ある年の元日、霊夢は、日の出を待つ参拝客たちから少し離れたところに一人の少女が立っているのを見つけた。初日の出を見物する人は全員鳥居から見るものだと彼女は思っていたが、その少女はそこから十数メートル離れた林の中から東の空を眺めていた。人が苦手なのか、ひねくれものなのか、霊夢はその正体が気になり静かに近寄った。
「そこからじゃ木が邪魔で日の出が良く見えないかもしれないわよ」
歩いている間に考えておいたセリフを口にしながら、もしかするとこの少女を驚かせてしまったかもしれないと霊夢は後悔した。しかし、少女は後ろから突然話しかけられたても、驚くそぶりを見せないどころか振り返ることすらしなかった。そして、そのまま返事をした。
「いいのよ。ここなら静かだし、二人きりの方が私は良い」
二人きりという言葉にやんわりとした疑問を抱きつつ、霊夢は少女が何かを抱えていることに気付いた。そこで霊夢はさらに近づき、少女の真横に立った。しばらくは少女と同じく東の方を向いており、頃合いを見計らってそっと少女の方に目線を移してみた。少女が抱えていたのは頭ほどの大きさの木箱だった。抱えているものの正体がわかると、今度はその中身が気になった。複雑な事情があるのかもしれないということが容易に想像されたが、博麗の巫女と言えどそこはやはり人間である。幾らかこらえてはいたが、とうとう好奇心に敗れてしまった。
「その箱には何が入っているの?」
少しの間の後、少女はやはり振り返らずに答えた。
「お姉ちゃんはね、外が苦手なの。気分が悪くなっちゃうんだって、外に出ると。どうしてかは教えてくれないけど、太陽が苦手なのかな。よくわかんないや。でもね、この前お姉ちゃんが日の出を見てみたいって言ってたの。それも年の初めにある。えぇと、なんて言うんだっけ。確か――」
「初日の出。(「そう、それそれ」)随分とわがままなお姉ちゃんだったのね」
「お姉ちゃんだって疲れるのよきっと。少しくらいのわがままは許されるはずだわ」
少女はここで初めて霊夢の方を向き、にっこりと笑った。霊夢はこの少女が純粋で、優しいどこにでもいる普通の娘であることに気付いた。
「そうね、それもそうだわ」
適当な返し。
「でもね、おねえちゃんがそうなったのにも理由はあるのよ」
霊夢は短い言葉で返事をし、続きを待った。
「少し前からね、お姉ちゃんは本を読むようになったの。ううん、本は昔から読んでた。読むようになったのは小説、つまりお話が書いてある本。その本の中でね、その初日の出の描写があったんだって」
「その描写があまりに綺麗だったからってこと?」
「そういうこと。でも日の出はまだましな方なのよ。お姉ちゃんったら海が見てみたいだなんて。幻想郷に海が無いことくらい知ってるはずなのに、おかしいよね」
少女はけたけたと心底可笑しそうに笑った。しかし霊夢はその笑顔を見て愛らしさと同時に悲しさを胸に抱いた。霊夢は、すでにその箱の中身を知っていた。二人きりの意味にも気づいていた。だから少女の笑顔の奥底に悲哀の色を見出したのである。
「きっとそれだけ好奇心をくすぐられるものだったのでしょうね」
「うん、きっとそう。好奇心は極本能的な欲求なのよ。欲求は何物よりも優先される、とっても大事なものだわ。その欲求に耐えきれず抑止を振り切って本能を暴走させてしまうのが人間なの」
少女は無邪気な声のままそれを言い切り、霊夢を驚かせた。もしかしたら”どこにでもいる普通の”少女ではないのではないかと思い直していた。それでも本質は少女だった。
「そう考えると」
霊夢の様子は全く気にせず少女が続ける。
「お姉ちゃんは、あのお姉ちゃんもとっても人間らしいのかもしれないわね。それでも嫌悪が欲求に勝ったのはやっぱりお姉ちゃんだからかしら」
少女は一人でぶつぶつ、楽しそうに呟きだした。そのため霊夢は置いてけぼりを食らったような気がして、何とか絶え間ない口を制止させようとした。しかし、少女の目に霊夢は映っていなかった。ずっと木箱の中身に向かって話しかけていた。なら仕方ない、ここは二人きりにさせてあげようと霊夢が立ち去ろうとしたその時、少女が突然今までよりも大きな声をあげた。
「見て、東の空が!」
見ると空の奥が赤く光っていた。その光はやがて強く、そして大きくなっていき、大空にとごった夜を押し出しつつあった。そして、ひときわ明るい球体がゆっくりと山を登り、そのオレンジ色の姿を現した。日の出、それも特別な意味をもつ初日の出だ。霊夢は職業柄毎年この初日の出を見ていたが、それでも感動の薄れることはなかった。隣の少女は、目を輝かせていた。それに気づき、霊夢は声をかけた。
「どう、綺麗でしょう?」
「うんとっても、思ってたよりもずっと……」
「お姉さんもきっと見とれているでしょうね」
そう霊夢が言うと、少女は思い出したように下を向いた。
「いけない、忘れるところだった!」
少女は持っていた木箱の蓋を開け、中身を取り出した。骨壷を取り出してどうするのだろうと霊夢は眺めていたが、その中身を見るやいなや表情を変えた。少女はそんな霊夢をしり目に木箱を足元に落とし、中身を優しく抱いた。少女の両腕には中身の髪の毛がかかっていた。そのくすんだピンク色の髪の毛を霊夢は知っていた。少し前に歩き、中身の顔を覗き込んだ。この顔もやはり霊夢は知っていた。しかしその表情は霊夢の知らないものだった。古明地さとりの生首はうつろな目で太陽のある方向を眺めていた。固まった視線をゆっくり少女の方へ向けると、そこにはいつの間にか古明地こいしが立っていた。
「きれいね、お姉ちゃん。とってもきれいだわ」
うっとりとした目つきでこいしは語りかけた。
「やっぱり無理してでも来てよかったじゃない。行動力のないところがお姉ちゃんの欠点なのよ。これから直さなくちゃね、お姉ちゃん」
どうしようもないことを知り、霊夢は神社へ引き返した。今はとにかくこのことをお燐に伝えねばならない。だがその前に仮眠をとる必要があるだろう。今年の元日は忙しくなる。霊夢はぼんやりと考えていた。
「そこからじゃ木が邪魔で日の出が良く見えないかもしれないわよ」
歩いている間に考えておいたセリフを口にしながら、もしかするとこの少女を驚かせてしまったかもしれないと霊夢は後悔した。しかし、少女は後ろから突然話しかけられたても、驚くそぶりを見せないどころか振り返ることすらしなかった。そして、そのまま返事をした。
「いいのよ。ここなら静かだし、二人きりの方が私は良い」
二人きりという言葉にやんわりとした疑問を抱きつつ、霊夢は少女が何かを抱えていることに気付いた。そこで霊夢はさらに近づき、少女の真横に立った。しばらくは少女と同じく東の方を向いており、頃合いを見計らってそっと少女の方に目線を移してみた。少女が抱えていたのは頭ほどの大きさの木箱だった。抱えているものの正体がわかると、今度はその中身が気になった。複雑な事情があるのかもしれないということが容易に想像されたが、博麗の巫女と言えどそこはやはり人間である。幾らかこらえてはいたが、とうとう好奇心に敗れてしまった。
「その箱には何が入っているの?」
少しの間の後、少女はやはり振り返らずに答えた。
「お姉ちゃんはね、外が苦手なの。気分が悪くなっちゃうんだって、外に出ると。どうしてかは教えてくれないけど、太陽が苦手なのかな。よくわかんないや。でもね、この前お姉ちゃんが日の出を見てみたいって言ってたの。それも年の初めにある。えぇと、なんて言うんだっけ。確か――」
「初日の出。(「そう、それそれ」)随分とわがままなお姉ちゃんだったのね」
「お姉ちゃんだって疲れるのよきっと。少しくらいのわがままは許されるはずだわ」
少女はここで初めて霊夢の方を向き、にっこりと笑った。霊夢はこの少女が純粋で、優しいどこにでもいる普通の娘であることに気付いた。
「そうね、それもそうだわ」
適当な返し。
「でもね、おねえちゃんがそうなったのにも理由はあるのよ」
霊夢は短い言葉で返事をし、続きを待った。
「少し前からね、お姉ちゃんは本を読むようになったの。ううん、本は昔から読んでた。読むようになったのは小説、つまりお話が書いてある本。その本の中でね、その初日の出の描写があったんだって」
「その描写があまりに綺麗だったからってこと?」
「そういうこと。でも日の出はまだましな方なのよ。お姉ちゃんったら海が見てみたいだなんて。幻想郷に海が無いことくらい知ってるはずなのに、おかしいよね」
少女はけたけたと心底可笑しそうに笑った。しかし霊夢はその笑顔を見て愛らしさと同時に悲しさを胸に抱いた。霊夢は、すでにその箱の中身を知っていた。二人きりの意味にも気づいていた。だから少女の笑顔の奥底に悲哀の色を見出したのである。
「きっとそれだけ好奇心をくすぐられるものだったのでしょうね」
「うん、きっとそう。好奇心は極本能的な欲求なのよ。欲求は何物よりも優先される、とっても大事なものだわ。その欲求に耐えきれず抑止を振り切って本能を暴走させてしまうのが人間なの」
少女は無邪気な声のままそれを言い切り、霊夢を驚かせた。もしかしたら”どこにでもいる普通の”少女ではないのではないかと思い直していた。それでも本質は少女だった。
「そう考えると」
霊夢の様子は全く気にせず少女が続ける。
「お姉ちゃんは、あのお姉ちゃんもとっても人間らしいのかもしれないわね。それでも嫌悪が欲求に勝ったのはやっぱりお姉ちゃんだからかしら」
少女は一人でぶつぶつ、楽しそうに呟きだした。そのため霊夢は置いてけぼりを食らったような気がして、何とか絶え間ない口を制止させようとした。しかし、少女の目に霊夢は映っていなかった。ずっと木箱の中身に向かって話しかけていた。なら仕方ない、ここは二人きりにさせてあげようと霊夢が立ち去ろうとしたその時、少女が突然今までよりも大きな声をあげた。
「見て、東の空が!」
見ると空の奥が赤く光っていた。その光はやがて強く、そして大きくなっていき、大空にとごった夜を押し出しつつあった。そして、ひときわ明るい球体がゆっくりと山を登り、そのオレンジ色の姿を現した。日の出、それも特別な意味をもつ初日の出だ。霊夢は職業柄毎年この初日の出を見ていたが、それでも感動の薄れることはなかった。隣の少女は、目を輝かせていた。それに気づき、霊夢は声をかけた。
「どう、綺麗でしょう?」
「うんとっても、思ってたよりもずっと……」
「お姉さんもきっと見とれているでしょうね」
そう霊夢が言うと、少女は思い出したように下を向いた。
「いけない、忘れるところだった!」
少女は持っていた木箱の蓋を開け、中身を取り出した。骨壷を取り出してどうするのだろうと霊夢は眺めていたが、その中身を見るやいなや表情を変えた。少女はそんな霊夢をしり目に木箱を足元に落とし、中身を優しく抱いた。少女の両腕には中身の髪の毛がかかっていた。そのくすんだピンク色の髪の毛を霊夢は知っていた。少し前に歩き、中身の顔を覗き込んだ。この顔もやはり霊夢は知っていた。しかしその表情は霊夢の知らないものだった。古明地さとりの生首はうつろな目で太陽のある方向を眺めていた。固まった視線をゆっくり少女の方へ向けると、そこにはいつの間にか古明地こいしが立っていた。
「きれいね、お姉ちゃん。とってもきれいだわ」
うっとりとした目つきでこいしは語りかけた。
「やっぱり無理してでも来てよかったじゃない。行動力のないところがお姉ちゃんの欠点なのよ。これから直さなくちゃね、お姉ちゃん」
どうしようもないことを知り、霊夢は神社へ引き返した。今はとにかくこのことをお燐に伝えねばならない。だがその前に仮眠をとる必要があるだろう。今年の元日は忙しくなる。霊夢はぼんやりと考えていた。
良かったです
こいしちゃんはやさしいですね
優しいこいしちゃんに心があったまりました。
こいしちゃんこういうことする可愛い
すごく好きです