海へ行こうか、なんて唐突に言うから驚いた。
魔理沙が何処かへ行こう、と言う時はいつも幻想郷の外側へ行くみたいに聞こえた。一緒に死のうか、と言われてるみたいだった。笑った顔の口元だけに目が吸い寄せられて、うん、そうね、と言った。
どちらにしろ、今以上の何処かに行ける気がしていた。
強迫観念、という言葉が浮かんだが直ぐに消えた。その頃の私の返事はすべてイエスだった。私はまだ小さくて、のっぺらぼうみたいな顔をしていた。魔理沙は私の手を引いた。私はイエスと言った。
「あっちの方に何があるのか確かめてみるつもりなんだけど、霊夢も行こうぜ」
「うん。いいわ」
幼い私たちはよく一緒に遊んだ。博麗神社によく魔理沙が遊びにきて、私を誘ったのだ。その日も魔理沙は大きな帽子を被り、大きな箒を引き摺って遊びに来ていた。地面に座り込み、顔を突き合わせた。
彼女の人差し指が遥か向こうを指している。
「よしよし。じゃあ探検隊結成ってことでお前に仲間のしるしをやろう」
「しるし?」
大きな帽子を被った魔理沙は、ずり落ちるそれをぐいと上げ、私に微笑んだ。魔理沙は太陽の子だった。のっぺらぼうみたいな私とは大違いで、はっきりと思ったことが顔に出る正直者だった。ひねたところもあったものの、それも含めて恐ろしい程真っ直ぐに笑う。
小さな手で見せてくれたそれは、金属で作られた星形の板だった。
「前こーりんが作ってくれたんだ。服に付けられるようになってる。付けてやるから」
「うん」
魔理沙が近づいてきて、私の首もとから服に手を入れる。「うひゃっ!」魔理沙は私を見て、不思議そうな顔をした。「あ……ううん」目を反らした先で、蟻が行列を作っていた。熱くなっていく顔から意識を飛ばす。蟻は死んだカマキリを運んでいた。私はなぜか魔理沙と初めて会った日のことを思い出した。
「あ、待った」
声に反応して、カマキリから目を離した。顔を上げた魔理沙と目が合う。ぼんやりとした顔の彼女はなんだかおかしかった。真っ白な顔に黒く影を落とし、表情がよく見えない。
魔理沙はほんのすこし、顔を傾け私の口を吸った。
「……嫌い?」
呆然としていた。間違いかと思い、指先で唇に触れる。飲み込んだ唾が生々しかった。唐突に、私は様々なことを思い出した。私は自分が巫女であることを思い出した。それは呪いのように昔から決まっていた。
魔理沙を見ると、寂しげな顔をしていたので、思わず私はじいと見つめ、ゆっくりと目を閉じた。彼女はもう一度私に口づけをした。
私を見つめる魔理沙に、私は首を横に振った。初めてノーと言ったのだ。魔理沙は泣きそうにして微笑んだ。
何事もなかったかのように日々は過ぎていった。
相変わらず私たちは一緒に遊んでいたし、一緒にご飯を食べた。同じくらいの背しかなかった私たちは、柱に印をつけ、お互いの成長具合を競いあっていた。その頃、私の成長が著しく、もう勝負になんかならないようになっていた。
冒険隊のしるしを付けた私たちは色々なところに行った。魔理沙が隊長を務めた。私は返事をする。イエス。うん、そうね。いいわ。そう。そう、いいと思うけど。返事はすべてイエスだった。
あの時、唾を飲み込んだ瞬間に甦ったすべてを私は抱きしめていた。確実に変化していた。のっぺらぼうのようだった私は、魔理沙のように思ったように感情を表に出すようになった。そのぶん、私のイエスは浮く。妖怪を退治して、お前は悪いことをしたと言う。人間の悩みを聞き、なんとかしてみましょうと言う。妖精にからかわれ、全員ぶん殴る。魔理沙に星を見ようと言われ、いいわと言う。
ある日、服につけていたはずのしるしを失くした。私は血の気が引き、息を吸い、ほっとした。魔理沙はその日、私の奥義に『夢想天生』と名付けた。
海へ行こうか、なんて唐突に言うから驚いた。二度目だった。一度目は行けなかった。幻想郷に海はないのだ。海を知ったのはその日だった。
魔理沙が何処かへ行こう、と言う時はいつも幻想郷の外側へ行くみたいに聞こえた。一緒に死のうか、と言われてるみたいだった。けれど一緒に死ぬのは御免だった。もう私は死ぬ場所を決めていて、生きる場所は決まっていた。そこじゃなければ、私は私ではなかった。
「海?」
「そう、海」
「……ただしょっぱい湖でしょ?」
「塩分が高いと、体が浮くらしい。死海っていうらしいぜ」
「それって、外の世界のことじゃないの」
「ああ、そうだよ」
あの頃とは違って、魔理沙の帽子はずり落ちることはなくなった。箒は彼女の意のままに動き回った。私はめんどくさがって、表情を取り繕うこともしなかった。
「なあ、行こう」
「……行かない。というか、行けないでしょ」
「つれないつれない。面白くない」
ちゃぶ台の向こうで魔理沙がぶう垂れる。目を反らした先に、蟻の行列が見えた。「……あ」死んだカマキリが運ばれていた。
「霊夢」
名前を呼ばれ向き直ると、魔理沙は、顔を傾け私に口づけをした。帽子のつばを持ち上げ、すこし触れる程度に。面白くもなんともない顔をしていた。昔から思っていることは全部伝わるような性格をしているのに、この表情はなにを意味するのか全然わからなかった。寂しげに微笑んだあの時も、無感動に私を見つめる今も。「……嫌い?」
私は彼女の帽子をつかみ、近づいてそっと目を閉じた。魔理沙は躊躇ったように間を空け、口づけした。私は様々なことを思い出した。自分が霊夢であったことを思い出した。それはただ優しくそこにある事実だった。
私を見つめる魔理沙に、私は微笑んだ。それ以上は何も言わなかった。魔理沙はやっと「好き?」と聞いた。私はイエスと言った。
魔理沙が何処かへ行こう、と言う時はいつも幻想郷の外側へ行くみたいに聞こえた。一緒に死のうか、と言われてるみたいだった。笑った顔の口元だけに目が吸い寄せられて、うん、そうね、と言った。
どちらにしろ、今以上の何処かに行ける気がしていた。
強迫観念、という言葉が浮かんだが直ぐに消えた。その頃の私の返事はすべてイエスだった。私はまだ小さくて、のっぺらぼうみたいな顔をしていた。魔理沙は私の手を引いた。私はイエスと言った。
「あっちの方に何があるのか確かめてみるつもりなんだけど、霊夢も行こうぜ」
「うん。いいわ」
幼い私たちはよく一緒に遊んだ。博麗神社によく魔理沙が遊びにきて、私を誘ったのだ。その日も魔理沙は大きな帽子を被り、大きな箒を引き摺って遊びに来ていた。地面に座り込み、顔を突き合わせた。
彼女の人差し指が遥か向こうを指している。
「よしよし。じゃあ探検隊結成ってことでお前に仲間のしるしをやろう」
「しるし?」
大きな帽子を被った魔理沙は、ずり落ちるそれをぐいと上げ、私に微笑んだ。魔理沙は太陽の子だった。のっぺらぼうみたいな私とは大違いで、はっきりと思ったことが顔に出る正直者だった。ひねたところもあったものの、それも含めて恐ろしい程真っ直ぐに笑う。
小さな手で見せてくれたそれは、金属で作られた星形の板だった。
「前こーりんが作ってくれたんだ。服に付けられるようになってる。付けてやるから」
「うん」
魔理沙が近づいてきて、私の首もとから服に手を入れる。「うひゃっ!」魔理沙は私を見て、不思議そうな顔をした。「あ……ううん」目を反らした先で、蟻が行列を作っていた。熱くなっていく顔から意識を飛ばす。蟻は死んだカマキリを運んでいた。私はなぜか魔理沙と初めて会った日のことを思い出した。
「あ、待った」
声に反応して、カマキリから目を離した。顔を上げた魔理沙と目が合う。ぼんやりとした顔の彼女はなんだかおかしかった。真っ白な顔に黒く影を落とし、表情がよく見えない。
魔理沙はほんのすこし、顔を傾け私の口を吸った。
「……嫌い?」
呆然としていた。間違いかと思い、指先で唇に触れる。飲み込んだ唾が生々しかった。唐突に、私は様々なことを思い出した。私は自分が巫女であることを思い出した。それは呪いのように昔から決まっていた。
魔理沙を見ると、寂しげな顔をしていたので、思わず私はじいと見つめ、ゆっくりと目を閉じた。彼女はもう一度私に口づけをした。
私を見つめる魔理沙に、私は首を横に振った。初めてノーと言ったのだ。魔理沙は泣きそうにして微笑んだ。
何事もなかったかのように日々は過ぎていった。
相変わらず私たちは一緒に遊んでいたし、一緒にご飯を食べた。同じくらいの背しかなかった私たちは、柱に印をつけ、お互いの成長具合を競いあっていた。その頃、私の成長が著しく、もう勝負になんかならないようになっていた。
冒険隊のしるしを付けた私たちは色々なところに行った。魔理沙が隊長を務めた。私は返事をする。イエス。うん、そうね。いいわ。そう。そう、いいと思うけど。返事はすべてイエスだった。
あの時、唾を飲み込んだ瞬間に甦ったすべてを私は抱きしめていた。確実に変化していた。のっぺらぼうのようだった私は、魔理沙のように思ったように感情を表に出すようになった。そのぶん、私のイエスは浮く。妖怪を退治して、お前は悪いことをしたと言う。人間の悩みを聞き、なんとかしてみましょうと言う。妖精にからかわれ、全員ぶん殴る。魔理沙に星を見ようと言われ、いいわと言う。
ある日、服につけていたはずのしるしを失くした。私は血の気が引き、息を吸い、ほっとした。魔理沙はその日、私の奥義に『夢想天生』と名付けた。
海へ行こうか、なんて唐突に言うから驚いた。二度目だった。一度目は行けなかった。幻想郷に海はないのだ。海を知ったのはその日だった。
魔理沙が何処かへ行こう、と言う時はいつも幻想郷の外側へ行くみたいに聞こえた。一緒に死のうか、と言われてるみたいだった。けれど一緒に死ぬのは御免だった。もう私は死ぬ場所を決めていて、生きる場所は決まっていた。そこじゃなければ、私は私ではなかった。
「海?」
「そう、海」
「……ただしょっぱい湖でしょ?」
「塩分が高いと、体が浮くらしい。死海っていうらしいぜ」
「それって、外の世界のことじゃないの」
「ああ、そうだよ」
あの頃とは違って、魔理沙の帽子はずり落ちることはなくなった。箒は彼女の意のままに動き回った。私はめんどくさがって、表情を取り繕うこともしなかった。
「なあ、行こう」
「……行かない。というか、行けないでしょ」
「つれないつれない。面白くない」
ちゃぶ台の向こうで魔理沙がぶう垂れる。目を反らした先に、蟻の行列が見えた。「……あ」死んだカマキリが運ばれていた。
「霊夢」
名前を呼ばれ向き直ると、魔理沙は、顔を傾け私に口づけをした。帽子のつばを持ち上げ、すこし触れる程度に。面白くもなんともない顔をしていた。昔から思っていることは全部伝わるような性格をしているのに、この表情はなにを意味するのか全然わからなかった。寂しげに微笑んだあの時も、無感動に私を見つめる今も。「……嫌い?」
私は彼女の帽子をつかみ、近づいてそっと目を閉じた。魔理沙は躊躇ったように間を空け、口づけした。私は様々なことを思い出した。自分が霊夢であったことを思い出した。それはただ優しくそこにある事実だった。
私を見つめる魔理沙に、私は微笑んだ。それ以上は何も言わなかった。魔理沙はやっと「好き?」と聞いた。私はイエスと言った。
話があっちゃこっちゃしてわかりずらい。
魔理沙のセリフを通して、霊夢の人間性の成長が感じられて良かったてす。
原作霊夢の「成長しているキャラ」という側面が良く描かれていると同時に、昔から変わらず安定している精神性の魔理沙という組み合わせが、原作さながらの雰囲気を生み出していて大変良かったです。
そこに百合的な独自要素を持ち込むのがとても好みでした。二人はこういう関係性が似合いますね。
有難う御座いました。