雪の降る時期、幽々子は炬燵の中でのんびりと風情を噛み締めながら蜜柑を噛み締めていた。どたどたと廊下を駆けてくるのは庭師の妖夢である。妖夢は襖を開くと、大きな包みを幽々子に見せた。妖夢があまりに興奮しているので、幽々子は何事かと思ったが、送り主の名を見て納得した。
送り主は魂魄妖忌、妖夢の祖父であった。彼は何年も前に雲隠れし、今では行方を知る者はほとんどない。そんな妖忌からのいきなりの便りとくれば、慌てるのも無理はなかった。
眼を丸くしながら包みを開くと、そこにはひと振りの大太刀があった。
妖夢は「超硬」と彫られた柄を握りしめ、ゆっくりと鞘から刃を抜いた。
「おお」
「すごいわね」
青白く光る刃は凍てつく霊気を帯びており、大業物であることが窺い知れる。鋭く、そしてどこまでも強靭な剣、ひと薙ぎすれば一度に十の魂魄を滅することのできる楼観剣と比べても全く引けを取らないほどに洗練された刀身には、その剣の美しさをうっとりと見つめる妖夢の顔が映し出されていた。しばらくは見惚れるばかりで気づかなかったが、その長い刃渡りは妖夢の身長と同じであった。
果たしてこれはどういうことだろうか。素晴らしき剣ならもう既に譲り受けている。まさか三刀流にするわけにもいかない。妖夢は考えた。
剣の道を極めるべく、ただただ己を鋭く研ぎ続けるしか能のなかった祖父の皺だらけの顔を思い出す。「斬ればわかる」が口癖で、厳しくすること以外優しさを表現する術を知らない不器用な祖父だった。叱られた記憶しかない。だけどその思い出は屠り去りたいものではなく、むしろ暖かかった。懐かしき思い出は色褪せてしまったが、それでも彼の教えは妖夢の心の奥に根を生やし、彼女を支え続けていた。
妖夢はふとある言葉を思い出した。
「ひと振りの鋼となれ、主を守る刃となれ」
幼心では全く理解ができなかった。だが今になるとわかる。
己が身を鋭く研ぎ澄ませ。この剣が私を映す鏡となる。
「ああ、わかりました。そう言うことだったのですね」
主人を守る等身大の刃となれ。日々研鑽を積んでいた妖夢は、この送りものは不器用で照れ屋な祖父からの精一杯の激励なのだと理解した。
柄を握りしめたまま、防寒着も着ずに妖夢は雪が積もった庭に飛び出して、ちょっと寒いからわずかに浮いて、素振りを開始した。
くしゃみをしながらひたすらに素振りをする妖夢を、幽々子は炬燵の中から眺めていた。風が入ってきて寒かった。障子を閉めようか迷ったが、炬燵から出るのも億劫であり、また、健気な妖夢を眺めるのも悪くないと思ったので、そのままにしていた。
天板の上には先ほど届いた包みに同封されていた手紙と、何やら英語の文字が記された小箱があった。妖忌からの手紙を一緒に読もうと思ったのだが、妖夢は刀に見惚れていてそれどころではなく、とうとう飛び出してしまったので、幽々子はとりあえずその手紙をひとりで読むことにした。
「拝啓。梅花の候、いかがお過ごしでしょうか。
一度屋敷を離れた身として、いまさら手紙など、慙愧にたえないことも重々承知しております。忸怩たる思いで筆をとりました故、あなた様が望むのならば腹を切って詫びる所存でございます。
本日は敬愛する異性にちょこれいとうなるものを渡す日だと、八雲殿からお聞きしました。しかしながら、私にはちょこれいとうなるものが如何様なものであるか見当もつかず、八雲殿は自分で考えよとのこと。悩みましたが、助言をくださった方がおりまして、その方曰く、気持ちが籠っていれば品物は如何なるものでもちょこれいとうになりうるのだそうです。
我が弟子にはひと振りの剣を、そして幽々子様には舶来の菓子をお送りさせていただきます。剣は私の知る限り最高の刀匠に打たせました故、名の通りどこまでも硬く、決して折れることはないでしょう。
菓子のほうはある古物商から購入したのですが、これがなかなか良い味をしておりまして、身体がぽかぽかと暖まるなんとも贅沢なものでございます。一度ご賞味いただきたいと思い、お送りさせていただきました。
最後になりますが、厚かましくも、私はお二方のことを思っております。時節柄くれぐれもご自愛くださいませ。敬具」
幽々子はくすりと笑った。紫がどこぞで隠居生活をしている妖忌を見つけ出して「たまには家族サービスの一つでもしたら」「いや某は……」「そうそう今日は外の世界ではね……」なんてやりとりをしたであろうことがありありと想像できた。
そんな祖父が送ってきた剣を握りしめ、真冬なのに外に出て、妖夢は白い息を吐きながらひたすらに素振りを繰り返していた。
幽々子は送られてきた小箱を開けた。中にはチョコレートのウイスキーボンボンが入っていた。これがチョコレートだと気づかなかったのだろうか。幽々子はそう思いながら、一つをつまみ、頬張った。甘くてほろ苦くて、美味しかった。
隣にはいつの間にか紫が居て、炬燵でぬくぬくとしていた。幽々子はウイスキーボンボンを一つつまみ、紫の口めがけてひょいと投げた。
外では必死に妖夢が剣を振っている。見えない何かと戦っているようで、真剣なまなざしは祖父の眼とそっくりだった。
「まったく、ふたりそろって剣馬鹿ね」
「ねー」
送り主は魂魄妖忌、妖夢の祖父であった。彼は何年も前に雲隠れし、今では行方を知る者はほとんどない。そんな妖忌からのいきなりの便りとくれば、慌てるのも無理はなかった。
眼を丸くしながら包みを開くと、そこにはひと振りの大太刀があった。
妖夢は「超硬」と彫られた柄を握りしめ、ゆっくりと鞘から刃を抜いた。
「おお」
「すごいわね」
青白く光る刃は凍てつく霊気を帯びており、大業物であることが窺い知れる。鋭く、そしてどこまでも強靭な剣、ひと薙ぎすれば一度に十の魂魄を滅することのできる楼観剣と比べても全く引けを取らないほどに洗練された刀身には、その剣の美しさをうっとりと見つめる妖夢の顔が映し出されていた。しばらくは見惚れるばかりで気づかなかったが、その長い刃渡りは妖夢の身長と同じであった。
果たしてこれはどういうことだろうか。素晴らしき剣ならもう既に譲り受けている。まさか三刀流にするわけにもいかない。妖夢は考えた。
剣の道を極めるべく、ただただ己を鋭く研ぎ続けるしか能のなかった祖父の皺だらけの顔を思い出す。「斬ればわかる」が口癖で、厳しくすること以外優しさを表現する術を知らない不器用な祖父だった。叱られた記憶しかない。だけどその思い出は屠り去りたいものではなく、むしろ暖かかった。懐かしき思い出は色褪せてしまったが、それでも彼の教えは妖夢の心の奥に根を生やし、彼女を支え続けていた。
妖夢はふとある言葉を思い出した。
「ひと振りの鋼となれ、主を守る刃となれ」
幼心では全く理解ができなかった。だが今になるとわかる。
己が身を鋭く研ぎ澄ませ。この剣が私を映す鏡となる。
「ああ、わかりました。そう言うことだったのですね」
主人を守る等身大の刃となれ。日々研鑽を積んでいた妖夢は、この送りものは不器用で照れ屋な祖父からの精一杯の激励なのだと理解した。
柄を握りしめたまま、防寒着も着ずに妖夢は雪が積もった庭に飛び出して、ちょっと寒いからわずかに浮いて、素振りを開始した。
くしゃみをしながらひたすらに素振りをする妖夢を、幽々子は炬燵の中から眺めていた。風が入ってきて寒かった。障子を閉めようか迷ったが、炬燵から出るのも億劫であり、また、健気な妖夢を眺めるのも悪くないと思ったので、そのままにしていた。
天板の上には先ほど届いた包みに同封されていた手紙と、何やら英語の文字が記された小箱があった。妖忌からの手紙を一緒に読もうと思ったのだが、妖夢は刀に見惚れていてそれどころではなく、とうとう飛び出してしまったので、幽々子はとりあえずその手紙をひとりで読むことにした。
「拝啓。梅花の候、いかがお過ごしでしょうか。
一度屋敷を離れた身として、いまさら手紙など、慙愧にたえないことも重々承知しております。忸怩たる思いで筆をとりました故、あなた様が望むのならば腹を切って詫びる所存でございます。
本日は敬愛する異性にちょこれいとうなるものを渡す日だと、八雲殿からお聞きしました。しかしながら、私にはちょこれいとうなるものが如何様なものであるか見当もつかず、八雲殿は自分で考えよとのこと。悩みましたが、助言をくださった方がおりまして、その方曰く、気持ちが籠っていれば品物は如何なるものでもちょこれいとうになりうるのだそうです。
我が弟子にはひと振りの剣を、そして幽々子様には舶来の菓子をお送りさせていただきます。剣は私の知る限り最高の刀匠に打たせました故、名の通りどこまでも硬く、決して折れることはないでしょう。
菓子のほうはある古物商から購入したのですが、これがなかなか良い味をしておりまして、身体がぽかぽかと暖まるなんとも贅沢なものでございます。一度ご賞味いただきたいと思い、お送りさせていただきました。
最後になりますが、厚かましくも、私はお二方のことを思っております。時節柄くれぐれもご自愛くださいませ。敬具」
幽々子はくすりと笑った。紫がどこぞで隠居生活をしている妖忌を見つけ出して「たまには家族サービスの一つでもしたら」「いや某は……」「そうそう今日は外の世界ではね……」なんてやりとりをしたであろうことがありありと想像できた。
そんな祖父が送ってきた剣を握りしめ、真冬なのに外に出て、妖夢は白い息を吐きながらひたすらに素振りを繰り返していた。
幽々子は送られてきた小箱を開けた。中にはチョコレートのウイスキーボンボンが入っていた。これがチョコレートだと気づかなかったのだろうか。幽々子はそう思いながら、一つをつまみ、頬張った。甘くてほろ苦くて、美味しかった。
隣にはいつの間にか紫が居て、炬燵でぬくぬくとしていた。幽々子はウイスキーボンボンを一つつまみ、紫の口めがけてひょいと投げた。
外では必死に妖夢が剣を振っている。見えない何かと戦っているようで、真剣なまなざしは祖父の眼とそっくりだった。
「まったく、ふたりそろって剣馬鹿ね」
「ねー」
ゆかゆゆはいいぞ。
ほっこりと軽く読める作品を有難う御座いました。こういうので良いんですって感じでございました。
楽しませて頂きました。面白かったです。
以心伝心のようでぜんぜんそうじゃない魂魄師弟にほっこりしました
それをにこにこしながら見守る幽々子もよかったです