Coolier - 新生・東方創想話

あの夜のこと

2021/04/28 00:42:32
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 稗田阿求は当時のことを鮮明に振り返る。相も変わらず、我ながら馬鹿なことをしたものだと、やや羞恥に苛まれながら、その表情はどこか幸福の面影を浮かべる。もし普通の人間であれば、思い出というのは大抵自分の思い通りに美化され、美しく輝く記憶へと変わる。しかし彼女の持つ能力はそれを許さない。彼女の中でその記憶は、非常に青臭く、他人に話すことも憚られる程の非常にありきたりな展開で、秀でているところが見受けられない思い出だ。
 しかし、美化されずとも大切な思い出は永遠と輝く。月明りなどなくとも。


 空にはふくふくとした満月が顔をのぞかせ、幻想郷を濡れた様な優しい光で包み込む。
 しかし人里にある、稗田阿求の住む仰々しい屋敷には、月の光さえも避けながら蠢く怪しい影が音もたてずに来訪者が訪れた。
 子の刻をやや過ぎた頃、屋敷の丁度二階にある柵を軽々と乗り越え、その来訪者は座敷の中へ綿毛の様に音を殺して降り立った。通常であれば日が暮れる頃には雨戸が閉められるのだが、今宵は些か様子が違う。
 降り立った座敷の陰に潜んでいた者が、恐る恐る侵入者を確認すると、「本当に来たのか」と驚きながらもその姿を現した。彼女こそ稗田家の当主、稗田阿求だ。
 「リグル、本当に来たのね」
 名前を呼ばれ来訪者であり侵入者、リグル・ナイトバグは得意げな表情で稗田の方に振り向く。月光に照らされて濡れた様に若草色の髪の毛が煌めく、そしてこれ見よがしに、やや気取った立ち姿で彼女の声に答えた。
 「こんばんは。さぁ行こうか」
 「本当に行くの?」
 「なにを今更」
 事の発端は数日前、夏の満月の一夜、虫の鎮魂を込めて蛍火が舞う谷があると、稗田はリグルから聞いたのだ。その記憶は書物にはあるが、実際にみたことがなく、やや好奇心をくすぐられ「一度見てみたい」と稗田がリグルに尋ねる、するとリグルはすんなりと了承した為、からかわれていたのでは無いかと半信半疑であった。
 しかし今日の夕暮れ頃、彼女の元に、大き目なリグルの隣によく居る蛍が稗田の前に姿を現し、「今夜、子の刻にて、迎えにいくよ。屋敷の二階開けて」と書かれた手紙を渡してきたのだ。そして半信半疑で屋敷の二階の戸を開けて、座敷の陰に隠れて待っていたのだ。
 「万が一使用人バレたら面倒なことになるわね。「あの稗田阿求を虫の妖怪が攫った」って」
 稗田はそういうと意地の悪そうな顔をリグルに向ける。
 「その時は「神隠し」にあったとでも言っておいてくれ」
 そういうとリグルは阿求に片手を差し出す。稗田がその手を取ると、リグルは片方の腕を上半身の、左脇から右脇へ手を回し、空いた片方の腕で両膝の下辺りから上に持ちあげた。
 「なに、こうやっていくの?」
 稗田は予想だにしていない展開に、やや頬を染めてリグルに問いかける。この持ち方は幾度となく海外の物語で読んだことがある。俗に言う「主役がヒロインを抱き上げるときに使う抱えかた」だったからだ。
 「持ちやすいからね、生憎乳母車や抱っこ紐は持ち合わせてないんだ」
 リグルはそんなこともつゆ知らず、稗田の問いかけを軽くいなすと、阿求を抱えたまま先ほど自分が侵入した窓に向かって、やや助走をつけて飛び立った。
 稗田は一瞬目を閉じた、そして次に目を開けた時には、眼下に広がる人里と、そこに灯る数少ない篝火と松明が星のように小さくみえた。飛ぶ速さは思うより早くない。それはリグルが自分に配慮して、加減をして飛んでくれているのだとすぐに分かるほど緩やかな速度であった。
 蒼黒のベールの舞台でひときわ輝く満月は、自宅の窓や、地上から見る満月とは違った印象を受けた。
 「どこまで行くの?」
 斜め上の方にあるリグルの顔を見ながら聞くと、少し間が開いて、悪戯をする少女のような顔でリグルは答えた。
 「どこまでもよ」
 正確には妖怪の山と三途の川の丁度中間地点にある谷底なのだが、阿求は言葉通り「この時がどこまでも続けばいい」と思った。
 季夏の清夜、満月の下。この夜は今もなお二人の中で永遠と続いていく。
どうも鉄骨屋です。
かっこいいリグルは良いですね。とても良い。
正直神隠しの部分が「リグルが阿求を連れだすときの言い訳の一つにしておく」ぐらいしかないんですが、まぁ良いでしょう。
鉄骨屋
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コメント



0.90簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
3.無評価名前が無い程度の能力削除
お願いだから今から続き書いてください
絶対面白くなるんで
5.100南条削除
面白かったです
宵闇とともに現れるリグルがカッコよかったです
続きが読みたくなってしまいました
6.100yakimi削除
面白かったです
ぜひ続きを読みたいです
7.80名前が無い程度の能力削除
まあリグルちゃんったらイケメンね。いたいけな少女をさらう黒い影、さながら怪人のようであります。
夜に飛び込んでいく二人の姿が目に浮かぶようでした。
8.100サク_ウマ削除
良かったです
続きを読みたくなりました