Coolier - 新生・東方創想話

贋作者の空

2021/05/16 21:04:15
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● 贋作者の空



 紅魔館の屋上にその建物ができたのは、夏も終わってそろそろ涼しくなろうかという頃だった。実際のところ、その建物がいつ出来たのか確たることは知れないのだが、そびえる時計塔の根元に蹲るように丸いドーム屋根の建物が新設されたのを、魔理沙が発見したのはその頃だった。

 紅魔館のメイド長、十六夜咲夜の言では地下の図書館に住む魔女が勝手に建てたということらしかった。そして事実上紅魔館を取り仕切る彼女でさえ、それがいつ出来たのか知らなかった。気付いたらもうあったという。

「ほら、よくあるでしょ。魔女が一夜にしてお城を建てちゃう話とか」

 「建物」は小さなものだが石造のしっかりしたもので、暗い灰色の無骨なその外観は、気取ったヴィクトリア調の紅い館にはどうにも似合っていなかった。そのくせ半球状のドーム屋根は金属をそのまま打ちつけたように鈍く光って、その「建物」が均整の取れた館にあとから付け足された異物であることを主張していた。秩序の信奉者であるメイド長は、わざわざ外から見える場所にそんな物を作った魔女が気に入らないようだった。

「新しい部屋がほしいなら、私に言えばいいのに。図書館を広げて一部屋作るのなんて簡単なのよ? そもそも部屋なら大も小も幾らでも余ってるのよ。なのにあんな不恰好なの造るなんて」

 魔女が咲夜に頼まなかったのは、きっと専門性の高い何か特殊な部屋が必要だったからだろうと当りをつけた魔理沙は、傍から見ても判るほどうきうきとした足取りで屋上への階段を上がった。

 近くで見ると「建物」はより異様だった。八角形をした「建物」には重そうな扉が一つあるだけで窓も通気の穴も隙間も一切無く、装飾らしい装飾は壁の所々に星座の記号が彫られた石が嵌っているくらいだ。一周しながら「天秤宮、天蠍宮、人馬宮……」と石に触りながらぶつぶつ唱えてみたが、占星術も土占いもからっきしな魔理沙にはさっぱり何もわからなかった。
 何も判らないまま一周して扉の前に戻った魔理沙が開かないだろうと思いつつ扉のノブを引くと、それは簡単に開いた。中は2畳もないほんの小さな部屋で正面にまた扉がある。照明は何もなく、おまけに扉はばねか何かの力で手を放すと勝手に閉まる不思議な物だった。

 それで、魔理沙は少し用心する事にした。外への扉を開けたまま中の扉を開けることは出来なそうだし、扉は押さえてないと勝手に閉まるから、もしかしたら真っ暗なこの小部屋に閉じ込められてしまうかもしれないし、中の扉の向こうに何があるか判らない。まさか死ぬような罠は無いだろうが、へまをやって嗤われるのもゴメンだ。なにせこの建物は魔女が造ったものなのだ。何があってもおかしくない。
 魔理沙は外の扉を体で支えながら箒の端を掴んで精一杯のばして内側の扉を二度三度と突いてみる。ノブも把手もついていない内側の扉は押せば開くようだったが、やはり力を加えないと勝手に閉じるようになっているようだった。

 何度か箒で内側の扉をつついて、いい加減もどかしくなってきた頃、その扉が突然開いて、驚いた魔理沙は箒を取り落とした。半分ほど開いた扉から図書館の魔女が覗いていた。
「ただの二重扉よ。光が入ると困るから」
 呆れ顔の魔女が言い、顔を真っ赤にした魔理沙は何事かもごもごと不明瞭な声を出した。「入るならさっさと入りなさい」と言って魔女はまた扉の向こうに引っ込んでしまった。魔理沙もさすがにこれ以上躊躇する理由は無かったので、落とした箒を拾い上げて内側の扉を押した。


 ◇◇◇


 「建物」に入った時、魔理沙はぽかんと口を開け、ほとんど放心してしまった。それから自分の放心に気づいて、ここは殆ど真っ暗だから、自分の呆けた顔もきっと見られていないと安心した後、こんな暗闇で何か作業をしていたのだから、あの魔女は確実に暗視の魔法を使っているはずで、なら見られたかもしれないと、慌てて辺りの闇を見回したりした。

 「建物」の中は、星空だった。

 その星空が「建物」の丸いドーム屋根の内側に映し出されたものだと気付いたのは、ずっと後のことだ。しばらくの間、魔理沙は星空を見上げながら、昼から夜へ屋内から屋外へ時間と場所を同時に跳躍させた魔女の技について考えていたし、もしかしたら「建物」の内側に他の時間と場所を呼び込んだのかもしれないと考えたりしていた。それほど星空は正確だった。占星術を能くしない魔理沙とて、魔女にとっては必須知識だからそれなりに夜空を知っている。魔理沙の頭上には丁度この時期の真夜中の星空があった。それはただ単に星々の正確な位置を指し示しているだけでなく、それぞれ別の色をたたえ闇の中に瞬いてさえいたのだ。

 そうして、魔理沙はしばらくぼうと上を見続けて、ようやく自分の首が限界に近づきつつあることに気付いて頭を戻した。

「おいパチュリー。これは、何だ」
その声からは、静かな興奮と驚きが隠しきれていなかったが、もはや構うものかと思った。
「おい、パチュリー?」

 魔理沙より先に「建物」に入った筈の魔女はどこへ消えたのか、応えもない。ここで魔理沙が「暗視」も「光」も使わなかったのは、図書館の魔女の技に対する敬意からかもしれないし、純粋にこの星空を汚したくなかったからかもしれない。

 半ば茫然とした魔理沙が二つ三つ足を進めると、淡い星明りの中にかすかに見えるものがあった。傍まで行くと、それは大きな安楽椅子で、クッションのしっとりした手触りと柔らかさに、迷う間もなく魔理沙は埋まり込むように座った。目の前の足置きが足を乗せろと誘ってくる。高価に違いない紅魔館の家具を泥だらけのブーツで汚すのは気が引けたし、かと言って、ここでブーツを脱ぐのもおかしい様な気がしてしばらく迷ったが、結局魔理沙は思い切ってブーツの紐を解いて誘いに乗った。ふかふかの安楽椅子は星空を見上げるのに都合よく作られていて、ほどよく倒れた背もたれが頭まで支えてくれた。自由になった足の指を閉じたり開いたりしながら、この心地よさはどうだろうと思った。

 魔理沙は魔女の天球に見とれた。
 言ってしまえばただ夜空を見上げているのと変わらないはずなのに、虫の声も木々が風にざわめく音も、夜の湿度も風の匂いも、夜空を見上げる時そこにあって然るべきものが、この石造りの密室の中には何一つ存在しないのだ。星空は実物と寸分の違いも無いはずなのに、星空を見上げる自分は現実ではないような、そんな気がした。
 視界は一面星の海。その中で、音も無く、匂いも無い。柔らかなクッションに沈み込んでいるうちに、それを感じる皮膚の感覚もだんだんと薄れていった。

 そうして、魔理沙は、星の海に浮かんだ。

 ――箒はどこだっけか。
 と、魔理沙はまず見回した。実際のところ、空を飛ぶのに箒は必須ではないが、魔女たるもの飛ぶ時には箒に跨らねば、というのは魔理沙にとってそれなりに強いこだわりだったから、一応は探したのである。無論、夜空に箒が浮いている訳は無いから、魔理沙はそのままだった。それから気付くと、頭の上のとんがり帽子も無い。箒もない帽子も無い。自分のトレードマークと言える物をまるきり失って、魔理沙は妙な気恥ずかしさに顔を赤くして、しばらく悶えた。別に恥ずかしがる必要が無いのは分かっていたが、持ってて当たり前の物を持っていないというのは、何か恥ずかしい気分になるものだ。寝癖頭で人前にでていたのに、後から気づいた時と同じような感じだ。

 しばらく妙な心細さにもじもじしていた魔理沙も、目の前をかすめる矢のように飛ぶ流星や、規則に従ってゆっくりと動く名も知れない恒星の色を見ているうちに、いつの間にかその海の一員になったつもりになっていた。
上も下も、右も左も無い。浮かぶ星々の間で、魔理沙は柔らかく手を広げ大の字になって飛んだ。1番明るい星に向かって潜り、北極星に向かって浮かび、その周りを何周もした。 こんな姿勢で飛ぶのは初めてかもしれないと、広げた手足を眺めて、そう思った。
いつもみたく、帽子のつばを下げ、風圧に耐えて身を縮め、鐙に足を突っ張るようにして飛ぶのも好きだが――こういうのも、悪くない。「まるで、アイツみたいだな」と神社の巫女を思い浮かべ、ふわりと緩慢に宙返りしてみたりした。

 そうして夜空を漂っていると、どこからかクスクスと押し殺した笑い声が聞こえてくる。目に映る星空以外になにも無かった筈の空間に、その音を聞いて魔理沙は急に重力を感じたのだった。


 目を開けると、やはり星空があった。しかしもう、魔理沙は浮かび上がったりしなかった。
 痺れたようになっている身体の感覚を取り戻すために目一杯手足を突っ張って伸びをした後、頭を少し持ち上げると、すぐ傍に魔女が座っているのが見えた。本を手元に置いていない彼女を見るのは、きっと珍しいことに違いないとぼんやり思った。

 「随分と楽しんでいたようね」
 「ああ、笑われたな。ま、その通りだよ」

 魔理沙はあくびを一つして身を起こした。頭に手をやると、やはり帽子は無い。きっと安楽椅子の向こう側に落ちてしまったのだろう。

「さすがは魔女の幻術だ。恐れ入ったよ」
「私も珍しい物が見れてよかったわ。いつもはすばしこい小ネズミが警戒感皆無で寝入ってるんだもの。寝言まで言ってどんな夢を見ていたのかしら」
「おい、悪趣味だぞ」

 魔女はまたクスクス笑って、床上5センチを滑るように出て行ってしまった。それをぼんやり見送って、魔理沙はもう一度天球を見上げた。夜空はまだそこにあったが、しかし先ほどより贋物じみた感じがした。

 あの「建物」を「プラネタリウム」というのは、あとから聞いた。なんで造ったと尋ねても、魔女は「ただの手慰みよ。理由なんてないわ」とそっけない。「手慰み」というには凝りすぎで、使われたであろう魔術の高度さを考えれば手間も相当にかかっているはずだが、定命に縛られず暇を持て余した魔女にとってはそんなものかもしれないとも思った。

 しばらくして「プラネタリウム」は公開された。といっても、悪魔の館、紅魔館に里の人間が大挙して押しかけるようなことはなく、見に来たのは普段から紅魔館で暇つぶしするような者ばかりだった。それでも、館の当主はまるで我が事の如く胸を反らして自慢し、紙面を埋めるのに苦労した天狗が新聞に載せたりもした。

 紅魔館の屋上からその「建物」が消えたのは、彩づいた山もそろそろ褪せようかという頃だった。実際のところ、プラネタリウムがいつ消えたのか確たることは知れないのだが、魔理沙が漂うように飛んだ魔女の天球は、その頃には綺麗さっぱり無くなっていた。
「お嬢様は気に入ってたいらしたみたいだけど」とカートを押しながらメイド長は魔理沙に垂れた。
「無くなって清々したわ。妖精メイドの子達ったら、アレに入り浸りだったのよ。それで星を見てるのかと思ったら、皆して中でスヤスヤ眠ってるんだから。呆れるわ」
 それで、自分も魔女の天球の下スヤスヤ寝てた魔理沙は妙な気分になって、なにかモゴモゴと言ってメイド長に変な目で見られたりした。図書館の魔女には会えずじまいだった。別室にこもって何かしていると司書の使い魔が言っていた。言付けを頼もうかとも考えたが、素直な言葉を口にするのが気恥ずかしくて、魔理沙はそのまま紅魔館を後にした。


 ◇◇◇


 雑草だらけの博麗神社の庭も、ようやく枯れ色になった。よく晴れているのに風の冷たい昼で、魔理沙はスートの裾で素足を念入りに覆って、太ももを擦った。「炬燵はまだか」と言うと巫女は「アンタの目はガラス玉かなんかなの」と庭のほうを指さした。炬燵布団が物干しに垂れている。向こうの空はただ青い。星もない。

「なぁ、霊夢も見に行ったろ? プラネタリウム」
「んー、あの紅魔館の?」
口のミカンを飲み込んで、巫女は言われるまで忘れてたといった表情で応えた。
「うん。どうだった?」
「どうだったって、アンタ行かなかったの? 普段あんな行ってるのに」
「いや、見たよ。というか公開前に貸し切りで見たけどさ。まぁ私のことは置いといて、霊夢の感想が聞きたいんだよ」
「感想って……変なのって、そんな感じ」
「……変なのって、んんー。変、かな?」
「だって夜空なんて、陽が沈めばいつでも見れるじゃない。なのに態々あんなの造ってさ。変でしょ」
巫女は次のミカンに手を伸ばし、そっけない。
「……そうか、変か」
 魔理沙はぽつりと言い、ちゃぶ台に肘をついて雲一つない晩秋の空に目をやった。あんな真っ青で何もない空でさえ、自分には再現できそうにない。
 屋上さらに屋を掛け、夜空を屋根で覆ってそこに星空を映すというのだから、それは確かに変なのだろう。星は贋物、夜も贋物、しかしその贋物の夜空で、確かに魔理沙は心地よく空を泳いだ。今になって思い出すと、箒にまたがって本物の空を往く時より、ずっといい気分だった気がする。

――ふわりと、漂うように。

ため息をついて、横目でちらり。ミカンを食む巫女は、まるで魔理沙の視線に気づかない。
「なぁ、霊夢。ちょっと飛んでみてくれよ」
「へ? どこに?」
「いや、どっか行くとかじゃなくて、こう……何するでもなく、フワっとさ」
「はぁ? 私が飛んで、あんたは?」
「ここで見てる」
巫女は眉根を寄せて変なものでも見たような目をする。
「なにアンタ、気持ち悪いわよ」
引かれたなと、魔理沙は1人苦笑して、また秋の空を見た。

あんな気分には、しばらくなれそうにないなと、そう思った。


 (了)


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inuatama
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コメント



0.200簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
3.100名前が無い程度の能力削除
「……冗談よね?」を久々に読みたくなって
こちらに寄ったら新作があってうれしかったです。
いつも素敵な作品ありがとうございます。
4.100名前が無い程度の能力削除
純粋な魔理沙が素敵でした
5.100UTABITO削除
 拝読いたしました。
 とても素敵なお話でした。
 魔女により作り出された贋物の夜空は、贋物であることが分かっているというのに、どうしてこんなに安らぎを与えてくれるのでしょう…その夜空は、制作したパチュリーにとっては、どんな思いが込められた夜空だったんでしょう。
 自分も星が好きで、そしてプラネタリウムが好きなだけに、眠りにつき、夢の中で星の海を泳ぐ魔理沙や妖精メイドに共感出来ました。ありがとうございました。
7.100名前が無い程度の能力削除
とてもよかったです
8.100夏後冬前削除
こういう少女感のある等身大っぽい魔理沙すごく好きです。自分もフワフワと漂うような感覚がありました。楽しかったです。
9.100名前が無い程度の能力削除
プラネタリウムに浸る魔理沙が良かったです。基本的にラーニングを得意とする魔理沙だからこそ、贋作の空に特別感を感じるのだと思いました。面白かったです。
10.100めそふ削除
とても綺麗なお話でした。
プラネタリウム、椅子に座ってゆっくりと眺める偽物の星空は確かに眠気を誘うものです。でも、それほど心地良い空間であることは間違いなく、ちゃんとあの雰囲気に浸れた魔理沙はどうしようもなくロマンチストで可愛いと思いました。
11.100Actadust削除
情景がとても綺麗でした。
魔理沙だけがパチュリーの求めたものに気付いているみたいな、好奇心を分かっている二人が素敵でした。楽しませて頂きました。
12.100南条削除
とても面白かったです
いろいろな人がプラネタリウムを見たのでしょうが、パチュリーが見せたかったものを真に感じ取れたのは魔理沙だけだったのかもと思うと胸が熱くなります
素晴らしかったです
13.100名前が無い程度の能力削除
よかったです。
15.100名前が無い程度の能力削除
貴方の作品はいつ見ても雨の匂いがして落ち着きます
「棒」を久々に見に来たら新作の良いものが見れました、ありがとうございます
16.100名前が無い程度の能力削除
とても静かな雰囲気の文体だと思いました。シナリオも落ち着きがあって、読んでいてとても暖かな気分になりました。良い作品です。