Coolier - 新生・東方創想話

めちゃやば美文ロボ及び『爆速』

2020/09/29 22:16:41
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「人殺しとはすなわち他人の時間を奪うこと、な? おまえ言ってたよな。命イコール時間、それがおまえの常識だろ。そうだろ? じゃあおまえ、人の発明品を不当にせしめようってそれは、まさしくおまえの世界の非常識じゃないのか。わたしにしたって無論だよ。おい射命丸。わたしが何を言いたいのか、おまえにわかるか」
「いえ、ちょっと……」

 文は五本の指と指とをすり合わせ、いじらしく下を向いてみせた。にとりはすかさず拳銃を取り出しスライドを引き文の額に銃口を向ける。

「す、すみません! すみません! ほんとはわかってます! お、おろしてください、そんなもの!」
「わかってんならとっとと帰れ! 帰って一生、望まれない記事でもこしらえてろ!」

 文はひええと逃げ帰った。

  
  
  めちゃやば美文ロボ及び『爆速』

 春あたたかく子泣き虫鳴く真昼間、開け放たれた窓に照らされる部屋は静粛とした午後を唄っている。姫海棠はたての部屋である。

「お茶、お茶を飲みましょうかしら。それともお茶を飲むのもいいかもしれない」

 はたてはふんふんと歌いながらティーポットからお気に入りのカップに茶を注ぐ。そして玄関から爆音が響く。どうやらドアが破壊されたようだ。

「はたてさぁん! き、聞いてくださいよぉ。にとりさんがひどいんですよう!」
「謝りなさいよ。死になさいよ」

 迷惑な来訪者は射命丸文だった。はたてはため息を吐く。ドアが破壊されたのは今月で十二度目だった。

「まったく。今度はどうしたのよ、まさかまたデッキ盗られたの?」
「ちがいますよ! 知らないんですか、にとりさんの発明。めちゃやば美文ロボ! あれのせいで私の新聞、ちっとも売れなくなっちゃって……」

 はたてはしょんぼりとする文にカップを手渡した。
 
「まあまあ。お茶でも飲んで落ち着きなさいよ。にとりの発明なんて今に始まったことでもないし、あなたの新聞が売れないのもおんなじじゃない」
「うぅ。でも。めちゃやば美文ロボは私だけじゃなく、すべての物書きに累の及ぶ神発明ですよ。我々天狗にはもちろん、俳句や川柳といった詩歌の類も、コピー、脚本、小説と、あらゆる文字の世界はあのロボに独占されてしまったんですから。はたてさんだって食いっぱぐれて、たまったもんじゃないでしょうに」

 そうね、と相槌を打ち、はたてはカップに口をつけた。

「それでも、私たちにしかできないことってあるんじゃないかしら。機械にはできない、私たちにだけできること」
「……わ、私たちだけにできること、ですか」

 例えばほら、と見せられた原稿用紙に文は目を落とす。そこにあったのは恥ずかしくも懐かしい、文やはたてが幼少のころ遊び半分に用いた古めかしい天狗語だった。

「ね? ちょっと恥ずかしいけど、こういうのは私たちにしかできないことって言っていいんじゃないかしら」
「……なるほど! ちょっと、私も書いてみていいですか。いいこと思いついたんです。文章の新しい形態ですよ!」

 文は机の上のメモ用紙を一枚とって胸元のペンを取り出しさらさらと走らせた。「ほら、これ!」と差し出された用紙に、今度ははたてが目を落とす。

「ええと『ロボには書く〇×△』……なにこれ」
「しかくなし、ですよ」

 はたては用紙を破いた。

「死んだらいいわ」
「どういう意味ですか」
「才能なしってこと」
「なにを!」

 文は激昂した。カップを机に叩きつけては口を開く。

「この天才新聞記者を捕まえて才能がないなんてよく言えましたね。いいでしょう、では吐いた唾は飲めないを前提にして、私には才能しかないということを証明して差し上げましょう! いきますよいいですか。……あえお、かきくけこ、しすせそ」
「やめなさいよみっともない」
「……まむめも、たちて」
「だーもう!」

 はたては苛立たしげにもう一杯を注いだ。今度はお茶ではなくコーヒーだ。

「もう。しょうがないじゃない、できちゃったのものはできちゃったもの。なかったことになんて出来ないんだから」
「それは、そうですけど」
「文、あなた結局あれでしょ。例のロボを作るにあたって無断であなたの原稿データを使用されたのが許せないって、そういう話でしょう。いいじゃない、訴訟してお金せしめれば一生遊んで暮らせるのよ。なにも破壊しなきゃいけないなんて理由、どこにもないんだから」
「それは、そのぅ」

 それでも文はめちゃやば美文ロボをこの世から無いことにしたかった。どうにかならないものかと食い下がるも、はたてといえば暖簾に腕押し、柳に風といった風情でまるで取り付く島もない。

「じゃあなんですか! あれですか! はたてさんは家族を殺されたとしても、金さえもらえれば満足だっていうんですか!」
「私に食って掛かってどうすんのよ」
「だいたいおかしいですよはたてさんは! なにが私たちにしかできないことですか! 自分のデータだって勝手に使われてるというのに、泣き寝入りなんて、情けないったらないですよ! う、うぅ、泣きたくなる。泣きたくなりますよ、私はぁ!」
「ちょっとまって」

 はたては文を制止する。え。と泣き止む文にはたては確認をした。

「私のデータも使われてるってほんと?」
「え、ええ。そのようですよ」

 めちゃやば美文ロボぶっ壊し隊に新メンバーが加わった。


 ところ代わって玄武の沢。にとり宅は玄関を激しく叩く二人組がいる。
 
「はたてさんいいですか、ドアを四回叩くごとに『出てこい河童、この河童野郎、出てこい』ですよ。これが一番効くんです」
「出てこい河童! この河童野郎! 出てこい!」

 紛れもない、射命丸文と怒り狂った姫海棠はたてだった。二十分弱続けるとドアが開いた。

「な、なんだよう。せっかくうとうとしてたのに、目が覚めちゃったじゃないかよう」

 パジャマ姿に枕を抱えるのは今件の黒幕、寝ぼけまなこな河城にとりだった。

「ちょっと上がらせてもらうわ」
「は、はたてさん待ってくださいよ。ぶっ壊すにせよこういうところはちゃんとしておかないと公判で面倒なことに……」

 はたてはずかずかとにとり宅に上がり込み、美文ロボの下へ進んでいく。物々しい予感でいっぺんに覚醒したにとりはやめてやめてやめてとはたてに追いすがるも、はたての進撃が止まることはない。文はすこしかわいそうなにとりを横目にして、はたての背を追った。

「これが例のロボね。じゃあ壊すわ」
「やめて、やめてよぉ! 頑張って作ったの! ねえやめてよぉ!」
「ちょ、ちょっとはたてさん。にとりさん泣いてますよ、はたてさん、はたてさんちょっと!」

 纏わりついては泣きわめくにとりとここに来て日和見を発揮する文を無視して、はたては見事めちゃやば美文ロボを破壊せしめた。廊下で拾ったスパナで一撃だった。

「……あなたの工具があなたの機械を壊しただけよ。私のせいじゃないわ」
「そんなわけない! はたてのせいだ、はたてがこわした! う、うぅ。壊れちゃった、わたしの、わたしのロボ……う、うぅ」

 うわあっと泣き出すにとりに、はたての心はさすがに痛んだ。やり過ぎてしまったかもしれない。諸悪の根源であるはずの文がはたての腕を責めるようにしてつつく。

「わ、悪かったわよ。ごめんねにとり。お金ならいくらでも払うから、許してちょうだい」
「お金なんかいらないやい! わたしのロボだったんだ、わたしのつくった、わたしの! う、うぅ……うわーん!」
「ほらはたてさん、だから言ったのに。お金じゃなにも解決しないって。いまはたてさんの悪いとこ全部でてますよ。よくないですよ」

 文はにとりを気遣うようにして頭を撫でつけた。

「やめろ触んなよ! ふざけんな! 元はといえばおまえだろ、おまえが悪いんだからな!」
「ま、まあまあ。落ち着いてくださいよ」
「これが落ち着けるかよ! たかだかちっぽけなおまえ如きのアイデンティティを守るためになんでわたしのロボが壊されなくちゃいけないんだ。そもそも、これを壊したところで誰もおまえの記事なんて読みゃしないよ。加えておまえは壁を乗り越えることを拒絶したんだ、進化を厭うおまえは一生おまえ止まりだ。そんなやつが書いた文章を誰が喜ぶ。もうみんな美文ロボの文章以外じゃ満足出来ないんだよ! おまえが文章を書いたところで誰も喜ばないし見向きもしない、それどころかみんなの宝物を壊したおまえは世界中から恨まれて一生追われ続けるのさ! ざまあないね!」

 にとりが言い終えるがはやいか、遥か地平から地響きがする。本当に、世界中のみなが押し寄せてきているらしかった。

「ちょっとまってよ、まさかほんとに……でも、これってもしかすると文以外もまずいんじゃないかしら。実行犯は文として、にとりは管理不行き届き、私は文の犯行ほう助で美文ロボの信者たちに恨まれて……! ま、まずいわ! 三人とも逃げなくちゃ!」

 はたての話を聞いた二人は青ざめる。いつの間にか実行犯に据えられていた文ならよっぽど青ざめた。

「に、にとりさん! いまはいがみあってる場合じゃないですよ! 逃げないと! なにか、なにか道具を出してください!」
「にとりお願い!」

 二人してにとりに懇願すれば、口元を結んでたにとりもとうとう諦めてポケットをまさぐった。

「く、くそう。今回だけだからな、次はないからな! ……ち、『地球上の誰よりもはやく走れる靴~』!!」

 奇妙な音楽と共ににとりのポケットから登場したのは地球上の誰よりもはやく走れる靴(通称爆速)の三足だった。はたてがいの一番に爆速を履けば二人もせっせとはたてに続いた。

「……あれ? でも待ってくださいよ。この『地球上の誰よりもはやく走れる靴』を履いて三人で走ったら、三人のなかで誰がいちばんはやく走れるんですか?」
「あー? そんなの、この靴を作ったわたし自身に決まってる。わたしの発明品はわたしがいちばん上手に使えるんだぞ。ほら!」
「あっ、待ってよにとり! 三人でいっしょに逃げないと――」

 走り出すにとりをはたてが追うと、にとりの存在が消滅した。ふたりに置いて行かれないようにと一歩目を踏み出していた文ははっとする。はたても消えた。

 後ろから地響きがする。文は走った。なにかを振り切るようにして走り続けた。文と世界との鬼ごっこは永遠に続く。
 それが地球上の誰よりもはやく走れるものに課せられた使命なのだ。

 出来ない者は出来る者を追いかけ、出来る者は更に出来る者を追いかけ続ける。頂点に君臨する者は追われ続けなければならない。追いつかれてはいけない、立ち止まってはいけない。それは何も頂点に立つものだけに課せられた使命ではない。ひとりが止まればひとりが止まる。ひとの背は地面に倒れこむためにあるのではない。誰かの導となるべく存在しているのである。それは文のみならず、この世の生けとし生きる者のすべてに云えることではなかろうか。
 だから、どこまででもいい。精一杯でいいから――

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