あれはそう、真夏の空に雪が振り、紅葉の帳に桜が舞い、氷精がコゲコゲに焼けた日。
幻想郷中の四季が乱れ、妖精達が暴れまわった、あの四季異変の日の事です。
異変のごたごたというか、神秘の気まぐれというか。
色々あって、あうんはこの身体を得ました。
そしてそのおかげで、身体の無い時からずっと見護り続けていた霊夢さんと目を合わせてお話をする、という夢が実現できるようになったんです。
いつもならひっそりと見護っているだけのあうんですが、霊夢さんの姿をひと目見た瞬間居ても立っても居られなくなって、霊夢さんの目の前へ思わず飛び出してしまいました。
「あれ? 神社で戦闘ですかー? あうんが神社を見張っていましたが、ちょっと妖精が興奮状態なくらいで、これといって危険な侵入者はなかったですよ」
「えーっと、あんた誰だっけ?」
「嫌だなぁ、コマ犬の高麗野ですよぉ」
「……コマ犬なんて居たっけ?」
「ええ、ひっそりと神社とかお寺、それに霊夢さんの事をずっと見護っていました。
というわけで神社はあうんが見張ってますんで、侵入者の心配はありませんから安心して出かけてきてくださいな」
本当は、霊夢さんへの大好きをたくさん伝えたい所でしたが、今の霊夢さんは異変解決の真っ最中。
あふれ出る気持ちをぐっとこらえて、あうんは狛犬として、霊夢さんに安心してもらえるよう務めました。
それに、ちょっぴり恥ずかしかったのもありますしね。
「っていうか、どう考えてもアンタが侵入者じゃない! アンタが何者なのか、じっくり調べてやるわ!」
やっぱりというか、さすがというか、あうんの気持ちとは裏腹に、霊夢さんはあうんの事を怪しく思って、そのまま弾幕ごっこで勝負する事になってしまいました。
それはあうんにとって初めての弾幕ごっこでしたが、霊夢さんの活躍をずっとそばで見てきたので、戸惑ったりする事はありませんでした。むしろとても楽しかったぐらいです。
「ひどーい。あうんはただ、神社を守っていただけなのに」
勝敗はもちろんあうんの完敗。
でもその戦いのおかげで、霊夢さんにあうんが怪しいモノじゃないと分かってもらえ、更にはあうんが神社のお留守番をする事まで許してもらえたんです。
誤解が解けて、あうんに向けられる目や表情がすーっと穏やかになっていくあの時の霊夢さんの顔は、今でも忘れられません。
「これからまた出かけるんですね。神社の留守はお任せ下さいなー」
再び異変解決へと繰り出した霊夢さんを見送って、あうんはとてもわくわくしながら神社で待ちました。
だって、異変が起きてそれが解決すると、いつも必ず盛大な宴会が神社で執り行われるからです。
霊夢さんと初めてお話しして、霊夢さんと初めて弾幕ごっこをして、おまけに一緒に宴会ができるだなんて、狛犬人生でこんなに幸せな日は他にありませんからね。
でも、残念ながら今回はちょっと事情が違いました。
霊夢さんを見送ってしばらくして、幻想郷に満ちていた、異変特有の幻怪な空気が薄まりました。
異変の解決です。
時をほぼ同じくして、霊夢さんも無事に神社へと戻ってきました。
異変を解決して意気揚々と帰ってくるはずの霊夢さんは、いつもと違ってどこか浮かない顔をしていました。
聞くと、異変自体は治まったものの相手に逃げられてしまい、異変の根源は解決できずじまいになってしまったんだそうです。
そんな歯切れの悪い状態では、霊夢さんも他の人も、宴会をする気分にはなれません。
おまけに霊夢さんも、とってもお疲れの様子で。
「今日はもう、さっさと食べてさっさと寝るわ」
と言って、そそくさと神社の母屋に入っていってしまったんです。
境内にぽつんと残されたあうんの胸は、悲しい気持ちでいっぱいになりました。
お留守番の間、満開に咲いた神社の桜を眺めながら、その下でする宴会の様子をずっと想像しながら楽しみに待ってましたからね。
異変が去ったせいで普通の何倍も早く散り始めた桜の前で、あうんはじっと涙をこらえました。
落ちる桜の花が、あうんの代わりに泣いてくれているようで、とても頼もしく思えました。
「あー、えっと、誰だっけ。こまいぬー!?」
花がほとんど無くなってしまった頃、突然母屋から霊夢さんの声が聞こえました。
霊夢さんがあうんの事を呼んでくれた。初めて。
霊夢さんの声は、さっきまでいっぱいだった悲しい気持ちをあっという間に吹き飛ばしてしまいました。
「はーい!」
あうんは嬉々として霊夢さんのいる部屋へと一直線。
部屋には、既にラフな格好に着替えた霊夢さんと、小さなちゃぶ台の上に、ふたの乗ったどんぶりが二つ置かれていました。
「霊夢さん、これは?」
「まああれよ、知らない間も神社を守護してくれてたみたいだし、今日も留守番してもらったから、ささやかなお礼みたいなものよ」
何ということでしょう!
霊夢さんがお礼にと言って、ごはんを用意してくれていたんです。
しかも、どんぶりが二つという事は、霊夢さんと一緒にご飯が食べられるという事ですよ。
二人っきりで!
「落ち着きなさいよ」
つい嬉しくて飛び回るあうんに、若干の苦笑いを向けつつ、霊夢さんはこんなもんだけど。と言いながらどんぶりのふたを外しました。
するとそこには、透き通ったべっこう色の汁に、くねくねとうねった細い麺、青いねぎに、半熟のたまごが。
あうんが初めてもらったもの。あうんが初めて口にした食べ物。それが霊夢さんの作ってくれた、インスタントラーメンだったんです。
「ほら、ちゃんと座って。手を合わせていただきますって言いなさい」
「い、いただきまつ!」
興奮を抑えながら、初めて使うお箸に苦戦してようやくすすった麺の味は、とても優しく、温かかったです。
こんなに素晴らしいものをもらえるあうんは、きっと特別な存在なんだと思いました。
「あうん、今日はラーメンがいいわ。あんたの好きなやつ」
「わかりました、お任せください!」
あれから月日は流れ、今ではあうんと霊夢さんは一緒に暮らし、ご飯を作るのはあうんのお仕事になりました。
霊夢さんに作ってあげるラーメンは、もちろんあの時と同じインスタントラーメン。
何故なら、霊夢さんもまた、特別な存在だからです。
あうんちゃんが健気でかわいい
報われてよかった
霊夢のラーメン食べたい