Coolier - 新生・東方創想話

好き好き好き好き大好き大好き、百億回でも好きと言わせて

2020/12/23 20:55:39
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「えっ? と言うことは、あんた、最近来たあのお寺――命蓮寺の関係者なのかい? いや、さすがに嘘だろ?」
 冬の足音が小屋の外からひしひしと聞こえてくる、もうすぐ秋も店じまいだろうか。今宵は二人で鍋をつついていた。ぐつぐつとよく煮えた野菜と魚肉の甘さと言ったら舌もとろけるようだ。喉と胃が温まったところによく冷えた清酒をぐいと一献、天にも昇る心地とはまさにこのこと。潤美は熱燗も好きだが、今晩は熱い鍋を肴にするということで冷酒を酌み交わしていた。肌寒くなってきたからこそ、暖かくして冷酒を飲むことの贅沢さが満喫できる。
 そんな極上の晩餐……なのだが、潤美は首をひねって相方の妖怪ネズミの顔を覗き込んでいた。自分より一回りも二回りも小さな少女は、まだほとんど飲んでもいないのに顔を赤くしている。酔いではなく鍋の熱気を受けてのものだろう。
「何が嘘なものかい、私は由緒正しい毘沙門天の使い。命蓮寺のみんなとはれっきとした仲間同士さ」
「いやあ、だってね。こうして私と一緒に魚や肉を食べて、お酒も美味しくいただいてるじゃないか……うん、美味い」
 そろそろこたつか火鉢が恋しい、まだどちらも出しておらず家の中は少し肌寒い。しかしその真ん中に鍋があれば、心と体が内側から暖かくなる。熱くなった喉を冷えた酒で潤す。喉と舌から全身に、恍惚が染み渡るようだ。
「お酒も食べ物も、美味しいものはみんなお宝さ。御仏にお仕えする身であっても、この幸せは手放せないね」
「へえ、命蓮寺の妖怪ってのはそういうものか。なんだ、妖怪坊主って聞いてたから敬遠してたんだけど、あんたくらい話がわかるのなら、もっと付き合ってみてもいいのかも知れないね」
 気持ちよく納得しながら柔らかな白菜を味わう。食材のほとんどは潤美が提供したものだ。
 牛崎潤美――彼女は牛鬼という妖怪。古来より凶悪な妖怪に分類される種族だ。
 しかし、種族が凶悪と思われていたとしても今の潤美自身には関係ない。幻想郷で平和を謳歌する今の彼女は、それなりに幸せな日々を送っていると自負している。そんな自分を、潤美は誇らしく思っていた。
「そうだね、潤美。君は気立てがいい、人懐っこくて気配りが上手い。寺のみんなにも好まれるだろう。しかし入門――寺の一員になるのはおすすめしないね」
 潤美をおだてながら鍋を囲む相方。彼女はナズーリン――ゆらゆら揺れるネズミの耳と尻尾が特徴的な少女。そして本人曰く、毘沙門天の使い。
 可愛らしい姿とは裏腹に尊大な口調で喋る彼女だが、話してみるとなかなかどうして話が上手く、表情もころころ変わって愛らしい。色々な意味で魅力的な妖怪だ。
「お寺に入ると、何かまずいのかい? まあ、妖怪の私たちにとって仏教ってのは天敵みたいなところもあるけどさ」
「仏教自体は悪くない、信仰を持つのも大切なことさ。問題なのは、聖の存在さ」
 食べる手は止めないまま、したり顔で語るナズーリン。彼女も今夜の鍋を楽しんでいるらしい。
「聖白蓮。命蓮寺の住職さん、人里でもよく話題になってるよ。新参者なのに、かなりよくやっているって話じゃないか」
「うん、噂話くらいは伝わってるか。潤美はなかなか事情通だね」
 潤美は三途の川で漁業を営んでおり、人里の人間たちにも魚を供給している。三途の川の巨大魚は珍しいものばかりで、純粋に食材としての人気も高い。潤美が妖怪であることを知っていながらも、潤美から魚を買いたがる人間は多い。
 その上で――潤美自身は自覚していないことではあるが――彼女自身の友好的な振る舞いが大きい。人の話をよく聞き、自分からも積極的に話す。いつも朗らかで話しやすく、気付けば皆が笑顔になっている――彼女はそういう気持ちの良い妖怪だ。
 潤美に限らず、人間と商売する妖怪というのは意外と多い。それは妖怪の扱う商材が人間たちの手が出せないものであることが多く、生活していく上で自然に妖怪、人間双方が益する関係を築いてきたからである――しかし商売である以上、客の信用を得なければならないのは第一条件だろう。多くの人間の信用を得て、潤美は交流を持っている。
 自然と、人間たちの間で交わされる話題は、潤美の耳にも入ることになる。
「実際さ。妖怪と人間、両方の入信を受け入れている、なんてお寺が、よく人間たちに受け入れられるよね? 普通もっと怪しまれないか? まあ、その白蓮さん本人に私は会ったことないから、あんまり悪しざまに言いたくはないけどさ」
 命蓮寺――聖白蓮の一派が幻想郷に現れたのは今年の春のことだ。突然現れた、毘沙門天信仰を唱える美しい女性の僧侶、そしてその聖に率いられた妖怪たち。妖怪を部下に持ちながらも、聖白蓮は人里での布教を積極的に行った。強大な妖怪を恐れる人間たちにとって、人と妖怪、双方の救済を説く白蓮の思想は異端と言っても良かった。
「これは聖も特に隠してもいないことだが――彼女は元人間だが、種族は魔法使い。それは知っているかい?」
「長生きだってのは聞いたことはあるね、そうか魔法使いか」
「そう。彼女は結構長生きなんだ。年の功と言うべきか、なかなかに強かだ。人心掌握においても相当上手くやっている。昔はその辺りは苦手だったんだが……今や、私だって舌を巻くくらいさ」
 愉快そうに鼠は語る。まずタイミングが良かった。因果関係を考えれば必然ではあるが、聖白蓮の復活は、地底の穴が開いた直後だったのだ。
 長く封印されていた地底の入り口が開かれ、一部の妖怪が幻想郷へと這い出てきた。実際には多くの妖怪は地底にこもったままで、幻想郷に出てきたのはあくまで地上の気風を受け入れる余地のある、社交的で好奇心旺盛な妖怪がほとんどだったのだが、人里の人間たちにはその辺りの事情はわからない。
 そこに、聖白蓮の復活。慈愛に満ちた僧侶が、毘沙門天の化身と宝船を伴って現れた。何と縁起の良いことか、と人々は安心を求めて聖の元に集まっていく。新しい刺激を求める好奇心や、怖いもの見たさもあるだろうが――ともかく、聖は最初から注目を集めることに成功した。
「ああそうだ、あの宝船、遊覧船とか言って空を飛んでた。もしかして、あれもその白蓮って人が考えたのかい?」
「船の責任者は別にいるが、言い出したのは聖だね。ねえ、抜け目がないだろう? お布施をほんのお気持ちだけもらって、人間たちを乗せて空を飛ぶ。空を飛べない人間たちには、これがまたとない娯楽なんだ。この幻想郷は綺麗な場所さ、高い空から見渡せばその美しさはどんな黄金にも勝る――その感動は、宝船のおかげ、そして命蓮寺のおかげだ。信仰に興味を持ってもらうための第一歩、スタートダッシュの成功さ」
 この時のナズーリンたちは知る由もないことだが――後に、聖白蓮に続いて聖徳王、豊聡耳神子が復活を遂げる。度重なる異変によって厭世観に襲われた人々の信仰を集めるべく宗教戦争が開かれ、命蓮寺からは聖白蓮、雲居一輪、雲山が参戦する。人々は宝船の上から彼女らの弾幕を目の当たりにし、聖はこの宗教戦争でさらに信仰を得ることになる――
「で、その白蓮さんがどうして問題なのさ?」
「あ、そうだったそうだった……お酒が入ると話が横道にそれるね。こりゃ失敬」
 言いつつ、手元のお猪口を傾けて酒を煽るナズーリン。いつもながら、小さな体で意外とよく食べ、よく飲む。顔も赤らんできた、程よくほろ酔いだ。
「聞いた限り、良い人そうだし頭も回る、それに妖怪に対しても友好的なんだろう。私だって仲良くなれそうなんじゃないか?」
「うん、聖も人の好い性格だ、君とも気が合うだろうね。普通に仲良くなるのはいいんだ。だけど入門するとなると、実は意外と戒律が厳しい……特に、聖が厳しいんだ。酒も肉食も、命蓮寺では基本的には禁じられている」
 より正確に言うと、白蓮も戒律を守らせることをそこまで厳重に徹底しているわけではない。戒律はあくまで悟りを開くための手段、修行の一環なのだ。聖自身も含めて、命蓮寺の面々は皆が修行中の身。多少、やむを得ず戒律を守れない程度のことは大目に見ている。
 ただ、だからと言って野放しにすると誰もかれもがやりたい放題になってしまって修行にならない。締めるべきところはきっちり締める――その役割を聖が買って出ている、という話らしい。が。
「……ちょい待ち、生臭毘沙門天の使いさん。あんたが食べて飲んでいるものは何だい」
「だからさ、私にしても他の命蓮寺の妖怪たちにしてもさ……聖に隠れて、こっそり楽しんでいるんじゃないか」
 にへ、とナズーリンが相好を崩した。実にだらしのない笑みである。可愛い。
 聖が厳しく律してくれているということ、それをとても有難いこととのたまいつつ――それはそれとして、聖の目を盗んで味わう酒や魚肉の、なんと美味であることか。
「あっはっは、なるほど合点がいった。みんなその白蓮さんのことが好きで命蓮寺に集まってて、それでいて羽目を外す時はこっそりと、って感じなんだね」
「そういうことさ。君はどちらかというと、誰かの目なんて気にせず自由気ままにやっていたい性質だろう? それに、門下の妖怪が漁業を営み続けるというのも微妙な話だ、不殺生戒に反する……そうは言っても聖は妖怪の味方だから、いきなり妖怪の生業を無下に取り上げるようなことはしないだろうけど、今まで通り自由に続ける、というわけにはいかないだろうね」
「ああそうか、漁業の問題があるのか……うん、私にとってそれは大事だね」
 先に述べた通り、牛崎潤美は三途の川を縄張りに漁業を営んでいる。それは幻想郷で新たに見つけた、牛崎潤美の妖怪として生きる術だ。人間たちでは手を出したくても出せない三途の川の巨大魚たちを捕まえ、飼い慣らし、人や妖怪に売りさばく。人間を襲わずとも人間から畏れを得て存在感を示す。人間を直接襲うのが難しい今の幻想郷において、この生き方は正解だと潤美は考えている。
 それに、職そのものへの思い入れもある――商売を営むということは、出会いも多いということ。
「私がナズーリンに会えたのも、三途の川で漁業をやってたからだしね」
「ああ、そうだね……おかげでこんなに美味い鍋が食べられる。感謝してもしきれないよ」
「こっちだって美味い酒をいただいている、お互い様さ」
 少し前の話――命蓮寺が幻想郷に建立されたのと時を同じくして、無縁塚に掘っ建て小屋を建てて住み始めた妖怪がいた。それがナズーリンだ。
 無縁塚と三途の川はご近所だ。ならばとお近づきの印に新鮮な魚を持参して、潤美は引っ越し祝いの挨拶に向かった。ナズーリンとはその時が初対面、最初は警戒されたものだが、話してみるとなかなか付き合いの良い相手だとすぐにわかった。その場で刺身にしてご馳走すると、ずいぶん喜んでくれたものだ。
 それからというもの、潤美は足繁くナズーリンの家を訪れた。会話を重ね、酒を酌み交わし、食卓を共にした。会うたびにナズーリンの表情は柔らかくなり、会話も弾み――今では、大切な友人と言って差し支えないくらいには仲良くなった、そう潤美は思っている。
 ナズーリンからは――どう思われているだろう。
「信徒ではなく、檀家になるのはいいかも知れないね。君は経済的には結構余裕があるだろう?」
「お陰様でね。そんなに荒稼ぎしてるわけじゃないけど、人里の商人に睨まれない程度に上手くやってるつもりさ」
「さっきも言ったけど、君は命蓮寺の妖怪たちとも聖とも、親しく付き合う分には良いと思うよ。みんながそれぞれどういうスタンスで生きているかを見て、相手を立てて付き合う。君の得意とするところじゃないか」
「ナズーリンはおだてるのが上手いね。苦手とは言わないけど、ちょっと買い被りもあると思うよ」
「買い被りなものか……ああ、それに、私が個人的に、君と聖が仲良くしているのを見てみたい、というのもあるね」
 宴もたけなわ、鍋もあらかた片付いてしまってお腹も膨れた。酒を飲む手は止まっていない。
 満腹感と酩酊感が合わさり、幸福へと変わる。
 だから、つい――うっかり、距離が近くなる。
「見てみたい? 何のことだい?」
「だからさ、君と聖は二人とも……見目麗しい女性だからね。二人が並んでいるのを見られるなら、眼福ってものじゃないか」
 ――あ。
 まただ。潤美の胸の内側が火を灯したように熱くなる。ナズーリンの眼が、自分を見ている。
 ナズーリンの視線に、熱を感じるようになったのはいつの頃からだろうか。この小柄な少女は時折、自分のことを――とても意味ありげに見つめてくるのだ。
 潤美は、自分が人目を引く見た目であることを自覚している。何しろ肉の付き方が周りの少女たちとは明らかに違う。胸も尻も人並み以上に大きい。他の妖怪や人間たちと接していても、好色、好奇といった意味合いの視線を集めることも一度や二度ではない。
 それに似た――あるいは、まさに同じ類の視線をナズーリンから感じることがある。もしかしたら、今までの誰よりも熱い視線を――今も、そうだ。
「……ナズーリン」
「うん? ああ……もしかして、何か変なことを言ってしまったかな? すまないね。気持ちよく酔うと舌が滑っていけない」
 これが他人であれば――ただ商売でしか繋がっていない客や、自分が何とも思っていない相手に見られたのなら、特に何とも思わない。恥ずかしい気持ちも無いではないが、何度も同じことがあれば慣れもする。しょうがない、としか思わない。
 しかし。相手がナズーリンなら……どうだろうか。
 ナズーリンは今も、潤美を見ている――座卓の対面から鍋を挟んで、潤美の顔と体を見ている。
 酒のせいだ――何度も小刻みに、胸が早鐘を打っている。
 鍋のせいだ――顔が熱い。自分は今、わかりやすく頬を染めているはずだ。
 ナズーリンのせいだ――何度も、会うたびに何度も見られては、気にならないはずがない。
「ねえ、ナズーリン……その白蓮って人は、美人なのかい?」
「そうだね、贔屓目抜きに客観的に見ても美人だし、本人の人徳からか、にじみ出る魅力というものがある。内面、外面合わせての聖白蓮だ、あの独特の色気は目を引き付けるし、実際に話してみると人柄に引き付けられる。当の本人は自分の魅力に無頓着なところがあるのが玉に瑕だが、それも諸々含めて、完璧ではない人間ならではの魅力が聖にはある……百聞は一見に如かずさ、実際会ってみれば君もわかるよ」
 いつもの賢しげな口調でナズーリンが聖白蓮を褒める。身内びいきもあるかもしれないが、冷静な所感を述べているように見える。
 ナズーリンは、まだ酔っている。揺れる視線が、潤美を見ている。
「ねえ、その白蓮さんと……私と、どっちが美人だと思う?」
「え……」
 言った瞬間、顔面が燃え上がったかと思うくらいに熱くなる。自分は何を言っているのか――理性が引き返せ引き返せと金ダライをガンガン叩いて警告してくるが、本能が止まらない。酒のせいだ、全部酒のせいだ。
 あんなに酒を飲んだのに、喉が焼け付くように乾いてしまっている。飲みたい、もっと――手に持っていた酒を一気にあおる。まだ足りない――衝動のままに、何かを求める心が、ナズーリンへと向けられる。
「ねえ……ナズーリン。言ってみてよ。私じゃ、白蓮さんには敵わないかい?」
「あ、いや、そんなことは……潤美? なんで、近付いてくるんだ?」
 さっきまで饒舌に回っていたナズーリンの舌が止まる。
 自分の言葉が、ナズーリンを困らせている――それを見て、ぞわりと得体の知れない喜びが駆け巡る。もっと困らせたい、もっと慌てさせたい。
 止まらない。乾いた心がナズーリンを求める。ああ。
 私は、こんなにもナズーリンのことを――
「言えないかい? 私程度じゃ、おこがましいかな……これでも、ちょっとは自信あったんだけどね?」
「いや、君はもちろん、魅力的だと思うよ……人里でもなかなか評判じゃないか、自信を持っていいと――」
「評判なんてどうでもいいよ……ナズーリン、あんたから見て、私はどうだい?」
「わ、私は――」
 座ったままのナズーリンに、四つん這いでにじり寄る。じりじりと、距離が近くなる。ナズーリンの顔が近くなる。
 ナズーリンの顔が赤い――それはお酒のせい? それとも――視線がまた、潤美の身体を見ている。赤い瞳を、火照った頬を、酒に濡れた唇を、顎から喉にかけての曲線を、鎖骨から視線が下がり、大きく膨らんだ胸を――ああ。見られている。
 ナズーリンに見られている。もっと見てほしい、もっと近くで。
「ねえ、ナズーリン。あんたさえ良ければ、私と、このまま……」
 距離が、近くなる……目の前に、ナズーリンの真っ赤な顔が。戸惑うように見開かれた両目が、柔らかそうな頬が、そして、唇が。
 潤美の唇と、ナズーリンの唇が、もう少しで――
「ま……待ってくれ、潤美。駄目だ」
「あっ……」
 もう少し、だったのに。両手で、ナズーリンに押しとどめられた。小さな手が潤美の肩を押さえ、引き離していく。
 距離が離れる……拒絶された? 混乱と口惜しさが、潤美の胸を締め付ける。
「ナズーリン、どうして」
「すまない、潤美……君のことは良い友人だと思ってる、親友と言ってもいいかも知れない。でも……私には、そういうつもりは無いんだ」
「だって……ナズーリン、いつも」
 いつも、ナズーリンの眼が気になっていた。潤美を見る、熱い眼。何かをねだるような。眼だけじゃない、態度や言葉だって、潤美に甘えるような素振りを見せていた。そう、思っていた。
 勘違いだった? 自意識過剰? その可能性に気付き、先ほどとは別の意味で潤美の顔が熱くなる。
「勘違いさせたならすまない。いや、全部が勘違いっていうわけじゃない……確かに、君は魅力的な女性なんだ。そういう眼で見たことも、あったかも知れない」
「だったら」
「そういう眼っていうのは、その、助平な眼っていう意味さ……真剣じゃなかった。恋愛をしたいとか、そういうつもりじゃなかったんだ」
「そんなの、大して変わらないさ。そういう眼で見てくれても別にいい、そういう目的で一緒になってくれたって……ナズーリン、あんたになら、私……」
「私が納得できないんだ。私は……その、好きになるなら、ちゃんと自分で納得した上で好きになりたいんだ。潤美、君のことは魅力的だと思ってるけど……ちゃんと好きかって言われると、自信が無い。恋をする相手としては、考えてない」
 理屈っぽい、ナズーリンらしい言い回し。言葉の意味は明白だ。
 振られた。
 その単純な事実に、潤美の胸の内がぐちゃぐちゃにかき乱される。
「な……ナズーリンは、さ。その、他に好きな子がいたりとか、するの?」
 声が震える。自分でも意外なほどに胸が痛い……意地でも泣いてなんてやるものか。
「ん、いや……今は、そういう相手はいないんだ。本当に、そういう理由じゃない」
「そっか……他に相手がいなくても、私じゃ、駄目か。ごめんね、私一人、盛り上がっちゃったみたいで」
「君は悪くない。悪いのは私だろう……君の好意に甘えてた。仲良くなったからって気安くしすぎたんだ。それで期待させてしまって」
「やめて。仲良くしたことまで間違いだった、みたいに言わないでよ……ねえ、まだ友達のままで、いいんだよね?」
「それはもちろんだ、君さえいいのなら」
「だったら……今日、泊まっていってもいいかい?」
 ――何を言ってるんだ、私は。
「えっ……いや、それは」
「変なことはしない、布団を借りるだけさ……この寒空の下、家に帰るのが億劫なんだ。ねえ、頼むよ」
 今しがた、振られたばかりだというのに。
 すがりつくような声で、ナズーリンにお願いする。自分がこんな弱々しい声を出しているということ、図々しいお願いをしているということ、どちらも驚きだ。潤美自身、考えてもみなかった。
「……わかった。私も変なことはしないし、君からも変なことはしない。そう約束してくれるなら」
「ありがとう……優しいね、ナズーリンは」
 その優しさが、潤美を迷わせる。
 自分は、振られたのではなかっただろうか。どうしてナズーリンは、優しくしてくれるのだろう。こっちは妖怪だ、寒空の下で追い出されても風邪なんか引かないし、そのくらいでナズーリンを見下げたりしない。
 本当に自分の勘違いだったのか。助平な目で見ていた、魅力的だと言ってくれて――それを、嬉しいと思ってはいけないのだろうか。
 ――ちゃんと好きとは言えない。恋をする相手としては考えてない。
 その最後の一線は何なのだろう。ナズーリンが潤美に向ける想いと、潤美がナズーリンに向ける想いは、そんなにも違うものなのか。
 違う想いのまま一緒になるのは、いけないことなのだろうか。
 二人、布団を並べて一緒に眠った。
 隣に眠る相手の息遣いを感じる。悶々と寝付けない夜だった。潤美も――おそらくナズーリンも。

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