Coolier - 新生・東方創想話

最愛の人はドッペルゲンガー

2020/06/19 21:12:20
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「ねぇ、メリー。こんな噂を聞いたんだけどさ」
 大学構内のカフェテラスで今時珍しい文庫本片手に優雅に紅茶を飲んでいるメリーを見つけた私は、はやる気持ちそのままに足早に彼女の席に近付いて、いつものその言葉を口にした。
「もう、蓮子ってば、やっと到着したと思ったらいきなりそれ? 折角の紅茶なのだから、もう少しゆっくりと楽しませてほしいものね」
 皮肉交じりの言葉を返すメリー。しかし彼女の顔には不満の色は一切なく、むしろどこか得意げな笑顔を浮かべていた。
 私はそんな顔を見ながら、くすりと笑って「あら、ごめんなさいね」と口だけの謝罪を述べる。手に持っていた文庫本に栞を挟むメリーを横目に、ダンスのタップを踏むようにメリーの向かいの席を引いてそこに座る。そんな私の振舞いが面白かったのか、メリーがくすりと笑う。
「ずいぶんとご機嫌ね、蓮子。こんな息の詰まるような科学世紀の京都で、そんなに何が楽しいのかしら」
「それはもちろん、息をすることすら難しい科学世紀のこの砂嵐の中でも真っすぐに咲く可憐な一輪の花を見れば、誰だって笑顔の一つくらい零れるものよ」
「まあ、お上手」
 テーブルに備え付けられた端末を手に取って、いつものコーヒーを注文……しようとしたところで手を止めてメリーを見る。ティーカップ片手に口元を手で隠しながら笑うメリーの姿は、深窓の令嬢を彷彿とさせ、ここが大学構内であることを忘れてしまいそうになる。いや、私はここが大学であることを忘れたいのだ。忘れて、どこか丘の上にでもひっそりと建っているであろうメリーのお屋敷で彼女とアフタヌーンティーを楽しみたいんだろうな私はと、どこか客観的で、でも心からそう思った。
 だから私も今日は紅茶を注文することにした。彼女と同じ、紅茶とケーキのセットを。
「それで、一輪の花の咲くオアシスにたどり着いた蓮子は、どんな土産話を聞かせてくれるのかしら」
「よくぞ聞いてくれました。それではこの宇佐見蓮子、僭越ながら世にも奇妙な怪異のお話を語らせて頂きましょう」
 仰々しいセリフに、オーバーな身振り手振りを披露しながらどこかで聞いた噂を話す。
 ああ、何て優雅なのかしら。
 これが私たち秘封倶楽部。
 この世界にあってこの世のものではないもの、即ち怪異を探して暴く、二人だけのサークル。二人だけの秘密のサークル。
 今日も私たちは、カフェテラスの一角で優雅に、この世の不思議についての談義に花を咲かせるのだ。
 ……………………
 ………………
 …………
 ……

 §

 だったら良かったなって、そう思いました。まる。
「蓮子……貴方ねぇ……」
 眼前には我が愛しの相棒のメリー。いつもは温和な笑顔を見せて……欲しいなって私は思っているが、今日は『いかにも不機嫌です』と言わんばかりのむすっとした表情を浮かべている。
『ねぇ、メリー。こんな噂を聞いたんだけどさ』
 数分前、そんな言葉と共にカフェテラスへ疾走してきた私を出迎えたのは、『……んっ』という声とも息ともつかぬ音と、あごで向かいの席をしゃくりながら着席を促すメリーだった。勢いで話題を振って誤魔化す作戦は見事あっけなく失敗に終わったらしい。
 促されるままにすごすごと席に着席する私。それを最後まで見届けたメリーは、ようやく口を開いてくれた。
「遅刻、ね」
「実はね、こんな噂を聞いたの。信憑性はかなり高いわよ!」
「三十分の遅刻、ね」
「いや、あの……メリー、さん?」
「三十分と三分二十秒の遅刻なんですけど」
 取り付く島もないというのはまさにこのことか。ふくれっ面なメリーもそれはそれで可愛いが、このままでは話が進まないので、ごまかす作戦から謝って機嫌を直してもらう作戦にシフトすることにする。
「それで、何か言う事は?」
「ごめんなさい」
 優雅さの欠片もない、いっそ惨めな気さえしてくる謝罪。……いや、謝罪とは本来そういうものかもしれないが。
「はぁ。……まぁ、蓮子が遅刻するのはいつものことだし、もう気にしてないわ。それより、さっき何を言いかけたのよ。噂がどうとか……」
「さすがメリー、話が分かる!」
「そこ、別に遅刻をお咎めなしにしたわけじゃないからね」
 しっかり釘を刺すのを忘れないメリー。
「分かってる分かってる。それでね、これは最近巷で広がっている噂なんだけどね」
「本当に分かっているのかしら……」
「現れるのよ、ドッペルゲンガーが」
 メリーの不満の声を、無理矢理言い来るめるように話を展開する私。けれど、私の言葉に不機嫌そうなメリーの眉がぴくりと反応したのを見逃さなかった。メリーだって私と同じ穴の狢。どれだけすましたって、こういうのが好きだって私が一番知ってるんだから。
 しかし、その後にメリーの口から発せられたのは、情報を仕入れてきた私を讃える声ではなく、大きなため息だった。
「ドッペルゲンガーだなんて、そんなの今日日珍しくもないじゃない」
 ドッペルゲンガー。
 私たちのような怪異を追う人間にとって、これほどありきたりで馴染みのある怪異もそうはないだろう。街中で自分と同じ姿を見かける、いないはずの自分を見たという人間がいる。こんな噂、珍しくもなんともない。
 それが実体験であれ、何でもない与太話であれ、誰かを陥れるための創作話であれ、単なる見間違いであれ、ドッペルゲンガーの噂なんてものは簡単に生まれる。特別な背景凝った設定事件の顛末面白い筋書きもいらない、ただ誰かのそっくりさんを見かけたと言ってまわるだけでドッペルゲンガーの怪異うわさは成立してしまうのだから。自分じゃない自分がいるかもしれない。誰かが後ろにいるんじゃないか。そんな心のスキマに入り込んでくるのだから。
 だから、メリーが訝し気なのも分かる。京都の街ではドッペルゲンガーが蔓延っていて珍しいものでも何でもない……なんてことはなく、ドッペルゲンガーの噂話なんて、それこそ腐るほどあるという、それだけだ。かく言う私たちだって、かつてそんなガセネタに本気になってドッペルゲンガー求めて街中を走り回ったのだから。
 もちろん、ただのドッペルゲンガーの噂程度ならこうして自慢げに話したりしない。それなりの信憑性と、そして何より面白さがあったからこそ、こうしてメリーに話しているのだ。
「ちっちっちっ。それがただのドッペルゲンガーじゃないの。そいつはちょっとセオリーとは違うタイプでね……人呼んで『最愛の人はドッペルゲンガー』!」
「……うわっ」
 ……うん、正直、引きたくなる気持ちは分かる。私だってこのネーミングセンスはどうかと思う。こんな昔流行ったらしい青年向け小説のタイトルみたいな小っ恥ずかしい名前を付けた奴を私はぶん殴りたい。
「それで、最愛のってどういうことよ。自分のドッペルゲンガーとうっかり出会って恋しちゃうのかしら」
「そんな、新手のナルシストみたいな話じゃなくて……噂だと、そのドッペルゲンガーは若いカップルばかりを狙っていて、そのカップルの一方の女性に成りすますの。で、そのままカップルのもう一人とこれまで通り、入れ替わったことにも相手に気取らせず当たり前のように恋人として過ごす」
「……それだけ?」
「そして最後には二人ともいなくなる」
「何その取ってつけたようなオチ」
 作り話じゃないんだから……とも一概には言えないが、それでも都市伝説にオチを求められても困る。
「でも、実際にここ最近、若いカップルの失踪がぽつぽつと相次いでいるのよねぇ。このタイミングでその噂。絶対に何か関連があると思うのよ」
「なんでも怪異的なものに真っ先に結び付けるのは良くないと思うわ。蓮子も物理学の徒だというのなら、もっと現実的な説を先に考えるべきよ」
「例えば?」
 私が尋ねると、メリーは空中に円を描くように指を廻しながら考える。たっぷり数十秒ほど「ん~」と唸ってから、
「そうね……空前の駆け落ちブームとか」
「いくら今のこの世界が閉塞感で満たされているといっても、京都ほど整備されて生きやすい街もそうないと思うけどなぁ」
「じゃあ、空前の心中ブームかしら? 生き辛い世の中だもの、二人で新天地を目指したのよきっと」
「……そんなのがブームになる世界で生きていくくらいなら、いっそ私も心中したいよ……。その時は、メリーも一緒に心中してくれる?」
「嫌よ面倒くさい。蓮子一人で死になさい。私は蓮子の分まで死ぬまで生きてあげるから」
 私の一世一代の愛の告白はズバッと切り捨てられてしまった。あー死にたい。
「心中がダメなら……空前の浮気ブーム、そして『貴方を殺して私も死ぬ!』ブームとか?」
「結局心中じゃない!」
 なぜそこまでして誰かを死なせようとするのか。バッドエンドに向かおうとするのか。確かに都市伝説なんてもの自体そんなものかもしれないし、そんなゴシップみたいな噂の方が世間様は好きそうではあるが。
「あら失礼ね。これでも結構な説だと思うわ」
「やけに自信満々ね。そこまで言うならメリーの説を聞かせてもらおうじゃない」
「例えば、ある人……ここでは彼女とするけど、その彼女の友人が『昨日デートしている貴方を見た』と彼女に話しかける。身に覚えのなくて困惑する彼女に、その友人はさらに『確かにあれは貴方の恋人だったはず』と言う。その後もそんな目撃情報が相次ぐの」
「……ふむ」
「わけが分からなくなった彼女は、とうとう自分の恋人にその日何をしていたか聞くの。そしたら彼女の恋人、実は浮気してたことが分かって、後は恋人、浮気相手、コンクリートと三人仲良く海水浴ね」
「……」
 この子発想が一々怖い! 怖いわ! ……でもちょっとありそうかなとは思っちゃった。
「殺す側が生きてるなら心中じゃないでしょ……。それに、浮気されたからっていくら何でも浮気相手を殺すなんて、そんなことが立て続けに起こるなんて流石に……」
「あら、私ならきっとそうするけどね」
 メリーの言葉に、私はピタリと止まった。
 つぅ、と汗が首筋を垂れる。
 メリーは笑顔だ。裏表を感じさせない笑顔。屈託のない、可愛らしい笑顔。
 それなのに、何故私は恐怖を感じてしまったのだろう。
「あ、あはは、メリーってば冗談がうま……」
「私って、自慢じゃないけどこれでも怒ると結構怖いのよ? 浮気とか、裏切るのとか絶対に許せないタイプだし…………蓮子も、気を付けてね」
「ハイ」
 メリーだけは敵に回さないって、そう心に誓おうと誓いました。別にメリーとは正式なパートナー、恋人ってわけじゃないはずだけど
 戦々恐々の私を見ると、ぷっとメリーが吹き出した。いたずらに成功したとでも言わんばかりに無邪気な笑みを浮かべているメリーを見て、釣られて私も笑ってしまった。
 もしかしたら、私が遅れてきたことに鬱憤溜まってて、あんな事を言ったのだろうか。
 だとしたら、これくらいで留飲を下げてくれたのなら安いものだ。
「それで、どうやってその噂の真偽を確かめるの? 誰か蓮子の知り合いでパートナーに浮気されている女の子でも見つけたの?」
「いや、そんな都合のいい知り合いはいないけどさ。というか浮気が原因って決まったわけじゃないし……」
 咳払いを一つ。
「いい? 赤の他人のドッペルゲンガーを見たところで、それが本人かドッペルゲンガーか分からないじゃない。ドッペルゲンガーというのは、もう一人の自分、影の自分に対する恐怖の具現化。自分か、それこそ自分と同じくらい大事な人のドッペルゲンガーでもないと見つけたって意味が無いと思うのよ」
「その理屈はさっぱり分からないけど、じゃあどうするのよ」
「簡単よ。私たちのドッペルゲンガーを見つければいいのよ。それも探すんじゃなくて、あっちから出てきてもらえばいい」
 私は席を立ち、メリーに手を差し伸べる。
 突然の私の行動にキョトンとするメリーに、私は告げる。

「メリー。デートしましょ。ドッペルゲンガーも嫉妬するような、楽しいデートをね」

 §

 その夜。
 私は街を走っていた。それはもう、全身全霊の全力疾走。街行く人々が珍妙なものを見るかのような視線を浴びせてくるくらいの本気ダッシュだ。
「……このままじゃ、ち、遅刻じゃないの!」
 息も絶え絶えの状態なのに、頭の中をリフレインし続けていたワードが行き場を求めて口から飛び出す。
 そう、遅刻。
 既に時計の針は待ち合わせ予定時間を大幅の通り越していた。それなのにメリーのいる場所ははるか先。弁解する余地もないほどの大遅刻だ。
 一応言っておくと、遅刻した理由はデートまでの隙間時間で片付けようとしたレポートに思いのほか集中してしまい、気付けば外出予定時刻を大きく通り越していただけだ。断じて寝坊したわけではないと弁明しておく。
 しばらく走り続けて、ようやく京都駅に到着。そのまま駅構内を歩き、時計台の前に立っている少女を見つけた。時計台に寄りかかり、今時めずらしい紙の文庫本を読んでいる金髪の少女。間違いない、メリーだ。灯りを反射してどこか光り輝いているようにも見えるその金髪は、遠くからでもよく目立つ。
 そして、メリーがそこにいると言う事は、私の遅刻によってメリーがまたしても待ちぼうけを食らってしまったわけで……。既に待ち合わせの18時を大きく越えてしまった。こんなことなら『デートするならまずは待ち合わせからよね』なんていって別れないでカフェテラスからそのままデートに行けばよかった。
 とはいえ、このまま出ていかないわけにもいかないわけで。怒られるのを覚悟で、全力疾走で乱れた息のままにメリーに声を掛ける。
「……メリー……お待たせ。それと……遅れた」
 メリーは手に持っている文庫本を閉じ、口を開いた。
「ううん、私も今来たところ」
 メリーの言葉に、ひくっと喉が鳴った。さっきまで荒かった私の息が、ピタリと忘れられたかのように止まった。その言葉を、とっさに脳が処理することが出来なかった。 
 ワ タ シ モ イ マ キ タ ト コ ロ ?
「そ、そう……なんだ」
「うん」
 メリーは私の遅刻に怒っているどころか、私の顔を見られたことに心底嬉しそうという、そんな顔をしていた。
 その顔を見て、私の口からほっと息が漏れる。
 そっかー偶然ねメリーも今来たところなんだーじゃあ私の遅刻はノーカンねラッキーあははー。
「そんな訳ないでしょ!!」
「ちょ、ちょっと蓮子、どうしたの?」
 メリーが遅刻? 百歩譲ってそれは良いとしよう。メリーだって人間だし、別にメリーの遅刻もこれが初めてじゃないし……私の遅刻回数で割ったら0の近似値だろうけど。
 でも、でもね? 貴方、『私も遅刻しちゃったからおあいこね』なんてそんなこと言うキャラだっけ? 私の知ってるメリーはもっとこう、『私が遅刻したことは反省してるし、悪いとも思ってる。でも、私が遅刻したことと蓮子が遅刻したことに因果関係はないわ。貴方、ついさっきカフェテラスで私が言ったことをもう忘れたのかしら。信じられないわ』とかキッツイ正論ぶつけてきそうなのに!
 それとも、本当は遅刻してないけどこれがデートだからそんなベタなセリフ言ったの? それこそあり得ない! なんでそう思ったのは自分でもよく分からないけど、そんなのメリーじゃない!
「なに考えてるのか知らないけど、早く行きましょ」
 私の混乱を知ってか知らずか、メリーが声を掛けてくる。
「行くって……どこへ?」
「どこって、そんなの決まってるじゃない」
 手を私に差し伸べて、笑みを浮かべながら当たり前のことのようにメリーは言った。

「これはデートなんでしょ。蓮子が誘ったんだから、ちゃんとエスコートしてよね」

 §

 デートといっても特に具体的なプランを考えていたわけでもなく、メリーが行きたい場所に行こうかくらいに考えていた私は、とりあえず落ち着ける場所、適当な喫茶店にでも行くことにした。
 駅でメリーに差し伸べられた手。これがデートというならその手を握るべきだったのだろうが、何となくその手を掴みそびれてしまった私はそのまま駅を出てメリーと横並びで歩道を歩いている。
 ちらりとメリーの顔を見れば、少し俯き加減ながら嬉しそうな笑顔を浮かべており、デートが本当に楽しそうだ。ただ歩いているだけだというのに。
「ねぇ、メリーはどこかに行きたいとこはない?」
「私は蓮子と一緒とならどこでも歓迎だけど……そうね、素敵な景色とか、見てみたいかも」
 当たり前のようにこっちが恥ずかしくなるようなセリフを不意打ち気味に言われて、私は「……そう」といって顔を逸らすことしか出来なかった。顔が赤くなるのが自分でも分かる。
 思えば、大学でメリーと出会ってから決して短くない時間を、メリーと一緒に過ごした。墓暴きをしたりカウンセリングに付き合ったり摩訶不思議な体験を元に同人誌を作ったり、本当に色んなことをしてきた。
 けど、それはどれも秘封倶楽部としての活動の一環であって、こうして普通の女子大生みたいなことを、ただただ、今という時間をパートナーと楽しむということをしたのはこれが初めてかもしれない。いや、これもドッペルゲンガーを見つけるため、つまり秘封倶楽部としての活動の一環には違いないのだけれど。
「……ん? どうしたの蓮子? ちゃんと前を見て歩かないと危ないわよ」
 私の視線が気になったのか、メリーがそんな心配をしてくれている。
「いや、何でもないわ」
 こうして、メリーと一緒に歩いているだけで楽しいと思ったのはいつぶりだろうか。
 怪異を追いかけるでもなく、カフェテラスで知的な談義に花を咲かせるのでもなく、ただ歩いているだけ、一緒にいるだけで楽しいと、そう思った。知的好奇心のままに未知に心を躍らせるのとは違う、ただただこの時間を永遠に流離いたいという、ともすれば宇佐見蓮子という人間らしくないかもしれない感情。
 もし、このデートが、この私らしくない感情が私にとっての未知だというのなら。
 私はそれを全力で解き明かさなければならない。
 そうだ。だから全力で楽しもう、この時間を。今という時間の秘密を暴くため、それが宇佐見蓮子なのだから。

 §

 そこからは、ただただメリーとのデートを楽しんだ。
 喫茶店で食事をしながら小一時間ほど益体も無い世間話に花を咲かせて、ゲームセンターで対戦して、カラオケで歌って……そんな、きっとありきたりなデート。これがドッペルゲンガーを探すためだっていう、本来の目的すら忘れてしまうくらい、ありきたりで、普通で、それでいてとっても楽しいデート。
 メリーは、デート中いつも笑顔を浮かべていた。その振舞いはおしとやかという言葉がピッタリな、どこかの令嬢を彷彿とさせる素敵なものだった。時折、メリーの綺麗な金髪から漂う、嗅いだこともないような香りにドキリとした。
 多分、前時代的な言い方だろうけど、これが女性らしさ、理想の女性像というやつなのだろうか。おしとやかで、気立てが良くて、明るくて、可憐で、男の半歩後ろを歩くような、そんな振る舞い。女である私ですら、メリーのそんな振る舞いにドキドキと心臓を高ぶらせてしまっているというのだから、世が世なら男から引く手数多だったころだろう。
 もし、これが見せかけのデートではなくて。生涯のパートナーであるメリーとのデートだったなら。どれだけ素晴らしいだろうか。こんな素敵な彼女を独り占め出来るなんて、なんて幸せなのだろうか。
 メリーの方をちらりと見る。
 私の視線に気付いたメリーは、くすりと笑う。
 私に向けられた笑み。私だけの、彼女の笑み。
 それなのに。
 なぜ私は、彼女に言いようのない違和感を感じているのだろうか。
「……綺麗ね」
 メリーが感嘆の声を出す。
 私のことを言っているのかと思ってしまったが、彼女の視線は既に私ではなく展望台の外に向けられていた。
 私たちがデートの最後に訪れたのは、京都タワーだった。メリーがきれいな景色を見たいといったから、最後にここを選んだ。
 京都タワーからは京都の街並が一望出来る。夜のデートスポットとして人気だ。けれど展望台には私たち以外にはおらず、貸し切り状態だった。
「そうね。まばらだけど星が見えるわ」
 空には、星がちらほらと瞬いていた。まるで海のように一面輝く地上と違い、まばらな光が灯る空。雲が出ているのか、それとも地上の人工の光に塗りつぶされてしまっているのか。多分後者だろうが、星空は十分に拝めなかった。
「もう、ここは展望台よ? 展望台は、見上げる場所じゃなくて眺める場所なのに」
「……分かってるわよ」
「でも、私は蓮子が空を見上げているのを見るの、好きよ」
 好き。
 唐突にそんなこと言われて、一瞬だけど思考が止まった。
「貴方のその目。そこには、今も時間と場所が見えているのかしら」
「……」
 何を話していいか分からず、無言になる私。
 それでも、メリーは言葉を紡ぐ。
「昔の人にとって、星空とは身近なものだったはずよ。夜闇を歩くための道しるべとして、星と星を繋いで描くためのキャンバスとして。灯りすら乏しいかつての夜で、星空は人々の生活に当たり前のように存在していた」
 メリーが何を伝えようとしているか、私には分からない。
 だけど、最後まで聞かなきゃいけないって、そう思った。
「けれど、今のご時世に夜空を見上げる人はいない。だってそうでしょ? もうそんな必要ないんだから。地上はいつでも明るくて、見上げる理由なんてどこにもない。いつでもナビが道案内してくれて、空のキャンバスなんかより刺激的なものなんてありふれていて。もう夜が暗いものだってことすら、きっとみんな忘れてしまってるの」
「そういうもの、かしら。夜空なんて見上げればそこにあるのに、忘れ去られるなんて、ちょっと信じられないわ」
「そういうものよ。だって、かつての私もそうだったから。……けどね。教えてくれたのは蓮子、貴方なのなの。星は綺麗だって、いつだってそこにあるって、そう教えてくれたのは蓮子、貴方だったわ」
 メリーは地上へと向けていた視線を空へ向ける。釣られて私も空を見る。星がちらほらと瞬く空を。
「そう、その顔。蓮子が空を見上げている、その横顔。蓮子がそうやって空を見上げて、釣られて私も空を見上げて。それで好きになったのよ?」
「……何を?」
「今まで気にも止めなかった星空。そして……楽しそうにそんな星空を見上げる、貴方のことが」
 先程まで展望台の景色を眺めていた、目の前の少女は私の方を向いて目を閉じた。まるで何かを待っているかのように。
 いや、待っているんだ。私のことを。
 それに対し、私は彼女の肩に手を置いて、そして……

「貴方が、噂のドッペルゲンガーなの?」

 そう、彼女に問い掛けた。
「……どうして、そう思うの?」
 メリーが、いや、メリーの姿をした少女がゆっくりと目を開ける。その表情は今日何度も見てきた変わらず笑っていたが、彼女が纏う空気が明確に変わったのを、私の肌が訴えた。
「貴方、私が遅刻したことを咎めなかった」
「あら、咎めてほしかったの? それとも怒られたかったの? もしかして蓮子にはマゾの気質があるのかしら。蓮子がそれを望むのなら、私もやぶさかではないのだけれど」
「デート中は終始笑顔だった。気立ての良い、本当に理想的な女性だったわ」
「なら、それでいいじゃない。私は、貴方の理想でいたいの。貴方から好かれる、私でいたいの。ずっと、貴方について行きたいの」
 優しいけど、どこか寂し気な笑顔を私に向ける、目の前の少女。女の私ですら庇護欲をそそられるような、そんな蠱惑的な顔。
 そんな顔。メリーの姿でそんな顔をされるのが心底、腹が立つ。
「お生憎様、私たちのことよく調べてたみたいだけど、メリーはそんなこと言わないの。メリーはね、おしとやかそうに見えてあれでも結構な強情で、我儘で、どこか抜けていて……今のあんたと大違い」
 私の言葉に、メリーの笑顔が消えた。
「ええ、確かにあんたは理想的な女よ。女の私ですらそう思うもの。……でもね、私はメリーに理想なんて求めていない。そんな取り繕った理想なんていらないし、張りぼての楽しい時間なんてものも結構! メリーが、メリーとして、一緒にいてくれるのが私の望み。怒られて、一緒に馬鹿をして、二人で秘密を暴いて……そんな今のメリーが私にとって誰よりも一番、素敵なのよ! 理想の女なだけのあんたよりよっぽどね!」
 そして、私は告げる。
 それは、秘封倶楽部を始める合言葉。今の私の居場所を宣言する刻印。
「20時38分12秒、北緯34度、東経135度。秘封倶楽部、活動開始よ! 貴方の秘密、暴いてあげるわ!」
 その言葉に、メリーは笑う。さっきまでの笑顔とは違う、どこか自嘲気味で、それでいて私を嘲笑うような、静かな笑み。
 その笑みに身の危険を感じ、メリーの肩から手を放して一歩二歩後ずさる。
「……あーあ、失敗か。つまらん」
 目の前の少女は、もうメリーではなかった。姿形こそメリーそのものだが、中身はメリーではない。メリーの皮を被った誰かだ。
「まあ、初めての試みとしては中々上手くいった。そうは思わないか? 実際、お前もこの間際まで理想的な小娘の姿に昂らせていたんだろう?」
 その言葉を聞いて、じりっと脳が焼けるような焦りが湧きだす。
 なぜ、こんな何よりも大事なことに気付けなかったのだろうか。
 そうだ。こいつがメリーじゃないのなら……
「メリーは、本物のメリーはどこにいるの」
「あの子なら、大人しくしてもらってるよ。動けはしないだろうが、生きてはいるさ」
「どこにいるのって聞いてるのよ!」
「安心しな。これが終われば助け出してやるさ。今度はあんたの姿を使ってね!」
 ニセモノに首を鷲掴みにされ、そのまま私の体が持ち上がる。その細腕のどこにそんな力があるのか、片腕一本で私は空中に磔にされてしまった。
「さあ、食事の時間だ」
 首を掴んでいる手に力が込められ、声にならない息が私の口から漏れる。満足に呼吸出来ない。このまま締め上げるつもりだろうか。必死で手足を振り回すが、まるで抱きかかえられた赤子のようにただ空中で無様にジタバタするだけだった。
 そして、しばらくするとその手足の動きも緩慢になり、やがて糸の切れた人形のようにだらんと垂れた。
 頭に酸素がまわらない。視界も薄れてきた。だんだんと、意識が朦朧としてきて……。
 こんなところで私は終わるのだろうか。オカルトに片足を突っ込んだ時点で心のどこかではこうなる事を予想していたつもりだったんだけど、それでも死を目の前にすると未練たらしく考えてしまう。
 ああ、願わくば。
 願わくば、最後はこんなニセモノなんかじゃなくて、メリーの顔が見たかったな……

「蓮子!」

 私を呼ぶ、声がした。
 聞き覚えのある、声だった。
 そして衝撃。私の体が大きく揺さぶられた。そんな中で薄っすらと見たのは、ニセモノの頭に叩きつけられたセカンドバッグと、もう一人の金髪の少女。
 もう間違えない。今度こそ見逃さない。
 メリーだ。本物のメリーだ。
「きゃっ!」
「があ゙あ゙っ!」
 首を掴んでいた手を離され尻もちを搗いた私の悲鳴と、セカンドバッグに吹っ飛ばされて展望台の床を転がったニセモノのうめき声が同時に展望台に響いた。
「蓮子、大丈夫!?」
 私に駆け寄るメリー。そんなメリーに私は咳込みながらも展望台の外を横目で見て一言。
「時刻は20時42分18秒。2時間と42分18秒の大遅刻ね」
 そう言ってニヤリと笑ってやった。
「勝手に待ち合わせ場所を京都タワーに変えた蓮子が悪いのよ」
 やれやれという様子で私に手を伸ばすメリーの手を、今度こそ私は握った。本物の、メリーの手を。
「それにしてもメリーったら怖い子。バッグであんなに殴り飛ばして、よくもまあ自分の姿をした誰かをそこまで出来るわね」
「あら、言ったでしょ。私は怒らせたら怖いのよ。たとえ私であっても、蓮子が私以外とデートしてるのを黙って見ているなんて出来るわけないじゃない」
 いつもの皮肉交じりやり取りに、思わずくすりと笑う。
 やっぱり、私たちにはこんな軽口を言い合うくらいが丁度いい。
「よくも……」
 その声は怒りにしわがれていて、かつてメリーの声だった面影はどこにもなかった。
「よくもやってくれたな小娘どもがぁ!」
 立ち上がるメリーのニセモノ。
 いや、もうあれがかつてメリーと同じ姿をしていたと誰が信じられるだろうか。メキメキと、まるで木々が折れ捻じれ引きちぎられるような音と共に、そのシルエットが変化し肥大化していく。まるで昆虫のような尖った足が背中から飛び出すように生えてくる。
「もう噂などどうでもよいわぁ! お前らを喰らっ、喰らってやる!」
「ようやく本性を見せてくれたわね。化け物。さあ、ここからが秘封倶楽部の時間、秘密を暴く時間。貴方の秘密、暴いてあげる」
 目の前の化け物に向けて一歩踏み出そう……としたとこでメリーに手を引っ張られる。
「ちょ、ちょっとメリー!? せっかく怪異に出会えたのに逃げる気!? そんなの秘封倶楽部じゃないわ!」
「馬鹿言ってないで逃げるわよ蓮子! ここは夢じゃないの。あんなのに勝てるわけないじゃない!」
 私はメリーに手を引っ張られるがままに展望台を走り、エレベーターに入る。
 メリーは拳を叩きつけるようにボタンを叩く。エレベーターが閉まり、音も無く下り始める。
 10秒、20秒と経ったが、エレベーターの微かな稼働音以外は何も聞こえない。化け物じみた叫び声も無ければ、エレベーターが大きな振動に揺れることもない。
 そこまでしてようやくというべきか。命の危機から脱したことを本能で理解したからか、体から力がどっと抜けてエレベーターの壁に寄りかかる。
 そんな私に向けて、メリーが一言。

「何よこれが秘封倶楽部だって強がっちゃって。へばってるじゃない」
「う、うるさい……」

 私にはもう、そんないかにも腰砕けとでも言わんばかりの言葉を吐くことしか出来なかった。

 §

 結局、件のドッペルゲンガーと二度と出会うことは無かった。
 何事もなくエレベーターを降りた私たちは、受付にて展望台で襲われたことを訴えた。もちろんドッペルゲンガーだの化け物だのといったことまでは伝えず、暴漢に襲われたとだけ。
 しかし監視カメラには私がニセモノの肩に手を置いた当たりからメリーに手を引かれてエレベーターに乗るまでの間に変なものは一切映っていなかった。これもあのニセモノの仕業なのだろうか。
 とにかく、監視カメラ上は一切変わった点はなく、その上もうすぐ閉館だと言われてしまっては、その場を後にするしかない。
「結局……なんだったのかしら」
「さあ?」
 京都タワーからの帰り道。
 私たちはお互いが見たドッペルゲンガーらしき存在について話し合った。
 あれは夢幻だったのだろうか。そんな言葉が頭をよぎるが、首に残った違和感は紛れもない現実だと主張している。
「蓮子は、あれはドッペルゲンガーだと思う?」
「確かに、ドッペルゲンガーの噂が流れる原因にはなったと思うけど……あいつ自身はきっとドッペルゲンガーじゃなくて、もっと違うものだと思うのよね」
「ほう。例えば?」
「……さあ? まあこれから調べていけばいいじゃない」
「ずいぶんと適当ね。まあ、蓮子らしいけど。けど、今度はもう少し安全な方法にしてよね。あのドッペルゲンガーもどきが筋力トレーニングを積んできたら、次もバッグで撃退出来る自身がないわ」
 メリーはセカンドバッグをぶんぶんと振り回す。それがあのニセモノを殴り飛ばしたものだと思うと、ジャックナイフか投石器に見えてくるからやめてほしい。
「そういえば、メリーはあの時間、どこにいたの?」
「あの時間って?」
「ほら、私がメリーのニセモノとデー……」
 その言葉を言い切る前にメリーにキッと睨み付けられてしまう。ひくっと喉をならしてしまう。さながら、蛇に睨まれたカエルだろうか。
「ニセモノに連れまわされている間、どこにいたの?」
「それは……多分、私も蓮子のニセモノとあったのよ。そうよ、うん。それで、普通に別れたの」
 どこか早口でまくし立てるように言うメリー。もしかしたら私がメリーのニセモノと出会ったように、メリーも出会ったのだろうか。私が理想の女性みたいな、おしとやかで可憐なメリーと出会ったように、理想の男性のような、歯の浮くような気障なセリフを吐いて女性をエスコートするような私と。なぜ私が理想の「男性」かは分からないが。
 それが、何だか悔しかった。
 メリーの中に、自分じゃない私がいるのが。
「じゃあさ、メリー」
 今日一日、私たちはすれ違ったまま。お互いがお互いのニセモノを追いかけて、そのまま。
 だから、私は提案する。

「明日、もう一度デートをしない? 今度はドッペルゲンガーに邪魔させない、飛び切り素敵なデートをね」

 ドッペルゲンガーに入り込む余地がないくらい、メリーの中のスキマを満たしてあげるんだから!





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