Coolier - 新生・東方創想話

ケロケロハニー

2020/11/07 21:53:18
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 守矢神社が蠢いていた。

 守矢神社といえば、現代の人間から信仰を得ることを諦めて幻想郷に引っ越してきた神々である。
 神社を表向きに治める風神にして蛇神の八坂神奈子。今は隠居状態だが守矢神社の真の神にして、カエルのコスプレが趣味な祟神の洩矢諏訪子。そして諏訪子の血を引く風祝にして元女子高生の東風谷早苗。
 地道に大迷惑な布教活動を繰り返してきた美少女(?)三本柱の影響力は、今や幻想郷で決して無視できない規模にまで成長していた。
 それでも、まだ足りない。
 幻想郷には博麗神社という絶対的な存在が君臨している。いくら巫女がまともに仕事もしないヘボ神社でも無条件で一位に居座る出来レースなのだ。他の神社が無いのも納得である。
 どうせ影響力では勝てないのだからせめてそれ以外の要素で完膚なきまでに叩きのめしてやろう。そう誓った三人は次なる手を考えていた。
 もはや幻想郷の恒例行事となっていた、守矢が元凶の騒動リターンズ。

 今の流行りはコラボレーションだ。人気者同士が合同で企画をすることで両サイドのファンを味方に付けることができる、まさにウィンウィンだ。
 いくつかの候補をピックアップし、その中から八坂の旧縁を頼りにとある一柱の神に打診をした。ほぼ面識の無い相手にも関わらず、向こうは快くイエスの返事を返した。というのも、その神の方もかねてより地上進出の機会を窺っていたからだ。まさにウィンウィン。
 そんなこんなで、そんな邪神達の魔の手がじわりじわりと幻想郷に滲み出てきていた──。

 ◇

「何よ、この胡散臭い人形は」
 幻想郷の象徴である博麗神社の巫女、博麗霊夢。自身がくつろいでいたちゃぶ台のど真ん中で堂々とポーズを決める人形に怪訝な目を向けた。

「霊夢は知らないのかしら。今女の子の間では自分のフィギュアを作るのが流行っているのよぉ。SNSに上げればいいッスね間違いなし」
 茶の間の空中に黒い切れ目を生み出し、そこから上半身だけを出して妖しげな笑みを浮かべるのは妖怪、八雲紫。霊夢が幻想郷の要であるならば、こちらは結界という枠組みを支配する幻想郷の管理者だ。

「聞いたことないわ。それにあんまり良い趣味とも言えないわね」
「あら、どうしてそう思うのかしら?」
「……アンタって本当に白々しいわよねえ」
 霊夢は紫を模した人形の胴体を掴んだ。サイズはおおよそ成人男性の掌と同じくらいか。おそらく紫を十分の一の身長で再現したのだろう。本人の顔と重なるように視線の前に移動させてみると、本当に、よく似ている。写真を撮って顔を並べたらどちらが生身かも区別ができないほどに。
「お人形っていうのは女の子のお友だちなの。それが自分自身だなんてあまりにも惨めでしょ」
「それだけ?」
「はいはい、似すぎているのが問題なんでしょ。こんな物を粗末に扱ったりしたら自分に災いがあるかもね。釘でも打たれたりしたら大変なことになるわよ」
「はい、よろしい」
 紫がわざとらしく手をパチパチと叩き、霊夢は気だるそうに紫の形だけの賛辞を受け取った。

「……アンタがわざわざお人形の自慢のためにここに出てくるわけないでしょ。これは異変なのね?」
「あら、私だってそんな自慢をしたいこともあるかもしれませんよ?」
「しらばっくれんじゃないわよ。この人形には『糸』が付いてるじゃない。ってことは糸を引いてる奴がいるってことだわ」
「気付いていたのなら、しらばっくれるのはお互い様よねぇ」
 紫は不機嫌な霊夢を弄ぶようにくすくすと笑みをこぼす。
 霊夢が言う『糸』とは物理的な物ではなく、特殊な力を供給するための通り道のようなものだ。この二人が扱う式神にも同等の因果関係が付いている。霊夢が気付くのは当然であった。
「正確にはまだ異変ではありません。だけどこれは異変になってしまった時には手遅れになっている可能性が高い。そのような運命を感じたのです」
「運命だとか、どこぞの吸血鬼みたいなこと言っちゃって。わかったわよ、様子を見に行けばいいんでしょ。で、どこでこの人形を作ったわけ?」
「それは糸を辿ればわかること。ほら、あっち」
 紫は目には見えない糸の先を指差した。糸は壁を突き抜けて伸びている。その方向は斜め上、つまりここよりも高い位置に大元があることを示していた。

 霊夢が大きなため息をつく。
「また、あいつらなのね……」
 糸の方向で高い所に住んでいる、つまり山の上の奴ら。それが調子に乗っている時の顔を思い出して、霊夢はもう一度ため息をついた。

 ◇

「あーっ、霊夢さんじゃないですか~! うちの評判を聞いて来てくれたんですね?」
 早苗が双葉のような独特の髪の毛をぴょんこぴょんこ揺らして駆け寄ってきた。
 妖怪の山の頂点にそびえ立つ守矢神社の境内。ロープウェイが完成してからは里の一般人のお客さんも増えたというが、それは霊夢の予想を遥かに上回る賑わいであった。
「ん~……まあそうね。評判というか、タレコミというか……」
 異変となったら目に映るもの全てを問答無用で叩いて回ると評判の霊夢もここでは言葉を濁した。なぜなら今の状況でいきなり営業停止を求めて殴りかかったら完全に自分が悪者だからだ。今ここに居る参拝客はみんな笑顔でその『名物』を楽しんでいた。

 それとは埴輪。
 そこにもハニワ。
 あそこにもはにわ。

 守矢神社には大小ポーズ様々な埴輪が至る所に飾られていたのである。
 霊夢は頭を抱える。今回の火種の正体が一発で判明してしまったからだ。
 埴輪を並び立てるような奴など、霊夢のろくでもない思い出の中でも一人しかいない。
「……あっ! もしかして埴安神様にお会いに来たんじゃないですか? ちょっと前にぼっこぼこにしたって聞きましたよ!」
「あー……? まあそんなところかしら……?」
 埴安神とは、地獄と隣接する畜生界に立つ古代の神、埴安神袿姫の事で間違いない。畜生霊に虐げられる人間霊の願いに応えて降臨した彼女は、霊体が苦手とする魂を持たない生物、すなわち動く埴輪兵士を量産した。その力で一時期は畜生界を完全支配するところまで行きかけたものの、地上から騙されて来た人間、つまり霊夢達の協力もあって阻止される。

「つまり、居るのね? 埴輪の神様がここに」
「もちろんです! どうです~? 可愛くないですか、この抱きつきハニーちゃん!」
 早苗が自信満々に見せつける右の二の腕には、虚空を見つめる無表情な埴輪が腕だけでしがみついていた。
「……それ、重くないの?」
「それが特殊なセラミックスで出来てるから全然! おまけに丈夫で盾としても使えるスグレモノなんですよ。霊夢さんのお払い棒で叩かれてもへっちゃらなんじゃないですか?」
 気のせいだろうか。霊夢に睨まれたハニーちゃんがビクッと震えたように見えたのは。
「前に乗り込んだときには全部叩き潰してやったけどね。まあいいわ、それで今度は何を企んでるのよ。あいつ、畜生霊からは邪神とか呼ばれてたような奴よ。どうせろくな事しないんでしょ?」
「もー、霊夢さんはすぐそうやって人の事疑うんですから。友達なくしますよ? 私以外の」
「早苗って私の友達だったっけ?」
「ええ!?」
 早苗が外の世界で言うところのアイーンの身振りで大げさにショックを表した。それに合わせて頭の双葉ヘアーも萎れる。
「はいはい友達だと思ってるわよ。そんな事より埴輪を量産させてる理由は何? さっさと言わないと縁切っちゃうんだから」
「何って、可愛いでしょう? 参拝に来られた皆さんもあんなに喜んでるじゃないですか」
 本来顔があるところに穴が三つ空いているだけの土人形がそんなに可愛いものか。霊夢は自分の美的センスが悪いのかみんながおかしいだけなのかと迷い始めていた。

「ふっ。霊夢さんはまだ目覚めてないみたいですが、アレを見たら考えも変わるでしょう。雨ざらしにはできない特別な作品が宝殿にありますからご案内しようじゃないですか。埴安神様もそちらにおわしますのでお話を聞くと良いですよ」
「え? わっ、ちょっと……!」
 早苗は霊夢の手をぎゅっと握りしめ、有無を言わさず奥に引っ張っていった。完全に早苗に飲まれてしまっている今の状況は、霊夢の弱点が露呈した場面と言えるだろう。今のところ守矢神社に埴輪が溢れているだけで幻想郷には何も起きていない。確実に異変だと言いきれる事件でないと今一つスイッチが入りきらないのだった。
 守矢神社がやることなんてどうせろくなものではないから開幕でぶっ叩く。これが正解なのだが、情というのは厄介なものである。

「……もう、あの子ったら」
 そんな様子に嘆息がぽつり。その言葉は何もない空間から発せられているようだった。

 ◇

「いらっしゃいませー、って下の神社の巫女じゃない。噂を聞いて来てくれたのかな? まあゆっくり見ていきなよー」

 よりによって洩矢諏訪子であった。かつて祟り神による恐怖で民衆を支配した、あの洩矢諏訪子がカウンターの奥に座って気さくに歓迎してくれた。今はトレードマークの巨大な目玉付き帽子を脱ぎ捨て、代わりに埴輪を模したヘルメットを被っている。
「今の諏訪子様のことはケロちゃんではなく、ハニちゃんと呼んであげてくださいね」
「そもそも名前で呼んだこともなかったわ。それよりも……凄い光景だわねえ」
 この為に美術館風に大改装したのであろう拝殿の中には等身大の人形が数多く展示されていた。
 鬼を彷彿とさせる筋骨隆々の大男、天女の羽衣を纏った絶世の美女、二人で遊び回る様子をそのまま切り取ったかのような少年少女、これら全てが土偶だ。これが土の色ではなかったらそのまま人間と錯覚してしまいそうなほど精巧にできている。
 よく見ると霊夢が知っていたような人物も人形の前にいる。ピンクのワンピースにふわふわと垂れ下がった兎耳の、少女のような妖怪だ。

「大国主様、大国主様だぁ……」
 幼い見た目に反して幻想郷で最古参の一人、幸運をもたらす妖怪兎、因幡てゐが土偶の前で膝をついていた。
「……迷いの竹林のウサギよね、アンタ。何してんの?」
「何してるってぇ? 絶世の美男子、兎達の憧れ、大国主様を前にして平気でいられるあんたの方がどうかしているよ! 」
 霊夢はよく見ていなかったが土偶の横にはちゃんとネームプレートも置いてあった。どうやらここにあるのは古の神々を模した土偶らしい。
「……たしかに、話には聞いていたけど想像以上の美形ねえ。本当にこの通りだったなら」
「生の大国主様に助けられたこともある私が断言する。この土偶の作成者は神と呼ぶに相応しい、と!」
「……ねっ?」
 褒められたのは作成者の袿姫のはずなのに、なぜか早苗が自慢げに鼻息を鳴らした。
「まあこいつは放っておきましょ。それより作った奴よ」
「ああ、ハニヤスなら神奈子と一緒に特別展示物の所にいるはずだよ」
 諏訪子がいつの間にかカウンターから抜け出してきていた。カウンターの上には代理のつもりなのか、先ほどまで被っていたハニちゃんヘルメットが遺されている。
「せっかくだし私が案内してあげようじゃない。早苗ー、カウンターよろしくー」
 早苗はちょっぴり頬を膨らませた。
「えー、私も霊夢さんを案内したかったんですけどー」
「座りっぱなしで疲れたんだもん。年寄りは大事にするもんだよ」
 巫女が神直々のお願いを断ることもできず、早苗は渋々とハニちゃんメットを装備して着席した。ヘルメット着用も義務なのだろうか。
「そんじゃ行こうか。まあ案内といってもすぐそこだけどさ」
 元が神社の建物の広さなどたかが知れている(それでも博麗神社の数倍は大きいのだが)。言うとおり特別展示物とやらは霊夢の視線の先にある奥の扉だろう。何しろ扉の前に『トクベツ☆展示場』と黒ペンで書かれた紙が貼ってあるのだから間違いない。ついでにこの読むだけで脱力しそうな丸文字は早苗に違いなかった。そこに諏訪子が『準備中』と書かれた紙をセロハンテープでペタリと貼り付ける。間違いなく場は荒れると判断して部外者以外を入れない為の賢明な行動であるが、先程からやることがいちいち安っぽいというか、神にしてはやたらと庶民的だなと霊夢は思うのだった。


 神奈子と袿姫は土偶の両側から熱心な眼差しを向けていた。無論、霊夢ではなく土偶に、である。
 特別と言うからには特別な物があるかと思いきや、期待を裏切るほどに期待通りすぎて霊夢は拍子抜けしていた。そこにあるのは守矢三柱を模した土偶だった。そしてもう一体、クリエイターである袿姫の土偶もある。
「……来たか、霊夢。お前なら必ずや来ると思って待っていたよ」
 まるで悪の大魔王のようなオーラを無駄に醸し出しつつ、神奈子は霊夢の方を振り返る。
「いつぞやは『お世話』になったものね。そのお返しができる機会を私もずっと待ち望んでいたわ」
 袿姫もやすりがけの手を止めて霊夢に微笑む。
 神奈子一人でも面倒な相手だというのに、横には諏訪子、さらに畜生霊の大量の援軍と一緒にタコ殴りにしてやっと勝てた袿姫までいる。赤い通り魔の異名を持つさしもの霊夢も次の一手を出しあぐねていた。
「……へえ、お返しって、何かプレゼントでも用意してくれていたのかしら?」

「ええ。はい、これ」

 霊夢は袿姫からの贈り物を礼儀正しく両手で受け取った。
「これ、はい。ええ……?」
 そこには霊夢の掌の上で勇ましいポーズを決めるミニチュア霊夢がいた。
「よくできてるでしょう? 夜も六時間しか寝ないで頑張ったんだから」
「それなりにちゃんと寝てるじゃない。じゃなくて、要らないわよこんな呪いの人形!」
 霊夢は人形を投げ捨て……ようと思ったが、悪寒が走ったので寸前で思い留まった。
「気に入らなかったの? 貴方を想って造ったのにな……」
「あんた、最低だね」
 落ち込む袿姫を受けて諏訪子が侮蔑の視線を送る。再会から数十秒ですっかり霊夢が悪者にされていた。
「あー、はいはい! よくできてるわよ、大事にする。ありがとう!」
 霊夢は紫から貰った異次元的なポケットの中にミニチュアを突っ込んだ。
「うんうん。あんたとはいえ罰が当たりたくなければ神の好意は素直に受け取りなさいね」
 秋姉妹など、普段から野良の雑魚神に罰当たり行為を繰り返している霊夢にとっては耳に念仏のような話ではある。とはいえ祟り神の元締め的存在の諏訪子に言われると説得力がありすぎた。

「あーもう、何なのよ! 紫もここに来たんでしょ? さっさとここを埴輪だらけにしてる理由を言いなさいよね!」
 やけくそ気味に霊夢が叫んだ。このままだと神のペースに飲まれたまま帰されそうな気がしたからだ。強引に事を荒立てる必要があった。
「……うむ。八雲のは確かに来た。だからお前も来ることは想像できたさ」
「だから貴方のフィギュアを造って待ってたのよねえ」
「ええそうよ、紫の差し金で来たの! アンタらがこいつの造った土偶はどうなるか知らないはずないでしょう!?」
 袿姫が造った物質には魂が宿る。その兵力は霊夢も身をもって知っている。神を模した土偶ならばその戦闘力も折り紙付きのはずだ。そんな物を量産して何をする気か、答えを導くのはそう難くない。

「宣伝よ」

「……は?」
 神奈子があまりにも見当違いの答えを言うので霊夢もつんのめった。
「この等身大の土偶も、本人を模して造ったミニチュアも、全部宣伝の為。本命はこっちなの。このミニチュア守矢一家ウィズ埴安神セットが!」
 脇にあるショーケースに神奈子の手が翻る。そこには等身大守矢の邪神像の縮小版が並んでいた。そして諏訪子が両手の指でその上の注意書きを指し示す。
「私が居たカウンターにも書いてあったでしょ? ハニヤスにお好みのフィギュアを造って貰いたかったらこっちの私達のフィギュアを買う必要があるんだよ」
「よく見てなかったわ。というか……抱き合わせ商売じゃない。アコギだわ!」
「失敬ねえ。私達のフィギュアを買っていただいたお礼に、その人のフィギュアを造ってあげてるのよ。建前は」
 神の出血大サービスなのに、と袿姫がぷりぷりするが自ら建前と言い出してしまっては是非もない。
「ついでにずっと気になってたんだけど……アンタらのフィギュアだけ何か一部盛ってない? おムネとかオシリとか」
「そんなことないもん。ちゃんと正確に再現したもん」
「そうかしら……」
 もんもん否定する袿姫に納得いかない霊夢は早苗像の胸部に手を置いた。その膨らみを、角度を、忠実に手のカーブに写し取る。

「早苗~、どうせ裏に居るんでしょー?」
「ハイッ! 呼ばれて飛び出て早苗ちゃーん、ですっ!」

 見た目年齢とあまりにもそぐわない古いアニメをもじったセリフと一緒に、聞き耳を立てていた早苗が軽快に扉を開け放った。そして霊夢は駆け寄ってくる早苗をカウンターするような形でその胸に手を被せる。
「あひょいっ!?」
 霊夢の手に空気の感触が伝わった。
「ほら、隙間がだいぶある。やっぱりおムネ盛ってるじゃない」
「ななななナニするんですか霊夢さん!」
「別にいいじゃない。友達なんでしょ?」
「友達だからっていきなりそういうのは良くないと思います!」
 早苗が顔も真っ赤に両腕で胸をガードする。
「はいはいゴメンゴメン。じゃあ今度はゆっくりやるからちょっと後ろ向いてくれる? オシリも確認したいわ」
「ダメですっ! 私のお尻はそんなに安くありません! 次やったら聖徳太子を二枚貰いますからね!?」
 妙に生々しい金額を提示して、プリプリ膨れながらカウンターに戻っていく早苗であった。
「……はい、やっぱり盛ってるじゃない! こんないやらしい偶像ばら撒いてる奴らなんか信用できない!」
「うちの風祝に平気でセクハラしといてその言い方はないでしょアンタも」
「尻の大きい女は昔から男受けが良いものなのよ。大戦時代の諏訪子は今より身体が大きくてプリップリの尻で私や数多の男共を……ゔっ」
 諏訪子の肘鉄が神奈子の下腹部を襲った。

「……ええ、私の作った偶像は動くわ。貴方もよく知っての通り」
 二組のいちゃつきにうんざりした袿姫が話の軸を元に戻してくれた。
「だからといって埴輪達に地上を制圧させる気なんて無い。動かせるからって、じゃあ動かすかとなると話は別よ。ただ、私の埴輪が居る以上は畜生共も地上への侵攻を考え直すでしょうね。そのような目論見はあるわ」
「地上を守るのが今回の目的だ、と?」
「それはおまけ。この素晴らしい埴輪達が私の作品だと知れ渡れば人間は私を神と崇めるでしょう? 私はそれで十分なの」
「はあ……ほんと神様ってのはアピールに必死よねえ」
 畜生界の一つ前の異変でも主犯の目的は自分の存在を知らしめる事であった。もっとも、神というのは有名でないと存在が危ぶまれるのでやむを得ない面はある。神に目立つなとは、人間で言えば食事をするなと言っているに等しいのだ。
「……で、アンタら三人はこの土偶をばら撒くのが目的だったと。本当にそれだけ?」
 神奈子と諏訪子がそれぞれ自身の土偶の肩に手を乗せる。
「一般にはあっちの小さな人形しか売っていないのだけどね、特に熱心な信者にはこの等身大の方を与えることにしているのよ」
「三ヶ月参拝に来てくれた人間だけの特別だよー。今風に言うとアレだ、ログインボーナス? ってヤツ」
 そういえば菫子がスマホとかいうちっちゃな板を必死に撫で回してそんな事を言っていたな、と霊夢は思い出していた。
「三ヶ月ってそんなに続ける気なのこれ……埴安神もこっちにずっと居るつもり? 畜生界はどうするのよ」
「知ってるでしょう? 神様は分社があればそこに飛んでいけるのよ。私の場合は自分の土偶でもオーケー。それに畜生共は私を叩く以外の対抗策がないものねえ。今頃は不在で歯痒い思いをしてるんじゃない?」
「ずるいわぁ……」
 神様ともなると何でもあり。改めて人との能力の差を見せ付けられる。もっとも、霊夢だって人の枠を遥かに超えている代表者ではあるが。
「なあに、このミニチュア一家を持っているとさあ、何故か私達を崇めなければならないような気分になるんだよ。三ヶ月なんて苦じゃないだろうねー」
「いやいや、やっぱり変なもん垂れ流してるんじゃないこれ!」
「誤解だ、霊夢よ。土偶でも溢れでる神々しさに堪らなくなった信者が生の我々を見たくて来るだけの事。これは決して洗脳ではない」
 霊夢も洗脳とは一言も言ってなかったのだが、語るに落ちるとはこの事。
「悔しかったらあんたも神社で何かやればいいだけじゃない? 遊園地とかさー」
「それはもうやったわよ! 知ってて言ってるでしょ!」
 開園初日に来場者ゼロ人を記録して大好評のまま撤去された博麗ランド。これは霊夢の金儲け計画最大の黒歴史として刻まれている。
 霊夢は元々人が集まっているところに便乗して商売をする以外で稼げた試しが無い。重力に囚われない巫女は地に足ついた思考ができないのだった。
 もはやグダグダである。あとは霊夢が暴れに暴れてなし崩し的に終わりそうな雰囲気ではあるが、このままではあまりに惨めだと救いの手を差し伸べる人物が残っていた。

「はい、ストップ。いい加減しゃんとしなさいな、霊夢」

 柔和だが不思議と重みのある声だった。突如として切り込んだその人物が場の空気を一変させる。
 彼女はずっと見ていた。
 霊夢がのんきにロープウェイの乗り心地を楽しんでいた時も。守矢神社の境内に辿り着いた時も。早苗といちゃついていた時も。神々のマイペースなトークに翻弄されていた時も。
 焚き付けた張本人である八雲紫は、霊夢が本来の目的を忘れていないかずっと監視をしていたのだ。
「紫……アンタまで出てくるとさらに話がややこしくなるんだけど?」
「貴方がちゃんとオトナの話をできる子だったら良かったのですけれどね。一対四は流石に可哀想になってしまいまして」
 紫は自身が出てきた隙間から全身を出し、音も無く床に足を付いた。
「そのフィギュアで洗脳するだけなら大目に見ますけど、そちらの大きなお人形が流通するのはちょっと困っちゃうのよねえ」
「私の兵士が幻想郷に居たらまずいのかしら、管理者さん?」
 展示場は大妖怪と古代の神々の睨み合いの場と化していた。低級の物の怪などはその妖気のぶつかり合いの余波だけで消し飛んでしまいそうだ。
「貴方の兵士ではなく、人形の"機能"がよろしくないの」
 機能の部分にアクセントを置いて、つかつかと人形に歩み寄る紫はその服の裾を指でつまむ。
「この土偶……服は本物の布地でしょう?」
「ええ、そうね」
「ということはつまり、脱がせられるわけでしょう?」
「……ええ、もちろん」
 霊夢は乙女なのであまり考えないようにしていたが、そこまで行けば紫が何を言いたいかわかってしまった。
「あー……やっぱりそういういかがわしい事に使う人形なわけなのね、これ……」
「そうだよー。わかりやすく言うとダッチワイ、ふぎっ!」
 わかりやすく言われたくなかった神奈子が諏訪子の頬をつねるも遅かった。
「うむ。信者の押さえきれない欲望を受け止めるのも神の務め……」
「そんな務め無いわよ気持ち悪いわねえ。いくらなんでもそういう目的で自分の人形ばらまく? 必死すぎて流石にドン引きよ。早苗も納得してるわけ?」
「早苗には大きい方は変形機能があるって適当に誤魔化しといたよ」
 たしかに、夜の姿という意味では変形かもしれないが、早苗はトランスフォーム的な変形だと思っているに違いない。
 道理で諏訪子が早苗を遠ざけたはずである。なりふり構わない守矢神社の最後の良心であった。まあ、どっちにしろ早苗も使われるのだが。

「この際貴方達がはしたないのは置いておきまして、幻想郷の管理者としては性の捌け口になる人形が流行ったら困ります。ただでさえこの国の出生率は減少の一途なのですから」
「ああ、そういう理由だったわけね……」
 紫自身もあまり口にしたくない話題だったらしく、ご機嫌斜めの表情で淡々と述べた。
 要するに作り物のアイドルではなく生身の人間と恋愛をしろと、そう言いたいのだ。
「幻想郷の外では架空の女の子に大枚叩くのが問題になっています。ここにまでそのような文化を持ち込まれたくありません」
「架空の相手にお金払ってるの? オシリひとつ触れないのに?」
 お金の匂いに敏感な霊夢は紫の腕をちょんちょんとつついて話を止める。
「んー、諭吉を何枚も払って自分のメッセージを読んでもらったりしてるらしいわよ」
「何それ。ラブレター読んでもらうのにお金が必要なの? 遊郭の方が圧倒的にマシじゃない」
「構ってはもらいたいけどお付き合いしたいわけじゃないのよ。宗教みたいなものだから」
「まさにこいつらじゃない」
 二人で言いたい放題であった。

「……八雲の。お前が言いたいことはわかったが、止めろと言われて素直に従うとでも?」
「そうだそうだー。そもそもこんな人形で性欲を解消するような奴が結婚できると……あいたっ」
 諏訪子まで自分の信者を相手に言いたい放題である。流石に神奈子から頭をはたかれた。
「遅かれ早かれ、霊夢との対決は避けられないと思っていた。腕ずくで止めると言うならそれも善し。霊夢よ、八雲と二人で我々と戦うか?」
「……いいえ、商売でやられた事は商売で返すわ」
 霊夢は静かに心を燃やしていた。暴力で叩き潰してやってもいいがそれでは負けを認めたも同然。儲けの字は信者と同じだ。信者を得なければ博麗神社に未来はない。それに今後自分が何かしらの企画をやって他所から殴り込みで妨害をされる口実を与えない為の、謂わば紳士協定的な面もある。
「私の人形も量産しなさい! それとアンタ達の人形と、どっちが売れるか勝負しようじゃない!」
 要は守矢の人形が守矢神社の洗脳をするならば、霊夢の人形が博麗神社の洗脳で上書きしてしまえばいい。毒をもって毒を制すというやつだ。
「量産しなさいって……私がやるの? 貴方って一応、敵側よね?」
 霊夢のご指名に袿姫がぽかんとした表情で受け答える。
「だって、不公平じゃない。知り合いに森に住んでる人形師がいるけど、あいつは今死んだように眠ってるし……アンタより腕の良い人なんて思い当たらないわ」
「そこまで言われちゃ仕方がないねえ」
 袿姫は案外チョロかった。口の悪い博麗の巫女から褒められると通常よりも効果があったらしい。
「飾ってるのはもう仕方ないけど、私が勝ったら今後は人形の販売を止めてもらうわ! 万が一負けたら紫と二人で土下座してやろうじゃない!」
「えっ?」
 紫が霊夢の方に首を九十度曲げた。
「構わないが、我々の罰に対して土下座では少し釣り合いが取れていない気がするね」
「じゃあさあ、あまりの露出度の高さに歴代の風祝から大不評で封印していた、守矢秘蔵の超ミニ巫女服で踊るってのも追加しようかねえ。あんた達も客寄せになるんだよ!」
「えっ、えっ?」
 紫が九十度の往復運動を繰り返した。
「むむむ……! 上等よ、やってやろうじゃない!」
「決まりだね。この程度の勝負、我々全員でかかる必要もあるまい。勝負の期間は一週間、準備で三日くれてやろう。この八坂神奈子のフィギュアより販売数が上だったらお前の勝ちでいいよ」

「えっ?」
「えっ?」

 諏訪子と袿姫も首を直角に曲げた。
「心配するな、諏訪子。斜陽の神社の巫女と、今が絶頂期にある神。私に負ける要素など何一つない!」
 勝負に燃える二人以外がもの凄く不安な表情を浮かべているが、神奈子はそれを尻目に大魔王のような高笑いを上げてその場はお開きとなった。

 ◇

 そして十日後の守矢神社で結果が発表された。
 霊夢の圧勝であった。

「なんでだい!!?」

 神奈子は腹いせにオンバシラを地面に叩きつけた。
「いや、何でと言われても……」
「神社の人気ではうちの勝ちでも、霊夢さん本人は大人気ですから……」
 うずくまる神奈子を、諏訪子と早苗がもの凄く不憫な表情で見つめている。
 そう、幻想郷の異変を何度も解決してきた霊夢が幻想郷で一位、二位を争う人気なのは言うまでもない。一方の守矢神社組はというと……紫が式神達にこっそり調べさせていた人気投票の結果はあまりにも残酷なので公表しないことにした。紫なりの慈悲である。
「私も自分を倒した相手だからか余計に気合を入れて造っちゃって……」
「そうね、感謝するわ。私が勝てたのはアンタが手を抜かないで造ってくれたおかげでもあるもの」
 霊夢は晴れ晴れとした顔で袿姫に礼を言った。霊夢は河童や雲入道など、人外の相手でも自分に恩恵を与えてくれる者には案外甘い。実は先日袿姫に貰った霊夢人形も本堂の目立つ所に飾っていたりする。
「私は始めから霊夢が勝つと信じていたけどね」
「よく言うわよ。土下座の話が出てきた時はビクビクしてたくせに」
「してませんったらしてません」
 紫もこわばった笑顔で満足そうに頷いた。

「……ええと。約束通り、等身大の人形を幻想郷に流通させるのは止めてもらうけど、いいのよね?」
「うん……」
 負けたショックでしょんぼりした神奈子に神の威厳は残っていない。
「ハニヤスには悪いことしちゃったねえ。せっかく来てもらってたのに」
「まあ仕方がないわねえ。とはいえ、私もあのレベルで等身大の土偶を何体も造るのは流石に骨でねえ、実は中止になってホッとしてる面もあったりして。あんまり畜生界を留守にしすぎるのも磨弓ちゃんが可哀想ですし」
「ん、そっか。そのマユミって子にもよろしく言っといて。また何かあったらよろしく頼むよー」
 諏訪子と袿姫はあっけらかんと別れを告げた。二人は霊夢と神奈子のタイマン勝負となった時点で負けを覚悟していたのだろう。わかっていれば敗北のショックも少ないものだ。そもそも博麗の巫女を敵に回した時点でいつかは負ける。それが幻想郷の絶対の決まりなのだ。
「やはり完全変形土偶・ザ・早苗ロボは幻想郷には危険すぎましたか……強すぎる力は諸刃の刃という事なのですね……」
 早苗だけはやっぱり何もわかっていなかった。

 製造者である袿姫が地獄に帰ったおかげで土偶の神通力も消え、守矢神社はただ土偶が並べてあるだけの建物となった。人々の興味が薄れていけば次第に元の神社に戻るだろう。生産中止となったミニチュア守矢一家は人里の闇市で高額で転売を繰り返されるようになり、まるでバブル経済のように値段が膨れ上がり破産寸前までいった者も出たとか。
 こうして、守矢の野望はまたしても博麗の巫女の活躍によって阻止されたのであった。


 ◇


 半月が雲間から顔を覗かせる夜。神奈子は一人、縁側に腰掛けて月を眺めていた。
 神にだって黄昏れたい時はある。負けた心を慰めるには一人で夜風に当たって空を見るのが一番だ。
「かーなーこっ」
 そして諏訪子はそんな神奈子の行動原理をよく知っていた。何度も大規模な戦いや今日の晩御飯などで争いを続けてきた神代からの付き合いである。
「……何の用よ」
「ご機嫌斜めの神奈子ちゃんを慰めてやろうと思ってさー。けど、思ったより涼しい顔してるじゃない。余計なお世話だったかな」
 諏訪子も神奈子の隣に腰掛けた。諏訪子の足は神奈子と違って宙に浮いている。だのに何故か今は諏訪子の方が神奈子よりも大きく見えた。

「あんたさあ、わざと負けたんでしょ?」

 神奈子は無言で首を縦に振った。
 やっぱり、諏訪子にはお見通しだった。こういう時に強がっても無駄だと神奈子はよく分かっていた。
「ハニヤスがやたらスケベに土偶を造っちゃったのを見てさあ、あちゃーって思ったよ。神奈子は嫌がるだろうなあって」
「うん……そんなつもりじゃなかったんだけど……」
「クオリティが良すぎるのも考えものだねえ。でもってそんな像を熱心に見つめる信者も裏切れなかった、と」
 こう見えても子沢山でおおらかな諏訪子と比べて神奈子はそういう目で見られるのは苦手だった。
「ああ……だから紫を呼んだんだ。彼女なら、私の境遇を察して霊夢を焚き付けてくれるに違いないと」
「外から止めに入ってくれないと中止とは言い出せないもんねえ。あんたが困惑する様子は見ていて楽しいけどさ、だからって心に傷を負うところまで見たくはないよ。私もやんわり止めてあげるべきだった、ごめんね」
 諏訪子は神奈子の肩をぽんぽんと軽く叩いた。守矢神社の祭神は二人で一つだ。今更どちらかが欠けた状態なんて考えられない。
「……いいや、これからの時代、もっと自分を売り出していかないと生き残ってはいけない。私も新しい時代に適応していかないと!」
「よく言った! 今度はもうちょっとソフトなところから始めていこうじゃない。ちょっと考えたんだけどさあ、おみくじに私達のブロマイドを付けるってのはどうかな。運勢が上になるほど良い絵が貰えるようにして、名付けて『十連おみくじガチャ』なんて……」
「……いいじゃない!」

 全く懲りずに次のアコギな商売を考える。それでこそ守矢の神々だ。
 守矢神社の次の野望にこうご期待──。
僕は神奈子様のフィギュアの方が欲しいです。
石転
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コメント



0.簡易評価なし
1.90奇声を発する程度の能力削除
賑やかな感じで良かったです
2.80名前が無い程度の能力削除
ほしい
3.90ヘンプ削除
まじか、すごいなこの神達……
4.100めそふらん削除
僕諏訪子様のフィギュアが欲しいです
5.90夏後冬前削除
ちょい説明臭い部分が気になりましたが面白く愉しく読めました。飾ってるフィギュアを見て後ろめたい気持ちになりました。
6.100水十九石削除
全員悪気なく楽しんでる姿にしょうもなく惹かれてしまいます。
『また守矢か!』の感想を抱かせるストーリーも最早芸術ですね。大好き。
7.100名前が無い程度の能力削除
ハニワ欲しくなりました
8.100南条削除
面白かったです
神奈子様の埴輪欲しかったです