近頃めっきり暖かくなってきた。春告精の声が響き渡り、花粉症の薬が売れる季節だ。
私も、気温の低下や日照量の減少を要因とする心身の不調から解放されつつある。
それはいいのだけれど、数ヶ月もの間不調が続いたせいで、生活習慣が省エネ仕様にすっかり変わってしまっていて、せっかく回復した活力を持て余している。何かをしなければいけない気がするのに、何をすればいいのか分からず、無意味に部屋の中をうろうろ歩き回ってしまう。
そんな時、暇そうなやつがふらふらと縁側を歩いていくのが目に入ったので、呼び止めてみた。
「ねー、てゐ」
「あー?」
てゐはさも億劫そうに振り向いた。下らない用件で呼び止めるな、と言わんばかりだ。勿論そんなの知ったこっちゃない。
「私って普段何してたっけ」
聞いておいてなんだが、訳の分からない質問だな。てゐは何故か得意げな顔で答えた。
「鈴仙はねー、いつも必要の無い仕事を勝手に引き受けて勝手に忙しくなってて、馬鹿みたいだったよ」
いくら何でもそんな言い方があるか。私は手で銃の形を取った。
「思い出した。あんたをとっちめるのに忙しかったんだわ」
てゐは跳ねるように逃げ出した。私はそれを追いかける。そうだ、こういうことを毎日やっていたんだった。
○
竹林中を逃げ回って、一刻が過ぎた頃。私を追いかけていた鈴仙は、仰向けになって地面にぶっ倒れた。あーあ。
冬の間、仕事以外は引きこもりがちだったせいで、体が鈍っているのだろう。普段ならこの倍の時間は追いかけっこを続けていたのだが。
足を止めると春の陽気が降り注ぎ、爽やかな風が汗ばんだ肌に心地良い。体を動かしたおかげもあって、とても気分が良かった。鼻歌だって出てきそうだ。
「無駄な時間を過ごしたわ。もっと他にやることがあったはずなのに」
鈴仙は大の字になって、呼吸を整えながら苦言を呈してきた。なんだ、こっちはせっかく良い気分なのに。無粋なやつめ。私はあぐらをかいてその傍に座り込む。
「そうでもないよ」
「あん?」
私が言うと、鈴仙は億劫そうに、怪訝な目をこちらに向けた。
「18人」
私が認識している限りでこの数だから、もっと居るかもしれないな。
「何の数」
鈴仙は尋ねながらあくびを溢した。おーい、ちゃんと話聞けよー。
「今日、幸運になった数。鈴仙も含めてね」
竹林中を走り回れば、それなりの数の妖怪や妖精に出会える。迷い込んだ人間であれば、竹林から脱出するだけで幸運を使い果たしてしまうだろうが、元々住んでいるやつらなら、何か別の形の幸運が訪れるはずだ。
「風が吹けば桶屋が儲かる、だよ。今日、鈴仙が無駄に過ごしたと思っている時間が、回り回ってどこかの誰かを幸せにしているかもしれない。いつか、未来の自分を幸せにするかもしれない。無駄な時間なんて一つも無いんだよ」
伝わるだろうか。いつだって不幸な顔をしているこいつに。誰よりも長い時間を私と過ごしているくせに、ちっとも幸せに気付かないこいつに。
今、目の前にあるものを前向きに捉えることができれば、いつだって幸せはそこにあるんだってこと。
「じゃあ」
返ってきたのは、いやに眠たげな声だった。
「あんたの幸せは私が願ってあげる」
そう言って、鈴仙は寝息を立て始めた。
ちゃんと話を聞いていたのか、甚だ疑わしい返答だった。その寝顔は随分と穏やかで、私はすっかり呆れてしまった。
「私の能力は自分にも効くっちゅーのに」
何を言っているんだか。鈴仙に願われるまでもない。私はとっくに幸せなんだ。なんだってそうやっていつも、他人のことばかり気にしているんだ。そんなんだから幸せに気付けないんだぞ。全く。
「あー暑い、暑いなあ。もうすっかり春だなあ」
額に汗が滲む。近頃は寒暖差が激しくて、着る物に困るんだ。今朝は寒かったから、少し厚着しすぎた。だからこんなに暑いんだ。顔がやけに火照っているのもそのせいだ。そのせいなんだ。
熱で頭がくらくらして、仰向けに寝転んだ。
見上げた空は嘘みたいに真っ青で、綿毛みたいな雲がふわふわと浮かんでいる。羽に光を反射させて、春告精が飛んでいくのが見えた。
「来年は、もう少し早く来ておくれよ」
私だって、冬は苦手なんだから。
私も、気温の低下や日照量の減少を要因とする心身の不調から解放されつつある。
それはいいのだけれど、数ヶ月もの間不調が続いたせいで、生活習慣が省エネ仕様にすっかり変わってしまっていて、せっかく回復した活力を持て余している。何かをしなければいけない気がするのに、何をすればいいのか分からず、無意味に部屋の中をうろうろ歩き回ってしまう。
そんな時、暇そうなやつがふらふらと縁側を歩いていくのが目に入ったので、呼び止めてみた。
「ねー、てゐ」
「あー?」
てゐはさも億劫そうに振り向いた。下らない用件で呼び止めるな、と言わんばかりだ。勿論そんなの知ったこっちゃない。
「私って普段何してたっけ」
聞いておいてなんだが、訳の分からない質問だな。てゐは何故か得意げな顔で答えた。
「鈴仙はねー、いつも必要の無い仕事を勝手に引き受けて勝手に忙しくなってて、馬鹿みたいだったよ」
いくら何でもそんな言い方があるか。私は手で銃の形を取った。
「思い出した。あんたをとっちめるのに忙しかったんだわ」
てゐは跳ねるように逃げ出した。私はそれを追いかける。そうだ、こういうことを毎日やっていたんだった。
○
竹林中を逃げ回って、一刻が過ぎた頃。私を追いかけていた鈴仙は、仰向けになって地面にぶっ倒れた。あーあ。
冬の間、仕事以外は引きこもりがちだったせいで、体が鈍っているのだろう。普段ならこの倍の時間は追いかけっこを続けていたのだが。
足を止めると春の陽気が降り注ぎ、爽やかな風が汗ばんだ肌に心地良い。体を動かしたおかげもあって、とても気分が良かった。鼻歌だって出てきそうだ。
「無駄な時間を過ごしたわ。もっと他にやることがあったはずなのに」
鈴仙は大の字になって、呼吸を整えながら苦言を呈してきた。なんだ、こっちはせっかく良い気分なのに。無粋なやつめ。私はあぐらをかいてその傍に座り込む。
「そうでもないよ」
「あん?」
私が言うと、鈴仙は億劫そうに、怪訝な目をこちらに向けた。
「18人」
私が認識している限りでこの数だから、もっと居るかもしれないな。
「何の数」
鈴仙は尋ねながらあくびを溢した。おーい、ちゃんと話聞けよー。
「今日、幸運になった数。鈴仙も含めてね」
竹林中を走り回れば、それなりの数の妖怪や妖精に出会える。迷い込んだ人間であれば、竹林から脱出するだけで幸運を使い果たしてしまうだろうが、元々住んでいるやつらなら、何か別の形の幸運が訪れるはずだ。
「風が吹けば桶屋が儲かる、だよ。今日、鈴仙が無駄に過ごしたと思っている時間が、回り回ってどこかの誰かを幸せにしているかもしれない。いつか、未来の自分を幸せにするかもしれない。無駄な時間なんて一つも無いんだよ」
伝わるだろうか。いつだって不幸な顔をしているこいつに。誰よりも長い時間を私と過ごしているくせに、ちっとも幸せに気付かないこいつに。
今、目の前にあるものを前向きに捉えることができれば、いつだって幸せはそこにあるんだってこと。
「じゃあ」
返ってきたのは、いやに眠たげな声だった。
「あんたの幸せは私が願ってあげる」
そう言って、鈴仙は寝息を立て始めた。
ちゃんと話を聞いていたのか、甚だ疑わしい返答だった。その寝顔は随分と穏やかで、私はすっかり呆れてしまった。
「私の能力は自分にも効くっちゅーのに」
何を言っているんだか。鈴仙に願われるまでもない。私はとっくに幸せなんだ。なんだってそうやっていつも、他人のことばかり気にしているんだ。そんなんだから幸せに気付けないんだぞ。全く。
「あー暑い、暑いなあ。もうすっかり春だなあ」
額に汗が滲む。近頃は寒暖差が激しくて、着る物に困るんだ。今朝は寒かったから、少し厚着しすぎた。だからこんなに暑いんだ。顔がやけに火照っているのもそのせいだ。そのせいなんだ。
熱で頭がくらくらして、仰向けに寝転んだ。
見上げた空は嘘みたいに真っ青で、綿毛みたいな雲がふわふわと浮かんでいる。羽に光を反射させて、春告精が飛んでいくのが見えた。
「来年は、もう少し早く来ておくれよ」
私だって、冬は苦手なんだから。
いかにも東方同人誌描いてたころの坂奈さんって感じで懐かしかったです。
今回も雰囲気が素晴らしかったです情景が目に浮かびました
やさしいお話でした