歩詰めてくる。霊夢の唇が弧を描き、予定調和のように音を作った。

「好きよ、文」

 刹那。
 彼女を抱きしめた。薄い背中を強く、キツく、背骨を砕かない程度に。締め上げたと形容するほうが正しい。かすれた霊夢の呻き声が耳を突いた。お願い。いっそ嫌ってよ。痛い、離せとののしってよ。お願いだから。
 けれど霊夢はおぼつかない手つきで私の背を探ってくる。

「ありがと」

 やがて腕を回してきて、霊夢の吐息がうなじを撫でた。
 逃げられない。逃がしてくれなかった。
 好き。私と同じ思いと告げられる。その思いが固いものとはっきりする。叶うなら絶頂の余韻にえんえんと身を沈めていたい。
 愛しあえること。どれほどの幸運だろう、どれほどの幸福だろう。私たち二人ならどんな行く手の障害も”ぶっ飛ばせる”自信が湧き起こる。
 なればこそ、彼女を否定しなくてはならない。粘ついた唾液を飲みこんだ。

「私は怖い。あなたを喪うときが」

 締め上げる腕を緩める。

「被写体として特別ならまだ諦めがつく。他の替えで補えるネタ、と思えば済む。でも私の唯一無二に、特別になってしまったら、自分を誤魔化すこともできない」

 霊夢は博麗の巫女である前に一人の人間だ。妖怪からすればあっという間に死ぬ生き物だ。彼女は私を置いて逝く。霊夢と共に過ごす時間を尊く思うほど、その喪失の虚無は無限に広がる。虚無は遠からず私を殺す。妖怪の精神は人よりもろい。

「あなたを喪ったとき、私は耐えられない」

 彼女の死。
 己の死。
 恐怖。
 そう、これは。私の腹の底。身勝手で独善的で傲慢で救いようのない私の都合。

「それが文の、本当の気持ち?」

 うつむいた霊夢は私の肩に額を押し当てた。背中に回された腕が強まる。触れ合った部分から熱く濡れていく錯覚を起こす。その錯覚も私の肯定ひとつで容易く肉付き、霊夢を傷つける。私の本心には違いないのに。彼女を傷つけるのは。それは、私が望んだ結果じゃない。
 顔を背けたその先。

 光の中に、一枚。

 ぽつんと写真が落ちている。
 日を吸って薄い白化粧をまとうそれは赤ら顔の霊夢が甘味を堪能する姿を収めた一枚。ぶどう味のかき氷をほおばるご機嫌な姿が大きく切り取られ、耳を当てれば鼻歌だって聞こえてくる臨場感で満ちている。
 そばにいたい。笑顔が見たい。私の思いが形をなしたもの。己の手でさんざん打ち据えた欲求が待ち構えていた。あたかも初めから私の前に現れると決まっていたように。

──己の真実に背くことなかれ

 私の信念のひとつ。カメラも文花帖も手元にない。そのくせ記者の信念を持ちだすなんて噴飯ものの身勝手だ。真一文字に口を結ぶ。
 最後まで私の気持ちひとつで振り回してしまう。霊夢は怒るだろうか。やっぱり私は、どれだけ理屈と理由で固めても、妖怪だ。
 彼女を呼ぶ。目を逸らすことなく。
 使命。
 立場。
 種族。
 寿命。
 私たちは何もかも違う。それでもたったひとつ通じあうもの。私の真実(ほんとう)の気持ち。

「私はあなたが好き」

「愛してる」

 やっと、やっと吐き出して。視界が歪んで光の粒でいっぱいになる。
 熱いものがぼたぼたと溢れてきて拭っても拭っても止まらない。霊夢の顔もまともに分からない。苦しんでないだろうか。気を悪くしてないだろうか。笑っているだろうか。
 
「嬉しい」

 震えた声と鼻をすする音。
 翼で全身をくるんだ。霊夢の腰から腿から膝裏まで全部ぜんぶ真っ黒に変える。決して離さないように。

「ええ、ええ……! 喜んでくれないとね」

 霊夢を受け止め、くるりくるりと二回転半。並んで壁に倒れこみ畳に足を投げ出した。二人して落ち着くまで手を握り続ける。もはや添える程度の力で十分だった。

「気が抜けたら思い出しちゃったわ。宴会の片づけしなきゃいけないんだ」
 日が段々と強まってきた頃、すっかり鼻声のとれた声で霊夢は口を開いた。なんてことない日常の口ぶり。
「片づけ……ふふ」
「なんか笑うことあった?」
「ちょっと思い出してね。あとはそうね、やっと戻ってきたんだなって、感慨かしら」

 肩を寄せる。暑いと愚痴りもせず霊夢は肘の先までくっつくてきた。

「片づけ手伝ってくれる?」
「もちろん。でももう少しこうしてましょ? 今までの分も含めてね」
 指を絡める。
「それに多少荒れてようが参拝客も少ないから人目につかないし」
「こぉら」

 顔を見合わせて吹き出した。そうしてまた、蝉の声だけが部屋を跳ね回る。
 そろそろ頃合いだろう。自由なほうの腕を伸ばして写真をつまみ取った。霊夢のご機嫌な姿にまた頬がゆるむ。顔がだらけきって今日はずっと戻らない予感さえする。手首の傷痕は見る影もなくなっていた。

「文の大事な写真?」

 霊夢が手元を覗きこんでくる。胸を張った。

「ええ。自慢のベストショットよ」
幸せになってほしい
Kオス
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コメント



0.110簡易評価
3.100名前が無い程度の能力削除
文が一番拗らせてるようでいて実のところ霊夢の方が相手に対する感情をよっぽど拗らせてるのめちゃくちゃ良いですね…
自分もあやれいむには幸せになってほしいです
4.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
5.100サク_ウマ削除
強火の百合でした。良かったです。
6.90名前が無い程度の能力削除
あやれいむいいですね
7.100ヘンプ削除
貫徹できていたと思います。文は悩んでいたとしても絡めとる霊夢はすごいと思いました。面白かったです。
8.100南条削除
面白かったです
矜持と感情の間で苦しむ射命丸がよかったです