Coolier - 新生・東方創想話

二十七日目のお昼過ぎ

2020/12/17 20:07:49
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 阿求と会わなくなって、三週間が経った。
 とは言っても、喧嘩中だとか、どちらかが体調を崩したとかでもない。一言で言うなら、噛み合わない。ただ、それだけ。
 まず、最後に会った日の二日後辺りから、荒れ模様の空が続いた。晴れたかと思えば急に大雨が降ったり、その逆だったり、里の上で天狗が暴れているんじゃないかと疑うくらい風が強かったりと、もう大荒れ。阿求が鈴奈庵に来ないのも頷ける日々だった。
 そんな悪天は一週間くらいで収まったものの、次は貸本の回収に私がしばし家を空ければ、帰ってからお母さんに『さっきまで阿求ちゃんが居たんだけど』と入れ違いになった旨を言われ、逆にこちらから寄ってみれば、女中の方に『ついさっき、取材に出掛けたところで……』との返事。
 そんなこんなで、瞬く間に二週間が過ぎた。昔は些細なことで喧嘩しては絶交だ、なんて言っていたけれど、その時だってこんなに長く持たなかったのに。
 会わなくなって十日目くらいまでは、まあこんな時もあるよね、今までだってあったし、と思いつつ、次に会った時のために話題でも溜めておこう、なんて考えていた。
 だけど、二週間を超えた頃には自分からわざわざ出向く気が失せてしまっていた。どうせ、そのうちあっちが来るだろうから、と考えるようになって。
 そして、三週間に差し掛かると、よくよく考えるとあまり面白くないなと溜めた話題を減らすようになった。会った時のためにネタを絞っている、と言えば聞こえはいいけど、実際は話そうと思っていたけど忘れてしまったのも結構ある。
 同時に、店番の日に阿求の姿が見えないまま夕方を迎えたりすると、阿求に対して何だか怒りに似た感情を抱く日も出てきた。頬杖したまま蓄音機をじっと睨みながら、そんなに毎日忙しいのか、あっちはあっちで会いに行こうと思わないのか、なんて。
 でも、自分に店番があるようにあっちも忙しいのだろうし、会いに行っていないのは私も同じだし、とそれらの言葉がそのまま自分に返ってきて、溜め息とともに反省する。そんな日々がだらだらと続いていた。

 結局、そんな日々は三週間と数日を過ぎても変わらず、阿求と一度も顔を合わせない期間が一か月に届こうかというある日。本の仕入れから戻ったお父さんが、本と一緒にある話を持ち帰った。
 なんでも、用事を済ませた帰り道の途中、昔からの友達にばったり会ったらしい。正直に言うと私はその人の下の名前を聞いてもピンと来なかったけど、一緒に本の整理をしていたお母さんが、苗字とこの間お中元にどら焼きを送ってくれた人だと教えてくれたので、今でも付き合いがある人だとは分かった。
 お父さんが言うには、毎年お中元や年賀状こそ送り合っているけれど、直接会ったのは結構久しぶりだったらしく、話に花が咲いてついつい長々と立ち話してしまったんだって。
 その時、ふと思って、私はお父さんにあることを尋ねた。
 すると、お父さん、それにお母さんも小さく笑った。

 その日の晩、私はお父さん達が言っていたことについて、布団の中で悶々と考えていた。
 私が両親に尋ねた、もし会いたいなって思ったら会いに行けばいいのでは、という言葉。それに対し二人は笑いつつも、そう思っていてもなかなか出来ない、と返した。
 時折、ちょっとしたことで昔を思い出して、旧友に会いたくなる時がある。でも、日々の生活や忙しさ、相手の都合なんかを考えて先送りにして、そうこうしているうちに今日みたいに会って、ついつい話し込んでしまう――と。
 私は寝返りを打って、改めて考える。
 このまま阿求と会わずに日々を重ねたとしても、いつかは会う。阿求の縁起の印刷及び製本も、アガサクリスQの小説も、鈴奈庵で扱っているから。どちらが先にせよ、必ずその日は来るはずだ。
 その時には多分、『今度はもう少し早く会えるといいね』なんて二人とも言う。でも、今回のことで癖がついたように次は一週間後、その次は二週間後、三週間後となあなあに延びてしまうかも知れない。
 それでも、先の用件がある限り、一応定期的には会う。だけど、縁起の受け取りは私じゃなくてお父さんやお母さんでもいいし、小説だって最終回が来たり、鈴奈庵の専売を止める可能性だってある。それは普通にお店として困るけど。
 ともかく、そうなるといよいよ年に数回なんてことになって、やがて会わなくなる。そして、やがて会えなくなる。
 今よりもっと小さかった頃、誰からどんな経緯で聞いたかは憶えていないけれど、はっきりと憶えていることがある。阿礼乙女という存在、いや、阿求と一緒に入れる時間がどれくらいかを知った私は、そうはもう大泣きした。今でこそ、そういう話が阿求の口から出てもそれなりに落ち着いて話せるけど、こうして一人で考えているとどんどん暗い深みに嵌っていく気がして、あまりいい心持ちにはなれない。
 私は妙に冴えてしまった目を閉じてから、ごろんともう一度寝返りを打って、特に寒くもないのに布団を頭までかぶった。



 次の日。お昼ご飯を食べ終えた後、私は貸本の回収に出向いていた。回収する本の冊数はたった三冊、家の数で言えば二件だけと、これくらいなら私でもぱぱっと終わる。そのうえ、昨日のこともあって機嫌が良かったのか、出掛ける前にお父さんがお小遣いまでくれて、少しくらいなら遅くなってもいいぞ、だって。
 だけど、私の足取りは我ながら落ち着きがなくて、ずっとそわそわしていた。それは、お小遣いを貰ったことだし、せっかくだからちょっとお高いおやつでも、と遊山気分でぶらぶらするのが待ち切れなくて、なんてことじゃない。それはとても魅力的だけど、今日のところはお預けだ。
 私はぎこちない足取りながらも用件は手早く終えて、ある場所へと向かって歩みを進めていく。そして、そこへ続く曲がり角に差し掛かったところで、私は一旦足を止めて角の塀に身を隠して、向こうを覗いた。
 この通りの先にある、私の視界に映る建物。それは、稗田家の立派なお屋敷だ。その門の前や、更に向こうの曲がり角や通りまでをちらちらとしばし覗く。だけど、誰かがお屋敷から出てくる様子も、入っていく様子も無かった。
 そうそう無いとは思いつつも、不意の邂逅が果たされなかったことに安心感を覚えながら、私は後ろの塀に寄り掛かる。今、私の頭の中は色々な考えや思い出が巡っていた。最後に阿求と会った日のこと、その日から今日までのこと、話してみようと思っていた話題、アガサクリスQの原稿の続きについて、昨日の夜のこと、想像上の未来のこと。
 私は顔を伏せて自分のブーツを眺めながら一つ息を吐いてから、塀に寄り掛かるのを止める。貸本やその名簿が入った鞄の紐をぎゅっと握り締め、ここ一か月で一番のどきどきを感じながら、心に決めていた場所、稗田家に向かって再び歩き出した。

 お屋敷の門の前に居る人にだけ聞こえるくらいの声量で、ごめんください、と呼び掛けてからは、思った以上にとんとん拍子だった。まるで、今までの噛み合わなさを取り返すように。
 まず、丁度門の前に誰かが居た。稗田家にはお手伝いさんもそれなりに多いとはいえ、大きい家だからいつもは少なくとも二回か三回、それも私くらいなら多少は声を張り上げないといけないのに、今回は一発だった。
 そして、その声に気付いて私の応対をしてくれたのが、お屋敷の中でも若い女中さん――私や阿求、霊夢さん達より少しお姉さんくらいで、特に親しくしてもらっている方だ――で、私の姿を見ただけで用件を察して、今日の阿求は誰かと会う予定も入っていないうえに編纂作業もそろそろ休憩の時間だと教えてくれた。
 とはいえ、本人の許可が必要だからと女中さんは許可を取りに行ったが、あっという間に許可が下りて、私は阿求の書斎まで通された。もっと言えば、小鈴ちゃんなら細かく案内する必要もないし勝手に歩き回ったりしないだろうからと、女中さんは書斎に通じる廊下まで私を案内した後は、お茶菓子を取りに台所へ行ってしまった。
 阿求の書斎へ着く前に一人にされ、ここまで流れるかようだったのが最後は縒れてしまったみたいにも思えるけれど、こうして自分一人になれたことすら私には都合が良かった。この場所で、書斎へ通じる廊下の入り口で固まっている私を見たら、どうしたの、と言われて急かされたかもしれないから。
 もしも、ここから一歩でも踏み出したら、もう止まれない。それは決して気持ちが逸るから、とかじゃなくて、書斎の襖の前で立ち止まろうものなら足音や髪飾りの鈴の音が急に止むから、入りあぐねたのがバレそうで嫌だし、それは凄く恥ずかしい。だから、今のうちに大きく深呼吸をする。
 私は声が上ずったりしないように気を付けながら、平静にと努めながら、廊下に一歩目を踏み出した。何番目の襖が阿求の書斎の入り口なのか、それはちゃんと憶えている。というか、もうその襖しか視界に入っていない。
 程なくして、目的の襖の前に辿り着く。私はその前に真正面に向かい合うように体を構えて、中に居るであろう人物に向かって、入るよ、と声を掛ける。なんとか、声は震えずに済んだ。
 すると、二拍の間を挟んで、どうぞ、と聞きなれた、だけどしばらく聞いていなかった声が静かに返って来たので、最後にもう一度小さく深呼吸してから、襖を開けた。
 居た。阿求が、見慣れたいつもの姿で。
 そろそろ休憩と女中さんは言っていたけど、阿求はまだ執筆中だったらしく、私が入ってからも少しだけ顔を伏せたまま、筆を走らせていた。だけど、区切り自体はいいところだったのか、殆ど待たないうちにことんと筆置きに筆を預けると、私の方へ顔を持ち上げる。
「久しぶりね、小鈴。今日はどうしたの?」
 私と殆ど変わらない年頃のはずなのに、とても淑やかな口振りで話す阿求は、記憶の中に居た阿求よりも随分と物静かに見えた。
 そんな阿求の声を、言葉を聞いて、私は自分でも勝手だとは思うけど少しがっかりした。第一声が「久しぶり」はいいとして、続く言葉が「今日はどうしたの」かぁ、って。もっと嬉しそうにしたり、行けなくて悪かったわね、くらいは言ってくれるのかと思っていたけど、それを気にしてあわあわしてたのは私だけだったのかな、と。
 でも、普段から阿求は私よりかは落ち着いてるし、大人ぶるし、こんなものかなとも思う。だけど、やっぱりちょっと不満で、返事もせずに僅かに視線を下げた。
 その時、ふと、ある物に気付く。筆置きの傍らに置かれていた、小さな櫛。それが妙に気にかかって、視線をもう一度上に持って行く。
「ほら、とりあえず座りなさいよ。立ち話も……」
「阿求、この辺り、跳ねてる」
「えっ?」
 私は自らの後頭部、左側の鈴の髪飾りのやや後ろを指差して言うと、阿求は驚いた顔と声を同時に見せて、脇に置いてある小さな机――縁起を纏める際に使う資料や、新聞記事なんかが雑多に置かれている――の引き出しから手鏡を取り出し、指摘されたところを確認し始める。そして、その跳ねに気付くと、小さく「あ」と零し、慌てて手櫛で直し始めた。
 そんな阿求の姿に、つい私は小さく噴き出してしまった。
「……ぷっ、く、ふふっ」
「わ、笑わないの。急に来るって言うから、さっき整えたばかりだったのよ。元々、今日は誰にも会う予定は無かったし、そもそも、来るなら来るって事前に連絡でも――」
「阿求だって普段、急に来るくせに」
 まくしたてるように言う阿求に私が短く突き返すと、阿求はうっと黙る。いつもこういう時は私が黙らされる側だから、少し優越感。それに、こんな風に焦る阿求はあまり記憶にない。
 阿求もちょっとは慌てたんだ。そう思うと最初に感じた、記憶の中の阿求以上に落ち着いた印象を受けた理由も、なんとなく分かった。
 ああ、そうだったんだ、へえー。なんて内心若干にやついている私にはもう緊張はなくて、用意されていた座布団に悠々と腰を下ろす。
「で、今日だけど、あんまり会わないと阿求が私を忘れちゃうんじゃないかって思ってさ。それで来たの」
「忘れないわよ。第一、それを言うならあんたの方でしょ、もう」
 阿求の方ももう普段通りで、売り言葉に買い言葉を返してくる。
 こんな他愛のないやり取りも随分懐かしく思えたけれど、この感覚とはしばらく、もしかしたら一生おさらばだろう。少なくとも私は、この些細で下らないやり取りだって、もっと数え切れないくらいしていくつもりだから。
「まあ、そんなことは置いといて……。そうそう、二週間くらい前に、野分みたいに風の強い日があったじゃない?」
 私は、ここ一か月弱の間しっかりと覚えていた、とっておきの話をした。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
諸事情により、『柳』一文字だった名前から改名しました。
それに伴い、過去に投稿した作品も名前を変更しています。
奈伎良柳
https://twitter.com/nagira_yanagi
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コメント



0.250簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
雰囲気が良かったです
2.100サク_ウマ削除
不思議な距離感が魅力的でした。良かったです。
3.90名前が無い程度の能力削除
小鈴と阿求のやり取り、距離感がとても等身大で良かったです。小鈴の前で見栄を張る阿求かわいい
4.100名前が無い程度の能力削除
二人の距離感が良かったです。
5.100名前が無い程度の能力削除
あきゅすずは最高だ
6.100Actadust削除
『日常のちょっとした違和感から生まれていくすれ違い』というのが凄く上手に表現されているなと感じました。
阿求に会えなくてそわそわしながらも何だかんだと納得しようとしている小鈴ちゃんかわいい。
7.100ヘンプ削除
なんてことの無いすれ違いからむくれる小鈴がとても可愛かったです。
会った時はすました顔の阿求も驚いているんだと言うところが良かったです。面白かったです。
8.100石転削除
ほんわかした気持ちになれました。良かったです
9.100めそふらん削除
阿求に会えなくてずっともどかしく思ってる小鈴が本当に可愛らしい。
両親の話を聞いて、未来に不安を覚えながらもそうはなりたくないと勇気を出す姿がとにかく可愛くて良かったです。
10.100れどうど(レッドウッド)削除
小さなすれ違いが連続するのあるある
阿求が慌てたの悟られまいとしてたの可愛いですね
11.100名前が無い程度の能力削除
友人というものを綺麗に描写されてて好きです
12.100名前が無い程度の能力削除
二人の距離感が最高でした
13.100南条削除
とても面白かったです
小鈴の焦りや喜びが読んでいてありありと感じられました
最高でした
素晴らしかったです
14.100モブ削除
丁寧で、それでいて真っすぐな作品でした。面白かったです。ご馳走様でした。
15.100クソザコナメクジ削除
可愛い
16.100名前が無い程度の能力削除
良かったです。
17.100水十九石削除
主人公勢と比較するとどうしても多感な子供という側面が出てしまう小鈴ちゃんが大人の階段を登るかのような題材と独白が凄まじい物でした。全体的に多くを語らず、かと言って情報量は少過ぎずの丁度いい分配で読ませてくれる小鈴ちゃんの語り口と来たらもう。起こす行動身振り手振りにも巧みな少女性を織り交ぜながら、心情をも汲み取れるように綴られた地の文は本当に良いものです。特に布団の中のシーンの、その一人心地の思案と寝返りのタイミングがそれぞれ絶妙だったように思えます。
そしてすれ違いが見事に解決せんとばかりのトントン拍子からの、阿求との対面シーン。『今日はどうしたの?』なんて澄まし顔で聞いてそれまでの小鈴ちゃんのあたふたと見事に対比されているのですが、髪の毛が跳ねているというその一点が阿求もまた少女なんだなぁとすぐ思わせてくるこの構成も素晴らしいとしか。"阿りを求める"みたいな名前をしておいていざ小鈴ちゃんと相対すると等身大の可愛らしさが溢れてくる阿求の姿が良くてたまらない。
そして『まあ、そんなことは置いといて……。』ですよ。全て吹っ切れてまたいつも通りの談笑が始まるんだなって確信させてくれるこのラスト。
もう二人の距離感の強弱が小鈴ちゃん目線で変化していく様が本当に良かったです。タイトルも読む前は疑問符しか湧かないものの、読後感と一緒に見返すと吹き抜ける爽快さが一緒に来るのもたまらない感じで。はち切れんばかりのあきゅすずを有難う御座いました。凄い良かった…。
19.100そらみだれ削除
既視感のあるもどかしい感じが凄く上手に描写されていると感じました。
24.100ローファル削除
面白かったです。
小鈴の心理描写がとてもよかったです。