Coolier - 新生・東方創想話

杯と賽

2020/09/09 13:29:48
最終更新
サイズ
4.01KB
ページ数
1
閲覧数
926
評価数
10/13
POINT
1130
Rate
16.50

分類タグ

 
 ゴウオウと風鳴りがして、寂れた山小屋がガタガタ震えた。嵐の夜。炭鉢を乗り越え踊り狂う炎だけが、二人を照らしていた。
「まさかテメェが来やがるとはな」
 手の中で弄ぶ賽。見覚えがあった。象牙造りの高級品で、奴愛用の一品。ここ一番の勝負でいつも使っていた。
「お迎えは管轄外じゃなかったのかよ」
 ぼろきれを纏い、血塗れの腹を押さえながら、息も絶え絶え強がっていた。
「志願した。最後に勝負する為に、あんたと」
「テメェが? 俺と? やめとけ、連敗記録を更新するだけだ」
「今日は、勝つ」
 奴の瞳がグワリと開いた。
「いいだろう。勝負してやる。俺が勝ったら見逃せ。俺はまだ、死ぬわけにはいかん」
 血に濡れた杯を取り出すと、震える指で賽を入れた。二つ。丁半、奴の好んだ博打。
「俺はもう腕が利かん。テメェが振りな」
「いいだろう」
 投げ渡されたそれを受け取った。
 異常はすぐに気付いた。
「これは……」
 塗れた赤を拭うと賽が透けた。その胴は、硝子で出来ていた。これでは丁半博打など成り立つはずもなかった。
「テメェは既に勝負を承諾した。降りる事は出来ん」
「……心まで外道に堕ちたか」
「言ったはずだ。俺はまだ死ぬわけにはいかん」
「馬鹿をしたな。嫉妬に狂って女房を殺すなんざ」
「あの売女に正当な裁きを与えたまでだ」
 体で隠した奴の背後には、血を吸った長ドスが次の獲物を求めていた。
「ガキまで殺す理由にはならん」
「俺の子じゃねえ」
「逃げた間男を殺すつもりか。その体で」
 男を襲い、止めに入った人足連中を相手に大立ち回りして、奴は深手を負っていた。
「不義者には正当な裁きを与える。因果応報、テメェら死神が好きそうな言葉の筈だがな」
「嫌いだね。あたいは、そういうのは」
 手の中で賽を転がした。違和感がして、見やる。賽にまで、血がこびり付いていた。
 死神の目を持ってしても、最早、奴の死期は見えない。
 賽に付いた血を、指先で拭って。
「……受けて立つ」
 血染めの賽を杯へ投げ入れ、逆さにして盆茣蓙の上に伏せた。
「ツボから手を離せ。中の賽がよく見えるようにな」
 奴はゲワラと下卑た笑みを浮かべながら言った。かつての面影は、無かった。
 言葉に従って、手を離した。
 直ぐに奴の顔色が変わった。
「……何をした」
 硝子の杯の中で、二つの賽がその宙空に静止していた。正確に言えば、静止しているように見えた。
「賽の落ちる距離を伸ばした。無限遠にな。杯の中で賽は落ち続け、止まることは無い。あんたが賭ければ距離を戻す」
 制限を外した死神の力は、距離の概念すら支配する。
「テメェ、イカサマか!」
「あんたは勝負を受けた。もう降りる事は出来ない。さあ。ツボ振りはもう手を離したぞ。今度はあんたの賭ける番だ。早く言え。丁か、半か!」
「ぐ……く……!」
 歪む顔。震える体。
「半……いや、丁だ」
 呻きながら、奴が言った。
「……勝負」
 ツボを開いた。同時に、落ち続けていた賽が動き出した。
 コロリ、コロリ。
 盆茣蓙の上で数回回転した賽は、やがてピタリと止まった。
 出目は、三・四。
 奴は、大きく息を吐いた。
「――テメェが来た時から嫌な予感はしていた。血が止まらねえ。俺が死ぬのも分かってはいた。だが、出目まで腐ってやがる。俺が斬った人数が出やがるとは。これが因果応報ってやつかよ」
 拳を震わせ、吠えた。
「我慢ならねえ。何故、あの男は報いを受けない? 俺を欺き女房を寝取り、その上俺の子と偽ってガキまで産ませていたあの男を。俺に因果が巡るのなら、奴にだって巡るはずだ、そうだろう?」
「報いは受けるさ。だがその報いの形を死と決めたのは、あんたの勝手な情念に過ぎない。それを決めるのは閻魔様であるべきだ」
「死神の理なんぞ知ったことかよ」
 奴は長ドスを取り出すと、その刃を抜き放った。
「負けは負けだ。おとなしく消えてやる。だが俺は、テメェの船には乗らん」
 そう言って、自分の喉に刃を突き刺した。 
 倒れ伏した奴は炭鉢に突っ込むと、数回痙攣した。炎がその体を嘗めてゆく。燃える奴の体は炭屑のようにボロボロと崩れていった。
 奴はとっくに死んでいた。情念だけが暴走した、亡霊になっていたのだ。
 崩れ落ちた奴の欠片は、泥のように淀んで広がり、少しずつ地面に吸われて消えて行った。その魂は彼岸へ向かわず、やがて地底に降り注ぐ桜の一片となるのだろう。
 それを見届けてから、息を吐いた。
 視線を下に落とすと、再び賽が動き出すのが見えた。転がる途中に伸ばしていた距離を、元に戻したのだ。
 コロン……。
 悲しげな音を立て、今度こそ本当に止まった賽は、二つとも赤の目を天に向けていた。
「あんたの勝ちだ。あんたは良い博打打ちだった。最後まで、勝てなかったな……」
 その言葉の届く先は、もう何処にも無かった。死者と生者の間の距離を支配することは、誰にも出来ないから。
 
 
 よくよく考えてみれば、こんなデタラメな能力が制限無しのはずがないですよね。
 きっと死神の能力行使は許可制なんだと思います。
 朗読→sm37494291
 
チャーシューメン
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.150簡易評価
1.100サク_ウマ削除
残酷な空気感でした。良かったです。
2.100水十九石削除
ボロ小屋の中で、言葉だけで空気が成立しているこのおどろおどろしい感じが良かったです。
丁か半かの一振りだけでもドラマが込もっていて、短編として完成度が高く思えました…。
3.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
4.100終身削除
生き死にのかかったギャンブルで駆け引きをする小町がとても様になっていて良かったです 死者とか地獄の仕組みについてもちゃんと小町の考えがあるような仕事への向き合い方とそれでも知り合いとして最後に送ってあげるような情の暑さが心に残りました
6.100熱燗ロック削除
う〜ん、緊張感あるなぁ。
7.100南条削除
面白かったです
密室の中で起こる誰にも知られないドラマが素晴らしかったです
8.100ヘンプ削除
どことなく悲しそうな小町は悔しかったのでしょうか。
とても面白かったです。
9.90Atras削除
織田作之助の"女の橋"のような雰囲気が感じられてよかったです
11.100モブ削除
面白かったです。死期が見えなかったのは、どういうことか。深読みしてしまいますね。
12.100名前が無い程度の能力削除
ハードボイルドな雰囲気で語られる男の生きざまも、死神の対応も泥臭くもカッコいいと思いました