香霖堂は黴臭い。
茸もよく自生する魔法の森にあるくせに、商品が痛むからとろくすっぽ換気もしないんだから当然だ。おまけに店主があんまり食わなくても生きられるもんだから食材の管理も甘いときている。
そんな無精者の体現者である森近霖之助(私は香霖と呼ぶ)が、なんと割烹着に身を包んでむせ返るような甘い香りを店に充満させていたのだ。
であるからして、化けの皮が剥がれやしないかと、霊夢と一緒にこいつの左右の頬をつねってみたのは正当な行為だと主張させてもらう。
「……君達は僕が怒らない人物だと思っているのか?」
「なんだ、止めてほしかったら素直に言えばいいのに。私はてっきり喜んでいるのかと」
「わかるわー。霖之助さんってそういうタイプの人に見えるわよね」
流石に睨まれたので少し名残惜しいが手を放してやった。指先にはまだ香霖の硬い肌の温もりと感触が残っている。
「……それで、まさかとは思うけど今日は買い物かい?」
「まさか、そんなわけないだろ」
「ないない、ないわよ」
私は霊夢と顔を見合わせてひっひと笑ってやった。今のは我ながら魔女っぽかったんじゃないだろうか。
「ただまあ、お前がこんな事してたら目を疑うだろ」
こんな事とは香霖が大鍋でチョコレートをかき混ぜている件だ。こいつがバレンタインという乙女のイベントに参加しようなどとは。
「こういう便乗商売は霊夢の専売特許だと思っていたんだがなあ」
「失礼ねー。私の商売は神社の参拝で来てくれた人に少しでも喜んでもらおうと思ってやってるのよ。お金は二の次だもん」
「嘘は泥棒の始まりだぜ?」
「げっ。魔理沙にはなりたくないわ」
「なんだと」
嫌がらせに霊夢のやたらデカいリボンを両手でつまんでやった。お返しに霊夢の肘が私の腹に刺さった。
「まあ、二人とも丁度いいところに来てくれたよ。味の調整には女の子の意見が欲しくてね」
香霖は大鍋に浮かべたボウルから焦げ茶色の液体をすくい取り、二枚の小皿で私達に差し出した。
店内の湿気った黴臭さを上書きする強烈な香りを鼻から取り入れる。焦げ臭さは無し、第一関門は合格だ。言うまでもなく熱々の液体で舌を火傷しないように、吐息で何度か冷ましたチョコをそっと口に運ぶ。
まず舌先を刺激するかすかな甘み。これは舌の先に甘味を感じる部位があるからだ、と香霖が薀蓄を垂れていたような記憶がある。しかし、その直後に思わず顔をしかめるほどの強烈な苦味が襲いかかってきた。
「……にがっ!」
「同じく!」
私と霊夢は小皿をできるだけ顔から遠ざけて舌を出した。
「乙女にはちょっと苦すぎるぜ。百年の恋も冷めるぞこんなの」
「あら、冷めたの?」
「……いや、別に冷めてはないが」
霊夢がお熱いお熱いと言わんばかりに小皿のチョコをふうふう冷ます。私はとにかくこれじゃ売り物にならんと香霖に苦情を入れた。
「ふむ……なるべく糖分を減らした方が健康に良いからって外ではかなり苦いチョコが流行っていたと聞いたのだけど」
「それはいつの話だよ。菫子がくれたチョコは甘々だったぜ?」
「ん、バレンタインデーは明日じゃなかったか?」
「今年は日曜がその日だろ。だから世間じゃ前倒しでチョコを渡すところばっかりなんだとさ」
女子高生サイキッカー・宇佐見菫子も、今日の昼頃遊びに来た時チョコをくれたのだ。友チョコと言って、女の子同士でチョコを交換するのが今の当たり前だとか。むしろ今どき女の子がバレンタインでチョコを男に渡して告白する方が化石文化なのだそうな。外の世界は夢も浪漫もない。
それにしても菫子はまさか夢の世界にしかチョコを渡す相手がいないわけではないだろうな。あまり深く考えてやらないのが優しさだとは思うけど。
「ちょっと待った。つまり今僕がチョコを作っても……遅いということか?」
「遅いんじゃないか?」
「遅いわよねえ」
ちゃんと日付を守って十四日に渡すとしても、本気の女の子はもっと事前に準備をしている。香霖は半妖で長生きだから何から何までスタートが遅いのだ。
「もっと言うとだな、女の子がバレンタイン用にチョコを買うとしようか。誰がこんな辺鄙で危ない所にまで足を運ぶんだよ」
「ああ、そこは出張販売で……」
「お前みたいな陰気な男の手作りチョコなんて女の子は警戒するぞ。変なもんが入ってるんじゃないかとかさ」
「何の警戒もなくすすっていた君に言われたくはないが」
香霖も流石にむっときたのか強めの語気で言い返してくる。
「私は良いんだよ。そんな事しない奴なのはわかってるんだから」
「ふん、あんまり油断しているようなら僕だって一服盛るのはやぶさかではないぞ」
「ああ? 面白いじゃんか。ヤれるもんなヤってみろって……」
「はい、はい。やめなさいアンタたち」
霊夢があらぬ方向に行きかけた口論を止める。正直、助かった。
「だからね、霖之助さん。はいコレ、いつもお世話になっています」
霊夢があっさりと香霖に手渡したのはもちろんチョコレートだ。霊夢らしい、一口サイズの低コストチョコ。
幻想郷の賢者や結界を抜けられる奴らがあれこれ手を回したおかげで、今や人間の里でも気軽にチョコが買える。まったく便利な時代になったものだ。
「あ、ありがとう。そうか、君も前倒しの為に来たんだね」
「そういうことよ。今年はうちの神社もバレンタインに便乗して祭りをするの。当日は私も忙しいから渡す人には今渡しちゃおうってね。どうせ霖之助さんは神社に来てくれないでしょ?」
という事だ。ウァレンティヌスとかいうキリスト教の司祭が処刑されたのが二月の十四日で、異教とはいえ死人は皆仏なのが日本式。だから神社でそいつの祭りをやってもセーフだと霊夢は豪語していた。まあ日本は昔から神仏習合だし納得できなくはない、かもしれない。
「ま、これで私の方は済んだから次に行っちゃうわね~。魔理沙も頑張んなさいよ」
「あっ、お前……!」
霊夢は適当に手をぶらぶらと振って店を出てしまった。
あいつの事だから三倍返しを見込めそうな所を狙って回るに違いない。差し当たっては豪邸に住んでいる紅魔館が危なそうだ。
「それで、魔理沙は?」
「お生憎だが、何もないぜ」
私は霊夢が香霖堂に行くと言うから帰るついでに同行しただけだ。まさか香霖までチョコを準備していただなんて思いもしなかった。
「そうか……霊夢はくれたのに、君は僕に何も思うところがなかったという事か……」
「そんなの一言も言ってないだろ! まったくお前は……」
香霖はたまにわかってるくせにこういう嫌味を言う。こいつにしてみれば子供をからかう程度のつもりなのだろう。確かに香霖とは老いるスピードも全然違うが、私だっていつまでも幼い霧雨のお嬢さんではないのだ。
「バレンタインは明日だろ。その時になったらちゃんと持ってくるよ。私だって自作したんだぜ?」
鍋を使う調理なら魔女こそがその道のプロだ。私のチョコの方が香霖の苦いチョコより圧倒的に美味いと自信を持って言える。
「……だろうね。君の手作りなら本格的な味わいが楽しめるだろう。明日を楽しみにしているよ」
「本当にまったく、香霖は仕方ない奴だぜ……」
こうは言ったが本当に仕方ないのは私の方だ。霊夢が渡した一口チョコに比べて私が用意したのは五倍以上の大きさになってしまった。一緒だったら気合の差が恥ずかしくて渡せなかったかもしれない。
「しかし、そうなると参ったな。このチョコレートはどうするか……」
香霖がドロドロの苦々なチョコをかき混ぜながら思案しだした。当日にチョコを買う子もいるかもしれないけど、それを香霖の出店で調達しようとは思わないだろう。どうせ蒐集のついでで商売をやっている程度の香霖だ。少しでもケチが付いたらもう商売への意欲も消えているはず。
「売るのは諦めて自分で処理したらどうだ。健康に良いんだろ? たしかポリフェノールがどうたらこうたら」
「健康に良くても限度はある。一人でこの量は流石にね」
「はいはいわかってるわかってる。香霖はしょうがないなー」
私は勝手知ったる香霖の台所を漁り始めた。
香霖が蒐集している古い物は何も道具だけではない。大抵の物は古くなるほど価値は落ちるが、何にでも例外はある。狙い通り、目当ての瓶は静かでひんやりした床下に収納されていた。
「……結局酒か。まったく君は子供のくせにしょうがない」
「ビターなチョコはワインと合うって聞いたことがある。処理に協力してやるついでにこの酒もいただくぜ」
もちろん酒には甘いのと辛いのと酸っぱいのといろいろあるから一概に合うとは言い切れない。しかし今回は合う合わないは二の次だ。香霖と顔を突き合わせて酒を飲む。それが一番大事なのだ。
「ところで、一つだけ弁明させてもらいたいのだが」
「あん、何だ?」
「僕は別に苦いチョコだけを用意していたわけじゃない。先に甘党の誰かさんが好きだろうと思ってだいぶ甘くして作ったのもあるんだよ」
香霖はぶっきらぼうに向こうの部屋の包みを指差した。なるほど、大量生産とは別でわざわざそいつの為に。
「へえ、その甘党の誰かさんが誰かは知らないがさぞや喜ぶだろうな。ちなみに私は最近辛い物にも目覚めてきてな。このワインが辛口であってほしいもんだ」
「……ふうん。明日、そのように言われた時の為に七味唐辛子でも用意しておこうか」
「馬鹿を言え、中途半端は嫌われるぜ。甘い物は全力で甘く味わうに限るんだよ。少なくとも私はそうだからな」
私と香霖はいつものように軽口を叩き合いながら、冷え固めた苦いチョコを肴にワインを堪能した。
本当に相性が良い酒と組み合わせた食べ物は、それ単体では有り得ない新たな一面を見せてくれるものだ。
香霖がどう思っているか知らないが、私はベストマッチだと思っている。
私が口に含んでいるのは苦いチョコのはずなのに、こいつと一緒に飲んだ時はむしろ甘味すら感じるほどだったから。
茸もよく自生する魔法の森にあるくせに、商品が痛むからとろくすっぽ換気もしないんだから当然だ。おまけに店主があんまり食わなくても生きられるもんだから食材の管理も甘いときている。
そんな無精者の体現者である森近霖之助(私は香霖と呼ぶ)が、なんと割烹着に身を包んでむせ返るような甘い香りを店に充満させていたのだ。
であるからして、化けの皮が剥がれやしないかと、霊夢と一緒にこいつの左右の頬をつねってみたのは正当な行為だと主張させてもらう。
「……君達は僕が怒らない人物だと思っているのか?」
「なんだ、止めてほしかったら素直に言えばいいのに。私はてっきり喜んでいるのかと」
「わかるわー。霖之助さんってそういうタイプの人に見えるわよね」
流石に睨まれたので少し名残惜しいが手を放してやった。指先にはまだ香霖の硬い肌の温もりと感触が残っている。
「……それで、まさかとは思うけど今日は買い物かい?」
「まさか、そんなわけないだろ」
「ないない、ないわよ」
私は霊夢と顔を見合わせてひっひと笑ってやった。今のは我ながら魔女っぽかったんじゃないだろうか。
「ただまあ、お前がこんな事してたら目を疑うだろ」
こんな事とは香霖が大鍋でチョコレートをかき混ぜている件だ。こいつがバレンタインという乙女のイベントに参加しようなどとは。
「こういう便乗商売は霊夢の専売特許だと思っていたんだがなあ」
「失礼ねー。私の商売は神社の参拝で来てくれた人に少しでも喜んでもらおうと思ってやってるのよ。お金は二の次だもん」
「嘘は泥棒の始まりだぜ?」
「げっ。魔理沙にはなりたくないわ」
「なんだと」
嫌がらせに霊夢のやたらデカいリボンを両手でつまんでやった。お返しに霊夢の肘が私の腹に刺さった。
「まあ、二人とも丁度いいところに来てくれたよ。味の調整には女の子の意見が欲しくてね」
香霖は大鍋に浮かべたボウルから焦げ茶色の液体をすくい取り、二枚の小皿で私達に差し出した。
店内の湿気った黴臭さを上書きする強烈な香りを鼻から取り入れる。焦げ臭さは無し、第一関門は合格だ。言うまでもなく熱々の液体で舌を火傷しないように、吐息で何度か冷ましたチョコをそっと口に運ぶ。
まず舌先を刺激するかすかな甘み。これは舌の先に甘味を感じる部位があるからだ、と香霖が薀蓄を垂れていたような記憶がある。しかし、その直後に思わず顔をしかめるほどの強烈な苦味が襲いかかってきた。
「……にがっ!」
「同じく!」
私と霊夢は小皿をできるだけ顔から遠ざけて舌を出した。
「乙女にはちょっと苦すぎるぜ。百年の恋も冷めるぞこんなの」
「あら、冷めたの?」
「……いや、別に冷めてはないが」
霊夢がお熱いお熱いと言わんばかりに小皿のチョコをふうふう冷ます。私はとにかくこれじゃ売り物にならんと香霖に苦情を入れた。
「ふむ……なるべく糖分を減らした方が健康に良いからって外ではかなり苦いチョコが流行っていたと聞いたのだけど」
「それはいつの話だよ。菫子がくれたチョコは甘々だったぜ?」
「ん、バレンタインデーは明日じゃなかったか?」
「今年は日曜がその日だろ。だから世間じゃ前倒しでチョコを渡すところばっかりなんだとさ」
女子高生サイキッカー・宇佐見菫子も、今日の昼頃遊びに来た時チョコをくれたのだ。友チョコと言って、女の子同士でチョコを交換するのが今の当たり前だとか。むしろ今どき女の子がバレンタインでチョコを男に渡して告白する方が化石文化なのだそうな。外の世界は夢も浪漫もない。
それにしても菫子はまさか夢の世界にしかチョコを渡す相手がいないわけではないだろうな。あまり深く考えてやらないのが優しさだとは思うけど。
「ちょっと待った。つまり今僕がチョコを作っても……遅いということか?」
「遅いんじゃないか?」
「遅いわよねえ」
ちゃんと日付を守って十四日に渡すとしても、本気の女の子はもっと事前に準備をしている。香霖は半妖で長生きだから何から何までスタートが遅いのだ。
「もっと言うとだな、女の子がバレンタイン用にチョコを買うとしようか。誰がこんな辺鄙で危ない所にまで足を運ぶんだよ」
「ああ、そこは出張販売で……」
「お前みたいな陰気な男の手作りチョコなんて女の子は警戒するぞ。変なもんが入ってるんじゃないかとかさ」
「何の警戒もなくすすっていた君に言われたくはないが」
香霖も流石にむっときたのか強めの語気で言い返してくる。
「私は良いんだよ。そんな事しない奴なのはわかってるんだから」
「ふん、あんまり油断しているようなら僕だって一服盛るのはやぶさかではないぞ」
「ああ? 面白いじゃんか。ヤれるもんなヤってみろって……」
「はい、はい。やめなさいアンタたち」
霊夢があらぬ方向に行きかけた口論を止める。正直、助かった。
「だからね、霖之助さん。はいコレ、いつもお世話になっています」
霊夢があっさりと香霖に手渡したのはもちろんチョコレートだ。霊夢らしい、一口サイズの低コストチョコ。
幻想郷の賢者や結界を抜けられる奴らがあれこれ手を回したおかげで、今や人間の里でも気軽にチョコが買える。まったく便利な時代になったものだ。
「あ、ありがとう。そうか、君も前倒しの為に来たんだね」
「そういうことよ。今年はうちの神社もバレンタインに便乗して祭りをするの。当日は私も忙しいから渡す人には今渡しちゃおうってね。どうせ霖之助さんは神社に来てくれないでしょ?」
という事だ。ウァレンティヌスとかいうキリスト教の司祭が処刑されたのが二月の十四日で、異教とはいえ死人は皆仏なのが日本式。だから神社でそいつの祭りをやってもセーフだと霊夢は豪語していた。まあ日本は昔から神仏習合だし納得できなくはない、かもしれない。
「ま、これで私の方は済んだから次に行っちゃうわね~。魔理沙も頑張んなさいよ」
「あっ、お前……!」
霊夢は適当に手をぶらぶらと振って店を出てしまった。
あいつの事だから三倍返しを見込めそうな所を狙って回るに違いない。差し当たっては豪邸に住んでいる紅魔館が危なそうだ。
「それで、魔理沙は?」
「お生憎だが、何もないぜ」
私は霊夢が香霖堂に行くと言うから帰るついでに同行しただけだ。まさか香霖までチョコを準備していただなんて思いもしなかった。
「そうか……霊夢はくれたのに、君は僕に何も思うところがなかったという事か……」
「そんなの一言も言ってないだろ! まったくお前は……」
香霖はたまにわかってるくせにこういう嫌味を言う。こいつにしてみれば子供をからかう程度のつもりなのだろう。確かに香霖とは老いるスピードも全然違うが、私だっていつまでも幼い霧雨のお嬢さんではないのだ。
「バレンタインは明日だろ。その時になったらちゃんと持ってくるよ。私だって自作したんだぜ?」
鍋を使う調理なら魔女こそがその道のプロだ。私のチョコの方が香霖の苦いチョコより圧倒的に美味いと自信を持って言える。
「……だろうね。君の手作りなら本格的な味わいが楽しめるだろう。明日を楽しみにしているよ」
「本当にまったく、香霖は仕方ない奴だぜ……」
こうは言ったが本当に仕方ないのは私の方だ。霊夢が渡した一口チョコに比べて私が用意したのは五倍以上の大きさになってしまった。一緒だったら気合の差が恥ずかしくて渡せなかったかもしれない。
「しかし、そうなると参ったな。このチョコレートはどうするか……」
香霖がドロドロの苦々なチョコをかき混ぜながら思案しだした。当日にチョコを買う子もいるかもしれないけど、それを香霖の出店で調達しようとは思わないだろう。どうせ蒐集のついでで商売をやっている程度の香霖だ。少しでもケチが付いたらもう商売への意欲も消えているはず。
「売るのは諦めて自分で処理したらどうだ。健康に良いんだろ? たしかポリフェノールがどうたらこうたら」
「健康に良くても限度はある。一人でこの量は流石にね」
「はいはいわかってるわかってる。香霖はしょうがないなー」
私は勝手知ったる香霖の台所を漁り始めた。
香霖が蒐集している古い物は何も道具だけではない。大抵の物は古くなるほど価値は落ちるが、何にでも例外はある。狙い通り、目当ての瓶は静かでひんやりした床下に収納されていた。
「……結局酒か。まったく君は子供のくせにしょうがない」
「ビターなチョコはワインと合うって聞いたことがある。処理に協力してやるついでにこの酒もいただくぜ」
もちろん酒には甘いのと辛いのと酸っぱいのといろいろあるから一概に合うとは言い切れない。しかし今回は合う合わないは二の次だ。香霖と顔を突き合わせて酒を飲む。それが一番大事なのだ。
「ところで、一つだけ弁明させてもらいたいのだが」
「あん、何だ?」
「僕は別に苦いチョコだけを用意していたわけじゃない。先に甘党の誰かさんが好きだろうと思ってだいぶ甘くして作ったのもあるんだよ」
香霖はぶっきらぼうに向こうの部屋の包みを指差した。なるほど、大量生産とは別でわざわざそいつの為に。
「へえ、その甘党の誰かさんが誰かは知らないがさぞや喜ぶだろうな。ちなみに私は最近辛い物にも目覚めてきてな。このワインが辛口であってほしいもんだ」
「……ふうん。明日、そのように言われた時の為に七味唐辛子でも用意しておこうか」
「馬鹿を言え、中途半端は嫌われるぜ。甘い物は全力で甘く味わうに限るんだよ。少なくとも私はそうだからな」
私と香霖はいつものように軽口を叩き合いながら、冷え固めた苦いチョコを肴にワインを堪能した。
本当に相性が良い酒と組み合わせた食べ物は、それ単体では有り得ない新たな一面を見せてくれるものだ。
香霖がどう思っているか知らないが、私はベストマッチだと思っている。
私が口に含んでいるのは苦いチョコのはずなのに、こいつと一緒に飲んだ時はむしろ甘味すら感じるほどだったから。
本当に『いつものように軽口を叩き合いながら』って地の文が似合うぐらいに素敵な友人関係が成立しているのが良い。
霊夢も甘めで楽しげでのほほんなバレンタインな物語でした。チョコレートご馳走様でした。
商魂たくましい香霖がよかったです
微妙にずれてる感じも香霖らしくていいと思いました
とても素敵でした。
安易に照れず引っ込み思案ではなくやけに赤面する霧雨ではなく、しっかりと原作の味わいがある素晴らしい霧雨でした。
朴念仁じゃない香霖も好きでした。有難う御座いました。