ここはどこだろう。俺は崖から落ちたはずでは? 現状が全く把握できない。落ちたという事は死んだという事だが、目の前には川が広がっている。これが世に言う三途の川なのだろうか。そうなると俺は死んだのか? あの高さから落ちたら普通ならまず助からないだろうから恐らく現実ではないだろう。死んだ人間がどうなるのかなんて皆目見当がつかないが、これは魂だけになったという事だろうか。それにしては見た目は特に変わっていない。それともこれは夢なのか? こんなにリアルな夢は見た事が無い。とりあえず生と死の間にいるという事で片付けるとして、ここからどうすればいいのだろうか。これはもうオカルトの域を完全に外れている。死んだらオカルトなんて何の役にも立たない訳で、本当に死んだのなら、俺はどうなるのだろう。地獄に行くのか天国に行くのかはたまた転生するのか。死んだら閻魔の下で裁かれると言うが、閻魔なんているのか? というか死んだのなら閻魔がいる所へ送られなければならないのでは? 何故三途の川の前だったのだろうか。死んだのならちゃんと送って欲しかった。閻魔に会ったら文句を言ってやる。死んでいないのならどうやって帰ればいいんだ。夢なら目が覚めるのを待つだけだが、頬をつねるとしっかり痛かった。これで夢ではない事が確定したが、どう考えても何がどうなっているのか予想すらできない。いきなりよく分からない世界に飛ばされ、初対面の人間に一方的に悪者扱いされた挙句死ぬなんて不幸過ぎやしないだろうか。さすがに情報量が多すぎて考える事を止めたくなるが、常に何か考えていないと落ち着かないので続けることにする。
「研真遼。あなたはまだ死んでいません。こんな所で考え事などしていないで早く元の肉体へ戻りなさい」
いきなり横から声がかかり、驚きつつも横を見る。不思議な格好の少女だ。服装から察するにかなり位の高い人物だろう。そして何故か錫杖のようなものを持っている。気にはなったが、それより先に疑問に思ったことを聞く。
「この世界で名乗った覚えは無いんだが、何で俺の名前知ってんだ?」
「閻魔に隠し事などできませんよ。たとえそれが外来人でも」
思っていたより早く閻魔に会えたが、見た目が完全に少女なので文句などいえるはずがなかった。
「俺は何も隠してるつもりはないんだが」
「そのようですね。あなたは隠し事をしない。ですがそれはいずれ事件の原因になるでしょう」
いきなり説教のような話が始まったが、この少女は一体何を言っているのだろう。
「そんな事よりあんたは誰だ」
「私は四季映姫・ヤマザナドゥ。さっきも言いましたが閻魔です」
こんな少女に閻魔が務まるのかと思ったが、言ってはいけないような気がしたので口には出さないでおく。
「それより俺が死んでないってどういう事だ? 俺が死んだからあんたが来たんじゃないのか?」
「死んでいたらここには来ませんよ。ここは三途の川、人が生死の境をさ迷うと稀に魂だけがここに来るのです。あなたの肉体はまだ生きているので戻ろうと思えばいつでも戻れますよ。それに私はあなたに説明をしに来たんです」
「説明? 何のだ?」
「もちろこの幻想郷についてですよ」
「幻想郷? 異世界じゃないのか」
「ええ、ここは外の世界で忘れ去られた者が住まう土地。稀にあなたのように偶然迷い込む人もいますが」
「偶然、ねぇ・・・・・・。忘れ去られた者って具体的にどういう奴なんだ?」
「妖怪や神ですよ。人間に存在を否定されたからここに来るんです」
「いまいち理解できんが、オカルトがあるって事でいいんだな?」
「そうですね。今はそれだけ知っていればいいです。言いたい事はありますが、あなたは偶然ここに来たようですから今度来たらという事にします。私が忠告した事忘れないでくださいよ?」
「いやちょっと待て、まだ何も知らないんだが。それと――」
今不穏な言葉が聞こえたが、突っ込む前に体全体がロープで引っ張られるような感覚と同時に体が宙に浮き、映姫の姿が小さくなっていく。映姫が俺を見上げる中、視界が暗く狭くなっていき、また意識がなくなった。
・・・・・・知らない天井だ。どうやら生きているらしい。あの高さから落ちて助かる事なんてあるのだろうか。これ以上思考が働かないが、ここはどこなのだろう。
「あら、ようやく目覚めたのね」
横の辺りから声がするが、首が横に動かなかったので目だけ動かす。全身は見えないが、赤と青が半々のナース服のような服を着た人が座っていた。
「・・・・・・?」
「頭を酷く打っていたのと腕の傷以外に怪我は無かったから喋れるはずだけど」
とりあえず起き上がろうとしたが、その瞬間頭に激痛が走りろくに頭を動かすこともできなかった。
「動いちゃだめよ。傷口が開くから」
「あの・・・・・・大丈夫ですか?」
反対側に崖から落ちる前まで殺気を放っていた少女が座っていたが、今は物凄く落ち込んでいる様子だった。そして隣にもう一人少女が座っていた。一瞬人形化と見間違うほど綺麗な見た目をした金髪の少女だ。
「あなた運がよかったわね。私が通りがかっていなかったら本当に死んでいたわよ?」
「・・・・・・俺を助けるメリットなんてあるのか?」
刀を持っている方の少女に問いかける。
「あなたが人間だと分かったのだから助けるのは当然です」
「ああ、分かってくれたか。危うく文字通り三途の川渡る所だったよ」
「それ本当に死にかけてませんか・・・・・・?」
「そういや閻魔が魂だけ三途の川にいるって言ってたから実際死にかけてたんだろうな」
そこでまた隣の少女が入ってきた。
「あなたが落ちてきたときは焦ったわよ。そのすぐ後に妖夢が飛んできたから何事とかと思ったわ」
「あんたが助けてくれたのか?」
「私はあなたをここまで運んだだけよ。地面が岩じゃなかったおかげで即死を免れただけだから」
「でも俺を運んでくれたんだろ? 命の恩人じゃねぇか」
「正確には妖夢と私の人形が運んだんだけどね。あ、そういえばまだ名乗っていなかったわね。私はアリス・マーガトロイド。アリスでいいわ。あなた達も名乗ったら?」
アリスが名乗ったのを皮切りに自己紹介が始まる。
「そういえばそうでしたね。私は魂魄妖夢です。先程は本当にすみませんでした。私が話を聞かなかったばっかりに・・・・・・」
話している内に妖夢の声のトーンが段々物悲しくなっていき、最後の方はほぼ半泣き状態だった。
「いや、なんでそんなに責任感じてんだ? 地形破壊はやろうと思ってやった訳じゃないんだろ? だったらあれは俺の注意不足が招いた自業自得なんだから、妖夢に非はねぇよ」
「・・・・・・・・・・・・」
何か返してくると思ったのだが、妖夢は何故か俯いたまま黙り込んでしまい少しの間静寂の時間が流れる。重くなった空気を払拭するようにナース服? のような服を着た女性が話し出す。
「そろそろいいかしら?」
誰も何も言わないのを確認する。
「私は八意永琳。ここ永遠亭で医者をしているの。正確には病気を治す医者だから応急処置程度しかできなかったけど。あなた外来人でしょう? どうして妖夢と戦う事になったのかしら?」
「俺はただ森を歩いてただけで何も知らねぇよ。妖夢に聞いてくれ」
二人の視線が妖夢に向く。
「えっと、私は幽々子様から悪魔が魔法の森にいるから斬ってこいと言われて・・・・・・。それで向かったらとてつもない魔力と霊力が流れてきて、その中心にこの人がいたんです。てっきりこの人が悪魔だと思って・・・・・・」
幽々子というのが誰かは知らないが、おそらく妖夢の上司のような存在なのだろう。悪魔というのも意味が分からない。とりあえず悪魔が俺ではないことを祈っておく。
「それで? 結局あなたは何者なのかしら? 普通の人間からこれほどの魔力は感じないはずだから・・・・・・妖怪?」
「・・・・・・研真遼、ただの人間だ。現状じゃ誰も信じないだろうがな」
「でも飛べなかった事を考えると人間なんじゃないの?」
「正真正銘人間なんだが・・・・・・。ていうか飛べなかったってどういう意味だ? お前ら飛べるの?」
「ええ、結構な人数いるわよ」
「・・・・・・言っとくが、俺がいた世界じゃ飛べる人間なんて存在しないからな? 幻想郷じゃ当たり前なんだろうが」
「ここで暮らすなら慣れておいた方がいいわよ。人里でもたまに妖精が飛んでいたりするから」
「やっぱりここが異世界じゃないかって思っちまうな・・・・・・あ?」
そこまで言ったところで不意に目眩がしたかのように視界がぼやけてぐらついた。
「ああ、もうあまり話さない方がいいわよ。出血も酷かったから重度の貧血状態になっているの。だから最低三日は絶対に安静にしていなさい。いいわね?」
「・・・・・・どのみち動けねぇよ・・・・・・」
「とにかくこれ以上は体に障るから、話の続きはまた今度にしてもらえるかしら」
「そうね。私は残るつもりだけど妖夢はどうするの?」
「私はこの事を幽々子様に報告しに戻ります。それでは」
そう言うと妖夢は立ち上がり、襖の方へ歩いて行った。
「あなたがここに残る理由を聞いてもいいかしら?」
「遼の傷が治っても暮らす場所がないでしょう? だから私の家で匿おうと思ってね。人里にこんな魔力を持った人間がいたら霊夢に退治されかねないし」
「それならここにいてもらってもいいんじゃない? 博麗神社まで送れば霊夢が外の世界に帰してくれるでしょ」
霊夢というのはおそらく博麗神社で会った巫女服少女の事だろう。
「ああ、そうだ。その霊夢とやらに異変とかなんとか言われて退治されかけたんだよ。だから帰る云々の前に退治されると思うんだが」
「あらそうなの? 異変となると邪魔する者は容赦なく退治するのは知っていたけど、ただ強大な魔力を持っているだけで退治しようとするなんて珍しいわね。弁明はしなかったの?」
「したよ。できる限り。聞く耳持たなかったんだ。挙句選べる選択肢は二つだけ、立ち去るか退治されるか、だってよ。殺意満々だったぜ」
「それは・・・・・・帰れないかもしれないわね」
「別に帰れなくてもいいよ。帰ろうとは思ってねぇから。元の世界にゃ飽き飽きしてたんだ」
「本当にいいの? 死ぬかもしれないのよ?」
「死んでもいいって言ったら嘘になるが、死ぬ覚悟はできてるからいいんだよ」
人間死ぬ時は意外とあっさり死ぬものだ。別に死にたいわけではなく、死ぬと分かったら諦めがつくという事なので自殺志願とかではない。
「戻るつもりが無いのは分かったわ。それでどうするの? ここで暮らすか私の家に来るか。あなたの意見を聞きたいの。ここにいたら実験台にされるかもしれないわよ?」
「人聞きの悪い事言わないで頂戴。悪いようにはしないわ。死にかけるような実験はしないわよ」
「それが危ないって言ってるのよ」
・・・・・・意見を聞きたいと言われても、思考が働かない今は意見など出せるはずないのだが、今答えておかないと本当に実験台にされそうだ。どちらの世話になるとしても迷惑をかけるのは確実だろう。正直悩むが、急に眠くなったので早めに済ませておく。
「・・・・・・任せるよ。まあ、できれば安全に暮らせるほうで頼む」
「それなら私の家でいいわよね。永琳もそれでいいでしょ?」
「あなたがそうしたいのならそれでいいわよ。でもあなたが匿っていると霊夢に知れたら、あなたも一緒に退治されるかもしれないわよ?」
「その時はその時よ。遼が死ななければいいだけの話でしょ」
話がトントン拍子に進んでいるが、結局俺はどうなるのだろうか。とりあえず聞きたいことを聞いてみる。
「なあ、今更なんだがなんでそんなに俺を助けてくれるんだ? それも見ず知らずの外来人を」
さっきからずっと思っていたのだが、なぜこんなにも俺を助けようとするのだろうか。見た目だけだと俺はそんなに人が良いようには見えないはずだ。むしろ悪人と思われてもおかしくない。服装もそうだが、嫌な魔力を持っていたり悪質な霊力を持っている奴が突然落ちてきて、瀕死状態になっていても普通助けるだろうか。俺なら異種族でもない限りまず助けない。
「なんでかしらね。何故か助けないとって思ったの。ただそれだけよ」
「なんだよそれ」
「まあ、運命ってやつなのかもね」
「運命、ね」
運命を信じていない訳ではないが、それはただ偶然が重なっただけだと俺は思う。だが偶然が重なることを人は運命と言うのではないだろうか。そんな事を考えている内にいつの間にか眠ってしまった。
目が覚めると部屋はかなり暗くなっていた。どうやら夜まで寝ていたらしい。そういえば鞄はどこに行ったんだろう。確認したいが頭を動かそうとすると刺すような痛みに襲われろくに動かせないので諦める。そこで襖が開く。
「あ、起きたのね」
入ってきたのはまた少女だった。見た目的には俺と同い年くらいだろうか。何故か高校の制服のような服を着ていて、頭に兎の耳が付いていた。
「今度はうさ耳少女か・・・・・・」
「それって私の事?」
「ここには俺とお前しかいないんだから当たり前だろ」
「そこまで話せるなら心配する必要はないわね。私は鈴仙・優曇華院・イナバ。あなたの事は師匠とアリスさんからから聞いてるわ。ほんと不思議な人ね。どうして人里にいかなかったの? 人里の外は危険そのものなのよ?」
「人里? ああ、あそこか。普通いきなり知らないところに放り出されて、安全な場所と危険な場所の区別なんてできるわけないだろ。それに、俺は人間が嫌いなんだ」
人間、もとい大人は嘘しかつかないクズばかりだ。自分の利益しか考えず自分の考えが全て正しいと思い込み、他人にそれを強制する。昔の独裁政治のような考え方が基準になった世界では俺のような存在は理解のできないヤバい奴と思われ、障害者のような扱いをし徹底的に排除しようとする奴しか周りにいなかった。こっちではどうなのか分からないが、人間は自分の理論を子供にまで押し付ける。それが数百年前から続いているのだ。人間という種族が存在しているのならそれは変わらないだろう。
「あなたも人間でしょ? 何があったの?」
「・・・・・・下らない話になるけどいいか?」
「私はいいけどあなたは大丈夫? 完全に昼夜が逆転しているけど」
「問題ない、こんな事日常茶飯事だったからな」
「どんな生活してたのよ・・・・・・」
「まあ、色々やってるんだよ。心霊現象が起こる場所に行ったり、ネットロアの化け物探しに行ったりな」
「ねっとろあ? が何かは知らないけど、あなたが持つ魔力の原因はそれよ」
「どういう事だ? 幽霊が持ってる魔力でも吸収してるのか?」
「ちょっと違うわ。何というか、幽霊を何百体も身に宿しているような感じね。一体どんな能力なのやら・・・・・・」
「能力? 魔法とかそんな感じの奴か?」
「そんなのじゃないわよ。まあ、アリスさんは魔法使いだけど」
「魔法使い? そんなのもいるのか」
オカルトどころかもう完全にファンタジーの世界だ。もしかして能力が使えることが当たり前の世界で俺だけ無能力というパターンなのでは? 幽霊を身に宿したところで何の意味もないだろう。
「それに私も月から来た兎だから」
「月から? 理解できん事だらけだな。唯一分かったことと言えば、外の世界の常識は通用しないって事か」
「それが分かっていてどうして帰ろうと思わないのよ」
「その答えが、俺が人間嫌いである理由と同じだからだよ。お前は人間についてどう思ってる?」
「どうって言われても・・・・・・。私としては、弱いけど優しい人が多いと思うわ」
「まあ、人間という種族そのものが弱いのは確かだな。お前が見てるのは人間の表面だ。大抵の人間には表と裏がある。特に大人にはな。俺は相手が人を騙そうとしてるかどうかが分かるんだよ。言っても信じないだろうけどな」
今思えば分かるようになったのは中学一年生の時だった。クラスの担任が教室に入ってきた瞬間「あ、こいつはヤバい奴だ」と感じた。そしてそれは見事に当たり、学校教育法を知ってか知らずか生徒をパシリのように扱うわ廊下に立たせるわ挙句の果てに暴力をふるうわの徹底したクズ教師だった。最終的に二年生になる前に俺が色々と詐欺のような手を使った上で他の教師に報告し、転任という形で学校から追放した。
「それは凄い才能じゃない。私は信じるわよ。ここでなら役に立つと思うから」
「そりゃどうも。それで会う奴会う奴ロクな考えしないクズしかいなかったんでな。どこまでも救いようがなかったから人間が嫌いになった、ただそれだけだ」
「・・・・・・短いながらも中々に壮絶ね・・・・・・。私がここに来た理由がしょうもなく思えるわ」
「そういやお前は何でここに来たんだ?」
「私はね、逃げてきたのよ。戦うのが嫌で」
「争いはどこでも起こるんだな。ていうか兵士なのか?」
「元だけどね」
「つまり脱走兵って事か」
「情けない話でしょ?」
「そうか? 俺は逃げることも一つの手段だと思うが。敵前逃亡が罪だとか言ってる奴は人が死ぬことを何とも思ってないクズだからな。常識的に間違っていようが、何をしようと、生きてるならそれが正しい選択なんだよ。何が正しくて何が間違っているのかなんて、誰かが決めるわけでも、最初から答えがあるわけでもないんだから」
俺の意見を押し付ける訳ではないが、こう思った方が後悔が無くていいと思う。
「・・・・・・そんな考え方があったなんて・・・・・・。外の世界の人は不思議な考え方をするのね」
「こんな考え方をするのは俺しかいないと思うけどな。同じ立場にいたら俺だって逃げるだろうし」
戦争が実際はどうなのかなど知らないが、常人からしたら常に死の恐怖が付き纏う所に行くとなって怖いと思わない方がおかしいだろう。かくいう俺は死ぬ事を何とも思っていないが、戦場で死ぬより寿命か病気で死んだ方がよっぽどマシだ。
「まさか怪我人に励まされるとは思っていなかったわ」
「俺はただ思ったことを言っただけだ。解釈の仕方はいくらでもあるからな。どう思ってもらおうと構わんよ」
「あなたがいい人なのは分かったわ。ねぇ、外の世界の話を聞きたいのだけどいいかしら?」
「ああ、俺が知ってることならいくらでも答えるよ」
最初はどうなるかと思ったが、案外優しい世界かもしれない。鈴仙の質問に事細かく答えながら、夜は更けていった――――
「研真遼。あなたはまだ死んでいません。こんな所で考え事などしていないで早く元の肉体へ戻りなさい」
いきなり横から声がかかり、驚きつつも横を見る。不思議な格好の少女だ。服装から察するにかなり位の高い人物だろう。そして何故か錫杖のようなものを持っている。気にはなったが、それより先に疑問に思ったことを聞く。
「この世界で名乗った覚えは無いんだが、何で俺の名前知ってんだ?」
「閻魔に隠し事などできませんよ。たとえそれが外来人でも」
思っていたより早く閻魔に会えたが、見た目が完全に少女なので文句などいえるはずがなかった。
「俺は何も隠してるつもりはないんだが」
「そのようですね。あなたは隠し事をしない。ですがそれはいずれ事件の原因になるでしょう」
いきなり説教のような話が始まったが、この少女は一体何を言っているのだろう。
「そんな事よりあんたは誰だ」
「私は四季映姫・ヤマザナドゥ。さっきも言いましたが閻魔です」
こんな少女に閻魔が務まるのかと思ったが、言ってはいけないような気がしたので口には出さないでおく。
「それより俺が死んでないってどういう事だ? 俺が死んだからあんたが来たんじゃないのか?」
「死んでいたらここには来ませんよ。ここは三途の川、人が生死の境をさ迷うと稀に魂だけがここに来るのです。あなたの肉体はまだ生きているので戻ろうと思えばいつでも戻れますよ。それに私はあなたに説明をしに来たんです」
「説明? 何のだ?」
「もちろこの幻想郷についてですよ」
「幻想郷? 異世界じゃないのか」
「ええ、ここは外の世界で忘れ去られた者が住まう土地。稀にあなたのように偶然迷い込む人もいますが」
「偶然、ねぇ・・・・・・。忘れ去られた者って具体的にどういう奴なんだ?」
「妖怪や神ですよ。人間に存在を否定されたからここに来るんです」
「いまいち理解できんが、オカルトがあるって事でいいんだな?」
「そうですね。今はそれだけ知っていればいいです。言いたい事はありますが、あなたは偶然ここに来たようですから今度来たらという事にします。私が忠告した事忘れないでくださいよ?」
「いやちょっと待て、まだ何も知らないんだが。それと――」
今不穏な言葉が聞こえたが、突っ込む前に体全体がロープで引っ張られるような感覚と同時に体が宙に浮き、映姫の姿が小さくなっていく。映姫が俺を見上げる中、視界が暗く狭くなっていき、また意識がなくなった。
・・・・・・知らない天井だ。どうやら生きているらしい。あの高さから落ちて助かる事なんてあるのだろうか。これ以上思考が働かないが、ここはどこなのだろう。
「あら、ようやく目覚めたのね」
横の辺りから声がするが、首が横に動かなかったので目だけ動かす。全身は見えないが、赤と青が半々のナース服のような服を着た人が座っていた。
「・・・・・・?」
「頭を酷く打っていたのと腕の傷以外に怪我は無かったから喋れるはずだけど」
とりあえず起き上がろうとしたが、その瞬間頭に激痛が走りろくに頭を動かすこともできなかった。
「動いちゃだめよ。傷口が開くから」
「あの・・・・・・大丈夫ですか?」
反対側に崖から落ちる前まで殺気を放っていた少女が座っていたが、今は物凄く落ち込んでいる様子だった。そして隣にもう一人少女が座っていた。一瞬人形化と見間違うほど綺麗な見た目をした金髪の少女だ。
「あなた運がよかったわね。私が通りがかっていなかったら本当に死んでいたわよ?」
「・・・・・・俺を助けるメリットなんてあるのか?」
刀を持っている方の少女に問いかける。
「あなたが人間だと分かったのだから助けるのは当然です」
「ああ、分かってくれたか。危うく文字通り三途の川渡る所だったよ」
「それ本当に死にかけてませんか・・・・・・?」
「そういや閻魔が魂だけ三途の川にいるって言ってたから実際死にかけてたんだろうな」
そこでまた隣の少女が入ってきた。
「あなたが落ちてきたときは焦ったわよ。そのすぐ後に妖夢が飛んできたから何事とかと思ったわ」
「あんたが助けてくれたのか?」
「私はあなたをここまで運んだだけよ。地面が岩じゃなかったおかげで即死を免れただけだから」
「でも俺を運んでくれたんだろ? 命の恩人じゃねぇか」
「正確には妖夢と私の人形が運んだんだけどね。あ、そういえばまだ名乗っていなかったわね。私はアリス・マーガトロイド。アリスでいいわ。あなた達も名乗ったら?」
アリスが名乗ったのを皮切りに自己紹介が始まる。
「そういえばそうでしたね。私は魂魄妖夢です。先程は本当にすみませんでした。私が話を聞かなかったばっかりに・・・・・・」
話している内に妖夢の声のトーンが段々物悲しくなっていき、最後の方はほぼ半泣き状態だった。
「いや、なんでそんなに責任感じてんだ? 地形破壊はやろうと思ってやった訳じゃないんだろ? だったらあれは俺の注意不足が招いた自業自得なんだから、妖夢に非はねぇよ」
「・・・・・・・・・・・・」
何か返してくると思ったのだが、妖夢は何故か俯いたまま黙り込んでしまい少しの間静寂の時間が流れる。重くなった空気を払拭するようにナース服? のような服を着た女性が話し出す。
「そろそろいいかしら?」
誰も何も言わないのを確認する。
「私は八意永琳。ここ永遠亭で医者をしているの。正確には病気を治す医者だから応急処置程度しかできなかったけど。あなた外来人でしょう? どうして妖夢と戦う事になったのかしら?」
「俺はただ森を歩いてただけで何も知らねぇよ。妖夢に聞いてくれ」
二人の視線が妖夢に向く。
「えっと、私は幽々子様から悪魔が魔法の森にいるから斬ってこいと言われて・・・・・・。それで向かったらとてつもない魔力と霊力が流れてきて、その中心にこの人がいたんです。てっきりこの人が悪魔だと思って・・・・・・」
幽々子というのが誰かは知らないが、おそらく妖夢の上司のような存在なのだろう。悪魔というのも意味が分からない。とりあえず悪魔が俺ではないことを祈っておく。
「それで? 結局あなたは何者なのかしら? 普通の人間からこれほどの魔力は感じないはずだから・・・・・・妖怪?」
「・・・・・・研真遼、ただの人間だ。現状じゃ誰も信じないだろうがな」
「でも飛べなかった事を考えると人間なんじゃないの?」
「正真正銘人間なんだが・・・・・・。ていうか飛べなかったってどういう意味だ? お前ら飛べるの?」
「ええ、結構な人数いるわよ」
「・・・・・・言っとくが、俺がいた世界じゃ飛べる人間なんて存在しないからな? 幻想郷じゃ当たり前なんだろうが」
「ここで暮らすなら慣れておいた方がいいわよ。人里でもたまに妖精が飛んでいたりするから」
「やっぱりここが異世界じゃないかって思っちまうな・・・・・・あ?」
そこまで言ったところで不意に目眩がしたかのように視界がぼやけてぐらついた。
「ああ、もうあまり話さない方がいいわよ。出血も酷かったから重度の貧血状態になっているの。だから最低三日は絶対に安静にしていなさい。いいわね?」
「・・・・・・どのみち動けねぇよ・・・・・・」
「とにかくこれ以上は体に障るから、話の続きはまた今度にしてもらえるかしら」
「そうね。私は残るつもりだけど妖夢はどうするの?」
「私はこの事を幽々子様に報告しに戻ります。それでは」
そう言うと妖夢は立ち上がり、襖の方へ歩いて行った。
「あなたがここに残る理由を聞いてもいいかしら?」
「遼の傷が治っても暮らす場所がないでしょう? だから私の家で匿おうと思ってね。人里にこんな魔力を持った人間がいたら霊夢に退治されかねないし」
「それならここにいてもらってもいいんじゃない? 博麗神社まで送れば霊夢が外の世界に帰してくれるでしょ」
霊夢というのはおそらく博麗神社で会った巫女服少女の事だろう。
「ああ、そうだ。その霊夢とやらに異変とかなんとか言われて退治されかけたんだよ。だから帰る云々の前に退治されると思うんだが」
「あらそうなの? 異変となると邪魔する者は容赦なく退治するのは知っていたけど、ただ強大な魔力を持っているだけで退治しようとするなんて珍しいわね。弁明はしなかったの?」
「したよ。できる限り。聞く耳持たなかったんだ。挙句選べる選択肢は二つだけ、立ち去るか退治されるか、だってよ。殺意満々だったぜ」
「それは・・・・・・帰れないかもしれないわね」
「別に帰れなくてもいいよ。帰ろうとは思ってねぇから。元の世界にゃ飽き飽きしてたんだ」
「本当にいいの? 死ぬかもしれないのよ?」
「死んでもいいって言ったら嘘になるが、死ぬ覚悟はできてるからいいんだよ」
人間死ぬ時は意外とあっさり死ぬものだ。別に死にたいわけではなく、死ぬと分かったら諦めがつくという事なので自殺志願とかではない。
「戻るつもりが無いのは分かったわ。それでどうするの? ここで暮らすか私の家に来るか。あなたの意見を聞きたいの。ここにいたら実験台にされるかもしれないわよ?」
「人聞きの悪い事言わないで頂戴。悪いようにはしないわ。死にかけるような実験はしないわよ」
「それが危ないって言ってるのよ」
・・・・・・意見を聞きたいと言われても、思考が働かない今は意見など出せるはずないのだが、今答えておかないと本当に実験台にされそうだ。どちらの世話になるとしても迷惑をかけるのは確実だろう。正直悩むが、急に眠くなったので早めに済ませておく。
「・・・・・・任せるよ。まあ、できれば安全に暮らせるほうで頼む」
「それなら私の家でいいわよね。永琳もそれでいいでしょ?」
「あなたがそうしたいのならそれでいいわよ。でもあなたが匿っていると霊夢に知れたら、あなたも一緒に退治されるかもしれないわよ?」
「その時はその時よ。遼が死ななければいいだけの話でしょ」
話がトントン拍子に進んでいるが、結局俺はどうなるのだろうか。とりあえず聞きたいことを聞いてみる。
「なあ、今更なんだがなんでそんなに俺を助けてくれるんだ? それも見ず知らずの外来人を」
さっきからずっと思っていたのだが、なぜこんなにも俺を助けようとするのだろうか。見た目だけだと俺はそんなに人が良いようには見えないはずだ。むしろ悪人と思われてもおかしくない。服装もそうだが、嫌な魔力を持っていたり悪質な霊力を持っている奴が突然落ちてきて、瀕死状態になっていても普通助けるだろうか。俺なら異種族でもない限りまず助けない。
「なんでかしらね。何故か助けないとって思ったの。ただそれだけよ」
「なんだよそれ」
「まあ、運命ってやつなのかもね」
「運命、ね」
運命を信じていない訳ではないが、それはただ偶然が重なっただけだと俺は思う。だが偶然が重なることを人は運命と言うのではないだろうか。そんな事を考えている内にいつの間にか眠ってしまった。
目が覚めると部屋はかなり暗くなっていた。どうやら夜まで寝ていたらしい。そういえば鞄はどこに行ったんだろう。確認したいが頭を動かそうとすると刺すような痛みに襲われろくに動かせないので諦める。そこで襖が開く。
「あ、起きたのね」
入ってきたのはまた少女だった。見た目的には俺と同い年くらいだろうか。何故か高校の制服のような服を着ていて、頭に兎の耳が付いていた。
「今度はうさ耳少女か・・・・・・」
「それって私の事?」
「ここには俺とお前しかいないんだから当たり前だろ」
「そこまで話せるなら心配する必要はないわね。私は鈴仙・優曇華院・イナバ。あなたの事は師匠とアリスさんからから聞いてるわ。ほんと不思議な人ね。どうして人里にいかなかったの? 人里の外は危険そのものなのよ?」
「人里? ああ、あそこか。普通いきなり知らないところに放り出されて、安全な場所と危険な場所の区別なんてできるわけないだろ。それに、俺は人間が嫌いなんだ」
人間、もとい大人は嘘しかつかないクズばかりだ。自分の利益しか考えず自分の考えが全て正しいと思い込み、他人にそれを強制する。昔の独裁政治のような考え方が基準になった世界では俺のような存在は理解のできないヤバい奴と思われ、障害者のような扱いをし徹底的に排除しようとする奴しか周りにいなかった。こっちではどうなのか分からないが、人間は自分の理論を子供にまで押し付ける。それが数百年前から続いているのだ。人間という種族が存在しているのならそれは変わらないだろう。
「あなたも人間でしょ? 何があったの?」
「・・・・・・下らない話になるけどいいか?」
「私はいいけどあなたは大丈夫? 完全に昼夜が逆転しているけど」
「問題ない、こんな事日常茶飯事だったからな」
「どんな生活してたのよ・・・・・・」
「まあ、色々やってるんだよ。心霊現象が起こる場所に行ったり、ネットロアの化け物探しに行ったりな」
「ねっとろあ? が何かは知らないけど、あなたが持つ魔力の原因はそれよ」
「どういう事だ? 幽霊が持ってる魔力でも吸収してるのか?」
「ちょっと違うわ。何というか、幽霊を何百体も身に宿しているような感じね。一体どんな能力なのやら・・・・・・」
「能力? 魔法とかそんな感じの奴か?」
「そんなのじゃないわよ。まあ、アリスさんは魔法使いだけど」
「魔法使い? そんなのもいるのか」
オカルトどころかもう完全にファンタジーの世界だ。もしかして能力が使えることが当たり前の世界で俺だけ無能力というパターンなのでは? 幽霊を身に宿したところで何の意味もないだろう。
「それに私も月から来た兎だから」
「月から? 理解できん事だらけだな。唯一分かったことと言えば、外の世界の常識は通用しないって事か」
「それが分かっていてどうして帰ろうと思わないのよ」
「その答えが、俺が人間嫌いである理由と同じだからだよ。お前は人間についてどう思ってる?」
「どうって言われても・・・・・・。私としては、弱いけど優しい人が多いと思うわ」
「まあ、人間という種族そのものが弱いのは確かだな。お前が見てるのは人間の表面だ。大抵の人間には表と裏がある。特に大人にはな。俺は相手が人を騙そうとしてるかどうかが分かるんだよ。言っても信じないだろうけどな」
今思えば分かるようになったのは中学一年生の時だった。クラスの担任が教室に入ってきた瞬間「あ、こいつはヤバい奴だ」と感じた。そしてそれは見事に当たり、学校教育法を知ってか知らずか生徒をパシリのように扱うわ廊下に立たせるわ挙句の果てに暴力をふるうわの徹底したクズ教師だった。最終的に二年生になる前に俺が色々と詐欺のような手を使った上で他の教師に報告し、転任という形で学校から追放した。
「それは凄い才能じゃない。私は信じるわよ。ここでなら役に立つと思うから」
「そりゃどうも。それで会う奴会う奴ロクな考えしないクズしかいなかったんでな。どこまでも救いようがなかったから人間が嫌いになった、ただそれだけだ」
「・・・・・・短いながらも中々に壮絶ね・・・・・・。私がここに来た理由がしょうもなく思えるわ」
「そういやお前は何でここに来たんだ?」
「私はね、逃げてきたのよ。戦うのが嫌で」
「争いはどこでも起こるんだな。ていうか兵士なのか?」
「元だけどね」
「つまり脱走兵って事か」
「情けない話でしょ?」
「そうか? 俺は逃げることも一つの手段だと思うが。敵前逃亡が罪だとか言ってる奴は人が死ぬことを何とも思ってないクズだからな。常識的に間違っていようが、何をしようと、生きてるならそれが正しい選択なんだよ。何が正しくて何が間違っているのかなんて、誰かが決めるわけでも、最初から答えがあるわけでもないんだから」
俺の意見を押し付ける訳ではないが、こう思った方が後悔が無くていいと思う。
「・・・・・・そんな考え方があったなんて・・・・・・。外の世界の人は不思議な考え方をするのね」
「こんな考え方をするのは俺しかいないと思うけどな。同じ立場にいたら俺だって逃げるだろうし」
戦争が実際はどうなのかなど知らないが、常人からしたら常に死の恐怖が付き纏う所に行くとなって怖いと思わない方がおかしいだろう。かくいう俺は死ぬ事を何とも思っていないが、戦場で死ぬより寿命か病気で死んだ方がよっぽどマシだ。
「まさか怪我人に励まされるとは思っていなかったわ」
「俺はただ思ったことを言っただけだ。解釈の仕方はいくらでもあるからな。どう思ってもらおうと構わんよ」
「あなたがいい人なのは分かったわ。ねぇ、外の世界の話を聞きたいのだけどいいかしら?」
「ああ、俺が知ってることならいくらでも答えるよ」
最初はどうなるかと思ったが、案外優しい世界かもしれない。鈴仙の質問に事細かく答えながら、夜は更けていった――――