Coolier - 新生・東方創想話

平行線の貴女と

2020/12/04 20:48:56
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 そうだ、青娥を呼ぼう。

 私の明晰な頭脳に名案が浮かんだ。
 こういう時こそ青娥の出番ではないか。普段他人に迷惑をかけてばかりの彼女なのだから今ぐらいは私の役に立ってもらわなければ。
 以前にも似たような件で声をかけたら『そんな出前みたいな感覚で呼びつけないでくださらない?』などと愚痴をこぼしつつも彼女は嬉しそうに来てくれた。今回も青娥を当てにさせてもらおう。
 しかし神出鬼没こそが邪仙たる彼女の本領。居るときは用もなく居るくせに、居てほしい時に限って居ないものだ。
 さてどうやって青娥を呼び寄せようかと思案する私の自慢の耳に、廊下をぽてぽてと歩く足音が聞こえてくる。音の主は一々姿を見るまでもなく明らかだ。このような幼稚でありながら大人びてもいる独特な足音の人物は一人しかいない。

「布都、丁度良い所に。青娥を見なかったか?」
 私としては特におかしくはないはずの質問を、布都は不思議そうな表情で受けとめるのだった。
「はて、最近の青娥殿がまた何かやらかしたという話は聞いておりませんが」
「そうではない」
 苦笑するしかなかった。どうやら私が青娥を探す理由はお説教以外にないと思っているらしい。
 邪仙である霍青娥と、私こと豊聡耳神子は一応師弟関係に当たる。私の方が弟子だ。弟子が師匠にお説教ばかりなのが事実とはいえ、それだけしかないと思われるのもやや心外である。
「ふむ。うむむ、太子様が他に青娥殿を探す理由といえば……」
「推察より先に青娥の居場所を知っているか教えてくれない?」
「おっと申し訳ありません。今日は一度も姿を見ておりませんぞ」
「そうか。布都なら青娥が居そうな場所はどこだと思う?」
 布都は首を横に傾けて腕を組む。
「むむむ……我の勘では里の茶屋などが怪しいと思いますな。この前新作のすいーつが出たというのを小耳に挟みましたので」
 ならば、青娥はそこには居ないと思って良さそうだ。布都も青娥と師弟関係であるはずなのに、二人の行動原理はまるで噛み合わない。
「……参考にさせてもらうよ。ところでその新作スイーツとやら、布都さえ良ければ今度一緒に食べに行こうか?」
「私とで宜しいのですか? それはぜひ!」
 期待に満ちた表情を浮かべる布都の姿は私がかつて飼っていた犬のようで、生えてもないのに尻尾を振り回しているかのように錯覚する。
 布都は犬で、青娥は猫。やはり噛み合わないのも当然か。もっとも、布都が青娥に似てほしいとは私も決して思わない。青娥は一家に一人で十分、いや過剰だ。

「……それはさておき、青娥殿に伝言がございましたら預かりますぞ?」
「いや、いい。もし会ったら神子が探していたとだけ。取るに足らない用事なので」
「承りました。ふぅむ、青娥殿の居場所でしたら私よりも屠自古の方が把握しているかと」
 それは道理だ。屠自古と私達とでは眠っていた間で千年以上の差が開いている。付き合いが長ければ読めるというわけでもないのが青娥ではあるが、我々よりかは何かと対青娥の経験も積んでいるはずだ。
「屠自古でしたら台所です。これは間違いありませんぞ。何しろ逃げてきたばかりですから」
「……だろうね」
 声をかけた時から布都に焦げ臭さを感じていた。よく見れば服に巻いてある意味が分からない紐の端も黒く焦げている。またつまみ食いでもして屠自古を怒らせたのだろう。台所に限っては立場が逆転して屠自古が暴君として君臨する。それが神霊廟なのであった。


「青娥ですか? 知りませんよそんなの」

 屠自古は布都の言うとおり台所に居たものの、このピリピリ感からしてまだ怒りが収まりきっていないようだ。一度溜まった怒りは放電しきるまで時間がかかるらしい。
「神子はー……お前もつまみ食いに来たのだな? そうなのだな?」
「私を布都と一緒にしないでくれないかい」
 そして芳香が部屋の角にちょこんと立っていた。邪魔だから大人しくしていろとでも言われたのだろう。素直な良い子だ。
「私のように堂々と食いに来ればいいものを、こっそり食おうとするから屠自古の怒りを買うのだ。わかっとらんなー」
「……まあ、気付いたら無くなってるよりはマシだな」
「だなー、屠自古も気付いたら亡くなってたもんなー」
「はっはっは。全く笑えんぞこいつめ!」
「ぐえー」
 屠自古は眉間に皺を寄せて笑いつつ、小脇で芳香の首を抱えた。
 屠自古の最大級の地雷を遠慮なく踏み抜いても軽い首絞めだけで済んでいるのは、芳香の人柄のおかげか、同じ死人のよしみなのか。
 芳香は芳香で、なんというか、もっと絞めてほしいという欲が漏れ出している。脇に抱えられるということは、顔が屠自古の上半身に密着するからだ。

「仲良くしているところをすまないが、青娥の行きそうな場所を知ってるかな?」
 屠自古は恥ずかしそうに脇をぱっと開いて芳香を床に放り出した。
「そんなの、いくらでもありますよ」
 片手を顔の前に出して指を折り始める。
「あいつの隠れ家でしょ。それにここ。博麗神社、霧雨魔法店、里の甘味処、貸本屋、服屋、小物屋、居酒屋。それから外の病院や葬儀屋に、新宿、池袋、秋葉原、原宿、渋谷……」
「わかった、わかった」
 私が知らない外の地名まで、候補がいくらでもあると言いたいのはとてもよくわかった。

「賽の河原だぞぉ」
 床に落ちていた芳香がむくりと起き上がって一言。
「え?」
「だから、賽の河原だー。青娥はそこに向かったぞ」
「そのパターンがあったか、くそっ」
 屠自古はちょっぴり悔しそうに指をパチンと鳴らした。
「ふむ……水子か」
「神子は流石だなー、察しが良い。今までの水子達は来世の就職先が決まってしまってなあ? それで新人を雇いに行ってしまったのでありました」
 何かに影響されているのか芳香の口調がおかしいが、それは置いておこう。
 青娥は邪仙らしくキョンシーの芳香を可愛がっている他に、水子を使役して弾幕にしたりもする。その為の『弾』の補充に行ったということだ。
「というかー、なぜ屠自古に聞いたのだ? 先に私に聞いた方が早かったろう?」
「かもしれないが、一発で答えが出てしまっては面白くないだろう?」
「そりゃまた青娥みたいな事を言うじゃないですか。太子様らしくもない」
「……ふふ、そんな日もあるさ」
 そう、たまにはそんな日があってもいい。私は青娥の弟子なのだから。
「ところでどうして芳香はここに居るんだい。死神の本拠地の近くともなればさしもの青娥も危険ではないか?」
「それが逆なのだなあ。私が危ないから置いてかれたのだ。前にあそこを通りがかった時は蓮池に御釈迦様が立っている幻覚が見えたぞ!」
「極楽か……」
 死人の魂は死後の世界に引っ張られるということなのだろう。一つ疑問があるとすれば、邪仙に付き従う芳香の魂が極楽浄土に行けるのかだが。
「何にせよ情報を感謝するよ。賽の河原なら仙界からも行き易い」
「行くのですか? 私は勿論ですが、太子様にとっても安全な場所ではありませんが……」
 私も死神に命を狙われる尸解仙であり、屠自古は魂だけで存在する怨霊だ。ここには全員元か現役の死者しか居ない。
「青娥だって一人で行ったのだろう? なら私に行けない道理はないさ」
 お気に入りのマントを羽織り、私は一路三途の川へと向かうのであった。

 ◇

「あーあ残念、ちょっと遅かったね。お姉さんならもう行っちゃったよ」

 水子の中で最も人の姿をしている、リーダー格らしい少女がそう告げた。
 水子の欲の声が聞こえてくる。
 生きたい、生きたいと。
 賽の河原の水子達はひたすら歌い、石を積む。それは親不孝が為に親への供養として課せられた罰だ。ただし石塔は完成前に鬼に壊されてしまうのでこの行為は無意味でしかない。水子は石を積んでも決して救われることはないのだ。
 私であっても死者は救えない。それが歯がゆい。
 せめて私に出来る事をと、水子達に倣って石を積むことにした。ここでずっと石を積んでは崩される流れを繰り返していたせいなのだろう。落ちている石は積むのに適した平たい石が集まったようだ。

「……青娥は、ここにはよく来るのかい?」
「たまにね。みんなで弾遊びをするからってこっそり何人か連れてってくれるんだ」
 少女は戎瓔花というらしい。水子にも関わらず名前と人の姿を持つ、この子には特別な何かがあるように思われた。
 いろいろと言いたいことはある。青娥は清い外見からは想像できない行為を繰り返す危険人物だ。私達のようにそれをよく理解したうえで付き合うのとそうでないのとでは話がまるっきり違ってくる。
「あー……あの人は気まぐれで動くから付き合うのは大変じゃない? 私もよく苦労させられてるんだけどね」
「全然そんなことないよ。みんな弾幕ごっこで追いかけっこするの楽しいって言ってるもの。私はみんなのリーダーだからここを離れるわけにはいかないけど……いつか参加したいなあ」
「そ、そうなんだ……」
 何とも言いづらい話である。水子を弾幕として使うのは誰しもが眉をしかめる事であるが、当のこの子達はそれを楽しんでいるのだ。
 青娥の行為は間違っている、お前達は次の輪廻転生までここでずっと石を積み続けるのが正しい姿だ、などと生者であり部外者の私がどうして言えようか。この子達にとっては或いは地蔵菩薩よりも青娥の方が救いとなっているのやもしれない。

「……ところで、その耳みたいな髪型。もしかしてあなたがトヨサトミミコちゃん? お姉さんがよく話してくれてたよ!」
 間抜けな呼び名に合わせ、積んでいた石塔がほんの少しだけ揺らぐ。心の動揺は僅かでも手から石へと伝わるものだ。
「ああ、うん。豊聡耳神子ね。トヨサトミミのミコ。できたら覚えてくれると嬉しいな」
「はーい!」
 近くにいた霊魂姿の水子達も私の正体がわかったからか周りを飛び回りだす。各々が幽かな声で私の名前を呼ぶが、ノミコだの、トヨノサトだの、やっぱり間違っている子がちらほら混じっているのだった。まあここは大人として大目に見てあげよう。
「……仙人の術の中にはね、魂を材料にして小鬼を使役するものがあるんだ。青娥からその術の存在を聞かされても、私は方法までは学ばなかったけど」
「うん、知ってるよ。水子を使うんでしょ? お姉さんが教えてくれたもの」
「聞いていたのか……瓔花ちゃんは何とも思わなかったの?」
「ひどい術だとは思うよ。でもお姉さんはね、幸せなお家から赤ちゃんを引きずり出してまではやらないって言ってたの。私もお母さんだから、って」
 例え自分に火の粉が降りかからなくとも、同族が邪術に使われていると知ったこの子の胸中は決して穏やかではないだろう。それに望まれない子供だからといって邪術に使っていいというわけでもない。
「それにヤンシャオグイ……だっけ? ちゃんとした術には水子の血と肉も必要だから私たちじゃ駄目なんだって。だから絶対にひどい事はしないって約束してくれたの」
 それでもこの子は青娥の人となりを知って受け入れると決めたのだ。
 そう、私達のように。
「骨とか、皮とか、毛とか、人は昔から死体を材料にして道具を作ってるんでしょ? どうせ死んじゃったのなら道具になって生きる人の役に立てる方が嬉しいって子もいるかもしれないよ。私は骨も皮もないんだけどね」
「……そっか。君は優しくて、強い子だね」
 私は無言で瓔花の頭に手を置いた。この子が来世でも人の生を受けられるようにと。

「ところで、青娥は私の事をどのように言っていたのかな?」
「うーんと……そう、とっても素晴らしい人だって。最近はちょっと生意気だけど、それもまた反抗期っぽくて可愛いって」
「ふ、ふーん……」
 前に0点を付けたことをまだ根に持っているのだろうか。私としては至極真っ当な人物評を下したつもりなのだが、それを反抗期と捉えてしまうのはとても青娥らしい。
「本当にすごい人だから、私なんかあっという間に飛び越えてどこまでも高い所に行っちゃうでしょうって、ちょっと寂しそうだったかな」
「……それは随分と買いかぶられたものだね」
「そうなの? ミコちゃんはお姉さんより強そうな雰囲気だけど」
「強さにもいろいろとあるんだよ。確かに力では私の方が上かもしれない。けど、青娥らしい強さというのはまた別のところにあるのさ」
 私はまた足元に転がっていた平たい石を一つ掴み、塔の最上階に乗せた。全く揺れること無く完全な均衡を保つ積み方が私なら、青娥はどのように石を積み上げるだろうか。

「さてと、青娥はどこに行ったかわかる? 何か言ってたかな?」
「えっとねえ、お腹が空いたからお団子屋にでも行こうかなって言ってたよ。浮いてる人魂が白玉に見えたんだって」
 確かにこの子達は白くて丸くてふわふわしている。だからといって幽霊を見て食欲が刺激されるなどあの人ぐらいのものだ。
 やはり青娥はどこまでも青娥らしい。

 ◇

「申し訳ないねえ、うちの団子は売り切れちゃったよ。そっちならまだまだあるけどね」
「くぅ……! うちのお団子だって美味しいですよ。ぜひ買っていってください~!」

 人間の里で話題の団子屋台は二軒ある。
 一つはこちらの売り切れている方の鈴瑚屋。そしてもう一つは売れ残った方の清蘭屋だ。二軒とは言ったがこの二人はコンビで団子を売って生計を立てているようなので実質一軒である。鈴瑚は全身黄色、清蘭は全身青い衣装が目を引くので、人々の間ではもっぱら黄色い方と青い方の団子屋という呼び名で定着してしまっているらしい。
 この二人の屋台がなぜ話題なのかというと、彼女らの団子が月の兎の手作りだからに他ならない。いくら人の姿をしていようと頭から伸びる兎の耳がこの二人の正体をありありと物語る。それにしても妖怪が人里で堂々としていても見逃されているのは、二人の愛嬌や団子の美味さ、そして背後に居る勢力の威光が大きいに違いない。

「申し訳ないけど団子は間に合っているはずでね。こう……頭にこんな感じの輪っかが付いた青髪の女性が団子を買っていかなかったか?」
 両手を頭の頂点でそれぞれ一回転させて青娥の髪型を説明する。後で思ったが相当間抜けなポーズになっていたかもしれない。
「ああ~、つい先程来ましたよ! 私と同じ全身青い人だったのでよく覚えています。しかもうちの団子を買っていってくれた良い人ですよ!」
 青い方の玉兎、清蘭がはきはきと答える。色が近ければ名前の響きも近い。よほど印象深かったのだろう。それより青娥が普通に買い物をしていった事実の方に安堵してしまうのは悲しいやら嬉しいやら。あるいは青娥の方も同族意識を感じて施したのかもしれない。
「ちょっと待った。うちは情報屋じゃないんだよ。話を聞くより先にするべきことがあるんじゃないかい、仙人様?」
 黄色い方の玉兎、鈴瑚が私を見てニヤニヤと微笑んだ。私が神子で、青髪が青娥という事もおそらく知っているのだろう。青娥の性格からして買った団子は私の所にもおすそ分けしてきそうだが、まあたまには団子を山程食べるのも悪くはない。
「ほら、これで足りるだろう?」
 私が印刷されたお札で一番高い金額の物を手渡した。清蘭は紙幣の額面を確認すると満足そうにしまい込み、釣り銭を私に握らせる。
「毎度ありがとうございます! 団子はぜひとも清蘭屋をご贔屓に!」
「う、む……青娥ならこちらを買うのも納得だよ」
 二人の団子の種類は大きく違う。鈴瑚屋の方はみたらし、あんこ、きなこといった一般的な物だ。一方で清蘭屋の方はストロベリー、バナナ、オレンジなど、果汁を練り込んだと思われる色とりどりの団子。子供受けするのは清蘭の方かもしれないが、団子を食べたい気分の時にどちらを選ぶかと言われたら私はやはり鈴瑚の方だと思う。
「あの青い仙人ならうちの団子を買っていって、それでもまだ足りないからって清蘭の方も買っていったんだ。おかげさまでうちは売り切れになったってわけさ」
 青娥の所のキョンシーはよく食べる。団子の一串程度ではあの子らの胃袋を満たせないのだろうが、団子の包みを大量にぶら下げた青娥の姿というのは何とも想像しづらいものだった。

「それにしても玉兎が地上で団子屋とはね……月と比べてどうかね地上は」
「穢れてるねえ、実に穢れているよ」
 販売競争を一抜けして暇な鈴瑚が話に乗ってきた。
「しかし順応というのは恐ろしいものでねえ。今じゃあ穢土の方が住み心地が良い。むしろこっちこそが我々の本来住む場所だったような気さえしてくる」
「当然の話だな。月の民だって元は地球の生き物なのだから」
「それと食い物だね。こちらに来てわかったことがある。メシは穢れているほど美味い、それが真理だと。こっそり地上に降りて飯を食いに来てた上司の気持ち、今じゃあとてもよく理解できるよ」
「そんな月人もいたのか……」
 だが私も驚愕した一人ではある。飛鳥時代と今とでは食事も大きく変わってしまった。驚くべきは古の料理を踏襲しつつも海外の食文化を取り入れて味が洗練されている点だ。我が国の食への執念は正直恐れ入る。
「ところで団子の材料は米だな。稲といえば生命の象徴のような植物だ。それを月で育てているというのは穢れを嫌うのと大きく矛盾しているのではないか?」
「嫌なところを付いてくる仙人だねえ。まあいいけどさ、そういう『汚れ仕事』こそ玉兎の担当なんだよ。私らの手は汚させてお偉い様は上澄みだけ掬い取ってるわけさ」
「ふむ、天人よりさらに上の世界の存在だからな……」
 私も一人だけ知っている天人くずれの顔や態度を思い出していた。あれをさらに凝縮したようなのが月には居るのだろうか。そうであってはほしくない。
「綿月様や八意様のようにお優しい方もいるんだけどねぇ、高圧的で嫌味なヤツも多くて……あ、これ内緒だよ?」
 鈴瑚は口の前に人差し指を立てた。
「手を汚すのは下の者の役割、か。地上も月もそこは同じだな」
「汚れといえばあの青い仙人は半端じゃないね。穢れが服着て歩いてるようなもんだった。話には聞いていたけど実物を見て身震いしたよ。貴方とは大違いだね」
「むう……月にまであの人の名は届いているのか」
 轟いているのは間違く悪評なのだろうが、そこまでくると恥よりむしろ偉業のような気もして感情の置き方に困る話だ。
「いやね、今だから白状するけど地上の浄化作戦の際に我々諜報部は要注意人物リストみたいなのを作ってたのよ。生死を操れるような奴は月人に特効持ってるようなものだからリストのトップに来ちゃうわけ」
 死霊を操り、生命力を増幅させる術を用いる邪仙。確かに月人が一番嫌いそうな人物だ。
「どんなに悪とされる術でも正しく身に付け伝授できる人物が居なければならない、と青娥は言っていたがまさしくか。いざ必要となった時に誰もその知識や手段を持っていない事態に陥ってはならないからと」
「車輪の再発明ってやつだね。悪人のくせにまともな事も言うもんだ」
「いやいや、私の団子を買ってくれたんだから良い人だって!」
 客の列が途絶えたところで清蘭も会話に加わった。
「清蘭、お前ねえ。悪い奴だって団子を買うぐらいはするだろうよ。聞くところによればあいつは所構わず死体を連れ回して弄び、人里じゃあ多数の迷惑被害を与えまくってる小悪党だって話じゃないか。だいたい千年以上も地上に居座ってるみっともない仙人なんて聞いたことがないよ。よっぽど才能が無いのかやる気がないのか、そりゃ弟子からも酷評されるに決まって……」
「ちょっと鈴瑚、言い過ぎじゃないの」
「……あ、ああ。すまない、貴方の前で言う話じゃなかったか」
「いや、構わない。実際その通りだからね。穢れるのはあの人の役割だ」
 私は気まずそうな二人に、気にしていないと笑顔を向けた。

「あの……?」
「……何か?」

「すみません、何か空気が震えている気がするんですけど、やっぱり怒ってますよねえ?」
「全くそんな事はないよ。ほら、この通り」
「絶対怒ってます! 月に攻め込んできた神霊や地獄の女神と同じ笑い方してるじゃないですかあ! ほら鈴瑚、誠心誠意謝って!」
「よく知らずに好き勝手言ってすみませんでしたぁ!!」
 鈴瑚のお辞儀は団子を乗せていた机に額がぶつかるほど深いものだった。
「私は怒っていないけれど、とりあえず謝罪は受け取っておくよ。それよりきな粉が付いちゃってるからおでこを拭いて」
 額をこすった手に黄色い粉が付いているのを確認すると、鈴瑚はそそくさと後ろを向いて布で顔を拭った。

「いや、申し訳なかった。改めてもう一度謝罪するよ」
「わかったわかった。この話はもう終わりにしよう。買った団子も持って帰りたいしね」
 そう、買った団子は固くならない内に持って帰るに限る。つまり山ほど団子を買った青娥もとっくに帰宅した可能性が高い。今度こそ入れ違いになる前に追いつければいいのだが。
「あの……またご来店いただけますか?」
 清蘭がびくびくしながら尋ねてきた。さて誰のせいだろうか、可哀想なことに自慢のうさ耳が波打って縮んでしまっている。
「心配しなくても私の評価は公正だよ。味が良ければ評価するし、また買わせていただくさ」
「ああ良かった……! あ、味は美味しいですよ! 月に誓って保証しますから!」
 まあ美味しくなければ困る。でないと大量に買っていった青娥がうちに押し付けてくるかもしれないし。
 そう思った矢先であった。

「大丈夫です。ちゃんと美味しかったですよ」
 私の背後から甘ったるい声と桃の香が漂ったのだ。

「……せいっ!?」
「はい青娥です。ご機嫌よう、神子様」
 霍青娥が私の背中に立っていた。意識外から突然現れた邪仙に、周囲に居たギャラリーもざわめいて距離を開ける。
 常人の十倍を誇る私の聴覚ですら感じ取れない、完璧な気配の消し方だった。いつも不真面目な青娥だが、人を驚かせる事には全力を尽くすのだ。
「兎のお二人さん、お団子とっても美味でしたよ。このお方もきっと気に入っていただけると思いますわ」
 青娥は私の両肩にポンと手を置いて、右肩からその顔を覗かせる。
「あ、ああ。それは良かった、けど……」
「もう戻ってきたんですかあ?」
 その通りだ。鈴瑚と清蘭の話では青娥が団子を買ってからそこまで時間は経っていないだろう。なのに手ぶらだということは、帰宅して即座に団子を置いてまた出てきたということになる。
「芳香と布都ちゃんから私を探して出ていったという話を聞いたので、だから布都ちゃんに団子を預けて戻ってきたんですよ。逆走したら丁度いいぐらいかなと思いましたので」
「……その通りでしたね。いつから居たんですか?」
「んーと……鈴瑚ちゃんが平伏していた辺りですね」
「よりによってそこかい……」
 鈴瑚にとって最も見られたくない所をばっちり目撃している辺りが実に青娥らしい。会話の内容まで聞かれていたならなお不味い。
「うちの神子様ったら怒りっぽくてごめんなさいね。私も全然気にしてないし、またお団子買いに来るから許してちょうだいね」
「えっ……?」
 仙人というのは基本的に五感が強いものなのだ。その中でも私は特級であるが、耳が良いのは私の専売特許というわけでもない。
 顔が清蘭カラーになった鈴瑚にひらひらと手を振ると、青娥は肩を持ったまま私を回れ右させた。青娥と目が合いたくない民衆は自ずから道を開き、青娥は私を押して目の前に現れた道を悠々と通るのだった。

 ◇

 青娥の私の呼び方は何種類かある。
 一つは基本である『豊聡耳様』だ。私に敬意を払っていたり立場を重んじている時は大体これになる。布都や屠自古のように『太子様』と呼んだら生前の聖徳太子だった頃の私を指している場合が多い。
 次に呼び捨てで『神子』と呼ぶ場合、これは師匠として私に指導をする時が多い。
 そして身分や立場を無視してとにかく私を可愛がりたい時の青娥は『神子ちゃん』と呼んでくる。まあ悪い気はしないので許す。

 さて、今回私を『神子様』と呼んだ青娥の心理を考察すると、おそらく神子ちゃんと呼びたくてしょうがないのを必死に我慢して様付けにした可能性が高い、ということだ。
「もう、神子様ったら。駄目じゃないですかあんな事で簡単に怒ったら」
「怒ってないって言ってるじゃないですか。鈴瑚が言っていた事は私もよく知っている事実ですよ」
 いい加減私を押すのにも飽きた青娥は肩から手を離して横に並ぶ。いつもは弾むような早足の青娥も、私のゆったりとした歩調に合わせて大股で地面を踏みしめて。
「はいはい、怒ってないですね~。じゃあそういう事にして、千年以上も地上に居てみっともない、でしたっけ。神子様が気に入らなかったのはそこじゃないんですか?」
「……まあ、ほんの少しですが」
 図星だった。青娥のこういうところが私は嫌いである。
「邪仙の烙印を押されて千年も地上にいるのは確かです。でも……私がそれだけの永きに渡る眠りから目覚めた時、貴女が変わらず傍らに居てくれた事がどれほど嬉しかったか。他の誰にもわからないでしょうね」
「……ふふ」
 青娥はこの件についてそれ以上何も言わなかった。理由は単純だ、青娥も照れていたからに他ならない。

「ところで私を探していた理由は何だったのです? 私を求めて歩き回るだなんて、豊聡耳様らしくもない」
「そうですよ、らしくもない事がしたかったんです」
「はあ、ほんの戯れで御座いますか」
「そう、戯れです。たまの暇な日にどら猫の後を追いかけてみるのも悪くない。新たな発見もいくつかできましたしね」
 水子に玉兎、自分とは全く違う価値観の人物と話すと、当たり前が実は全くそうではなかったと思わされることも多い。
「って、どら猫って私の事ですか? ほんとにまったく豊聡耳様ったら!」
 猫のようにほっつき回って悪さをする青娥にぴったりの生き物だと思うのだが、あまりに的確すぎて気に入らないらしい。
「まあまあ、美味しいと評判の団子を買ったのでいかがですか? 神霊廟に帰って一緒にいただこうじゃないですか」
「そんなの既に押し付けた布都ちゃんが途方に暮れるほど買ってありますよ。全くそういう白々しいところは誰に似たのやら」
「少なくとも貴女ではないでしょうねえ。見習うところなんて何一つない先生ですから」
「またそんな事言っちゃって。反抗期の弟子を持つと苦労するわよ。私ったらなんて不幸な仙人なのかしら!」
 ぷりぷりと膨れながらも青娥は笑顔だった。
 私達は笑いあって神霊廟に帰るまでの道程を並び歩いた。

 青娥と私の歩む道が交わることはない。私がやることは青娥はやらないし、逆に青娥がやることは私がやらなくていい事でもある。
 しかし、交わらない道でも平行に並ぶことはできる。どこまで行っても交わることのない平行線。たとえ私が他の誰も及ばない高みに昇りつめようと、そんな私を横からずっと、どこまでも見守っていてくれそうな気がするのだ。
 そう、青娥なら。
晩ごはん前に団子を食べ過ぎた仙人達は仲良く屠自古から怒られたそうな
石転
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コメント



0.100簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
4.100夏後冬前削除
キャラクターたちが生き生きとしていて色彩鮮やかな感じで実によきでした
5.100水十九石削除
青娥と神子の凹凸がガッチリ噛み合った感じの物語でした、すき。なんか神子という救世の象徴が汚れ仕事を出来ないその溝を上手く埋めてる感じで、互いに互いを求め合って高みに登っていけるかのような師弟関係であり友人関係みたいな。
神子の聞き回る周囲の青娥評は悪い気が全くしなくて、ちゃんとラインを弁えて敢えて邪仙を選んでてちゃんと仙人としての良心があるみたいな節が見れるのが良いものです。そして自分についても聞く太子様チョロ可愛い。
あとやっぱり一言余計に付き回る地の文が神子の性格をふんだんに演出しててそこも好きでした。『青娥は一家に一人で十分、いや過剰だ。』とか『脇に抱えられるということは、顔が屠自古の上半身に密着するからだ。』とか『まあ悪い気はしないので許す。』とか挙げれば多すぎる。大好き。いっぱい。
いやもう霊廟組が霊廟組してて最高でした、ご馳走様です!
6.90名前が無い程度の能力削除
面白かったです
7.100名前が無い程度の能力削除
日常風景を切り取っただけで登場人物の色々な考えが分かって面白かったです
8.100名前が無い程度の能力削除
キャラクターたちが楽しそうに(?)動いていて、非常に面白かったです!
9.100南条削除
面白かったです
たまにはいいかと青娥を探し回る神子がとてもよかったです
キャラにみんな自分の考えがあって素敵でした
10.100めそふらん削除
凄く面白かったです。
青娥に用があるから探しに行く、その過程で色々な出会いがありながら各人との会話を楽しんで、結局の目標は青娥を探しにいく、この事が目標であったわけで、そんな神子の気まぐれのお話、とても良かったです。
11.100名前が無い程度の能力削除
まわりくどくイチャイチャしやがって……! 良い……めっちゃ好き……!
あちらこちらと寄り道しながら青娥の後を追いかけ、青娥についての話を水子や兎たちから聞きながら青娥を想う神子に、色々な種類の尊さを感じました。余裕ありげでありながら健気というか、風流でありながら一途というか。言語化するのが難しいですが、二人の関係性の素晴らしさを感じました。
瓔花、清蘭、鈴瑚らから見た青娥というのも、それぞれのキャラの背景と青娥の人物像とがしっかりと噛み合っていて、何度も頷かされました。
とても良いせいみこを読ませていただきました。面白かったです。