先の異変――動物霊による幻想郷への侵攻騒動――が一段落して、また季節がめぐる。
春。山の幻想郷でも桜が散り始め、夏に向けて緑が生い茂り始める頃。
少し、暑くなってきていた。
神社の社務所――と言っても、生活空間と兼用――には、三人の少女。
少女と言っても、もう成人してしばらく経つ。
無言でお茶をすするのは、楽園の素敵な巫女、博麗霊夢。
先の異変で率先して地獄に殴り込んだはいいが、結局迷子になり、どうやら本命の造形神のところには辿り着けずに地獄で暴れるだけ暴れて帰還したらしい。
もう一人は冥界に住まう半人半霊の剣士、魂魄妖夢。
幽霊に絡む異変だったので久しぶりに異変解決に参加し、造形神と半ばヤクザのような動物霊の派閥二組を叩き潰して大金星を挙げてきたばっかりだ。
最後の一人は魔法の森に居を構える普通の魔法使い、霧雨魔理沙。
妖夢と一緒に造形神のところまで辿り着いて、異変の解決に一役買ったただの人間である。
「なんかさぁ、この三人って珍しい組み合わせだよな。」
部屋の中に寝転がった魔理沙が口を開く。
この三人だけになるのは少し珍しいことだった。
だいたいはこの三人に加えて、山のほうの神社の巫女である東風谷早苗、人形遣いのアリス・マーガトロイド、薬売りの鈴仙、または天狗の射命丸文、吸血鬼のメイドである十六夜咲夜…など、誰か他の者がもうひとりくらいは居ることが多い。
「珍しいかしら?」
霊夢はあまり気にした様子も見せず、お茶のおかわりを淹れる。
「前の異変でもこの三人だったじゃない。」
「あーまあ確かにそうだな。」
魔理沙は頷いたあと、妖夢のほうを向いた。
「お前、閻魔に現世入りを禁じられたんじゃないのか?」
「誰も禁じられてなんかいないよ…。」
今となっては古い話だが、妖夢は昔に閻魔の四季映姫から『あんまり現世に長居すると半人半霊の性質を失うから冥界に帰れ』(意訳)という説教をされたことがあった。
それまではしょっちゅう現世に出入りしていた妖夢だったが、それ以降は冥界からあまり現世には来なくなり、顔を見せたのは久しぶりであった。
彼女が前に顔を見せたのは、やはり霊の絡んだ異変――道教の親玉が復活してきた異変――の時くらいなもので、もう結構前になる。
妖夢は説教を受けただけで、別に禁じられているわけではない。ただ、なんとなく自分の半人半霊のバランスが崩れて生物としての側面を強くするのは抵抗があった。一体何が起こるのか自分でもわからなかったのだ。
自分が自分じゃなくなるかもしれない。そんな少しの恐怖があって、中々現世には来れないでいた。
しかし、そんな妖夢を傍目に霊夢も魔理沙に言葉をかぶせてくる。
「でも、あんまりこっち来てるとマズいんでしょ?」
「冥界に帰れなくなるんじゃないのか?」
魔理沙も心配しているんだがしていないんだか、わからないことを言い出した。
なんとなく二人に『帰れ』と言われているような気がした妖夢は、少ししょんぼりした気持ちになった。
「…二人とも、私のこと嫌いなのか?」
妖夢がそうつぶやくと、二人は首を横に振った。
「そんなことは言ってない。」
「そんなことは言ってない。」
そんな二人の調子は、昔から知っている友人のそれであった。
妖夢はこの気のおけない友人たちが変わっていないことに少し安心を覚えた。相変わらず自分をおもちゃにするのは変わっていないので、そこは変わってほしいが…。
「まあ、いいけどさ…。だけど久しぶりに会って、すぐ帰れは酷いなあ。」
「すまんな、お前は弄ると面白いもんで。」
魔理沙がけらけらと笑い、妖夢も少しふふっと笑った。
魔理沙と妖夢がそんなやり取りをしている傍ら、霊夢は突然すっと立ち上がって縁側へと向かっていった。
「どうした?」
縁側に辿り着いて空を見上げる霊夢に、魔理沙が声をかける。
「…やっかいな奴が来るわ。」
霊夢がぼそっと呟いた瞬間、突風が社務所の建屋の中を吹き抜けた。
突風に襲われた魔理沙と妖夢は目をつぶる。霊夢は平然とそのまま立って空を眺めていた。
そして、空から現れる黒いミニスカートに赤い烏帽子の少女。射命丸文だ。
「どーも…あやや、珍しい顔。久しぶりじゃない?」
突如現れた文は妖夢の顔を見て少し驚いたような顔をした。そして、縁側へと座り込む。
「文…久しぶり。」
文に声をかけられた妖夢が挨拶を返す。
「やっかいな奴ってこいつか?」
魔理沙が霊夢の隣へ歩いていくと、立っていた霊夢は文の隣に腰掛けて頷いた。
「そう。毎度新聞の勧誘が鬱陶しいのよ。」
「今日はオフの日よ。暇だし、お茶でもと思ってね。」
文がそう言ってお茶を催促するように手を動かすと、霊夢は文のそんな様子を見て呆れたようにため息をついた。
普段より、文の口調がえらい砕けている。どうやら本当にオフのようだった。
「ウチは喫茶店じゃない、帰れ。」
「あら、違ったのかしら?」
また文とは別の声が聞こえてきた。霊夢が顔を正面にやると、そこには人形遣いのアリス・マーガトロイドが居た。
大きめの鞄を抱えているので、人里で人形劇でもやってきた帰りだろうか。
「やあ、久しぶり。」
妖夢がアリスに手を上げて挨拶すると、アリスも少し目を丸くした。やはり妖夢は珍しいようだ。
「あら…本当に久しぶりの顔だわ。」
「もー、また人が増えたー。」
ゆっくりお茶を飲んでぼーっとしていたい霊夢は、人が増えたことにすこしうんざりした様子だった。
そんな霊夢を気にも留めず、アリスが縁側に座る。文、霊夢、アリスと並んだ状態になった。
「和風喫茶だと思っていたわ、違ったのね。」
「神社廃業して喫茶店にした方が儲かるんじゃない?」
アリスが煽るように言うと、文がそれに同意したように言葉をかぶせる。
霊夢は嫌そうな顔をして二人の言葉を否定する。
「廃業なんかしないわよ。」
「じゃあ副業ね。」
アリスの提案に、魔理沙がふんと鼻で笑った。
「出がらしのお茶で金取れるのか?」
霊夢の…と言うか博麗神社でお茶を飲むと、出がらしのお茶が出てくる事が多い。
一時期は閻魔に『善行を積め』と言われて出がらしをやめていたのだが、いつの間にかまた出がらしのお茶が出てくるようになっていた。
「霊夢、一時期出がらしのお茶やめてなかった?」
妖夢が霊夢のほうを向くと、霊夢はうんざりした様子で手を振った。
「あんたらに出す新茶はないって話よ。」
そんな霊夢たちを他所に、文がいそいそと手帳を取り出してメモを取り始めた。
「『神社が新装、妖怪相手の喫茶開店!?』明日の見出しはコレで決まりですね!」
ぱぱっと書いたメモ書きを見て、文は満足そうに頷く。
「もーホラぁー。天狗さん気持ちよくなっちゃってるー。」
霊夢が苦虫を潰したような顔になり、魔理沙、アリス、妖夢はぷっと笑った。
文は続ける。
「宣伝は文々。新聞にお任せを!」
魔理沙は霊夢のほうに向き直った。
「結構儲かると思うんだが、どうなんだ霊夢。」
「毎日誰か来るんでしょ?」
妖夢も魔理沙に続けた。
博麗神社の賽銭箱は閑古鳥が鳴いているが、来客自体はおそらくかなり多い。毎日誰かしらは来ているような状態だ。
ただ…。
「金を払いそうな奴が来ないじゃない!」
霊夢が嫌そうな顔で文句を言った。
「私は払うわよ、ちゃんとね。」
アリスが心外そうに言うと、魔理沙もそれに続く。
「私も払うぜ、ツケでな。」
「…。」
妖夢が残念そうな目で魔理沙を見つめていると、霊夢は呆れた様子でため息をついた。
「こーゆー奴しか居ないのよ!」
「それは偏見じゃないの?」
文はそうは言ったが、文自身も少しそうかも、と思っていた。
博麗神社に来るのは金も持たぬような奇人変人、金と無縁の妖怪、妖精ばっかりだ。なんなら貧乏神もそれなりの頻度で訪れるレベルであり、金と縁がなさそうな来客は多そうだった。
「…何の話をしているの?」
そんな話をしていたら、さらに来客だ。
霊夢が声のほうを向き直ると、笠をかぶって薬箱を背負った怪しい行商スタイルの少女が居た。
その姿を見た妖夢が飛び出してくる。
「鈴仙!久しぶり!」
怪しい薬売りは、地上に逃げてきた月の兎、鈴仙だった。
鈴仙の薬師としての院号は優曇華院で、今の住居の主からのあだ名はイナバなので、彼女は鈴仙・優曇華院・イナバというやたら長い名前を持っている。
そんな変な妖怪兎なのだが、わりとここに居るメンバーとは付き合いも長く、仲は良い。
「妖夢!元気にしてたー?」
妖夢の姿を見た鈴仙は笠を取り、嬉しそうに手を振った。兎耳がぴょこぴょこ動いているので本当に嬉しそうな様子だった。
何かと妖夢は鈴仙と縁があり、一緒に行動していた時期があった。結構仲がいいのだ。
「…で、何の話?」
「神社が妖怪相手の喫茶店になる話。」
鈴仙が文のほうを向くと、文がさくっと一言で説明をした。
「よさそうじゃん、儲かりそう。」
鈴仙はいそいそと薬箱を降ろし、縁側へ向かう。
文が下駄を脱いで中に入り、縁側は鈴仙、霊夢、アリスになった。
鈴仙が縁側に座ると同時に、アリスがふっと笑った。
「でしょ?儲かりそうよね。」
「あんたん家の家業の方が儲かりそうだわ。」
霊夢は鈴仙を少し恨めしそうな目でじろっと見つめた。
「人里の薬って今けっこうお前のになってるんだろ?」
魔理沙がそう言うと、アリスが少し驚いた様子を見せる。
「そんなに?」
「それは儲けてそうだ!」
「そんな儲からないわよ、みんな元気だし…。」
妖夢もびっくりした様子だった。しかし、鈴仙は謙遜気味に否定する。
しかし、そんな鈴仙に霊夢は親指と人さし指で輪っかを作り、ひらひらと動かす。
「またまた…で、いくら稼いでるんです?コレ。」
「稼いでないって…。」
鈴仙が困ったように言う。そこに、妖夢がふと気になったことがある様子で口を開いた。
「…神社の喫茶とどっちが稼げそう?」
「そりゃあ神社の喫茶店よ。」
「いやうそつけ。」
鈴仙の返答にぴしゃりと霊夢がツッコミ入れた。
「霊夢、見事に話のすり替えに失敗したな。」
「うるさい。」
魔理沙がけらけら笑うと、霊夢はがっくりとうなだれた。また神社喫茶の話になってしまった。
「だって毎日誰か来るんでしょ?」
鈴仙がにこやかに霊夢に聞くと、霊夢ははぁとため息をつく。
「…その話はさっきした。」
「うちからお茶提供しようか?」
鈴仙が言うと、ほう、と魔理沙が話にはいってきた。
「お前、茶も作ってるのか?」
「もともとお茶は薬だからでしょう?」
アリスがしれっと博識を披露すると、鈴仙が頷いた。
「そうなんだ。」
妖夢が感心したように言うと、文が続ける。
「昔はお茶を飲む風習はなくて、茶は薬として飲んでいたものなのよ。」
「へえー、初めて知った。」
さすが天狗は長生きしてるだけあるなぁ、と妖夢は感心する。
「あー、なんかそれ本で読んだ記憶あるぜ。なんだっけな、戦場で目覚ましだかに使ってたとか…。」
「話がずれてるよ?」
魔理沙が話始めると、妖夢が割り込んだ。
霊夢はイヤそうな顔をする。
「妖夢、余計なこと言わなくていいの。」
「で、お茶どうするの?」
霊夢のほうに鈴仙が向き直った。
「どうもしない!」
霊夢は少し声を大きくしてぴしゃりと言い切った。
しかし、面白半分の少女たちは話を続ける。
「自前か、やるな。さすがは霊夢だぜ。」
「それとも香霖堂で仕入れるのかしら…。」
魔理沙が適当なことを言い、アリスは真面目に別の仕入先を考え始める。
「いつも通りのツケでか?」
「まるっきりやくざのやり口じゃない…。」
アリスの案に魔理沙がコメントをすると、文がうわぁと言った顔をした。
そんな彼女らに、霊夢は少し語気を強くする。
「ヤクザとか言うな!それはこの前しばき倒してきたあいつらでしょ。」
「お前も妖怪専門のヤクザみたいなもんじゃないか。」
「ちゃうわ!」
ひとつも気にした様子もなく、どこ吹く風といった様子の魔理沙に、霊夢はツッコミが追いつかない。
そんな会話をしていると、更に神社の鳥居をくぐって来客が訪れる。
「あっついなー、おい巫女。冷たーい麦茶を頼むよ。」
巨大な鎌を担ぎ上げた、巨体の赤髪の死神。小野塚小町だ。
鎌を持っているということはおそらく仕事中なのだが、たぶんサボりにでも来たのだろう。
「ウチは喫茶店じゃねええええええええ!来るなり第一声がそれはおかしいでしょ!」
霊夢が怒りを爆発させると、少女たちは一斉に笑い出す。
「はっはっはっはっは!死神はよくわかってるな!」
魔理沙が満足そうに大笑いし、アリスは涙が出るほど笑っている。
「あははははは!本格的に喫茶店にしたほうがいいんじゃない!?」
「タイミング良すぎ!」
魔理沙、アリス、妖夢が笑い転げていると、これまでの話の流れがわかっていない小町は「?」といった様子で首をかしげた。
そんな小町に文と鈴仙が解説を入れる。
「神社が妖怪専門の…。」
「喫茶店になるとかならないとか。」
「ほう、そりゃあいいね。」
「ならんわ。」
その話を聞いた小町は笑いもせずに真顔で応え、すかさず霊夢が否定する。
「絶対儲かると思うんだけどなー。」
魔理沙がそう言うと、小町が頷いた。
「儲かるだろうね、こんだけ人が萃まりやすいんだ。何か商売をやれば金が萃まるのも必然だ。」
さらっと言いのけた小町に、一同がおおーと声を上げる。
「なんか実感籠ってるなぁ…。」
「それが仕事の人だから…。」
文がつぶやき、妖夢がしれっと間違ったことを言う。
「いや、本業舟渡しだからね?職業柄幽霊と話すから、色々詳しくなるだけだよ。」
小町はしれっとぽっくりを脱いで縁側から建屋に入り込み、畳のうえに寝転がった。
来て早々くつろぎ始めた小町に、霊夢が疑問を投げかける。
「んじゃあ何で今はお金が集まらないのよ。今だって人来てるのに。」
「そりゃあ商売してないからだ。」
霊夢の疑問に小町がさくっと返事をすると、一同が吹き出した。
「こ……小町に…!」
「働いてないと言われてる…!」
いつの間にか鈴仙と交代して霊夢を挟むように座っていた魔理沙とアリスが、また腹を抱えて笑い出す。
「しばくぞお前ら。」
霊夢は魔理沙とアリスを交互ににらみつけてどこからともなく札を取り出す。
「どうどう、落ち着いて。」
妖夢が霊夢を引き止めていると、くつろぐ小町が霊夢のほうを向いた。
「そんで店員さん、麦茶まだ?」
「誰が店員かコラぁあああああ!」
霊夢は勢いよく立ち上がって小町に札を投げつけた。
「きゃん。」
「すごいなー、小町。」
「べしゃりが仕事なだけのことはあるな。」
「いや、だから本業舟渡しだからね?噺家じゃないよ。」
いつの間にか霊夢に麦茶をいれてもらった小町を見ながら、鈴仙と魔理沙が感心の声を上げる。
縁側には魔理沙、アリス、文の組み合わせになり、律儀にも麦茶を出した霊夢は部屋側に戻っていた。
部屋には妖夢、霊夢、小町、鈴仙。いつの間にか七人になっていた。
しかし、さらに来客が訪れる。
「なんか凄い集まってますね…。」
「あ、早苗。」
社務所の玄関口から縁側に回り込んできたのは、山の神社の巫女、東風谷早苗だ。
幻想郷ではつい最近出来た神社なので、ある意味では霊夢の後輩巫女とも言える。
「凄い盛り上がってるみたいだけど…。」
早苗が縁側の文に聞くと、文が答える。
「博麗神社が喫茶店になるらしいんですよ。」
「おいその話終わらせろ。」
「え、霊夢さん廃業しちゃうんですか?」
「しないから!」
即座に霊夢が話を止めにかかるが、案の定早苗が食いついてしまった。
「副業ですか…儲かりそうですね。」
「その話ももうした!いや、喫茶店やらないから!」
「え、じゃあバー博麗?」
「いや飲み屋でもなくて!店にはしないって!」
「アットホーム風喫茶とか…。」
早苗と霊夢の応酬。止まらない早苗に、ついに霊夢がギブアップする。
「おい、誰かこいつ止めて。」
「早苗、分かっててやってるだろ。」
魔理沙が仕方ないと助け舟を出してやることにして、早苗に声をかける。
すると早苗はふふんと少し得意げな顔をした。
「分かります?」
「面白いけど、あんた人をイラつかせるの上手そうよね。」
アリスがあまり敵に回したくなさそうなコメントをすると、さらに早苗は得意そうな顔をする。
「よく言われます(ドヤッ)」
そんな早苗の煽りで、霊夢はかなりイライラしている状態になっているようだった。
「大分いらついてるわ。お前らのせいで私の怒りが有頂天…。」
そこまで霊夢が言った瞬間、突然謎の声と共に参道に巨大な岩の塊が落ちてきた。
岩とともに落ちてきたのは、不良天人の比那名居天子だ。
一体どこから話を聞いていたのだろう。
「 有 頂 天 と 聞 い て !」
「帰れ!」
霊夢は即座に帰れと言わんばかりにしっしっと手を動かすが、天子も縁側に座り込んだ。
「…大分人が増えたね。」
妖夢がみんなの顔を見渡す。いつの間にかアリス、魔理沙、文が室内に入り、鈴仙、霊夢、天子、妖夢が縁側に来ていた。
「夏前でも、コレだと暑いわね。」
アリスがふう、と息をついた。
「この喫茶店は冷房がないのかい?」
小町はあくびをしながら霊夢に訊いた。
「あるかそんなもん。」
「喫茶店は否定しないんだ~?」
霊夢が即座に返すと、鈴仙が意地悪そうな顔で霊夢をつつく。
「喫茶店も否定させてもらうわよ。」
霊夢はしまったという顔をして、喫茶店に否定的なコメントを入れる。
そのとき、ふと早苗が閃いたように手をぽんと叩いた。
「そうだ、風おこしとか需要あります?」
「お、いいねえ。涼しくなりそうだぜ。」
早苗の提案に、魔理沙が乗る。
すると早苗はニヤっと笑った。
「じゃあ、魔理沙さんのために祈らせてください。…お金、頂きますけど。」
「金とるんかい!」
魔理沙がひっくり返ると、霊夢は呆れた顔で鈴仙のほうを向いた。
「ああいうのを商売上手っていうんじゃないの?」
「確かに。」
「でも、天界よりは涼しいわよ?」
縁側の天子が青空を指差す。
「あそこ涼しそうじゃないか?」
魔理沙は縁側のほうに歩いていき、空を見上げる。よく晴れた青空だ。気持ちがいい。
そんな魔理沙の様子に、天子が声を荒げる。
「夏場の直射日光で涼しいわけないじゃない!」
「えぇー…。日陰一切ないのか…。」
「言われてみると、曇りもないからな…天界は。」
妖夢がかわいそうなモノを見るような目で天子を見つめる。
そして小町がごろごろと転がりながらしゃべる。この死神は起きるつもりはないのだろうか。
そんなことを言っていると、天子が妖夢の半霊を鷲掴みにして抱きかかえた。
「あ、半霊が冷たくて気持ちいい。」
「!?」
天子の突然の発言に、妖夢は驚きの表情を見せた。妖夢は自分の体の一部がそういうふうに使われるとは思っても居なかった。
と言うか、冷たいのか自分の半霊…と妖夢はあまり気にしたことがなかった事実にも驚いていた。
「氷枕か。」
霊夢は妖夢の半霊をつっつきながら笑った。
昼間になり、太陽の日差しはますます勢いを強める。
今日は比較的、暑い日だった。
「で、あんたたち何しに来たのよ。」
霊夢は縁側で談笑する者たち、室内でごろごろとくつろぐ者たちに目をやる。
毎日誰か来るが、こんなに人数が多いのは久しぶりだった。
「ダベりに。あと仙桃が取れたからおすそ分けよ。」
「ダベりに。残念だが私は何も持ってきてないぜ。」
天子が言うと、魔理沙もそれにかぶせる。
準備のいいことに、天子はいくらかの仙桃を持ってきているようだった。
甘い香りが漂ってくる。仙桃は少しかたいが、味も香りもいい。
「久しぶりに顔を見に。」
妖夢は霊夢たちの顔を見に来たのだという。霊夢は妖夢と会うのは半年ぶりくらいなのだが、数年ぶり、という者もいるかもしれない。
「喫茶店の取材に。」
「オフなんじゃねーのかよ帰れ。」
オフとか言っていた文がおかしなことをいい出し、霊夢はぴしゃりとツッコミを入れる。
「人形劇終わってヒマだったからふらっと…。」
「同じく商売終わって暇だったから…。」
アリスと鈴仙は、商売終わりに立ち寄っただけらしい。
「麦茶。」
「喫茶店じゃねーっつってんだろ帰れ。」
小町は完全にサボりだ。閻魔にでも突き出してやろうか。
「回覧板です。」
「あ、どうも。」
早苗はボードを霊夢に手渡す。その様子を見た天子は目を丸くする。
「…山の神社で回覧板とかあるの?」
「一応人間の繋がりだからね。人里から少し離れたところにも来るわよ。」
霊夢は中身を確認しながら答える。
しかし、人里にまだ近い博麗神社ならともかく、妖怪の山に近い守矢神社のほうまで一体誰が回覧板を運んでいるのだろうか…。
「ご近所の繋がりを大切にねってことかしら。」
「まあ、そんなところです。」
別に近所でもないのだが、霊夢と早苗は適当に天子を相手する。
回覧板を見ている霊夢の後ろから、文とアリスが覗き込んできた。
「喫茶店の広告とか挟んでおきましょうか?」
「ああ、いいじゃないそれ。」
「余計なことするな。」
楽しそうな文とアリスを傍目に、霊夢は迷惑そうに手で二人を追い払う。
「うちの宣伝もはさんでもらおうかな。」
魔理沙がそう言うと、妖夢が「えっ」と驚いた様子で魔理沙に振り返る。
「親父さん怒るんじゃないの?それ…。」
「この年にもなってまだ怒ってるのかよ。手前の娘がどうしてるか心配くらいしろってんだ。」
「心配されたいんだ?」
「うるせえ。」
妖夢の心配ごとを他所に、魔理沙はぶすっとふくれっ面になった。
「何その話。」
天子が頭に疑問符を浮かべていると、霊夢がそっと説明する。
「ああ、こいつ父親に勘当されてるのよ。」
「あら、そうだったの?道理で育ちが悪い感じだわ。」
なにか納得したように天子が言うと、魔理沙は横に首を振った。
「失敬な、早いうちに独り立ちしたんだ。」
「霖之助さんに助けてもらってたくせに…。」
「香霖にはそんな助けてもらってない。魅魔様にはお世話になったけどな。」
「魅魔さま?」
魔理沙と霊夢のやり取りに、早苗が知らない名前を聞いて「誰?」と続ける。
「あぁ、このコ知らないんだっけ。」
「魔理沙のお師匠さんだよ。」
アリスと妖夢が早苗に説明すると、早苗はへえーと声をあげた。
「そんな人が…。魔理沙は我流の人だと思ってたわ。」
「そういやぁ、最近会ってないな…。」
魔理沙は随分会っていない自分の師匠のことを思い返しながら、天子が持ってきた仙桃をかじり始めた。
「…人が多い。」
さらなる来客。吸血鬼の懐刀の十六夜咲夜だ。
その隣には咲夜が仕える吸血鬼の館の客人魔女、パチュリー・ノーレッジの姿もある。
珍しい組み合わせだ。
「よう。」
「珍しいじゃない、レミリアなしだなんて。」
魔理沙が手をあげて挨拶をすると、霊夢は珍しい組み合わせに目を丸くした。
咲夜の主――レミリア・スカーレットが居ないで、パチュリーが居るのは本当に珍しい組み合わせであった。
そもそもパチュリーが外に出てくること自体が珍しいのに、その上この組み合わせである。珍しいことだらけだ。
「忙しいのよ、あいつもあいつで。」
パチュリーは縁側に座り込み、咲夜は縁側から室内へと上がりこんでいく。
「むしろパチュリーが珍しい。」
「パチュリーあまり外出しないもんね。」
妖夢と鈴仙がそう言うと、パチュリーはふう、と息をついた。
「病弱なのよ、いろいろ持病もあるしね。」
「あんなアクティブな病人がいるか。」
「あのときは体調が良かったのよ。」
以前、異常気象を引き起こした異変で天子はパチュリーと戦い、敗北した。
異変解決という話にはとんと縁のないパチュリーだが、気象異変では珍しく諸悪の根源に辿り着いて解決に導いていた。
そのときにかなりパチュリーはアクティブに動いており、天子からするとパチュリーはあまり病弱という印象はなかった。
「で、お二人は何をしに?」
「少し疲れたので、お茶を頂こうと思って…。」
文が訊くと、いつの間にか咲夜は室内から急須を取ってきてお茶を入れていた。
「だから喫茶店じゃないってば!」
霊夢がガーっと声を荒げると、咲夜はしれっと二人分のお茶を入れて、ひとつをパチュリーに手渡す。
「セルフサービスで入れてるじゃない。」
そして、パチュリーは先程から室内をしきりに見渡していた。なにかを探しているようだ。
「アリス来てないかしら。」
パチュリーがそう言うと、魔理沙は小町の影を指す。
「そこに居るが。」
「ちょっ!バカ!」
「いてえ。叩くことないじゃないか…。」
小町の後ろで小さくうずくまっていたアリスはぎょっとした顔になり、告げ口をした魔理沙をひっぱたいた。
「…なに隠れてるんですか…?」
「悪い事でもしたの?」
文が何してんだ…と言いたそうな顔でアリスのほうに向き直り、早苗も残念なものを見るような目でアリスを見つめる。
「そいつ、修業中に逃げ出してきてるのよ。連れ戻しに来たってわけ。」
パチュリーが呆れたようにそう言うと、魔理沙が珍しいものを見るような目でアリスの顔を見る。
「修行?珍しいなアリス。」
「なんで修行?」
魔理沙と霊夢がアリスに尋ねると、アリスはそっぽを向いた。
「なんでもいいでしょ、別に…。」
「『霊夢や魔理沙と差が開いてるから』って言ってたわね。こいつ、異変のときに力になりたいんですって。」
「ぱっ、パチュリー!何勝手に…!」
パチュリーがさらっとアリスの動機を話すと、アリスは顔を真っ赤にしてパチュリーの口を塞ぎに行く。
しかし、もう手遅れだ。一同はおおーと声を上げる。
「意外な動機!」
「アリスそんなキャラだっけ?」
「ああ、こいつはそーゆーやつだ。」
妖夢と鈴仙がびっくりした声を上げると、魔理沙は付き合いの長い相棒の性格をよく知ったように頷いた。
「…。」
諸々がバレて、アリスは顔を真っ赤にしたまま俯いた。穴があったら入りたいとは、まさに今の状態だろう。
「自分からの自発的動機なのになんで逃げ出してるのよ。」
天子も少し呆れたようにそう言うと、アリスは真っ赤な顔を上げて横目でパチュリーを見つめた。
「だ、だって…。」
「妹様と24時間いっぱい遊ぶのが修行の内容。」
妹様――レミリアの妹、フランドール・スカーレット――と遊ぶのが修行の内容。
レミリアの5歳年下の妹、フランドール。力の使い方が下手くそで、吸血鬼の恐るべきパワーをコントロールできずに平気で人間にも掴みかかって来かねない危ない存在だ。無邪気なので余計にタチが悪い。
「死ぬわ。」
「そら逃げるわ。」
「無理だわ。」
霊夢、妖夢、文がうわぁと言う表情で、それぞれコメントする。
魔理沙も少し遠い目をしながらつぶやく。
「…私もやったことあるぞそれ。」
「アレ本当に死ぬわよ。」
アリスはため息をつき、がっくりと項垂れた。自分からいい出したことではあるが、こんな命がけの修行をさせられることになるとは思っていなかった。
「大丈夫よ、死んでも生き返らせてあげるわ。」
「そんなこと出来るのか!?」
パチュリーがドヤ顔で言い切ると、魔理沙が驚きの声を上げた。
さすが百年以上生きる魔女は格が違う。蘇生魔法まで身につけているとは。
魔理沙が感心していると、パチュリーはふふっと悪そうな笑みを浮かべた。
「嘘よ。死んだらおしまい。」
「おい。」
アリスには気の毒だが、頑張ってもらうしかなさそうだ。
ぐだぐだと転がりながら、毒にも薬にもならない話を少女たちは続ける。
いつの間にかせんべいやらおかきやら、おやつまで用意されてくる始末だ。
ただ、人数分用意したはずのおやつが足りなくなったり謎の現象が起きている。
姿を見ていないが、どうも意識の外に覚妖怪の妹もこの場に居るらしかった。誰も気づいていないが。
「ここのところ大きい異変もないなー。」
つい半年前に動物霊やらをしばき倒してきたばかりだが、言われてみると一時期に比べると規模の大きい異変は少なくなっていた。
平和が一番だ。満足そうに霊夢は頷く。
「いいことだわ。」
「平和が一番だよねえ。」
「まったくですわ。」
「変なことは勘弁です…。」
妖夢、咲夜、早苗と、これまで異変解決に積極的に参加してきた面子は今の安穏とした状況に満足していた。
「なーんか私の代になってから、大型異変が続くのよねー…。」
霊夢は縁側から空を見上げる。
上げれば枚挙に暇がないほどの異変・小競り合いを相手にしてきていた。
「そうなの?このくらいの頻度で頻発してるもんなんだと思ってた。」
早苗がそう言うと、文が首を横に振った。
「霊夢の代になって爆発的に増えたわ。スペルカードルールのせいだと思うけど。死者が出なくなる代わりに、気軽に戦いを挑めるようになってしまったから。」
「そうかもねー。人妖対等に戦えるいいゲームだと思うけど。」
霊夢ははあーとため息をつく。
しかし、真の意味で人妖対等に戦えるのは、霊夢、魔理沙、早苗、咲夜と言った、妖怪に近いような人間たちばかりであった。
本当に対等かというと、彼女たちだからこそではないだろうか。
「どんだけの異変を相手にしてきましたっけね。」
早苗がそう言うと、魔理沙が数え始める。
「紅い霧、終わらない冬、明けない夜。枯れない花、異常気象、間欠泉、UFO騒ぎ…。大量の神霊、勝手に動き出す道具たち。月の侵攻、季節の入り乱れ、そして地獄のヤクザ共の侵攻。なんか忘れてる気もするな。」
「ええじゃないかとかオカルトとか、完全憑依異変とか抜けてるわね。」
参加してないにしても記録を付けていた文はその辺わりと詳しいらしく、補足を入れていく。
「一番最初の大型異変ってなんだっけ?」
霊夢がふとそういうと、魔理沙が答えた。
「紅霧異変だな。もう随分経つ。」
「紅霧異変か、天界からも幻想郷が紅く見えたよ。」
天子の住まう天界からも見えていたらしい。
スペルカードルールの制定後、すぐにレミリアが起こした紅霧異変。
ルールの脆弱性と有効性を確かめるかのように引き起こされた最初の大型異変は、霊夢と魔理沙の勝利に終わった。
妖怪との対決にスペルカードルールが有効であることを示した、幻想郷の歴史上で重要な事件だった。
そんな異変から、すでに10年以上経とうとしていた。
…少女たちも、いい加減少女たちという年齢ではなくなりつつある。適齢期といえば適齢期なのだ。
「そういやこん中ではこいつらが一番付き合い長いんだよな。」
魔理沙は縁側で茶をすするパチュリーと、ひたすら他人の茶を汲み続ける咲夜を交互に見つめた。
咲夜はメイド根性が身に沁み付きすぎていて、給仕してないと落ち着かないらしい。
「…まさか一緒に異変解決するほど仲良くなるとは思っていなかったわ。」
霊夢はぼそっと呟く。咲夜なんか完全にやさぐれていて、今では考えられないほどトゲトゲしかったのだが…。
そんなことを思いながら、霊夢はお茶を飲みながら続ける。
「今は歳とっちゃったからあんま感じないけど、当時はえらいこわいなこのお姉さんって感じだったのよね。今じゃすっかりトボけちゃったけど。時折片鱗が見えるけど…。」
「あら、そうだったの?」
そんな霊夢のコメントに、咲夜が目を丸くした。あんまりそういう目で見られていたとは思っていなかった。
「あの頃はばちこんってする愉快なお姉さんだとは全く思ってなかったわ。」
「あんたたちのおかげで変わったわ。」
咲夜がウインクする。ばちこん。昔では考えられないほどいい笑顔だ。
そんな調子で、霊夢と魔理沙は昔の異変を順番に思い出していくことにした。
――気づけば、神社に集まってぐだぐだとしゃべる面子は古い友人が多い。
最近神社にたむろしているのは小人の少名針妙丸、貧乏神の依神紫苑、狛犬の高麗野あうん、怪しい妖精クラウンピースなど比較的新参顔であるが、こうやってぐだぐだ過ごす仲は古い付き合いが多い。
寺の雲居一輪や道教の物部布都なんかもわりかし気のおけない友人(強敵?)になりつつあるが、やはり天子くらいまでの顔ぶれで一緒にいることが多い気がする。
ひとしきり全員との出会いを思い返した霊夢と魔理沙は、時の流れの早さを感じていた。
そりゃあ自分たちも大人になるわけである。
「…こうやって思い返すと、いろんな思い出があるよねー。」
いつの間にか寝てる小町をオモチャにしながら、妖夢が呟いた。
「そうね。いい連中と巡り合えたなぁって、思えてるわ。」
「ガラにもないな、霊夢。」
霊夢が満足そうに頷くと、魔理沙が意地悪そうに霊夢をつついた。
「…そうかしら。」
霊夢は少し照れた様子で返す。
「多分みんな思ってるわよ、同じこと。」
「ここに居る仲間たちが、最高の友達なんじゃない?」
それ以上言葉を紡がない霊夢に代わり、天子、アリスが続ける。
「困ったことがあったら相談出来てさ。」
「くだらないことでずっと話せる。」
「それが出来るって、幸せなことよね。」
妖夢、鈴仙、早苗もそれに続けて言葉をかぶせていく。
毒にも薬にもならない話ができるのは、実は一番いいことなのかもしれない。
しかし、神社にこれだけ人数が集まるのは少しいただけないなと霊夢は思った。
「…ここに集まるのはやめない?」
霊夢がそう言うと、魔理沙が心外そうな表情をして切り替えしてきた。
「…喫茶店って、集まってしゃべるところじゃないのか?」
「…それがオチか。」
オチがついたところで、毒にも薬にもならない話は閉幕である。
春。山の幻想郷でも桜が散り始め、夏に向けて緑が生い茂り始める頃。
少し、暑くなってきていた。
神社の社務所――と言っても、生活空間と兼用――には、三人の少女。
少女と言っても、もう成人してしばらく経つ。
無言でお茶をすするのは、楽園の素敵な巫女、博麗霊夢。
先の異変で率先して地獄に殴り込んだはいいが、結局迷子になり、どうやら本命の造形神のところには辿り着けずに地獄で暴れるだけ暴れて帰還したらしい。
もう一人は冥界に住まう半人半霊の剣士、魂魄妖夢。
幽霊に絡む異変だったので久しぶりに異変解決に参加し、造形神と半ばヤクザのような動物霊の派閥二組を叩き潰して大金星を挙げてきたばっかりだ。
最後の一人は魔法の森に居を構える普通の魔法使い、霧雨魔理沙。
妖夢と一緒に造形神のところまで辿り着いて、異変の解決に一役買ったただの人間である。
「なんかさぁ、この三人って珍しい組み合わせだよな。」
部屋の中に寝転がった魔理沙が口を開く。
この三人だけになるのは少し珍しいことだった。
だいたいはこの三人に加えて、山のほうの神社の巫女である東風谷早苗、人形遣いのアリス・マーガトロイド、薬売りの鈴仙、または天狗の射命丸文、吸血鬼のメイドである十六夜咲夜…など、誰か他の者がもうひとりくらいは居ることが多い。
「珍しいかしら?」
霊夢はあまり気にした様子も見せず、お茶のおかわりを淹れる。
「前の異変でもこの三人だったじゃない。」
「あーまあ確かにそうだな。」
魔理沙は頷いたあと、妖夢のほうを向いた。
「お前、閻魔に現世入りを禁じられたんじゃないのか?」
「誰も禁じられてなんかいないよ…。」
今となっては古い話だが、妖夢は昔に閻魔の四季映姫から『あんまり現世に長居すると半人半霊の性質を失うから冥界に帰れ』(意訳)という説教をされたことがあった。
それまではしょっちゅう現世に出入りしていた妖夢だったが、それ以降は冥界からあまり現世には来なくなり、顔を見せたのは久しぶりであった。
彼女が前に顔を見せたのは、やはり霊の絡んだ異変――道教の親玉が復活してきた異変――の時くらいなもので、もう結構前になる。
妖夢は説教を受けただけで、別に禁じられているわけではない。ただ、なんとなく自分の半人半霊のバランスが崩れて生物としての側面を強くするのは抵抗があった。一体何が起こるのか自分でもわからなかったのだ。
自分が自分じゃなくなるかもしれない。そんな少しの恐怖があって、中々現世には来れないでいた。
しかし、そんな妖夢を傍目に霊夢も魔理沙に言葉をかぶせてくる。
「でも、あんまりこっち来てるとマズいんでしょ?」
「冥界に帰れなくなるんじゃないのか?」
魔理沙も心配しているんだがしていないんだか、わからないことを言い出した。
なんとなく二人に『帰れ』と言われているような気がした妖夢は、少ししょんぼりした気持ちになった。
「…二人とも、私のこと嫌いなのか?」
妖夢がそうつぶやくと、二人は首を横に振った。
「そんなことは言ってない。」
「そんなことは言ってない。」
そんな二人の調子は、昔から知っている友人のそれであった。
妖夢はこの気のおけない友人たちが変わっていないことに少し安心を覚えた。相変わらず自分をおもちゃにするのは変わっていないので、そこは変わってほしいが…。
「まあ、いいけどさ…。だけど久しぶりに会って、すぐ帰れは酷いなあ。」
「すまんな、お前は弄ると面白いもんで。」
魔理沙がけらけらと笑い、妖夢も少しふふっと笑った。
魔理沙と妖夢がそんなやり取りをしている傍ら、霊夢は突然すっと立ち上がって縁側へと向かっていった。
「どうした?」
縁側に辿り着いて空を見上げる霊夢に、魔理沙が声をかける。
「…やっかいな奴が来るわ。」
霊夢がぼそっと呟いた瞬間、突風が社務所の建屋の中を吹き抜けた。
突風に襲われた魔理沙と妖夢は目をつぶる。霊夢は平然とそのまま立って空を眺めていた。
そして、空から現れる黒いミニスカートに赤い烏帽子の少女。射命丸文だ。
「どーも…あやや、珍しい顔。久しぶりじゃない?」
突如現れた文は妖夢の顔を見て少し驚いたような顔をした。そして、縁側へと座り込む。
「文…久しぶり。」
文に声をかけられた妖夢が挨拶を返す。
「やっかいな奴ってこいつか?」
魔理沙が霊夢の隣へ歩いていくと、立っていた霊夢は文の隣に腰掛けて頷いた。
「そう。毎度新聞の勧誘が鬱陶しいのよ。」
「今日はオフの日よ。暇だし、お茶でもと思ってね。」
文がそう言ってお茶を催促するように手を動かすと、霊夢は文のそんな様子を見て呆れたようにため息をついた。
普段より、文の口調がえらい砕けている。どうやら本当にオフのようだった。
「ウチは喫茶店じゃない、帰れ。」
「あら、違ったのかしら?」
また文とは別の声が聞こえてきた。霊夢が顔を正面にやると、そこには人形遣いのアリス・マーガトロイドが居た。
大きめの鞄を抱えているので、人里で人形劇でもやってきた帰りだろうか。
「やあ、久しぶり。」
妖夢がアリスに手を上げて挨拶すると、アリスも少し目を丸くした。やはり妖夢は珍しいようだ。
「あら…本当に久しぶりの顔だわ。」
「もー、また人が増えたー。」
ゆっくりお茶を飲んでぼーっとしていたい霊夢は、人が増えたことにすこしうんざりした様子だった。
そんな霊夢を気にも留めず、アリスが縁側に座る。文、霊夢、アリスと並んだ状態になった。
「和風喫茶だと思っていたわ、違ったのね。」
「神社廃業して喫茶店にした方が儲かるんじゃない?」
アリスが煽るように言うと、文がそれに同意したように言葉をかぶせる。
霊夢は嫌そうな顔をして二人の言葉を否定する。
「廃業なんかしないわよ。」
「じゃあ副業ね。」
アリスの提案に、魔理沙がふんと鼻で笑った。
「出がらしのお茶で金取れるのか?」
霊夢の…と言うか博麗神社でお茶を飲むと、出がらしのお茶が出てくる事が多い。
一時期は閻魔に『善行を積め』と言われて出がらしをやめていたのだが、いつの間にかまた出がらしのお茶が出てくるようになっていた。
「霊夢、一時期出がらしのお茶やめてなかった?」
妖夢が霊夢のほうを向くと、霊夢はうんざりした様子で手を振った。
「あんたらに出す新茶はないって話よ。」
そんな霊夢たちを他所に、文がいそいそと手帳を取り出してメモを取り始めた。
「『神社が新装、妖怪相手の喫茶開店!?』明日の見出しはコレで決まりですね!」
ぱぱっと書いたメモ書きを見て、文は満足そうに頷く。
「もーホラぁー。天狗さん気持ちよくなっちゃってるー。」
霊夢が苦虫を潰したような顔になり、魔理沙、アリス、妖夢はぷっと笑った。
文は続ける。
「宣伝は文々。新聞にお任せを!」
魔理沙は霊夢のほうに向き直った。
「結構儲かると思うんだが、どうなんだ霊夢。」
「毎日誰か来るんでしょ?」
妖夢も魔理沙に続けた。
博麗神社の賽銭箱は閑古鳥が鳴いているが、来客自体はおそらくかなり多い。毎日誰かしらは来ているような状態だ。
ただ…。
「金を払いそうな奴が来ないじゃない!」
霊夢が嫌そうな顔で文句を言った。
「私は払うわよ、ちゃんとね。」
アリスが心外そうに言うと、魔理沙もそれに続く。
「私も払うぜ、ツケでな。」
「…。」
妖夢が残念そうな目で魔理沙を見つめていると、霊夢は呆れた様子でため息をついた。
「こーゆー奴しか居ないのよ!」
「それは偏見じゃないの?」
文はそうは言ったが、文自身も少しそうかも、と思っていた。
博麗神社に来るのは金も持たぬような奇人変人、金と無縁の妖怪、妖精ばっかりだ。なんなら貧乏神もそれなりの頻度で訪れるレベルであり、金と縁がなさそうな来客は多そうだった。
「…何の話をしているの?」
そんな話をしていたら、さらに来客だ。
霊夢が声のほうを向き直ると、笠をかぶって薬箱を背負った怪しい行商スタイルの少女が居た。
その姿を見た妖夢が飛び出してくる。
「鈴仙!久しぶり!」
怪しい薬売りは、地上に逃げてきた月の兎、鈴仙だった。
鈴仙の薬師としての院号は優曇華院で、今の住居の主からのあだ名はイナバなので、彼女は鈴仙・優曇華院・イナバというやたら長い名前を持っている。
そんな変な妖怪兎なのだが、わりとここに居るメンバーとは付き合いも長く、仲は良い。
「妖夢!元気にしてたー?」
妖夢の姿を見た鈴仙は笠を取り、嬉しそうに手を振った。兎耳がぴょこぴょこ動いているので本当に嬉しそうな様子だった。
何かと妖夢は鈴仙と縁があり、一緒に行動していた時期があった。結構仲がいいのだ。
「…で、何の話?」
「神社が妖怪相手の喫茶店になる話。」
鈴仙が文のほうを向くと、文がさくっと一言で説明をした。
「よさそうじゃん、儲かりそう。」
鈴仙はいそいそと薬箱を降ろし、縁側へ向かう。
文が下駄を脱いで中に入り、縁側は鈴仙、霊夢、アリスになった。
鈴仙が縁側に座ると同時に、アリスがふっと笑った。
「でしょ?儲かりそうよね。」
「あんたん家の家業の方が儲かりそうだわ。」
霊夢は鈴仙を少し恨めしそうな目でじろっと見つめた。
「人里の薬って今けっこうお前のになってるんだろ?」
魔理沙がそう言うと、アリスが少し驚いた様子を見せる。
「そんなに?」
「それは儲けてそうだ!」
「そんな儲からないわよ、みんな元気だし…。」
妖夢もびっくりした様子だった。しかし、鈴仙は謙遜気味に否定する。
しかし、そんな鈴仙に霊夢は親指と人さし指で輪っかを作り、ひらひらと動かす。
「またまた…で、いくら稼いでるんです?コレ。」
「稼いでないって…。」
鈴仙が困ったように言う。そこに、妖夢がふと気になったことがある様子で口を開いた。
「…神社の喫茶とどっちが稼げそう?」
「そりゃあ神社の喫茶店よ。」
「いやうそつけ。」
鈴仙の返答にぴしゃりと霊夢がツッコミ入れた。
「霊夢、見事に話のすり替えに失敗したな。」
「うるさい。」
魔理沙がけらけら笑うと、霊夢はがっくりとうなだれた。また神社喫茶の話になってしまった。
「だって毎日誰か来るんでしょ?」
鈴仙がにこやかに霊夢に聞くと、霊夢ははぁとため息をつく。
「…その話はさっきした。」
「うちからお茶提供しようか?」
鈴仙が言うと、ほう、と魔理沙が話にはいってきた。
「お前、茶も作ってるのか?」
「もともとお茶は薬だからでしょう?」
アリスがしれっと博識を披露すると、鈴仙が頷いた。
「そうなんだ。」
妖夢が感心したように言うと、文が続ける。
「昔はお茶を飲む風習はなくて、茶は薬として飲んでいたものなのよ。」
「へえー、初めて知った。」
さすが天狗は長生きしてるだけあるなぁ、と妖夢は感心する。
「あー、なんかそれ本で読んだ記憶あるぜ。なんだっけな、戦場で目覚ましだかに使ってたとか…。」
「話がずれてるよ?」
魔理沙が話始めると、妖夢が割り込んだ。
霊夢はイヤそうな顔をする。
「妖夢、余計なこと言わなくていいの。」
「で、お茶どうするの?」
霊夢のほうに鈴仙が向き直った。
「どうもしない!」
霊夢は少し声を大きくしてぴしゃりと言い切った。
しかし、面白半分の少女たちは話を続ける。
「自前か、やるな。さすがは霊夢だぜ。」
「それとも香霖堂で仕入れるのかしら…。」
魔理沙が適当なことを言い、アリスは真面目に別の仕入先を考え始める。
「いつも通りのツケでか?」
「まるっきりやくざのやり口じゃない…。」
アリスの案に魔理沙がコメントをすると、文がうわぁと言った顔をした。
そんな彼女らに、霊夢は少し語気を強くする。
「ヤクザとか言うな!それはこの前しばき倒してきたあいつらでしょ。」
「お前も妖怪専門のヤクザみたいなもんじゃないか。」
「ちゃうわ!」
ひとつも気にした様子もなく、どこ吹く風といった様子の魔理沙に、霊夢はツッコミが追いつかない。
そんな会話をしていると、更に神社の鳥居をくぐって来客が訪れる。
「あっついなー、おい巫女。冷たーい麦茶を頼むよ。」
巨大な鎌を担ぎ上げた、巨体の赤髪の死神。小野塚小町だ。
鎌を持っているということはおそらく仕事中なのだが、たぶんサボりにでも来たのだろう。
「ウチは喫茶店じゃねええええええええ!来るなり第一声がそれはおかしいでしょ!」
霊夢が怒りを爆発させると、少女たちは一斉に笑い出す。
「はっはっはっはっは!死神はよくわかってるな!」
魔理沙が満足そうに大笑いし、アリスは涙が出るほど笑っている。
「あははははは!本格的に喫茶店にしたほうがいいんじゃない!?」
「タイミング良すぎ!」
魔理沙、アリス、妖夢が笑い転げていると、これまでの話の流れがわかっていない小町は「?」といった様子で首をかしげた。
そんな小町に文と鈴仙が解説を入れる。
「神社が妖怪専門の…。」
「喫茶店になるとかならないとか。」
「ほう、そりゃあいいね。」
「ならんわ。」
その話を聞いた小町は笑いもせずに真顔で応え、すかさず霊夢が否定する。
「絶対儲かると思うんだけどなー。」
魔理沙がそう言うと、小町が頷いた。
「儲かるだろうね、こんだけ人が萃まりやすいんだ。何か商売をやれば金が萃まるのも必然だ。」
さらっと言いのけた小町に、一同がおおーと声を上げる。
「なんか実感籠ってるなぁ…。」
「それが仕事の人だから…。」
文がつぶやき、妖夢がしれっと間違ったことを言う。
「いや、本業舟渡しだからね?職業柄幽霊と話すから、色々詳しくなるだけだよ。」
小町はしれっとぽっくりを脱いで縁側から建屋に入り込み、畳のうえに寝転がった。
来て早々くつろぎ始めた小町に、霊夢が疑問を投げかける。
「んじゃあ何で今はお金が集まらないのよ。今だって人来てるのに。」
「そりゃあ商売してないからだ。」
霊夢の疑問に小町がさくっと返事をすると、一同が吹き出した。
「こ……小町に…!」
「働いてないと言われてる…!」
いつの間にか鈴仙と交代して霊夢を挟むように座っていた魔理沙とアリスが、また腹を抱えて笑い出す。
「しばくぞお前ら。」
霊夢は魔理沙とアリスを交互ににらみつけてどこからともなく札を取り出す。
「どうどう、落ち着いて。」
妖夢が霊夢を引き止めていると、くつろぐ小町が霊夢のほうを向いた。
「そんで店員さん、麦茶まだ?」
「誰が店員かコラぁあああああ!」
霊夢は勢いよく立ち上がって小町に札を投げつけた。
「きゃん。」
「すごいなー、小町。」
「べしゃりが仕事なだけのことはあるな。」
「いや、だから本業舟渡しだからね?噺家じゃないよ。」
いつの間にか霊夢に麦茶をいれてもらった小町を見ながら、鈴仙と魔理沙が感心の声を上げる。
縁側には魔理沙、アリス、文の組み合わせになり、律儀にも麦茶を出した霊夢は部屋側に戻っていた。
部屋には妖夢、霊夢、小町、鈴仙。いつの間にか七人になっていた。
しかし、さらに来客が訪れる。
「なんか凄い集まってますね…。」
「あ、早苗。」
社務所の玄関口から縁側に回り込んできたのは、山の神社の巫女、東風谷早苗だ。
幻想郷ではつい最近出来た神社なので、ある意味では霊夢の後輩巫女とも言える。
「凄い盛り上がってるみたいだけど…。」
早苗が縁側の文に聞くと、文が答える。
「博麗神社が喫茶店になるらしいんですよ。」
「おいその話終わらせろ。」
「え、霊夢さん廃業しちゃうんですか?」
「しないから!」
即座に霊夢が話を止めにかかるが、案の定早苗が食いついてしまった。
「副業ですか…儲かりそうですね。」
「その話ももうした!いや、喫茶店やらないから!」
「え、じゃあバー博麗?」
「いや飲み屋でもなくて!店にはしないって!」
「アットホーム風喫茶とか…。」
早苗と霊夢の応酬。止まらない早苗に、ついに霊夢がギブアップする。
「おい、誰かこいつ止めて。」
「早苗、分かっててやってるだろ。」
魔理沙が仕方ないと助け舟を出してやることにして、早苗に声をかける。
すると早苗はふふんと少し得意げな顔をした。
「分かります?」
「面白いけど、あんた人をイラつかせるの上手そうよね。」
アリスがあまり敵に回したくなさそうなコメントをすると、さらに早苗は得意そうな顔をする。
「よく言われます(ドヤッ)」
そんな早苗の煽りで、霊夢はかなりイライラしている状態になっているようだった。
「大分いらついてるわ。お前らのせいで私の怒りが有頂天…。」
そこまで霊夢が言った瞬間、突然謎の声と共に参道に巨大な岩の塊が落ちてきた。
岩とともに落ちてきたのは、不良天人の比那名居天子だ。
一体どこから話を聞いていたのだろう。
「 有 頂 天 と 聞 い て !」
「帰れ!」
霊夢は即座に帰れと言わんばかりにしっしっと手を動かすが、天子も縁側に座り込んだ。
「…大分人が増えたね。」
妖夢がみんなの顔を見渡す。いつの間にかアリス、魔理沙、文が室内に入り、鈴仙、霊夢、天子、妖夢が縁側に来ていた。
「夏前でも、コレだと暑いわね。」
アリスがふう、と息をついた。
「この喫茶店は冷房がないのかい?」
小町はあくびをしながら霊夢に訊いた。
「あるかそんなもん。」
「喫茶店は否定しないんだ~?」
霊夢が即座に返すと、鈴仙が意地悪そうな顔で霊夢をつつく。
「喫茶店も否定させてもらうわよ。」
霊夢はしまったという顔をして、喫茶店に否定的なコメントを入れる。
そのとき、ふと早苗が閃いたように手をぽんと叩いた。
「そうだ、風おこしとか需要あります?」
「お、いいねえ。涼しくなりそうだぜ。」
早苗の提案に、魔理沙が乗る。
すると早苗はニヤっと笑った。
「じゃあ、魔理沙さんのために祈らせてください。…お金、頂きますけど。」
「金とるんかい!」
魔理沙がひっくり返ると、霊夢は呆れた顔で鈴仙のほうを向いた。
「ああいうのを商売上手っていうんじゃないの?」
「確かに。」
「でも、天界よりは涼しいわよ?」
縁側の天子が青空を指差す。
「あそこ涼しそうじゃないか?」
魔理沙は縁側のほうに歩いていき、空を見上げる。よく晴れた青空だ。気持ちがいい。
そんな魔理沙の様子に、天子が声を荒げる。
「夏場の直射日光で涼しいわけないじゃない!」
「えぇー…。日陰一切ないのか…。」
「言われてみると、曇りもないからな…天界は。」
妖夢がかわいそうなモノを見るような目で天子を見つめる。
そして小町がごろごろと転がりながらしゃべる。この死神は起きるつもりはないのだろうか。
そんなことを言っていると、天子が妖夢の半霊を鷲掴みにして抱きかかえた。
「あ、半霊が冷たくて気持ちいい。」
「!?」
天子の突然の発言に、妖夢は驚きの表情を見せた。妖夢は自分の体の一部がそういうふうに使われるとは思っても居なかった。
と言うか、冷たいのか自分の半霊…と妖夢はあまり気にしたことがなかった事実にも驚いていた。
「氷枕か。」
霊夢は妖夢の半霊をつっつきながら笑った。
昼間になり、太陽の日差しはますます勢いを強める。
今日は比較的、暑い日だった。
「で、あんたたち何しに来たのよ。」
霊夢は縁側で談笑する者たち、室内でごろごろとくつろぐ者たちに目をやる。
毎日誰か来るが、こんなに人数が多いのは久しぶりだった。
「ダベりに。あと仙桃が取れたからおすそ分けよ。」
「ダベりに。残念だが私は何も持ってきてないぜ。」
天子が言うと、魔理沙もそれにかぶせる。
準備のいいことに、天子はいくらかの仙桃を持ってきているようだった。
甘い香りが漂ってくる。仙桃は少しかたいが、味も香りもいい。
「久しぶりに顔を見に。」
妖夢は霊夢たちの顔を見に来たのだという。霊夢は妖夢と会うのは半年ぶりくらいなのだが、数年ぶり、という者もいるかもしれない。
「喫茶店の取材に。」
「オフなんじゃねーのかよ帰れ。」
オフとか言っていた文がおかしなことをいい出し、霊夢はぴしゃりとツッコミを入れる。
「人形劇終わってヒマだったからふらっと…。」
「同じく商売終わって暇だったから…。」
アリスと鈴仙は、商売終わりに立ち寄っただけらしい。
「麦茶。」
「喫茶店じゃねーっつってんだろ帰れ。」
小町は完全にサボりだ。閻魔にでも突き出してやろうか。
「回覧板です。」
「あ、どうも。」
早苗はボードを霊夢に手渡す。その様子を見た天子は目を丸くする。
「…山の神社で回覧板とかあるの?」
「一応人間の繋がりだからね。人里から少し離れたところにも来るわよ。」
霊夢は中身を確認しながら答える。
しかし、人里にまだ近い博麗神社ならともかく、妖怪の山に近い守矢神社のほうまで一体誰が回覧板を運んでいるのだろうか…。
「ご近所の繋がりを大切にねってことかしら。」
「まあ、そんなところです。」
別に近所でもないのだが、霊夢と早苗は適当に天子を相手する。
回覧板を見ている霊夢の後ろから、文とアリスが覗き込んできた。
「喫茶店の広告とか挟んでおきましょうか?」
「ああ、いいじゃないそれ。」
「余計なことするな。」
楽しそうな文とアリスを傍目に、霊夢は迷惑そうに手で二人を追い払う。
「うちの宣伝もはさんでもらおうかな。」
魔理沙がそう言うと、妖夢が「えっ」と驚いた様子で魔理沙に振り返る。
「親父さん怒るんじゃないの?それ…。」
「この年にもなってまだ怒ってるのかよ。手前の娘がどうしてるか心配くらいしろってんだ。」
「心配されたいんだ?」
「うるせえ。」
妖夢の心配ごとを他所に、魔理沙はぶすっとふくれっ面になった。
「何その話。」
天子が頭に疑問符を浮かべていると、霊夢がそっと説明する。
「ああ、こいつ父親に勘当されてるのよ。」
「あら、そうだったの?道理で育ちが悪い感じだわ。」
なにか納得したように天子が言うと、魔理沙は横に首を振った。
「失敬な、早いうちに独り立ちしたんだ。」
「霖之助さんに助けてもらってたくせに…。」
「香霖にはそんな助けてもらってない。魅魔様にはお世話になったけどな。」
「魅魔さま?」
魔理沙と霊夢のやり取りに、早苗が知らない名前を聞いて「誰?」と続ける。
「あぁ、このコ知らないんだっけ。」
「魔理沙のお師匠さんだよ。」
アリスと妖夢が早苗に説明すると、早苗はへえーと声をあげた。
「そんな人が…。魔理沙は我流の人だと思ってたわ。」
「そういやぁ、最近会ってないな…。」
魔理沙は随分会っていない自分の師匠のことを思い返しながら、天子が持ってきた仙桃をかじり始めた。
「…人が多い。」
さらなる来客。吸血鬼の懐刀の十六夜咲夜だ。
その隣には咲夜が仕える吸血鬼の館の客人魔女、パチュリー・ノーレッジの姿もある。
珍しい組み合わせだ。
「よう。」
「珍しいじゃない、レミリアなしだなんて。」
魔理沙が手をあげて挨拶をすると、霊夢は珍しい組み合わせに目を丸くした。
咲夜の主――レミリア・スカーレットが居ないで、パチュリーが居るのは本当に珍しい組み合わせであった。
そもそもパチュリーが外に出てくること自体が珍しいのに、その上この組み合わせである。珍しいことだらけだ。
「忙しいのよ、あいつもあいつで。」
パチュリーは縁側に座り込み、咲夜は縁側から室内へと上がりこんでいく。
「むしろパチュリーが珍しい。」
「パチュリーあまり外出しないもんね。」
妖夢と鈴仙がそう言うと、パチュリーはふう、と息をついた。
「病弱なのよ、いろいろ持病もあるしね。」
「あんなアクティブな病人がいるか。」
「あのときは体調が良かったのよ。」
以前、異常気象を引き起こした異変で天子はパチュリーと戦い、敗北した。
異変解決という話にはとんと縁のないパチュリーだが、気象異変では珍しく諸悪の根源に辿り着いて解決に導いていた。
そのときにかなりパチュリーはアクティブに動いており、天子からするとパチュリーはあまり病弱という印象はなかった。
「で、お二人は何をしに?」
「少し疲れたので、お茶を頂こうと思って…。」
文が訊くと、いつの間にか咲夜は室内から急須を取ってきてお茶を入れていた。
「だから喫茶店じゃないってば!」
霊夢がガーっと声を荒げると、咲夜はしれっと二人分のお茶を入れて、ひとつをパチュリーに手渡す。
「セルフサービスで入れてるじゃない。」
そして、パチュリーは先程から室内をしきりに見渡していた。なにかを探しているようだ。
「アリス来てないかしら。」
パチュリーがそう言うと、魔理沙は小町の影を指す。
「そこに居るが。」
「ちょっ!バカ!」
「いてえ。叩くことないじゃないか…。」
小町の後ろで小さくうずくまっていたアリスはぎょっとした顔になり、告げ口をした魔理沙をひっぱたいた。
「…なに隠れてるんですか…?」
「悪い事でもしたの?」
文が何してんだ…と言いたそうな顔でアリスのほうに向き直り、早苗も残念なものを見るような目でアリスを見つめる。
「そいつ、修業中に逃げ出してきてるのよ。連れ戻しに来たってわけ。」
パチュリーが呆れたようにそう言うと、魔理沙が珍しいものを見るような目でアリスの顔を見る。
「修行?珍しいなアリス。」
「なんで修行?」
魔理沙と霊夢がアリスに尋ねると、アリスはそっぽを向いた。
「なんでもいいでしょ、別に…。」
「『霊夢や魔理沙と差が開いてるから』って言ってたわね。こいつ、異変のときに力になりたいんですって。」
「ぱっ、パチュリー!何勝手に…!」
パチュリーがさらっとアリスの動機を話すと、アリスは顔を真っ赤にしてパチュリーの口を塞ぎに行く。
しかし、もう手遅れだ。一同はおおーと声を上げる。
「意外な動機!」
「アリスそんなキャラだっけ?」
「ああ、こいつはそーゆーやつだ。」
妖夢と鈴仙がびっくりした声を上げると、魔理沙は付き合いの長い相棒の性格をよく知ったように頷いた。
「…。」
諸々がバレて、アリスは顔を真っ赤にしたまま俯いた。穴があったら入りたいとは、まさに今の状態だろう。
「自分からの自発的動機なのになんで逃げ出してるのよ。」
天子も少し呆れたようにそう言うと、アリスは真っ赤な顔を上げて横目でパチュリーを見つめた。
「だ、だって…。」
「妹様と24時間いっぱい遊ぶのが修行の内容。」
妹様――レミリアの妹、フランドール・スカーレット――と遊ぶのが修行の内容。
レミリアの5歳年下の妹、フランドール。力の使い方が下手くそで、吸血鬼の恐るべきパワーをコントロールできずに平気で人間にも掴みかかって来かねない危ない存在だ。無邪気なので余計にタチが悪い。
「死ぬわ。」
「そら逃げるわ。」
「無理だわ。」
霊夢、妖夢、文がうわぁと言う表情で、それぞれコメントする。
魔理沙も少し遠い目をしながらつぶやく。
「…私もやったことあるぞそれ。」
「アレ本当に死ぬわよ。」
アリスはため息をつき、がっくりと項垂れた。自分からいい出したことではあるが、こんな命がけの修行をさせられることになるとは思っていなかった。
「大丈夫よ、死んでも生き返らせてあげるわ。」
「そんなこと出来るのか!?」
パチュリーがドヤ顔で言い切ると、魔理沙が驚きの声を上げた。
さすが百年以上生きる魔女は格が違う。蘇生魔法まで身につけているとは。
魔理沙が感心していると、パチュリーはふふっと悪そうな笑みを浮かべた。
「嘘よ。死んだらおしまい。」
「おい。」
アリスには気の毒だが、頑張ってもらうしかなさそうだ。
ぐだぐだと転がりながら、毒にも薬にもならない話を少女たちは続ける。
いつの間にかせんべいやらおかきやら、おやつまで用意されてくる始末だ。
ただ、人数分用意したはずのおやつが足りなくなったり謎の現象が起きている。
姿を見ていないが、どうも意識の外に覚妖怪の妹もこの場に居るらしかった。誰も気づいていないが。
「ここのところ大きい異変もないなー。」
つい半年前に動物霊やらをしばき倒してきたばかりだが、言われてみると一時期に比べると規模の大きい異変は少なくなっていた。
平和が一番だ。満足そうに霊夢は頷く。
「いいことだわ。」
「平和が一番だよねえ。」
「まったくですわ。」
「変なことは勘弁です…。」
妖夢、咲夜、早苗と、これまで異変解決に積極的に参加してきた面子は今の安穏とした状況に満足していた。
「なーんか私の代になってから、大型異変が続くのよねー…。」
霊夢は縁側から空を見上げる。
上げれば枚挙に暇がないほどの異変・小競り合いを相手にしてきていた。
「そうなの?このくらいの頻度で頻発してるもんなんだと思ってた。」
早苗がそう言うと、文が首を横に振った。
「霊夢の代になって爆発的に増えたわ。スペルカードルールのせいだと思うけど。死者が出なくなる代わりに、気軽に戦いを挑めるようになってしまったから。」
「そうかもねー。人妖対等に戦えるいいゲームだと思うけど。」
霊夢ははあーとため息をつく。
しかし、真の意味で人妖対等に戦えるのは、霊夢、魔理沙、早苗、咲夜と言った、妖怪に近いような人間たちばかりであった。
本当に対等かというと、彼女たちだからこそではないだろうか。
「どんだけの異変を相手にしてきましたっけね。」
早苗がそう言うと、魔理沙が数え始める。
「紅い霧、終わらない冬、明けない夜。枯れない花、異常気象、間欠泉、UFO騒ぎ…。大量の神霊、勝手に動き出す道具たち。月の侵攻、季節の入り乱れ、そして地獄のヤクザ共の侵攻。なんか忘れてる気もするな。」
「ええじゃないかとかオカルトとか、完全憑依異変とか抜けてるわね。」
参加してないにしても記録を付けていた文はその辺わりと詳しいらしく、補足を入れていく。
「一番最初の大型異変ってなんだっけ?」
霊夢がふとそういうと、魔理沙が答えた。
「紅霧異変だな。もう随分経つ。」
「紅霧異変か、天界からも幻想郷が紅く見えたよ。」
天子の住まう天界からも見えていたらしい。
スペルカードルールの制定後、すぐにレミリアが起こした紅霧異変。
ルールの脆弱性と有効性を確かめるかのように引き起こされた最初の大型異変は、霊夢と魔理沙の勝利に終わった。
妖怪との対決にスペルカードルールが有効であることを示した、幻想郷の歴史上で重要な事件だった。
そんな異変から、すでに10年以上経とうとしていた。
…少女たちも、いい加減少女たちという年齢ではなくなりつつある。適齢期といえば適齢期なのだ。
「そういやこん中ではこいつらが一番付き合い長いんだよな。」
魔理沙は縁側で茶をすするパチュリーと、ひたすら他人の茶を汲み続ける咲夜を交互に見つめた。
咲夜はメイド根性が身に沁み付きすぎていて、給仕してないと落ち着かないらしい。
「…まさか一緒に異変解決するほど仲良くなるとは思っていなかったわ。」
霊夢はぼそっと呟く。咲夜なんか完全にやさぐれていて、今では考えられないほどトゲトゲしかったのだが…。
そんなことを思いながら、霊夢はお茶を飲みながら続ける。
「今は歳とっちゃったからあんま感じないけど、当時はえらいこわいなこのお姉さんって感じだったのよね。今じゃすっかりトボけちゃったけど。時折片鱗が見えるけど…。」
「あら、そうだったの?」
そんな霊夢のコメントに、咲夜が目を丸くした。あんまりそういう目で見られていたとは思っていなかった。
「あの頃はばちこんってする愉快なお姉さんだとは全く思ってなかったわ。」
「あんたたちのおかげで変わったわ。」
咲夜がウインクする。ばちこん。昔では考えられないほどいい笑顔だ。
そんな調子で、霊夢と魔理沙は昔の異変を順番に思い出していくことにした。
――気づけば、神社に集まってぐだぐだとしゃべる面子は古い友人が多い。
最近神社にたむろしているのは小人の少名針妙丸、貧乏神の依神紫苑、狛犬の高麗野あうん、怪しい妖精クラウンピースなど比較的新参顔であるが、こうやってぐだぐだ過ごす仲は古い付き合いが多い。
寺の雲居一輪や道教の物部布都なんかもわりかし気のおけない友人(強敵?)になりつつあるが、やはり天子くらいまでの顔ぶれで一緒にいることが多い気がする。
ひとしきり全員との出会いを思い返した霊夢と魔理沙は、時の流れの早さを感じていた。
そりゃあ自分たちも大人になるわけである。
「…こうやって思い返すと、いろんな思い出があるよねー。」
いつの間にか寝てる小町をオモチャにしながら、妖夢が呟いた。
「そうね。いい連中と巡り合えたなぁって、思えてるわ。」
「ガラにもないな、霊夢。」
霊夢が満足そうに頷くと、魔理沙が意地悪そうに霊夢をつついた。
「…そうかしら。」
霊夢は少し照れた様子で返す。
「多分みんな思ってるわよ、同じこと。」
「ここに居る仲間たちが、最高の友達なんじゃない?」
それ以上言葉を紡がない霊夢に代わり、天子、アリスが続ける。
「困ったことがあったら相談出来てさ。」
「くだらないことでずっと話せる。」
「それが出来るって、幸せなことよね。」
妖夢、鈴仙、早苗もそれに続けて言葉をかぶせていく。
毒にも薬にもならない話ができるのは、実は一番いいことなのかもしれない。
しかし、神社にこれだけ人数が集まるのは少しいただけないなと霊夢は思った。
「…ここに集まるのはやめない?」
霊夢がそう言うと、魔理沙が心外そうな表情をして切り替えしてきた。
「…喫茶店って、集まってしゃべるところじゃないのか?」
「…それがオチか。」
オチがついたところで、毒にも薬にもならない話は閉幕である。
人に歴史ありといった感じで素敵でした
あとがきにもありますが、東方projectって本当に昨日の敵は今日の友って感じですよね