雨が降っている。しとしとと降り続けている。
私の傘の下でパラパラと音が鳴り響いている。私は傘をくるくる回してパチャパチャと水溜まりを踏む。
雨で誰もいない里の中を走っていく。雨に打たれながら、喜ぶように。
空を見る。曇る空から落ちる雫を私は受けていく。
ああ、とても楽しいなあ。
前を見ていなかったのでドンとぶつかる。そのまま尻もちを着く。
「あいた!」
「あっ、ごめんなさい!」
ぶつかった相手を見ると落ちた傘を探す顔は……無かった。
「ギャーっ!? 顔が無い!」
「ちょっとうるさいわね!見えてるならこの顔を頭に乗せろ!」
私の足元に赤い髪の頭が転がっていて叫んでいた。言われるがままに慌てて乗せた。位置がおかしかったのか、両手で頭を掴んで回して、元の場所に戻していた。
「ふー……小傘、あんた私が人間にバレたらどうするつもりだったの……」
傘も差さずに私の肩を抱えてこんでくるのは蛮奇さんだった。
「蛮奇さんごめんなさい……私雨が降ってて嬉しくて……」
「バレてないならいいけどさ……罰として私の仕事を手伝ってくれる?」
「ひぇっ、やりますからそんな怖い顔をしないでください!」
肩を組んだまま凄みの顔で私を見ていた。怖い!
「よし、言ったね。それじゃあ着いてきなよ。手伝ってもらうから」
パシャパシャと、大きくなっている水溜まりを踏みながら私は蛮奇さんに手を引かれてどこかへと連れていかれる。
「ほら着いた。今からこの車を引いて隣の里まで行くからね」
蛮奇さんがそう言いながら開けた、埃っぽい蔵に入ると、そこには車があった。大きな麻袋が沢山乗った引車を引いて何をしようと言うのだろうか。麻袋はゆうに五袋以上ある?
「これなにが入ってるんですか?」
「さぁね。小傘に教えても忘れるから教えない」
「酷くないですか?」
確かに忘れるけど、そこまで言わなくていいのになぁ……
「ほら行くよ行くよ。今日中に運ばなきゃならないんだ。疲れたら交代するから」
「……あ、うん……わかった」
いきなり言われて呆然と立ち尽くしながら答えた。
蛮奇さんが車を引いて出始めた私は歩く速度に合わせて歩いていく。
しとしとと降りしきる雨はまだ止みそうに無かった。
ゴロゴロと音が響いている。時々ガタンと大きな音が鳴る。私が引く車がそう言っている。引くのがきつい。なにこれ重い……気がつくと息が上がっている。
「軟弱だなあ」
「蛮奇さん、より強いとは言いません、けど……重すぎるでしょこれ!」
雨に二人で濡れながら話す。なんでこんなに重いの……
「ほら次代わるよ。ありがとね」
「まぁ……」
お礼を言われてしまったら嬉しい。違う意味で使われているのでとても嬉しいと思ってしまうのは付喪神の性なのだろうか。
「はーキツい……」
「そりゃそう。だってこれ全部石だもん」
は? 石?
「えっ?」
「あっ。言っちゃった。まあいいか」
いや、まあいいかじゃないんだよ。そんなに重いものを運んでいたなんて。車はまたガタンと跳ねる。
「なんで石なんて運ぶの?」
「人間の考えることは知らないよ。建築にでもいるんじゃないの……」
何かを作るのかな。人間は、捨てるくせに忘れるくせに新しいものばかり作る。古いものには見向きもしなくなって付喪神になってしまう。そうなる前に壊して供養してくれればいいのに。どうしてしてくれないのだろうか……酷いと思う。
「……がさ、小傘! どうしたのさ」
「あっ、いや、なんでもない……」
蛮奇さんの声に気がついてハッと意識が戻る。
「そろそろ変わってちょうだい。あともう少しで里だから」
「はーい」
またガラガラと引いていくことになる。重い重い物運びはとてもキツいなあ。
よいしょと私はまた、引いて行く。隣を歩く蛮奇さんも、何も話さなくて歩きながら空を見る。相変わらず空は澱んでいる。パラパラと降る雨は止むことを知らなかった。晴れればいいな。そんなことを思った。
少し歩くとびゅうとまた風がとても強く吹いた。
「うわっ!」
「なによ! 天狗の仕業?」
突風に体を攫われそうになって二人で叫ぶ。止んだと思ったら空が明るくなっていた。誰かが風を纏って空を駆けたのだろう、雲が円状に割れていた。そこから降り注ぐ陽の光が振り続けている雨に当たっていった。
「あっ、虹!」
見えてきた里の上にとても大きな虹がかかった。澱む空に一つの祝福の光のようだった。
雨の澄み渡った空気の中、空に掛かる虹の橋を私たちは潜って行った。
「綺麗な虹だねえ。何かいい事ありそうだね」
蛮奇さんは濡れた髪の毛をかき揚げながら笑顔で笑っている。私もそれにつられて笑う。
「いい事あるような気がするならもっとテンション上げて行きましょうよ!」
「小傘は元気だねえ。仕事終わって服でも借りたらなんか一緒に食べようか。重いもの運んでもらったお駄賃さ」
「えへへ、それは嬉しいですね! よろしくお願いしますよ!」
私たちは二人で笑って空にかかる虹の橋を渡りながら里の門を潜り抜けて行った。
雨の日は鬱憤だけど、それでも少しいい事を見つけたいな。そんなことを私は後から思った。
私の傘の下でパラパラと音が鳴り響いている。私は傘をくるくる回してパチャパチャと水溜まりを踏む。
雨で誰もいない里の中を走っていく。雨に打たれながら、喜ぶように。
空を見る。曇る空から落ちる雫を私は受けていく。
ああ、とても楽しいなあ。
前を見ていなかったのでドンとぶつかる。そのまま尻もちを着く。
「あいた!」
「あっ、ごめんなさい!」
ぶつかった相手を見ると落ちた傘を探す顔は……無かった。
「ギャーっ!? 顔が無い!」
「ちょっとうるさいわね!見えてるならこの顔を頭に乗せろ!」
私の足元に赤い髪の頭が転がっていて叫んでいた。言われるがままに慌てて乗せた。位置がおかしかったのか、両手で頭を掴んで回して、元の場所に戻していた。
「ふー……小傘、あんた私が人間にバレたらどうするつもりだったの……」
傘も差さずに私の肩を抱えてこんでくるのは蛮奇さんだった。
「蛮奇さんごめんなさい……私雨が降ってて嬉しくて……」
「バレてないならいいけどさ……罰として私の仕事を手伝ってくれる?」
「ひぇっ、やりますからそんな怖い顔をしないでください!」
肩を組んだまま凄みの顔で私を見ていた。怖い!
「よし、言ったね。それじゃあ着いてきなよ。手伝ってもらうから」
パシャパシャと、大きくなっている水溜まりを踏みながら私は蛮奇さんに手を引かれてどこかへと連れていかれる。
「ほら着いた。今からこの車を引いて隣の里まで行くからね」
蛮奇さんがそう言いながら開けた、埃っぽい蔵に入ると、そこには車があった。大きな麻袋が沢山乗った引車を引いて何をしようと言うのだろうか。麻袋はゆうに五袋以上ある?
「これなにが入ってるんですか?」
「さぁね。小傘に教えても忘れるから教えない」
「酷くないですか?」
確かに忘れるけど、そこまで言わなくていいのになぁ……
「ほら行くよ行くよ。今日中に運ばなきゃならないんだ。疲れたら交代するから」
「……あ、うん……わかった」
いきなり言われて呆然と立ち尽くしながら答えた。
蛮奇さんが車を引いて出始めた私は歩く速度に合わせて歩いていく。
しとしとと降りしきる雨はまだ止みそうに無かった。
ゴロゴロと音が響いている。時々ガタンと大きな音が鳴る。私が引く車がそう言っている。引くのがきつい。なにこれ重い……気がつくと息が上がっている。
「軟弱だなあ」
「蛮奇さん、より強いとは言いません、けど……重すぎるでしょこれ!」
雨に二人で濡れながら話す。なんでこんなに重いの……
「ほら次代わるよ。ありがとね」
「まぁ……」
お礼を言われてしまったら嬉しい。違う意味で使われているのでとても嬉しいと思ってしまうのは付喪神の性なのだろうか。
「はーキツい……」
「そりゃそう。だってこれ全部石だもん」
は? 石?
「えっ?」
「あっ。言っちゃった。まあいいか」
いや、まあいいかじゃないんだよ。そんなに重いものを運んでいたなんて。車はまたガタンと跳ねる。
「なんで石なんて運ぶの?」
「人間の考えることは知らないよ。建築にでもいるんじゃないの……」
何かを作るのかな。人間は、捨てるくせに忘れるくせに新しいものばかり作る。古いものには見向きもしなくなって付喪神になってしまう。そうなる前に壊して供養してくれればいいのに。どうしてしてくれないのだろうか……酷いと思う。
「……がさ、小傘! どうしたのさ」
「あっ、いや、なんでもない……」
蛮奇さんの声に気がついてハッと意識が戻る。
「そろそろ変わってちょうだい。あともう少しで里だから」
「はーい」
またガラガラと引いていくことになる。重い重い物運びはとてもキツいなあ。
よいしょと私はまた、引いて行く。隣を歩く蛮奇さんも、何も話さなくて歩きながら空を見る。相変わらず空は澱んでいる。パラパラと降る雨は止むことを知らなかった。晴れればいいな。そんなことを思った。
少し歩くとびゅうとまた風がとても強く吹いた。
「うわっ!」
「なによ! 天狗の仕業?」
突風に体を攫われそうになって二人で叫ぶ。止んだと思ったら空が明るくなっていた。誰かが風を纏って空を駆けたのだろう、雲が円状に割れていた。そこから降り注ぐ陽の光が振り続けている雨に当たっていった。
「あっ、虹!」
見えてきた里の上にとても大きな虹がかかった。澱む空に一つの祝福の光のようだった。
雨の澄み渡った空気の中、空に掛かる虹の橋を私たちは潜って行った。
「綺麗な虹だねえ。何かいい事ありそうだね」
蛮奇さんは濡れた髪の毛をかき揚げながら笑顔で笑っている。私もそれにつられて笑う。
「いい事あるような気がするならもっとテンション上げて行きましょうよ!」
「小傘は元気だねえ。仕事終わって服でも借りたらなんか一緒に食べようか。重いもの運んでもらったお駄賃さ」
「えへへ、それは嬉しいですね! よろしくお願いしますよ!」
私たちは二人で笑って空にかかる虹の橋を渡りながら里の門を潜り抜けて行った。
雨の日は鬱憤だけど、それでも少しいい事を見つけたいな。そんなことを私は後から思った。
小傘の「蛮奇さん」呼びが新鮮でよかったです
雨の日の何気ない日常の描写が良かったです
ただただかわいい
やはり小傘さんは無邪気で可愛いですね。面白かったです。