Coolier - 新生・東方創想話

allegro

2020/09/09 22:18:42
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 雨が緩やかに庭の石を叩いて、その水の跳ね返る乾いた音がわずかに開けた障子から流れ込んでくる。今年も気がつけば夏が過ぎてしまい、それから朝夕には冷えた空気が纏わり付くようになってしまった。蝉の声よりも蟋蟀が姦しい。ほんの少しだけ暦より早い秋が始まろうとしているんだ。そんな年寄りじみた感慨にたっぷり数秒間浸り、それから天井を見つめて、そして同じ布団に眠る永琳を眺める。いつまでも眠っていそうなほど静かな呼吸で、無防備。いつも目が覚めたあとは幽霊みたいにぼーっとしてから体温を求めてこちらにやってくる。それから腕の中で子猫のようにまた寝始めるんだろうなと思う。

「ん、んん」
 そしてまた今日も彼女の一日は我が家で始まる。
「さむいわ」
 西側に立つ山のおかげでいつも夏の終わりにはこの場所は涼しくなる。たぶん私の腕の中でたっぷり猫みたいに眠ったあと。
「猫みたいだ」
「んー?」
「勝手にやってきて、住んで行くとこなんか」
「んー」
 そしてそれからしばらく永琳は寝続ける。彼女も夏休みには少々、いやかなり自由に過ごすらしい。


数日前、輝夜がやってきた。うるさい蝉の声にかき消されても構わないというような具合で輝夜は静かに話し始めた。
「あの人にも必要でしょう? 夏休み」
「確かに永琳は忙しそうにしているけれど、私たち人間なんかよりもずっと丈夫そうに見えるぞ」
「永琳もああ見えて線が細いところがあるわ。穢れにでもやられたのかしらね。それとも、穢れが無いとだめになったのかも知れないわ」
「だけどどうして私の家にやってくるんだ? ウチなんかよりも永遠亭の方がよほど過ごしやすいだろうに」
 築何年かも分からない、親類の家に手を入れてまともに住めるようにした。狭くて天井も低い。床下には猫の家族が住んでいる。そんなこの建物と比べたならば永遠亭は御殿と呼ぶにふさわしい。
「永琳がね、一緒に遊んでくれる人が欲しいって言ってたの。だからいつもそう、妹紅と殺ってるときに一緒に見てくれている慧音が良いんじゃ無いって言ったわ」
「それで返事は?」
「聞かなかったわ。だけど無理矢理こっちに連れてくるから。ちょっとの間だけでも良いから一緒に過ごしてあげて頂戴な」

 ただの気まぐれか気が回りすぎるのか、気の間違いか、そんな事に私は巻き込まれたのだ。


 私たちの夏の朝は散歩から始まる。とりわけ湖のそばを通る小道を永琳は通りたがった。大風がやってきた次の日の朝には湖畔にも様々な物が流れ着くらしくそれを見るのが好きらしい。茶色い湖面がまだ大きく揺れているときの砂浜では砂鉄が黒々とした跡を描く。川の上流から流れてきた流木のすべすべした木肌は水を吸って朝日を反射している。
どこからか流れてきた瓶が割れて宝石のように断面をきらめかせ、それを目の端で見送りながら歩く。明け残る月の下で朝風が湖水の上を滑っていく。吹き迷う風を追ううちに夜がほのかに明けはじめた。
「何かあった? 慧音?」
「ん、んんー何にも無い」
「寒いわね。薄着できちゃった」
「だから言ったろうに」
「だってもっと寝ていたかったのに、慧音が出るんだもの」
 僅かに寒そうにする永琳を見て、ようやくこの箱入り娘にも似合う季節がやってきたんだと嬉しくなる。彼女の白銀の髪は冬が近くなるにつれて見とれるように綺麗になる。

「さ、何か探しましょう?」
 
 それから数歩歩き出したときに枯れた葦の中に見慣れない物を見かけて立ち止まる。
「永琳、何だろう」 
「あら、花火じゃない。乾かせば使えるかも知れないわ」
 言われてみればそういう物を見た記憶がある。外の世界から流れ込んできた花火。夏の遅い夜に火を灯して爆ぜる炎を楽しむ。そういう事をみんなしているらしい。
「まだ使えるかしら?」
「どうだろう」
「またみんなに聞いてみるわ」

風がごうごうと上空の雲を流し、湖面は再び揺れ始める。鳥が風に流されて空を泳ぐ。荒涼とした湖畔を歩いて、もう元の小道に戻るときに永琳は立ち止まった。

「ねぇ、買い物に行きましょうよ」
「ん、そっか、いろいろと切らしてたからね」

朝靄がうっすらと砂浜を飲み込むのを見送りながら私たちは小道を進む。



 永琳はゆっくり歩く。人なつこい犬みたいにこっちを見たり、あっちを見たり。もう何万回もしているだろうにそれは愉しいらしい。
 昔こうして一度だけ永琳と歩いたことを思い出した。妹紅と輝夜の戦いが昼前まで続いていた時のことだ。消し炭となった妹紅と輝夜の二人を竹林の真ん中で見つめていた。蝉が鳴いていて、熱を帯びた地面から次第に湿気が沸き上がり始めていた。
「何か食べたいわね」
 静かに永琳は話すとすたすたと人里の方へと向かって歩き始めた。どうしてだかそれが私が原因で怒らせているような気がして、なんだか悪い気がしてそのまま暑い日差しの下で甘味処まで行った。
 私たちの間にはあんみつが二つ並べられていて、差し込む熱のおかげで溶け始めていた。ただ、どうしても口に運ぶ気持ちにはなれなかった。永琳が怒っているように見えたからだ。
彼女は格子窓から外を見ている。初めて出会ったときは、腕を組んで無表情に妹紅たちの戦いを見ていた。冬のことだった灰色の大気、ちらつく雪のかけら、そして身を切る寒さ。遠くの空の色さえ分からない雪を背景にして永琳は私を見つめていた。
それから妹紅と輝夜がさっさと飛び立っていったあと私たちは再び見つめ合った。彼女が何を考えていたのかそのときは分からなかった。ただ、怒っているように見えた。何らかの不公平さを感じている子供のように、静かに怒っていた。

「何考えてるの?」
「ん、永琳、表情が柔らかくなったな」
「そうかしら?」
「うん」
 
 しばらく俯いたあと、永琳はぎこちなく微笑んだ。何が彼女を微笑ませたのかまだ分からないけれどそれがあまりにもおかしくて笑っていた。私たちの間にあるあんみつはもう溶けていたけれど、それはそれでかまわなかった。

 
 買い出し、とはいってもただ人里をぶらつくだけだ。当てもなく歩き回っていれば噂に聞く畜生界とやらに行き着くかも知れない。そこでは私たちは古代人よろしくうろたえるんだろう。何もかもがいつの間にか変わろうとしていた。知っている人々はいつの間にか去って行く。そして知らない人々が来る。彼らは新しい。何もかもが新しく感じる高揚感の中に生きている。
 とはいってもそんな夢想は現実的な生活が成り立った上で積み上げられるものだ。
意識を目の前の八百屋に戻す。永琳は野菜をしばらく手に取って見つめている。
「そうめんにでもしない?」
「そうめんか」
「ええ、キュウリもあるでしょうから、良いと思って」

 夏が終わり、息を潜めていた夏の気配がいつの間にかそこここに現れるようになっているこの時期にそうめんなんて。そんな表情を読み取ったのか永琳は黙った。そして
「ねぇ……あまりお邪魔しちゃ悪いかしら?」
「そんなことない」
「本当に? それじゃあ、ちょっと着いてきてくれる?」
 
 それから私たちは朝に行った砂浜に戻っていた。なんとなくそのまま家に戻るのも気が引けたのだ。

「これ、持って帰りましょう」
「ええ、それって火がつくのか?」

 朝方見つけた花火は永琳の興味を引いたらしい。「これ、やってみたかったのよ」だなんて子供みたいに目を輝かせる隣に居るのが自分で良かったと思う。
彼女は未来永劫進む。私が消え去ろうとも、忘れ去られようとも、人里の外れの巨石が砂塵に還り、それから再び何かが生まれ出そうとも。ただ、この瞬間だけは私の隣に居るのが永琳なのだ。


 玄関を開けるとやけに賑やかな声が響いていた。
「お邪魔しています」
「うわっ、なんだ。妹紅も。それに輝夜も。お前達ここで馬鹿騒ぎをするつもりなら容赦しないからな」
「ちょっと様子をね、見に来たの」
「そう、そっちも楽しんでいそうで何よりだな」
「妹紅ったらうぶなのよ」
「おい……輝夜」
 恥ずかしがりやの妹紅がその手に炎を灯しそうになったときに永琳の低い声が響く。
「愉しそうね。永遠亭はどうかしら?」
「みんな遊んでばっかりね」
「そう。こっちもそれなりに遊ばせていただいておりますわ」
「それなら良かったわ。また薬箱を開けて何か調合していたりしないでしょうね?」
「馬鹿じゃ無いわ。貴方に休んでもらいたいからこうしたのに。心配ご無用よ」

 けらけらと笑ってお茶請けに用意していたせんべいを平らげた後、妹紅と輝夜は去って行った。


 そうめんを食べて、スイカを食べて。それから私たちは夕暮れが来るのをひたすら待ち続けた。
蝉は鳴かなくなり、鈴虫の声がそこここで響き始める。
「さぁて、やりましょうか」
 永琳は庭先で愉しそうに声をあげてこちらを手招きした。静かな夕暮れの中で私たちは二人きりで庭先で花火を囲んだ。じりじりと炙られたススキ花火の火薬に火が灯る。
「綺麗」
 永琳はそう呟くとシューシューと音を立てる花火を見つめる。
「暑いくせに、すぐ終わって。終わってから良かったなんて振り返るのよね。夏って」
「うん」
「でも貴方とこうして花火ができるのはあと何回か分からない。人間も何もかも」
 永琳は次の花火に火をつけた。
「この花火が貴方だとしたら、私は貴方が燃え尽きるまでしっかり手に持つかもしれないわ」
「そうか。それは光栄だ」
「でも。燃え尽きた花火を持ち続けるほど、悲しいことは無いわ。そこに何かがあったって、もう終わったことですもの」
「そうかもしれないな」
「ねぇ、前から話していたわよね。長生きできる薬、飲みましょうよって。そうすれば貴方といつまでもこうして花火をできるわ。いつまでも燃え尽きない花火よ」
 いつの間にか永琳の手の平には薬が置かれていた。
「副作用は、無いはず。貴方の身体に合わせたから」
「ありがとう飲むよ」
「……ありがとう」
 花火が燃え尽きると当たりを照らすのは月の明かりだけだ。

「こんな夏、何度でも過ごしたいって私も思う。その……私とずっと友達で居て欲しいわ」
 そうして私は薬を飲む。
甘くて、辛い味だ。そして糖衣が溶けきる前に、永琳に見つからないようにそっと吐き出す。
「これでいつまでも一緒だ」
「……ありがとう」
 永琳は、私にだまされたと気がついたときどれほどうろたえるだろうか。そんな永琳の姿を考えると口腔内に残る甘さは、悲しい味がした。
 いつまでも、友達で居たい。
それが叶わないならば。この花火が終わるまでは。せめて。
ありがとうございました。
SYSTEMA
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コメント



0.250簡易評価
2.90奇声を発する程度の能力削除
静かな感じが良かったです
3.100終身削除
永琳が気のむいた事を誰かと一緒にやっているのがなんだか新鮮で眩しかったです 永琳達にとってはもしかすると不幸な選択になるのかも知れないけれど慧音は納得していて迷いはなさそうでせめて自分の手の届くものを大切にしようとしているような感じが素敵だったと思います
4.100めそふらん削除
ああ、良いですね。
永遠を生きる永琳にとっては、慧音との関係は花火の様に儚くて、そして終わりを思うと切なさを覚える、そんな一瞬の戯れなんでしょうね。でもそれは彼女にとっては美しいもので、いつまでも味わっていたい。
悲しいけれどとても綺麗なお話でした。
5.100サク_ウマ削除
永琳が慧音に絆されてるのが感じられて素敵だなと感じます。良かったです。
6.100名前が無い程度の能力削除
静かさの中に人の想いの熱を感じさせる、味わい深いお話でした。
8.100水十九石削除
字の文と会話劇のメリハリの良さが印象的でした。
慧音の視点で周りの情景、周囲の人物、そして永琳の事が丁寧に表現されつつも時折心情描写がすんなりと入ってくる感じが良かったです。
9.100Actadust削除
のどかでいいですね。
平和で、どこか寂しさを感じる日常。素敵でした。
10.100名前が無い程度の能力削除
夏を感じました……
12.100モブ削除
余計な言葉はいらないですね。面白かったです。ご馳走様でした
13.100熱燗ロック削除
景色の描写を場面転換に入れて、区切りをとっているので、すごく読みやすかったです。
14.100南条削除
面白かったです
綺麗なお話でした