うさぎには換毛期があるので、季節の変わり目には竹林中に抜け毛が散乱する。てゐはそれをどうにか商売に使えないか、と毎回考えていて、今年の冬は布団を作ってきた。"兎"毛布団だ。
その試作品に包まって、部屋でぼーっとしていたら、唐突に声をかけられた。
「ごきげんよう、うどんちゃん」
「うわっ」
さっきまで何も無かったはずの場所に、黒い人影が立っていた。決して私がぼーっとしていたから気付かなかったわけではない。
「ごきげんよう、うどんちゃん」
呆然としていると、先程と寸分違わぬ挨拶をしてきた。機械みたいだ。こっちが返事をするまで何度でも繰り返すことだろう。
「…こんばんは、純狐さん」
人影は笑って頷いた。
純狐さんが現れるのはいつも突然だ。何の前触れも無く、気づいたらその場にいる。まるで時間や空間といった概念の影響を受けていないかのようで、それはとても羨ましいなと思った。
「今日も随分と疲れた顔をしているわね」
今日も、ということは私は会うたび疲れた顔をしているのか。しているだろうな。常に疲れているからな。目の前のこの人が疲労の一因のような気がしなくもないが。
「えへへ、まあ、ちょっと」
つい癖で、曖昧に笑う。そういうところだぞ私。そういうところがダメなんだぞ。
「まあちょっと、何?」
ほら見ろ。この人に曖昧な表現は通じないんだ。やたらグイグイ来るんだこの人。迫ってくるんだ。間近に。顔が。顔が近い。美人だなぁ。じゃない。まつ毛が刺さった。助けて。
「ちょっと、あの、最近、仕事が、忙しくて」
嘘だ。最近の仕事はかなり暇だ。今日なんか暇すぎて、薬売りの途中で寄り道して白玉楼で昼寝してきた。妖夢に呆れられた。このところやけに眠いんだ。許せ友よ。
「まあ。働き過ぎは良くないわ。先生に抗議しに行きましょう」
純狐さんの言う先生というのは師匠のことだ。
「待って待って待って待って待って」
困る。困るよ。それは困るよ。
「違うんです。嘘をつきました。仕事のせいじゃないんです」
「あら、じゃあどうしてなの?」
この人は今嘘をついた理由とか、そういう会話の枝葉を追求して来ないので助かる。その代わり本筋を決して忘れないので厄介だ。どっちもどっちだ。
「…冬、だから、です」
「冬?」
そう、冬だ。私の疲労はこの冬のせいだ。もっと言うなら、冬に体が適応できないせいだ。
「冬って、寒いし、乾燥するし、なんだか自分の波長が全然安定しないんです」
言ってて嫌になる。冬は毎年来るものなのに。季節如きに波長を乱されている自分が嫌だ。どうして私はこんなに弱いんだろう。みんなはいつも通りなのに。どうして私はみんなみたいにできないんだろう。どうして、もっと安定できないんだろう。
「ふむ」
純狐さんは何かを考える素振りを見せた。波長は変わらない。この人の波長は常に一定で、一切の乱れを見せない。それは私の理想そのもののように思えた。
「先生に相談しに行きましょう」
「へ?」
純狐さんはいきなり私の腕を掴むと、すごい速さで診察室に引きずり込んだ。抵抗する暇も無かった。波長が変わらないから動作が予測できないんだ。ちょっとくらい波長変えてよ。
「冬季うつね」
師匠は怒りも呆れみも蔑みもしなかった。普段患者に接する時と同じように、私のことを診察した。普段通り。それはとても良いことだと思った。
冬季うつ。季節性感情障害。主な症状は、過眠、過食、無気力、集中力の低下、自己否定。
「錠剤を出しておくから朝夕で飲みなさい。それとなるべく陽の光を浴びること。竹林の中だと陽が射さないから、日中はできるだけどこかに出かけるようにしなさい。症状が改善しないようならまた相談して」
「…ごめんなさい。ご迷惑おかけします」
「謝らない。あなたに落ち度は無いから」
私に落ち度は無い。それを受け入れるのは、私にはひどく難しいことだ。昔からずっと。
「私ももっと注意するべきだったわね。あなたの睡眠時間が長くなっているのは気付いていたのだけれど、あなたは普段から睡眠不足気味だから、それが改善されたのかと思ったの」
「そんな簡単に改善するはずないじゃないですか」
「そうよね」
そうなのだ。そう簡単に変わるわけがない。
師匠の薬はよく効いた。こんなに早く効果が出るとは思えないので、プラシーボかもしれない。効き目があるなら何でも構わないけど。
「純狐さん」
前を歩く金髪が波打って、こちらに振り向く。
「すいませんでし」
「謝らない」
割り込んできた。波長は変わらない。でも、怒っているように見えた。
「先生も言っていたでしょう、あなたに落ち度は無いのよ」
「でも」
今回、純狐さんには助けてもらった。純狐さんがいなかったら、師匠に相談なんてできなかった。そのことを、ちゃんと伝えたかった。
だから、ああ、そうか。こういう時は。
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
純狐さんの波長は変わらない。でも、なんだか満足げに見えた。
その試作品に包まって、部屋でぼーっとしていたら、唐突に声をかけられた。
「ごきげんよう、うどんちゃん」
「うわっ」
さっきまで何も無かったはずの場所に、黒い人影が立っていた。決して私がぼーっとしていたから気付かなかったわけではない。
「ごきげんよう、うどんちゃん」
呆然としていると、先程と寸分違わぬ挨拶をしてきた。機械みたいだ。こっちが返事をするまで何度でも繰り返すことだろう。
「…こんばんは、純狐さん」
人影は笑って頷いた。
純狐さんが現れるのはいつも突然だ。何の前触れも無く、気づいたらその場にいる。まるで時間や空間といった概念の影響を受けていないかのようで、それはとても羨ましいなと思った。
「今日も随分と疲れた顔をしているわね」
今日も、ということは私は会うたび疲れた顔をしているのか。しているだろうな。常に疲れているからな。目の前のこの人が疲労の一因のような気がしなくもないが。
「えへへ、まあ、ちょっと」
つい癖で、曖昧に笑う。そういうところだぞ私。そういうところがダメなんだぞ。
「まあちょっと、何?」
ほら見ろ。この人に曖昧な表現は通じないんだ。やたらグイグイ来るんだこの人。迫ってくるんだ。間近に。顔が。顔が近い。美人だなぁ。じゃない。まつ毛が刺さった。助けて。
「ちょっと、あの、最近、仕事が、忙しくて」
嘘だ。最近の仕事はかなり暇だ。今日なんか暇すぎて、薬売りの途中で寄り道して白玉楼で昼寝してきた。妖夢に呆れられた。このところやけに眠いんだ。許せ友よ。
「まあ。働き過ぎは良くないわ。先生に抗議しに行きましょう」
純狐さんの言う先生というのは師匠のことだ。
「待って待って待って待って待って」
困る。困るよ。それは困るよ。
「違うんです。嘘をつきました。仕事のせいじゃないんです」
「あら、じゃあどうしてなの?」
この人は今嘘をついた理由とか、そういう会話の枝葉を追求して来ないので助かる。その代わり本筋を決して忘れないので厄介だ。どっちもどっちだ。
「…冬、だから、です」
「冬?」
そう、冬だ。私の疲労はこの冬のせいだ。もっと言うなら、冬に体が適応できないせいだ。
「冬って、寒いし、乾燥するし、なんだか自分の波長が全然安定しないんです」
言ってて嫌になる。冬は毎年来るものなのに。季節如きに波長を乱されている自分が嫌だ。どうして私はこんなに弱いんだろう。みんなはいつも通りなのに。どうして私はみんなみたいにできないんだろう。どうして、もっと安定できないんだろう。
「ふむ」
純狐さんは何かを考える素振りを見せた。波長は変わらない。この人の波長は常に一定で、一切の乱れを見せない。それは私の理想そのもののように思えた。
「先生に相談しに行きましょう」
「へ?」
純狐さんはいきなり私の腕を掴むと、すごい速さで診察室に引きずり込んだ。抵抗する暇も無かった。波長が変わらないから動作が予測できないんだ。ちょっとくらい波長変えてよ。
「冬季うつね」
師匠は怒りも呆れみも蔑みもしなかった。普段患者に接する時と同じように、私のことを診察した。普段通り。それはとても良いことだと思った。
冬季うつ。季節性感情障害。主な症状は、過眠、過食、無気力、集中力の低下、自己否定。
「錠剤を出しておくから朝夕で飲みなさい。それとなるべく陽の光を浴びること。竹林の中だと陽が射さないから、日中はできるだけどこかに出かけるようにしなさい。症状が改善しないようならまた相談して」
「…ごめんなさい。ご迷惑おかけします」
「謝らない。あなたに落ち度は無いから」
私に落ち度は無い。それを受け入れるのは、私にはひどく難しいことだ。昔からずっと。
「私ももっと注意するべきだったわね。あなたの睡眠時間が長くなっているのは気付いていたのだけれど、あなたは普段から睡眠不足気味だから、それが改善されたのかと思ったの」
「そんな簡単に改善するはずないじゃないですか」
「そうよね」
そうなのだ。そう簡単に変わるわけがない。
師匠の薬はよく効いた。こんなに早く効果が出るとは思えないので、プラシーボかもしれない。効き目があるなら何でも構わないけど。
「純狐さん」
前を歩く金髪が波打って、こちらに振り向く。
「すいませんでし」
「謝らない」
割り込んできた。波長は変わらない。でも、怒っているように見えた。
「先生も言っていたでしょう、あなたに落ち度は無いのよ」
「でも」
今回、純狐さんには助けてもらった。純狐さんがいなかったら、師匠に相談なんてできなかった。そのことを、ちゃんと伝えたかった。
だから、ああ、そうか。こういう時は。
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
純狐さんの波長は変わらない。でも、なんだか満足げに見えた。
全方面にびくびくしている優曇華もかわいらしかったですが、それ以上に純狐の魅力が光っているように思えました。
何があっても波長が変わらないというのがそれらしくてよかったです。
相談してみたら案外しっかり対応してくれた永琳も素敵でした。
純狐さんの常に一定の波長てのは妙に納得しました嫦娥を意識している時どうなるのか非常に気になります
可愛い二人が見られて良かったです。