Coolier - 新生・東方創想話

腹が立つ

2020/08/07 21:32:20
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「あら、優雅にコーヒーなんて飲んじゃって。怪異探しは順調かしら」
 駅前の喫茶店で一人、コーヒーの味を堪能していると意識外からそんな声が聞こえてきた。
 はぁ、とため息が出る。
 私はこいつに自分の居場所なんて伝えていないのに、まるで待ち合わせでもしていたみたいにあっさりと私のところにやってくる。わざわざ大学のカフェテラスではなく、ちょっとお高めの駅前の喫茶店で折角の焙煎コーヒーを楽しんでいたというのに。こいつの顔なんて見ずに一人でじっくりと楽しみたいものだ。
「ちょっと、人の顔を見るなりため息なんて、人間が成ってないんじゃないの?」
 口では悪態をついているが、彼女は私の反応が面白かったのか笑みを浮かべながら当たり前のように向かいの席に座る。
「あんたにそんな事言われるなんて、私も随分堕ちたものね」
「そうかしら? 遅刻魔の蓮子に比べたら、私の方が人として自律出来ていると思うわ」
 人間じゃないくせに。
 そう言いそうになって、慌てて口を紡ぐ。
 そんなことを言ったところで目の前のこいつはおくびにも出さないだろうが、流石に人前でそんなことを言うのはいささか憚られるというものだ。あるいはそれが、私の欠片ほどの人間としての良心なのだろうか。
 その代わりに、私は彼女に話の続きを促すことにした。
「それで、何の用?」
「蓮子と一緒に紅茶を楽しみたい。それじゃダメかしら」
「ご馳走様。あんたと一緒にお茶が出来て楽しかったわ。それじゃ、後の支払いはお願いね」
 私はグイっとコーヒーを飲み干して席を立ち、今時珍しい注文伝票を目の前に座る女の前に投げるように置く。コーヒーが途中までしか堪能出来なかったのは非常に残念だが、どのみちこいつが目の前にいる時点でコーヒーは台無しになったようなものだ。
 そのまま私は喫茶店を後にしようと……。

「唐傘お化けが出たのよ」

 したところで彼女が言葉を発する。その言葉に私の足が止まった。
 ふん、と鼻を鳴らして私は再び席に座る。
「最初から要件だけ話せばいいのに。無駄な話なんてこっちはごめんよ」
「あら。これは無駄ではないわ。余暇というのよ。それを楽しむのもまた、あっちで暮らすのに求められるものよ」
「知った口を」
 彼女は私の機嫌が悪いのを分かったうえで、優雅に紅茶なんぞを注文しやがってますわ。腹立たしいことこの上無しですこと。
「……で? あんたが持ち込んできたってことは、また逃げだしたってこと? あんたのとこからさ」
 彼女は届いた紅茶に角砂糖を一つ落とし、ティースプーンでくるくるとかき混ぜた後、音も立てずにたっぷり時間を掛けて口をつける。見目麗しい金髪の彼女の所作は、まるで深窓の令嬢を思わせ、素直に綺麗だと思ってしまう。そしてそう思ってしまうのがどこか腹立たしいとも感じている自分がいる。
「そうなのよね……困ったものだわ」
「それ、あんたの親分さんがズボラだからなんじゃないの? ちゃんと結界やら境界やらを管理してないからすぐ逃げ出される。後始末させられるこっちの身にもなって欲しいわ」
「本当に困ったものよ……なんだか最近、勝手に結界を越える事案が増えてきてるらしいのよね。誰かが手引きしてるのかしら」
 まあ、そっちの事情なんて知ったことじゃない。こっちとしては、約束さえ守ってくれればそれでいいのだから。
「……でね、蓮子。頼めるかしら」
 はぁ、とため息をまた漏らしてしまう。
「…………分かってるわよ。どうせ選択肢なんて私にはないんだし」
「さすが蓮子、話が早くて助かるわ」
 分かっているさ。分かっているから、こうしてため息が出てしまうし、頼めば簡単に引き受けるなんて思われてそうでまた腹が立つ。私に拒むなんて選択肢は出来ないのにだ。
「それより、そっちこそ忘れてないでしょうね。あんたらの尻拭いで確保した怪異は……」
「二人分のカウント、でしょ? 分かってるわよ」
 ウィンクしながら得意げな笑顔でそんなことを言われ、思わずんぐっと唾を飲み込んでしまう。その可愛らしい仕草が本当にこいつには良く似合う。良く似合うから、良く似合ってて可愛いと思ってしまうから、それがまた腹立たしい。
「……あんたが分かってれば、それでいいのよ」
 そんな笑顔で見つめられれば、私は顔を背けて言葉を漏らすことしか出来ない。
「それにしても……私たち、もう長い付き合いじゃない?」
 気付けば、得意げな笑みは既に彼女から消えていて、その代わりにさっきまでの優雅な笑みを浮かべながらまた紅茶を飲んでいる。
 長い付き合い。確かに思い返してみれば、大学に入ってからずっとこいつと一緒に居ることになる。大学生活なんてものを思い返そうにも、常にこいつと一緒にいた記憶しかない気がする。なんと悲しい大学生活か。一人ぼっちでないだけましと考えるか、油断ならない化け物に付きまとわれることになった分より酷いと考えるか。
「そろそろ、蓮子も私の事、名前で呼んでくれてもいいと思うのよ。ずっとあんたとかこいつとか呼ばれるのよ?」
「嫌よ。そんなの、まるで私とあんたが親しいみたいじゃない」
「……私たち、親しくないの?」
 そのうるっとした態度にぐらりと揺らぎそうになる。反則的なかわいらしさ。元来妖怪とは美しいものなのだと、つくづくそう思ってしまう。
 このまま彼女の目を見つめていれば、その魔性に取り込まれてしまう。私は、どこか魅惑的な恐怖を感じた。そのまま堕落してしまいたいとすら思ってしまいそうになった。
「……それより、脱走してきたそいつはどこにいるの?」
 その魔性を振り払うべく軽く咳払いし、話の軌道修正を図る。
 それが気に入らなかった……のかは分からないが、「いつだってつれないのね、蓮子は」と小さく呟いた後、スカートのポケットから端末を取り出し、無言でスイスイと操作する。しばらくして私の端末が振動する。
「今日の夜、そこに来てちょうだい。夜じゃないと、貴方は使えないから」
 端末を取り出して通知を確認すると、地図アプリに座標が表示された。京都の北部、山間部の麓にピンが表示されている。
「ここって……」
 端末に向けていた目を前に向けると、そこは誰もいなかった。さっきまで誰かがそこにいた痕跡だけは机の上に大量に残っているのに、彼女だけがいなかった。空になったティーカップも、まだ氷の残るお冷も、短い伝票も……
「……あいつ」
 逃げやがったな、と言いそうになって口を紡ぐ。この喫茶店は私の貴重な安らぎの場なのだ。食い逃げだのなんだのと言ってこれ以上居心地を悪くしたくない。
 空になったコーヒーカップを口に付ける。カップの底に残っていたコーヒーの雫が唇に触れ、それがいやに苦かったので私はコーヒーカップを口から離れた。
 彼女のいなくなった席を眺める。
 そこには、誰もいなくて。再び静かになって、私はそれを望んでいたのにも関わらず、どこか居心地も気分も落ち着かなくて。
 そうして、やっぱり腹立たしいことに彼女のことを考えてしまう。所詮、あいつはあの女の人形に過ぎないのに、彼女の顔が頭を過る。名前は何だっただろうか。初めて出会った時、外国人特有の随分と長ったらしくて発音の難しい名前を聞いた覚えがある。覚えにくかったし、覚える気もなかったし、実際覚えていない。だから私は耳に残っていた音をもじって仇名を自分の中で勝手に彼女に付けた。
 決して彼女の前で口にしたことはない、その名前が口から漏れた。

「…………メリー」

 §

『怪異を百匹、こちらに招きなさい。そうすれば、貴方も一緒に連れていってあげる。我が理想郷、夢の郷へ』

 大学に入学して間もない頃だった。予想以上に退屈でつまらない大学生活で、きっと世界はこのままだんだん速度を落としていって、このままずっと私は退屈して生きていくのかと考えていたころに、あの女が現れた。彼女は自身を八雲紫と名乗った。
 この退屈な世界。真綿でゆっくりと首を絞められるように死につつあるこの世界から抜け出せるのなら。私に彼女の提案を断る選択肢はなかった。
 それから、私の生活は一変した。彼女は私にこの気持ち悪い目、それと八雲紫によく似た人間モドキを私に与えた。一方の私は、怪異を捉えるために夜の京都を走り回る日々。私の退屈な日常に刺激が生まれた事は認めるが、それでも命を懸けた使いっぱしり、あるいは鉄砲玉としてこき使われている感が否めない。
 あの八雲紫とかいう女も、その分身たる目の前を歩く女も、胡散臭く信用出来ない、というのが隠しもしない本音なのだが、逆らったところで彼女たちとの縁が切れればこの退廃してゆく京都の街で生きて死んでゆくだけ。彼女たちが私にとって気に喰わなくとも、どれだけ彼女たちの存在が腹立たしくとも、私は彼女たちの命ずるままに京都に未だ潜む怪異を探して捕まえて、あるいはあちらから逃げ出した怪異を捕まえて、そうして向こうへ送ってやることが私のお役目となった。
 秘されるべき存在を封じてあちらへ送る。だから秘封倶楽部。こんなサークルを作ったのも、怪異の捜索をサークル活動と称して少しでも動きやすくするため。このお役目こそ、今の私の全てなのだ。
 だから、こうして今夜も京都の夜を、彼女と過ごしている。
 けれど……
「あのさあ」
「何かしら」
「私って大学生なのよね。女性大生。花も恥じらう乙女ってやつ」
「花も恥じらう乙女は『ってやつ』なんて言わないと思うけど、それがどうかしたの?」
「それが……」
「それが?」

「それが何でこんな山奥のごみ処理場なんかにいるのよ!」

 そう、私が今いるのはごみ溜めだった。それも比喩的な意味ではなく、実際に私は今ごみの上に立っている。
 そう、ここは最終処分場。府内で集められたごみが各自治体のクリーンセンターで処理され、その残留物がここに、京都の北部にある、今は木々の代わりに工場やデータセンターが立ち並ぶ山中の一角にあるこの場所に集められるのだ。周囲の施設は監視カメラやセンサーが張り巡らされて近づこうものなら即座に警備ロボットの手によってお縄になるが、この最終処分場には盗むものもないからか、監視カメラどころか柵すらない。ただただ、ごみを溜め込むためだけの広大な更地が広がっているだけだ。
 とはいっても、ハエが飛び回っているだとか大量の粗大ごみが無造作に積んであるだとかそんなことはない。京都の厳しいごみの分類基準、そしてバイオマスやリサイクルといった技術の進歩によって90%以上のごみの削減に成功している……というのは府の広報の言葉だ。先ほど「ごみの上に立っている」といったが、足元には砕かれ燃やされ小さく固められたごみの残留物が砂利のように敷き詰められており、ごみ特有の鼻につく嫌な臭いすらしない。ここにあるのはただの残り物だ。バイオマスエネルギーとしても使えず、リサイクルも出来ず、砕いて燃やすしかなくて、その成れの果て。
 きっと、私たちの足元に積まれたこのごみ達も、生まれ変われるものならもっと人の役に立てる何かに生まれ変わりたかっただろう。それでも、その望みは叶わずにこうして粉々にされて撒かれて捨てられる。その姿に同情のようなものを感じてしまうのは人間のエゴなのだろうか。これを、彼らを生み出したのは人間なのに。
 そんなノスタルジックな心境とは別に、腐っても女子大生である私がこうしてゴミ捨て場を歩くのは嫌だし気は進まない。今まで山だとか廃墟だとかに入ったことは一度や二度ではないが、それとは別でこうしてごみの上に立つことに生理的な嫌悪感のようなものを感じてしまうのは仕方のないことだと思う。
「もう、ここに来ることは最初から分かってたことでしょ?」
 対してこの女ことメリーは私の葛藤を気にも留めていないようで、ごみの上を当たり前のようにずんずんと歩いていく。このまま放っておくわけにもいかないので、小走りで追いかける。周囲には街灯すらなく、月明りも雲で遮られており、端末のライトがあっても目の前のメリーを見失いそうになる。
「というか、そろそろ今回の捕獲対象の唐傘お化けさんとやらについて教えてくれてもいいんじゃないの?」
「あら、蓮子は唐傘お化けを知らないの?」
「知ってるわよそれくらい。あれでしょ? 傘に足と目が付いた妖怪」
「……それだけ? お得意のうんちくは披露してくれないの?」
「だって知らないんだから。私は知られてることしか知らないの」
 何だか変な言い回しだと自分でも思うが、実際そうなのだ。
 唐傘お化け。一本足やからかさ小僧と呼ばれ、古くから日本の代表的な妖怪として幅広く認知されているにもかかわらず、唐傘お化けに関する伝承はほとんど存在していない。『百鬼夜行絵巻』などの数多くの文献に登場するにも関わらずだ。その様を『絵画にのみ登場する妖怪』と揶揄されることもあるくらいなのだから。
「まあ、私も詳しくは知らないんだけどね」
「何よそれ。隠してないで教えなさいよ」
「だって知らないんだし。しょうがないじゃない。私だって教えられてないんだもの」
 頬を膨らませぷんぷんと言わんばかりの態度でますます歩みを早めるメリー。よく自分で作られた存在だとか人形とか言ってるけど、そこらの同年代の人間に比べると彼女のほうがよほど人間らしいと感じる。
 などと考えているとずんずん進む彼女が夜の闇に消えてしまいそうになったので慌てて追いかける。
 最終処分場を歩く。本当に砂利の上を歩いているような音が足元から響き、何一つ聞こえない静寂を破る。
 最終処分場は一面の平地だが、周囲は夜闇に包まれ見通しは悪い。まるでどこまでもこの砂利の浜が続いているような、そんな気さえしてくる。
 二人だけの最終処分場で、私とメリーの二人が歩く音だけが、この世界に存在していた。
 そうしてどれだけ歩いたか。最終処分場の広さを考えるとそれほど長くは歩いていなかっただろうが、体感的には数時間は歩いたような気になってしまう。
 もしかしたら本当は唐傘お化けなんていないんじゃないか……なんて考えながらライトをあちこち向けていた頃合いだったと思う。

 目があった。

 デカい、明らかに人間のそれではない、子供の顔ほどもありそうな大きな目玉が端末のライトのど真ん中で空中に浮かんでいた。
「ひっ」
 悲鳴をを上げそうになったのをどうにか堪える。
 虚空の目はただじっとこちらを見つめている。興味深そうにこちらを見るその目に、私は光を感じた。
 最初はその大きな目しか見えなかったが、落ち着いて見ればその目に丸み、立体感を感じない。一歩下がれば口とそこからデロンと垂れる舌が見え、もう一歩下がって全体を照らしてみれば、その体は閉じられた黒い傘であることが分かる。最初に見たその目は傘布に張り付いていた。描かれていたと言ってもいいかもしれない。伝承通り、いかにも唐傘お化けという風貌だ。
「貴方が……唐傘お化けちゃん?」
 そう問いかけるも、傘は首を傾げるみたいに器用に傘をぐねりと曲げる。傘の骨が折れないか心配になる挙動だ。
 今なら、この子をあっちへ送り返せるだろうか。
 私は、唐傘の子に向けて手を伸ばそうとする。
 だが、唐傘の子はそんな私の僅かな手の動きにびくりと反応し、ぴょいんぴょいんと跳ねるようにどこかへ跳び去ってしまう。まるで人に慣れていない野良猫のようだ。
「追うわよ!」
「……え、ええ!」
 呆けていたメリーに活を入れ、端末のライトで微かに見える傘の影、それと砂利を跳ねながら踏む音を頼りに、私たちは唐傘お化けを追いかけ走り出す。
「ねぇ! あいつが逃げ出したとか言う唐傘お化けってことで良いのよね!?」
「…………そう、だと思うんだけど」
「何よ、歯切れ悪いわね!?」
「…………あの傘が逃げ出した傘だとしたら……何か違和感があるのよね。あっちから逃げたものにしては現代的というか、新しすぎるのよ」
「現代的?」
 そう言われて件の唐傘お化けの姿を思い返す。黒い傘に目と口くらいしか特徴が無かったような気がするが。そもそも傘なんて誕生から今日まで長い年月を経ているが進化のほとんどない道具だ。頭上で広げて雨や日光を避けるもの。より軽く、より頑丈に、より水をはじく。素材が多少変わったところでその形状や性質はほとんど変化することなく脈絡と受け継がれている。
 それでも、メリーもメリーで持っている大概気持ち悪い目には、何か見えたのだろうか。聞けば、あっちの技術レベルは江戸だか大正だかで止まってほとんど進んでいないと聞くが、それはつまり、あちら側の傘もその時代相応の技術レベルで作られている、ということだろう。それなのに傘が現代的、即ちこの科学世紀の時代で作られた傘ということは……
「蓮子、誰かいるわ」
 考えに耽っていると、メリーが私の名を呼んだ。その声は心なしかすぼめられており、私も反射的に足を止める。
「誰かそこにいるの?」
 もしかして最終処分場の関係者か、とも思ったが、その声は幼い少女のそれだった。最終処分場の関係者なら、囲いも管理もしていないとはいえ忍び込んだ私たち不法侵入者を簡単には見逃してくれなかっただろうなと安心しかけた半面、私はその声の主を敵視していた。
 唐傘お化けが出現するこんなところに少女が今日たまたま迷い込んだ? そんな訳がない。きっと、彼女も唐傘お化けに何かしら関係しているはずだ。
 声のする方へライトを向ける。
 そこには、予想通り少女がいた。全身水色の服と髪の中、片目だけが赤いのが印象的だった。
 少女の顔は訝し気で、手には紫色の傘をまるで剣のように石突の先をこちらに向けている。ともすれば子供の遊びのような微笑ましい仕草だが、彼女の表情は真剣そのもので、私は彼女のことを笑うことは出来なかった。
 よく見れば、彼女の背後にはさっきの傘がいた。その大きな目は伏せ気味で、怯えているようにも見える。まるで親の背中で人見知りする子供のようだ。
 少女の態度を見るに、どうやら歓迎はされていないらしい。私は手を広げて敵意が無いことをアピールしつつ、自分の名前を名乗る。
「私は宇佐見。宇佐見蓮子よ。貴方は?」
「……多々良小傘」
 少女は構えていた傘を少し下げる。その目はまだ訝し気だが、少なくとも話には乗ってくれる気らしい。
「私たち、このあたりに唐傘お化けが出ると聞いて調べに来たの。貴方は?」
「言っても、信じないわよ。この世界の人なら」
「この世界の人、ねぇ」
 ビンゴ。
 やはり彼女は唐傘お化けの件に何かしら関係している。後ろの唐傘の協力者か、それとも。少なくとも彼女は怪異、それとあの世界について何か関係があるはずだ。これはますます彼女を見逃す理由が無くなってしまった。
「それは、どうしてかな?」
 私は、彼女を刺激しないよう、腰をかがめ子供に話しかけるようにして質問する。後ろでプッと吹き出す相棒面した女を無視して。
「それは…………この子が可哀そうだったから」
「……可哀そう?」
「この子、風で飛ばされて持ち主と離れ離れになった。それで、地面に叩きつけられて、骨も折れて傘布だってはがれて……この街にはそんな子がいっぱいいて、私はその話を聞いて居ても立っても居られなかった。だから……」
「助けてあげた、と?」
 彼女はこくんと頷く。
「だからお願いしてこっちに送ってもらって、傘たちを直してあげた。けど、こっちは傘は使い捨てられるものだって、持ち主に返したところでその持ち主にはきっと新しい子がいて、自分がいても困るだけだって。だから、せめてこの子が自由に生きられるようにしたかった」
「だから……唐傘お化けに変えたの?」
「そう。私にはそんな強い力はないから、この子を目覚めさせた妖力も借り物だけど」
 小傘と名乗った少女は愛おしそうに後ろの唐傘お化けを撫でる。唐傘お化けの子もその手に摺り寄るように体を揺らす。まるで親子のような光景だった。
 これは、チャンスかもしれない。
 このまま上手く話を持って行くことが出来れば、彼女と戦わずして送る事が出来る。
「ねぇ、小傘ちゃん。貴方がもしよければ……」
 送ってあげようか。そう言う前に、別の発言があった。
「良かったじゃない蓮子。これなら、労せずして事が進みそうね」
 私の心を読んでいたかのようなメリーの発言。その言葉に誰よりも反応したのは小傘ちゃんだった。
「だっ、貴方以外に誰かいるの?」
 再び傘を構える小傘ちゃん。彼女にはメリーの姿が見えていなかったらしい。まずい。メリーには引っ込んでいてもらわないと。
「あー彼女は気にしないで。ただの私のツレだから」
 私はメリーを隠すように動こうとしたが、それよりも先に変化があった。
 周囲が、最終処分場が明るくなった。
 見上げれば、そこには月があった。既に雲は流れ、その代わりに星々と立派な満月が空にあった。その月明りによって、端末のライトが無くとも小傘ちゃんを視認出来る地度には最終処分場の一帯が照らされる。
 それはつまり、小傘ちゃんから見ても私と、一緒に居るこの女の姿が見えるわけで。
「ス、ススッ、スキマ妖怪!?」
 メリーの姿を見た小傘ちゃんが目に見えて狼狽える。その反応に、はぁ、とため息が漏れてしまうのも止む無しだろう。
「……あんたねぇ」
「何よ、私が悪いって言うつもり? 仕方ないでしょ、あっちに送るには私と蓮子、二人が一緒にいないと駄目なんだもの。私だけ家で待ってたとして、蓮子一人でこの子をあっちに送り届けられると思ってるの?」
「そうじゃなくて……せめて髪の色を変えるとか、あんたの親分さんと見分けがつくような努力をしてほしいって言ってるの。あんたが親分さんと似てるからこうしてトラブルになるの、これで何回目だと思ってるの?」
「蓮子。人の容姿をどうこう言うなんて、科学世紀じゃ時代遅れもいいところよ」
「科学世紀生まれじゃないくせに……私は人権だのポリコレだのの話がしたいんじゃないの。実利的に問題が出てるから改善してくれない?」
「ねぇ」
 私とメリーの二人がやいのやいの言い争っていると、小傘ちゃんの声が聞こえてきた。慌てて弁解する。
「あー、違うの。この子はあのスキマ妖怪とは違うの。彼女は……そう! スキマ妖怪のファンでコスプレが好きな、ちょっとあれな子っていうだけなの!」
「誰があれのファンよ」
「いいから、ちょっと黙ってて。……だからね、小傘ちゃん。私は貴方に危害は加えないわ」
「嘘よ! スキマ妖怪は博麗の巫女と繋がっていて、その巫女は妖怪と聞けば誰であろうと問答無用で針を投げるって、そんなことはみんな知ってるんだから!」
 なんだその妖怪絶対殺すマンは。……『マン』ではないが、そんなのは初耳だ。
「……そうなの?」
「私は知らないわ」
 コスプレイヤー呼ばわりされたのが気に喰わないのか、そっけない態度をとるメリー。こいつはこいつで面倒臭いな。
「スキマ妖怪が来たのも、この子を元の道具に戻すためでしょ! ダメよ、そんなことさせない! ちゃんと私が責任もって面倒見るから!」
「捨て犬を拾ってきた子供か!」
 私のツッコミも彼女の心には届かず、彼女は持っていた傘を差す。それと同時に彼女の体が浮かび上がる。ふわふわと、風に揺られるように空へ昇っていくが、人間を傘一つで持ち上げられるほどの風なんてここにはない。
 空に立つ彼女のその姿は、私に教えてくれている。彼女が人間ではなく、既にこの場は常識の通用しない怪異の場であると言う事を。
「この子たちは決して消させはしない! 私が守ってみせる!」
 この子……たち?
 私の頭に現れた疑問は、すぐに氷解した。
 まるで鳥の群れが飛んでいるかのように空が影に覆い尽くされる。大小も色も様々だが、その影の形は同じ、傘の形をしている。
 それはつまり……
「これ全部、唐傘お化けなの……?」
 数十はいるであろう、空を舞う唐傘たちを見て茫然としてしまう。
「あら、蓮子。もしかして怖気づいた?」
 メリーの言葉に、意識が戻ってくる。怖気づいた? そんな訳がない。むしろ絶好のチャンスじゃないか。
「まさか。あんたこそ忘れるんじゃないでしょうね。『怪異を百匹送れば私もそっちへ連れていく』。……これはボーナスステージよ。唐傘お化けの子たちには悪いけど、私の目標の大きな糧になってもらうわ」
 震える手を握る。これは怖気からくるものなんかじゃない。武者震いか、歓喜からのものに違いない。きっとそうだ。
 月明りすら遮りそうな唐傘お化けたち。空にはいったい何匹の唐傘お化けが浮かんでいる。その数は10? 20? それとももっとか? きっと京都じゅうの壊れた傘に彼女は命を吹き込んで、ここまで連れてきたのだろう。
 そうだ。多ければ多いほどいい。それだけ私の目標に、百匹というノルマに近付くのだから。これだけいれば、目標へと一足飛びも二足飛びも出来そうだ。
「それで、どうする気?」
「まずは彼女を、多々良小傘を狙う。トップを叩けば、後に残るのは烏合の衆よ」
「気を付けて。ああ見えて彼女は本物の怪異よ」
「分かってる……あんたは、離れてて」
「ここから先は蓮子に任せるわ……でも、離れていても私たちは一緒よ」
「……気持ち悪いこと言わないで。気が逸れる」
 後ろへ下がるメリー。一緒だって? そんなことは分かってる。ここからは二人の戦い。秘封倶楽部のお役目の時間なのだ。
 私は叫ぶ。その声を空にいるあの子に届けるために。

「さあ! 秘封倶楽部、活動開始よ! あんたたちまとめてあっちに送り返してやるわ! 秘封倶楽部のフィールドたる科学世紀の京都の夜で私たちに戦いを挑んだことをあっちで後悔することね!」
「この子たちは何があっても私が守る! 忘れ去られた道具たちの怨念、傘のない雨の恐怖に驚くがいいわ!」

 夜空を見上げる私たち。
 地上を見下ろす彼女。

 ここから先は、お互いのエゴのぶつけ合いだ。

 §

 ——傘符「大粒の涙雨」

 多々良小傘がスペルカードを詠唱する。それと同時に手に持った大きな傘を円形状に大きく振り回すと、妖力によって形作られた大量の大粒の弾が吹き出し、下方にいる私めがけて降り注ぐ。
 これが、あちらの世界の決闘の流儀。自身をスペルカードで、己が想いを弾幕で表現し、その美しさを競い合う決闘術。弾幕の舞うこの光景が、彼女の想いの表れなのだ。
 きっと、これが彼女の……いや、唐傘お化けたちの心情風景なのだろう。壊れ、風に飛ばされ、ひしゃげて、道端に捨てられ、差されることもなくただ雨に曝され、そうして忘れ去れる。傘たちも心の中ではそんな自身の理不尽な境遇に憂いてこんな大粒の涙を流していたのだろうか。
 だけど、私はその決闘術に合わせる理由なんてない。私は弾幕を出すことなんて出来ないし、出来たところでそこに込めるご大層な理念も想いなんてものもない。だから、私がその弾幕ごっこに付き合う義理もない。
 私の勝利条件はただ一つ。
 弾幕で打ち勝つことでもなければ、その美しさで相手を魅了する事でもない。
「距離100、高さ30ってところかしら」
 ただ、空を翔けて彼女のもとに到達する事、それだけなのだから。
 私は、一歩を踏み出す。
 しかし、その足は地面に着く前に固いものに触れる感覚が返ってくる。
 一歩、また一歩と、階段を跳ね登るように足を動かす。その度に、私の足はさっきよりも少しばかり高い場所で止まる。
 私の足元には空間を裂くかのような不可思議な亀裂があり、その亀裂の先には地面が見える。一歩踏み出すたびに、新しい亀裂が私の足元に階段のように出現し、踏み台となって私はまた一歩、亀裂の生じた虚空へと踏み出せる。
 これは、私の力ではない。私の後ろにいる女、あのスキマ妖怪お手製の人間モドキが引き起こしているのだ。
 スキマとは……なんて現代科学で説明出来ないものを理解する気はないが、つまるところ小規模なワームホールだ。異なる座標同士をつなぐ、空間のスキマ。ワームホールなんて実用化どころかその理論すら定まっていないというのに、軽々と操りあまつさえそれを足場にしているだなんて、世の科学者が見たら卒倒ものだろう。最も、これを生み出しているのは怪異、常識の埒外の存在なのだから私たちの理屈で考えても仕方のないわけだが。
 私の一挙手一投足に合わせ、後ろ……もはや下というべきだろうか。メリーが演奏するかのようにその手を振るう。それに合わせて足元にスキマが出現する。
 それを横目にステップでさらに虚空を駆け上がる。まだ多々良小傘との距離は離れているが、少しずつ近づいている。
 そしてそれは彼女が展開した弾幕にも近づいているということでもあるわけで。
 眼前には文字通り弾幕の雨あられ。
 果たして、人間に雨を避けるなんてことが出来ようか。
「さあ! 雨に全身を叩かれなさい!」
 私のいる場所を弾幕が通り過ぎていく。その一つ一つが妖力の塊、人間の意識など容易く奪うそれが、文字通り雨となって私に降り注ぐ。
「人間は弱いの。少し体温が冷えればすぐに風邪をひく。全身を雨に打たれるのはさぞ堪えるでしょう。傘たちの怨念の篭った涙雨は、さぞ冷たいことでしょう」
 多々良小傘は振るう手を止めない。私に向けて弾幕を降らし続ける。あるいはそれが、彼女の持つ怨念、人間への恨みの大きさなのだろうか。
 それからまた一頻り雨を降らして、ようやく多々良小傘はその手を止めた。
「……やり過ぎたかもしれないけど、私は、この子を見捨てはしないから」
「そう。ところで知っているかしら?」
 私の言葉に、多々良小傘の顔が驚愕に染まる。
 雨が止む。洪水と見間違うほどの弾幕の雨。けれど、私は押し流されてなんかいない。
「確かに人間は雨に弱い。雨は人の体温を容赦なく奪っていく。けどね、人は開発した。雨の中にいながら雨に体を晒さなくて済むための道具を」
 私は、まだ見上げる場所に浮かぶ多々良小傘に向かって、告げる。きっと、その時の私の顔は不敵な笑みを浮かべていたことだろう。
「傘って言うのよ。覚えておくといいわ」
 私の顔の先には、亀裂があった。私の足元にあるものと同じ、空間の亀裂。
 大きさは頭二つ程度のそれは私の遥か下に繋がっており、多々良小傘の出した雨粒は私に触れるよりも先に地面へと流れていった。
 これが、メリーの力。八雲紫から受け継いだプログラムされた
力の一つ、境界制御の力。八雲紫と比較すると規模は小さい。大きさはせいぜい頭二つ分程度のものしか作れないし、展開場所はメリーの視界範囲内でかつ私の近くだけ。もちろん彼女自身にはあっちの世界と繋げることも出来ず、今なら最終処分場のどこかとどこかしか繋げることは出来ない。
 これが普通の雨なら、全ての雨粒が垂直に降る雨なら、肩幅ほどの長さもないこんな亀裂の傘では防ぐことなんてできやしなかっただろう。
 だが、この弾幕の雨は彼女自身が振りまいているのだ。当然、その弾道は彼女を中心とした放射線状に広がる。
 なら、弾幕の角度を調整したうえで私の体から少し先に亀裂を出現させてしまえば。
 私に当たるであろう雨粒は亀裂の中へと吸い込まれ、それ以外の雨粒も私には触れることなく地面へと落ちていく。小さな傘でもこんな雨ならちょっと工夫すればしのぐには十分だ。
「貴方、人間?」
 多々良小傘が訝し気に私に問い掛けてくる。こんな力を見せられて人外の存在を疑わないほうが可笑しいだろう。
「私はそのつもりだけど」
 私はちらりと後ろの下を見る。そこには、変らず指揮者の如く手を振るメリーの姿があった。
「さあ、これで終わりかしら? それならこっちも楽で助かるのだけど」
「ぐぬぬ……まだだよ! みんな! 力を貸して!」
 その言葉と共に、空を好き勝手に舞っていた唐傘お化けたちが多々良小傘の周囲に集まってくる。
 空に立つ多々良小傘と、その後ろで固まって飛ぶ唐傘お化けたち。まるで彼女たちが一つの存在か、あるいは群体生物のようにも見える。
「ふふっ……じゃあ、やっぱりあっちが普通じゃないんだね」
 だからか、彼女の呟きは無数の唐傘お化けたちによってかき消され、私の耳には届かなかった。

 ——化鉄「置き傘特急ナイトカーニバル」

 スペルカードを切り替えた多々良小傘の再びの宣言。その言葉と共に、多々良小傘の周囲にいた唐傘お化けたちが列をなす。
「さあ、今宵はわちきら恨み傘の祭りだよ! 唐傘たち、人間どもを目一杯驚かしてあげなさい!」
 唐傘お化けたちが多々良小傘の両脇から飛び出し、一直線に連なってこちらへやって来る。粒のような霊力の弾をまき散らしながら列となり迫って来る様は、まるで線路に溜った水をかき分けながら雨の中を進む列車のようだ。
 放射線状に弾幕をばら撒くのではなく、左右からの挟撃。亀裂の出現はメリー依存なので、彼女の処理能力を超えるような多数の亀裂は展開出来ない。
 ……だったら、軸をずらすのみ!
上へhigh up!」
 私は叫び、足を踏み出す。メリーが反応し、虚空に亀裂を描く。その亀裂は、私の足の動きに合わせ、螺旋階段のように円柱状に展開されていく。
 素早く、それでいて体と視線は多々良小傘へ向けたまま、私は螺旋階段を上る。上へ逃げてしまえば、傘の列車に挟まれることもないし、弾幕の飛沫に襲われることもない。3メートルも駆け上がれば、ひとまずは軌道からは逃れられるだろう。
 さて、後はどこまで列車の軌道を上に捻じ曲げてくるかだ。あの唐傘お化けたちはそれぞれが別個体であり、多々良小傘の言う通りに動きはすれど思う通りに動けはしない。今は綺麗な列を成して進む唐傘お化けたちのお化け列車だが、果たしてスムーズな軌道変更が出来るものだろうか。理想は急激な軌道変更につっかえて脱線事故してくれることだが……。
 私がすべきことは、多々良小傘の次の挙動を、唐傘たちへの支持を先読みして動くこと。だから私は多々良小傘を見た。

 だが、多々良小傘は私を見てはいなかった。

 多々良小傘は私よりもまだ高い場所にいるが、それでもその視線は今の私の位置よりも下に向けられている。彼女は私を見ていない。
 いや、彼女は見ている。その視線は一点に向けられている。
 多々良小傘は私を見ていない。じゃあ、何を見ている? いや、誰を見ている?
 多々良小傘の口元が吊り上がるのを見て、ようやく気付いた。この場にいるやつなんて、彼女と私以外に誰かと言われれば一人しかいないじゃないか。
 私が多々良小傘と、怪異と渡り合うための力の源たる、あの子が。
「メリー!」
 私が名前を呼ぶ。名前を呼ばれた彼女がどこか呆けた顔で顔をこちらへ向けるのがかろうじで見えた。
 唐傘お化けの列車は先ほどまで私の居た場所を通り、緩やかに弧を描きながらメリーの元へと突っ込んでいく。
「なっ!!」
 そこでようやく傘が自分狙いなのに気付いたのか、慌てて回避行動を起こそうとするメリー。
「遅い!」
 だが、それよりも先に唐傘お化けの列車が退路を塞ぐように両脇を通り抜ける。弾幕の水飛沫をばら撒きながら。
「きゃあ!」
 妖力に全身を叩かれた、メリーの悲痛な声がここまで聞こえた。
 足元の亀裂が不安定に揺らぎ、私はよろけながらも多々良小傘に訴える。
「ちょっと、あんたの相手は私でしょ! 私を狙いなさいよ!」
 だが、多々良小傘の耳には届いていないらしく、彼女は笑っていた。その顔は、どこか鬱憤を晴らして気持ちよくなっているような、そんな影のある笑みだった。
「さあ、祭りは終わらないよ!」
 その言葉にハッとしてメリーのほうを見れば、その後ろでお化け列車が折り返しているのが見えた。今度は後ろからメリーの両脇へ列をなして通り抜ける。
「後ろから来てる! 避けて!」
 私は叫ぶ。その言葉にメリーが反応して横に避けようとするが、メリーが動き出すよりも早くお化け列車が通り抜け、再びメリーは弾幕の水飛沫を浴びる。
 メリーは人間ではない。その本質は人間というよりも妖怪に近い存在だが、それでも彼女は不死身ではないし、怪我だってする。
 そうしてまた、お化け列車は折り返す。今度は弾幕の水飛沫で仕留めるのではなく、正面から突っ込んで轢くルートだ。
「あいつが意識を失ったら、貴方の周りの変な力も消えて、ただの人間に戻る。空だって歩けなくなる。これで終わりよ!」
「メリー!」
 ふらふらと立ち上がるメリーだが、どう考えてもすぐに動けるような状態じゃない。
 メリーに、お化け列車が吸い込まれるように突っ込んで……

「な、めるなぁぁぁ!!!」

 メリーの怒号。普段の少し高い声とは違う。あの女、八雲紫にどこか似た少し低く、異形を彷彿とさせる揺らぎを感じさせる声。
 それと同時に最終処分場に響き渡る、ベキベキベキベキベキッッッッッ!!! という音。何か細いものをまとめてへし折るような、人体の何か折れる音を連想してしまい耳を塞ぎたくなるような、そんな音。
 そこには、変らず立つメリーと、団子状になって動きを止めた唐傘お化けたちがいた。メリーは両手を前に突き出し、何かに耐えているようにも見えた。
「な……何てことしてるのよ! 折角直してあげたのに、みんな骨が折れちゃってるじゃない!」
多々良小傘のその言葉で私は気付く。
 ああ、そうか。
 メリーは亀裂を作ったのだ。お化け列車を受け止めるための亀裂を。
 その亀裂は、開いた傘が通り抜けられるほどの大きさではなかった。そもそもメリーにそんな大きな亀裂は作れない。
 だが、それが逆に功を奏したのかもしれない。
 亀裂に突っ込んだ唐傘お化けはそこで引っかかり、そこへ後続の唐傘お化けが突っ込む。行き場のない運動エネルギーはつっかえている傘の骨を、あるいは中棒をへし折ってまで亀裂の小さな穴へと雪崩れ込んでいく。
 そうして出来上がったのが、歪に組みあがった傘の団子、あるいは生け花。メリーはたった一人で、お化け列車を受け止めてしまったようだ。
「蓮子……」
 息が荒く、か細いが、それでも彼女の声は私の耳まで届いた。
「大丈夫なのメリー!」
「……私の役目は、貴方の露払い、そして道の形成。……私は私の役目を果たしただけ。貴方は、前を見なさい。蓮子が見るべき場所は、こちらではないわ」
「…………そうね」
 私は、再び多々良小傘を見る。そこには、怒りに震える彼女の姿があった。
「これで、一対一よ。……決着をつけましょう」
「よくもあの子たちを……許さないわ! 傘たちの恨みと痛み、思い知れ!」

 ——虹符「オーバー・ザ・レインボー」

 スペルカードと詠唱と共に、多々良小傘が傘を振るう。それに伴い、どこからか虹の帯が現れ、こちらへと迫ってくる。
 ここから先は、正真正銘、私と多々良小傘の一騎打ちだ。最初のスペルカードの時のように、亀裂で弾幕を防ぐことはもう出来ないだろう。今、唐傘お化けを抑え込んでいる亀裂を閉じれば再び唐傘お化けはメリーを襲うだろうから、彼女にはそのまま唐傘お化けを抑え込んで続けてもらわねばならない。だから、彼女にはこれ以上負担は掛けられない。足場を作ってもらう以上のことは今の彼女には出来ない。
 私は弾幕の虹を時に潜り、時に飛び超えて回避しながら、真っすぐに多々良小傘のいる空へと突き進む。不格好に避けて、時折虹に服が掠めながらも、それでも空を走る。走りながら、思う。
 ああ、なんと綺麗なことだろうか。
 月明りに照らされた、七色の虹。それが幾重にも重ね掛けられ空で波打つ、どこか幻想的な光景はとても美しい。きっと、この弾幕が彼女の望んでいる心象風景なのかもしれない。雨上がりに虹の掛かった空を、傘の持ち主と一緒に眺める。それが、彼女の望んだ世界なのだ。
 ああ、悲しむべきは私がそれを向かい打つだけの弾幕を持っていないことか。私はただの人間で、弾幕なんてせいぜいが手に持った砂利を投げるだけ。
「せいっ!」
 虹の合間を縫って、ここまで来る前に拾った砂利を投げる。ごみを固めて作った砂利を。投げられた砂利は虹に当たり、妖力の粒が弾け、虹に穴を穿つ。私にあわや当たらんと迫っていた虹は、しかし器用に私をその穴にくぐらせながら下へと落ちていく。
 本当に汚い。美しさの欠片もない、ただ相手の美しい心象風景を汚しただけの、私の弾幕。
 もし、私があっちに行けたのなら。妖々跋扈するあの世界で魔法か、呪術か、霊術かは知らないか学ぶことが出来たのなら、私にも美しい弾幕が作れるのだろうか。彼女の想いにも答えることが出来るのだろうか。
 ……まあ、そんなことは向こうに着いてから好きなだけ考えればいいか。
「とった!」
 跳躍。既に多々良小傘の前方3メートルにまで近づいた私は、大きく跳び、多々良小傘へ向けて手を伸ばす。
 多々良小傘は私の行動に面食らったように目を見開いていたが、それでも私の伸ばした手を握った。
 私には既に足場なんてなくて、多々良小傘に腕を掴まれたまま空中に宙ぶらりんの状態だ。
「なにやってるの!? この高さから落ちたら死んじゃうわよ!? 人間は弱いのよ!?」
「貴方、……やっぱり優しいのね。どれだけ自分を、傘たちを捨てた人間を恨んでいたって、その本質は道具。人の役に立ち、人と一緒に居たいって、そう思ってる。貴方のさっきの弾幕を見てたら、それが分かったわ。貴方なら、伸ばした手を掴んでくれるって、信じてた」
「……だったら、それが何よ。貴方は、私にこのまま手を放してほしいの?」
「ううん。違うわ。本当に、凄いな、優しいなって、関心してるだけ。……それでも、私は貴方を送らなければいけないから、ごめんね」
 私は、多々良小傘の手を強く掴む。
 そして、空を、星空と月が浮かぶ夜空を見る。夜空は、それを見る私の気持ち悪い目は、克明に教えてくれている。私はただそれを詠唱するよみあげるだけ。
「北緯35.631591、東経135.086996、時刻23時45分34秒413!」
 座標、それと時刻。私が唱えたその情報が、下方にいるメリーの耳を通じて、メリーと繋がっているあの女に届く。
 あの女。私にこんな目を与え、お役目を与え、メリーを与えた、あの胡散臭い女に、私の声が、居場所が伝わる。
 それと同時に、多々良小傘と私の頭上に巨大な亀裂が生まれる。メリーが作り出したものとは比較にならないほど巨大な、私たちを呑み込むのには十分すぎるほど巨大な亀裂。なんの冗談か、亀裂の両端にはリボンが据えられている。その亀裂のスキマから、大量の目が私たちを見ている。私の目も、メリーの目もその比にならないほどの気持ち悪い目。
「ちょ、ちょっと何よあれ! いやっ、来ないで!」
 多々良小傘はじたばたと空中で暴れる。見た目にそぐわぬすさまじい力をお持ちのようで、私が振り回されるが、もう遅い。
「もう逃がさないわ! さあ、聞こえているんでしょ、八雲紫! 貴方の求めた怪異は今ここにいるわ! とっととそっちに連れて帰ってちょうだい!」
 亀裂は、そのまま降下して多々良小傘と、そして私を頭から呑み込んで、そして……

 §

「何よ……」
 そうして、多々良小傘はこの世界から消えた後。
 全てが終わり、静寂に包まれた最終処分場で、私は叫ぶ。
「あの唐傘お化けたち、みんな動かなくなっちゃってるじゃない!」
 そう、多々良小傘を送り届けた後、亀裂から排出された私が次に見たのは、ベキベキに折られて地面の上でピクリとも動かなくなった、大量の唐傘お化けの死体だった。あれだけ元気に動き回っていたはずの唐傘お化けたちはみんな動かなくなってしまっていた。あの象徴的な目と舌も、まるで初めからそこには無かったかのように痕跡すらなく消えてしまっている。そこにあるのはもはやただの壊れた傘だ。
「ちょっと! あんたがベッキベキにへし折ったから動かなくなったんじゃないの!?」
「私のせいにしないで欲しいわ。これは、きっと妖力切れね」
「よ、妖力切れ?」
「きっと、小傘ちゃんがこの子たちの妖力源だったのよ。厳密には彼女自身はそこまで妖力が強いわけでもなさそうだし、もっと別の、巨大な妖力を持つ何か、あるいは誰か、なのだろうけど」
「まだここに誰か、怪異が潜んでいるっていうの?」
「大丈夫よ。もうここには妖力は残っていないわ。小傘ちゃんがいなくなったことでそれが絶たれ、唐傘お化けちゃんたちは妖怪から道具に戻ったのが何よりの証拠。とはいえこの子たちの妖力が全部消えたわけではないから、このまま放置してると他の道具よりも早く付喪神に成りかねないし、ちゃんと供養してあげないと」
「それ持って帰る気なの? ……いや、それよりあんた、先に多々良小傘を送ったら唐傘お化けたちが元に戻るって、もしかしてそれを知ってて黙ってたの?」
「私は蓮子の方針に従っただけよ。小傘ちゃんから送るという選択肢を取った蓮子のミスね」
「かー! ちくしょう!」
 疲労感と虚脱感から、私は地面にへたり込む。ここがごみの上だとかスカートがまくれ上がるとかそんなものはどうでもよかった。今はただ休ませてほしい。
「付喪神になるってことは、この傘たちを倉庫にでも置いとけばいつか唐傘お化けになるんじゃない。そしたら労せずスコアアップに……」
「馬鹿言わない。恨みを持った道具が生まれるのを喜んでいいわけがないでしょ。ほら、早く帰るわよ」
 そう言ってメリーは手を差し伸べる。
 未練がましく傘を眺めたところで妖怪化するわけでもなく、傘たちは微動だにせずそこに転がっている。
 確かに、こんなところにいつまでも居たくない。さっさと帰って、今は泥のように寝てしまいたい。
 私は彼女の手を掴んで立ち上がろうとして……彼女が手を引っ込めたことで私の手は空しく虚空を掴んだ。
「……何のつもり?」
 私は彼女を睨み付けるが、当の本人はニヤニヤと私を見ている。

「メリー、ねぇ」
 
 メリー。
 私だけが知る、私だけの彼女の呼び名。その言葉が彼女の口から出て、心臓が跳ねた。
 当然だ。私が心の中でしか使っていないのだから。私以外に知るはずがないのに。
 なぜ、それが、こいつの口から、
「メリー、ふふっ。随分とメルヘンチックで可愛らしい名前ね。なんだか自分で言ってて恥ずかしくなってくるわ。でも、好きかも。……メリー、メリー。私はメリー。……うん、悪くないわ」
「な……な……」
 なんで、どうしてそれを知ってるんだ。
 そう言おうとするが、口がいつものように動かない。顔が熱い。口からは喘ぐようにただ空気が出ていくばかり。さっき自分がその名前をさんざん叫んでいたことすら頭からすっぽ抜けていた。
「ねぇ」
 彼女が私の顔を覗き込む。どこか優し気で楽しそうな彼女の顔が急接近して、「はひ」という情けない息が私の口から漏れた。
「もう一度、メリーって呼んで欲しいな」
「な………………なんで、私が、そんなこと」
「私が聞きたいから。蓮子がつけてくれた名前を、蓮子の口から聞きたいのよ。それじゃあ理由足り得ないかしら」
「命令のつもり? そうして欲しかったら、あんたの能力で拘束でもなんでも使って私の口から吐かせればいいじゃない」
「命令じゃない。これは……お願いよ。私は、蓮子に名前を呼んで欲しいの」
 ああ、腹が立つ。
 そんな見とれてしまうような笑顔でお願いされては、私にはもう逆らうことなんて出来ないじゃないか。
「……………………メリー」
「……………………うんっ!」
 諦めて私は彼女の、メリーの名前を呼んだ。
 その時のメリーの嬉しそうな顔を、きっと私は忘れることは出来ないだろう。
 ああ、本当に腹が立つ。
 この秘封倶楽部は、私たちが怪異を捕まえる活動のカモフラージュに過ぎなくて。
 こうして私が命の危険を冒してまで怪異を追いかけているのも、私が向こう側へたどり着くための手段、作業に過ぎなくて。彼女との関係は利害関係……いや、それ以下の、ただ私が一方的に利用されているだけだというのに。彼女はあの女に作られた存在に過ぎないのに。
 それなのに。
 どれだけ自分を言い聞かせるための御託を並べたって。
「帰りましょう、メリー」
 メリーがもう一度差し伸べた手を掴んで立ちながら思う。思ってしまうのだ。

 こんな日常も悪くないと、もっとメリーとこの奇妙な日常を過ごしたいと、そう思ってしまうのが、どうしようもなく腹が立ってしまうのだ。
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コメント



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3.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
4.90名前が無い程度の能力削除
面白い解釈だと思います。バトルシーンも綺麗でカッコいい、弾幕の良さが現れているようでした
5.100クソザコナメクジ削除
まるで現代オカルトをテーマにしたRPGのワンシーンを見ているかのようでした。
弾幕がしっかりと弾幕していて、面白かったです。
6.100サク_ウマ削除
世界観情報の重さがえぐい……世界によってこいしちゃんみたいな存在と定義されちゃったメリーちゃん……可愛そうで可愛いね……
発想好きだし怪異バトルもの読んでて楽しいし大変良いと思います。連載されてそう。楽しませて頂きました。
7.100めそふらん削除
怪異バトルもの面白かったです。
斬新な発想の秘封ながらもその設定がしっかりと生きていて楽しく読めました。
メリーの力を借りて超頑張る蓮子好きです。
この話の前後が気になってしまう素晴らしい作品でした。
9.100南条削除
面白かったです
背後関係の想像を掻き立てられる素晴らしい物語でした
10.100こしょ削除
広がりがある話もかっこいい文章もよかったです
11.100終身削除
相棒というよりメリーも日常に入り込んできた異常の一部でなんだか歪な2人の関係が良いなと思いました 押し付けがましい正義とかじゃなくてお互いのエゴのための戦いという割り切って動いていると蓮子も言っているように清々しいやり取りが弾幕のぶつけ合いができない小傘との対決になんだかぴったりのように感じました
12.100保冷剤削除
いいですねえ! 秘封をしっかり噛み砕いて、ご自身のものにしていると見受けます。喧嘩ップル秘封はいいぞ。蓮子の砲撃支援要請もしっくり来てますね
13.90行きずり削除
好きです。蓮子とメリーがビジネスライクな関係性からプライベートな関係になっていく匂いが好きです。
14.100モブ削除
難しい長さのお話を、よく書かれているなあと思いました。バトルに至るバックボーンを書くって、楽しいですよね。面白かったです。
16.100そらみだれ削除
蓮子とメリーの絶妙な距離感が良かったです。
個人的に子傘ちゃんのそこはかとないママ感がツボでした。