睨めっこしましょ、照れたら負けよ。あっぷっぷ。
お昼過ぎ、ちょっとした作業の隙間に将棋を差し合う親友は呑気な面でふにゃりと笑う。そんな彼女に私は連日の敗北を喫しており、頬が熱くなるのを感じながら目を逸らす。彼女は私のことをいつも不機嫌そうだと云う。私は決まって、実験が上手くいっていないんだ。と誤魔化す。
別に勝ち負けとかないんだろうけど、なんとなしに負けた気になる。そんな毎日、どうにかこの顔を羞恥に歪めることは出来ないかと模索する日々。対するは白狼天狗、悩み恨めしは河童の苦悩なり。彼女を照れさせるには、どうすれば良いだろうか。用意した茶を上品に啜る彼女のことをじいっと見つめながら思案する。ふわりふわりと左右に揺れる尻尾、真っ白な毛並みは新雪のように美しいのに、手に触れると、ふんわりと柔らかい毛が指先を温かく包み込むのに何時も驚かされる。
手入れはしているの? と問い掛けると、特別なことはしてないよ。と返される。その言葉を聞く度に私は、こいつ嘘を吐いているんだな。って思った。彼女にとっては普通のことでも、私にとっては普通じゃない。そんなことも分からないから、いつも君は鈍感だと笑われているんだ。
不貞腐れる想いは溜息と共に吐き出して、パチンと駒を差す。
その時、ほんの少しだけ目を見開かせる貴女の顔を見て、私は御満悦に笑みを深める。貴女の澄ました顔を歪めたくて、私は将棋を指しているようなものだ。そんなことだから私は奇策や嵌め手、急戦ばかりが上手くなる。
私の親友は意外と職場で人気がある。抜けたような面をしている癖によく同僚から食事に誘われているし、里の中で待ち合わせをした時には異性から遊びに誘われていることもしばしばある。尤も親友は愛想笑いを浮かべるばかりで、のらりくらりと相手を受け流すばかりで相手にせず、私の姿を見つけると丁寧に断りを入れてから私に歩み寄ってくる。モテるね。って云うと、困ったものです。と彼女は苦笑する。どうして私なんでしょう? と本当に困ったように云うものだから、流されそうな雰囲気あるもの。って答えてやった。むうっとしかめっ面を見せる親友を横目に見て、私は満足げに笑みを浮かべる。
今日もまた彼女の顔を歪めることができた、と。
「あ、今の顔、可愛かったですね」
親友、不意打ちはいけないと私は思うんだ。
彼女は自称、家事のできない女。でも部屋はいつも綺麗に整えられているし、料理も普段からしないだけでやろうと思えばできる。彼女の誕生日に洗濯機なるものをプレゼントしてからは自分の手で衣服を洗うこともしなくなったが、それ以前は週に一度、川で自分の衣服を洗濯していたのを私は知っている。
将棋を差す時、たまに酒を持っていくことがあった。すると彼女は手慣れた包丁捌きで簡単なつまみを作ってくれる。それを口にしながらゆったりと将棋を差す。頬を朱に染めた彼女の顔をじいっと見つめる、その熱の籠もった吐息を眺める。少し眠たそうにとろんと下がる目元を見つめて、不本意ながら美人さんだなって思った。他の奴らが放っておかない訳である。尤も彼女は自分がモテるのも無自覚のまま、袖に振り続けるのだけど。良く言えば、マイペース。悪く言えば、朴念仁。他人の好意にこびり付いた下心に、彼女はあんまりにも無関心過ぎた。
その日は酒がよく進んだ。何時もより、酒を飲むペースの早い親友はうつらうつらと舟を漕ぎ始める。体が熱いのか、胸元を少しはだけさせており、真っ赤な舌を口からはみ出させる。酒が進んだ時の彼女は、少々目に毒だ。覚束ない指先で駒を差す、こんな状況でも終盤に入れば、手を間違えることがないから驚きである。本当に酔っているのか? と思って、じいっと彼女の顔色を窺う。そんな私の視線に気付いた親友は、にへらとだらしなく笑い返してみせた。
そんな彼女の美人とは程遠い笑顔に、私はトクンと胸を高鳴らせて、また顔を背ける。
「んもう、可愛いなあ〜」
彼女が駒を摘む気配がした。しかし私は彼女の方を見ることができず、熱くなった頭を冷やすために水を口に付ける。
パチンと小気味よい音が鳴った。かと思えば、ぐしゃりと親友が前のめりに倒れた。何事かと思って、親友を仰向けに転がすと彼女は真剣な顔で私の顔を見つめながら「今日はお酒が美味しいです」とふにゃりと幸せそうに笑ってみせる。なんだこいつ、そんなことを思いながら彼女の体を引き離そうとしたが、ああ駄目です。と親友は私のお腹に顔を埋めるように抱きついてきた。それでまあ、なんだかよく分からない内に親友に対して、膝枕をすることになっていた。別に力でひっぺ剥がすこともできたけど、ふるふると力なく左右に揺れる真っ白な尻尾を見て、なんだかもうどうでも良くなったのが敗因だ。
散らばった将棋の駒に溜息ひとつ。こうも引っ付かれては片付けることもできず、何もすることがないから親友の雪のように白い髪を撫でながら酒を呷る。彼女はごろごろ喉を鳴らしており、犬の癖に猫のようになっていた。こんな親友のだらしないところを見れば、彼女の狙う異性達の千年の恋も冷めるに違いない。
きっと私だけが彼女のこんな情けない姿を知っている。
指先で彼女の前髪を掻き分ける。憎たらしいほど幸せそうな顔で目を閉じる彼女の顔を見つめながら飲む酒はよく進んだ。
「ああ、そういえば、洗剤変えましたよね? ちょっと高いの、私と会う時だけ使う洗剤変えてるの、知ってますよ?」
そんなことを唐突に、誇らしげに語る親友の顔がとてもうざかったので膝上から放り投げた。
お前は鼻が効くから安いのを使うのが嫌なんだよ! と顔が熱くなるのを感じながら力一杯に叫んだ。
ぞんざいに扱われても嬉しそうに笑う親友の姿が本当に気に入らない。
お昼過ぎ、ちょっとした作業の隙間に将棋を差し合う親友は呑気な面でふにゃりと笑う。そんな彼女に私は連日の敗北を喫しており、頬が熱くなるのを感じながら目を逸らす。彼女は私のことをいつも不機嫌そうだと云う。私は決まって、実験が上手くいっていないんだ。と誤魔化す。
別に勝ち負けとかないんだろうけど、なんとなしに負けた気になる。そんな毎日、どうにかこの顔を羞恥に歪めることは出来ないかと模索する日々。対するは白狼天狗、悩み恨めしは河童の苦悩なり。彼女を照れさせるには、どうすれば良いだろうか。用意した茶を上品に啜る彼女のことをじいっと見つめながら思案する。ふわりふわりと左右に揺れる尻尾、真っ白な毛並みは新雪のように美しいのに、手に触れると、ふんわりと柔らかい毛が指先を温かく包み込むのに何時も驚かされる。
手入れはしているの? と問い掛けると、特別なことはしてないよ。と返される。その言葉を聞く度に私は、こいつ嘘を吐いているんだな。って思った。彼女にとっては普通のことでも、私にとっては普通じゃない。そんなことも分からないから、いつも君は鈍感だと笑われているんだ。
不貞腐れる想いは溜息と共に吐き出して、パチンと駒を差す。
その時、ほんの少しだけ目を見開かせる貴女の顔を見て、私は御満悦に笑みを深める。貴女の澄ました顔を歪めたくて、私は将棋を指しているようなものだ。そんなことだから私は奇策や嵌め手、急戦ばかりが上手くなる。
私の親友は意外と職場で人気がある。抜けたような面をしている癖によく同僚から食事に誘われているし、里の中で待ち合わせをした時には異性から遊びに誘われていることもしばしばある。尤も親友は愛想笑いを浮かべるばかりで、のらりくらりと相手を受け流すばかりで相手にせず、私の姿を見つけると丁寧に断りを入れてから私に歩み寄ってくる。モテるね。って云うと、困ったものです。と彼女は苦笑する。どうして私なんでしょう? と本当に困ったように云うものだから、流されそうな雰囲気あるもの。って答えてやった。むうっとしかめっ面を見せる親友を横目に見て、私は満足げに笑みを浮かべる。
今日もまた彼女の顔を歪めることができた、と。
「あ、今の顔、可愛かったですね」
親友、不意打ちはいけないと私は思うんだ。
彼女は自称、家事のできない女。でも部屋はいつも綺麗に整えられているし、料理も普段からしないだけでやろうと思えばできる。彼女の誕生日に洗濯機なるものをプレゼントしてからは自分の手で衣服を洗うこともしなくなったが、それ以前は週に一度、川で自分の衣服を洗濯していたのを私は知っている。
将棋を差す時、たまに酒を持っていくことがあった。すると彼女は手慣れた包丁捌きで簡単なつまみを作ってくれる。それを口にしながらゆったりと将棋を差す。頬を朱に染めた彼女の顔をじいっと見つめる、その熱の籠もった吐息を眺める。少し眠たそうにとろんと下がる目元を見つめて、不本意ながら美人さんだなって思った。他の奴らが放っておかない訳である。尤も彼女は自分がモテるのも無自覚のまま、袖に振り続けるのだけど。良く言えば、マイペース。悪く言えば、朴念仁。他人の好意にこびり付いた下心に、彼女はあんまりにも無関心過ぎた。
その日は酒がよく進んだ。何時もより、酒を飲むペースの早い親友はうつらうつらと舟を漕ぎ始める。体が熱いのか、胸元を少しはだけさせており、真っ赤な舌を口からはみ出させる。酒が進んだ時の彼女は、少々目に毒だ。覚束ない指先で駒を差す、こんな状況でも終盤に入れば、手を間違えることがないから驚きである。本当に酔っているのか? と思って、じいっと彼女の顔色を窺う。そんな私の視線に気付いた親友は、にへらとだらしなく笑い返してみせた。
そんな彼女の美人とは程遠い笑顔に、私はトクンと胸を高鳴らせて、また顔を背ける。
「んもう、可愛いなあ〜」
彼女が駒を摘む気配がした。しかし私は彼女の方を見ることができず、熱くなった頭を冷やすために水を口に付ける。
パチンと小気味よい音が鳴った。かと思えば、ぐしゃりと親友が前のめりに倒れた。何事かと思って、親友を仰向けに転がすと彼女は真剣な顔で私の顔を見つめながら「今日はお酒が美味しいです」とふにゃりと幸せそうに笑ってみせる。なんだこいつ、そんなことを思いながら彼女の体を引き離そうとしたが、ああ駄目です。と親友は私のお腹に顔を埋めるように抱きついてきた。それでまあ、なんだかよく分からない内に親友に対して、膝枕をすることになっていた。別に力でひっぺ剥がすこともできたけど、ふるふると力なく左右に揺れる真っ白な尻尾を見て、なんだかもうどうでも良くなったのが敗因だ。
散らばった将棋の駒に溜息ひとつ。こうも引っ付かれては片付けることもできず、何もすることがないから親友の雪のように白い髪を撫でながら酒を呷る。彼女はごろごろ喉を鳴らしており、犬の癖に猫のようになっていた。こんな親友のだらしないところを見れば、彼女の狙う異性達の千年の恋も冷めるに違いない。
きっと私だけが彼女のこんな情けない姿を知っている。
指先で彼女の前髪を掻き分ける。憎たらしいほど幸せそうな顔で目を閉じる彼女の顔を見つめながら飲む酒はよく進んだ。
「ああ、そういえば、洗剤変えましたよね? ちょっと高いの、私と会う時だけ使う洗剤変えてるの、知ってますよ?」
そんなことを唐突に、誇らしげに語る親友の顔がとてもうざかったので膝上から放り投げた。
お前は鼻が効くから安いのを使うのが嫌なんだよ! と顔が熱くなるのを感じながら力一杯に叫んだ。
ぞんざいに扱われても嬉しそうに笑う親友の姿が本当に気に入らない。
だらけてる椛って二次創作では新鮮ですが、にとりにしか見せない表情とかだったらとても尊くてよい……。
にともみがいいコンビでした
もう付き合っちゃえよ
リアルな生活感から二人の距離の近さが感じられ、互いだけが知っている表情を見せあう二人がほんとうに良かったです