『夕焼け小焼けの赤とんぼ』
どこかで聞いたうた、私のどこかにしまい込んだうた。
あかい、あかい。夕焼けを見ると思い出す。
日が落ちる、神社の縁側で誰かを待っていた。まだかな、なんて思うように。
空が赤を紅を朱を覆い尽くす。夕焼けがずっと私の中の世界になっていて。
「あっ!」
ああ、帰ってきた。顔は見えないけれど、私にとって大切な人だったはず。
「れいむ、ちゃんと待ってたかしら」
「うん!」
私の頭に手を指し伸ばされて──
*
「フガッ!?」
私は飛び起きる。何、体が跳ね上がるのは。
「うぉおお!? 霊夢起きた! 冗談で鼻つまんだら起きた!」
魔理沙あんたね。跳ね起きた勢いのまま魔理沙の頭を叩いた。
ぱし、そんな大きめの音が鳴る。
「痛てぇ!」
「あんたが私で遊んでるからよ」
えー酷いな、なんて呟く魔理沙。頭を痛そうにさすっていた。
鼻をつままれて飛び起きるほど気が立っていたのだろうか。そんなはずはなかった。私は今もふつうで、ここにいる。座ったままなのはどうしてか嫌なので、立ち上がり縁側へと歩いた。戸を開けて見えたのは秋の雲と青い空。どこか夏とは違う空の高さは秋を表しているように思った。今日は関係の無いことばかり思考する。どうしてなのだろうか。
「おい! 霊夢、遊ばないか」
空に吸い込まれそうに見ていると突然私の耳に魔理沙の声が響いた。
「嫌よ。まだ私掃き掃除してないもの。遊ぶくらいなら手伝いなさいよ」
そう言いながら歩いて外に出る。立てかけた竹箒を持って掃き出す。
「ええ。やだよ」
「やりなさい」
持っていた竹箒を押し付ける。とても嫌みたいな顔で魔理沙は縁側のそばにある靴を履いて渋々始めた。
私はそれを見て軽く笑いたくなったけれど笑わずに蔵に歩き出す。
「霊夢どこ行くんだよ」
「蔵よ。もう一本箒取りに行くの」
ふうん、とそれだけ言って魔理沙はまた掃いている。
小石の上を歩いて行く。蔵の前で戸を開けて中に入っていく。蔵の一番扉の手前に置いてたはず……あったあった。立てかけられた竹箒を手に取って出ていこうとする。チリッと何かに見られるような感覚。バッと後ろを振り向いても誰もいなかった。見間違いかしら。特に何もしてこないなら別にいいのだけれど。私は訝しみながら蔵を出た。
ざ、と大きな風が通り抜けて行った。私の髪を攫うように靡かせて行く。社務所の方にいる魔理沙の悲鳴が聞こえた。ああ、風に全部飛ばされたわね。私はやれやれと思いながら社務所に歩いていった。
*
「はぁ、疲れた……」
だらしのない格好で魔理沙は畳の上に寝転んでいた。
「二度手間だったわね。はいお茶」
「せんきゅー」
机の前にお茶を置いてやるとのっそりと体を起こしていた。
「今日は風が強いわね……」
ガタガタと閉めた戸が音を鳴らす。集めた落ち葉もまた落ちていて明日しなくちゃいけなくなるかな、なんて思いながら。
「あー、疲れた、私帰るわ」
気がつくと飲み終わった湯呑みを私の前に置いて立ち上がっていた。
「ごちそうさん。ありがとな」
自分の言いたいことだけ言って魔理沙は出ていってしまった。
「あのやろ、戸ぐらい閉めてから帰りなさいよ」
開けっ放しの戸から大きな風が入ってきて迷惑を被った。
一人でお茶を飲んでいると何故かウトウトと眠たくなってしまっていた。さっき寝ていたのに、どうしてかしら。ああ、ダメだわ、引っ張られてしまう……
私の意識はゆっくりと暗闇に落ちていった。
*
『負われてみたのはいつの日か』
「ねーえ、■■■、これってどんないみ?」
あれ、名前が聞こえない。
「そうね、まだれいむは知らなくていいことなのよ」
声が聞こえても誰の声が分からない。顔が見えない。顔に靄がかかったかのように何も見えない。来ている服さえ分からなかった。
「ええーどうして?」
子供ときの私はその人に大きな声で聞く。
「どうしてかしらね」
その人は笑ったような気がした。
「ぶー、■■■のけち!」
ああ、まただ名前が聞こえない。
「ほら話してないで部屋に入りましょう」
ぶー、けち、という小さな私はその人と社務所に入っていった。
途端意識は引きずり落とされた。
*
「はっ……はっ……はっ……」
胸を鷲掴みにして私は飛び起きた。
何もなかったはず、何も……
「ねえ、何も無かったはずよね■■■?」
え、今私はなんと言った? 何を告げた? 分からない。
怖くなって私は体を一人で抱きしめる。分からないのが怖い、知らないのが怖い、あの人の名前を呼べないのが怖い。
あの人って、だれ?
ハッと私はまた思い出した。夢の中の……どうして、忘れているの? 私の大切な人。その記憶を。
怖い、とてつもなく怖い。その記憶を思い出せないのが……怖くて、ああ、どうすれば……
「どうしたのかしら、霊夢。一人でそんなことして」
濃い妖怪の気配を出しながらスキマを開けて飛び出してきたのは紫だった。
「ゆかり……なに、何しに来たのかしら」
怖さが和らぐ。分からないけれど私を確立できる。
「ふと神社を見たら霊夢が蹲っていましたからね。どうしたのかと思っただけですわ」
優雅に扇なんか広げて楽しそうだ。
「なんでもないわ、帰ってくれるかしら」
「いいえ、私はもう少しここにいますわ。放っておいてくださいまし」
本当に胡散臭いなあ。まあいいけど……
怖さは大分和らいでいた。体が震えない、どうすればなんて思わない。少しほっとした気分だった。
「そう……」
一言を告げて二人で黙った。部屋が静かになる。私は思い出した、うたを歌う。
「ゆうやーけ、こやけーの、あかとんぼー……」
赤とんぼ。とても寂しくなるうた。どこかで……どこで聞いたんだっけ。
「おわれーて、みたのーは、いつのーひーか」
歌い終わるとシン、と部屋が静かになる。
「霊夢、あなた……」
「ん? 何かしら」
紫を見るとどこにも表情に出していないのに、目だけが驚いているかのように思った。
「いいや、なんでもないわ」
「そう……」
また無言が続いた。
私は立ち上がり閉まっていた戸を開けて縁側を見れるようにする。今まさに太陽が沈んでいるところだった。私はそんなに寝ていたのか。
沈む夕焼けは耐え難い程に綺麗で、どこか寂しくて。私はそのまま見ている。また、私は口ずさむ。
「ゆうやーけ、こやけーの、あかとんぼー」
ああ、何故か悲しい。頬が濡れている。
「おわれーて、みたのーは、いつのーひーか」
紫が後ろから続きを歌った。それに釣られて後ろを見た。
「霊夢、帰りましょう」
「どこに帰るってのよ。私は今ここに帰ってるわ」
少しづつ零れる涙は私の頬を伝ってく。分からない、どうして泣いているのかも分からない……
「そんなこと言わないで」
言葉を聞いた途端、紫は目の前にいた。びっくりして飛びあろうとした時に私の体は暖かくなった。
「いいのよ、存分に泣いてしまいなさいな」
暖かい感覚の中私は紫の胸に縋っていた。
ああ、思い出した。待っていたのは──ゆかりだったんだ。
夕焼けの中、社務所の縁側で一人でつまんなくても待っていたのはゆかりで。私の大切な人になっていたのもゆかりで。色々な知識を授けてくれたのもゆかりで……ふふ、沢山の紫がいるじゃない。
夕焼けは私の中で大切な人が帰ってくる時で、寂しくて寂しくて仕方がなかったのだ……今はそんなことないけれど。
いつか見ていた夕焼けはきっとここには無い。
だってそばにいてくれるもの。私のそばに。
どこかで聞いたうた、私のどこかにしまい込んだうた。
あかい、あかい。夕焼けを見ると思い出す。
日が落ちる、神社の縁側で誰かを待っていた。まだかな、なんて思うように。
空が赤を紅を朱を覆い尽くす。夕焼けがずっと私の中の世界になっていて。
「あっ!」
ああ、帰ってきた。顔は見えないけれど、私にとって大切な人だったはず。
「れいむ、ちゃんと待ってたかしら」
「うん!」
私の頭に手を指し伸ばされて──
*
「フガッ!?」
私は飛び起きる。何、体が跳ね上がるのは。
「うぉおお!? 霊夢起きた! 冗談で鼻つまんだら起きた!」
魔理沙あんたね。跳ね起きた勢いのまま魔理沙の頭を叩いた。
ぱし、そんな大きめの音が鳴る。
「痛てぇ!」
「あんたが私で遊んでるからよ」
えー酷いな、なんて呟く魔理沙。頭を痛そうにさすっていた。
鼻をつままれて飛び起きるほど気が立っていたのだろうか。そんなはずはなかった。私は今もふつうで、ここにいる。座ったままなのはどうしてか嫌なので、立ち上がり縁側へと歩いた。戸を開けて見えたのは秋の雲と青い空。どこか夏とは違う空の高さは秋を表しているように思った。今日は関係の無いことばかり思考する。どうしてなのだろうか。
「おい! 霊夢、遊ばないか」
空に吸い込まれそうに見ていると突然私の耳に魔理沙の声が響いた。
「嫌よ。まだ私掃き掃除してないもの。遊ぶくらいなら手伝いなさいよ」
そう言いながら歩いて外に出る。立てかけた竹箒を持って掃き出す。
「ええ。やだよ」
「やりなさい」
持っていた竹箒を押し付ける。とても嫌みたいな顔で魔理沙は縁側のそばにある靴を履いて渋々始めた。
私はそれを見て軽く笑いたくなったけれど笑わずに蔵に歩き出す。
「霊夢どこ行くんだよ」
「蔵よ。もう一本箒取りに行くの」
ふうん、とそれだけ言って魔理沙はまた掃いている。
小石の上を歩いて行く。蔵の前で戸を開けて中に入っていく。蔵の一番扉の手前に置いてたはず……あったあった。立てかけられた竹箒を手に取って出ていこうとする。チリッと何かに見られるような感覚。バッと後ろを振り向いても誰もいなかった。見間違いかしら。特に何もしてこないなら別にいいのだけれど。私は訝しみながら蔵を出た。
ざ、と大きな風が通り抜けて行った。私の髪を攫うように靡かせて行く。社務所の方にいる魔理沙の悲鳴が聞こえた。ああ、風に全部飛ばされたわね。私はやれやれと思いながら社務所に歩いていった。
*
「はぁ、疲れた……」
だらしのない格好で魔理沙は畳の上に寝転んでいた。
「二度手間だったわね。はいお茶」
「せんきゅー」
机の前にお茶を置いてやるとのっそりと体を起こしていた。
「今日は風が強いわね……」
ガタガタと閉めた戸が音を鳴らす。集めた落ち葉もまた落ちていて明日しなくちゃいけなくなるかな、なんて思いながら。
「あー、疲れた、私帰るわ」
気がつくと飲み終わった湯呑みを私の前に置いて立ち上がっていた。
「ごちそうさん。ありがとな」
自分の言いたいことだけ言って魔理沙は出ていってしまった。
「あのやろ、戸ぐらい閉めてから帰りなさいよ」
開けっ放しの戸から大きな風が入ってきて迷惑を被った。
一人でお茶を飲んでいると何故かウトウトと眠たくなってしまっていた。さっき寝ていたのに、どうしてかしら。ああ、ダメだわ、引っ張られてしまう……
私の意識はゆっくりと暗闇に落ちていった。
*
『負われてみたのはいつの日か』
「ねーえ、■■■、これってどんないみ?」
あれ、名前が聞こえない。
「そうね、まだれいむは知らなくていいことなのよ」
声が聞こえても誰の声が分からない。顔が見えない。顔に靄がかかったかのように何も見えない。来ている服さえ分からなかった。
「ええーどうして?」
子供ときの私はその人に大きな声で聞く。
「どうしてかしらね」
その人は笑ったような気がした。
「ぶー、■■■のけち!」
ああ、まただ名前が聞こえない。
「ほら話してないで部屋に入りましょう」
ぶー、けち、という小さな私はその人と社務所に入っていった。
途端意識は引きずり落とされた。
*
「はっ……はっ……はっ……」
胸を鷲掴みにして私は飛び起きた。
何もなかったはず、何も……
「ねえ、何も無かったはずよね■■■?」
え、今私はなんと言った? 何を告げた? 分からない。
怖くなって私は体を一人で抱きしめる。分からないのが怖い、知らないのが怖い、あの人の名前を呼べないのが怖い。
あの人って、だれ?
ハッと私はまた思い出した。夢の中の……どうして、忘れているの? 私の大切な人。その記憶を。
怖い、とてつもなく怖い。その記憶を思い出せないのが……怖くて、ああ、どうすれば……
「どうしたのかしら、霊夢。一人でそんなことして」
濃い妖怪の気配を出しながらスキマを開けて飛び出してきたのは紫だった。
「ゆかり……なに、何しに来たのかしら」
怖さが和らぐ。分からないけれど私を確立できる。
「ふと神社を見たら霊夢が蹲っていましたからね。どうしたのかと思っただけですわ」
優雅に扇なんか広げて楽しそうだ。
「なんでもないわ、帰ってくれるかしら」
「いいえ、私はもう少しここにいますわ。放っておいてくださいまし」
本当に胡散臭いなあ。まあいいけど……
怖さは大分和らいでいた。体が震えない、どうすればなんて思わない。少しほっとした気分だった。
「そう……」
一言を告げて二人で黙った。部屋が静かになる。私は思い出した、うたを歌う。
「ゆうやーけ、こやけーの、あかとんぼー……」
赤とんぼ。とても寂しくなるうた。どこかで……どこで聞いたんだっけ。
「おわれーて、みたのーは、いつのーひーか」
歌い終わるとシン、と部屋が静かになる。
「霊夢、あなた……」
「ん? 何かしら」
紫を見るとどこにも表情に出していないのに、目だけが驚いているかのように思った。
「いいや、なんでもないわ」
「そう……」
また無言が続いた。
私は立ち上がり閉まっていた戸を開けて縁側を見れるようにする。今まさに太陽が沈んでいるところだった。私はそんなに寝ていたのか。
沈む夕焼けは耐え難い程に綺麗で、どこか寂しくて。私はそのまま見ている。また、私は口ずさむ。
「ゆうやーけ、こやけーの、あかとんぼー」
ああ、何故か悲しい。頬が濡れている。
「おわれーて、みたのーは、いつのーひーか」
紫が後ろから続きを歌った。それに釣られて後ろを見た。
「霊夢、帰りましょう」
「どこに帰るってのよ。私は今ここに帰ってるわ」
少しづつ零れる涙は私の頬を伝ってく。分からない、どうして泣いているのかも分からない……
「そんなこと言わないで」
言葉を聞いた途端、紫は目の前にいた。びっくりして飛びあろうとした時に私の体は暖かくなった。
「いいのよ、存分に泣いてしまいなさいな」
暖かい感覚の中私は紫の胸に縋っていた。
ああ、思い出した。待っていたのは──ゆかりだったんだ。
夕焼けの中、社務所の縁側で一人でつまんなくても待っていたのはゆかりで。私の大切な人になっていたのもゆかりで。色々な知識を授けてくれたのもゆかりで……ふふ、沢山の紫がいるじゃない。
夕焼けは私の中で大切な人が帰ってくる時で、寂しくて寂しくて仕方がなかったのだ……今はそんなことないけれど。
いつか見ていた夕焼けはきっとここには無い。
だってそばにいてくれるもの。私のそばに。
あの霊夢も郷愁に勝てないってのを見るとやっぱり人間なんだなぁって思いました。
産まれたときから知ってる
この優しいゆかれいむいいですね……
直球ストレートなノスタルジーに目頭が熱くなりました
家にいるのに思わず『帰りたい』と思ってしまいました