Coolier - 新生・東方創想話

2020/12/28 00:13:24
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               ◉


 その眼は、とても大きく力強いものであった。

 完成間近の飛行戦車、その役割とは、主人を守る盾となり、刃向かう者を討つ鉾となり、弾丸硝煙飛び交う中で、不動なる存在感を以って敵を圧倒し、火より矢より剣より弾よりの猛威の中においてそれら全てを弾く事。示威も含めた巨大なる眼球が、この暗き工房の中においてさえ力強さを持つは当然か。
 姿をそのまま表すイビルアイZの名を背負ったこの戦車を造った主たる里香は、その到底戦車などとは思えぬ車体を愛おしげに撫で、この偉大にして異様なる目玉が戦場においてどの様に映るか、思いを巡らせた。
 
 その眼は敵を威すだろう。士気を衰えさせるのに、この不気味さは非常に有利である。その眼は敵を容易く薙ぎ払うだろう。この今までに数々の傑作を世に送り出したタンク・マイスターたるあたいこと里香の今までに培ったノウハウを結集したフラッグシップモデルである。この魔王の如し戦車は勝利の女神にすら無理矢理笑みを浮かべさせられるに違いない。その眼は敵にとっての恐怖の象徴となりて睥睨し、味方の勝利の祝杯を優しく見守るだろう。最高傑作の外見をこの様なものにしたのには、見る者全てに強烈なるインパクトを与える狙いがあるのだ。

 この兵器が火を吹く事は、そう遠い未来では無い。里香はこの戦車に乗りて吶喊せし自分のビジョンを脳裡に浮かべ、にまりと口角を上げた。

           ⦿ ⦿ ⦿ ⦿ ⦿

 その眼は、深淵なる悍ましさを以ってこちらを見つめていた。

 魔界の不快なる空気が辺り一面の闇に溶け込み、まるで石油に浸かっているが如し感覚、その内において不気味に浮かぶ、瞼に包まれた五つの目玉。
 魔理沙は自分の身体に喝を入れ直し、不敵に笑って五つの眼球を見上げた。
 
 相手の力は非常に強いだろう。未だ一度も鍔を競ってすらいないと言うのに、ひしひしと空間すら揺るがして伝わる威圧は、自分の師匠たる大悪霊のそれにすら比肩し得た。並の者であれば圧に気押され、力も知らぬ内に平服するだろう。現に歴戦の魔女なる魔理沙ですらもが脚の慄えを抑える事が出来ない。

 然し、それがどうした?その震えは、彼女に言わしめば武者震い、何れ師匠すら超える次第である自分にとっては、この程度の相手、倒さねば、大悪霊・魅魔の弟子たる魔法使い・霧雨魔理沙の名が廃る。

 五つの眼より激しく稲妻が走り、収束したかと思えば、軈て人形の形を為した。その無感動なる眼光の、なんと過酷!なんと強烈!なんと強力なことか!
 
 身を竦ませる程の力を纏いで光のベールを散らし、五つの輝き無き闇を湛えし異形の瞳には魔力の光が収束する。

 魔理沙も負けじと宝石の如し勇気に満ち溢れた輝きを宿す瞳で魔界の怪物を睨み付け、彼女の象徴たる威力のレーザー魔法を撃ち放った。それと同時に異形も五筋の光を放ちて、空中にて二つの力の濁流同士が衝突し、強烈なる閃光と轟音が、辺り一面を覆い隠した。

        ⦿            ∅

 その眼は、何者よりも恐ろしき視線の意味を持っていた。

 その眼は、閉じられ開く事無く、視線には何の意味も無かった。

 古明地さとりはその素晴らしき三つの眼を用いて、道行く人の思考を覗く。その眼に映るは無彩色の群衆でも、風無き町並みでも、狭き岩窟の天蓋でも無く、頽廃なる民の脳が内である。
 
 一見して――と言ってもさとり以外には見る事すら許されないが――道行く人妖達の心の中に浮かぶ光景には、別段の変化は見られず、唯幾らかの地底特有の血腥さがある様にのみ見られた。
 しかし、心覗きのスペシャリストたる、覚妖怪の中で最もその能力に対する造詣の深きさとりは、そこに尋常以上のものを見つけ出す事が出来た。さとりはそこを行く者の思考のみならず、その脳のアーカイブを引き出す。

 さしても特段の変化は無い。だがさとりはそこに起こる僅かな差異を見逃す事は無かった。その者無意識なれども、物理的存在まで消す事は叶わぬ。僅かに横に動いた動作、無意識下に発せられた、人ひとり分の空白を避ける命令。思考一つなれば断片的なれど、複数人より情報を拝借すれば、浮かび上がるは無意識の空白。

 さとりがその空白を見つけ出し、後方より抱き付けば、きゃあと虚空より愛おし愛しい妹の声が返る。口では叫んで見せたが、その響きは不意を衝かれた様なそれでは無く、かくれんぼで見つかった時の様な、翫ぶ様な気楽さを纏っていた。
 さとりの桃と紫の間の様な髪色を反転させた様な色の少女の姿が認識下に現れる。

 「ああ、お姉ちゃん。なんで私が分かったの?」
 こいしが訊けば、さとりは待ってましたとばかりにどやと得意気な顔をして返す。
 「こいし、私のこの目を以ってすれば、こんな事も造作も無いのよ。こんな素晴らしい力があるのよ、貴方も「やだ」

 さとりは拒絶にも毫も堪えた様子は無く、こいしの今にも自分を殴りたそうな、うんざりした顔を見て更にどやと腹の立つ表情を浮かべ、こいしをおぶって地霊殿へ歩いて行った。

          ◉        ◎

 その眼は、片ともう片で色を変じさせていた。

 多々良小傘は鍛冶職人である。その腕は上々であり、折々は妖ながらも人にすら鍛冶の依頼が来る程であった。
 小傘は今日も鉄を鍛える。片脚をふいごに置いて、もう片脚のみで立ち、片眼を瞑りて赤い瞳のみで炎の具合を見つめる。
 半刻程経てば、仕事を終えた小傘は、幼げな、達成感に綻ぶ顔に浮かんだ汗を童の様に肉刺一つない、小さな手で拭った。

 炎の暑さ故脱いでいた青の服を汗の拭われた白い肌に着直し、立て掛けられていた自身のトレードマークたる紫の傘を取り、完成した鋤を持って、依頼主に届けるべく、土気に満ちた工房より出た。

 工房より小傘が出ると、まるで一時間以上はそこに居たかの様な感覚で、社の守り主こと高麗野あうんが佇んでいた。あうんが小傘を見つけ、その片方が赤、片方が青の眼を認めると、正に犬と言った風に耳を立てて緑の尾を振り、小傘の傍へと寄って来た。

 小傘は何が何やら解らず困惑したが、兎も角鋤を届けなければならぬ為、あうんを無視して人里へと駆けていった。

 戻って来ても、まだあうんは工房を護っていた。小傘はいよいよもって何故、何故と言うのが解らなかった。



 小傘の名字にもなっている一本だたら、その妖怪は、天目一箇神の零落した姿とされている。その名の通り片眼であるこの神は、鍛冶の炎の具合を片眼で見つめた為に、片眼の視力を失ったのだと言うらしい事は、それから随分の後に知った。
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
3.100サク_ウマ削除
おつまみに丁度いい味わいの小噺でした。良かったです
5.100ヘンプ削除
ひとつひとつのお話が、眼を通して話されていてとても良かったです。
6.70夏後冬前削除
セクション区切りの実験作としては良いですが、せっかくならもうひとひねり、このセクション区切りをうまく使った展開をさせてほしかったかなと。
7.90名前が無い程度の能力削除
よかったです
8.100名前が無い程度の能力削除
面白い試みだと思いました
9.100めそふらん削除
ひとつひとつが読みやすくて良かったです。
10.90名前が無い程度の能力削除
面白い