魔理沙が死んで一年が経った。
いや、死んだと言うのは語弊が有る。
何せ、彼女は私が殺したのだから。
今から丁度一年前、何ら変わりの無い、いつも通りの夏の日だった。
いつもの様に魔理沙が遊びに来て、いつもの様に2人でお茶を啜る。
ただ一つだけいつもと違ったのは、魔理沙が私に勝負を挑んできた事だった。
気乗りはしなかった。
暑いし、汗をかきたくないし、疲れるしと言い出せば切りがない程理由があった。
それでも魔理沙の方はやる気の様でしつこく誘ってきたであった。
彼女の事だから、概ね実験の為とか暇潰しの為だったのであろう。
結局の所、勝った方がこの日の夕食を作るという事となり、私は渋々この勝負に乗ることにしたのであった。
そして後悔の時が訪れる。
事故であると言えば事故なのだろう。
私の放った弾幕が魔理沙へと当たり、彼女はバランスを崩して地面へと落ちていった。
鈍い音が響く。
「魔理沙!」
私は咄嗟に魔理沙の元へと向かった。
高度はそれ程無かったにしても、頭を打っている様に見えたのだ。
私が駆け寄った時には、既に起き上がってはいたものの相当顔を歪めていた。
やはり頭の方を強く打っていた様だった。
「……大丈夫なの?」
「ん、まぁ平気だよ。別に血とか出てないしな」
魔理沙の言う様に、これと言った外傷も見当たらず意識もはっきりしてる事から彼女が大丈夫であると言うのは嘘ではないと思えた。
「でも結構強めに打ってたっぽいし、あんまりにも痛かったなら永遠亭で診てもらった方が良いんじゃない?」
「心配し過ぎだって。もう痛みも引いてきたから大丈夫だよ」
「なら良いんだけど」
魔理沙は少しよろけながらも立ち上がってみせる。
私は少し気掛かりであったが、魔理沙の言う事を信じる事にした。
そして問題は勝負を続行するか否かという所に入る。
魔理沙は、構わない、私の事は気にするなと言い出し、勝負の続行を望んだのだが、かく言う私は妙に興醒めしてしまい、勝負を取り止める様に伝えた。
異変を解決する時であるならば、相手が頭を打とうが怪我をしようが降参しない限りは止める程の事でも無いのだが、今回はそうでは無い。
それに魔理沙は妖怪では無い、普通の人間なのだ。
無理をさせる訳にはいかないと、多分そんな事を思ったのだろう。
私のこの気分は如何やら魔理沙にも感染った様で、彼女もこの旨を受け入れてくれた。
そうして何となくではあるが、この勢いのまま私達は解散する事となった。
ただ魔理沙が帰った後、妙に嫌な予感がして堪らなかった。
大丈夫、平気だからといって忘れようとしてもそう思う度に、私の思考をそれが占めていった。
翌日になっても、この胸騒ぎは収まるどころか酷くなる一方だった。
そうして私は魔理沙の家を訪ねる決心をする。
彼女の家への道のりがいつもより遥かに長く感じた。
その間もこの嫌な気持ちは膨らんでいく。
私の勘は良く当たり、常にそれに頼ってきたのだが、こんなにもその勘が外れて欲しいと思ったのは今日が初めてであった。
魔理沙の家へと着き、扉を叩いて彼女の名前を呼んだ。
暫くしても返事が来ない。
出掛けてるのかなと思ってノブを捻ってみた。
鍵が開いている。
心臓の鼓動が跳ね上がるのを感じたが、あいつはずぼらだから鍵ぐらい開けっ放しにすると自分に言い聞かせる。
乱れた心拍が収まり、ようやく扉を開ける決心がついた。
入るわよと断りを入れてから、私は魔理沙の家へと踏み込む。
実験器具や本などといった物が散乱した室内を進みながら、私はベッドに横たわる魔理沙の姿を見つけた。
「なんだ、寝てるだけだったのね」
自身の予感が外れていた事への安堵が一気に襲ってくる。
もう起きるには遅過ぎる時間ではあったので、一発引っ叩いて起こしてやろうと私は魔理沙の頬へと触れた。
冷たかった。信じられないくらいに。
一瞬にして私の思考は停止する事を選んだ。
それからというと、殆ど記憶に無いのだ。
聞いた話によると、私は半狂乱になって永遠亭に駆け込んだと思えば、魔理沙の死を聞かされた後、放心状態となり殆ど動かなくなったらしい。
次に私の記憶としてあるのは、白い布を被せられた魔理沙だったものを見ている時だった。
死因というと脳出血だったらしい。
頭を打って直ぐに診せたのであればまだ助かったのだが、余りにも時間が経ち過ぎていた。
一番の親友を失った事に対する悲しみ、後悔、罪悪感。
湧き上がる感情の渦は、ついぞ私に涙を出させる事を強いたのだった。
あの時止めておけば、直ぐに永遠亭に連れていっていれば。
自責の念は止まる事は無く、それと同時に涙も止まる事は無かった。
私は親友を殺してしまったのだ。
勿論、周りからはお前のせいじゃないと慰められ、励まして貰った。
でも私の傷は癒えなかった。
だって、みんなにとっても大切であった霧雨魔理沙という人間を私は奪ったのだから。
何処の誰にと数えれば切りがない、それ程の人妖達にまで愛されていた彼女を。
いっその事罵ってくれとまで思った。
お前のせいだ、お前が殺したんだと私が犯した罪を認めて貰いたかった。
それをして何になるのかと言えば、ただの自己満足に過ぎないのだろう。
それでも、魔理沙への償いのつもりか、彼女は望まないだろうと分かっていながらも罪を犯した人間として当然の待遇となるべきだと思ったのだ。
時は流れ、皆次々と悲しみから立ち直っていく。
ただ、私の悲しみと罪の意識は時間の流れくらいじゃ変わってはくれなかった。
そんな私を見兼ねた紫や閻魔といった奴らが叱咤激励を飛ばしてきた。
良い加減立ち直れ、魔理沙も浮かばれない、博麗の巫女としてもっと強くあれ。
大方そんな様な決まり文句だった。
そんな時、私の答えはいつも沈黙であった。
何か言葉を言う気力も無かったのだ。
そんな私の様子を見て、溜息を吐きながら私の前から去っていく。
これも大方同じであった。
そんな状態があれからずっと続いていた。
「……あ、もう夕暮れ時か」
霧雨魔理沙という文字が刻まれた、なんとも無機質な墓石の前に私は立ち尽くしていた。
今日は魔理沙が死んでから丁度一年、彼女の命日だった。
彼女の思い出を巡り、あの時の回想に浸っているとつい時間の流れを置き去りにしてしまう。
そろそろ戻ろうと私は彼女の墓から視線を外した。
そうして見上げた空は一面の赤だった。
何処を見ても朱色で飾られた雲が浮かび、何処か不安定な形を取るそれはまるで大きく燃え盛る炎を想起させた。
「あれが罪人を焼く業火であったなら良かったのに」
そんな事が口から漏れる。
沈みゆく太陽はまだ此方を見つめている。
太陽の姿が落ちていく程、空が赤くなるのを感じた。
もし本当にこれが業火であり、私を自らの罪と共に燃やしてくれるならどんなに楽な事だろう。
もう疲れたのだ。
亡き親友を想い続け、罪の意識に苛まれる日々に。
それでも博麗の巫女という重大な責任を担っている分、自殺などは絶対に出来ない。
妖怪に殺される事だって許される事では無い。
だから私にとっての最大の救済は、絶対に敵わない様な力によって消え行く事なのだ。
「馬鹿みたい。そんな事思ってても叶う訳もないのにね」
急にこんな事を考えているのが馬鹿らしくなってしまった。
要は死にたいのだけなのだ。私は。
先程のだってみんなに掛かる迷惑が最小限になる様な死に方を考えていただけに過ぎない。
それなのに救いだのなんだのと、大層な物に変換してしまっていた。
「帰ろ」
私は家路に向かって歩き出した。
見上げる夕焼け空はまだ赤い。
これを見ていると、やはり何処となく懐かしさを覚えてしまう。
そうしてその懐かしさの理由を見つけようと、私はこれまでの記憶を漁り始めるのだ。
「よう霊夢、なにそんなしけた顔してるんだ?」
魔理沙の声が聞こえた。
慌てて私は振り返る。
当然であるが、彼女の姿は影も形も無い。
分かっていた筈なのにどうにもがっかりしてしまう。
幻聴だ、疲れているんだと自らに言い聞かせ、私は前を向き直った。
「よっ、一年ぶりだな」
「え、魔理沙? 嘘、私幻覚まで……」
何が起こったのか分からない。
死んだ筈の魔理沙が戻ってくるなんてそんな事有り得ないのに。
「おいおい、忘れたのか? 今はお盆だぜ。私みたいな死人が帰ってきててもおかしくはないだろ?」
「あ……」
そう言えば忘れていた。
今日はお盆の終わりだったのだ。
「悪いな、遅くなって。世話になった連中の所を回ってたら思ったより時間が掛かっちまったんだ」
そうして魔理沙は笑ってみせた。
生きていた時と何ら変わらない姿だった。
そう、楽しかったあの時と全くの同じ姿で。
途端に私の視界が濡れ始める。
ああ、もっとちゃんと見たいのに。
どうか涙なんかで邪魔しないでくれ。
「あいつらの話を聞いてる内に、私が死んでからお前の元気がないってみんな口を揃えて言うんでな。ちょっと気になって……っておい、泣いてるのか?」
「だって、だってぇ……」
必死で言葉を紡ごうとしているのに上手くいかない。
あれだけ会いたかった魔理沙が今ここに居るのに、それを伝えられないのは堪らない程悔しかった。
魔理沙に宥められて、少しずつ落ち着く様に意識を向ける。
魔理沙は嗚咽が漏れる私に対して、懐かしく温かい、それでいて優しい声を掛け続けてくれていた。
辛うじて言葉が出てくるまでに平常心が戻ってきた私がやるべき事と言ったら一つ、彼女に謝罪をする事だった。
「ごめんなさい」
まだ感情の昂りが抑え切れていないこともあり、ぎこちなさを感じながらも私は魔理沙に向かって頭を下げた。
「おいおい、どうして謝るんだ」
「だって、私があの時勝負するのを止めておけば、魔理沙が頭を打った後にすぐ永遠亭に診せに行けば、あんたが死ぬ事なんて無かったのに……」
「なぁ、お前それをずっと考えてたのか?」
「……うん」
また溢れ出しそうな感情を必死で抑えて、途切れ途切れになりながらも必死で言葉を絞り出した。
そうして私の言葉を聞いた魔理沙は、歯を食いしばり、悔しげな顔を私に向けてこう言ったのだ。
「ごめんなさい」
意味が分からなかった。
どうして私が魔理沙に謝られなきゃいけないのか、私が悪い筈なのに。
「お前にそんな事を思わせて一年もの間苦しませたのは私のせいだ。本当にすまない」
「なんで、なんで魔理沙が謝るのよ」
「さっきも言っただろ。私が情けない死に方をしたせいでお前が苦しむ羽目になっちまったんだ。謝らなくてどうする」
魔理沙が目に涙を浮かべながら、普段なら絶対に私に見せない様な表情なのに、私の事を真っ直ぐと見つめていた。
私と同様に、下唇を噛んで、漏れ出そうな嗚咽を抑え、今にも流れ落ちそうな涙を必死に堪えながら。
「霊夢、私はお前のせいで死んだなんてこれっぽっちも思っていない。ありゃ避けられなかった私が悪い。だからな、もうそんな顔はしないでくれ。私のせいでお前がそんな顔してこれからも生きていくなんて、私は死んでも死に切れんよ」
魔理沙は、まぁもう死んでるけどなと軽くおちゃらけてみせた。
傍から見れば割と笑えないものではあるが、私にとってはそれに酷く安心を覚えるのであった。
安心。
ここ一年、全くといって感じなかった感情である。
悲しみと後悔で塗り固められた私の心は、もう決して動く事のないものだと思っていた。
それが、今ここで動き始めたのだ。
胸が熱くなるのを感じる。
魔理沙が私に向けて言ってくれた言葉一つ一つが私の心を溶かしてくれる。
心地良く、それでいて未だ複雑な気持ちの中で、私の罪が燃え出していくのを感じた。
今ようやく分かった。
私にとっての本当の救いは死ぬ事なんかじゃなかったのだ。
魔理沙ともう一度会い、そして彼女に私の罪の意識を燃やし尽くして貰う事だったのだ。
私を覆っていた冷たく残酷な物は消え、代わりに彼女の暖かさが私を包み始めた。
「さて、もうそろそろ時間だ。帰らなくちゃ」
「もう、行くの? まだ全然話し足りないのに……」
「そりゃ私もだよ。でも死んだ人間は生きてる奴とそんなに長くは関われないのさ」
魔理沙がその言葉を口にした瞬間、彼女の姿が希薄になり始める。
少しずつ、少しずつではあるが、彼女が向こう側へと帰ろうとしているのだ。
行って欲しくない、もっと話していたい、一緒にいて欲しい。
先程まで、あれ程出なかった言葉が今となっては次々に発せられようとしている。
でも駄目なのだ。
それはあっちだってきっとそう思ってる。
これ以上魔理沙に迷惑を掛ける訳にはいかないと、迫りくる言葉の数々を必死で押さえつける。
「なぁ霊夢、最後に一つだけ頼みがあるんだ」
「……なに?」
「笑って、送ってくれないか?」
魔理沙らしくもない言葉だった。
「……じゃあね、魔理沙」
「あぁ、じゃあな、霊夢」
その言葉を最後に残して、魔理沙はそよ風と共に消えていった。
空を見上げると、あれほど赤かった空にもう夜が降り始めていた。
ほんの僅かに残る赤が消えていく様は、儚く消えていった魔理沙を思い起こさせる。
途端に涙が落ち始めた。
頬を伝うそれは今までの冷たく悲しいものではなく、暖かく優しいものだった。
「夢、半分だけ叶っちゃったな」
先程考えていた私の夢。
罪と共に自らも消えるものであった筈が、罪だけが私の中から消えていた。
私は終わった夕焼けを思いながら、涙を流し続けていた。
いや、死んだと言うのは語弊が有る。
何せ、彼女は私が殺したのだから。
今から丁度一年前、何ら変わりの無い、いつも通りの夏の日だった。
いつもの様に魔理沙が遊びに来て、いつもの様に2人でお茶を啜る。
ただ一つだけいつもと違ったのは、魔理沙が私に勝負を挑んできた事だった。
気乗りはしなかった。
暑いし、汗をかきたくないし、疲れるしと言い出せば切りがない程理由があった。
それでも魔理沙の方はやる気の様でしつこく誘ってきたであった。
彼女の事だから、概ね実験の為とか暇潰しの為だったのであろう。
結局の所、勝った方がこの日の夕食を作るという事となり、私は渋々この勝負に乗ることにしたのであった。
そして後悔の時が訪れる。
事故であると言えば事故なのだろう。
私の放った弾幕が魔理沙へと当たり、彼女はバランスを崩して地面へと落ちていった。
鈍い音が響く。
「魔理沙!」
私は咄嗟に魔理沙の元へと向かった。
高度はそれ程無かったにしても、頭を打っている様に見えたのだ。
私が駆け寄った時には、既に起き上がってはいたものの相当顔を歪めていた。
やはり頭の方を強く打っていた様だった。
「……大丈夫なの?」
「ん、まぁ平気だよ。別に血とか出てないしな」
魔理沙の言う様に、これと言った外傷も見当たらず意識もはっきりしてる事から彼女が大丈夫であると言うのは嘘ではないと思えた。
「でも結構強めに打ってたっぽいし、あんまりにも痛かったなら永遠亭で診てもらった方が良いんじゃない?」
「心配し過ぎだって。もう痛みも引いてきたから大丈夫だよ」
「なら良いんだけど」
魔理沙は少しよろけながらも立ち上がってみせる。
私は少し気掛かりであったが、魔理沙の言う事を信じる事にした。
そして問題は勝負を続行するか否かという所に入る。
魔理沙は、構わない、私の事は気にするなと言い出し、勝負の続行を望んだのだが、かく言う私は妙に興醒めしてしまい、勝負を取り止める様に伝えた。
異変を解決する時であるならば、相手が頭を打とうが怪我をしようが降参しない限りは止める程の事でも無いのだが、今回はそうでは無い。
それに魔理沙は妖怪では無い、普通の人間なのだ。
無理をさせる訳にはいかないと、多分そんな事を思ったのだろう。
私のこの気分は如何やら魔理沙にも感染った様で、彼女もこの旨を受け入れてくれた。
そうして何となくではあるが、この勢いのまま私達は解散する事となった。
ただ魔理沙が帰った後、妙に嫌な予感がして堪らなかった。
大丈夫、平気だからといって忘れようとしてもそう思う度に、私の思考をそれが占めていった。
翌日になっても、この胸騒ぎは収まるどころか酷くなる一方だった。
そうして私は魔理沙の家を訪ねる決心をする。
彼女の家への道のりがいつもより遥かに長く感じた。
その間もこの嫌な気持ちは膨らんでいく。
私の勘は良く当たり、常にそれに頼ってきたのだが、こんなにもその勘が外れて欲しいと思ったのは今日が初めてであった。
魔理沙の家へと着き、扉を叩いて彼女の名前を呼んだ。
暫くしても返事が来ない。
出掛けてるのかなと思ってノブを捻ってみた。
鍵が開いている。
心臓の鼓動が跳ね上がるのを感じたが、あいつはずぼらだから鍵ぐらい開けっ放しにすると自分に言い聞かせる。
乱れた心拍が収まり、ようやく扉を開ける決心がついた。
入るわよと断りを入れてから、私は魔理沙の家へと踏み込む。
実験器具や本などといった物が散乱した室内を進みながら、私はベッドに横たわる魔理沙の姿を見つけた。
「なんだ、寝てるだけだったのね」
自身の予感が外れていた事への安堵が一気に襲ってくる。
もう起きるには遅過ぎる時間ではあったので、一発引っ叩いて起こしてやろうと私は魔理沙の頬へと触れた。
冷たかった。信じられないくらいに。
一瞬にして私の思考は停止する事を選んだ。
それからというと、殆ど記憶に無いのだ。
聞いた話によると、私は半狂乱になって永遠亭に駆け込んだと思えば、魔理沙の死を聞かされた後、放心状態となり殆ど動かなくなったらしい。
次に私の記憶としてあるのは、白い布を被せられた魔理沙だったものを見ている時だった。
死因というと脳出血だったらしい。
頭を打って直ぐに診せたのであればまだ助かったのだが、余りにも時間が経ち過ぎていた。
一番の親友を失った事に対する悲しみ、後悔、罪悪感。
湧き上がる感情の渦は、ついぞ私に涙を出させる事を強いたのだった。
あの時止めておけば、直ぐに永遠亭に連れていっていれば。
自責の念は止まる事は無く、それと同時に涙も止まる事は無かった。
私は親友を殺してしまったのだ。
勿論、周りからはお前のせいじゃないと慰められ、励まして貰った。
でも私の傷は癒えなかった。
だって、みんなにとっても大切であった霧雨魔理沙という人間を私は奪ったのだから。
何処の誰にと数えれば切りがない、それ程の人妖達にまで愛されていた彼女を。
いっその事罵ってくれとまで思った。
お前のせいだ、お前が殺したんだと私が犯した罪を認めて貰いたかった。
それをして何になるのかと言えば、ただの自己満足に過ぎないのだろう。
それでも、魔理沙への償いのつもりか、彼女は望まないだろうと分かっていながらも罪を犯した人間として当然の待遇となるべきだと思ったのだ。
時は流れ、皆次々と悲しみから立ち直っていく。
ただ、私の悲しみと罪の意識は時間の流れくらいじゃ変わってはくれなかった。
そんな私を見兼ねた紫や閻魔といった奴らが叱咤激励を飛ばしてきた。
良い加減立ち直れ、魔理沙も浮かばれない、博麗の巫女としてもっと強くあれ。
大方そんな様な決まり文句だった。
そんな時、私の答えはいつも沈黙であった。
何か言葉を言う気力も無かったのだ。
そんな私の様子を見て、溜息を吐きながら私の前から去っていく。
これも大方同じであった。
そんな状態があれからずっと続いていた。
「……あ、もう夕暮れ時か」
霧雨魔理沙という文字が刻まれた、なんとも無機質な墓石の前に私は立ち尽くしていた。
今日は魔理沙が死んでから丁度一年、彼女の命日だった。
彼女の思い出を巡り、あの時の回想に浸っているとつい時間の流れを置き去りにしてしまう。
そろそろ戻ろうと私は彼女の墓から視線を外した。
そうして見上げた空は一面の赤だった。
何処を見ても朱色で飾られた雲が浮かび、何処か不安定な形を取るそれはまるで大きく燃え盛る炎を想起させた。
「あれが罪人を焼く業火であったなら良かったのに」
そんな事が口から漏れる。
沈みゆく太陽はまだ此方を見つめている。
太陽の姿が落ちていく程、空が赤くなるのを感じた。
もし本当にこれが業火であり、私を自らの罪と共に燃やしてくれるならどんなに楽な事だろう。
もう疲れたのだ。
亡き親友を想い続け、罪の意識に苛まれる日々に。
それでも博麗の巫女という重大な責任を担っている分、自殺などは絶対に出来ない。
妖怪に殺される事だって許される事では無い。
だから私にとっての最大の救済は、絶対に敵わない様な力によって消え行く事なのだ。
「馬鹿みたい。そんな事思ってても叶う訳もないのにね」
急にこんな事を考えているのが馬鹿らしくなってしまった。
要は死にたいのだけなのだ。私は。
先程のだってみんなに掛かる迷惑が最小限になる様な死に方を考えていただけに過ぎない。
それなのに救いだのなんだのと、大層な物に変換してしまっていた。
「帰ろ」
私は家路に向かって歩き出した。
見上げる夕焼け空はまだ赤い。
これを見ていると、やはり何処となく懐かしさを覚えてしまう。
そうしてその懐かしさの理由を見つけようと、私はこれまでの記憶を漁り始めるのだ。
「よう霊夢、なにそんなしけた顔してるんだ?」
魔理沙の声が聞こえた。
慌てて私は振り返る。
当然であるが、彼女の姿は影も形も無い。
分かっていた筈なのにどうにもがっかりしてしまう。
幻聴だ、疲れているんだと自らに言い聞かせ、私は前を向き直った。
「よっ、一年ぶりだな」
「え、魔理沙? 嘘、私幻覚まで……」
何が起こったのか分からない。
死んだ筈の魔理沙が戻ってくるなんてそんな事有り得ないのに。
「おいおい、忘れたのか? 今はお盆だぜ。私みたいな死人が帰ってきててもおかしくはないだろ?」
「あ……」
そう言えば忘れていた。
今日はお盆の終わりだったのだ。
「悪いな、遅くなって。世話になった連中の所を回ってたら思ったより時間が掛かっちまったんだ」
そうして魔理沙は笑ってみせた。
生きていた時と何ら変わらない姿だった。
そう、楽しかったあの時と全くの同じ姿で。
途端に私の視界が濡れ始める。
ああ、もっとちゃんと見たいのに。
どうか涙なんかで邪魔しないでくれ。
「あいつらの話を聞いてる内に、私が死んでからお前の元気がないってみんな口を揃えて言うんでな。ちょっと気になって……っておい、泣いてるのか?」
「だって、だってぇ……」
必死で言葉を紡ごうとしているのに上手くいかない。
あれだけ会いたかった魔理沙が今ここに居るのに、それを伝えられないのは堪らない程悔しかった。
魔理沙に宥められて、少しずつ落ち着く様に意識を向ける。
魔理沙は嗚咽が漏れる私に対して、懐かしく温かい、それでいて優しい声を掛け続けてくれていた。
辛うじて言葉が出てくるまでに平常心が戻ってきた私がやるべき事と言ったら一つ、彼女に謝罪をする事だった。
「ごめんなさい」
まだ感情の昂りが抑え切れていないこともあり、ぎこちなさを感じながらも私は魔理沙に向かって頭を下げた。
「おいおい、どうして謝るんだ」
「だって、私があの時勝負するのを止めておけば、魔理沙が頭を打った後にすぐ永遠亭に診せに行けば、あんたが死ぬ事なんて無かったのに……」
「なぁ、お前それをずっと考えてたのか?」
「……うん」
また溢れ出しそうな感情を必死で抑えて、途切れ途切れになりながらも必死で言葉を絞り出した。
そうして私の言葉を聞いた魔理沙は、歯を食いしばり、悔しげな顔を私に向けてこう言ったのだ。
「ごめんなさい」
意味が分からなかった。
どうして私が魔理沙に謝られなきゃいけないのか、私が悪い筈なのに。
「お前にそんな事を思わせて一年もの間苦しませたのは私のせいだ。本当にすまない」
「なんで、なんで魔理沙が謝るのよ」
「さっきも言っただろ。私が情けない死に方をしたせいでお前が苦しむ羽目になっちまったんだ。謝らなくてどうする」
魔理沙が目に涙を浮かべながら、普段なら絶対に私に見せない様な表情なのに、私の事を真っ直ぐと見つめていた。
私と同様に、下唇を噛んで、漏れ出そうな嗚咽を抑え、今にも流れ落ちそうな涙を必死に堪えながら。
「霊夢、私はお前のせいで死んだなんてこれっぽっちも思っていない。ありゃ避けられなかった私が悪い。だからな、もうそんな顔はしないでくれ。私のせいでお前がそんな顔してこれからも生きていくなんて、私は死んでも死に切れんよ」
魔理沙は、まぁもう死んでるけどなと軽くおちゃらけてみせた。
傍から見れば割と笑えないものではあるが、私にとってはそれに酷く安心を覚えるのであった。
安心。
ここ一年、全くといって感じなかった感情である。
悲しみと後悔で塗り固められた私の心は、もう決して動く事のないものだと思っていた。
それが、今ここで動き始めたのだ。
胸が熱くなるのを感じる。
魔理沙が私に向けて言ってくれた言葉一つ一つが私の心を溶かしてくれる。
心地良く、それでいて未だ複雑な気持ちの中で、私の罪が燃え出していくのを感じた。
今ようやく分かった。
私にとっての本当の救いは死ぬ事なんかじゃなかったのだ。
魔理沙ともう一度会い、そして彼女に私の罪の意識を燃やし尽くして貰う事だったのだ。
私を覆っていた冷たく残酷な物は消え、代わりに彼女の暖かさが私を包み始めた。
「さて、もうそろそろ時間だ。帰らなくちゃ」
「もう、行くの? まだ全然話し足りないのに……」
「そりゃ私もだよ。でも死んだ人間は生きてる奴とそんなに長くは関われないのさ」
魔理沙がその言葉を口にした瞬間、彼女の姿が希薄になり始める。
少しずつ、少しずつではあるが、彼女が向こう側へと帰ろうとしているのだ。
行って欲しくない、もっと話していたい、一緒にいて欲しい。
先程まで、あれ程出なかった言葉が今となっては次々に発せられようとしている。
でも駄目なのだ。
それはあっちだってきっとそう思ってる。
これ以上魔理沙に迷惑を掛ける訳にはいかないと、迫りくる言葉の数々を必死で押さえつける。
「なぁ霊夢、最後に一つだけ頼みがあるんだ」
「……なに?」
「笑って、送ってくれないか?」
魔理沙らしくもない言葉だった。
「……じゃあね、魔理沙」
「あぁ、じゃあな、霊夢」
その言葉を最後に残して、魔理沙はそよ風と共に消えていった。
空を見上げると、あれほど赤かった空にもう夜が降り始めていた。
ほんの僅かに残る赤が消えていく様は、儚く消えていった魔理沙を思い起こさせる。
途端に涙が落ち始めた。
頬を伝うそれは今までの冷たく悲しいものではなく、暖かく優しいものだった。
「夢、半分だけ叶っちゃったな」
先程考えていた私の夢。
罪と共に自らも消えるものであった筈が、罪だけが私の中から消えていた。
私は終わった夕焼けを思いながら、涙を流し続けていた。
良かったです
死んでも変わりなく魔理沙ちゃんなあたりが魔理沙ちゃんですね
ちゃんと終わっていて素敵でした。
苦しむ霊夢に魔理沙への感情の大きさが表れているようでこっちまでつらくなってしまいました
最後は救われたようでよかったです